ハワイ島写真帖
真っ黒な溶岩石が、あちこちででこぼこに地を覆っているんだけれど、そこに白い小石をならべたグラフィティ(落書き)がしてあるのをよく見かけました。(「○○ちゃんが好き」とか、「メリークリスマス」とか、そういう内容)。かわいらしい落書きでした。
溶岩石には小さな空洞がたくさんあって、そこに根を張ることができるそう。
石はミネラル成分も豊富なんだそうです。
いにしえのハワイアンの人たちが、岩に彫りつけたペトログリフ。
これは海亀。よく描けています。
トライブごとに決まった絵柄があったようです。この地にこのトライブの人が来てキャンプしましたよ、とか、ここで儀式をしましたよ、と知らせる目的があったらしい。
海亀といえば。。。サウスコハラのビーチに行ったら、すぐそこに海亀が泳いでいて、すごくびっくりしました。
いるらしいと聞いてはいたけど、ほんとに普通にいるとは。。浦島太郎ってほんとうに海亀の背中にのって竜宮城へ行ったんだ、きっと。
これは昔のハワイアンの王族が使っていた舟(再現したもの)。環太平洋海洋文化。。台湾の蘭嶼島を思い出しました。
この舟にはアウトリガーが付いています。(アウトリガーについてはこちらなどを)。
島の西側の海沿いは、カラッと晴れる日が多いそうです。どこでも青い海。ビーチも大小たくさんありました。
土曜日の午前中、バスで通りかかったビーチでフラの練習をしているのを見かけました。女の子たちが十数人、並んで踊っていました。もっと見たくて急いでバスを降りたけれど、間違って1つ手前のビーチに行ってしまった。。。

サフラン色の小鳥になんどか会いました。この鳥はいつでもペア行動なのでした。
白い花は、いい香りです。地面に落ちたあとも、このままの形でかわいいです。
カイルアコナの街には、HONU EXPRESSという無料の小さいバスが走っています。窓ガラスのないオープンエアのバス。海沿いを走ります。
交通の足としては、自転車やスクーターをレンタルすることもできます。でも自転車レンタル屋さんでは、自転車が壊れている率が高かった。。。
街の一角にあるファーマーズマーケットでは、フルーツや野菜、お花、焼き菓子やパン、おみやげものなどが売られていました。レイを作って売っている人もいた。
パパイヤと、ハワイ島の高原地帯であるワイメア産のイチゴが抜群のおいしさでした。
写真は墓地の真ん中にあった祭壇。
お墓には色とりどりの南国の花がたむけてありました。
ユースホステルのテラスから、海が見えました。夕日もいい眺めでした。
街の中心まで歩いてすぐのところなのに、静かでいいところ。テラスの天井に吊ったスピーカーから、レゲエがソフトに流れていました。若いお兄さん2人で切り盛りしています。
こんなに清潔で安心でフレンドリーで居心地のいいユースホステルは、今までの旅人生で初めて。また行くことがあったらここに泊まりたいです。
街から少し山のほうへ上がる、中腹の地域では、コーヒー栽培がさかん。ここのコーヒーは、あっさりさわやかな味でとてもおいしくて、やみつきになってしまったんだけれど、
後で本で見たら、ハワイ王朝がなくなるよりも前、日本から最初の移民が到着するよりも前から、ハワイ島のコナ地域ではコーヒー栽培が始まっていたんだそうです。
マウナケア山頂へ向かう途中のところには、銀剣草という珍しい高山植物がいます。
近くで見るとほんとに銀色に輝いていて、葉っぱが剣の形にそっくり。こんな植物がこの世に存在するなんて。。。

マウナケアは、本当に高い山なので(標高は富士山よりも高い)、雲海が見下ろせてしまいます。
上のほうは雪が積もっていました。斜面には、スキーで滑った跡が! こんなところで直滑降している人がいるなんて、どういう心臓をしているのかな。。。
山頂は強風で、ものすごい寒さ。美しい夕日を見るのもたいへんな体力がいりました。耳はちぎれそうだし、指先は凍りそう。。。でもこの後見た星空は、言い尽くせないくらいきれいでした。
* * *
ハワイ島から帰ってから、パートナーがハワイの歴史の本をたくさん図書館で借りてきてくれました。
それで、わたしたちがハワイ島にいた最後の日、1月17日は、白人のクーデターによってハワイ王朝が倒された日だったことがわかりました。1893年のことでした。
その後、ハワイの統治は白人の手に渡り、アメリカへと併合されたのでした。
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