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2008.05.31

つれづれ書き

Img_2034昨日も書いたけれど、楠のある森が大好きです。。

写真は、半月前に行った真鶴の魚つき林の木々。 この森は海に面しています。森の中をあちこち歩き回って、海へ出ました。

釣り人を眺めながら歌をうたったり、穴のあいた石を探して歩いたり、シーグラスを集めたり。

真鶴の岸辺は、シーグラスの宝庫なのです。

ガラスは、浜辺で生まれた、という思いを持っています。どこかでそう読んだ記憶があるからかな。古代のガラスが発祥した起源として。

浜辺の砂が、ガラスの誕生に一役買っていた、という説。

シーグラスはもちろん、捨てられたビンのかけらです。海辺にビンを捨てるなんて歓迎すべきことではないのだけれど、でも、波に洗われて角がImg_2100とれて、すこし曇りガラス風になったかけらは、すごくきれい。拾わずにおれません。

←この日の収穫。

湘南のほうだったかな、シーグラスを「通貨」として使えるムーブメントがあると聞きました。浜辺のお掃除にもなるし、ということだと思うんだけれど、拾ったシーグラスを持っていったら、お茶を飲めた、という経験、してみたいものです。

* * *

真鶴では今回も、ひるさいどはうすさんにお世話になりました。思えば春の季節に行くのは初めて。お夕飯までの時間、まだ外が明るかったので、ひるさいどはうすさんの畑を見学させてもらいました。

Img_2015小高い山の斜面にあるので、畑からの眺めもすばらしい。

歩いてみて、なによりびっくりしたのは、土がほんとうにふわふわだったこと。

斜面に段々に、小さな畑がそこここにあって。畑の形も不均衡で、地形に合わせて、草むらの中にぽこっとある、という感じ。それぞれの場所に、少しずついろんなものが植わっていました。ちょうど夏野菜の苗を植えたばかりだとか。

同じものが、別の段の畑の隅に植わっていたり。これは虫対策かと思って後で聞いてみたら、「輪作を避けるためなんですよ」とのこと。

ひるさいどはうすさんは、お料理がものすごくおいしくて、そのお料理のセンスだけでも脱帽なのだけれど、さらに素敵なのは、シェフがだいたいの野菜を一からご自分で育てていることです。

そしてお魚は、すぐ近くの真鶴港であがった新鮮なものばかり。この日は珍しいトビウオのお刺身をごちそうになりました。おいしかった!

ひるさいどはうすのマスターは、シェフ業も、畑も、宿業も、みんな自分でやってしまうというオールラウンダーなのです。しかも写真もすごく上手。ひるさいどはうすのホームページに日々アップされる写真をみると、目が喜びます。

あれだけのことをするのは、Img_2004 ご苦労も多いのだろうなと思うけれど、日々、季節と足並みをそろえて歩いておられるマスター、ほんとにすてきだなあと思います。

写真はひるさいどはうす玄関へのアプローチ。花々が元気なこの季節、とにかくいい香りがします。少し歩くと、また別のいい香りがしてくる。。。

Img_2032おみやげにマヤナッツ粉を贈ったら、翌朝、さっそくマヤナッツ入りのソーダブレッドをつくってくださいました!

隠し味に、自家製のかみつれ草のリキュールを入れたとか。おいしかったです :)

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2008.05.30

代々木の森

昨日、都心に出た帰り道、小雨の中、明治神宮の森を歩きました。

原宿の駅からほんの3分で、大樹に囲まれる。。

人影もまばらで、すれ違う人のほとんどが外国語を話す人たち。

ひとりでもくもくと歩きました。細かな砂利を踏む音が耳に心地よく。。

みずみずしい木々を見ると、目の中の曇りが晴れる感じがしました。
なにもかもが、ハッキリ、くっきり見えて、びっくりした。

明治神宮の社会的背景はともかく、私はとにかく楠という木が大好きなので、あの森が好きです。

ほんとうに立派な楠がたくさんあります。

照葉樹の多い森なのだけれど、大正4年(1915年)以前は森ではなかったそうです。

つまり、人の手で、植樹してできた森。

それが50年後には自然の状態になっていたそうです。代々木の地に合う樹種が残って、その他のものは淘汰されて。

これを知って、今、木を植えたら、そう遠くはない未来に自然の森ができていくんだなー、と励まされました :)

* * *

社殿の背後にまわってみたくなって、今まで通ったことのない道をどんどん進むと、森がひらけて、クローバーが咲くなだらかな一帯に出ました。

すごい広い。空の向こうのほうにビルの影が見えていました。

ほとんど誰もいません。

ほんとに久しぶりに、なにもかもいったん手放して、ゆっくり息をする、というひとときでした。

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2008.05.26

早起き生活。。続くかな!?

ねこのにゃみちゃんが、衣替えを始めました。朝、お掃除をすると、毛がけっこう落ちている。冬用の毛から、夏用の涼しめの毛に生え変わる時期が来ているようです。

それで、自分もそろそろ衣替えしなくちゃな、そして家の中も夏支度を始めなくちゃだな、と思いました。

季節は待ってくれないので(仕事の締め切りも待ってくれないけれど)、なんとか時間をつくらないと。。

* * *

で、早起きしてます。このところ、朝5時台に目覚めています。自分としては画期的。

早起きが大の苦手だったけれど、これまでのところ、すっきりと目覚めることができています。

寝る時間は以前と変わってないのだけれど。

実はある晩、ハーキマーという石をおでこに乗せて”瞑想”するといい、と本屋さんで立ち読みした本で目にして。その数日前に、たまたま友達と散歩中に小さい小さいハーキマーを衝動買いしてたので、じゃあ、ひとつ実験してみようと思い立ちました。で、やってみたら、そのまま寝入ってしまい。。。そしたら翌朝とてもスッキリ目覚めた。

こういうスッキリした目覚めは、わたしの場合、寝る前に活元運動をしたときにしか起こらないのだけれど。。

と不思議に思って、それ以来、毎晩実験を続けてみています。

いつもはヘビーに夢を見るほうなんだけれど、実験を始めて2日ほどは、夢も見なかった。

その後、少し夢を見るようになったけれど、なんだか夢の重量が軽めになってきた感じがあります。目覚めた直後もまだ夢の渦中にいる感覚があるとか、彼岸から此岸へよいしょよいしょと行くような感じがいつもはあるのだけれど、最近はすきっと目覚め、夢の込み入ったストーリーは思い出せなくて、1つか2つ鮮明なイメージだけを思い出せる、という感じです。

もちろん、寝入りばなにおでこに乗せてたハーキマーは、翌朝には枕元のどこかに落っこちているんだけれど。

* * *

Img_2092ハーキマーという石は、岩の中の穴ぐらみたいな空洞の中に、あらかじめ”カットされた”みたいな形態で収まっている石です。だから人の手でカットやポリッシュが施されていなくて、不均等で、なかなかかわいい。

あまりクリスタルだーなんだーというのに関心ないほうなんだけれど、去年暮れあたりから、なんだか違いがあるみたい、確かにお守りになるみたい、という体験がいくつかあって、自分の中の”ニューエイジアレルギー”を克服しつつあります。。。

考えてみれば、石と親しみながら暮らすのは、土や木や虫や動物に親しみながら暮らすことと同じ。これって、普通に、自然の恵みなんだなあ、と思い至りました。

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2008.05.20

試作品づくり

グアテマラの緑豊かな森と、地元の方々のすこやかな暮らしを育む、マヤナッツ。食べたり飲んだりする人自身にとっても、総合的にバランスのいい栄養源になるという、優れものです。

これを楽しく生活に取り入れるために~、と最近あれこれ考えています。グアテマラの「チョコラテ」風に丸く成型して、手軽にマヤナッツコーヒーを楽しめるようにしてはどうかな。。。忙しい朝にも、アウトドアにも、非常用持ち出し袋にも、みたいな感じの。。。

ということで試作開始。

Img_2069深煎りのマヤナッツパウダー(通称マヤナッツコーヒー)に、黒蜜と三温糖を混ぜて、丸く平たく固めました。1つにはスキムミルクも混ぜ込んでみた。

これを少し乾かしてから、丸いオブラートでくるんで。

Img_2080

カップにそのまま投入。

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上からお湯を注ぐと。。。

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すぐ溶け出してきます。

Img_2084

スプーンでぐるぐるとよく混ぜて。

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好みに合わせてミルク(豆乳や牛乳)を。

Img_2089

飲み終わると最後、カップの底に、すこし粉が沈んでいます。これも栄養満点なので、ぜひ残さないでほしいところ。。。

Img_2088

そこで、水飴を絡めたアーモンドプラリネをひとつまみ、ここに加えて、

Img_2090

お匙ですくっていただく、というのはどうかな?

Img_2072

アーモンドプラリネひとつまみをオブラートでキャンディ状に包んだものと、マヤナッツコーヒーのタブレットと、スプーンをセットにして。

Mayanutsgift 

こんな感じで、手軽に人にプレゼントできそうなものに。。。もちろん、マヤナッツの魅力を伝えるミニ説明も添付。

ほんとうはプラスチック袋は避けたい。。でも代用品でよいものがまだ思いつきません。なにかないかな?

保存がどのくらい利くか、ということと、どういう配合にするのがおいしいか、というのを研究しなくちゃですが。

カカオを粉にして、水で練って、丸く成型して、ドリンクの元にする、グアテマラのチョコラテは、シナモンや他のスパイスも混ぜたりするみたいですが。マヤナッツにはどんなものが合うかな?

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2008.05.15

凍結していたもの

Img_1994きのうまで涙がたくさん出ていました。ここ数日で出た涙は、牛乳瓶半分くらい? ほんとに瓶に溜めてみればよかったなあ、とおもったり。。

連日の曇り空だったのが、今日はきれいに晴れて、気分も晴れました。お洗濯をして、おふとんを干して、そうじをして、新しい小さな家具を組み立てて、今日がお誕生日の人のプレゼントにクッキーを焼いて。

仕事が忙しかったときには考えられないような、心の余裕を持っている自分に気づきました。特にお菓子をつくるときはそう思う。慌てて急いでお菓子をつくっているときでさえも、心はたっぷりしているのでした。

一生懸命忙しく働いていたなあ、とここしばらくを振り返る。忙しかった日々が終わった直後は、急にぽっかり開いた時間にどう対応していいかわからなくなっていた。

ずっと凍結されていた”自発性”が液化して、自分の中から「これをしたいな」ということが、はっきり出てくるようになるまで、約1週間かかりました。

ここ数日で涙が大量に出たり、感情が大幅に動いたりしたのも、おそらく、やっぱり凍結→液化の流れだったのかもしれません。

仕事を決まった時間内に完遂するために、全般的に凍結していたさまざまなもの・こと・気持ちが、液化して、やっとすこし、人間らしい心地がしています。

* * *

あ、でも、液化をスムーズにしてくださったのは、やっぱり、お絵かきの先生の存在だろうかなあ。。。10天体の「火星」を描きに行って、今まで自分の持っていた火星のイメージがなんだかシフトしました。

わたしのチャートの火星とは、霧の中の焚き火みたいな、ぼうっとしたもののようでした。ぎゅっと固まって燃えさかる火の玉、という感じではないらしく。。

積極性をあらわす火星が、こうぼうっとしているのだから、手相で運命線がぼーんやりしているのも不思議はないな、と思いました。

でもやはり火星は火星なのだから、積極的にこの「ぼんやり」の境地で活動している/活動していくのだろうなぁ。。

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2008.05.04

ArnyとAmy

昨日と今日と、プロセスワークのセミナーに出ました。アーニーとエイミー(ミンデルさん)は、プロセスワークそのもののあり方がどんどん展開してくプロセスに、いざなわれているみたい。すてきです。

個人として変わろうとして、努力して。もしくは気づきをもって相手や全体の状況を「理解」しようと、努力して。努力をつくしてもそれでもなぜか、どうしてもどうしようもない、という状況があるなら、それは、その状況自体が、わたしたちを、もっと深いところへいざなっている、と考える。

人間を1人1人切り離された存在だととらえない次元へ。(アーニーが、なにかのはずみに、「人を人間扱いするなんて、その人を侮辱してる!」と言ったのが印象的でした)。

その深いところは、そう格別に特別なところではなくて、もっとふだんから、普通の人が、アクセスできていいところなんだ、スピリチュアルな研磨を積んだ人、悟りを開いた人だけにアクセスできるところというふうではないはずなんだ、みたいなことも言っていました。

そこへアクセスするために、ある特定の大地のスポットとつながる、というワークでした。

具体的な、大地の一角に、身をおくところから初めて、最後にはその場所に「なる」。。。

Arnys_new_bookくわしくは、アーニーの新刊『Earth-Based Psychology』の訳書(近々出るらしいです)を、と思いますが。。。つくづく、冥王星が山羊座入りした今の時代に呼応したアプローチになってきている気がしました。

(5/10追記:この本を取り寄せて少し読んでみたところ、今回のGWのセミナーでやった「プロセスマインド」の1つ前の展開に関する本のようで、「ベクトルワーク」がメインのようです。私個人としては、ベクトルワークは少し苦手感があり。。プロセスマインドのワークはもっとおもしろいなーと思ったのでした)

* * *

ワークをしているときのアーニーは、まなざしがほんとうに鋭くなる瞬間があって。。。ぐっと鷲のような視線になって。かと思うとふっと緩んで、ひょうきんにわらかしてくれて。ほんとにクルクルと自在なモビールのよう。。。

そして、つくづく、わたしはエイミーが好きだなあ、と思いました。エイミーの声(エイミーの通訳だったかなえさんの声も)、エイミーの笑い方、話し方、人との接し方、はずかしがり方。。。

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2008.05.03

腑に落ちない。。

めずらしく、たまたま見かけた小説を衝動読みしてしまいました。

だって、スピッツの草野くんが帯に推薦文書いているんだもの。そして表紙の絵が素敵だったんだもの。。。

Photo「食べる」ことを中心にすえた『食堂かたつむり』というお話。

でも私的にはNGでした。

生きていると感じたくないとき、インスタント食品を食べたくなる、というのはなんとなくうなずけたけれど。食べるということの深みに迫ろうとしたのは、すてきな挑戦だったけれど。

なにかが断然しっくりこないのでした。

人物がうすっぺらく見えてしまうというのが、たぶん一番の理由です。

日本で暮らすインド人、アルゼンチン人、ゲイカップル、という設定の人たちの描かれ方も腑に落ちませんでした(インド人とアルゼンチン人はどちらも、純粋に愛されていたのにものすごい裏切り方をして去っていく人たちという設定だし、食堂かたつむりのほかのお客さんたちがみんな丁寧に具体的に描きこまれているなか、「同性愛の男性カップル」のことはまったく具体的な描写もなく、ただ「秘密のハネムーン」だった、とあるだけで、「後日、食堂かたつむり宛に素敵なクリスマスプレゼントが届けられた」という一文があるけれど、そのプレゼントがなんだったかさえ書かれていなかったり。)

一緒に暮らしている動物への気持ちとかも。

食べることそのものについても、肝心のところ(わたしにとって、だけれど)がぶれている気がしてなりませんでした。。。

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2008.05.02

幸運

こないだ、lakeを聴きに行こうと、誘われて、疲れていたのでどうしよう、と思いつつ、がんばって下北沢の440へ行きました。

Haseken疲れているし、しかも立ち見。。。「わたしほんとにここにいたいのだろうか」と思い始めていたときに始まった、対バンの人のステージ。

長谷川健一さんという、初めて聞くシンガーの人でした。京都から来ました、と短く言って始まったその音楽に、びっくりしました。アコギ1本を(一見)シンプルに弾きながらうたうのです。ウッドベースとのデュオで(ウッドベースはふちがみとふなとの船戸さん)。

深いところを動かされる体験でした。

うたをうたうってこういうことなんだ、うたを聴くって、こういう体験もあったんだ、ていうような。

この人が音楽をやっている場所というか次元というかが、一段深いような。

有無を言わせない、うたの力に、場がぴたーっと静まり返っていた、ような気がしました。

ギターを弾くこととうたうことがまったく分かれていない。

この声、トレーシー・チャップマンだ。と思いました。でもこの人は男性だし、うたは日本語だし、なんだか自分の中に「!」マークが連発。

ファルセットのような声にも、低めの声にも、倍音がたっぷり含まれていたようです。

京都というのは、ほんとうに、深くて豊かな音楽の土壌があるんだなあーと改めて想像しました。

一瞬、東京から出たいと思い至った夜でした。

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