2011.12.27

みかんず & love & joy

Img_1174 昨日は午後、この写真の右奥にある小さいみかん畑で、大好きなともだちと一緒にみかんをもいで過ごしました。文字通り鈴なりになったみかん。放射能検査で安全を確認してもらったみかんたちです。

Img_8138Img_8148Img_8158木に登って、もいでもいで、日が暮れるまで楽しみました。

そして家の軒先に運び降ろしたたくさんのみかんのヘタを短く切る処理を、暗くなって手元が見えなくなるまで楽しみました。

(頭の中で流れてたのはスピッツの「みかんずのテーマ」。。。♪がんばってやってみよう、上向いて。。ミカンズ、俺たち、虹の橋をわたろう。。。♪)

楽しかったな。みんなでそのあと食べたおゆうはんも、おいしかった :)

今日は午後から、珍しく少しベッドで横になって休みました。

体調が、ゆらんゆらんしていて、いろんなことをやらなくちゃ、と気持ちは焦るものの、体が動かず、ギブアップ。意識にまとまりがなくなって久しく。。自分の人生(?)が毎分ちれぢれに散っていくのを眺めているようなところがある。。

来月から青森・六ケ所村の核燃再処理工場の試運転が約3年ぶりに再開する運びだというニュースを今日、見ました。

気持ちが折れそうになる。やめてほしいと願う。どうしたらいいのか焦る。きっと止まる、大丈夫と思う。。いろんな感情がまぜこぜにやってくる。。

放射能関連のニュースもそうだけれど、触れるたびに、いろんな感情がまぜこぜに湧き上がってきてしばし息が止まる。胸にたまったそれらを、ぐっと下腹に気をこめて支え、よーし大丈夫となるまでホールドする。そしてまた気を取り直していく。そういう段取りになっているこの頃。。。

* * *

Img_1165 今年のクリスマスの礼拝で聞いたお話。(相方のお母さんが通う教会に毎年クリスマスにだけおじゃましているのだけれど、今年は初めて、イブではなくてクリスマスデーの礼拝に参加させていただいて)。

一度死んで、また復活するという、あのモチーフはつまり、罪の中にある自分が死んで、信仰の中に生き返るということなのだと知りました。

イエスさまのたどった奇跡を、ほんとうに心から信じて受け入れることができるかどうか、に信仰がかかっている。奇跡を受け入れることができることがつまり、まどろみの中に、罪の中にあった自分が死んで、目覚めの中に、信仰の中に生き返ることになる、ということ。。

わたしはクリスチャンではないけれど、「奇跡を信じることができるかどうか」(放射能にかんする奇跡、原発や核の再処理工場にかんする奇跡)が今の自分の生活にとってリアルで大きなウェイトを占めていて、なぜかこれは同質のことのような気がしたのでした。

牧師さんが祈りの言葉の中でおっしゃっていたこと、正確な言葉は忘れたけれど、おおよそこんなようなことでした↓。

「今年は原発事故を通じて、わたしたちひとりひとりが犯してきた罪が明らかになった年でした。神さまどうぞ、科学技術を過信して多くの犠牲を強いてきたこの生活を私たちが改め、素朴に手を動かし天の神さまのほうを向いて日々を送ることができるよう、私たちをお導きください。」

じつは、「わたしたちはみな罪の中に生まれてきた」というキリスト教の前提がずっと好きではなかったし、厳格な教えや怖い情景描写や、光をたたえ闇をさげすむ思想も今も好きではないのだけれども、すべて、そのような言葉遣いになっていった文化的背景があっただけのことで、教えのエッセンスには、へんな裏暗さも厳しさもジャッジメントも価値の偏りもなかったのかもしれない、と初めておなかの中でそう感じました。

むしろ、罪を悔い改めれば、必ず許される、という部分に、おおらかさを感じました。ハワイのフナに近いものを感じた。というか、フナとキリストの教えは、もともと同じルーツのものだったようにも思う。。。(フナの教えの上にキリスト教が後からかぶせられた、と思っていたこともあったけれど)。

罪の中に生まれた、というのは、無明の中に生まれたというだけのこと。。。気づかずにいることの多さを、知らせてくれているだけなんだろう。。闇も無明を指しているメタファー、光は気づきのメタファーでしかないんだろう。。。だから白いものが優れていて黒いものが劣っているとか、光や意識が優れていて闇や無意識が劣っているというような図式になる必要も、そもそもなかったんだろう、と。。思うことができそうです、今なら。

優劣は関係なくて、ただ、気づきを持てば思いも行動も現実も変わる、というその現象自体をゆび指してるだけなんだろう、と感じました。

これまでずっと、真っ黒な宇宙空間の中は、ベルベットのような、やわらかくてあったかい質感の闇で満ちてるんだろう、と想像していて、なにもかもを照らし出す透徹した光には、冷たくて近寄りがたい厳しさを覚えていたようなところがあって、生きていくなら闇の生き物たちと生きていきたいと、思ってきました。光の国に生まれて永遠の命をもらうなんて、遠慮したい、と。それで長い長いあいだ、キリスト教とは距離を置いてきたけれども。

偏見と解釈と手垢のついた言葉の中に埋もれているなかに、なにかもっと違うものがあるのかもしれないと思う。。

もう偏見に侵されたまま、世界を切り刻んでるわけにはいかないというような気持ち。かたくなになにかを拒みつづけていられないような気持ち。

いとしさの中にいることのほうを、選びたいみたいです。

ラブジョイという名前の彗星がいま、さそり座方向に今、光の尾っぽをなびかせてるそうで。。。loveとjoyが導く突然変異が、起きてるってことだったりして? (写真は国際宇宙ステーションから撮影されたラブジョイ彗星、下方に見えてるのは地球の大気圏)。

ちなみに、今月16日には、lovejoy彗星は灼熱の太陽の大気圏に突入後、無事に生き残って、天文関係者を驚かせたそう。

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2011.12.24

冬のごあいさつ

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2011.12.17

色水

小さい頃、好きだった遊びのひとつが、色水づくり。ケイトウとか、近所の花を摘んできて、とうめいの瓶に、いろんな色の色水をつくったものでした(考えてみれば、お花たちに対してザンコクな遊びだ…)。

で、大人になってもやっぱり、植物の色に染まった液体には、えもいわれぬ魅力を感じます。

ほうれん草を茹でた後のお湯とか。もったいなくてどうにかしたい。

Img_1072 先日、今年の冬から食べ貯めてきた有機みかんの皮で、みかんピールをつくることにしたときも、最初に2度ほど、みかんの皮を茹でこぼす工程で、みかん色の液体が出ました。

捨ててしまうのはもったいない、お風呂に入れるのはどうだらうと、とりあえず、瓶につめて保存。ハーブの宿のマスターも、ハーブを煮出した液をお風呂に入れてくれてたので、いけるんじゃないか、と思ったのだけれど、なんども入れ忘れが続き。。。

そうこうしてるうちに、ともだちが、みかんの皮の煮出し汁は、スプレーボトルに入れておくと、手軽な汚れ落としとしてお掃除に活躍すると教えてくれました。

なるほど、ほんのりいい香りの汚れ落としになってくれます。浴槽洗いなどによさげ。

Img_1071 肝心のみかんピールのほうは、石油ストーブをつけてた日にコトコトしてたら、どういうわけか、いつものようにピール状に仕上がらず、ジャムみたいになってしまった。ので、ジャムとして消費することにしました。

Img_1101パンに練りこむと、オレンジ色が楽しいし、おいしいです :) りんごの芯から起こした酵母で、パンを焼くのも、このところの楽しみに なってきました。

* * *

先月は、父の庭のざくろの木に鈴なりになったざくろ、他の誰も欲しがらないとかで、わたしが「ざくろ大好き」といったら、ダンボールにつめて「しこたま」送ってくれました。

Img_8043_2 Img_8087そのときは、ざくろの実をひたすら皮からはずすこと4時間。。。さすがにひょえーとなりましたが。。その実を絞ってジュースにしたら、とってもきれいなピンク色のジュースになりました。楽しかったし、おいしかった。

Img_0988そして、おとといは、大家さんの庭のゆずを、去年と同じく、ほうきの柄でつついて落とす方式で収穫。半分痛んでしまってるようなのは、すぐ絞っておきました。こちらは、黄色いジュース!

ついでに、大家さんの庭のキウイの木からも、収穫。こちらはとってもすっぱくて小さい、緑のキウイ。今年は不作で、数はあんまりありません。これは絞ると緑のジュースになるんだろう。。

* * *

放射性物質のことは忘れていないけれど、体に気を向けて、様子をみながら、お祈りしながら、果樹の恵みをいただいています。みんなに、とか、妊婦さんや小さなお子さんがたに、おすすめできることではないけれども。。。一応、庭をガイガーカウンターで測定して、よしと判断しています(数ヶ月前の測定なので、今はどうかわからないけれど。。)。

早い時期にガイガーカウンターの共同購入を提案してくれて、そしてどーんと出資までしてくれた、ともだちの(ゆ)さんと(き)さんには、ほんとに感謝しています。。!ありがとう。。

(き)さんちは、みかん畑の放射性物質濃度を、ちゃんと業者に頼んで測定してもらって、無事を確認してから収穫していました。でもだいぶん費用がかかったそうでした。

Img_0991 自然の恵みを、無邪気にいただくことができなくなってしまった今年。。。でもそれでも、大家さんの庭の果樹たちは生きてるし、わたしも生きてる。草むらのバッタくんも、なめくじのなめちゃんも、ひまわりの種を食べにきてくれてるシジュウカラにゃみちゃんも、野ねこのマゴも、今この地で一緒に生きています。海では、魚たちも。。

日々たいへんな思いをしている方々が大勢大勢いらっしゃるなか、そういう今のなか、行きつ戻りつ、自己矛盾にさいなまれつつ、それでも、生きているという流れを、まるまままっとうしたいような、そんなような感覚が来ています。

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2011.12.13

火鉢くん

Img_8089 少し前に、火鉢を使い始めました。

春先に、ご自宅の大掃除をしていた大家さんが突然「火鉢、いりません?」と譲ってくださった、長火鉢。

しまいこんでいたのだけれど、先日、友達が火鉢いいよねーと言ってたのを耳にして、「あ、そういえば」と思い出し。。。

石油ストーブが活躍する季節になって、気になりはじめました。

相方が都心のスタジオへ教えにいって留守の日は、わたしひとりで過ごすわけですが、ひとりでいるときに部屋全体を暖めるのはもったいないな、と思っていたので。。

ただ、火鉢が暖房器具として成立するのかどうか、と、一酸化炭素中毒は大丈夫かどうか、について、だいぶん考えました。

いろいろ調べて、ひょっとして暖房器具として使えそうだ、と思うにいたり。。。一酸化炭素中毒のほうは、中毒防止に窓を開けて風を通すのがやっぱり必須で。。。それじゃ寒いやん!と思いましたが、火鉢のあたたかさは普通の暖房器具と違って、遠赤外線で体を芯から暖めるので、少々室内に風が通っていても大丈夫かも、と思うにいたり。。。

そして、よく晴れた日に、いただいた火鉢をきれいにお掃除しました。一緒についていた灰も、新聞紙に広げて乾かしました。

そして、近所の金物屋さんに行き、「火鉢で使える炭、ありますか」といつものおばちゃんに聞くと、おばちゃんちの住居部分になっている店の奥の畳部屋に入っていって、そこから一包み出してきてくださいました。「この炭で具合が悪いようだったら、言ってね、私もまだこの炭は使ったことないから」と。

ナラの炭でした。着火しやすくて、はぜたりもせずで、とてもよかったです。

* * *

朝起きて、最初の着火は、「火起こし」という、底が網状になった小鍋みたいな専用器具に炭を入れて、ガスレンジの火で10-20分あぶる、というのが定番の方法みたいでした。

「火起こし」を買うかどうか悩みながら、とりあえずグリル網に載せてガスレンジで炙ってみましたが、ガスがもったいないな、と思い。。。

Img_1088 今は、少し前に自作した「ロケットストーブコンロ」で着火しています。前日の消し炭2,3個をロケットストーブコンロの煙突の中に仕込み、小さくちぎったダンボール2片に火をつけて、1片を煙突の上から落としいれ、即座に煙突の手前からもう1片を入れます。そうすると上昇気流がすぐできて、「ゴオー」という風音とともに炎が煙突の中を駆けていき、炭をあぶります。

1回、A4サイズにして1~2枚の量のダンボールを使っています。結構、あっという間。

炭全体が赤々とならなくても、一部が赤くなれば良しとしてます。2つの炭の赤くなった部分同士を向かい合わせて、間にちょっと隙間をあけて、火鉢の中に立てておく。そうすると相乗効果で火力が増していくようです。火力が増してきたら、隙間を広げて消し炭の小さいかけらとか、新しい炭の端を差し込んでおく。。。そうやってほかの炭にも火が移ったら、また配置替えをして、さらにほかの炭に火を移してく、というふうにしています。

火鉢初心者なので、勝手がわからず、手探りでやってるけれど。。。隙間の明け具合と、赤くなった面の向かい合わせ方具合が、火が安定するかどうかの決め手、といった感じをつかんできたところです。

炭3,4本が勢いよく燃えている状態になると、かなりの熱量に。。。灰が入っている銅製の箱そのものもあたたまります。

Img_1098 Img_1083 Img_1067 お湯を沸かしたり、朝ごはんにトーストを焼いたり、昼ごはんにジャガイモスライスを焼いたり、おやつにお餅を焼いたり、夜ごはんのおかずを温めなおしたり(ミニ土鍋に入れて)。。。いろいろに便利です。

肝心の暖房機能だけれど、なかなかイケます(自分比)。火鉢のそばに陣取っていると、じわわーんと、体の中から温まる感じです。

外気温にもよるけれど、ここ数日は、通気のために室内を風が通るのも逆に心地よく感じてしまうほどでした。

冷たい雨の日も、火鉢だけで1日過ごせてしまったりしました(あ、厚着もしたけれど)。。。でも相方は換気のために窓を開けるのが寒い、と言うので、相方のいるときは、おとなしく石油ストーブをつけています。(こういうのの体感は個人差がありますね。。)

火鉢、大好きになりました。炭火のお世話をしていると、なにかそれだけですごく満たされるものがあります。折々に炭の様子を見て、配置替えしたり、炭を足したり、お世話しないといけないのだけれど、それも楽しいのです。うまい具合に火加減を保てると、達成感があったり :)

Img_1060 仕事を1本終えた週末に、火鉢のそばで日がな本を読んで過ごしたときは、ほんとに至福でした。

「火鉢、いただいてしまったけれど。。。実用性は低そう」と思い込んでいたところから、思い込みを外して「ひょっとしたら?」というところに行ってみたらば。。。意外と楽しい展開が待っていました。

ただ地震もまだ多いので、万一のときのために水の入ったやかんをそばにスタンバイしておくとか、火の始末(消し炭入れはコンクリの床の上に置くとか)には、気をつけています。あと、換気にも。

つけるのも消すのもスイッチひとつの暖房器具に比べたら、つけるのにも消すのにも手間がいるし、つけている間もお世話がいるのだけれど。。。なるべくアナログに、生活のために必要なことに必要な時間をかけることができると、自分の中の生き物が、うれしいみたいです。

そうできる境遇にいさせてもらっていること、ありがたいな、と思います。。

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2011.12.01

月の道

Img_0949 これが最後かもしれない。と、うっすら思いつつ、普通にさよならを言って、遠方へ帰っていく友達と別れたのでした。今夜。

これが最後かもしれない、といううっすらした思いには、まるで根拠はないのだけれども。その根拠のない感覚のために、どうやら腹が据わっている、というヘンな状態。

そして、みぞおちに穴が開いてしまわないように、鉢植えにお水をあげるようにして自分に音楽をたくさん降り注いでおる。。。

「生きることの目的は?」の質問に、ダライ・ラマは即座に「幸せになること」と答えた、という話を今日聞いて、その幸せの質というのは、今のわたしのように、こんなに刹那的なものでもいいのかな?と疑問がよぎった、少し。

「記憶力ががた落ちして、いろんなことをすぐ忘れちゃうようになったし、難しいことをずうっと追って考えていくことができなくなった」と話したら、ぱちぱちぱち、と拍手されて「それはとってもいいことだよ」と言われた。ほんとかなぁ?と思った、少し。

わからないや。。。

わからなさの中に、いる。この頃。それでもって、そうしていると、わりとすぐ、わからないことがなんだったかも忘れる。。。

わからないことは、わかろうとするとか、深追いするとか、前ならもう少し、そういう衝動があったはずなんだけどなぁ。

こんなふうでいいのかなぁと、かすかな不安があるんだけれど、でも全体的にはかなりラクです。。

これは、月の道かな。。。?




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2011.11.17

にゃみちゃんの一周忌

Img_8020 昔のメモ用紙の束を、整理してたら、こんなのが出てきた。

ねこシーツ
ねこ砂
ねこビスケ
ねこ缶
ねこミルク

と書いてある。。買い物のためのメモ。にゃみちゃんがいた頃のもの。

Img_8025 ねこのにゃみちゃんは、先月末が一周忌でした。好物だったさんまの焼いたのや、りんごマフィン、お魚の缶詰をお供えして、セージを炊いて、相方とふたりで、うたをうたって、法要をしました。

法要の後は、祭壇のほうを向いて、自分たちもお昼ご飯にさんまの焼いたのを食べました。お清めって感じかな。

1年前の、お葬式のときも、お経のかわりに、相方と2人でうたをうたって、お見送りしました。

うたは、こういうとき、橋渡しをしてくれる、と信頼があります。

アイルランド民謡の「Sally Gardens」に、1年前、にゃみちゃんをしのびながら日本語訳をつけたのですが、それを、今年もうたいました。

詩人イェイツのバージョンはこうです↓

Down by the salley gardens my love and I did meet;
She passed the salley gardens with little snow-white feet.
She bid me take love easy, as the leaves grow on the tree;
But I, being young and foolish, with her did not agree.

In a field by the river my love and I did stand,
And on my leaning shoulder she laid her snow-white hand.
She bid me take life easy, as the grass grows on the weirs;
But I was young and foolish, and now I am full of tears.

にゃみちゃんバージョンはこんなです(にゃみちゃんは白っぽい猫でした)↓

柳ゆれる小道を 一緒に歩いた
ちいさな ましろい足の 君がくれた言葉
「愛はむずかしくないよ、若葉ひらくようなもの」
でも若すぎたあの日 心ひらけなくて

川のそばの草原で 一緒にすごした
かわいいましろい手で 肩に触れてくれた
「人生はむずかしくないよ 草が伸びるようなもの」
涙の向こうに今も いとしい面影

結構イェイツの詞を文字通りに訳したら、にゃみちゃんにぴったりになっちゃった、という感じでした。

にゃみちゃんは、ほんとに大きなことを、教えてくれたねこでした。

* * *

5月に動物・自然界とのコミュニケーションのプロフェッショナルコースで学んだとき、クラスメイトと2人組みになって、お互いの同居動物とコミュニケートする、という課題がありました。

Img_0992 そのとき、にゃみちゃんとコミュニケートしてくれたクラスメイトに、にゃみちゃんはこの秋に鳥になって、わたしの近くに暮らす、と聞いていたので、一周忌の日に、庭先のみかんの木にバードフィーダーを下げました。

このバードフィーダー。ちょっと不思議な出会い方をしました。

10月中旬に、図書館に行って、手当たり次第に目に付いた本を借りたのですが、その中の1冊、街暮らしでもアウトドア流儀でいく、というような、男子向けの本の中にこのバードフィーダーのイラストが載っていて「数年前に買ったものだけど重宝している」と使い手のアウトドア男子が語っていたのでした。

その本の出版年も90年代だったので、かなり昔の品なのだな、今はもうなかろう、と思って、そのときはスルーした。。。

そうしたら、その翌日、日本野鳥の会の会報とともに入ってきた今期のショッピングカタログに、その同じバードフィーダーが写真つきで載っていたのでした。

それまでは、特に、にゃみちゃんが秋口に鳥になって近くに住む、という話を、それほど深く心に留めていたわけではなかったのだけれど(どこか「ほんとかなー」とうたぐっていて)、このバードフィーダーにこうやって出会うと、ふむ、と思い直しました。

Img_0935 それで注文して、届いたのが命日の前日。届いた日に近所のペットショップにとりえさを買いにいきました。

ペットショップのおじさんに「どんな鳥にあげるの?」と聞かれ、白とグレーの体の小さい鳥、と答えたら「じゃあ、シジュウカラだね、それならひまわりの種だ」と教えてくれました。

「白とグレーの、小さい鳥」ととっさに答えていたのは、その少し前から、すごく美しい、天国のBGMみたいな声で歌う鳥が近所にいるのに気づいていて、自転車で買い物に出るたびに、声の主はだれかなーと気をつけてたら、ある日見えたのが、そういう鳥だったからでした。

にゃみちゃんも、グレーがかったカフェオレ色のねこだったから、なんとなく、にゃみちゃんが鳥になるとしたら、あんな感じかな、と思ったのでした。

家に帰って、ネットで「シジュウカラ」を画像検索したら、わたしの思っていた、その小鳥でした。

でもバードフィーダーをぶらさげたあと、しばらく、誰も食べにきてくれた形跡がありませんでした。なんとなく気落ちしつつ、でもそのままにしておいたら、先日、相方とブランチを食べているとき、シジュウカラが1羽、みかんの枝にぴょん、ぴょんとやってきて、フィーダーの止まり木に乗って、ひまわりの種をくわえていきました!

相方とふたり、おおよろこびしました :)

それ以来、ひまわりの種を切らさないように、しています。

そしてそれ以来、毎晩必ずにゃみちゃんの祭壇にあげていたセージの葉っぱを、毎晩ではなく少し間をあけてあげてもいいな、と思うようになりました。

これから寒くなるけれど、ことりのにゃみちゃん、元気でいてくれるとよいな。。!

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2011.11.09

どらえもん、来てくれたらいいな

Img_0885 先日、20年後の世界と今とを行き来できる人のお話の映画を見ました。それで、自分も、今、20年後の世界に行けたなら。。。とよく思うこの頃です。

今、20年後の世界に行けたなら、今、起きている、放射能汚染の影響が、どんなものなのかを、もっとはっきりと、知ることができるんだろう、と思えて。そうしたら、今どうすべきかがもっとはっきりわかるのではないかと思えて。

どらえもん。。。が、タイムマシンに乗せてくれたらな。。。と。

未知なことが多すぎる、不確定要素が多すぎる、放射能汚染。放射能については、いまだに「一般常識」も確立されていないし、どう考えるかは、ひとりひとり、ほんとに違っていると思います。

わたし自身は、3月下旬に肥田舜太郎医師のお話会に行って以来、一定の放射能観を持つようになって、一定の覚悟を持って今に至っていますが、それでももっと希望的観測をしたい、希望を持っていよう、と思う自分がいます。ミラクルは可能だ、きっと、と。。。

希望する未来にフォーカスを合わせて、祈っています。。。能天気に見えるかもしれないし、余裕がある、贅沢、と思われてしまうかもしれないし、はたまた悲観的すぎる、被害妄想強すぎと思われるのかもしれないし、そのどれもが、そのとおりかもしれない。。

でも今、こうある自分で、こうしているよりほか、どうしたらいいかわからなくなっています。だから自分自身は、そんな自分を、許してあげているふうで。。

どらえもん、ほんとに来てくれるかもしれない、とも思ってる。

なにがどうでも、こころに明かりをともしておくことを、大事にしようと、しています。

これは、だいすきな台湾のシンガーソングライター、周杰倫(Jay Chou)さんの「タイムマシン」という曲のMVです。どらえもんへのオマージュ。。

タイムマシンは、中国語だと「時光機」と言うんですね。のびたくん、しずかちゃん、ジャイアン、みんな実写でかなりオリジナルに近づいてて、びっくり。。!

曲の詞の中には、「竹とんぼ」とかも出てきたり :)

杰倫さんご本人が、どらえもんが大好きだそうで。映画監督としてもご活躍の杰倫さん、いつかどらえもんの実写版を撮りたいと言ってたりもして(ちなみにこのMVも自ら監督して制作)。

しかし、なんでもできちゃう杰倫さん自身が、わたしにはすでに、どらえもんに近い存在に見えてたりします :) 

杰倫さんの音楽に、すごく助けてもらっています。

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2011.10.24

ひみつのスクラップブック

Img_0883 Img_0878 気絶して頭を打ってからなのか、それもとその前からなのか、最近は、ごくごくシンプルなことしか考えたり、やったりできません。。。

物忘れや思い違いも頻発。計画とか分析とかがうまくできなくて、主観的には「今ここ」を生きている時間が長いので、幸せ度はひょっとしたら上がっています。

近くの浜へ、ロケットストーブの薪をひろいに行って、ついでに、あったかな砂の丘で、ちょっと昼寝とか。。

しかし、客観的には、この状態はどうなんだろう、と不安がよぎり中。からだがまだおかしいこともあって、まともにお役立ちできずで。。。申し訳ないです。

世界の情勢が、どんどん厳しくなっているように感じていて、元気を出すには、希望をもつには、と、いろいろ試しています。ひとつ、ちょっとうまくいってるのが、好きなこと、楽しいこと、希望することについて考えること。これをすると、元気が出てきます。からだのバイブレーションも上がってくるのが、身体的にもわかります。ちょっとびりびりぶるぶるしてくる。

「現実逃避だ」と自分を責めたりせずに、少しのあいだ、思いっきりそこに浸ってみると、元気がちょっとチャージされて、ほかのことをするための「やる気」もフィードできる感じです(当社比)。

それで、最近、「ひみつのスクラップブック」というのを、つくっています。

つくり方を、紹介します!

用意するもの:
はさみ、のり、ノート、資源ごみに出す前の印刷物(できればカラーがよいです、雑誌やカタログ、はがき、DMなど)。

つくり方:

Img_0931 ①印刷物を眺めて、大好きなこと(場所でも生き物でもものでも)や、こういう未来がやってきたらいいなと感じること、こんなことやってみたい、こういうところへ行ってみたい、こういうものが欲しい、と感じていること(もしくは、過去体験したことで「もう一度体験したい」と感じてることなど)を、ちょっとでも表していそうな写真や絵を、切り抜く。

Img_0933 ②ノートに好きなようにレイアウトして、貼る! このとき、あんまり貼り具合のきれいさとかは、気にせず、おおらかに貼るといいと思います。

③ふだんから、印刷物を資源ごみ行きの箱に入れるまえに、気になる写真や絵がないか、ざっと見て、あった場合は、その部分だけやぶって、クリアファイルにためておくとよいです。

④貼るときは、いっぺんにたくさんでなく、元気がないなと思うときに、少し(スクラップブック2ページ分とか)貼る。。クリアファイルにためてある中から。

⑤貼ったりするエネルギーもないくらい元気がないなと思うときは、スクラップブックを開いて、今まで貼ったページを、眺める。

Img_0934 *わたしは、気になる切り抜きやページをためたクリアファイルを、ひみつのスクラップブックにはさんで、セットにして手の届きやすいところに置いています :)

取り扱いの注意:
なるべくこのスクラップブックは人に見せないで、ひみつに。

というのも、自分の中に住んでいるひみつの生き物との、交流日記の役目も果たすようなので。。。

たぶん、だれの中にも住んでいると思われる、この生き物は、ものがたりとか、うたとか、絵とか、踊りとかが好きで、言葉ではなく、響きやリズムや色や気配でもって、いろんなことを理解するようです。

で、わたしが望んでいることが、実現するように、橋渡しをしてくれているのが実はこの生き物らしいのです。

だから、望みは、この生き物によくわかる方法で、伝えてあげるのが、どうやら、よりよい未来のためらしいのです。

意外に実現しやすくなるようなので、なにを望むかには注意が必要と思います。周囲を傷つけたり、はたの迷惑になったりするような要素を含むことがらは、貼らないように。。見ていてまるまま気持ちいい、うれしい感じがするものだけを、貼りましょう。

以上は、すべて、わたし個人の実感なので、もしかしたら、この方法はぜんぜん合わない人も、いるかもしれません。。。合わなかった人には、ごめんなさい。

* * *

そんなことしてる暇がないくらい忙しい、という方、おられると思います。。。その場合は、頭の中で、好きなこと、望むことを思い浮かべるだけでも、急場しのぎの元気補給はできるかもです。

ただ、頭で思い浮かべるだけよりも、スクラップブックづくりみたいに、体を使って、手足を動かして、「思い浮かべる」作業をすると、例のひみつの生き物が「ああ、本気なんだな、ほんとにこれを望んでるんだな」と納得してくれるみたいです。

人は1日中さまざまなことを思い浮かべているので、思い浮かべるだけの場合は、ひみつの生き物が「ああ、また思い浮かべてるだけだな~、これはまともに取り合わなくていいんだな~」とスルーしてしまうんですね。。

糊で貼るのがめんどうなら、手ですぐちぎれて、貼ったり剥がしたりも簡単な、マスキングテープで、切抜きの角を留めるだけ、という方法もいいかもです。そしたら、もっと早く貼れますね!

絵が得意な人は、スクラップブックのかわりに、色鉛筆やクレヨンで、カラフルに、シンプルに(ここ大事)、自分の好きなことや望むことを絵に描いておくのもよさそうです。

うたが得意な人は、自分の好きなことや望むことをうたにして、口ずさむ、という手もあるかも。うたの場合は、メロディアスでシンプルなのがよさそうに思う。。けど、どうなんだろうな?これは私の場合だけかもだな。。

踊りが得意な人は、踊りで。。という手もあるか。シンプルで簡単にできる、お遊戯みたいな感じの踊り。。

それぞれに、工夫がいっぱいできそうです :)

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2011.10.13

焚き火日和に

先月末、夏の暑さが残る最後の日々、知り合いが「ロケットストーブコンロ」なるものを自作したと聞いて、すっかり作りたくなりました。

Img_8006_2 こういうもの。原理や作り方は、↓のページなどで、学ばせていただきました。
http://tharuno2.exblog.jp/12904702/
http://nature21.exblog.jp/14436514/
http://hee3hee3.exblog.jp/12711589/

翌日、さっそく、材料集めを開始。20リットルのペール缶を探して、近所のガソリンスタンドへ。汗をかきかき自転車で行きました。車も免許ももってない自分が、ガソリンスタンドへ「ペール缶の空き缶があったらゆずってもらえませんか」なんて、ずうずうしいかしら、と思いつつ、聞いてみたら、「もらってもらえたらうれしいです、うちでも処分に困ってるんで~」と快く、くださりました。

Img_0738 出してきてくださったのは、赤くてかわいいペール缶 :)

つぎは煙突パーツ探しでした。これもお風呂の改装などで不要になった煙突、どこかにないかな、とお風呂屋さんや板金屋さんを訪ね。。でも出会えませんでした。

仕方ないので、ホームセンターで新品を買うことに。近所のホームセンターにはなくて、隣の隣の街の大きなホームセンターへ、初めて出かけました。その日は、すっかり自転車遠足の日となりました。Img_0615 秋色になった草むら。。とんぼの群れ。。板チョコと水筒のお水を持って、海沿いのサイクリングロードを走りに走りました。

ペール缶の中につめる断熱材は、大家さんがくれた火鉢の灰を使おうかと思ったけれど、あまりにきれいな灰でもったいなかった。。それにロケットストーブコンロを簡単に持ち運べる軽さにしたかったので、近所の園芸店で、「パーライト」を買ってきました。

こうして着々と材料を用意する間に、じつはぎっくり腰になって気絶してプチ寝たきり生活になったりの経緯があり。。その間、作りたい気持ちを抑えて静養してました。でも早く作りたくて、「数時間の間なら上半身を起こしていられる」状態になったらすぐ、製作にとりかかってしまいました。作業の動作はゆっくりしかできなかったけれど。。。

* * *

Img_0740Img_0741_2 Img_0745_2Img_0747_3まずは、ペール缶の穴あけ。煙突のサイズで型紙をつくって、缶に印づけ。

画鋲をトンカチで打ち込んで、穴を開け、いくつか連続して穴あけ。少し隙間があいたところに、金ばさみを入れて、切っていきました(写真ではだいぶん画鋲穴をたくさんあけてますが、こんなにあけなくてよかった。真ん中だけ切り込み入る程度にあければ、あとは金ばさみでスイスイ切れるし、そのほうがキレイ)。

穴あけは、意外とすんなりいきました。

Img_0750 Img_0752 次は、煙突のまっすぐのパーツを、長さにあわせて切る作業。マスキングテープで印をつけて、金のこで、地道に、切っていきました。

途中、お茶をしたり、体を休めたりしながら、正味1時間半くらい、かかってしまった。。。

切った断面を、鉄やすりでなめらかに整えて。。

Img_0749 Img_0761 煙突パーツをペール缶にはめて、断熱材のパーライトをまわりに注ぎ。。。Img_0762

Img_0763缶のふたにも穴を開けて、カバーをつくりましたImg_0766Img_0767Img_0768

Img_0772_2試運転。ゴオーッという音がして、炎が   煙突を上っていきました。かなりの火力。 お湯もすぐ沸きました。

* * *

ロケットストーブコンロに惹かれたのは、日々パンを焼くときのガスを節約できそうに思ったからでした。なので、ロケットストーブコンロ用のパン焼き窯「ノブヒェン窯」も合わせてつくることにしていました。

ノブヒェン窯の作り方は、こちらを参考にさせていただきました。
http://nature21.exblog.jp/14344972/

ノブヒェン窯のパーツその1の、不要なフライパン。リサイクルショップやフリマなどあたろう考えつつ、実家に久しぶりに帰ったら、なんと「明日、燃えないごみに出すから」と勝手口にフライパンが1つ置いてあったので、ありがたく頂戴しました。サイズもペール缶にぴったり。神様ありがとう、と思いました :)

実家ではついでに、母が「買ったけれど一度も使ってない」というマジックソーなるセットを貸してくれて、その中に金のこと、鉄やすりも、入っていて、煙突を切るときに助かりました☆

あとは、近所のリサイクルショップへ行ったら、大きなスポンジケーキの型があって(底が外れるもの)、これが窯の高さを出すパーツになるかも、とひらめきました。200円なり。

あとは家にあるもので、なんとかなる。というわけで、パン焼き実験もしてみました。

フライパンの中に、水に浸した素焼きの陶器(植木鉢皿)をおいて、その上にシリコンオーブンシートを敷いてパン生地を置き、スポンジケーキ型のリング部分をまわりにはめて、その上からステンレスボウルをかぶせました。

Img_8010 ステンレスボウルの上に、びんのふたを置いて、もうひとまわり大きいステンレスボウルをかぶせたら、ノブヒェン窯もどきのできあがり(写真で一番上にのっかっているのは、重しがわりの壊れたやかん。。不要かも)。

※ちなみに、屋内で使用しているように見えますが、ベランダにトタン屋根と窓をつけたような、半分外のようなスペースで使用しています。

パン生地は、いつものように、前夜仕込んでおいたパンだねを成形したものを。

浜でひろった細めの流木をメインの薪に、ダンボールを火種にして着火。

Img_8014 Img_8015 できあがりは。。。ちょっと温度が上がるまでに時間がかかりすぎたかな。。という感じの、だれたパンになりました(汗)。

Img_0151_2 ちなみにふだんガスオーブンで同じものを焼くとこんな感じ→

水に浸した陶器からの水蒸気が多すぎたか。。火の上に乗せる前に二次発酵をしすぎたか。。。次回は水を減らすのと、二次発酵を省くのとで、実験してみようかな。

Img_8018 表面はじゃっかん蒸しパンふうになったけれど、中はふわふわ、底はカリカリ。意外に食べたらおいしかった。

パンというのは、よほど妙なことになっても、なんとか食べられる、というのがよいところ :)

焚き火日和の秋の日に、なかなか楽しいパン焼き実験でした。。

いざというときに、役に立つ、暮らしのたしなみのひとつとして、もう少し上手にできるように練習しようと思います。

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2011.10.12

秋です

Img_0548_2秋です。

日ごとに、夜の虫の声も、にぎやさかさが減ってきて。一時はオーケストラなみに荘厳だったのが、今は、せせらぎみたいにささやか。

Img_0760 スズメウリがかわいい実をつけていました。ミニミニのスイカみたい。

これは近所の園芸店の軒先のです。この園芸店に、夏になる前に、ゴーヤの苗を買いにいったら売り切れで、かわりに「スズメウリもいいよ~」と、タダで去年の種と、その種から育て始めたところの苗を少し、わけてくださったので、うちにもスズメウリあるのだけれど、うちのは、こんなふうに実がなってない。。。

聞けば、園芸店さんでは、毎日朝晩水遣りをして、肥料もたっぷりあげてきたそうで。。これから赤くなったら種をとれるとか。

うーむ。やっぱり肥料は必要なのね。

Img_0615 海辺もすっかり秋色。

なんとはなしに、落ち着きます。

落ち着くのを通り過ぎて、だいぶん泣いたりしたこともあった先週でした。

泣いたり笑ったりしながら、不安になったり希望を持ったりしながら、日々が移りすぎてく。

日々のゆく先、丸い輪になってればいいな。




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