ワールドの裂け目
ワールドの裂け目、というようなものに、落っこちそうになっています。日が短くなってくると、鬱傾向が出てきてしまうので、たぶんそれもあってのことだけれど。
既視感のあるワールドと、これから自分が生きてきたいと感じているワールドがあって。
そして、既視感のあるワールドのほうでは、いち個人として、なにごとかの「プロフェッショナル」になるとか、「名をなす」といったようなことを、目指したくなってしまう自分がいるのでした。
ありのままの自分でない、何者かになろうとして、ひたむきにがんばる、ということを、していこうとするのでした。
(ありのままの自分とかいっても、「これがありのままの自分」とかいうのがわかっているわけではないのだけれど。自分だとされている存在のなかに、いろんな要素があるっていうのはほんのりわかるのだけれども。「ほーっと安心してそこにいられるのかどうか」で、どのていど「ありのまま」かを判断していそうだけれど。)
今はほんとに人見知りも激しくなっていて、器の小さい、こころの狭い人間になっていて、
ひとりで、家で、ねこのとなりで丸くなって眠っていたい。
もしくは、しっかりと泣きたい、ということなのかも。
* * *
ずっと前、なにかの「プロフェッショナル」になるとしたら、なにがいいか、というようなことを友達と語り合っていたときに、「ともだちでいることのプロがいい」とか、「プロのお手紙書きになりたい」とか口走っていたことがありました。
また別のときには、理想の職業、できるできないは別として、これが理想っていうのを言ってみてもいいとしたら、なにが理想の職業?
という質問を前にされたときに、なんとなく「evil spiritノコエヲキク」という仕事、と答えたことがありました。嫌がられて、周縁化されている、「わるい」とされているスピリットの声を聞くというのを仕事にしたいな、と。
どちらもずいぶん前の話しで、なんでそんなことを思いついたのか、今はよくわからないし、思い出せないけれど。
でも、こういうことを言葉にして口に出したときから、幾年かたった今、ひょっとして願いがかなっているのかもしれないな、と思うようになっています。
実際に、他の人には聞いてもらえないような、むしゃくしゃした気持ちや、悲しい気持ち、愚痴、そういったことを聞いてほしいという理由で、友人たちがコンタクトをとってきてくれることがあります。。。
楽しい時間をいっしょにすごしたいから、という理由で「会いたい」と言ってくれるときよりも、聞いてほしいことがあるから、という理由で「会いたい」と言ってくれるケースのほうが多いような気がして、これってどうしてなんだろう?と思ったんだけれど、
それは、自分が望んだことだったんだなー。。。
困っている人の力になりたい、とどこかで望んでいるみたいで。そして誰かの力になれたときに、自分の存在価値みたいなものを感じていそうで。そういうあり方はとっても浅はかでイヤだな、と思うのに。。。
役に立つ存在でいようとして、一生懸命なのでした。
そんなことに一生懸命な自分がイヤになります。。。
そういうんじゃない関係性を、人と結んでみたい。
役に立つ存在にならなくても、人といっしょにいられるようになりたいです。
役に立つ存在でなくても、面白そうな人間に見えなくても、そこにいていいんだと、わかりたい。。。
というか、役に立つときがあったり、そうでないときがあったりしつつ、もっと気楽に人付き合いができるようになりたいです。
一人旅をしていたとき、ほかの一人旅の人と、しばしいっしょに時を過ごしたりすることがわりとありました。ああいうときには、わたしがどこのだれで、なにができるのか、そんなことをいちいち気にしなかったことを、鮮明に覚えています。
過去の経歴をくっついけてない「今ここ」のわたしがいて、出会った人といっしょに楽しく「今」を過ごしていて。。。どちらがどちらの役に立っていたわけでもなくて。。。ただいっしょにいたいから、いっしょにいたのでした。
相手の人が過去に経験してきたことは、その人の存在感から、ほんのりたちのぼってはいたけれど。
旅路では、出会った人とのつながりを、なんらかの未来のために活用しよう、利益にしよう、という発想はなかったな。。。
わたしはあなたの利益になりますよ、お役に立ちますよ、とアピールすることもなかった。。。
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