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2007.01.31

「むずかしいこと」にチャンレジ?

自分がやろうとしてるなにごとかを「むずかしいことなんだ」と思うこと自体、余計なことだったんだなあ、、、と思いつきました。

やってみるまえから「むずかしいことなんだ、きっと」と決め付けていた自分がいました。感覚的な印象にもとづいて。

ほんとは、むずかしいことではなかったのかもしれないのに、わざわざ「むずかしいのだ」と設定して、チャンレジしていて。そのおかげでほんとにむずかしくなっていた可能性は大です。

(むずかしいと思いたい部分があったかな。。むずかしいことにチャレンジするのがすき、みたいな。。。むずかしいことができるようになれば、そのほうが意義深いと思っていたりも。。。)

でも、「むずかしそう」に思えることがらの中には、単に「やりなれてないこと」や「今までやってみたことがないこと」なのだーというだけの場合も多そう。

むずかしそうか、そうでないのかは置いといて、とにかくやってみて、どんなふうか体験してみる。とゆーのは、小さな子供たちがよくやるアプローチ。大人のわたしは、そばで見ていて、「いやでもこれは、きみにはまだちょっとむずかしいのでは??」と思ったりしても、子供たちはへっちゃら。「やってみたい」という気持ちがいっぱいで。それで、やってみて、できなかったら、できないんだな、と納得してから、いろいろ工夫を始めたり、大人にヘルプを求めたり、他のことへ移ったり。

むずかしそうかどうか判断する、という前段階は。。。不要かな。まっさらな状態で体験をフレッシュに受け止めるのには、じゃまにさえなるかもなあ。

わたしは、なるべくたくさんの日常の瞬間をフレッシュに体験したいと望んでるのに、自分でみずから、そうできないようにしてたかな。。。

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2007.01.30

バグダッド ・ カフェ

大学生のときに見て以来、久しぶりにこの映画を見ました。

ずっと前に一度見ただけなのに、自分の中では「好きな映画のオールタイムトップテン」の上位にランク入りしていたこの映画。昨夜、パートナーと一緒に見ていたら、あらあら、大学生当時にはわからなかった深みがあったことを発見。

当時はなんにもわからないままに見ていたのだなーと実感しました。それでも好きだなーと思ったんだなあ、と。主題歌の「Calling You」とか、全般にオレンジ色がかった映像とか、マホービンが微妙におのずと動くところとか、そういうところが気に入っていたのかな。。。

でも今回は、なにより、映画のラストの台詞にぐっときました。あー、すてき。

ジャスミンがブレンダの娘、フィリスの手のひらを見るシーンもよかったな。

映画って、噛めば噛むほど味のでる「スルメイカ現象」とでもいうものがあるのですねー。。。

バグダッド・カフェ
出演:マリアンネ・ゼーゲブレヒト
監督: パーシー・アドロン
1987年(完全版)、西ドイツ作品。

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2007.01.28

ひとつのことを、ずーっとやり続けるのって

翻訳の仕事をしていると、(たぶんわたしにとっては)人の言葉を自分のからだの中に通して、その思いになりきるようなプロセスがあるので、ときに疲れます。

たくさんの量の仕事があって締め切りが近いとき、食事もそっちのけで禁欲的に仕事にのぞむ、というのが、わたしのデフォルトパターンなのだけれど、最近は、忙しいときに限って、ながながとブログを書いたりしています。

人の言葉でいっぱいになったからだをいったんリセットするような、薄まっていた自分の濃度を、自分の思いを言葉にすることで上げていくような感じで、仕事のストレスを解消できるみたいです。それで、その後は、仕事もはかどります。

それと、単純に、ひとつのことを、ずーっとやり続けないほうが、ほどよく力が抜ける、みたいなことを発見中。。。

昔は、なにかひとつのことを極める、というのに憧れていたんだけれど、近年は、そのなんというか、玄人気質というか、求道精神というか、そういうものが、きゅうくつに感じられています。

なにかのプロになること、切磋琢磨して身につけること、精進することの副産物として、厳密さや正確さ、果てはその道の真髄みたいなコンセプトを大事にするようになっていって、気をつけないとその観点の副産物として、競争や排他主義が生まれちゃう。。。そんな流れが、ありそうで、気がかりです。

正確さを求める衝動が強いわたしです。。。ひとつことに専念するのも、突っ込んだ探求もだいすき。でもやっぱり疲れるなー、というのも正直なところで、そういうときにどこへ向かうかというと、音楽や手仕事や温泉。心の底から「快さ」があふれ出てくるものへ。。。

昨夜は、探求モードでがんじがらめだったわたしを、パートナーがアフリカンダンスへ誘ってくれて、そこで生ドラムのビートに合わせて汗びっしょりになって踊ったら、とってもすっきりしました。

アフリカンダンスって、みんなで地をおまつりするダンスに思えました。バレエは天をまつり、アフリカンは地をまつる、みたいな? かたや日本の盆踊りは、またなにか別の境地。。。

夏、おじさんがやぐらにひとりでのぼって、たいこをゆっくりたたきながら、念仏のような唄をうたうまわりで踊る、佃島の盆踊りがすきです。そこの土地の住人ではないのに、おじゃまして、一緒に踊らせてもらっています。無縁仏のために踊る盆踊りです。

盆踊りは、プロの踊り手(それを仕事として食べていこうという人)やその道の専門家や研究家が発生しにくい踊りですね(わたしが知らないだけで、やっぱりそういう玄人さんはいるのかな?)。なにかを極めるというよりかは、とにかくみんなで一緒に踊ることがポイントで。

輪になってみんなで、シンプルな身動きをえんえんと繰り返して踊っていると、自分が世界とそろうような感覚になる瞬間があります。

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2007.01.26

一番好きだった木のこと

ふいっとしたきっかけで、交流できるようになった1本の楠がありました。学校の帰り道、人の家の庭に立っていた木です。

幹の途中までは塀の向こう側だったので、下の3ぶんの1は見えませんでした。そんなに大木ではないけれど、若木でもないような木でした。ねじれた枝が縦横無尽に周囲に伸びていました。

はじめはその木からちょっと離れたところで咲き乱れていたミモザの黄色い花がまぶしくて、それに誘われてそばまで行ったら、右手のほうから気を惹かれて、そちらを向いたらその木がありました。

なんどか交流するうちに、「青馬」という名前で、その木を呼ぶようになりました。名前の根拠はよくわからず。。。幹に青い感じあって、どこか馬の感じがあったから、かな?

青馬のところへ行くと、からだじゅうにはっきりと、流れが満ちるのがわかりました。ゆびのさきっぽまで、足のさきっぽまで。

あるとき、つらいことのあった日に、青馬のそばへ行くと、ある言葉というかアイデアというか思念が、ぽこっと意識の中に現れました。その「考え」があんまり意外で、とうてい自分で思いついたものとは思えなくて、あれ?と思いました。青馬のそばでなんどかそういうことがあって、「これは青馬の考えなんだな、青馬はこういうふうにコミュニケートするんだ」とわかるようになりました。

一度、ほんとにしんどいことのあった帰り道、青馬の下で思わず「わたし、人間じゃないほうがよかった!」と(こころの中で)言ってしまったことがありました。

こんなダダをこねると、青馬はたいていは静かに現実を指差すようなところがあるから、「でもきみは人間なんだよ」とかそういうふうに言われるかと思ったら、そのときの青馬は違いました。ただだまって、わたしを、抱きとめてくれました。

あんなふうに、胸の奥の奥の奥まで、全的に、受け止めてもらったのは、生まれて初めてでした。

青馬は、ある年の暮れに、切られました。学校がしばらくお休みだったあとに行ってみたら、青馬が立っていた庭も、その庭のあった家もなくなって、更地になっていました。

ほどなくしてその土地に、新しいテラスハウスが建ち、夜には窓辺に明かりがつき、ローマ字書きの新しい表札がかかりました。

青馬の立っていたあたりは、今は、コンクリで埋め立てられて、駐車場兼ポーチになっています。

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2007.01.23

今朝降ってきたのは。。。

わたしは近年、たくさんの人と長時間かかわりつづけると、調子が悪くなるというか、苦しくなることが多くて、そういうときは、ひとりの時間(もしくはヒトがいないところでねこや植物と一緒にいいる時間)を持たないとだめになります。

このあいだ気づいたのは、ある一定数以上の人数のヒトがいると、1人1人が人間に見えなくなる、ということ。

ヒトがそばにいると、どこか緊張し続けるみたい。

見られていると、緊張する。それは、間違いがあってはいけない、という「間違うことへの恐怖」から来ていた緊張だったんだー、という思いが、今朝、起き抜けに降ってきました。

ねこや、植物と一緒にいるときは、「間違うことへの恐怖」はありません。わたしがなにをしても、たとえ「間違い」を犯しても、彼らはそれを許してくれるか、じきに忘れてくれます。

ヒトと一緒にいるときは、なにか自分が「致命的な間違い」を犯すこともあったりしそうで、それがどんなことをすると「致命的に間違う」のかわからない、という部分もあって。

必死に「間違わないように、間違わないように」とつとめていたようです。でも、どうすれば間違わないようにできるのか、実はわかっていないなかで、ただ緊張している、というようなことになってたようです。

社会のルールとか、たしなみとか、常識とか、ヒトが考えていること、わたしに求められていること、そういうようなことが、どれも、曖昧模糊としていて、実はよくわかってないんですね。

わからないなかで、わかろうとする、憶測したりする、だってそれがわからないと基準がわからないから「間違い」をおかしてしまうかもしれない、「間違い」をおかしたら責任を取るよう責められたり、怒られたりいじめられたりするかもしれない。。。でもどうやっても「わかりきる」ことはできない。。。そんなような「不安ループ」ができあがっていたようです。

わたしが犯すのを恐れている「間違い」は、単に「間が違う」「タイミングが違う」というようなものだったりするんだけれど、でもそれがとても大きなことで。。。というのも「自然に溶け込んでるように見えること」が大事で、「間が違う」と浮いてしまうからです。

人から自分が「カンペキシュギ」だと思われているらしいことを知ったときは、気持ちよくありませんでした。「ちがうもん」と思って、こころのなかで否定したりしていました。「カンペキシュギ」なんてやだやだ、と。

でも、たしかに「カンペキシュギ」でした! ヒトがまわりにいるときの「まちがっちゃいけない」「まちがわないように」という衝動は、わたしをカンペキシュギにさせてました。

おもしろいな、と思ったのは、、、
わたしは自分の人生やものごとの流れにおけるいろんなあやまちや間違いは、大きな視点からみると、どんなに暗く悪く重くても「blessing in disguise」(一見そうはみえないけど実は祝福)で意味のあること、とごくふつうにそう思っているのに、自分が人と関わる段になると、そこに「間違いがあってはいけない」と信じ込んでいるんですね(ねこや植物となら間違いがあってもいいのに)。

人とのかかわりにおいてさえも、あらゆる間違いは、そこにあっていいことなんだなー、OKなんだなー、だからこそ人とかかわってくことに意味があるんだな、、、みたいなことを、今朝、思ったんだけれど、、、。まだなじんでないので、なんだかはっきりしてるようなしてないようなな。。。

学ぶっていうのは、間違いをおこさないようになるためにすることじゃなうて、なんでもアリの大きなプロセスをフルに生きるためにすることなのかな。

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2007.01.22

ふわりと降ってくるもの

初雪、降りました。こちら、東京で。
予期せぬときに降ってきたので、びっくり。

うれしかったなー。

ふわりと降ってくるものは、みんなすきです。
雪も、枯葉も、さくらの花びらも。

ささやかな驚きの瞬間があって、
いまいるこの場所がちょっと祝福されたような気分になったりします。

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2007.01.17

颯爽と、ね

アレクサンダー・テクニックと呼ばれているものを勉強中です。それで今朝、ひさしぶりに、わたしの先生の先生にあたるマージョリー・バーストウさん(通称マージ)について書かれた文章を読んでいて、なんだか知らないけれど、すごく心が動いて、涙が出ました。

どうしてこんなところで涙が出ちゃうのか、わかならないとこでの涙でした。

マージは、F.M.アレクサンダーさんがロンドンで最初に設けた教師養成コースを卒業して、そのあとボストンでアレクサンダーさんの弟(A.R.)のアシスタントとして仕事したのち、故郷のネブラスカ州に帰って、自分の妹(姉?)の家族を助けて、年老いた父親のケアをして、父が所有していたいくつもの農場を、彼のかわりにきりもりしたそうです。

その間は、知り合いやご近所さんから頼まれて、彼らの娘さんたちに(おそらく「子女のたしなみ」的な感じで)週1、2回教えるだけで、それまでどっぷりと浸かっていたアレクサンダー業界からずっとずっと離れたところで暮らしました。

見知らぬ人に「お仕事は?」と聞かれて、「あ、農家なんですよー、土を耕してます」とか答えていた場面が記憶されています。

ちなみに、マージはアレクサンダー・テクニークを勉強する前は、ダンスの先生でした。

マージは、農作業やその他の日常的な行為の1つ1つをするなかで、F.M.アレクサンダーが発見したものを使い続けて、検証し続けていたらしいです。

そうするなかで、彼女の中で、アレクサンダー・テクニックが成長と発達を続けて、後に、大勢の人たちがマージから教わるために「ネブラスカ詣」をするようになっていくんですね。。。

マージは、教えて欲しいとネブラスカにやってきた人たちに教えました。その後も、「ここに来て教えてほしい」といわれたところへ赴いていきました。みずから大都市へ進出して、このワークを売り込もう、みたいなことは思ったことがなかったようでした。

マージから教わるために、ネブラスカに引っ越して、そこで7年間暮らしたわたしの先生、キャシーも、やっぱり、このワークを売り込もう、というところはなくて、ただ、学びたいという人と一緒にワークして、ああだこうだと研究して、生徒さんの学びの場面に立ち会うのを、こころからよろこんでいる、ように見えます。シアトル郊外の、森の中にある小さなスタジオが、彼女の本拠地です。

このスタジオはめちゃくちゃ居心地がよくて、大きな窓からは木々の緑が見えるばかり。クラスのあいだ好きなときに、好きなフレーバーのお茶を飲めるようになっていて、ひろびろしたソファや、木製の椅子、ピアノの椅子、ぞれぞれが思い思いの場所に陣取り、それぞれ自分に合ったタイミングで、その時に見ていきたいテーマを出していき、ワークしていきます。

わたしが遊びに行ったときのシアトルのクラスでは、みんなよく笑い、よく泣き、なんだかそれがとってもさわやかだったことが印象に残っています。

学ぶっていうことが、未知との遭遇が、あんなに颯爽としたことだとは。。。わたしにとっては相当新しい感じだったはずなんだけれど、その場ではあまりにもそれが「ふつう」だったのでした。

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2007.01.14

植物との交感

新宿御苑の大温室の中で出会った、球体のサボテンのことを、思い出しました。

千駄ヶ谷で突然用事がなくなったある日、朝の光が気持ちよかったので、ふらっと新宿御苑へ入っていったのでした。あんなに大きくて歴史のある温室があるとは知らず。。。

温室の中は、いくつかの部屋に分かれていて、しかも途中には、陽のふりそそぐガラス張りの渡り廊下があって、ちょっとした休憩どころ(小さなテーブルと椅子がならんでる)になっていたり、そこから小さな中庭(外気に触れられる)へ出られるようになっていたりします。

そのすてきな温室で、はじめて、直径が1メートル近くもある球形のサボテンの前を通りかかったとき、なんというか、その磁力に引き寄せられたまま、動けなくなりました。

意識がちょっと、飛んでいた、と思います。ただ、そばを通り過ぎていく人たちのことは認識できていて、「こんなふうにここに放心して突っ立っていたら怪し気だよー」とは思っていました。

でも軽く金縛りにあったみたいになっていて、そこに立っていることの努力感がなくなって、からだじゅうが満ちて、ただそこにいるのがすごく楽で心地よくてかけがえのない感じで、だから、人目を気にしている場合ではありませんでした。。。

大きなサボテンだったので、トゲも、すらりと長かったのだけれど、それが、産毛のように、とてもやわらかそうに見えました。それで、そっと指先で触れてみたら、意外としっかりと硬かった。

ああ、こうやって守っているんだな、と思ったんだけれど、どうしても、そのトゲの向こうの、みどりいろの地肌に触れてみたくなってしまいました。

「わたしは危ない者ではないです、傷つけるつもりはないので。。」とこころの中で声をかけてから、その縦にびっしりならんだトゲの列のあいだに、ゆっくり手を差し込んでみました。とても細いすきまだったから、慎重に。。

やわらかい感触でした。うれしくて、しばし手をさしこんだままそうしていました(またしても相当に怪し気な人物と化していただろうな。。。)

その後は、温室を出て、新宿御苑の中を歩き回り、気を惹かれた巨木の何本かにくっついて、ゆっくり過ごしました。大きな木の樹皮は、サボテンのトゲとは逆に、一見ゴツゴツと硬く冷たそうなのに、触れてみるとやわらかさやあたたかさが伝わってきます。

ほんとうにあんまりあたたかいので、いつもびっくりします。幹にもたれて、背中をあずけるのも、とっても気持ちよいです。

新宿御苑の温室について↓
http://www.shinjukugyoen.go.jp/onshitsu/onshitsu.index.html

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2007.01.12

「自然」を取り戻すまでの間には。。

思う、ということ自体に力んでいるのかも。。。と昨日書いたけれど、なにもないくらいさらりと、透明な思いを持つようになる前には、その思いを意識していた時期もあったろう、と思いました。

新しい考え方が根付きはじめるときとか。ね。。

やっぱり、それまでにすでに自分にとって「自然」になっていて透明になっていた考え方(「当たり前」以前の前提になっていて、疑問にさえ思わなくなっていること)から離れていく、というプロセスには、多少の「力み」感が伴ったりもするんだろうな、と思うのです。

自然農でお野菜をつくっている知り合いの人から聞いたのだけれど、それまで肥料をやったり、農薬を使ったり、草をぬいたりなどしてきた土地で、自然農を実践しはじめた数年間は、まったくの不作だったそうです。

あまりに作物ができないので、近所の畑の人たちが同情して、できたものを分けてくれたりしたそうです。

でも不作が続くなか、それでも種をまき自然のプロセスにゆだねて見守る、ということを、続けたそうです。

そうした不作の年月のデトックス・プロセスを経て、土がすっかりきれいに豊かになったのでしょう、今では、最低限のケアをして、あとは自然にゆだねていれば、豊かに作物ができるようになっているそうです。

力まず、自然でいて、健やか。。。苦労やダメージの少ない、豊かなあり方を楽しめるようになるまでに、ちょっとしたチャレンジ期間を経ることもあるんだろうなー。。。

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透明なもの

ビー玉、ガラスコップ、水、レンズ、水晶、風。

経験。

思い。

透かしてみれば、なにもないようでいて、でもほんとにある。

なにもないくらいに、無に近い思い、というのが、負荷のかかっていない、自然な思いなのかもしれない、
と思いました。

「こう思っている」という実感を得られているときは、思う、ということ自体に、力んでいるようなときなのかも。

「こんなことを経験した」と、経験を大事な小箱に入れて抱えるときも。。。

ただ経験するだけで、跡形も残ってないくらいの経験でも、

透明なのだけれど、でもちゃんと存在していて、
その証拠に、なにかが動いて、
その前と後では違いが生まれていて。。。

(植物が無言のうちに、人目には認知できないゆっくりしたスピードで成長するように)

そういうようなことが、ありそうな気がしました。

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2007.01.08

朝摘みばら水

なんともいい香りのする「朝摘みばら水」を、もらいました。ほんとうに豊かな、薔薇の香り。水と薔薇(ダマスカス・ローズというオールド・ローズ)のみからできた、純粋な自然の芳香蒸留水です。

調合したものとは違って、香りの持続力はないけれど、とにかくいい香りで、幸せになります。。。

モロッコのムゴナという地域でつくられたものです。ムゴナには、モロッコや北アフリカ一帯の先住民、ベルベルの人たちの集落があるそうで、ベルベルの人たちは、アラビア語とは違う独自の言語と文化をもっていて、古くから畑の作物を守るための垣根として薔薇を植え、薔薇の香りを楽しんだり薬草として役立てたりしてきたそうです。

「朝摘みばら水」のウェブサイトからは、自然と共生する伝統的な暮らしを守り支える、という姿勢や、土地の人たちと一緒にていねいにものづくりをしている様子がうかがえます。

http://www.naiad.co.jp/eauderose/index.html
↑ムゴナの土地のこと、ダマスカス・ローズのこと、薔薇水ができるまでの様子がわかる、目にも美しいホームページです。

このホームページに、芳香蒸留水のばら水というものは、10世紀頃に、錬金術の発達と共に蒸留の技術が発達して実現した、とありました。

***

それで、昨日読んだ本に、薔薇の芳香はタマシイの食べ物になる、というようなことが書かれていたのを思い出しました。

「内なる惑星」(トーマス・ムーア著)という本でした。占星術について知りたくて借りてきたところが、いざ読み始めてみると、マルシリオ・フィチーノという、ルネサンス期にプラトン全集をラテン語に翻訳した人についての本でした(「ヘルメス文書」と呼ばれる錬金術の書を、プラトンよりも優先して訳したことでも知られています)。

この本によるとフィチーノは、人間には肉体と知性と、そして魂があって、からだに食べ物が必要なように、魂には精気が必要で、その精気は、芸術(特に音楽)や芳香や光として摂取できる、と考えていたようでした。

著者のムーアさんが紹介していた、フィチーノの「病」の定義は、特におもしろくて、病とは、単一の神(というかその神が支配する惑星)の影響下に入って、「一神教的」になってしまうときの状態を指す、と。。。

そうした単一な影響を緩和するために、他の神々(が支配する惑星)の精気を取り込むことが大事、というのがフィチーノの考えで、金星の精気が宿る薔薇の芳香も、土星の支配下で鬱的になってしまうようなときに、その影響を緩和するのに良いらしかったです。

でももっとおもしろかったのは、フィチーノはそれぞれの惑星のはたらき、その多様性を保つことを大事にしようとしていたらしいことです。だから鬱やメランコリーを引き寄せる土星のはたらきも、周縁化しない。

ある次元でのネガは別の次元でのポジ、ということも視野に入っていたようです。

まだフィチーノのことは未消化なんだけれど、アーニー・ミンデルさんのプロセスワークに、アプローチというか前提がとっても似ているなあ、という印象でした。

魂と自我は目指す方向性が逆、とか言っていたのも、妙に記憶に残っています。。。

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マヤナッツのクッキー

Maya_nuts_cookies今年は実家へ持参するお年賀を、ラモン(マヤナッツ)のクッキーとケーキにしました。 ラモンの香ばしい味わいがすっかり気に入っていて。。。ラモンの粉をくれたみほちゃん、ほんとにありがとう。

年末除夜の鐘を聞きつつ、トースターでクッキーを焼いておりました(こんな年越しは初めて)。自分ちで食べる分も少し確保。サクッと軽い歯ごたえに焼き上がりました。

ケーキは今回は、いちじくとラモン(マヤナッツ)の組み合わせにしてみました。グーでした。レシピは前回のとほぼ同じ♪

Maya_nuts_cake_5

でも気がかりなのは、わたしの舌にはおいしいけれど、他の人の舌にはどうだろうか?という点。。。わたしがつくると、お料理はすごく薄味になり、お菓子は甘さが足りなくなる、というのが実家での評判だそうで、薄い味付けのおかずがでると「これは(な)ちゃん味だね」というコメントが出るそうなのだー。。。

でも、よい素材や旬の野菜は、あんまり味付けをしなくてもおいしい、とやっぱり思います。濃い味のものも、またおいしいけどね!メリハリがあっていいのだろう、と。。。

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2007.01.03

変わる、ってことは。。。

時計時間で2007年になった1月1日未明に、おふとんに入る前に、活元運動をしました。運動らしい運動は出てこなくて、どんどん動きが小さく奥まっていって、もう外見上は動きがないくらいの状態になっていったのだけれど、そのとき、なんとなく降ってきた「想い」がありました。

それは、「変わる」ってことは、今までと同じことをしなくなるってことなんだ、というような内容でした。

言葉ではなんども聞いたことのあるアイデアだったけれど、そのとき降ってきたときは、手でさわれそうなくらいリアルで、なんだか「腑に落ち」たのでした。

なにか変わりたいんだけれど、「自分のあり方の感じ」はこのままでいたい。。。自分感覚は同じまま、なにかが変わっていくー。。。と、暗黙のうちにそんな期待をしてた自分に、はっきりと気づきました。

変わりたいのに、同じでいたかったんだなー。。

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