冥王星の山羊座入りの日
生きていく中で、踊りにたいへん助けられていた時期があって、でもいろいろな事情で離れていっていました。
それというのも、だんだん、踊れなくなったのでした。体は動かせたのだけれど。体を動かしていても、踊っていない自分がわかってしまう、というような。。。
昨日、『珪藻土礼賛~植物プランクトンの生気から』という展覧会に行きました。立体造形作家・伊藤公象さんと作曲家・藤枝守さんのコラボレーション。最終日のワークショップに参加しました。
ワークショップのなかで、800度くらいの温度で焼き固められた珪藻土の塊に水を含ませて、そのときに立ち上る音に耳を傾ける、というのをやりました。
とても小さな音。湿らせた珪藻土の塊を、両耳に押し当てると、実にいろんな音が、いろんなリズムで聞こえてきました。土の内部の微細な孔に、水が入り込んで、そこに含まれていた空気を押し出すときの音。土が内部に抱えていた空気を吐くときの、マイクロサイズの息づかい。
珪藻土というのは、多孔質なのが特徴です。見かけはソリッドなのに、中と外との境界線がスカスカ。。。がっちり閉じられていないので、空気や水が出入りできます。
人間の肺もそれに似ている、と藤枝さん。たしかに、たくさんの気泡を抱えられる仕組みになっていて、中と外との換気が起こる場所です。空気や水の出入り、ということでうと、皮膚全体もそう。。
ワークショップの「聴く」というセクションをリードしていた藤枝さんは、最後、会場内の照明も全部落として、「自分も珪藻土になったつもりで、中から出てくる音を、出してみましょう」とサジェストされました。
じっと耳を傾けていると、わたしの中からは、音のかわりに動きが出てきました。表面ではなく、内の奥のほうから、出てくるような動き。
それはそれは、ひさしぶりに、動きの中に自分を深く埋没させた瞬間でした。
わたしが体を動かすのでなくて、動きとわたしが同期をとるときは、独特の有機的な感じがあって。プロセスワークでいう「二次プロセス」をとおして「big U(You)」にアクセスするときの感じに似ています。
意識の地平の向こうに周縁化していたものを、思い出していく瞬間というか。
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