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2009.07.24

リンゴ栽培とアレクサンダーテクニック

木村秋則さんの著書『リンゴが教えてくれたこと』を読んで、木村さんがアレクサンダー・テクニックの創始者F.M.アレクサンダーとそっくりだなあ、と思いました。

既成概念にとらわれずに、ひたすら観察を重ね、実験してみる。独立独歩、天王星的に。

F.M.アレクサンダーはそうやって9年観察・実験をしてテクニックという形に結実させていったと言われてます。木村さんも、そうやって十数年。。生半可ではない苦労をくぐりぬけて。。そして今も、観察・実験を重ね続けていらっしゃる。生涯探究だとおっしゃって。

農薬も、肥料も(有機肥料であれ、化学肥料であれ)使わない木村さんの「自然栽培」。

でも「自然=不干渉&丸投げ&ほったからし」ではなく、それはそれはたいへんな密度で自然を見つめ続け、適宜手を入れては結果を見て調整していくということなのだ、というのがよくわかりました。

「みなさんの体にリンゴ一つ、お米一粒実らすことができますか。人間はどんなにがんばっても、自分ではリンゴの花一つ咲かせられません。米を実らせるのはイネです。リンゴの実らせるのはリンゴの木です。人間はそのお手伝いをしているだけです」

「当時、私は自分がリンゴを作っていると思い上がっていました。失敗に失敗を重ね、この栽培をやって知ったことは、私ができるのはリンゴが育ちやすいような環境のお手伝いをすることぐらいということでした」

「人間はもっと謙虚であるべきだと思います。人間は自然の支配者ではなく、自然の中に人間がいるよと考えるべきです」

自然にまかせるのと、物言わぬ自然の声を懸命に聞こうとしながら、お世話人としてやれることをする。そういうスタンスが鮮明すぎて、すごすぎて、くらくらしました。

* * *

いま、だいすきなアレクサンダー・テクニークの(き)先生が来日していて、すこしレッスンを受けています。

私の体の中にある、不随意筋、というのは不随意なんだ、わたしが直接コントロールできないんだ。。。といまさら実感しました。

それはまるで、わたしの体のど真ん中に、大自然があるようなもの。

私は、私の体の「支配者」ではなかったのに、「リンゴを作っているのはわたし」という思い違いとおんなじ思い違いをしていたなぁ、と気づきました。。

コントロールできるもの(意識や、随意筋)と、コントロールを超えているもの(潜在意識や不随意筋)が両方ここにあって、

コントロールを越えているものは、ほんとうに、「わたし」のコントロールを超えている。

「譲り渡す」ことと、「わたしにできることをしていく」ことの、バランスを、学びたいと切に願います。





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