夏至の日、小雨のなか、虎十の会の坂田さんに案内していただいて、高尾山の「夕暮れお散歩」をしました。
森の時間、というものを実感しました。人の時間よりも、ずっとずっとずーっとゆっくりとめぐる時間は、もうまるで、次元が違うかのように感じられました。
高尾山は、1億年ほど前は海の底だったそうです。地層が重なり、それが垂直に隆起してできた山。
だから、普通なら水平に走るはずの地層が、縦に走っています。これがこの山の、大きな特徴だそう。
雨が降ると、この垂直に走る地層に沿って水がわーっとしみこんでくる。だから高尾の山は「まるで水袋のようなもの」と坂田さん。
その水は、15年ほどかけて、じっくりと土の中を移動して、沢に出てきます。湧き水として。今、沢に流れている水は、つまり15年ものの水。
水を吸った木々や植物が、蒸気を吐き出して、それが霧となって雲となってまた雨となって降って来る。この日も、生い茂る木々の葉っぱの上に霧が立ち上るのが見えました。
森があるから雨が降るのか、雨が降るから森があるのか、どっちが先か、というのは、鶏と卵はどっちが先か、というのに近いようです。。
* * *
そして、土は、木々や植物が朽ちて、腐ることで生まれているわけだけれど、キノコたちや土壌生物が活躍して、ほんとにゆっくりゆっくり、朽ちた木々を分解して、土に還してくれているのでした。
伐採されてそのまま地面に寝かされていた木には、もうキノコが生えていました。キノコが生えたら、その木はもう寿命ということ。木を土に還す仕事をしているキノコには、「がんばれー」と声援を送ってあげましょうね、とのことでした。
坂田さんお気に入りの、もうすぐ寿命、という老樹も紹介してもらいました。この老樹、根元では内側ががらんどうになっていました。で、中に手を差し入れると、ふわっとした土ができあがっていました。
手にとってみると、ほんとに土のいい香り。小さなミミズも一緒にわたしの手の平にやってきてました。
この老樹、まだそこに立って、先端では葉っぱも生い茂らせていたけれど、ゆっくりゆっくりと死へのプロセスを始めていて、幹の根元のほうではこうして土になりはじめていて、
そこに新しい植物が、盆栽の寄せ植えみたいに、かわいらしい風情で生えてきていました。
* * *
水や生き物がほんとーうにゆっくりとめぐりめぐって成立している、その場に、人が介入してしまったらどうなるか。。。
水袋のような高尾山のわき腹に、「高速道路」をつくるためのトンネルが掘られはじめています。
穴を開ければ、高尾山の場合、当然、そこから水がどっと流れ出します。もう500メートルくらい堀りすすめられているそうですが、実際、ものすごい量の水が流出しました。
沢が、1つ、すでに涸れたそうです。
涸れていない沢も、普通は上流のほうが水の量は少なく、下流にいくほど多くなるのはずなのに、下流のほうが水が少なくなる、という異常事態が発生しているそうです。
人間でいえば、出血多量、みたいなもの。木々は水がなければ、生きていけません。
写真は、アブラチャンという楠科の木。かわいかったです。下からみると透きとおる黄緑なのに、上から見ると濃い緑色をしていて、不思議でした。
最近のコメント