暗さから
twitterやfacebookや、友人知人のブログを読み漁っているときのわたしは、なにかを求めていて、でも求めているものに出会うことはない、という感覚を持っていて。
今日もそうでした。
で、もうtwitterもfacebookもやめようか、と思ったのだけれど。
そんなとき、さきほど、1人の友人(と呼んでいいかな)が、今夜、書いていたことを読んで、あ、これ、と。。。
いつ会っても元気ハツラツな彼が、そこはかとない絶望感と、言葉にならない悲しさについて、彼ならではの正直さで書いていました。
こんなにもうすら暗くて重たく、胸つぶれた状態で今ここにいるのは、自分だけのような気がしていたから、少し救われた。
他にも、今日という日をこういう感覚を持って過ごしてる人がいるなら、ひょっとしたらなにか、わたし個人というよりはおっきな要因があるのかもしれない、とか、考えることもできたりするかも、と思うから。
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こんな自分の状況を、自分なりになんとかしようとはしていて、すてきな魔法の本やセルフヘルプの本を借りてるのを、読もうとするのだけれど、読もうとしてもものすごいだるさが襲ってきて、本を開くとすぐ眠りに吸い込まれる始末。
思ったことが現実になるから、思う内容を前向きな内容に変えればよい、と書いてある本。
どうしても読めない。。今日は、いちばんしていたいことはなにかといえば、おふとんの上で丸くなって、世界からひきこもって眠っていたかった。
でもそれができなかったから、かわりにエネルギーを仕事に向けて、一心に仕事した。
ずいぶんプラスに転化できたぞと、前向きな自分を喜んだけれど、でもやっぱり通低音。暗く低く絶え間なく響く音がそこにあって、どうしても振り切れないのでした。
その前向きな努力の感じも、それでもそこにあり続ける通低音の感じも、友人の彼とは共通してました。
自分に似た暗さを抱えた人がいることに、なぐさめを見出すのはどうかと思うけれど、でも、そこには、自分をわかってくれる人がいるかもしれない、という希望の感覚があるのも確か。。
求めていたのは、励ましでも、楽しい出来事でも、やさしさでもなくて、わかってくれる存在ということだったみたい。わかるよ、と言ってもらう必要もないくらい、近い体験を共有していることが感じられる人。
ねこのにゃみちゃんが今夜は自室にひっこまないで、わたしのとなりでずっと寝てくれていて、やさしいな、と思う。。
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コメント
うんうん、あるよね。
私の場合は、同じような人がいるかより、たとえ暗くても、自分が何を感じているかを認識できるということがいまは必要で大事みたい。暗いのを明るくすることはできないけど、暗さのなかに悪あがきせず、いるということが。
投稿: ゆりこ | 2010.09.18 02:57
ゆりちゃんありがとう。
この日が「底を打った」日だったなと思う。。
暗さの中に悪あがきせずにいる、ということ、やっぱりチャレンジだけれど、自分が感じてることを感じきるのは、たしかに、必要だったもよう。。
投稿: な | 2010.09.22 21:53