サーフィン
8月中旬にあった大きな〆切を無事越えてからというもの、夏休み!!モード全開になり、とうとう、念願のサーフィンを、教えてもらいはじめました。
朝5時半に起きて海へでかけていき、まる1日を海で過ごしたあと、きれいな夕日の見える
浜辺の小高い丘に、ごろんと寝転んで風に吹かれていたら、近年なかったくらい、ほんとうに満たされました。深い、深い、くつろぎでした。
サーフィンをやってみたい、と思ったのは、今年の冬。それまでサーフィンは私などがやるものでは絶対にない!と思っていました。
去年の秋口、冬季の鬱傾向対策には冬にあたたかい場所に行けるといいんだけど、とひょいと口にしたのがきっかけで、あれよあれよと、ハワイ島(ビッグアイランド)へ行く運びとなりました(忘れていたんだけれど、ずっと前に亡くなった祖母と、晩年、一緒に過ごしたことが元になって、いつか1度はハワイ島へ行くことができることになっていたのでした)。
そしてハワイ島での最後の日に行った、ホナウナウという海辺の聖地で、金色の夕日をバックにのんびりとサーフィンをしている3人の地元の男の子たちと遭遇しました。
彼らの波乗りのスタイルは、じつにゆったりとしていて、激しさなどカケラもなく、海と一緒に呼吸しているだけ、というような感じでした。
聖地の中にある小さい湾は、かつて王がカヌーを乗り降りした聖なる湾で、ここで遊んではいけない、と浜の側には縄が張りめぐらしてあったけれど、その少し沖でサーフィンをしていた3人は、ときどきすいーっと波に乗ったまま湾の中まで入ってきていました。
「わ、いいのかな、湾の中まで入っちゃってる」
と一瞬思ったけれど、パートナーはなぜか「いいような気がする」と言いました。そう言われると、わたしもそんな気がしました。
そしてしばらくそのサーファーたちを眺めていました。「ああいうサーフィンならやってみたいね」と言いながら。
日本に帰ってから、ハワイの歴史のことにぐんと興味が出てどんどん本を読んでいるうちに、サーフィンはハワイ先住民の文化だったことを知りました。アメリカがハワイをのっとったとき、サーフィンもフラも禁止されたのだそうです。
海洋民の文化へのあこがれが、いっきにまた、募り出しました。サーフィンがそもそもポリネシアの文化だったと知ったことは大きかった。
でもここ日本で自分がサーフィンをはじめる、ということに現実味を感じられずに春を過ごし。。。
そうしたら、ポツリポツリと、「サーフィンする人」に出会いはじめました。最初はそれほど大きく年の違わない女の子。わたしの思い描く「サーファー」のイメージではなくて、もっと自分に近い感じのする人でした。
そしてきわめつけは、夏、海水浴に行った先で出あった、友達の知り合いの(な)さん。
サーフィンもアウトリガーカヌーもやる年上の彼女に、初対面だったけれど率直に「サーフィンやってみたいのだけれど、もうこんな年だし、わたしなんかにできるかどうか。。」と話してみたら、「サーフィンは年齢は関係ないよー!」と力強く言われました。
そしてそれからは、あれよあれよと。。。
葉山の海で、はじめてのサーフィン体験がやってきました。まだ初めてなので、パドリングを教わっただけです。。。でもサーフボードにお腹をくっつけてパドリングしていたときの、ボードとの一体感、海の水との一体感にはちょっと興奮しました。
その日の海は波が超おだやかで、おっかなびっくりのわたしたちの、へなちょこパドリングを、やさしく受け止めてもらった感じでした。ありがとう。。
いまだに自分がサーフボードと一緒に海に出ていたことが、どこか信じがたいけれど。。
現実なのだなぁ。。○
海ともっと親しくなれるといいな。
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