かもめのこと
2日続いて、人の集まる場にいて、なんだか自分だけあぶれてる、と感じることが、重なりました。
それはなかなか、情けないというか、おかしいというか、悲しいというか、そういう感じがちょっとするんだけれども、
でも、2日続くと、もうどこか開き直って、「場違い感」を満喫していたようにも思います。
場違いなところに来ちゃったな、って思いながら、まあでも「参加することに意義がある」と。。。
* * *
そのあとで、遠方に住んでいる昔の友達と、10年ぶりくらいに会いました。懐かしさがわーっとあふれた一瞬あとに、気恥ずかしくなって、それをやりすごしているうちに、昔のような親しみの感覚が広がっていきました。
一杯飲んで、ごはんをたべて、ゆっくり再開を楽しみました。
ほんとに嬉しかった。
フォトグラファーをしている彼女は、「海鴎(Seagull)」という名前のかわいい二眼レフのカメラを持ってきていました。
このかもめ号は、撮っている当人の姿もとてもかわいいのでした。箱を腰の高さで両手で持って、上からうつむいてファインダーを覗き込む。その姿のほうを写真に撮りたいなー、と切に思いました。
小さい肩掛けカバンの中に、このカメラと、聖書が入っていて、あとはお財布くらいしか持っていなさそうでした。変わるために、余計なものをそぎ落としたくて、持ち物を減らしていってるよ、と言ってました。
わたしのリュックは、ヘッドフォンに水筒にカーディガンに靴下に日記帳に傘。。。と、いろいろ入ってパンパン。かたつむりのように、家財道具一切を持って出歩いているみたいで、なんだか可笑しくなりました。
「守り」に入っている今のわたしの暮らし方が表れているような。。
彼女の、やわらかい潔さに触れて、なにか、忘れてたものを思い出せそうな気がし始めています。
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