石になっていました
Walk9・韓国巡礼のあいだ、やっぱり少し無理をしてたのかな、と気づきました。
帰宅したあと、昨日くらいから、こころのアップダウンをジェットコースターのように繰り返し、なにかがヘンだぞ、とうすうす気づきつつも、放置していたのですが、
今朝になって、涙がたくさん出て、それからしばらく、数時間のあいだ、ひたすらつげ櫛の手入れをしていたら、ようやく、心がおさまるところにおさまりました。
涙が出る夢は、Walk9の最中も2度見ました。夢の中で、とにかく悲しくて泣いていました。
チンジュ城でお参りしたときも、お参りの最中は平気だったのが、その後立ち上がってしばらく歩いたところで、いきなり涙の発作があって、なんも考えられなくなりました。。
* * *
この6日間は、自分の浅はかな思いや浅ましい考えが、くっきり手に取るようにわかる、という日々でした。
その上、集団生活や時間のプレッシャー、初対面の人が大勢いるという状況に対処するのが思っていたよりはるかに難しくて、
肝心の、韓国の地と、そこにゆかりのある人や生き物、自然に、ごめんなさいを言う、というプロセスが、上手にできませんでした。
ようやっと集団生活にも慣れて、「大勢の初対面の人」がひとりひとり、顔と名前とどんな存在感の人なのかがわかるようになって、自分の中に落ち着きが出てきたと思ったら、もう最後の日になっていて。。
とっても残念でした。
でも、最後の日の朝、歩いたときには、ほんの少しの間だったけれど、自分の中がすっとそろって、しずかにこの地とお話することができた時間があったので、それだけでもよかったかな。。
* * *
Walk9の日々は、朝起きて、さっと身支度をして、朝食、朝のミーティング。
それからWalk出発地点へ移動して、あとは歩く→ランチ→歩く(あるいは、お弁当のおにぎり作り&掃除→遅れてウォークに合流して、歩く→ランチ→歩く)。
夕暮れ前に宿に戻って、おゆはん。
あとはギターやオカリナを奏でるメンバーのそばで聴いていたり、少し人とおしゃべりしたり、お風呂に入りに行ったり。そして寝る。
イベントがない日はだいたいこんなふうでした。
歩く以外は、必要最低限の衣・食・住のケアをするだけの感じで、なんだか日々がシンプルでした。
ひょっとして、お百姓さんも、こういう感じの暮らしなのかな?と想像したりして(「歩く」を「農作業」に置き換えてみると。。)
パソコンもインターネットも、お金稼ぎのための仕事も、今後のスケジュール調整も、返事しなければならないメールも、そこにはなくて、デジタルな情報に触れずに日々を送れていて、
音楽さえも、いつも生で聴ける(プロのミュージシャンもいたりして)、とても恵まれた日々でした。。。
それなのに、大勢の初対面の人がいることと、時間のプレッシャー、みんなにメイワクをかけてはいけないというプレッシャーにカチンコチンになってしまって、自分の気持ちをどこか遠くへ置き去りにして、いつも急いで、必死にその場その場の「すべきこと」をこなしていくモードになってしまいました。
なんてさわがしいあり方だったろう。。
Walk9のみなさん、ごめんなさい。
ハイパーになってたわたしが「まるで知らない人みたい」で困っていたパートナーに、ごめんなさい。。
* * *
昨夜、Walk9での自分のあり方を振り返りながらカードを引いたら、ハワイ神話に出てくる小人族「ム」のカードが出ました。
お日様に当たると石になってしまうので、夜にしか外に出ない「ム」の人たち。でも「ム」の子どもたちは人間たちと一緒に遊びたくて仕方なくて、ある明るい月夜の晩、とうとうその願いがかないます。
夢中で遊びました。すると向こうの空に朝焼けが。あ!帰らなくちゃ!と思ったときにはもう遅く、「ム」の子たちの体はその場で石になってしまいました。。。
カードの解説には、「ほかのみんなと同じになりたい、という欲求に屈してしまうと、自分が石になってしまうよ」と書いてありました。。
短期間の参加でも、みんなと仲良くなって一緒に歩きたい、という欲張りな思いがありすぎて、それでがんばりすぎて、わたしは石になってたんだなぁ。。
たくさん泣いて、やっと石から元にもどれたみたい。
もう急がなくていいんだよ、もうがんばっておしゃべりしなくていいんだよ、と自分にいい聞かせたら、ほっと落ち着きました。
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