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2007.02.04

「スピリチュアル」アレルギー

日本の”世間”(というかマスコミ?)で、「スピリチュアル」なる言葉というかコンセプトが妙な浸透の仕方をしているらしいことに、最近になって(やっと?)気づきました。

「スピリチュアル」って、ニガテな言葉です。すごく、扱いにくい。。。

目に見える世界(物質世界というか)だけしか現実でなかったら、とっても困るというか焦る、というのは事実だけれども、だからといってそういう要素を「スピリチュアル」と呼ばれているものと結び付けられるとしたら、とってもヘンな気分になります。。。

思えば、中高生の頃には、「神様」という言葉にアレルギーがありました。「神様」という言葉が、歴史をとおしてあまりに手垢がついているように感じられて、パーソナルな用途ではぜんぜん使うことができませんでした。(今は、アノニマスな存在としての「神さま」はまあニュートラルに使えるようになったけれど、いわゆる既成の宗教と関係した「主」とか「神」とかはやっぱりニガテ。)

「スピリチュアル」という言葉にも、同じようなアレルギー反応が出てしまいます。

ぶんぶんとかぶりを振って、わたしとはなんの関係もないです、と言いたくなってしまいます。

わたしにも「スピリット」はあるのになあ。。。
なんなんだろうな、これは。。。

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コメント

私の持っている、飯田史彦さんの著書にも「スピリチュアル」という言葉は使いにくい、と書かれてます。
(でも飯田さんは、数年前に「スピリチュアル体験」をしてしまい、その結果「あっち側」に行ってしまったようで…少し残念)

普通に、昔から日本人が親しんできたこと、―― 神社での礼や拍手、樹齢の高い樹を大切にしてきたこと、そのほか八百万の神とされてきたものが、「スピリチュアル」のひとことで、うそ臭くなってしまうような…。

「目にみえない力」とか、そんな言葉を使うしかないんだよね。

投稿: さっちゃん | 2007.02.05 11:18

そーなんだよねー、、、目にみえない領域、音楽やおどりやお話の神さまやなんかもそのへんにいて自由にしてる感じがあるんだけど、「スピリチュアル」という言葉につかまると、なにかの枠に押し込められちゃう感じがあるんだよね。不思議だよなあ。
もしかすると「スピリチュアル」という言葉については、それが単に「目に見えない領域」を指しているだけじゃなくて、「そういう目にみえない領域に対する特定の(目に見える)レスポンスの仕方」が連想として含まれてくるあたりが、居心地悪くなるゆえんかな。。。

投稿: な | 2007.02.05 12:21

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