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2007.03.28

かぎりなくなんにもないような

くるりのベーシスト、佐藤征史さんがすきです。というか、佐藤さんの弾くベースが、めちゃくちゃすきです。もちろんボーカル&ギターの岸田くんのうたもギターもだいすき。

近年は、なんのかんのといろんな音楽を聴いても、やっぱり「帰るところはくるり」みたいなふうです。元気が出ます。

自分がすきなものを、なんでそんなにすきなのかっていうのは、やっぱりなぞです。理由なんかない、わからない、でもとにかくすき、という。。。

やっぱりそこには、なにかドリーミングがあるんだろうけれど。

このあいだは、岸田くんの実家がブラジルにあって、岸田くんのご両親はインディオの人たちで、ブラジルで宿をやっている。その宿に泊まりに行く、という夢を見ました。それはそれは美しい宿で、ご両親も、言葉は通じなかったけれどとってもすてきなやさしいかわいい人たちで、とってもシアワセでした。

まあ、この日、ポルトガルのサッカー選手のデコが、ポルトガルに帰化したブラジル人だったことを知って、「へえー」と意外で、東洋人にちょっと似ているデコはきっとアマゾンのインディオ系に違いない、と考えたりしていたので、岸田くんのご両親をインディオにしてしまったみたいです(実はデコは、おじいさんがインドからの移民とのことでした)。

さいきん、カゼをひいてから、ひととおりなおったあとも、みぞおちのあたりを風がすーすー通って、下半身もなんだか全般的にスカスカで、力が出ません。自分自身が、れんこんのようにスカスカで、こうして今日またブログを書いていても、ほんとに、なんというか今まで以上に、書いても書かなくてもいいようなことを書いている気がします。。。

同じ現象は、昨日、タロットの絵を描きに行った時も起こっていて、画用紙に向かっても、なんにも具象的なイメージがやってこず、ただボンヤリと色がひろがるのが見えるだけだったので、その色にただ従っていったら、今までになく抽象的な、向こう側が透けて見えそうな、スカスカな絵になりました。(11・力の女神なんだけれど。。。)

一緒に描いた方の絵がエネルギーに満ち溢れていただけに、自分の絵のスカスカ感が、いっそう明白で。。。こんなに、かぎりなくなんにもないのに近いような絵は、今まで12枚描いてきて、初めてでした。

なにが起こっているんだろう。

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2007.03.26

ドリーミング

dreaming ということば、プロセス指向心理学で、よく使われることばです。「カンガルーを殺すことはできても、カンガルー・ドリーミングを消すことはできない」というような言い方をされます。

ドリーミングとは、なにかが物質的な形をとるまえの、まだ物質化していない動きを指すようです。ひとつの「傾向」というか。「衝動」というか。「意図」というか。。。まだ「この世的」なレベルでは存在するにいたっていないもの。(精神とか感情とかは、もうすっかりこの世的なレベルになります、だからもっと希薄な性質のもの)。

そこの部分と、つながりをもつことができるかどうかで、生きやすさがずいぶん左右されることを、今日また思い出しました。

ドリーミングと切り離されて、現世的なことがらに意識が没入する日々が続くと、どんどん自分がおかしくなっていきます。

ドリーミングは、どこにでもあるので、それに気づいて、それをないがしろにしないってことさえできればいいのだけれど。。。

たとえば今日は、スーパーにお買い物に行って、なんだか突然ゆであずきが食べたくなりました。わけもなく。それでゆであずきを買って、家に帰ってから、缶から取り出して、スプンですくって食べました。

子どものとき、ゆであずきが大好きでした。ほんとにときどき、こうして缶から取り出したそのままのゆであずきを、スプンですくって食べたことがありました。大人たちは、「そのままあずきだけ食べるなんてー」と言いました。でもわたしは、とってもおいしく食べたのでした。

今日食べていて、その、子どものときの自分を、思い出していました。

このところ、ほんとうに、仕事で自分がキチキチになって、体調もわるくてしんどくて、なんだか息をほっとつくことができずにいたのだけれど、今日は、ゆうがたにこうしてゆであずきを食べて、今は、とてもゆったりした気持ちです。

子どものときは、こんなふうに、日が暮れて、あたりが暗くなる頃には、ゆったりと満足していた日々がありました。あのときの「質感」が、よみがえっています。

なにか自分がほしい、と思うとき、その物としての「なにか」を欲しているというよりは、その「なにか」が体現しているドリーミングを欲している場合があるようです。

今日、ゆであずきが食べたくなったのは、とっても一過性な欲求だったけれど、ここ数日、持続している欲求に、「エレアコベースが欲しい」というのがあります。もう気になって気になっています。でもエレアコベースの背後にあるドリーミングがなんなのかは、まだ未知です。。。

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2007.03.23

台湾・蘭嶼島のスナップ

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(左から)
1.教会として使われている自然の洞窟。入口部分。岩壁にはイエスさまの小さなレリーフ画も。

2.洞窟の教会の中から外を見たところ。海が見えます。

3.きれいな段々の水田。崖のきわきわまで開墾されていて、向こうは海。

4.タウ族(ヤミ族)の船のデザイン。丸いところは船の「目」を意味しています。かつては黒は炭、赤は赤土、白は貝殻を染料にしていたそう。

5.自由に歩き回っているヤギたち。ほんとにたくさんいます。

6.コーヒー屋さんで知り合ったアーティストの家の中。ここはキッチン横を階段上からみたところ。家中、絵を描きまくっています。具象もありました。

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2007.03.21

カゼひいてわかったこと

ひさしぶりに、寝込むくらいのカゼをひきました。元来わたしはからだだけは頑丈で、めったなことでは壊れず、だいたい体力も普通にあるほうです。それが、久々に、ちゃんと一回「壊れて」みることができました。

しんどくなると、ほんとうに、余力というか余裕がなくなりました。声を掛けられて「うん」と一言応えるのも、一大努力。頭の位置を動かすとつらいのと、からだのあちこちが痛むのとで、家の中をちょっと動くのも極力避けたい。いつもの自分ならやってるはずのことが、ぜんぜんできません。たとえば、話しかけられた内容に関してちょっと冗談を返すとか、かんだ後のハナガミをゴミ箱に入れるとか。

コミュニケーションに関して特に、自分がふだん、どれだけフリルをたくさん付けているかを、知りました。笑いを取りにいこうとしたり、知ったかぶりや、皮肉や、美的な表現や大げさな表現、などなどなど。それに人はこう思うかも、というさまざまな想像(妄想)とそれへの対策。

でも余力がないなかでは、そういうことをやれることが、たいへんな「贅沢」に思えました。そこにまわせるだけのエネルギーがあるからこその、贅沢。

そんな贅沢がとうてい許されないときの自分からみると、その贅沢を楽しみながらのわたしのコミュニケーションは、あまりにも、うそや飾りが多くて、正直さ・簡潔さがなさすぎるように思えました。(元気なときのわたしは、「やっぱりちょっとはあったら楽しいもの」とも思うのだけれど)。

「部屋のここはこういうふうにかたづけておくとスッキリして気持ちいい」とか、そういう普段のさまざまな「こだわり」や「自分用のきめごと」も、同じように、余力があるからこそこだわれるんだなあ、と感じました。やりたいと思ってもからだがついていかない、という体験をしてみて。。。

普段のからだがそれほど「頑丈」でない状態の人(わたしよりも繊細なからだの人や、お年寄りや、病を抱えた人)のきもちのありようを、ほんとにわかっていないのだろうな、申し訳ないなと思います。

それと、もっと、ヘタな余力のないときのように、うそや飾りなしに、潔く正直にここにいる自分のありかたを、ひとつの立ち返る場所として、忘れずにおきたい、と思いました。

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2007.03.16

ダンスとアセンダントと土星と。。。

ずっと離れていた、イサドラ・ダンカンのダンスことを、ここのところ急に思い出していたんだけれど、それは星まわりと関係していたのかな?と今思いました。

星まわりに関しては、ちゃんと勉強しているわけではぜんぜんないので、思い込みや誤解がいっぱいあると思うんだけれど。。。トランシットの土星が、数日前にわたしのアセンダントの度数を越ていたことに気づいて、アセンダントが刺激を受けていたせいかも、と思い至ったのでした。。。

3月の8から9日にかけて、トランシットの土星がアセンダントを越えて、1室から12室へと逆戻りしていました。

わたしのアセンダントは、ズーニー族のインディアンが太陽に向かって儀式をしている、という度数で、松村さんの本には、「自然のエネルギーの賛美へと回帰すること」「人類の根っこの力に対する回帰」「舞踏に関係する度数でもある」と書かれています。

イサドラ・ダンカンのダンスも、ちょっとこんなふうなダンスです。イサドラは、今から100年ほど前に、大自然の動きを探求して、霊主体従のダンスをした人。。。

前回アセンダントを土星が通過したのは9月の15日から16日でした。そのときは12室から1室へ入ったときでした。3日後の19日、タロットのお絵かきでメジャーアルカナの2を、ちょっとトランスに入りつつ描きました。

今回は、アセンダント越えの2日後の朝、まったく別の懸案事項について迷っていて、それについて何週間かぶりにタロットをひきました。メジャーアルカナの16・塔が逆位置で出ました。このカードには、さかさまに塔から落ちていく人間が2人描かれているんだけれど、逆位置だったので、下降途中の人が、頭が上になって表れていました。その姿が、イサドラ・ダンカンのダンスを踊っている人に見えました。あ、「シンバルの踊り」を踊っている、と。表情さえも、恍惚として。のびやかな肢体で。(他のマルセイユ版のカードの16では、逆さにして見てみても、こんな印象はないんだけれど、わたしの使っている、ボローニャの古い版画のタロットでは、「もうそうとしか見えない」のでした)。

それで、ほんとに久しぶりに、ダンカンダンスのことを思い出していて、仕事が忙しかったこの日、夜になって仕事が一段落したあと、イサドラの本を、もうほんとうに久しぶりに開きました。それから、イサドラのダンスについて、タロットを引いてみたら、また、16・塔が逆位置で出たんです。あ、また「シンバルの踊り」をしている、とちょっとびっくり。

アセンダントは、一般的には「外見や表面的な特徴に影響する」ととらえられているみたいですが、秘教占星術のなかには、その人が「成長して到達すべき」正の特性を示す、という考えもあるそうで、その特性を「学ぶべき課題」として取り組む努力をすると、ある「深み」に到達することになるとか。その努力をしない場合は、同じ特性も、性格のごく外面的な部分にしか影響を及ぼさない、と考えてられていたそうです。(たまたま友人がくれた「占星術百家」という本を今見たら、こう書いてありました)。

ダンスとアセンダントと土星(わたしの太陽星座の支配星なのです)の動き。。。なにがどうっていうのは、わたしにはわからないんだけれど、関わりあってはいるみたいに思えてきました。

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2007.03.14

おめでとう、な感じ

なにかを待ちながら
あれこれしているうちに
なにを待っていたのか
忘れてしまった

というような状況がありそうでした。

確かに待っていたものはあったはずだけど。。。

いつのまにか、遠くのなにかを待つよりも
すぐそばにある日々のことごとに
気持ちを注いで暮らしていて

それはなんか、おめでとう、な感じ。

そうやって暮らしているうちに、
待っていたものがひょっこり
どこかからやってきたりしたら、
やっぱりずいぶん驚くのかな?

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2007.03.13

イサドラのことば

ブログを書き始めて、少し、時間がたったけれど、ちょっと自分の書いたものを振り返ると、ほんとに、自分にとって、とってもだいじだー、と思ってることについては、ほとんど書けていないのでした。

これはどういうことだろうか、と思う。

やっぱり、だいじなことは、だいじだいじに、しておきたいのかな。

よほどのことがないかぎり、ぽっと外へは持ってでないのだ、みたいな。。。

尊敬している、むかしの、ダンサーである、イサドラ・ダンカンの「The Art of the Dance」(1928)という本があります。その本を、実に久しぶりに、おととい開いたとき、その開いたページには、こんなことが書いてありました。

私たちはいつも発作的な状態にいる。角ばった歩き方をして、常に、2つの地点の間で一定のバランスを維持しようとやっきになっている。下降することの憩いを知らず、息をしてまた上がり、さっとかすめて、再度、翼を休めにくる鳥のように元の場に戻ってくることの、心地よさを知らない。鳥は、もがいたりはしない。

暴力的衝動も、抑えているほうが大きくなる。慎ましさの中でゆっくりと育まれていく1つの身振りは、もがきながら途切れ途切れに為される、幾多の身振りに価するのだ。

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2007.03.11

空の上で、製氷作業?

今しがた、外の高いところから、「シャラシャラシャラ」と不思議な音が聞こえてきて、なにかと思ったら、細かいあられが降ってきました。

明るい灰色の空から、となりの家のこげ茶の屋根の上に、白い氷の粒が、ひとしきり落ちては跳ねて、楽しげな音を立てていました。

しかしあられって不思議です。かたく凍ったまま落ちてくるところが。それが1つや2つでなく、びっしりたくさんの氷粒が、いっぺんに降ってくるのだから、さぞかし空の上のほうでは、製氷作業に忙しいことだろうな。。。

それとも、なにか水と氷で難しい作業をしている最中に、あやまって手がすべって、地上にばらまいちゃった、みたいな感じかな?

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2007.03.10

ところ変われば?

パートナーが、最近読んだ高野秀行さんという人のタイの旅記録のなかで、印象に残ったことを教えてくれました。

タイの人は、全体的な傾向として、あまりなにかに「いちず」になったりしないらしい、というのです。いわゆる「コミットメント感」が希薄だとか。

なにかの仕事について、結構な専門性のある領域まで行っていたとしても、「たまたまご縁で、こういうことをするようになってます」という意識だそうで。こだわりがないというか。。。それでなにかの拍子に、フイッと、まったくほかのことを始めたり。そういう移り変わりを経ていくことにも、まったく抵抗感がないらしいです。

なにかひとつことを目指し続けて実現するとか、そういうパラダイムとは一味も二味も違う世界観で、暮らしているようなんですね。一昔前の「アメリカンドリーム」の対極というか。。。

なにかを目指したりすることにはこだわりがないようなんだけれど、毎日のおしゃれにはとってもこだわるそうです。朝シャンをしないのは圧倒的にNG、とか。。。

まあ、現実にはいろんな人がいるんだろうと思うけれど、意外とわたしも、そういうお国柄のほうが生きやすかったりするのかもしれないなーと思いました。

今、やっている翻訳の仕事は、それこそ、十数年前、たまたまご縁で始めたことで。。。そのときには、翻訳のいろはも知らず、体当たり。思えばずいぶん平然と、ただ体当たりしていました。翻訳学校に通ってもっとスキルを磨こう、などと思いもせずに。。。結果的には、今は、それでなんとか食べていけるようになっているのだけれど、自分的には、今だに「腰掛け仕事」のような気がしているし、仕事が来なくなったときは他のことをしよう、みたいな気持ちがあります。「ほんとうにやってみたいことをやれるようになるまでの、つなぎ」みたいな感覚でやり続けて、どんどん時が過ぎているというか。。。

だからといって翻訳仕事がイヤかというと、ぜんぜんそうではなくて、やり始めると楽しいし(やる気になるまではしんどいけれど)、いろんな苦労はあっても、やっぱり、人から人へ、メッセージが届くようお手伝いができるのは、うれしいです。ピタッと言葉がはまったときの喜びなんかも、あります。

そういう充実感がある一方で、ずうっと翻訳ばかりしていると、ふさぎこんできて、鬱ぎみになってきてしまうのも事実で。。。仕事のときに音楽が大事なのも、そのせいです。

今日は、音楽ではなくて、世界各地の音を記録したCDをかけています。今聞こえているのはマレーシアのジャングルの中の音。鳥たちがいっぱい、鳴いています。このCD、1枚で世界各地、10カ所の音像を楽しめます。

Living_world

Traveling with Sounds (2002)
Sound Bum
Living Worldのウェブサイトでサンプルを聴けます↓
http://www.livingworld.net/works/traveling-with-sounds/

*Living Worldは、ほかにも、「太陽の光と月の光が、地球に届くまでの時間の砂時計」とか、たのしいプロジェクトがいっぱいです。ウェブサイト、おすすめです。

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2007.03.07

今日の1枚

Fromcafescandinaviawith_1

カジヒデキ
「From Cafe Scandinavia With Love」 (2001)

さわやかでコージーなアルバムです。
カジくんの音楽は細部の細部まで、ほんとに密度というかポリッシュ度が高くって、一度、よいスピーカーで聞いたときは、脳内モルヒネがあふれ出て”音楽ハイ”を味わってしまい、びっくりしたのでした。

密度があっても重たくなくて、サクッと軽やかなところがすごいです。

スウェーデンからお仕事をいただいたので、しばらくお仕事中はこのアルバムを聞くことになりそうです。。。台湾と蘭嶼島から頭を切り替えなくてはならないので。。。

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2007.03.06

外を歩いていて

春が来ている、ですね、東京。
近所の桜並木がすでに満開に近い状態。沈丁花もいい香りを漂わせているし、近所のミモザも黄色い玉形の花をわんさかとつけはじめています。

ミモザ大好き。

紫陽花はきみどり色の新芽をどんどん伸ばしつつあります。

今日は、空を覆う一面の雲に、ちょこっとすきまができて、その向こうの青空がのぞいていました。それで、あ、この雲の覆いをちょっとはらいのければ、そこには青空があるんだなーと実感しました。

わたしの鬱傾向は、なんというか、この空を覆う灰色の雲のようなもので。だから、わたしにもちゃんと、さっぱりすっきりした青空は、いつもそこにあるんであろうな、と思い至ったのでした。。。

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2007.03.05

台湾と、蘭嶼島

台湾に行ってきました。台湾は近いように感じていたけれど、行ってみると、とても遠くにきたんだな、と感じました。地理的にも、時間的にも。

久しぶりに、言葉がほとんどわからない中でコミュニケートする体験をして、とってもそれが楽しかった。。。おそらくわたしたちの側は、よほど幼稚な、文法もめちゃくちゃな中国語を繰り出し続けていたのだけれど、土地の人たちはみんなやさしく、寛容に、対応してくださって。

台北から入って、列車(あちらでは火車といいます)「自強号」で本島の東側を南下して台東へ。台東からは小型飛行機で、タオ族の島、蘭嶼へ。蘭嶼から台東に戻り、台東から今度は「南廻線」の列車に乗って、高雄へ。。。という旅でした。

台東、蘭嶼、高雄といった南部の地は、南回帰線を越えるので、ほんとに熱帯です。それでも今は冬なので、長袖シャツくらいは着ていたけれど、日中、陽が出ているときは半袖Tシャツ1枚で快適でした。でもおしゃれな若者なんかは、結構厚手のジャケットとか着たりしていたな。

なにより一番印象に残っているのは蘭嶼島です。バイクに二人乗りして、宿のおじさんに島を案内してもらいました。おじさんは、タオ族の人で、中国語を「書く」ほうはあまり得意でないようで、島の案内をどうするか相談するときは、おじさんの娘さんと筆談して、娘さんがおじさんと口頭でやりとりする、というスタイル。娘さんはほんの少し英語もできて、「My father says」と言って、紙に書いた中国語の文章を指差ししてくれたりしました。チャーミングでやさしい女の子。

とにかく、誰もが、気の感じがやさしかったのが印象的でした。

島は、どこもかしこも緑が茂り、海は青く、バイクで走っていても、すれ違うバイクや車はまばらで、エンジンを切れば、鳥や蛙の声、風に木々の葉がゆれる音、波が浜に寄せる音が聞こえてきます。

沿岸の道を走ると、右手にはあおあおと緑に覆われた山々がそびえ、左手には海が広がります。手入れされたきれいなタロイモの水田。そこらじゅう自由に歩いているヤギやニワトリ。実をつけたパイナップルの木。浜には白と赤と黒を基調にペイントされている美しい小舟、タタラが並んでいます。島に点在する村々には、小ぶりの家やお店が並び、人々が涼み台や開け放した戸口でくつろいでいます。

宿のおじさんの出身部落、野銀村では、おじさんの家にもおじゃましました。地面に四角く穴を掘った中に、高さ半分の平屋を建てたようなつくりです。伝統的なタオ族の建築で、築100~200年と聞きました。家屋を囲む穴の壁面は石壁になっていて、この石壁は2000年くらいたっているとのこと。家の中は涼しくて、黒光りするすべすべの木の床が気持ちよかったです。台風がきても大丈夫なように、こうして半地下になっているそうです。住み心地がよさそうで、台湾政府が同化政策をとったとき、コンクリの家を建てたのにタオ族の人がなかなか住みたがらなかった、というのもうなづけました。

夕方、パートナーとバイクに二人乗りして散歩にでたとき、モダンなインテリアの小さなコーヒーショップを発見しました。テーブルのガラストップの下が木箱になっていて、珊瑚や貝殻がしきつめられています。そこで出てきた中国語オンリーのメニューをのぞきこんで、解読を試みていたら、赤いTシャツを着た女の子が店に入ってきて、となりに座り、江戸っ子のようなノリの英語で話しかけてきてくれて、メニューを解説してくれました。

彼女は、このコーヒー店をやっている女の子2人のお姉さんにあたる人でした。解説してもらって注文を終えた後も、彼女は同じテーブルについたままで、あれやこれやと話に花が咲きました。英語は少しあやふやなので、わからなくなると、紙に漢字を書いて筆談です。見た目はこんなにモダンなコーヒー店なのに、こういう気さくな人の出入りがちゃんと健在だったのが、嬉しかったわたしたちでした。

彼女もタオ族の人で、しばらく台北に住んたあと、こっちに帰ってきた、とのことでした。台北では、「台北一0一」(東京なら、サンシャイン60と東京タワーと渋谷の109が合わさったような場所?)で働いたりしたこともあったそうで、トレンディな”現代生活”を謳歌したようでした。でも自分の「内側」をもっと大事にしたい、自分の文化を大事したい、だから帰ってきた、と言っていました。台北の人については、「歩く時前しか見ないのよー!」「お金のことばっかり頭にあるの」と。

そんな彼女に、後でうちに来ない?と誘われて、すぐそばにある彼女の家におじゃますると、コンクリの壁いっぱいに大胆な色使いのペインティングが。ものすごくポップでクールです。すべて彼女がデザインや配色を考えて自分でペイントしたのだそう。

聞けば、絵を描いているときが一番充実する、とのこと。頼まれて、宿の外壁のペインティングなども手がけているそう。

そして、翌日、台東へ帰る飛行場の待ち合いラウンジで、さらに驚きました。彼女は空港のチェックインカウンターで働いているのだけれど、その彼女の絵画作品が、ラウンジの四面の壁に、ざっと12点、かかっていました。1メートル近くある大作から、ポスター大のものまで。色彩が踊り、ほとばしるエネルギーがある、岡本太郎を彷彿とさせる作品たちでした。

江戸っ子のような勢いのある話しっぷりと、チャーミングにはじける笑顔。でもそれだけでない彼女の内面が、かいまみられました。中国語の作品タイトルには「音楽的感動」「大地震」「母」といった文字。

後でわかったのだけれど、彼女は、島の核廃棄物貯蔵場についても、具体的なかかわりをもっていたみたいでした。島の路上や道端に「反核廃」とスプレーペイントで書かれていたし、このことについて彼女にも聞いてみようとしたけれど、タイミングを逃がしてしまった。。。また追って彼女に聞いてみたいな、と思っています。

でも、事前に読んだ核廃棄物貯蔵場関連の新聞記事から想像していたよりも、ずっと、島の人たちに元気があるように感じられて、ちょっとほっとしたのでした。小学生くらいの子供たちが、夜遅くまで屋外で走り回って遊んでいたり。早朝、何人もの中学生が、思い思いのかばんをもって登校していたり。水田では朝早くから大人たちが畑仕事をしていて、午後には畑の隅のひさしの付いた休憩処で休んでいたり。港には、船を出す人々の姿。牛肉麺店のおばちゃんの表情も、宿のおじさんの表情も、どこか輝きがあるように思いました。

帰国したら、家のポストに、本が届いていました。タオ族の作家、シャマン・ラポガンさんの小説が収録された念願の一冊です。そして帰国の翌日には、タオ族の舟作りをドキュメントした映画の上映会がありました。

しばらく、蘭嶼島がこころから離れそうもなく。。。すっかり時差ボケです。

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