中間領域
「べろ、しまい忘れてるよ」と言っても、気づかずに出したまましばらくいる。。。
* * *
このあいだ有元利夫展へ行きました。いろいろ忙しかった週に、時間をつくって行ったんだけれど、正直、こんな忙しい気持ちで絵を見たりしたってしょうがない、という感じさえしていました。
実際、会場で絵と対面しても、なかなか絵とコネクトできず。。。今年はこのまま1枚ともコネクトできずに帰ることになりそう、と思いました。
でも、そのうちに、気持ちが静まっていって、いつのまにかあわただしい日々のことがみんな遠くのことに感じられだして、そうしたら、絵とコネクトできはじめました。
色が、ただの色ではなくなっていって、現実になっていく感じ。
それで、今年感じたのは、中間領域ということでした。
こちら側でも、向こう側でもない、その中間の領域が描かれているんだなぁと思いました。
「現実」って、どこに自分をチューニングしていくか、によって成り立っているんだなぁと実感するこの頃。
いろんな現実が透明な層をなして折り重なっていて、どれが正当ってこともないわけで。。
人さまの現実にちょっと触れてみて、あまりの手触りの違いにびっくりしたりしてました。
それであまりに違うので頭がくるくるしたんだけれど、でもそれでも、わたしは、そのぜんぜん違う現実感覚にいる人の話を聞けてうれしかったのでした(確かに圧倒されたけれども。。)。
うれしかった、ということを、他の人にうまく説明できなくて、頭がくるくるした=大変な思いをした、ととられがちだったんだけれど、それだけだったわけではなかったことを、うまく言えずでした。
この人とわたしの違いは、この現実認識の違いだけだ、ただそれだけで、もっとほかの部分はうんと同じだ、ということがわかった気がして、それがうれしかったみたい。前提が違ったら、導き出す結論も違って当たり前だし。。
どこにどんな前提があるかは、人によってほんとに違う。。。「これが現実」という前提のありか。
わたしにとっての「これが現実」というものは、あの中間領域を含んでいるものになりつつあるみたいです。
抽象的にしか書けなくて、わけわからないかもしれないですけれど。。。
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