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2007.06.29

ひとつの、節目

今日は、逆行していた水星が、蟹座7度で、太陽とぴったりと出会っています(これを書いている時点の時間で見てます)。そして私のネイタル(出生図)の月も蟹座7度。なんだか気分がいいです。さっぱりと。

逆行中の水星は、過去を振り返るのにいい時期、と、お絵かきの先生から聞いたことがあるけれど、たまたま、昨日は、気づいたらそんな1日になっていました。

昨日1日かけて夜まで、1999年から2006年までの手帳を引っ張り出してきて、この8年間”在籍”していた、アレクサンダーテクニックの教師養成学校(ATAアレクサンダーアソシエイツ)での記録を振り返っていました。

1999年4月から始めて、途中、一度学校から離れようとした時期があって、また戻って。。。と、紆余曲折を経たけれど、この6月で、学校を離れることにしたので、その締めくくり作業です。

卒業まで、あとは実習を残すのみ、だったのだけれど、実習をやり始めてみたところで、やっぱり、自分が望んでいるのは、アレクサンダーテクニークを教えることではないんだな、と感じるようになりました。

同級生がどんどん卒業していくなか、長い間、「教える」という段階にふみこめず、ものすごくゆっくりと歩いてきました。どうして自分はそこへふみこめないのかわからなくて、「先生」という存在について、「教える」という行為について、抵抗がありすぎて、長い時間が要りました。

それで、ここまでひっぱって、ようやく、アレクサンダーテクニークを教えることを、仕事にすることに、わくわくできない自分を、認めることができました。

ある先生から、「このテクニークのよさを身をもって享受したならば、他の人にも自然と教えていきたくなるはず」ということを言われて、それ以来、「人に教えたい気持ちにならない自分は、まだこのテクニークのよさを体得できていないんだ、まだ本質がわかっていないんだ」と思って、もっと学びを深めたいと思ってきました。

でも、占星術を知って、この世には、ほんとうに、それぞれに、いろいろな傾向を持った人がいるんだな、と実感ができて、そのおかげで、わたし自身の傾向が、その「人に教えたくなった」先生の傾向とは、違っているだけなんだな、と考えられるようになりました。

わたしは、もっと、わたしに合った生き方をしてもいいんだな、学校に入ったらといってこのまま「初心貫徹」して先生にならなくてはならないってことはないんだな、と、ゆっくり、ゆっくり、悟っていきました。

そもそも、わたしが教師養成学校に入ったのは、もっとアレクサンダーテクニークを深く学びたい、踊りに活かしたい、というのが動機でした。(当時東京には、個人レッスンを教えている先生が1人しかいなくて、その人のところへ行ったわたしは、男性と小さい部屋で2人きりで教わるレッスンにニガテ感を覚えて。。。年に2、3回しかなかったワークショップでしか学べずにいました)。

アレクサンダーテクニークの学校が東京にできることになって、そこで学べることになったときは、うれしくて、涙が出て、眠れなかったのを、覚えています。ずいぶんおおげさだけれど、でも、ほんと。。。

今も、こうして、学べたことを学べて、よかったな、と心底思います。これからも、アレクサンダーテクニークを自分の暮らしに使いながら、少しずつ、実験を続けて、発見を続けて、深めていければいいな。昔からの先生や、先生になった友達たちからも、学び続けたいな、と思っています。

学校も、この7月に目白から目黒へ引っ越すことになって、ひとつの節目を迎えていて、それも、わたし自身の節目への助けになりました。

学校も、わたしも、この7月から、新しく。。。ということで、長くいたところから離れるのは寂しかったりもしたけれど、今日は、とってもさっぱりした、いい気分です。

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