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2006.12.30

真鶴の「魚つき林」

Img_0447 真鶴へ行きました。ヒルサイドハウスという、手づくり野菜&地元の魚をおいしいハーブ料理にして食べさせてくれる宿に泊まり、森の中を歩いて海辺へ出て、岩づたいに海岸線を歩きました。

この日はよく晴れて、楠と松の大樹がそびえ立つ森の中は、陽がふりそそいできれいでした。夏にこの森に来たときも、あまりの美しさに脳内モルヒネがあふれ出たような感覚に陥ったけれど、冬もやっぱりよかったです。

もとよりわたしは、楠が、木のなかでもとりわけ好きで。。。古くからのびのびとそこで育ってきた楠の大樹は、なんともいえないみずみずしさにあふれているように、感じます。

この森は、正式には「魚つき林」と呼ばれています。海岸沿いに森があると、海が魚たちにとって住みよい環境になる、ということは、江戸時代からすでに認められていたそうで、真鶴の森は、その頃に植林され、以来守られてきた森なんだそうです。

★森林総合研究所のサイトで、どうして海岸沿いに森林があると海に魚が集まるか、簡単な解説が読めます↓
http://ss.ffpri.affrc.go.jp/shoho/n22-03/022-3.htm

それにしても、ただ森の中を歩いて、波打ち際の岩場を歩いて、夕日を待って、そうやって過ごした半日は、特別でした。1日半パソコンを見なかったのがよかったのか、「うたしりとり(うたの歌詞を使ったしりとり)」をしながら、なんにもまじめなことを考えずにえんえん歩いていたのがよかったのか、とっても休まりました(前夜のヒルサイドハウスでの豊かな食事とハーブのお風呂のおかげも大きいかな)。

こころが洗われた、とはああいうことを言うんだろうなー。。。

陽が沈むまえの夕空をぼーっと見上げていたとき、なんだかとっても単純で、まっとうな、幸せ感が降ってきました。複雑な欲望や陶酔とは無縁の。。。

今あの瞬間を振り返っていて、中原中也の詩の一節を急に思い出しました。

「ゆふがた、空の下で、身一点に感じられれば、万事に於て文句はないのだ。」

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2006.12.27

12月の特別感

12月は気ぜわしいうえに暗くなるので苦手だったのが、いつの年だったか、同僚の(き)さんに「東京は12月がいいんだよー、空が一年で一番きれいだから。俺、東京にいるのは12月が一番好き」と言われて、へー、そんなもんかな、と空に気をつけるようになったら、なるほど、わたしも12月の東京がだんだん好きになってきました。

昨日が仕事納めだったので、今日からしばらくお休み!今日は、昨夜の嵐(稲光がすごかった!)の後、すっかりきれいに洗われた青空からおひさまが降り注ぎ、あんまり気持ちがいいので、昼下がり、空を見上げてひなたぼっこして、うとうとしました。時間がゆっくりゆっくり過ぎてくれました。

さあ、そろそろ年越しの準備もするかなあーというところです。気になっているのは、本・CDの整理と、窓・網戸のおそうじ。それから今年1年の写真を使ったコラージュパネルづくりです。

網戸をさっとブラシがけするだけで、おもしろいようにきれいなる、という「スウェーデン製網戸ブラシ」なる商品をハンズで見かけて気になっているけれど、あれって本当にそんなにミラクルな効果があるのかな? ごく普通のブラシに見えたので、ちょっと高価だな、と思って躊躇してしまったんだけれど。。。やっぱり気になっています。

写真のコラージュパネルは、「ほぼ日カレンダー」が配達されてきたときの厚紙の箱に、両面テープをびーっと何本か縦断するように貼って、あとはそこにいろんなサイズにカットし写真をぺたぺた貼っていくだけです。両面テープはしっかり密着するので、テープの貼ってない場所で写真の端が重なりあったりしても大丈夫。ちょっとしたパネルに仕上がります。この作業はなかなか楽しいのです。

あと、この休みの間には、針仕事(とれたボタンをつけるとか、はとこにプレゼントするものを縫うとか)もすこしできたらいいな。。コーヒー豆を煎るのも、いつもより多めにやっておきたいです。

と、こんなことを言いつつ、実は、22日の冬至を過ぎたら、自分の中ではなにか新しくなったような気分がちょっとし始めていて、「これから年越し」という感じはあまりなかったりします。。。

すでに日も長くなり始めてるしね!

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2006.12.26

戦車が華車になった。。。

6日前、タロットの「7・戦車」を描きに行ってきました。「7・戦車」について書かれた文章を遠藤さんと一緒に読んだあと、白い紙に向かって、じーっと紙の奥を見ていたら、とても小さい小さい、豆粒みたいなチャリオットが、はるか向こうからこちらへ走ってくるのが見えました。

はるか向こうというのは、なにか「はざま」のようなところでした。

それで、その「はざま感」を出したくて、世と世の切れ目のようなものを描こうとしているうちに、今回も、「6・恋人」のときの構図のように、画面の上からたれさがる半円と、画面の下からもりあがる半円、という構図が現れました。

でも、2つの半円よりも、その半円と半円の「はざま」に、気持ちを集めて描いていました。その「はざま」の奥行きを感じながら、色をたくさん塗り重ねていきました。

すると、ある時点で、急に、上の半円がお月さまであることがわかりました。クローズアップされて、クレーターなんかもはっきり見える、なまなましい天体としての「月」が見えました。それで、かすかに銀鼠色に色づけしました。

すると、中央のチャリオットは、「戦車」というよりは、月から、かぐや姫のお迎えにきた華車(御所車)のようでした。

チャリオットは、実際に描こうとすると、豆粒のように小さく描くことができず、少し大きくなってしまいました。桃色と薄緑色の2頭の動物が金色の車を引いて駆けていて、薄黄緑色の天蓋の布が風になびいています。

今までタロットの「7・戦車」に対して持っていたイメージが、自分の中でシフトしました。確かに目的や意志を持って駆けているんだけれど、それは、個人的なものではなくて、月から託されたものみたい。しかも目的は戦うことよりかは、なにかを迎えに行くとか、送り届けるとか、そんなことらしい、ということ。

本来のタロットの「7」の意味だとされているものからは、ずいぶんかけ離れたのかもしれないけれど(それに絵そのものは、つたなくて、見えたものを描ききれなかったけれど)、自分にとって、なにかがしっくりきたってことを、大事にしたいな、と今は思っています。

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2006.12.22

ねこ温度計から愉気まで

このブログの右側に付けさせてもらっている「ねこ温度計」。毎回ねこの寝姿が違ううえ、季節ごとにねこのいるお部屋の雰囲気も変わったりするので楽しいです。

今日気づいたのだけれど、12月に入ってからソファの背後に登場していたもみの木が、飾りつけられてクリスマスツリーになってます。スノーマンもいたりして。クリスマス当日にはどんなことになるのか楽しみです。ねこにもプレゼントが届くのかな?

うちのねこは、この「ねこ温度計」のねことよく似ています。しろねこではなくて、からだ全体がカフェオレ色だけれど、からだのラインとか顔の形がよく似ているのです。わりとほっそりしたねこなので。

そして、「ねこ温度計」のねこと同じく、いつもよく寝ています。。。もう20歳という高齢ねこなので、毎年暑い夏と寒い冬を越せるかどうか、気になっているけれど、今のところ、元気に大きな声でおしゃべりして、毎日外に出かけて、ときには近くのねことやりあったりもしています。。。

ちなみに、長年ずっと気になってはいたけれど、心底素直になれずにいた野口整体に対して、全面的に信頼するようにさせてくれたのも、このねこさんでした。彼女が真夏に、彼女にとっては人生初の大怪我をしたとき(外でねこに噛まれて)、注射や薬といった処置よりも愉気をすること、経過をまっとうすることが一番だと体験的にわかったからでした。

このヒントになったのは、パートナーが教えてくれた、野口晴哉さんの奥さまの昭子さんが書いた「朴歯の下駄」という本の中の「猫の怪我」という章で、やはり、野口家の猫が大怪我をした時、奥さまと研究生の方とで、ねこがねむったら愉気をして、というのを繰り返して、ねこが自分のちからで回復するよう見守ったとのことでした。

愉気が思った以上に効果的なんだと知って、そのあとは、虫の襲撃にあって大変やばい感じだったベランダの植物にも、根っこのほうに愉気するのを数日間続けたら、やがて虫もいなくなり、葉っぱにも勢いが出てきました。トウガラシスプレーや木酢液などいろいろやったりしたこともあったけれど、そうやって「排除」しようとするより有機的な方法があるんだなあと、またびっくり。

今日は話が脱線脱線してしまった。。。あれれ。。

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2006.12.18

クリスマスっぽいパウンドケーキ

2  クリスマス仕様のパウンドケーキを焼いてみたです。3本のうち2本はライ麦粉といちじく、もう1本はラモン(マヤナッツ)の粉とレーズンを入れてみました。

レシピ覚書。。。

<クリスマスパウンドケーキ:ライ麦&いちじく編>
①薄力粉 200g
  ライ麦粉 50g
  ベーキングパウダー(自然食材屋さんで扱ってるやつがほんとはいいんだけど。。)大さじ1くらい
②牛乳 250cc
③サラダオイル 60cc
④メープルシュガー 50g
⑤ドライいちじく(スライスしておく) 10コ分くらい
  ダークラム酒 大さじ2くらい
⑥ドライフルーツ いろんな種類ちょっとずつ(クランベリーやチェリーなど赤い色のものやブルーベリーがハッピー)
⑦くるみ

作り方は、、④+⑤を小鍋に入れて弱火でお砂糖のつぶつぶを溶かしておいて、②をボールに入れて泡だて器でシャカシャカ泡立て、③をまぜてもすこし泡立て、④+⑤もボールに加え、そこに①をふるったのを加えてざっくりまぜあわせ、パウンド型へ。上に⑥+⑦をトッピング。

★我が家にはオーブンがないので。。。ちょっと空焼きして余熱したトースターの網のうえに、アルミ箔を敷いて、その上にパウンド型を置いて、上からアルミ箔をかぶせて、「中」の温度設定(160-180度くらいかな?)で10分ずつくらい、様子をみながら焼きました。正味30分くらいは焼いたかな。。途中でパウンド型の前後を入れ変えて焼きムラを防ぎました。

<クリスマスパウンドケーキ:ラモン(マヤナッツ)&レーズン編>
上のレシピと基本は同じで、ライ麦粉のかわりにラモン(マヤナッツ)の粉を入れ、いちじくのかわりにラムレーズン&くるみを使いました。甘味は、メープルシュガーのかわりにきび砂糖を使用。

***

ラモン(マヤナッツ)の粉、というのは友人の大田美保さんという人が、グァテマラからフェアトレードで買い付けてきているもので、ラモンの木というグァテマラのジャングルに生える木の実を粉に挽いたもの。グァテマラの先住民、マヤの人達も、昔はこの実を食べていたそうで、きなこみたいな香ばしさがあってとってもおいしいのです。しかも栄養面でも優れているそうです。地元の人が、ジャングルに自生する木から実が落っこちてきたのをひろって、粉に挽いて生産しているそうです、NGOの援助で。。。みほちゃんは、マヤナッツの生産をとおして、地元の人々の暮らしとグァテマラのジャングルを守れるように、という思いから、この粉をフェアトレードしています。

***

メープルシュガーは、パートナーがアメリカでおみやげに買ってきてくれたメープルキャンディーを溶かして使ったんだけれど(ファーマーズマーケットで直売していたというもの)、昨日食材屋さんで粉の状態になったカナダ産メープルシュガーも発見!やさしい甘さなので、また使ってみたいです。

このレシピで、牛乳を豆乳にすれば、植物性原料オンリーになりまする。

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2006.12.16

時間の縛り

ゆっくりした気持ちになりにくいこの頃です。
物理的に忙しかったというのもあるけれど、どうも、師走というのは「タイムリミット」がある感覚に陥るので、妙な焦りを感じてしまいます。

土星は時間をつかさどる星だそうで、土星を支配星にもつ山羊座の人たちは、時間に関してパラノイアックになりやすい、とザビエさんは言ってました。わたしもみずがめ座に半分足をつっこんではいるものの、正式には山羊座だからなのか、時間に「いついつまで」という制限があると、気が張り詰めて、大変になってしまいます。

どうも時間とうまくつきあえないのです。小学校の登校班の集合にも遅れ、中学校のホームルームにも遅れ、大学の講義に遅れ、仕事の始業時間に遅れ、友達との待ち合わせに遅れ……とわたしの人生は「遅刻」と一体化しているかのような風合いがあります。アレクサンダーテクニークを学びはじめてから、ずいぶん、時間とのつきあいも楽にできるようになってきて、遅刻せずに到着できる度合いが増えたけれど、やっぱり気を許すと遅れます。

わたしにとっては、楽しんでなにかをやる、という場合は、なにより時間的な縛りがないことが一番のポイントかもしれないです。。。

土星というのは、なかなかに、課題をもたらす星だそうで。「時間」という要素(ギリシャの神様「クロノス」)を象徴する土星には、制限とか限界(時間的なものだけじゃなく、いろいろ)を設ける働きがあるようです。このリミッターが効いていることで、ある程度の自由や安定が維持できる、そんな働きでもあるけれど、その範囲内にいる人は、限界を「きゅうくつなもの、大変なもの」と感じることにもなったり。。。

土星より外にある天王星、海王星、冥王星は、「トランスサタニアン」という総称で呼ばれます。土星(サターン)を越えた(トランス)先にある、というわけで、つまり土星というリミッターで守られている「日常の世界」を越えたものを扱っているみたい。そこにアクセスする前に、まずは基盤を固めておこうね、というのが、この星の並びの構造なのかな?

先日タロットの歴史をちょっと調べていたら、大昔のカードの中には大アルカナの9に「Time」という名がついているものがありました。9は一般には「Hermit(隠者)」として知られているカードです。

9=Time。妙に納得がいきました。9が土星的に1から8までの展開のリミッターとして働いている。だから、この9を破って越えた先の10の世界以降は、次元が1つ違ってくる。

タロットも10のカードである「運命の輪」以降は、現実世界で見かけるような存在が出てこなくなります。死神や悪魔といった神話的存在や、稲妻(16・塔のカードの別名で、これも昔のタロットにありました)という自然現象、星や月や太陽といった天体、力や節制といったコンセプトなど。最後は「世界」という名のカードで終わります。

タロットの最後のカード「世界」は、9=土星=時間の枠内で守られた物質界よりも、もっと大枠の世界を指してるんですね。。。

昔の人は、そういう意識の視野の広さを、普通に持っていたのかな?

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2006.12.08

自分の中を大掃除したい

昨日から、願いとして、自分の中で出てきてるのは、「自分の中にある考えを、いっぺんみんな外へ出して、自分の中の大掃除をしたい」というようなことです。

野口整体の活元運動をするときに、はじめにみぞおちに指を当てて息を吐いていくけれど、そのとき、ほんとに自分の肺の中にあった「古い空気」が出て行くのを感じたりします。からだじゅうから、古い邪気をみんな吐き出して、いったん空しくなる、ような感じ。

あれと同じように、自分の中の「古い考え」を吐き出して、いったん空しくできたなら、もっといろいろな、自分にとって「未知の」アイデアも受け取れそうな気がします。

イメージとしては、わたしの中には、もう十数年持ち越してきているいろいろな「古い考え」がこびりついている。というか、それを大事大事に持って歩いている。もういらなくなったかもしれないものまで、いっしょくたにして、「hold dear」して、「自分の考え」として大切にしてる。。。

なんだか昨日あたりから、「自分の考え」を「持って」いるのがいやになってきました。自分の考えは、まああってもいいけど、いつも「持って」いたくないな、と。。。

全部からっぽにして、なんにもない、という状態を定期的につくりたい、と夢想していました。

そのくらい、わたしの中には、いつもいろんな考えが詰まっているように感じられるというわけで。。

昨夜の活元運動では、やっているうちに、あたまとからだの境目(だと思っていたもの)がなくなりました。物理的でも物理的じゃない面(うーん、心的?精神的?)でも、「あたま」と「からだ」はひとつづきで、境目はないと感じました。いつもはそこにものすごいくっきりと、自分で境目を作っているらしい、と気づきました。

この「あたま」と「からだ」の間に大きな関所があるようなつもりになってしまう考えも、自分の中で長年持ち越してきた「古い考え」の1つだな。。。

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熊谷守一美術館

タロットお絵かきのセッションをしてもらっている遠藤洋子さんの個展がいま、東京の熊谷守一美術館にて、開かれています。今週日曜まで。同じ場所で、タロットのお絵かきの発表会もさせてもらっています。

熊谷守一美術館は、前から行きたかった場所でした。絵描きの熊谷守一さんが実際に暮らしていた、その場所にあります。熊谷さんは、晩年は家の敷地から出ることがほとんどなかったそうです。写真でしか見たことがないけれど、庭には森のようにたくさんの木々や植物があり、迷路のようになっていて(そう広くない敷地のハズなのに。。。)、熊谷さんは庭先で紙くずを燃やしたり、廃品利用で生活の小道具をつくったりするのが楽しかったみたいです。軒先でたくさん鳥を飼っていたし、猫も数匹いました。

今は、コンクリの建物の美術館になっています。でも展覧会をしている3階の大きな窓々からは、欅の木が見えるばかり。今は季節柄、葉っぱが色とりどり。この欅、背丈も相当あるし、枝をたくさん広げています。搬入の日の朝見たときには、意外と大きな鳥たちが、何羽もこの木に集っていました。

遠藤さんの絵の響きをききながら、あそこで静かに過ごしてみたいなーと思うのだけれど、仕事に追われてなかなか叶いません。。。

↓遠藤さんの絵を少しだけ見られます(遠藤さんのウェブサイトの自己紹介ページです)
http://atelier.endomame.net/?pid=909

↓熊谷守一美術館のウェブサイトで、熊谷守一さんの絵を見られますhttp://www.kumagaimori.jp/mkf.htm

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2006.12.02

下高井戸シネマ

「トランスアメリカ」という映画を見に、下高井戸シネマへ行きました。いい時間でした。

下高井戸シネマは、独立系のちいさな映画館です。うちからだと、電車を乗り継いで、最後は「せたまる」という都電に乗って、下高井戸駅で降ります。日ごろあまり都電に乗らないので、「せたまる」に乗るとそれだけでわくわくします。

下高井戸の駅前の商店街も、とても気に行っています。にぎにぎしすぎず、さみしすぎず、ほどよい感じです。

下高井戸シネマは、ロビー一角に売店があって、そこの腰高のショーケースの中には箱入りのお菓子なんかが売っていて、そのとなりにはアナログカメラが並んでいたりします。そのショーケースの向こう側に、売り子さんがいます。

ロビーには、いろんな映画評の載った雑誌が並んでいたり、映画関連の新聞記事の拡大コピーが壁に貼ってあったり。手づくり感があって、町並みと同じく、ほどよい空気感で、居心地がよいです。

中は、銀鼠色のぶあついカーテンがスクリーンを覆っていて、上映時間になると、そのカーテンがすいーっと横へ引かれていきます。

上映作品のラインナップも、とっても魅力的。前回はここでフェルナンド・エインビッケ監督の「ダック・シーズン」というメキシコ映画を見たのだけれど、これはわたしのオールタイムベスト10映画の1つになりました。

今気になっているのは、ここで12月にある「フランス映画社配給BOW("Best Of the World"の略)映画祭」で上映される、タルコフスキーの「サクリファイス」とアンゲロプロスの「旅芸人の記録」。「旅芸人の記録」はなんと4時間近い作品で、途中で10分の休憩が入るらしい。師走の気ぜわしいときにあえて、半日を映画館で過ごすのもいいかもなあ、と。。。

http://www.ne.jp/asahi/kmr/ski/shimotakaido_cinema.html

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