翻訳は翻訳でも
夏のたのしみ=夕暮れどきのコーヒー@葉山の海の家blue moon。
海にいくと、ほんとうにぼーっとできて、助かります。
ねこのにゃみちゃんが体調を崩しているこの夏なので、いちどきに家を留守にできる時間は限られているけれども、少しでも海で過ごせることに、助けられています。
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ここ1週間ばかり、夜見る夢の濃度が濃いです。濃すぎて、目覚めた後の日常に戻るのに一苦労な毎日。。。
今朝の夢も、「Things aren't what they seem to be.(見かけは実情と違う)」というテーマな夢で。この場所もここにいる人も心地よいと思っているわたしは、実はだまされて/惑わされている、そしてそれに気づいていない、実はみんなおばけだった、という内容。。。
実はちょっとそのような話をおとつい聞いたばかりでした。翻訳仕事の取引先で、大幅な人員削減が進んでいるらしく。。。「次のターゲットはあの社員」というのがみんなにはわかっているのに、本人だけはそれに気づいていないらしい、といううわさを聞かされて、なんともいえない気持ちになりました。
そしてわたし自身、実は気づいてないだけで、自分も翻訳者としてもうじき「不要」になるのかも、と思い始めたら、もう雪だるま式に悪い方向への想像が膨らんでしまいました。
でもかねがね、こうして翻訳の締め切り地獄の中で一生暮らしていくのはなあ、とも思っていたのだけれど。。
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初めて翻訳のお仕事をもらってから、今年で21年。翻訳を仕事にしてみたい、と一瞬思った高校1年生の自分がいたことを、ほんのり思い出します(幾多の夢の1つだったけれど)。
まさか自分が翻訳だけで食べていけるようになるとは、正直思っていなかった。。。しかもインテリアや暮らしという、ソフトな分野でできるとは。。
暗中模索&全力投球で単発の翻訳バイトをやっていた頃から、リサーチャーや編集者としてのお仕事を経て「いろは」を覚え、あっちへ行きこっちへ行きしながら最後にフルタイム翻訳者になったときは、「1日中翻訳だけしてていいなんて」と感慨深かったのを思い出します。
ぴったりの訳語が思いついたときのうれしさは、いまだにある。。。でも今は、訳しても訳しても、それがコピー用紙のように消費されていって捨てられていくような気持ちもあって、お金はもらえても徒労感が否めません。
「飲めて当たり前」な都市部の水道水のように、「翻訳文」だということを感じさせない「読めて当たり前」な文章に訳すには、原文の言いたいことを把握できる言語力以上に、リサーチ力、表現力、発想力が必要で。。。実際の作業は相当地味で孤独で、一度訳したものをさらになめらかな表現に練っていく作業や、誤脱字のチェック作業には、体力も必要で。。
そうなのだなぁとわかる程度にまで、自分もようやく翻訳者として少しは成長してきたんだなぁと思うのだけれど、からだに堪えてきているのも確か。そこまでの労力をつぎこむに値するものを訳してるのかな?ということもあり。。。
ファストなペースの商業翻訳ではない方向を、そろそろ真剣にさがす時なのかなぁとも思います。
でもどんな方向があるのか、まだケントウがつかない。。。(汗)
そこまでの労力をつぎこみたい、と思うものを訳すとなると、たいがいボランティアになるので、食べていけなくなってしまうし。。。。
翻訳は翻訳でも、人間以外の言語でやりたいような気持ちもある。。。異種間コミュニケーション。。。。。。虫や動物や鉱物やおばけや波や家。。。いろいろ人間以外の言語ってあると思うのだけれど。。それこそどうやったらお金になるのか疑問だ。。
というかこれができれば、もう現金は要らなくなる、とかだったらいいのにな☆
というか、そもそも、できるようになるにはどういう勉強したらいいのかっていうのもモンダイ。。。。。。。昔は木と話ができたこともあったんだけれど、限定された1本の木、とかだったりして、汎用性がなかったし。。うーん。。。。。。













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