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2010.07.28

長い話の、追記

Img_6705Img_6680 毎日暑い! けど暑いの好きです。ゴーヤのカーテン、ことしはわりと上手にできました :) ゴーヤチャンプルーもおいしくいただいています。

昨夜、あのようなことを書いて、揺り返しがくるかなあ、と思っていたけれど、意外と大丈夫でした。

揺り返しどころか、もっとあれも書きたかった、これも書きたかった、ということが出てくる感じで。。。

今日はそのうちの2つを。

性暴力にあった体験の見直しを始めてから、おもし ろい発見がいくつかありました。

体との関係を取り結びなおしたい、という、それを個人的なテーマにして臨んだ「自分で十牛図を描いてみる」講座では、これまで同じお絵かきの先生のところでいくつも絵を描いてきたけれど、いつもにんげんを具体的に描けなかったのが、今回初めて、肌色の肌をしたにんげんの絵を、描くことができました。

第1図では、河童色の半獣半人、
第2図では、トトロのようなカエルのような緑色の生き物、
第3図では、人間のような生き物のスカートだけが半分見えたところ、
第4図では、上半身が炎で下半身が石の柱の存在、
第5図では、すそを引きずるローブ(長袖)をきて麦藁帽子をかぶった半透明の人(肌の露出なし)、
第6図では、膝丈の赤いワンピース(半そで)を着て麦わらをかぶって横笛を吹く女の子(手足はやや肌色)。

そして第7図で、頭のてっぺんに花を咲かせて、肌色の肌の裸で川(海?)に向かって両手を広げてひざまづいている、胸がまだペタンコな年頃の女の子が出てきました。

そんなに意識せずに、出てくるものをただ描いていたので、7図でこの女の子が出てきてくれたことは、うれしかったです。

性暴力に合う前の、自分の体と無邪気な関係をもてていた(だろう)頃の自分、そのときは自分の体をどう感じていたんだろう?というところを、想像し始めることが、できました。

第8図では、マリアさまのような弁天さまのような存在がぼわややんと出てきて、
第9図では、この世ではないような、どこかほかの場所にある「虹色の木」が出てきて、
最後の第10図では、にんげんの肌の色をした「手」が、河童/カエルの色の肌をした「手」に、藍色の丸い入れ物を手渡す、という図になりました。

第10図を描いたときは、1図を描いてから3カ月経っていたので、1図のことは忘れていたけれど、後で10枚全部をいっぺんに見返すセッションのときに、10図の河童/カエル色の「手」が1図の河童的半獣半人の手だったことに、気づきました。

お絵かきの先生、えんどうまめさん、には、いつもいつも、とても助けてもらってきた、とつくづく思います。ありがとうございます。。!

* * *

もう1つ、最近の発見でびっくりしたこと。

実は数年前の年末に、精神がヘンな壊れ方をして、朝起きて無言ですぐ家を出て、家族との連絡を絶って、泣きながら各駅停車の電車にずーっとずーっと乗って、終点の江ノ島まで乗って、そこからまた泣きながらずーっと同じ電車で自分の住む町まで引き返してきたことがありました。

引き返してきて、だいぶん気持ちも落ち着いてきたあたりで、お財布だけは持って出てたので、急に近くのエスニック雑貨店に足が向かいました。

以前そこで、見るともなしに、天然石アクセサリーのショーケースを見ていたら、その中のある石のペンダントトップに目がとまり、そこに立っていると体がじーんとする、という体験をしていました。当時は、天然石が流行っていても、ぜんぜん効能を信じてなんかいなかったし、欲しいとも思っていなかったのだけれど。。。なんだろうこれは?と気になりました。

で、壊れた日、その例の石のところへ足が向かいました。思い切って店員さんに、ケースから出してもらって手のひらにのせると、じーんという感触はさらにおおきく、手のひらの上がじんじんしました。値段を見ると、思ったより安く、3000円台でした。

それを買って、ひもをつけて、首にぶらさげたら、なんだかこころが安定しはじめたように感じました。以来、毎日、かたときも離さずに身に着けるようになりました。今でも。。

その石は、ベーコンのような縞模様とイチゴキャンディのような透明感が美しいインカローズ。

今回、性暴力体験を見直ししはじめて、いろいろ調べていく中で、なんとインカローズがほかでもない「性暴力被害」に合った傷を癒す石として、名指しされていたことを知りました。(もちろんほかの効能もあるなかの1つだけれど。。)

「ニューエイジ」」と呼ばれるものにはアレルギーのある私ですが、石にはお世話になっているなあ、と今は実感を持って思います。

それに、あの壊れた日、泣きながら電車に乗って、えんえんと行った先が、今ではすぐ近くに暮らすことになった江ノ島だったことも、おもしろいです。あのときは意識が錯乱していて、どこに行きたいわけでもなかった、なんにも考えずに来た電車に乗った、というふうだったんだけれど。

石にも、虫にも、天気にも、動物にも、植物にも、土地にも、目にみえないなにかにも、ほんとうにお世話になって、おかげさまで元気になってきたと、感じています。

ありがとう :)

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今日は長い話です。。

Img_6716 今日はひさしぶりのお休みデイ。相方は都内で仕事なので、ひとりでおゆうはんをゆっくりつくって、食べて、今はキャンドルをともして、のんびりしています。

最近、物忘れが激しくなってきました。

そのうえに、この暑さ。思考が停止してしまうほど暑いので、なんだか人生がシンプルになります。(よけいなことをあれこれ考えられなくなるから)

でも、このところ、考えるともなく考えていること、というのがあって。

それは、こころの中に巣くう「コンプレックス」や「罪悪感」について。

* * *

わたしは、小学生のときに、複数の男性から、性暴力に合いました。
よく知っている人と、見知らぬ人の、両方です。

よく知っている人のほうは、その人のことを慕ってもいたので、誰にも言いませんでした。

よく知らなかった人のほうは、母にすぐ言いました。母は、わたしが被害にあった場所が「精神病院」の裏手にあたるから、きっと患者の人だ、そういうことをした人は精神の病気なのだから仕方ない、という意味のことを、小学生のわたしに言いました。

わたしは、だから、砂利道にわたしを寝かせて、その上に馬乗りになって、「声をあげたらぶっ殺す」と言って、こぶしをわたしの顔の前にふりかざしたその男性が、そういうことをしたのは「仕方ないことだった」と考えて、それ以上どうするでもなくすごしました(近所でその人を見かけたときには、相手に気づかれる前に逃げたけれど)。

よく知っている人のほうも、大人になってものごとがわかるようになると、「あの年頃の男の人は、そういうことに興味が沸いてどうしようもない時期なのだから、ほんの好奇心からだったんだ、あれも仕方なかったんだな」と思うようになりました。

「仕方なかった」ことだったから、どちらの人に対しても、恨みつらみは感じませんでした。もっとひどいことをされている人に比べてら、ぜんぜん大したことはされていないし、それに被害にあったときの事実関係をわりと細かく思い出すことができるし(どう感じてたか、という感情の部分だけは消えてるけど)、ごく親しい人になら平気で話すこともできるのだから、これはちっともトラウマではない、わたしにはぜんぜんトラウマ体験なんかない、と思っていました。

でも、ちょっとしたきっかけで自分がヘンな壊れ方をする、という場面に出くわして、自分でも「なんでこんなことで、こんなふうに?」と不可解だったり、人からも「あなたには記憶の闇に葬り去ったトラウマ体験があるに違いない」と言われたりして、どうもなにかあるらしい、と今になって思うに至りました。

それで数ヶ月前に、この過去を見直したいな、と思い始めて。。。そうしたらパートナーが『リンダの祈り』という、子どもの頃に性暴力に合った方の本や、そのほかの性暴力関連の本を、もらってきてくれました。

それらを読んだら、いろんなことの、つじつまが合い始めました。

どうして「自分は悪い人間だということを人にバレないようにしなくちゃ」と感じてきたのか、どうして初潮を迎えたとき、すでに生理について学校で教わっていたし友達も生理になっていたりしたのにもかかわらず、それが生理だとわからなかったのか(最初はすぐ血が止まるかと思い、でも止まらないので本気で病気になったと思い、しばらく悩んだ末に母に打ち明けたらその晩にお赤飯が出てきて面食らった)、どうしてしょっちゅう金縛りに遇っていたのか、どうして泌尿器系に疾患があったのか、どうして自分の胸が大きく見える衣類がキライなのか、どうして「知らない人」に対する過度の恐れがあるのか、どうして「この人はまっとうな理由があって怒っている」とわかる人でも誰でもとにかく「声を荒げる人」はニガテなのか、どうしてすぐ「死んだら終わりにできる」という発想をするのか、etc etc etc。

自分では「そんなに大したことじゃないし」とか「ぜんぜんトラウマなんかじゃないもんね」と思っていたことが、思いのほか全般的な影響を及ぼしていた(かもしれない)ことに、思い至りました。

* * *

子どもの頃に性暴力にあった、という事実は、「なるべく隠しておかないといけないこと」「恥ずかしいこと」だとつい最近まで思っていました。(図書館で、性暴力関係の本を借りるときも、タイトルを言うのが恥ずかしくて、ケータイの画面にタイトルを表示して、図書館スタッフに見せたりしました。)

でもこうして書いている今日は、なぜか、ちっともそう思わない。。。ので不思議です。

わたしの中で、「わたしはああいう目に合うのにふさわしい人間だったんだ」、「あれは自分のせいだったんだ」「自分は悪い、暗い、重い」という意識が、薄まってきています。

ほぼ無意識に、自分の中に巣くっていたそういう意識が、内側から自分を食い荒らしていたことに、どうやら気づけたみたいです。

食い荒らされたままになっていると、なにか「いいこと」「たのしいこと」「よろこばしいこと」があっても、それらをまるまま受け取りにくくなるようです。「自分はそれに値しない」、「なにかの間違いだ、あとでバチが当たるに違いない」、「かなりの苦労と努力と忍耐と引き換えない限り、そういうことは受け取れないはず」という考えになるから。。。

「自分はそもそも悪い人間だったから、そういう目に合ったんだ」と思う場合もそうだし、誰かに対してうしろめたいことをした人が「こんなことをやってしまった」と思う場合も、こころの中が「食い荒らされている」のは同じだと思う。。

自分は悪い人間なのだ、という意識がこころのどこかに巣くっていると、どれだけがんばっても、「自分にやさしく」とかするのは難しいし。。。なにかがうまくいったあとには、それを打ち消すようなことをしたり思ったり、苦労や犠牲をほかのところで払いたくなってしまいます。

苦労しないと恵みを受け取ってはいけない、という意識はつまり、いつでも「取引」の意識でいるわけで。。。「ありがたいなー」と「感謝して、受け取る」のも難しくなる。。。

* * *

Img_6691 思ったことは叶う、だから「悪いこと」でなく「いいこと」を考えよう、自分の望みに意識を合わせよう、というふうに、よく言われます。自分にやさしくしよう、ということも。

でも、自分の望みに、ほんとうに曇りなく疑いなく意識を合わせられるようになるのは、「自分は悪い人間なのだ」という思いがふっきれたあと、なのじゃないかな、と(自分の場合に照らして)思います。

コンプレックスや罪の意識は、ハワイのカフナに伝わる教えでは「thing eating inside」(内側を食い荒らすもの)と呼ばれます。これがあると、自分の神々しい部分との接触を断たれてしまうそうです。だから罪の意識やコンプレックスを、被害者の中にも加害者の中にも残さないようにすることが、とても重視されていて、それを「きれいにする」方法論がハワイでは発達していたそうです。

ホ・オポノポノという手法は、そもそも、加害者は心から相手に謝って許しを請い、被害者は相手を完全に許して、すべてを水に流す、そうすることで双方の中に罪の意識、恥の意識、コンプレックスなどを残さない、というものだったようです。

キリスト教では、許しは神が与えてくれるもの、とされますが、ホ・オポノポノでは許しを与えられるのは実際の相手だけだ、という認識。とても実際的でパワフルな手法だったことがうかがえます。

日本では4人に1人が、性暴力に合っているという統計があります。グレたり犯罪者になったりする人が子どもの頃性暴力に合っている割合も、ものすごく高いそうです。そして性暴力は世代間で連鎖する(被害を受けた人が、今度は加害者になる)ケースも多いそうです。

自分が受けた暴力を、ほかへ連鎖させないこと。自分が犯してしまった罪を、繰り返さないこと。その両方のために、被害者・加害者双方のこころの中に「thing eating inside」を残さないことが、ものすごく大事だということを、いにしえのハワイの人たちは知っていたんだなーと思います。そもそも誰もが、加害者でもあり被害者でもあることを。。。

* * *

Img_6470 わたしの中の「thing eating inside」はまだ暴れるけれど、でも少しずつ、ほんとうに虫も動物も植物も人もみんなが幸せに共存するとこへ行きたいと、自分の中で横ヤリを入れずに、そう思えるように、なり始めたこの頃です。

「これは悪いことだ」とわかっていながらなにかをやるのも、知らずにやっていたことが誰かを傷つけていると知ったのに、それに目をつむるのも、「罪悪感」という「thing eating inside」を残すだろうな。。。

自分は被害者だ犠牲者だ、というアイデンティティを持ち続けるのも、「コンプレックス」という「thing eating inside」を残すだろうな。。

どちらも、わかっていてもやめられない、という部分があるのだろうな。。。

そこをどうするかが、工夫のしどころなんだろうな。。。。。。

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2010.07.14

きっとふつうに

Img_0147 ねこのにゃみちゃんは、ほんとうにうつくしい。

ときどきこの世に生きていることのわけがわからなくなることがあって、どうしようもない気持ちになるのだけれど

そんなときにゃみちゃんの顔を見ると、

「あ」

と、生きていることの意味を知るのでした。

わたしはもうほんとうに、にゃみちゃんを尊敬しています。

+ + +

今回の選挙は、もう投票に行かなくてもいいや、というくらい、最初から不思議となんの期待も持てずにいて。

でもやはり清き一票であるよ、と思って、ざざぶりの雨の中、傘さして投票に行ったのですが。

そのあと、開票結果を知りたいと思う気持ちさえなく。翌日の新聞の一面の大見出しで、結果を知りました。

なんてことだろう、とがっかりしましたが、でも最初から、もう「人」に向かってなにかをやる、願う、思う、伝える、ことは飽和している、と感じてたのでした。

この感覚は少し前からあって、働きかけるべき対象というか場所(自分にとって、ですが)は、ほかにある、と思っているようなふうです。

たとえば、虫とか。

食べ物とか。

そして相手を敬うことと、すべてを明け渡すことは違う、ということを、最近、学び中のような気がしています。

敬いながら、線引きして、共存する、といような。

動物や植物や微生物だったらきっとふつうにやっていそうなこと。。

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