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2007.11.29

ワールドの裂け目

ワールドの裂け目、というようなものに、落っこちそうになっています。日が短くなってくると、鬱傾向が出てきてしまうので、たぶんそれもあってのことだけれど。

既視感のあるワールドと、これから自分が生きてきたいと感じているワールドがあって。

そして、既視感のあるワールドのほうでは、いち個人として、なにごとかの「プロフェッショナル」になるとか、「名をなす」といったようなことを、目指したくなってしまう自分がいるのでした。

ありのままの自分でない、何者かになろうとして、ひたむきにがんばる、ということを、していこうとするのでした。

(ありのままの自分とかいっても、「これがありのままの自分」とかいうのがわかっているわけではないのだけれど。自分だとされている存在のなかに、いろんな要素があるっていうのはほんのりわかるのだけれども。「ほーっと安心してそこにいられるのかどうか」で、どのていど「ありのまま」かを判断していそうだけれど。)

今はほんとに人見知りも激しくなっていて、器の小さい、こころの狭い人間になっていて、

ひとりで、家で、ねこのとなりで丸くなって眠っていたい。

もしくは、しっかりと泣きたい、ということなのかも。

* * *

ずっと前、なにかの「プロフェッショナル」になるとしたら、なにがいいか、というようなことを友達と語り合っていたときに、「ともだちでいることのプロがいい」とか、「プロのお手紙書きになりたい」とか口走っていたことがありました。

また別のときには、理想の職業、できるできないは別として、これが理想っていうのを言ってみてもいいとしたら、なにが理想の職業?

という質問を前にされたときに、なんとなく「evil spiritノコエヲキク」という仕事、と答えたことがありました。嫌がられて、周縁化されている、「わるい」とされているスピリットの声を聞くというのを仕事にしたいな、と。

どちらもずいぶん前の話しで、なんでそんなことを思いついたのか、今はよくわからないし、思い出せないけれど。

でも、こういうことを言葉にして口に出したときから、幾年かたった今、ひょっとして願いがかなっているのかもしれないな、と思うようになっています。

実際に、他の人には聞いてもらえないような、むしゃくしゃした気持ちや、悲しい気持ち、愚痴、そういったことを聞いてほしいという理由で、友人たちがコンタクトをとってきてくれることがあります。。。

楽しい時間をいっしょにすごしたいから、という理由で「会いたい」と言ってくれるときよりも、聞いてほしいことがあるから、という理由で「会いたい」と言ってくれるケースのほうが多いような気がして、これってどうしてなんだろう?と思ったんだけれど、

それは、自分が望んだことだったんだなー。。。

困っている人の力になりたい、とどこかで望んでいるみたいで。そして誰かの力になれたときに、自分の存在価値みたいなものを感じていそうで。そういうあり方はとっても浅はかでイヤだな、と思うのに。。。

役に立つ存在でいようとして、一生懸命なのでした。

そんなことに一生懸命な自分がイヤになります。。。

そういうんじゃない関係性を、人と結んでみたい。

役に立つ存在にならなくても、人といっしょにいられるようになりたいです。

役に立つ存在でなくても、面白そうな人間に見えなくても、そこにいていいんだと、わかりたい。。。

というか、役に立つときがあったり、そうでないときがあったりしつつ、もっと気楽に人付き合いができるようになりたいです。

一人旅をしていたとき、ほかの一人旅の人と、しばしいっしょに時を過ごしたりすることがわりとありました。ああいうときには、わたしがどこのだれで、なにができるのか、そんなことをいちいち気にしなかったことを、鮮明に覚えています。

過去の経歴をくっついけてない「今ここ」のわたしがいて、出会った人といっしょに楽しく「今」を過ごしていて。。。どちらがどちらの役に立っていたわけでもなくて。。。ただいっしょにいたいから、いっしょにいたのでした。

相手の人が過去に経験してきたことは、その人の存在感から、ほんのりたちのぼってはいたけれど。

旅路では、出会った人とのつながりを、なんらかの未来のために活用しよう、利益にしよう、という発想はなかったな。。。

わたしはあなたの利益になりますよ、お役に立ちますよ、とアピールすることもなかった。。。

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2007.11.24

ああ、しあわせな

Ancientfuturesbooklet_41日でした。昨日は。。。

意外でした。朝から夕方までほぼ丸1日を、同じ室内の場所で、午前中は映画の上映、午後はシンポジウムという内容のイベントに行きました。「家ねこ」寄りのわたしには、いつもなら「いろいろ実り多くてうれしいんだけれど、1日の終わりにはぐったりなっちゃう」メニューなのだけれど、昨日は逆で、ああ、しあわせだなあ、と終わってからも、翌日も、思っているのでした。

そのイベントとは、ISEC(エコロジーと文化のための国際協会)の代表をされているヘレナ・ノーバーグ・ホッジさんをお招きしてお話を聞き、ヘレナさんと同じ方向で活動をされている日本国内の実践例を当事者の方たちから聞く、という内容。NPO「開発と未来工房」が主宰している「懐かしい未来ネットワーク」の会でした。午前中の映画は、ヘレナさんの著書『ラダック 懐かしい未来』の映像バージョンといった内容でした。

聖心女子大学のホールが会場だったんだけれど、この場所も、よかったのです。ホールの舞台背後の壁が、映写などをしないときは全面ガラス壁になって。シンポジウムの間じゅう、パネリストの方々の背後では、木々がたっぷりと葉を風に揺らして、明るい秋の日差しが満ちていました。ときどき自転車にのった人やなんかが向こうの道を通り過ぎていったり。

ホールのロビーでは、会議机にカラフルな織り布を広げて、いろんなブースが並んでいました。

東ティモールの有機コーヒーを売るおじさん、
イラクサの帽子や、チベット医師のレシピからできたお香を売りながら、六ヶ所村の再処理工場の稼動を止めようとメッセージを発している青森出身の女の人、
ヘレナさんの本や、関連するブックレットなど(サティシュさんの小さな本も)を売る「懐かしい未来ネットワーク」のみなさん、
来年5月の「9条世界会議」の資金になるポストカードを売りながら、「人の話に耳を傾ける」という活動についての本を売るおばあちゃん、
ラダックの民族服に身をつつみ、ラダックの手作り品を売っている女の子たち(NGO「ジュレー・ラダック」の方たち?)、
さまざまな本や資料を並べた日本ホリスティック教育協会のみなさん、
ざるやかごに、平飼いのニワトリのたまごや、柿、旬の野菜をいっぱい乗せて売っているお姉さん、
そのとなりでは、いろんな本(北山耕平さんの「ネイティブ・タイム」やホメオパシーの本、なんとアレクサンダーテクニックの本まで)をずらりと並べている出版社さん(地湧社さん)、
などなど。みなさん、表情がすてきで。

会の内容そのものは、ほんとうに豊かすぎて、どこから書いていいのやら、という感じで。。続きは今度 :)

Ancientfutures_3

■「ラダック 懐かしい未来」(画像をクリックすると詳細へ)

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2007.11.19

肌寒い日には

ボノボのファーストアルバム「Hover Hover」は、「もうじき冬が来る」という曲も入っていて、少し肌寒いこの季節には特にぴったりのアルバムだなー、と思います。リズムがあたたかくて。

蔡君の書く詞は、変な熱がこもっていなくて、変に力んでもいなくて、甘すぎることも明るすぎることもなくて。小さいあかりが胸の中に灯る感じがして、すきです。

以前どこかで、ボブ・マーリーが、レゲエのリズムは心臓の打つ速度、と言ってたのを読んだけれど、ボノボのリズムにはやはりゆったり感があって。

最後の曲「スカートガール・ブルース」は、ほぼ寝息を聴いているようで休まります。。。

なっちゃんのベース、良すぎます。。。

* * *

Koharu肌寒い日にうれしいといえば、今年から使い始めたハクキンカイロも、かなりいいです。

パートナーが皮膚の敏感な人なので、通常サイズのカイロだとおそらく熱すぎだと思って、小さいサイズの「こはる」というカイロにしました(もとよりわたしはコンパクトな道具類への偏愛?があるのだけれど)。隣に写っているのは普通の家の鍵です。

ふわふわの袋に入れて、おへそや「そへ」(背中側の、おへその裏側のとこ)の近くに(下着の上から)入れておくと、暖まった血がめぐるからか、全身がほんのり暖まります。

小さくても、しっかり暖かい。。。ただ小さいので、一度に7、8時間くらいしか持たないのだけれど。(説明書には約15時間と書いてあるので、燃料の分量を間違えているのかも。。。)

ほんの少しの燃料を、小さい小さい専用の軽量カップに入れて、カイロに注ぎいれる作業が、気に入っています。おままごとみたいで。。。そしてちょっと火で芯をあぶってふたをしたら、すぐ袋へ。

経済的で、思い立ったらすぐ使えるところがいいです :)

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2007.11.17

ネイティブ・タイム

今日の東京は、日差しがくぐもっていて、肌寒い。。。こんな秋の日は、ストーブのそばで、ひざを毛布でくるんで、ゆっくり本を読むのにいいな、と思いました。。(仕事さえなければ。。。)

Nativetime そして思い出したのが、ずっと手をつけられないまま半年以上本棚に立ててある、分厚い本のこと。北山耕平さんの「ネイティブ・タイム」という本です。

ひさびさに本棚から取り出してみました。副題に「A Historical Time Line of Native Japan」とあり、表紙の題名の下には、さまざまな形のやじりの絵が。

やじり。小学生のころからロマンを感じていました。近所のおじさんちの裏庭が、遺跡の発掘現場になる前、そこから出てきた黒曜石のやじりをおじさんからもらっていて。今も宝物箱にしまってあります。

おじさんちの裏庭が発掘現場になってからは、どこだかの大学の考古学の学生さんたちが発掘作業をしているのを、見に通いました。ある学生さんから「ほら、ここらへんの土はこっちの土と色が違うでしょ。ここらへんを縄文さんが歩いていたってわけ」と聞かされて、ひどく興奮したのを覚えています。

「わ、わたしもそこを歩いてみたい!」と、四角く掘り下げられた中を熱く見つめていたけれど、もちろんそんなことは言い出せないし、小学生を中に入れてくれるはずもなく。。。

でも、そんなことがあってから、縄文土器の研究にのめりこみました。夏休みの自由研究も、秋の学習発表も、みんな土器のことばかりに。夏休みには、母におねだりをして、多摩の森の中で縄文時代の衣服や住居を復元しているというおじさんに会いにいったり、登呂遺跡への小旅行に連れて行ってもらったりしました。

ただ、小学生なりに、その夢のような「縄文時代的な暮らし」が、必然的に定住型のコミュニティになっていき、そして必然的に邪馬台国のような「国家」みたいなものができていくのだ、とあきらめに似た気持ちがありました。

あの時代に戻りたいけれど、戻ったところで、またいずれは社会や国家ができていくだけだ。。。と思ったのを覚えています。

でも最近になって、昔の、自然と寄り添う暮らしにもし戻れたとしたら、今度は、その後に国王だなんだという存在のいる国家が必ずしも発生しなくてもいいのかも、という気持ちになってきました。別の道も、あるのかも、と。。

* * *

占星術を自分なりに知っていくなかで、自分のチャートのICという場所を、井戸の入り口のように感じるようになりました。そこからずーっと深い地層へと井戸は続いていて、縄文時代、石器時代、さらにその前の時間へと意識の地層、歴史の地層が連なっているような。

プログレスの月がICをちょうど過ぎて、4室に入ったところなので、そういう意味でも、この分厚い本を読むのにちょうどいい時期がきたのかもしれないです。

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2007.11.13

のんきやさん

ここしばらく、ものすごく体に疲れが出ていて、なかなかたいへんだなーと思っていたのだけれど、よく考えたら、ぼーっとできる時間が不足していたのでした。。。

で、昨日は、珍しく休日だったパートナーと、近くの川へボートに乗りに行きました。「のんきや」という名前の貸しボート屋さん(ぼーっとするには一番の雰囲気なのです)があって、このところずっと、そこに行きたい行きたいと思っていたのです。

というのも、ここ1月くらい、電車の中から見える川の様子がおかしいのが気がかりだったのでした。水があまりにも少なくなっていて。おかしい、おかしい、なにか起こっている、「再開発」とかじゃないといいけれど、と祈りつつ、のんきやのおじさんに聞けばわかるはずと思っていました。

そしてようやく、川へ行ってのんきやのおじさんたちに「ボートに乗りにきたんですが」と言うと「今はやってないのよ」という答え。聞けば、台風のせいで、近くのダムのコンクリがはがれて決壊したとのこと。水が減ってしまったので、もう今は、ボートが出せないほど浅くなってしまっているそうです。

Img_1475いつごろまでこの状態なんでしょう?という質問に、おじさんたちは「さあね、おれらは国土交通省じゃないからわからないねえ」と笑います。そのうちに誰かが神社かなにかのお札を出してきて「これに拝むしかないね」と笑い出し。。。わたしたちもお札に両手を合わせてみたりして、おじさんたちも大笑い。

ボートが出せなくなっているのに、やはりのんきやさんには和やかな空気が。。。

のんきやさんは今は貸しボートはお休みで、釣り人などを相手に飲み物やカップめんを売ったり、バーベキューする人たちに炭や薪を提供することだけをしているようでした。

それで、私たちは、ボートで食べようと思っていたお昼ごはんを持って、中洲へ行き、そこに倒れていた巨木の幹に座って食べました。この巨木も、こないだの台風で倒されたようでした。。。

「再開発」とかじゃないんだ、自然災害だったんだ、とホッと胸をなでおろしたけれど、でも、この状況が続くと、やはり大変そうです。。

干上がった川底のせいで、中州はいつもの倍以上の広さになっていました。ごろごろと石がたくさん。しらさぎや、白い小さい鳥や、シジミみたいな鳥などが浅瀬で水遊びをしていました。向こう岸では、小学生くらいの男の子4人が、焚き火をたいていました。自転車を川原にとめて。

Img_1484空には、クマがスーパーマンのポーズをしながら飛んでいるような形の入道雲が。雲のふちが銀色に縁 取りされていてきれいでした。

帰り際、のんきやさんの脇を通っていこうとしたら、「国土交通省」と書いたバンがやってきて、青い作業着を着た人たちが降りてきました。

のんきやのおじさんはすでに顔見知りのようで、青い人たちに「いや~、もう困ってるのよ、もう2回も船を動かさなくちゃで。船底があがってきちゃうと、割れちゃうから。。。今はね、船大工もここらへんにはいないのよ、長瀞まで行かなきゃいないから。。いや~弱ってるんですよ」と苦境を訴えておられました。けれど、終始笑顔。

私たちに対しても和やかに笑っておられたけれど、国土交通省のお役人に対しても、おおらかな笑顔で。ボートも営業できないし、船のケアは大変だし、相当大変なはずなのに。。。

のんきやという屋号だけあって、さすがです。

早くあの川に水が戻りますように。

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2007.11.10

ブルー・ソーラー・ウォーター

ご近所のパン屋さんで、パートナーが「ホ・オポノポノ」と呼ばれるもののチラシをいただいてきました。ハワイの伝統的問題解決方法を現代の人に合うようアレンジしたものだそうで。

チラシを読むと、なんだか抽象的な感じで、「?」でした。でも、パートナーが「こんなウェブサイトもあったよ」と教えてくれたところをチェックすると、なんだか興味をそそられました。

ここで勝手な解釈をしてしまうといけないので、興味のある方はそのサイトの講義を読んでいただくとして。。。

わたしがおもしろいな!と思ったのは、ものごとが現象化するときのルートを、「潜在意識の中の記憶の自動再生」と「インスピレーション」の2つにわけているところ。

「記憶の再生」が止まれば、インスピレーションが入ってくる余地ができる、ということらしく、そうなると、同じことの繰り返しのかわりに、新たな展開が可能になる、つまり問題解決への道が開く、ということのようでした。

アレクサンダーテクニックとも通じる気がしました。知らずに習慣的なパターンに沿って(潜在意識の主導で)行動・思考してしまっている自分に気づいて、それを「undo」(ほどく・やめる)してみる、そうすると、自分であれこれしなくても、ふさわしいことが起きてくる。。。というプロセスが共通しています。

(2009年追記:でもアレクサンダーとは違って、ホ・オポノポノの潜在意識にあるのは、いわゆる西洋的な「個人的なもの」の領域よりずっと深くて広大に思います)

でも、なにより、「ホ・オポノポノ」に関して私的にツボだったのは、その、潜在意識にある、問題を引き起こしている特定の記憶を「無化する」(手放す)実際の手続き。それは…

その「記憶」に気づいたら、まず、「大切だよ」「ありがとう」と「それ」に言うこと。

そして、「水を飲むこと」、「イチゴとブルーベリーを食べること」(!)。

この「水」と「イチゴとブルーベリー」という部分が、あまりにも意外で。食べ物のなかで一番好きなのが、イチゴやベリー類なので、お、と思いました。

* * *

お水は、「ブルー・ソーラー・ウォーター」だったらなお良い、とのこと。。。このブルー・ソーラー・ウォーターというのは、単に、青いガラスボトルに水道水を入れて、金属のついていないふたをして、日光に1時間当てるだけでつくれるもの。

たまたまうちに、ちょうどブルーのガラスボトルがありました。昔実家にいたときに、両親が誰かからいただいたお酒の空きびんで、あまりにきれいな青色だったのでとっておいたもの。ちょうどボトルもあることだし、と数日前の晴れた日に、ブルー・ソーラー・ウォーターをつくってみました。

Bluesolarwater_2 青いガラスボトルが陽を受けて、透き通る影を伸ばしている様子は、なかなか目にもうれしいもので。

できあがったお水は、そのまま飲んだり、お茶にしたり、お料理に使ったりしてみています。

それで、気づいたのだけれど。もとはただの水道水。それがこうして青いボトルに入れて太陽に当てて、「特別なお水」になると、いつも以上に無駄遣いをしたり、簡単に捨てたりしないように、気を配るようになっていて。

これは、水道をひねればいつでも水が出る環境で暮らしていると、忘れてしまう感覚かも、と思いました。泉や川に、自分で汲みに行って、そうやってお水と接する暮らしをしている文化では、こういうふうに、大切にお水を使うのだろうな、と。。。

そして、もう1つ。。。近年ミネラルウォーターを買うのもごく普通のことになっているけれど(とはいっても、我が家では水筒に飲み物を入れて出かけることが多いけれど)、遠いところの清流のお水を、ボトルに詰めて、車や鉄道や飛行機で運んでくる、ということになると、ペットボトル入りのお水はフード・マイレージが高くなるけれど、ブルー・ソーラー・ウォーターならそんなことにもならないので、そこもうれしいところかも。

記憶をほんとに無化するかどうかはおいておいても、きれいな青いガラスびんのお水がおひさまを浴びてる図は、理屈抜きのハッピー感があって、そんなこんなで、なんとなく、愛飲してみているここ数日です。

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2007.11.07

カムイとドリーミング

先日、東京の、中野駅からすぐの小さな広場で開かれていた「チャランケ祭」というお祭りに行ってきました。

沖縄のエイサーの踊りがひとしきりあって、うっとり見とれていたら、それが終わり、そのあと、おもむろに、、、

アイヌ民族に伝わる「カムイノミ」という儀式がとり行われました。

こちらは「魅せる」要素の強かったエイサーとは一転して、とても内省的な儀式でした。

アイヌ文様が施された上衣を着た人たちが、炭火を囲んでずらりとならんで座り、正面には乾いた植物でできた祭壇。その祭壇の手前で、ふたりの男性が、白い飲み物の入った木のおおぶりな器を挟んで座り、1本の大きな木の匙を一緒に持って、その飲み物をかきまぜました。かきまぜる動作そのものも祈りの一部のようでした。

その飲み物を、炭火のまわりに並んで座っている人たちに分けていきました。炭火のまわりの人たちは、受け取った白い飲み物を、木の細いヘラのようなもので、ひとしずくずつ、すくっては、外へ撒く、という動作を繰り返しました。なにか言葉をとなえながら。

椀に注がれたぶんを、そうやって撒き終わるまで、ずいぶん時間がかかります。

終わったら、また大きな器から注いで、再度繰り返し。。。

それから、炭火に供物がくべられていたようでした(よく見えなかったけれど、たぶん、魚の干物など)。

炭火からは、もわーっと煙が立ち昇り。。。

それからまた長い時間、いろいろあったかな。。。あるときは、やおらみんなでたばこを吸い出したときもありました。ネイティブアメリカンの文化でもそうだけれど、煙というものがなにか特別な役割を果たしていたのかな。。。

とにかく、手をさすって、言葉をとなえて、なにか祈っている、というのが長く、その様子を見ていると、こちらの意識もなんだか次元のないところに飛びそうでした。。。。

儀式の間中、誰もほとんど声を立てず、祈りの言葉も、「唇を動かしているみたい」というのがわかるだけで声はほとんどきこえず、終始、しずかにことが運んでいました。でも、しゃちこばっているのでなく、どこか和やかな雰囲気が漂っていて。

ひととおり儀式が終わるまで、3~40分あったかな。。

その後、白くて長い立派なあごひげをたたえたおじいさんが、おもむろに立ち上がり、マイクを手にして、「終わりました」と挨拶をされました。

「私たちは、すべてのものにカムイ、神さまが宿っていると考えていて、今やっていたのは、ここの場所のカムイたちに、ここで儀式をやらせてもらいます、と挨拶をして、それから自分たちの先祖のためにお祈りを捧げていました。とっても大事なことをしていました。それからここに今日来てくださったみなさんが、これから幸せで元気でいれるように、ということもお願いしておきました」(わたしの記憶、正確ではないけれど)と、そのようなことを説明されました。

広場はコンクリで、ところどころ木は生えていたけれど、これといってチャーミングな場所ではなくて、緑色のフェンスで囲われたすぐ向こうは車道。儀式の場所は、フェンスにじかに植物をつけて祭壇にしてあり、祭壇の斜め上には「この場所でのフリーマッケトを禁ずる」という大きな看板。儀式の最中には、フェンスの向こうの道を、小学生たちが大声でしゃべりながら自転車で走りぬけて行ったり、自動車が行き交ったり、公共放送のチャイムが大きく聞こえてきたり。駅前の雑踏の気にとり囲まれていました。

儀式を見ながら、これはずっと昔から、北の地の、森の中で、行われてきた儀式なんだろうな、とその様子が目に浮かんで、それと、この広場の様子とが、あまりに違うのでは、と一瞬思ったのだけれど、

でも、フシギと、せつない気持ちにはなりませんでした。逆に、この儀式を通じて、この広場が、その本来のありようを思い出しているかのような、そんな気持ちになったのでした。。

それで、プロセスワークのアーニー・ミンデルが、オーストラリアのアボリジニの長老と交わしたという会話を思い出しました。

* * *

オーストラリアの都市アデレードで、ふたりが一緒に歩いていたとき、長老がアーニーに訊きました。

「あそこを見てごらん、街の中心地の方角だ。何が見えるかい?」

アーニーは、騒々しいビジネス街、ヴィクトリア・スクエアが見えると答えます。すると長老は「もう一度よく見てごらん」と言います。でもアーニーには、何度見ても同じ騒々しい街が見えるばかり。

すると長老は
「なるほど。視力はいいようだ。しかしドリーミングを見ていないようだな。。。(中略)あそこはドリーミングがもっとも強力な場所なんだよ。。。だからあそこにあるビジネス街はうまくいってるんだ」と言うのです。

アーニーはこう書いていました。
「都市に対する私の見方が、アメリカ的なものの見方や教育という色眼鏡で歪められていることに気づかされたのだ。この長老に出会うまでは、選択肢を与えられたならば、私は都市を避けて自然の豊かな田舎を好む傾向があった。アンクル・ルイス(=長老の名)は、わたしが田舎に求めていた自然の驚異が、目の前の慌ただしい街にもあることを教えてくれた。ドリーミングはいつもそこに存在している。それは日常生活と呼ばれる出来事やありふれた対象の周りにかすかに感じとれる、雰囲気のようなものと言えるかもしれない。」

(アーノルド・ミンデル著「24時間の明晰夢」より)

* * *

カムイノミの儀式の場に居合わさせてもらったこの日、あの広場にいた時間がほんの2時間ほどだったのに、わたしとパートナーはふたりとも、半日くらいそこにいたような感覚に襲われていて、しかもそのあと夜までなぜかずっといつもより元気でした。

時間感覚のゆがみ方が、とっても不思議でした。
狐につままれたような気分で。。。

あの場に居合わせた私たちのためにも、お祈りをしていただいたからかなあ、と思いました。

チャランケ祭の由来はこちら。首都圏に暮らすアイヌゆかりの方たちと、沖縄ゆかりの方たちが、もう14年もの間、一緒にやってきたお祭りなんだそうです。2日目は、歌や踊りで盛り上がったようでした。出店もにぎやかで。

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2007.11.06

てん覧会

Dm昨日から、「遠藤洋子となかまたち展」が始まりました。

遠藤さんと7人の「なかまたち」の絵が、一同に集まっていて。わたしの絵も、そのなかに混ぜてもらっていて。壁面で文字通り、「混ぜてもらっている」感じがするのが、うれしかったです。

みんな、それぞれの空気感が、そのまま絵になっているようすが感じられて(自分のことはわからないけど)、それはほんとに、ちょっと、驚きでした。

正直言うと、遠藤さんの絵をもっと見たかったけれど、でも「なかまたち」のタロットの絵と出会えて、うれしかった。。。特に(あ)さんの絵、こころのごはんになりました。

しかーし、搬入が終わって「おつかれさまワイン」を一口飲んだら、その後少しして、右脳が痛くなって、そのままずーっとしんどい夜となってしまいました。。。

あんなにしんどかったのは久しぶり。お酒の飲めないからだになってしまったもよう。。。

まあ、とにかく、、、近くに来ることがあれば、よかったらのぞいてみてください♪ 池袋駅の東口にある、東京芸術劇場の反地下でやっています。朝10時半から午後6時で、今週の日曜日までです。

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