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2010.10.19

あきらめなくても、きっと

Img_0228 今日も、海に入りにいきました。

昨夜旅から帰った相方の、時差ぼけ解消が第一目的だったんだけれど、お天気は曇りで、海上ではものずごい風がびうびう吹きつけた。。。それでも水平線を見やると、胸がさあーっと開くあのうれしい感覚が来て。。

でも向かい風でパドルしていて、前進しているはずと思ったら岩が後ろから前に移動していて(つまり後退していた。。)、漕いでも漕いでも進まなくて、自分はこんなちょっとの風に対してこんなにも無力だ。。体力・筋力がないばかりでなく、どう対処するかとかの海の上でのいろはも何も知らないんだ。。と思って、すごく、落ち込みました。

海へのあこがればかり大きい、へなちょこな自分。。。。。。

しばらく打ちひしがれてしまいました。でも、ご飯をたべて、少し休んで、相方と「こんな気持ちだった」と話ができたら、気持ちを持ち直すことができはじめて。

今までいつも海にやさしくしてもらいすぎてた。。海にはこういうときもあるよと教えてもらえて、それはじつは、うれしいことなんだと、思いはじめて。

こうやってだんだん、海を知っていけばいいんだ。。遅すぎることはないはず。。たぶん。。。きっと。。hopefully。海が好きなら、あきらめなくても、きっと大丈夫。そう思いました。

* * *

実は、別の意味であきらめたくない海が、もう1つあります。

山口県上関町の、生物多様性の「ホットスポット」(多様な生物が生息しているにもかかわらず、絶滅に瀕した種も多い、生物多様性の世界的重要地域のこと)である田ノ浦の海。

そこを埋め立てて、原発を建てるための土地をつくる工事を、中国電力さんが強行に進めようとしているそうです。

この海を壊さないで、海とともに営んでいる暮らしを奪わないで、原発をつくらないで、と長年訴えてきた地元の方たちが大勢いるなか、まともな話し合いがなされてこないまま計画がすすめられてきた、という状況があります。

どうかきちんと話し合いをするまで、いったん工事を停止してほしい、として、知り合いの知り合いの若い方たちが、ハンストを始められました。

正直、彼らの体が、心配です。。
水さえ絶っている方もいると聞きました。
代表の方からいただいたメールには「(この目的の為に)命を捧げます」と書いてありました。。(追記:代表の山田さんは、断食修行を何度も行ってきた方だそうなので、よくわかっているうえで行っていらっしゃるのだと、いまは信頼しています)。

ハンストという手段について、動揺している自分がいます。。。でも、なんとか力を合わせていきたい、と思う。。。
田ノ浦の生き物の命、この海で暮らしを営んでいる方たちの命、実際に、いろんな命がかかっていて、

わたし自身が「やめて」と意思表示しないかぎり、デフォルトで「容認している人」の数に入れられてしまうという現実があるから。。

以下、ハンストの声明文をご紹介します。
最後のほうに、わたしたちに具体的にできることも、書いてありますので、できたらぜひ。

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「上関田ノ浦埋め立て停止を求めてのハンガーストライキ」
 
7Generations walk 代表 山田俊尚
 

声明文

山口県上関町田ノ浦原子力発電所予定地の埋め立て工事の一時停止を求めます。
要求が受け入れられるよう、ハンガーストライキ(断食、断水)をします。


Statement

We ask to stop reclamation work of ocean in Tanoura, Kaminoseki-cho, Yamaguchi prefecture, the planned site of the Kaminoseki new clear power plant. Until the demands were met, we launch a hunger strike.




2010年10月15日早朝から山口県上関町田ノ浦原子力発電所建設予定地に海を埋め立てるための台船が集結し、工事がまさに始められようとしています。


私たち7 Generations walkは、2010年8月25日山口県上関町祝島を出発地とし、COP10の開催される名古屋まで1カ月半かけて歩いてきました。


上関町の海は本当に美しく、生物多様性の宝庫で、瀬戸内海で手つかずの自然が残された最後の砦です。
この場所を開発するかしないかは、自然への影響を考えれば上関町だけの問題ではなく瀬戸内海を繋ぐ他県、ひいては日本全体の問題です。28年前から反対運動は継続しており、約86万人近くの署名も集まっています。


歩いて来て、多くの方と接して感じるのは、一般の方々にこの大きな問題があまりにも知らされていないということです。原子力発電所を建てる上での、メリット、デメリットをきちんと伝えないまま、強行に建設を始めてしまうのは、時期尚早です。
すべての人に影響があるのですから、きちんと情報を伝え、議論したうえで計画が進められることが必要です。


電力問題は、電気を使用する人々すべての問題であり、これからの社会の方向性を考える上で、重要な課題です。
環境問題が深刻な今、持続可能な未来を考えるうえで、自然のサイクルと共に生きること以外に私たちの未来を救う方法はありません。


COP10が開催されている今、自然に生かされているということを深く認識し、この場で自然を守る決断をすべきです。


きれいな海を残したい。


上関の問題が私たちの未来と社会の方向性を考え決断する上で、あまりにも重要であると認識し、緊急事態の今、未来の命を救うために、この一命を捧げ、この問題を訴えます。


みんなできちんと議論し、未来を選択し決断する機会を持つため上関の工事の一時停止を要求します。


この要求に賛同して下さる方は、「工事の一時停止の要求」という趣旨で、電話、FAX、Emailで各宛先に声を届けて下さい。

中国電力
TEL 082-241-0211
FAX 082-523-6185


中国電力 上関原発準備事務所
0820-62-1111


井森工業(「地盤改良船」の業務)
0820-22-1500
緊急の場合
080-5612-6710
080-1939-4251


山口県知事への提言
TEL 083- 933-2570
FAX 083- 933-2599
メールフォーム
https:/ /cgi01. pref.ya maguchi .lg.jp/ gyosei/ koho/ch iji-tei gen/3te igen.ht m


また、賛同のお名前をホームページに掲載してもいいという方は、メール7gwalk@gmail.comでお知らせ下さい。
皆の意思を伝えましょう。

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http:// blog.7g walk.or g/
↑動画による声明も載っています。

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2010.10.17

東洋でも西洋でもなく、南洋

Photo 数日前、朝ごはんを食べながらふいっと読み返したくなった、内野加奈子さん著『ホクレア』。

読み始めてすぐ、涙がどばどば。なんでこんなに泣けるんだ、というほど涙が出たのだけれど、1回目に読んだときは涙した覚えがなかったので、不思議でした。

その日の夕方、ふいっと思い出しました。1回目に読んだときは、マウさんがまだ生きていたんだ。でもマウさんはこの夏に亡くなられた。。。

サタワル島のマウさんは、星や風や鳥や波の表情だけで大洋を航海する術を知っていた、南洋で最後の1人だった人だそうです(追記:これは誤解でした、ホクレア号のクルーがマウさんと出会った時点では、気づかなかったけれえど、実は6人の伝統航海術師がその当時はまだいたそうです)。

ハワイの航海カヌー、ホクレア号のナビゲーターたちは、マウさんに伝統航海術を学んだのでした。

先日、そうしてマウさんに学んできたクルーの方たちのお話を聞きにいって、その方たちがマウさんから学んだのは、航海の技術だけじゃなく、もっと根本にある、おおいなる生き方の態度や世界観だったんだと知りました。

航海術が単なる技術じゃないことは、クルーの方たちの存在感の質からも、あきらかでした。

なんの気負いもなく、正直に、よく笑い、よく泣き、よく歌う人たちでした。。。

責任ということばの意味を、体の底で知っているようでした。

We ARE what we were taught. (僕たちは教わったことそのもの)
We just mimic our teacher (師と同じようにしてるだけ)

と言い、でも「ちゃんと学ぶ」ということがどれだけ大事かを語っていました。
学びのプロセスこそが大事で、ちゃんとした「学びの場」でそのプロセスを通過していなければ、形や言葉だけなぞってもなんの意味もない、と言っていました。

ほんのちらりと、語ってくださっただけだったんだけれど、たとえば「縄の縛り方」の教えは、具体的・この世的に、カヌーのパーツを結び合わせるときの縛り方を教えるものであると同時に、非具体的なエーテル(?)レベルで起きることのメタファーでもある、ということのようでした。

(これはわたしの想像だけれど)天空の星々の位置がすべて頭に入って「地図」になると、それは、物質界での航海時の具体的な「コンパス」になると同時に、別の宇宙感へのアクセスにもなる、みたいな、そういう二重、三重の体験や意味や教えがそこにあるようでした。。

そうやって学び、ちゃんと受け継いだなら、受け継いだことに100%責任を持つことになるようでした。

責任とは、学んだことを、自分以外の人に奉仕するために使うということを意味するそうです。

そういうつらなりの、意識の網の目の1つになること。そこには、上も下も右も左も内も外もない、というかそれらが全部ある、というか。。。そして全体のほうが個より大事なのでも、個のほうが全体より大事なのでもなく、両方がほんとにおんなじだという。。。。

そんなようなこと。今感じて/想像していること。。。なんだけど、まったくうまく言葉で書けません。。。絵には描けた(ような気がする)んだけれど。。。。。(汗)

思春期を西洋文化圏で過ごさざるを得なかったせいか、かつては東洋と西洋で「自分を住み分け」していて、その2つのあいだの寒風ふきすさぶ「はざま」で、「どちらの自分も、欠けがある」という感覚を引きずってきたけれど。。。

南洋には、それがみんな「取り越し苦労」になるようなあり方が、そっくりそのままあるような気がしています。どうなんだろう。。。

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2010.10.11

混じっても、

Img_6927 ふだんほとんど都心に出ないのに、連休中の昨日、用事で都心の人混みの中を歩きました。そしたらなかなか大変なことになってしまいました。

最後のほうは、とにかく、早くここを出なきゃ、一刻も早く、と思って、足早に電車の改札へ向かいました。苦しかった。。

帰りの電車の中で、いつもの向かい合わせ席の窓側のに座って、外を眺めていたとき、"I'm so confused..(自分は混乱してる)"と、ほんとにしみじみとそう思いました。

なにについての混乱かというと、自分についての混乱。ずん、とくる自覚だった。その直後、寝た。。(zzz)

今日は、それで、いろいろやりたいこと、いきたいところがあったのに、1日、なにもできず、快晴なのに、外にも出ず。。横になってすごしました。

ひたすら、休みました。夜ごはんに、少量の塩と水だけで煮たおいしいかぼちゃを食べたら、少し元気出てきた。

* * *

このところ、わけがわからなくなっている感覚はありました。霧の中にいて、自分がどうしたいのか、ほんとうにわからなくなっていて。

もうひとつ、最近顕著なのが「玉石混合現象」。

たとえば「この人の本が読みたい」とゲットした本を読んでいて、胸がさあーっと開くほどうれしい発見があったと思うと、その次の章では胸ふさぐことが書かれていたりして、全体をまるごと受け止めることはできなかったり。

踊っているときも、音楽があって空気があってわあーっと開放される瞬間と、正しいコレオグラフィーはどうこうという話になってどんどん胸ふさぐ瞬間との両方があって。今日の会も楽しかったなあぁ!と全的に思うことができなかったり。

光る海に入れてものすごくうれしくてもう最高と思うと同時に、団体行動というか社交(?)へのニガテ感で海の上でさえちょっとグルーミーな気持ちになったり。

前は、もっと、体験のカラーが「ばら色」なら「ばら色」で単純明快だったのに、最近は色むらがあるというか、混じりけが多いというか、気持ちいい・ハッピーなカラーとつらい・苦しいカラーが両方おんなじ場におんなじ濃度であることが多いような気がする。。

あ。でも。先日のハッピーカヌーウィークエンドのイベントは、「ばら色」一色だったっけ。ハワイの航海カヌー、マカリイ号とホクレア号のクルーの方々のお話と歌を聞けたあの晩。。。あの3人のクルーのbeingの質に、とても、とても助けられた。。

自分が感じる体験のカラーそのものには、いい悪いはないのであろう、なにかを「指し示し」ているというだけのことであろう、と頭で考えればわかるのだけれど。やっぱりハッピー一色で混じりけがないほうがうれしい気がしてしまう。

いろいろ混じっていると、混乱するのだな。。でもそもそもいろいろ混じっているのが自然なのに。。。

混じりけのある状態を受け止める練習期間なのかしらん。

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2010.10.07

海から

Img_0225ひさしぶりに海、入りました。

海だいすきすぎて、心がぼよんと飛び出しそうでした。

相方が旅にカメラをもってっちゃってるので、LOMO風に写る、マッチ箱サイズのトイデジカメで撮った今日の海。まわりが暗く写っちゃう。。

この秋初のウェットのフルスーツ着用デイとなりました。レンタルものだけれど、手脚の先までカバーすると、アザラシなきぶんになります。

でもせっかくウェットを着てても、サーフボードの上にいると、全身で水に浸かれないのでつまらない。

なので、ボードから降りて、ボードを片手で押さえつつ、水中に仰向けに浮かんで、空を見上げる。

自分のしたいことはサーフィンなのか、それともサーフィンは海水浴シーズン以外にも海に入るためのいいわけなのか、よくわかりません。。

海からあがった後も、海に張り出した丘の上から海を眺める。。いつもこれがしたくてたまりません。この時間のために、サーフィン習いに行ってるともいえる。。。でも一緒にサーフィンを習っているほかの人たちは丘によらずに帰るみたいで、どうしてよらずに帰れるのか不思議です。

近年こんなに海だいすきになっちゃったのは、わたしのプログレスの太陽が魚座のドラゴンヘッドに合しだしからなのか。。プログレスの月が4室の海王星のスイッチを入れたからなのか。。こないだの皆既日食のときに浜で過ごしたからなのか。。

わからないけど、自分は海王星にスイッチが入ると、ほかがどんどん連動していくようなチャート持ちらしいので、これでいいのだ(byバカボンパパ)、たぶん。。

でもどこへ向かっているのか、自分ではよくわからず(あいまい、あやふや、霧の中。。これも海王星の質だけれど)なので不安になったりとまどったりがついてまわる。。

成長系か、循環系(別名「定常系」)か、はたまた別の系か、人それぞれだと思うけれど、

今の自分としては、安心して霧の中にいられるようなあり方を、身につけたい。

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