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2008.03.30

悲しい夢を見て、目覚めてからも余韻をやぶれた毛布のようにひきずっている今日です。

あまりに心がかき乱されているので、ひさしぶりに、植物の息遣いを音楽にしたPlantron Mindを、聴いています。

少し落ち着く。

目覚めたら、夢の中のとおりのことが、現実でも現在進行形で起こっていたのでした。

人の役にたたないと、ここにいちゃいけないし、役にたつだけでも、やっぱり楽しい存在じゃないから、ここにいてほしくない。そういうメッセージを人から読み取ってしまって、どうしたらいいかわからなくなって壊れました。

一生懸命になって、なにかをやりすぎていたことは、たしか。立ち止まることさえできなかった。。

ここへ入っちゃうと失敗する、と知っているところへ、入っていっていたなあ。。。こうなると、傷の治癒に、2、3日はかかってしまうのに。

人のことを思って、人のためになることをすることよりも、その人がそこにいることを、わたしのほうが、味わって楽しむことのほうを、大事にしたいのに。

自分に無理をかけてサービスマンになってしまうと、もう人の存在を楽しむこともできなくなって、どんどん人を避けたくなるだけなのに。

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2008.03.27

金継ぎ初挑戦

Img_1686ごはんを炊く土鍋の中ぶたを、ずいぶん前に落っことして割ってしまいました。中ぶたなしで炊いてたけれど、ふきこぼれがどうしてもあって。

年末の休みを利用して、金継ぎに初挑戦しました。漆でくっつけて、金粉をかぶせるというもの。

陶器用のボンドや、生漆よりもずっと扱いやすい(乾くのも早くてかぶれない)人工の漆もあるようだったけれど、ごはん鍋の中ぶたにはかなりの熱い水蒸気がかかるので、成分が溶け出してきそうで心配。。。なので、ちょっと高くても、扱いにくくても、がんばって生漆を使ってみることにしました。

高価な「金継ぎセット」なるものもあったけれど、少し調べて、必要最低限のものを東急ハンズでゲット。

生漆(マニキュアみたいなハケの付いた瓶入り)と、との粉、金粉。

でも結局使ったのは生漆と、こむぎこをお湯で練ったもののみ。

Img_1724この2つを、いらないCDケースの上で混ぜ合わせて(3:2くらいの割合)「麦漆」をつくり、割れた断面にぬりぬりして、くっつけました。くっつけたときに盛り上がってちょっとはみ出るくらいに、少し多めにぬりました。はみ出したりもしたり(汗)。

でも作業自体は、思っていたよりカンタンで、楽しかった。。。画材用の小さいスチールのヘラ(前にごみ捨て場で発見!)が役立ちました。

これを、ダンボールでつくったムロへ。というのも、温度と湿度がかなりないと、漆は「乾かない」のだそうで。漆が「乾く」プロセスというのは、漆の中の成分と空気中の水分が反応することで「硬化」が起こる、というものだからです。

(もともと漆は夏場に採れるものだから、夏の蒸し暑さを再現してあげればいいみたい。大昔の人は、夏場のみ、漆工芸をしたらしいことをどこかで読みました。夏場に作業すると、ムロにいれずに置いておけばよくて、さらに手軽かも?)

Img_1723苗を届けてもらったダンボールがあったので、これの空気穴や窓をセロテープでふさいで密閉。底にあった苗のホルダーをそのまま「スノコ」として使うことにして、その下にビニールを敷いて、濡れタオルを設置。(他にも小皿やおちゃわんのカケを直してみることに)。

そしてこの箱を、我が家で一番あたたかい場所におきました。つまり、猫ベッドの横!Img_1700_21日中ずっと高温・多湿に保たなくてはならないのだけれどここは、猫のために、局所的に1日中あたたかな環境をキープするようにしているのです。

で、この状態で、最初の1日は、箱の「窓」が蒸気で曇るのを目安に、熱湯を濡れタオルにちょこちょこ注ぎ足して、湿度をキープ。

最初の1日を越したら、後は気になったときにお湯を足す程度で3、4日過ごしたかな。。。

後は、タオルに水気がある状態を保ちながら、このまま2ヶ月半おきました。(ほんとはもっとおいたほうがいいみたいだけれど。。)

取り出したら、盛り上がっていた麦漆をカッターナイフで削りました。はみ出していたところも、わりとつるっときれいに削れました♪ これなら塗るとき、もっとおおらかな気持ちでやってもよかったんだなあ、と実感。

きれいに削った後、また何日か箱に戻して放置。

Img_1950_2 Img_1952この後、金を蒔くからこそ「金継ぎ」というわけなんだけれど、金は蒔かずに使うことにしました。(小皿やお茶わんには、金を蒔いたほうがいいな。。また後日)。

この中ぶたを入れて、ごはんを1度炊いてみたけれど、漆がやわらかくなったりすることもなく、大丈夫だったみたい。

ほんとに時間のかかるプロセスだけれど、漆がこんなにすごい接着剤だったと実感できたのがよかったです。

こういう植物の使い方を最初に見つけた人って、やはり植物界とツーカーの間柄だった人かな。。。

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2008.03.25

気がかり

うちの隣の、畑だった土地の「開発行為」のこと、高尾山のこと、六ヶ所村のこと、憲法9条のこと。チベットのこと、イラクのこと、パレスチナのこと。グローバリゼーションのこと、森林のこと、生態系のこと。それがみんなつながっていること。

お金のために、締め切りまでに、やらなくてはいけない仕事のこと。

調子悪くて、しんどそうなパートナーのこと。

本当だったら今が花盛りの、枯れた近所のミモザの木のこと。

隣の空き家に人が入ったので、寝場所を失ったらしい猫のみけちゃんのこと。

気がかりなことがあって、こころがザワザワしています。たいていの場合、気がかりなだけで、どうしたらいいかわからない。だからなにもできなくて、ただ、祈るとか。

唯一仕事についてだけは、「やればいい」とわかるから、ひたすらそればかりやってる。。

祈ることの効力は、ある、と(おそらく)知ってはいるけれど。

肯定的なビジョンを描くことが、とっても役に立つのだろうとも思うのに、体力というか気力が足りないみたいです、今はまだ。

どうか、なんとか、とただそういう勢いだけで祈ってる。

これってどうなんだろう。。

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2008.03.22

街に惚れる

豊橋という街に、惚れてしまいました。

愛知で愛を知ることができるかな?と冗談言いつつ旅をしたのだけれど、豊橋で、愛を知った気がしました。

とにかく、エスプリのある街でした。

この街には、空がたくさんあった。

歩いて行きたいところに移動できる距離感があった。

かわいい路面電車が走ってた。

そこここに、個人経営の落ち着いたコーヒーショップがあった。

楠の立派な並木が道路の真ん中にある道があった。

さおで漕ぐ人力の渡し舟が、「公道」としてあった(公道だから渡るのは無料)。

つくしとたんぽぽのたくさん生える土手があった。

野生の状態で3メートル近く育ち、真紅の花をつけている椿の木があった。

街の中心からすぐ川に出られた。

やたらめったらコンビニがなかった(実際私自身は1つも見なかった。。)

チェーン展開してるコーヒーショップもなかった。

バロック時代の楽器があって、バロック音楽の流れるカフェがあった。

それと、私の大好きな小豆を使った食べ物がたくさんあった!

バスの運転手さんは、バス停でもない交差点のところで、閉めたドアの向こうから、なにかたずねてきたおばあさんに、ドアを開けて応対して、しかもそのまま乗せてあげてました。おばあさんが「ごめんねー」と言いながら乗り込むと、運転手さんも同じ口調で「ごめんねー」と言って、なにごともなかったかのようにまた走りだした。。

この街の空気感に、どれほど癒されたか知れません。

ぼうっと川を眺めてたら、背後からとうとつにやってきて、「この先のお城は裏からみたほうが断然きれいじゃんね」と話しかけてきてくださった、土地の人にも。

「文明の便利さよりも、文化の豊かさを大事に!」と赤い字で書いた紙を、ガラス扉いっぱいに貼っていたお店屋さんにも。

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2008.03.18

ささくれ

今日もこんなにいいお天気で、開け放した窓からは光が入ってくるのに、

気持ちはなんだかささくれだっています。

人のことばの、はしっこのほうにある、小さなトゲが指に刺さる。

このトゲは、ことばを発した人がつけたんじゃなくて、たぶん、ことばを聞いたわたしが、「そういえば」と思い起こしてそこにくっつけたもの。

そうだとわかっていても、痛いし、ちょっとだけ血が出る。

「そういえば」と思い起こさせないでほしい、という思いから、人のことばを避けはじめようとする自分がいます。元気が減っているのだと思われます。

少し外へ出てこよう。そうだ、銀行へも行かなくちゃだった。
2日ぶりの外出!

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2008.03.17

チベットのこと

数年前、ダライ・ラマ14世のお話を聞きに行ったことがあります。内容はチベット仏教の教義だったのだけれど、「まるで石ころをほいっと投げるような感じでお話をされるんだなーーー!なんにも特別なことじゃないよーという感じだなー!」と思ったのを覚えています。

お話している最中も、終始どこか子どものようで、体もどこか微笑むようにゆらゆら揺れていました。

ノーベル物理学賞を受賞した科学者の方などとも対談をしていましたが、そのときも、印象的だったのはお話の内容よりも、ものすごくにこにこと(もううれしくてしょうがないという感じで)「Thank you, thank you」と相手の方になんどもなんども言っておられた姿でした。

お人柄そのものが、平和の代名詞のように思えました。

ただ、そのときのわたしは、チベットのこと、文化・宗教面以外はほとんどなにも知らなかった。。。

* * *

現在の中国という国家が建国したのは1949年10月1日。翌年の1950年10月7日、中国の人民解放軍はチベットに侵攻しました。チベット政府は翌年、「中国による侵略」を国連に提訴しました。

北京政府は1956年には、チベット政府の代わりの「西蔵自治区準備委員会」を発足させます。

この頃から中国に対抗するゲリラ戦が展開されていき、中国側は容赦なく応戦、弾圧を強め、1958年には「町や村は爆撃、砲撃によって広い地域が廃墟と化した。そのため数千にのぼる難民がラサに逃げ込み、市の外の空き地にキャンプを張った」(ダライ・ラマ14世の自伝より)。

そして1959年3月10日、ラサで蜂起が始まりました。中国側はチベット人8万7,000人を殺害してこれを鎮圧。この日のことをダライ・ラマ14世は自著『ダライ・ラマ自伝』に詳細に書いています(こちら↓)http://www.tibethouse.jp/history/19590310.html

* * *

今回の「抗議行動」は、この日から49年目にあたる日に始まりました。

2年前までチベットで暮らしていた方のお話によると、チベットではデモが禁止されているので、デモに加わっただけで、強制収容所に連行されるだけでなく、家族・親族も含めて、一生政府からいやがらせを受けることになるんだそうです。

「私服警官がそこらじゅうにうようよといて、監視カメラもそこかしこにあるなかで、デモに参加するというのは命がけ」なんだそうです。

ダライ・ラマ法王は、これまでもずっと「独立は求めない」、「外交と国防を除く、経済、文化、教育などの分野でチベット人の完全な自治」を求めると言ってきました。

でも近年、中国側は漢民族のチベットへの移住や、チベット民族との通婚をすすめて、さらに、去年9月には活仏の認定を事実上中国当局の許可制とする制度を導入したそうです。

今回、寺院の中で僧侶が手首を切った、という報道もありました。

チベットの方々の現状は、相当追い詰められているのだと思われます。消されてきた声が聞こえてきているのだと、思います。

なんとか、和解の道ができますように。

■チベットについてはこちらを参照しました↓
ダライ・ラマ法王日本代表部事務所
http://www.tibethouse.jp/about/index.html

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2008.03.16

クアトロでキセル

いろんな音楽に、いろんな音楽ハイを、体験させていただいているけれど、先日のキセルのライヴでは、いまだかつてない感じでした。

わたしにはそもそも、音もなくて動きもなくて形もなくて、だからここで鳴っている音そのものがわたしになってく。そんな感じでした。

からだがすっかりなくなって。それぞれの音が「かつて肩があったあたり」や「かつて腰があったあたり」などで、鳴り響いているのでした。

そして、こんなにもすばらしい音の束になれる、ってことが、もうものすごくすてきなことでした。。。

もはやリズムに乗ることもなくて、リズムのほんの少し後に、反響のようにどこかが揺れるだけでした。

クラブクアトロという箱がいいのだろうかー。。前回キセルをクアトロで聴いたときも、声が背骨の中に入ってくるような不思議な感覚があったのだけれど。今回はもうわたしには背骨さえなくなってしまったのでした。

インストの曲も最高でした。。。

こういうライヴに行ってしまうと、おうちで聴くCDにさみしさを覚えてしまいます。。。うーむ。。

生ドラムでキセル、いいですね。エマーソンさんのキーボードもすごくすてきでした。

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2008.03.13

9条世界会議

5月のゴールデンウィークに開かれる、9条世界会議に、『懐かしい未来』の著者、ヘレナ・ノーバーグ・ホッジさんの来日が決まったそうです。

うれしい。

* * *

地元の「憲法9条を守る会」で活躍されているのは、ほとんどが定年退職後の方々。静かな物腰のなかに、大きなエネルギーをたたえているような、白髪のおじさま、おばさまたちです。

その端っこに混ぜていただいているのだけれども、わたしは個人的な人生のすったもんだに足をとられることが多くて、どうしても安定した取り組みというものができません。

世界を変えていこう、という方角に向かおうとすると、どこかで軸が、ぶれていく。。。わたしのなかにある、1つの夢状の次元では、すべてに「これでよし」と言って、ありのままとともにいようとする、1本の木のような部分があって。そこは、動物的に積極的になにかに働きかけることよりも、もっと別のあり方をしようとするのでした。

でも、「これでよし」という夢次元と同時に、別の次元では、もっと別の、人、生き物、物質、天体への気持ちがあって。いつもながら、自分の中に、さまざまな矛盾が走っています。

こんな中途半端な立ち位置に、居心地の悪さを覚えるけれど、

9条世界会議、応援しています。

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2008.03.09

はぁ

昨日、ふと、「今日は有元利夫展の最終日!」と思い出し、あわてて見に行き、そして。

衝撃。。

同じ絵を、これまで何度も見ているのに。

今までなにを見てたんだろう??と、おもいました。

こんなにも、正確な、絵だったなんて。

Photo「閉館時間です」と言われて我に返り、ぼうっとしたままとにかくなんでもいいからひとかけら、と思って、カレンダーを買いました。

これまで、ほんの少しでも、有本さんの絵は色彩もおだやかで、挑発的なところもない無難な絵だと、思ったことがあった自分のあたまに、げんこで、ごつん、としたくなりました。

はぁ。。

彼が亡くなったときのねんれいに、わたしもなりました。

* * *

今日の音楽は月の海の『明滅する三秒』です。高橋さんのドラムがすきです。Photo_2

ときどきすごくこれが聴きたくなります。

http://sis.727.net/tsukinoumi/

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2008.03.07

ひなたぼっこ日和

本日の東京はひなたぼっこ日和です。窓を開け放したら、ねこもさっそくひだまりで丸くなっています。直射日光を浴びるのは気持ちいいね。

ときどき、キンモクセイの木に風がとおって、葉っぱがシャラシャラいっている。。。

ときどき、空のはるか上のほうをヒコーキがとおっていくときの、くぐもった音が。

それでまた、静けさ。小鳥のこえ。

時計の針のすすむ音。

自分がキーボードを打つときの音。

ほかにはなんにも聞こえません。

春が来ているぞ。
この、少しだけ熱を帯びた静けさは、春のもの。

* * *

それで思い出しました、中原中也の、この詩。

お天氣の日の、海の沖は
なんと、あんなに綺麗なんだ!
お天氣の日の、海の沖は、
まるで、金や、銀ではないか

金や銀の沖の波に、
ひかれひかれて、岬の端に
やつて來たれど金や銀は
なほもとほのき、沖で光つた。

岬の端には煉瓦工場が、
工場の庭には煉瓦干されて、
煉瓦干されて赫々してゐた
しかも工場は、音とてなかつた

煉瓦工場に、煙をば据ゑて、
私は暫く煙草を吹かした。
煙草吹かしてぼんやりしてると、
沖の方では波が鳴つてた。

沖の方では波が鳴らうと、
私はかまはずぼんやりしてゐた。
ぼんやりしてると頭も胸も
ポカポカポカポカ暖かだつた

ポカポカポカポカ暖かだつたよ
岬の工場は春の陽をうけ、
煉瓦工場は音とてもなく
裏の木立で鳥が啼いてた

鳥が啼いても煉瓦工場は、
ビクともしないでジツとしてゐた
鳥が啼いても煉瓦工場の、
窓の硝子は陽をうけてゐた

窓の硝子は陽をうけてても
ちつとも暖かさうではなかつた
春のはじめのお天氣の日の
岬の端の煉瓦工場よ!

『在りし日の歌』(1938)収録の「思い出」より抜粋

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2008.03.05

軌道修正

昨日、事情あって、昔どんな日々を過ごしていたかを人に説明していたのだけれど、その「ことばになった過去」が相手に届いていくようすを眺めていて、そこに生まれるギャップに、軽く動揺していました。

私自身がその日々についてもっている感覚から、ずいぶん離れていってしまう、と。。。

ことばが足りない、というのも1つあるけど、受け取る人とわたしの間にある感覚の違いや価値観(というか、価値観の手前にある透明な前提?)の違いも、大きいような気がしました。

こんなときわたしは、軌道からはずれまくって運ばれていくことばを、ただ「あー、はずれていくなー」と眺めることしかできず。。。

そこであきらめずにもう一歩踏み込んで、「そうじゃなくて、そうじゃなくて!」と伝えようとしてみることを、もう少し普通にできるようになりたいと、思いました。

ただことばって、重ねれば重ねるほど無力になっていく、というのもあるんだけれど。

少なくとも、伝えたいことは他にあるのでした、ということに気づいていることだけはしていたい。人に伝えられなかったからといって、それを自分の中でまで「なかったこと」にしてしまってはいけないのだ。

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2008.03.04

感情

最近、ものごとに、感情の要素を入れるさじ加減に、気が向いています。

虫は、感情がなくて、大天使に対応する、ということを、松村さんの本で読みました。

身近なことをいろいろと、助けてくれる天使と違って、大天使というのには、温情が通用しないらしい。。。

人や場やものとの関係のなかで、感情、気持ちの部分を、とても大事にして生きてきたけれど、ひょっとしたら、ウェイトを重くしすぎてたろうか? と自問しています。

血も涙もない、というようなあり方を、理解することは、途方もなく難しいのだけれど、今のわたしに、血や涙がありすぎるのだとしたら?

少し比重を減らしてみたら、もうちょっと乾いて、もうちょっと身軽に、動き出せるのかな?

どうなのかな?

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2008.03.02

どうということのないこと

昨日、髪を切ってもらった、という夢をみました。夢のなかで、「あれはまるで夢のようだった」と振り返っていました。

最近、目を閉じて、猫やパートナーに近づくと、まっくらな視野の中に色があらわれる、というのがひさしぶりに復活しています。

しばらくなかったのだけれど。。。濃いピンクだったり、青紫だったり、いろいろで。インクをどばっとこぼしたような、鮮やかな色が一瞬ちらつきます。たのしい。

* * *

ここ数日、仕事をしているとき以外は、「どうということのないこと」しか考えていないような気がします。

たとえば、ロックな生き方をする人は、かっこいい歳のとり方をするなあ、とか。

Twelveパティ・スミスが還暦を過ぎて出したカバーアルバム、「Twelve」を聴いたときは、わあ、と思った。。。

そして彼女のオフィシャルサイトの「ihavesomeinformationforyou」ページを見て、さらに、わあ、と。。。↓
http://www.pattismith.net/news.html

年齢不詳のヘアスタイリスト、Sally Hershbergerも、気骨のある感じが気になっているこの頃です。

おしゃべりせずに切るために「Silence Please」というサインをサロンに貼り出したりとか。

ウォーホルのシルクスクリーン作品をバックに写っている彼女は、いかにも無駄なことはしゃべらなそうな感じ。。↓
http://www.sallyhershberger.com/about.html

* * *

このあいだ、わたしが言ったなにごとかに、パートナーがうなずきながら、「この狂った世界で、自分だけが健康になるなんてことはないもんね」みたいなことを言っていました。

世界にはいろんな要素が入り混じっている、ということを想います。。

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