がんばりどころ
がんばりすぎたのか、季節のかわりめで薄着してたせいか、風邪をひいてしまったので、今日は急遽予定をキャンセルにして、なーーーんにも予定のない日、にすることにしました。
お昼に、ひさしぶりに家でごはんを食べたら、炊きたてのお米のおいしさが、ぐーっと身に沁みました。
なんておいしいんだろーう。。! と、お箸をもったままパチリと記念さつえい。。。
忙しく毎日出かける日々が続くと、毎日、とてもたくさんの刺激にさらされる感じで、消耗が激しくて、家につくとぐったり、というふうです。
でもこの大変さは、「今ががんばりどころであるよ」というような感じもしています。
なにか、変化の手前、といいますか。。。
こころがずっと無口になったようになって、なにをしても(楽しいはずのこと、好きなはずのこと)ほがらかな気持ちになれなかったときは、つらかったけれども、
ここしばらくは、気持ちがたくさん動いて、とてもうれしいことがあったり、いっぱい泣いたり、こころの振れ幅が大きくて大変、という感じなので、だからきっと、この大変さは悪くはないんだろうと思ったのでした。
* * *
最近、こころにのぼってきていることの1つは、「言葉で言い表せることと、体を含めた次元で実際にできることとは、違うんだなあ」ということです。
自分について、とくに、そう思うんだけれど、人もそういうところがあったりするんだなあと感じたりもして。
言葉の速度と、体の速度が違う、っていうことかな。
踊りを深めるためには、もっと体の速度をリスペクトしてあげないとかな。。
たとえば、森の時間が、人間社会の時間よりもずーっとゆっくりで長いスパンなように、
体の時間は、言葉の時間よりも、すこしたっぷりしていて、スパンが長いのかも。
いろんな刺激がくる日々、いろんな感情が波のように「ざっぱーん」ときていて、体は体の時間のなかで、ゆっくりなにかを練り上げていってるような感じがします。
* * *
すこし前にまいたトマトのたねから、昨日、やっと小さい芽が出てきたのを見て、内心びっくりしました。
もう、芽が出ないんじゃないか、と思っていたので。。。
たねから芽が出るまでの日々って、毎回、こういうふうで。。。まるでなんにも起こってない、始まってないかのような日々が続くんだけれど、それでもがんばってお水をあげ続けていると、やっぱりちゃんと、出てくる。
「できない、ということはありません。時間がかかるか、かからないか、だけのことです」と、昨日クムフラのサンディーさんがさんさん言っていたのを、思い出しました。
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