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2008.09.30

欲しがってはいけません?

「Are you allowed to want something?」 

だいすきな(き)先生は、一見「あたりまえ」ということも、あたりまえと考えずに、「念のため確認したくて」といいつつ人に尋ねることが多い人です。

(しかも、答えを事前に決めつけないで、ほんとにオープンに訊くのです。その人にとってどうなのかは、わからない、という前提で)

上の質問は、ピアノを弾きたい、でも人前で弾くのは大変になる、というピアニストの方への質問でした。

「こんなことを聞くのはなぜかというと、中には、なにかを望んだり欲したりしてはいけないって思ってる人もいるから。。。」と言っていました。

そして最終的に、「You are allowed to want it.(人前でピアノを弾きたがっていいのよ)」と、そのピアニストの方に、言っていました。

* * *

この一連のやりとりの印象が、数日たってもまだ残っています。

自分はといえば、なにかを望んだり欲したりしてはいけない、と思っているふしがある気がして。

そんなことなかったら、エネルギーがもっとすっすっと動いたりして。。。なぞと思う。

「夢」とか「願いごと」というコンセプトの扱いも、同じように、夢や願いごとは「叶わないもの」と思っている場合と、「叶うもの」と思っている場合では、エネルギーの動き方が違ってくるだろうな。

Photo野口整体の創始者、野口ハルチカさんの子供への接し方を記録した本(野口昭子著『子育ての記』)で、ハルチカさんが、子供の小さいあいだ(何歳かまでだったか忘れちゃったけれど)は、子供の望みをできるだけ即座に無条件に叶えるようにしていらしたようだったのが印象的でした。

どんなに一時的で意味のない望みでも、叶えてあげる。

子供の潜在意識に「望みとは叶うものなのだ」ということを、根付かせているかのようでした。

ついでに、「望みとは叶ってしまうものなんだから、なにを望むかに気をつけなくちゃいけない」ということも、教えていたように思えました。

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2008.09.27

当たった。。けれど

先ほど、ピンポンが鳴って、お届けものです、と。

なにも頼んだ覚えはないし、パートナーは今南米を旅してるからお届けものを頼むはずはないし。。。「???」と思いつつ受け取ると、差出人は「秦野市役所」とあって、なおさら「?」が(私は秦野市在住・在勤ではありません)。

開けてみたら、なんと、秦野市にある大好きな公共温泉「弘法の湯」で、夏のあいだに書いた懸賞付きアンケートに、当たっていたのでした。

同封のお手紙には、「約1000通ほどの中から厳正な抽選の結果」当選したと書いてあってびっくり。

わたしはつくづく「クジ運」がないほうで、商店街の抽選や宝くじ、お年玉付き年賀ハガキなんかでも「参加賞」みたいなのしか当たったことがなくて。。。年賀ハガキでは一度レターセットが当たったことがあって、それが過去最高でした。

だから、1000通の中から当たったと書いてあるのを読んだときはぞくっとして、へえ、当たるってこういう感じなんだ、わおー、と思いました。

だけれど、その肝心の賞品は。。。缶入りのカフェオレ1ケース。。。(涙)

「弘法の湯」の無料入場券だったら100倍嬉しかったのになぁ。。それがだめなら、「秦野サブレー」の詰め合わせとか!

ちょうど、そろそろまた「弘法の湯」に行きたいな、と思ってたところだったの、行って「交換してもらえませんか?」と聞いてみようかな。。でも持って電車に乗るには重過ぎるし。。。

* * *

友達に少し前に、「欲しがらないと、やってくるのはどうしてなんだろう?」と話したとき、彼女は「それに”焦点”を当てると、来ちゃうっていうよね、欲しいとか欲しくない、どっちにもかかわらず」とか言ってたけれど。

缶コーヒーなんかに焦点を当てていたんだろうか、わたし。。そんな覚えはないぞ。

と思ったところで、思い当たりました。

昨日読み終えた森山さんの本で、撮りためたものをプリントする暗室作業は、400ページの写真集を作る場合なら1ヶ月くらいかけて一気にやる、と書いてありました。そのあいだは極力他の用事を入れず、誰にも会わず、連日暗室にこもって、食事は「パンかおにぎり、それにウーロン茶と缶コーヒーに決まっています」と。。。

わたしの元に届いた缶コーヒー30本。「こもって1人で作業をする時期ですよ」というメッセージみたいな気がしてきました。

確かに今の気分は、そういうことをしたい感じで。。(パートナーが南米から帰るまでは、ほんとに1人で)。この状態がずっと続くんではないとわかってはいるけれど、今はそういう時期、という気が。。

-*-*追記*-*-

これを書いた翌日(今日です)、パートナー宛てにポストに封書が届いていました。差出人は「秦野市役所」。

なんと、「弘法の湯」の無料入場券2枚組みが入っていました! やったー☆

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2008.09.26

すこし驚きました

晴天の秋の日に、風の中をとにかく歩いていたくて散歩に出て(仕事があるのに。。)、入ってみた図書館で見つけた本が、すごくおもしろかった。。

『昼の学校 夜の学校』という、写真を撮る人、森山大道さんの”講義録”です。

講義録といっても、写真を勉強している学生の方たちに自由に、種種雑多な質問をしてもらって、それにひたすら答えるというもので、なんにも講義らしいことはしてません(だから抵抗なく読めるんだな)。

森山さんについては、もの静かな人、という印象だったので、意外な面をいくつも発見しました。

著者プロフィール欄に生年月日があったので、チャートを出してみたら、太陽のサビアンシンボルが「仕事を退いた船長が港に出入りする船を見ている」というものだったので、すこし驚きました。

「森山さんは船乗りになりたいぐらい船が好きで、だから行くにしても港街が多いですね」と司会を務めていた写真家に言われて、

「もと船乗り志望の人間としてはね。とにかく、どでーんと巨きな船を見るとさ、もう嬉しくてときめいてね」
「上海もブエノスアイレスもマルセイユも神戸もぼくの好きな街はやっぱり港街なんだなあ」
とご本人も言っていました。

そういえば、一度森山さんからハガキをいただいたことがあったけれど、それも昔の船の絵のハガキだった、と思い出しました。

(後日補足:でも森山さんの作品で、船の写真はほぼ皆無です。撮っても公にはしないとご本人も言ってました。。だから彼の作品を見ている限りは、船への想いを読み取ることはまずできないです。新宿をこよなく愛していて、ほとんどはそういうどこか「ごった煮」のような街の雑踏や路地裏ばかりを、”ウロウロと”歩き回って撮っています。擦過傷、という言葉でご自身の写真を語っていたことがあった気がするけれど、ほんとに、そういう感じで。。)

このサビアンは、もちろんシンボリックな意味でも、彼の写真のありようにぴたっとくる気がするけれど、でも、まんまな感じで「船が好き」となってる部分もある、という偶然がおもしろかったです。。

Photo_3そんな森山さんが、ハワイを撮った、というのにそそられる。この写真集、見てみたいです。

■『ハワイ』森山大道(2007)

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2008.09.24

コミュニケート

ここ数日の、はっとしたこと。

ワークショップで初めて会う参加者に対して、自己紹介をした(き)先生のこと。となりで通訳として彼女の言葉を訳していた私は、今話されていることはなんについてだったのか、一瞬わかならくなるような、混乱状態を体験しました。

というのも、おそらく、こんなふうに自己紹介をする人は、今までの通訳人生で初めてだったからだと思われます。

気負いのようなものが、微塵もない、自己紹介でした。内容的にはちゃんと自分のことを紹介しているのだけれど、伝え方としては、「このあいだ、あそこの公園のどんぐりの木の下で、あおいどんぐりを見つけたんですね、それで。。。」とかなんとか言ってるような、そういう感じでした。

つまり、多くの人が自分について話すときに特有の、余計なテンションが一切不在だったようです。

彼女にとっては、自分自身と、公園のどんぐりとが、おそらく話のトピックとしては等価なんだろうな、と思いました。大事なのは、ここにいる人たちとコミュニケートすることで。

こういう、ポジティブな負荷も、ネガティブな負荷もかかっていない言葉の発し方に、最近、とっても興味があります。

ふだんのわたしのコミュニケーションスタイルは、情感にまみれすぎているように感じられる。気持ちを伝えたくて伝えたくて、実際の気持ちのサイズを上回る、ちょっとおおげさな表現になってしまったり、逆になんにも言えなくなったり。。

もっとクリーンなコミュニケーションをしたいと思うようになりました。

* * *

あと、コミュニケーションの一番根っこのところのこと。

言葉を交わしあう以前の、「一緒にいる」というところについて、今回、(き)先生からヒントをもらって、気づいたことがありました。

わたしは言葉を交わす以前に、「一緒にいる」ことを拒否していた感があります。そこを拒否しつつ、でも言葉だけはやりとりしようとして、相手との間に言葉でほそーい橋をかけようとしていました。相反することをやろうとしていて、なおさら労力使ってた。。。

というのも、自分が「ここに、この人たちと一緒にいていいのかどうか」が、わからなかったからだと思います。

(き)先生から教わったのは、自分がここにいる人たちと一緒にいるあいだ、ここにいる人たちに「私と一緒にいませんか」とお誘いする、というスタンス。いてもいいと思ってもらえるのかどうかは、わからない、でも、今実際に一緒にいるこのひとときは一緒にいませんか、とお誘いするわけです。

誘いに応えてくれるかどうかは相手次第です。お願いしたり命令したりするわけではなくて、お誘いなので、あくまでチョイスは相手にあります。だからこそ、こちらとしては、誘ってみるだけなら別にかわまない、ということなのですね。

で、たとえばパーティーに誰かをお誘いしても、誘った人が来ない場合、たいていは、なにか別の用事があるとか、そういう「私」とは直接関係のないことが理由だったりします。この場合もそれと同じだからね、と言われました。

* * *

後で、この「お誘いする」というのは、人じゃない存在にも通用しますか、と聞いてみたら、イエスと言われました。

それで今日、ずーっと長いこと道を歩いていて、道のまわりの木々や標識やカラスに、私は今あなたがたと一緒にいるので、あなたがたも私と一緒にいませんか、とお誘いしてみていました。

こうやって言葉にするとへんてこだけれど。。

でも、この実験でわかったのは、ふだんのわたしは、まわりの世界を拒否しながらそこにいたようだな、ということでした。拒否して、まわりから切り離された「自分」というものの中に閉じこまっている。もしくは、まわりを拒否しない場合は、まわりに圧倒されて、自分がなくなってしまうかのようになるか。そのどちらか、みたいな感じでした。

この「お誘い」をすると、拒否したり圧倒されたりするかわりに、まるごと事実を認められるような感じです。いつもよりちゃんと、無理なく、今いる場所にいる、という感覚がやってきました。自分もあって、まわりもあって。

一緒にいる。。

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2008.09.21

タミパンケーキ。。。

Photo_5 秋になって、「タミさんのパン焼き器ミニ」の利用率がまた上がってきました。

最近のマイブームは、油脂分・卵なしのパウンド種を、タミパンで焼くことです。強力粉を少し入れることがコツみたい。。この方のレシピを参考にさせていただいています。

写真はマヤナッツと小豆のお誕生日ケーキ。パウンド型1個分を3回にわけてタミパンで焼いて、重ねました。

マヤナッツコーヒーとマヤナッツパウダーを両方少しずつ入れたのだけれど、かなりコーヒー色になりました。甘さはゆで小豆の甘さのみで、ややさっぱりめです。豆乳とゆで小豆で、豆率高くなりました。。(汗)。参考レシピはこちらです。

タミパンはドーナツのように真ん中に穴ができるので、そこにキャンドルホルダーを入れて、ドライフラワー化した千日紅の花とどんぐりを入れてみました。お誕生日ケーキらしくなったかな?

* * *

Photo_6昨日は、通風持ちの兄のお誕生日に、りんごと干しぶどうの全粒粉のケーキをあげました。

果物の甘さのみです。豆乳も牛乳も切らしてたので、ヨーグルト+水を使ってしまった。でもこれ、気に入りました! 参考レシピはこちらです。

Photo_7種は油脂分なしだけれど、型離れをよくするために、タミパンにはうすーくオイルを引いています。10分くらいして焼きあがったら、テーブルナイフをぐるりと入れて、くっついているところを離し、ふたをしてひっくり返して、ふたに裏向きにケーキを受け止めてから、ケーキクーラーに移します。こうすると、表向きに着地してくれます。

小さいサイズなので、気軽に実験できて楽しいです。

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2008.09.20

空気のカプセル

姪っ子のお誕生日のお祝いに、本をリクエストされて、それで今日は、よく知らない町の、古い商店街の一角の、小さい本屋さんで、さんざん立ち読みしました。

蚊に刺されたりなんかしつつ、子どもの本を読みふけり。。。

この2冊に決めました。

Photo_3Photo_2

両方おんなじサイズですが、
「ちいさいおうち」は左に開く本で、
「こねこのぴっち」は右に開く本。

2冊とも、あまりに気に入ってしまって、帰りの電車の中でもまた読み返し、絵をすみずみまで眺めて、楽しい時間を過ごしました。

帰宅して、パートナーと話したら、「ちいさいおうち」はパートナーにとって、忘れなれない大事な1冊だったとのこと。

* * *

絵とおはなしを、別々の人が担当する本もあるけれど、この2冊は作者が絵とおはなしの両方を手がけています。

どちらも、今よりもっと前の時代に誕生した本。絵の中に、その頃の時代の空気が宿っています。ページを開く=タイムカプセルを開ける、みたいな感じがする。

なんというか、ぽそっとしてて、軽やかで、やさしい空気なんだなー。。

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2008.09.18

さんざめく

自分が、こころの扉をがっしりと閉めて、開かない人間であることを、痛感しているこの頃。これ、ずっと直したいことなのに。。。

表向きはそこに居続けても、扉は閉めていて、内面ではすみやかに逃げている。

どうしてこう、こころを許さないのだろう。。どういうクセなんだこれは。。こころを許せる友達には、逆に開けすぎっていうほど扉を開けてる気もするし。。ほんとに極端。。

。。。 。。 。。。。。 。 。。ぐるぐる考えていて、トゥーマッチになってきて、昨日、時間をつくって、神宮の森の楠と、目黒不動の本堂裏手の楠の下で、しばらく過ごしました。

少し元気が出てきた。

* * *

今朝、金縛りが来て、わーっと重さがかかってくると同時に、ピコピコしたデジタル音とラジオのノイズのような音がして、目をつぶったままの視野の中にぽこんとグラフィックな画像が現れました。それがすーっと上方へ上がっていって、少し見上げるあたりの位置でしばらく静止。5秒くらい、じっとそれを見上げていた。

なんだかヒト型の存在のイラストのようなものだったけれど、無機質で、少し気味悪さがありました。思い返すと、別にかわいいというか、なんということのない画像なんだけれど。

こないだの朝は、左の腕に大きな黒蜘蛛が乗っかっているのを見てビクンとして、目覚めてそれが夢だったと気づいたり。

神経が、どうも、さんざめいてるような。外をもっとずーっと歩いたりすることをしたい。時間をつくって。

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2008.09.16

混乱の中にて

今日、ある踊りの先生の映像を、You Tubeで見ていました。

踊りはビデオで撮ると、現場で見るのと全然違ってしまう、とかねがね思ってきたけれど、彼女の踊りは、You Tubeの小さな画面でさえも、すばらしかった。

それで、「よかったなあ、こういう踊りをする人が、この世にいて」と改めて思ってしまったのでした。

* * *

サリンジャーの『Raise High the Roofbeam, Carpenters (大工よ、屋根の梁を高く上げよ)』をひさしぶりに読み返したくなりました。

なんだか、混乱状態。

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2008.09.15

かもめのこと

2日続いて、人の集まる場にいて、なんだか自分だけあぶれてる、と感じることが、重なりました。

それはなかなか、情けないというか、おかしいというか、悲しいというか、そういう感じがちょっとするんだけれども、

でも、2日続くと、もうどこか開き直って、「場違い感」を満喫していたようにも思います。

場違いなところに来ちゃったな、って思いながら、まあでも「参加することに意義がある」と。。。

* * *

そのあとで、遠方に住んでいる昔の友達と、10年ぶりくらいに会いました。懐かしさがわーっとあふれた一瞬あとに、気恥ずかしくなって、それをやりすごしているうちに、昔のような親しみの感覚が広がっていきました。

一杯飲んで、ごはんをたべて、ゆっくり再開を楽しみました。

ほんとに嬉しかった。

Seagull フォトグラファーをしている彼女は、「海鴎(Seagull)」という名前のかわいい二眼レフのカメラを持ってきていました。

このかもめ号は、撮っている当人の姿もとてもかわいいのでした。箱を腰の高さで両手で持って、上からうつむいてファインダーを覗き込む。その姿のほうを写真に撮りたいなー、と切に思いました。

小さい肩掛けカバンの中に、このカメラと、聖書が入っていて、あとはお財布くらいしか持っていなさそうでした。変わるために、余計なものをそぎ落としたくて、持ち物を減らしていってるよ、と言ってました。

わたしのリュックは、ヘッドフォンに水筒にカーディガンに靴下に日記帳に傘。。。と、いろいろ入ってパンパン。かたつむりのように、家財道具一切を持って出歩いているみたいで、なんだか可笑しくなりました。

「守り」に入っている今のわたしの暮らし方が表れているような。。

彼女の、やわらかい潔さに触れて、なにか、忘れてたものを思い出せそうな気がし始めています。

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2008.09.05

ハテナを抱え中

Img_1178_2最近、幸せを感じる瞬間は、ねこのにゃみちゃんの寝顔を見ているときです。

歳をとっているせいで、1日のあいだ、寝ている時間がとても長いので、おかげさまで、寝顔を見れる機会が多く、

ありがたいことです。

今の季節は、暑いので、決まった場所(ねこ布団)でなく、家のなかのいろんな場所で眠るので、それも面白い。。。

* * *

最近、自分の仕事を、もっとスロービジネス的な方向にしていくにはどうしたらいいんだろう?という「ハテナ」をお腹に宿して過ごしています。

なにを、どうやって、やっていくといいのかな?

スロービジネスというのは、速度そのものをゆっくり、ということでなくて、生きるなかで大事にしたいものを大事にできるペースとスタンスと環境を心掛けて働く、という、個人的にはそういうようなことなんだけれども。。。

スロービジネススクールという(少し風変わりな)ネットワークに身をおいて、何年かたって、やっと自分の仕事の仕方も、ちょっと方向転換していきたいなと思うようになってきました。

具体的にどう、というのはまだなにもないけれど。

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2008.09.02

許してほしい

許してほしい、というのが、一番先にでてくる気持ちでした。

なにを、だれに、というのは、はっきりしないけれど。

人並みにまともな人間になれるように、いつもがんばっているし、自分なりに努力してるつもりで、でも、いつまでもわたしは悪いままで、足りないままで。

それで、ほんとうに疲れてしまっている、というような感じで、だからもう許してほしい、と、そう言って泣きました。

泣きながら、自分でもよくわけがわからなかった。

* * *

Nyami今日の東京は、カラッとよく晴れて、風もあって、お洗濯物がひさびさによく乾きそう。

ここ1週間はとにかく湿度がありすぎました。

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