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2010.11.30

つながりの中にいる

Img_7154 この1ヶ月ばかりの、死をめぐる体験は、予想や想像を悠々と超えていたし、今までの記憶や経験ともぜんぜん違ってて。

言葉にしたいような感じがすることが、たくさんあるのに、ぜんぜん言えないでいます。

まぁ、でもおおむね、言わなくていいことなんだろう。。。

防備録として最低限、書いておきたいこと。。

彼女が死に行く時間に、立ち合わせてもらったときのこと、思い出すと、いちばんよみがえってくるのは、あの、濃密で、充足した空気感。部屋全体に満ちていて、わたしたちもすっぽり包みこまれていた、ものすごくリアルな、やさしさのような、あたたかさのようなもの。

死は、やっぱり、すごく大いなるプロセスなんだ、と思うようになった。
(今までは、死を、なにか鋭利な凶器みたいなもののように思ってたところがあった、自分は死にたいと思ったらいつでも死ねると思ってたし。。)

会いたい気持ちは、今もかわらない。ものすごく、会いたい。また会えると、信じてる。

でも、彼女が亡くなってから、虫も犬も植物も、前より好きになってきた。なめくじのうなじがかわいくて仕方なかったりして。みんなが彼女に似てて、彼女みたいな感じがする。

だからものすごく寂しいけど、寂しくないふうでもある。。

死は生の反対と思い込んでた自分がいたけど、でもぜんぜん反対じゃない感じが今はしています。


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2010.11.29

いまの季節のこと:写真日記

Img_7162Img_7161 こはる日和なこの頃。。。今日は、写真日記でいこう。

ひとつめの写真:
相方の京都のおみやげ、赤く色づいた落ち葉くん。パソコンの(ぜんぜん使わない)指先タッチマウスのとこに、さいきんずっとこの落ち葉くんがおります。

パソコンを開けると、まず落ち葉くんに出会う、という仕様。

ふたつめの写真:
サンルームにそそぐ陽。にゃみちゃんがいたら、ひなたぼっこを楽しんでいただろうな、と今朝も思った。

Img_7155 みっつめ:
とれたてキウイ。庭先の大家さんの樹から。
めちゃすっぱくて固い。
りんごと一緒においとくと、甘く熟してくるそうな。ほんとにそうなるか疑わしいくらいすっぱい。

すっぱいもの大好きな相方がおおよろこびして、熟すのを待たずにどんどん食べている。。。

Img_7159 Dscf0007 よっつめ&いつつめ:
左は最近のマイブーム「そば粉のパンケーキ」。

そば粉に水を加えて混ぜ混ぜして焼くだけ。満足感があって、腹持ちがよいです。

右も最近のマイブーム「マヤナッツメープルシロップトースト」(ながい。。) 

焼いたトーストにマヤナッツパウダーをふりかけて、上からメープルシロップをかけて塗り塗りする! うまいし、体があたたまります。

焼き固めた粉ものは食べすぎ注意だけれども、この季節は欲しくなるな、なんでだろう。

Img_7191 むっつめ:

新調したミトン。やっぱりこの季節、クッキー焼きたい気持ちが出てきて、こわごわ使ってたガスオーブンにもだいぶん慣れてきて、むんずと天板をつかみたい気持ちになっていました。

シリコン製のはどうだろうとか、このところしばらくアンテナを張ってたけれど、おととい、めでたく出会えて衝動買い。

パン屋さんで使われている業務用ミトン(の子供用!)とのこと。大人用の3ぶんの1くらいの大きさ(大人用もあります、同じデザインです)。手のひらが異様に小さくて、大人用の普通のミトンはかねがね「でかすぎる」と思ってたわたしには、ピッタリのサイズ。

それにやっぱり、なんであれ小さくてちゃんとつくられてるものって、抗いがたい魅力がある(←「小さいものフェチ」)。

Img_7167 ななつめ:
クリスマス飾り。去年まではクリスマスといっても小さい小さい飾りをするくらいだったけれど、今年は生きた常緑樹をどんどこ家の中に置きたい気持ちになっていて。。

はじめ、花屋さんでモミの枝やマツボックリを買ってみたんだけれども、そのあと自分とこにもマツ系の常緑樹や、赤い実をつけた千両や、ヒイラギがあることを発見。庭から切ってくればよいことでした。。。

よく考えたら、マツボックリも海辺の松林に行けば、わんさか落ちてる。。(昨日行ってみた、たくさんあった。。松林が近くにない方、拾ってきてあげますよー、右の「ご連絡はこちらから」から連絡ください)。

足元の「あるもの探し」は大事だなと改めて思いました。

Img_7171 ななつめ・続き:
クリスマス飾りは、間違えて買っちゃったモミの枝とマツボックリ以外は、みんな家に生えてたもの&あったもの&いただきものです。

キャンドルたては、たぶんメキシコの。相方のお母さんが、同じようなのが2つあるから1つあげる、とくださったもの。

額の絵は、「ちいさなスペイン語教室」の先生で絵描きさんでもあるAiさんのポストカード。すごく気に入っていて、去年もこのポストカードは飾りました。スペイン語でメリークリスマスと書いてあります。

モミの枝を入れた水差しは、民芸品が好きでよく集めていたという、相方のおばあちゃんから譲っていただいたもの。

ふだん使わずに眠っていたものたちが、こうやって晴れ晴れとしてくるのって、いいな。

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2010.11.22

魔法のじゅうたん

この曲は、最初から最後まで、にゃみちゃんとさよらなした後の日々に、ぴたっと合致していて、わたしも相方も、びっくりしたのでした。

火葬場の待合室で待っているあいだに、相方がギターを弾きながらこの曲を歌ったときに、それまでなんども聴いてたこの曲が、「そういうことだったのかー」となって。。。

火葬していただいたお寺を出て、駅までの暗い夜道を、お骨を胸に抱いて歩きはじめたとき、最初に口をついてでたのも、この曲のなかの「こころはひとつになったんだー/パンとピーナツクリームほおばって/どこへ行けども思い出せるならば~」というとこでした。

しばらくのあいだ、聴くもの自分で歌うのも、泣けて仕方なかったけれど、今はずいぶん大丈夫になった。

今は、にゃみちゃんの不在に慣れていっている自分がいて、かなしい。

というか、慣れないと、いつまでも寂しいしかなしいままなのに、でも慣れてしまうと、ここににゃみちゃんがいたってことが消されてしまうようで、それがいやで。

家の中もにゃみちゃんがいたときのまま、なにひとつ変えたくなくて、冬支度をずるずると先延ばししていました。

でも昨日、ついに(寒さに負けて)、ウールのじゅうたんを出してきて、リビングに敷いて、そのためにテーブルの配置も少し変えました。

変えてしまうことに抵抗があったけれど、変えてみたら、部屋の中があったかい雰囲気になって、寂しさが減った感じです。

よかったな。このじゅうたんも、魔法のじゅうたんなのかな。

今朝は、夢の中でにゃみちゃんがベッドサイドに来てくれました。

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2010.11.19

おかげさまな日々です

Img_7138 Img_7146_2にゃみちゃんのために灯すろうそくの消費が激しすぎて、あ、また買いにいかなきゃと思ってたその日に、にゃみちゃんにと、ろうそくをいただきました。

夕焼け色のろうそく。

ここしばらく、夕日を見に行くことが、1つの仕事(?)みたいになってたしで。。。この贈りもの、そうとううれしかったです。
(ふ)ちゃん、ありがとう。

今日、実物の夕焼け(↑)と見比べてみたけど、やっぱり似ていた。

Img_7141ろうそくと一緒にいただいた、木版画のポストカードは、だんだんからだが透明になっていく猫のお話の挿絵なんだとかで。

そのお話、ぜひ読みたいけど、やっぱり今は、やめといたほうがいいのだろうかな、どうだろうかな。。

* * *

Img_7139_2 昨日はまた、にゃみちゃんにぴったりの小さな菊の花のブーケを、いただきました。ちょっとミモザみたいな不思議な小菊。

いつもお世話になっている(さ)さんが、シダみたいな形をしたレタスの束に、フェンネルの束、それにマリネにしたお魚、根菜のおかず、トマトソースなどをタッパにつめたのをいっぱい持ってやってきてくださって、おいしいお昼ごはんをつくってくださって、そのうえ、このブーケまでくださったのでした。

ほんとうに、うれしかった。。

お料理をつくっているあいだ、「こうやってると、いつもならにゃみちゃんもここへ来て『おなかすいたよー』とかってにゃあって言うのにねぇ」と言ってくださって、にゃみちゃんをこの場と意識の中に含めててくださって、すごくうれしかった。。

おいしいごはんをいただきながら、シンガポール動物園にいた「コモドドラゴン」の話やら、北海道では春と夏が一緒に来る話やらを聞いてたら、寂しい気持ちになってばかりだった同じリビングルームが、ぽっとあったかい場所になりました。

(さ)さん、ごちそうさまでした&ありがとうございました :)

* * *

近くから&遠くからの、いろいろのお気持ちに、助けてもらっています。

ほんとに、おかげさまです。ありがとうです。

だいぶん落ち着いて過ごせるようになってきました。

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2010.11.16

贈りものえらび

ここ数日、贈りものえらびにいそしんでました。

先日は、高1の姪っ子と、義理の兄への、「ほんの気持ち」のお誕生日プレゼント。

Img_7119 年頃の姪っ子には、Badgerのリップティント&シマー(片側がカラーリップ、片側がグロスになってる)を選んでみました。

Badger社のものは化学薬品を一切使わないし、動物テストもしてないし、おいしい香りがする。あとわたし的にいちばんのポイントはトレードマークのBadgerくん(アナグマ)の絵がかわいいのであります。

薄ピンクのリップティントに合わせて、ちょうどピンクが基調になったPeople Treeの香水ボトル型のカードをみつけたので、セットにしてみた。贈りものらしくなりました。

Img_7121 People Treeといえば、今の季節は、チョコが解禁中。ということでチョコ好きの兄には、People Treeのフェアトレードチョコ3枚をセットにして、リボンをかけてプレゼントにしました。味がいろいろあるので迷った。。

People Treeも食品系製品のパッケージがかわいくて、味ももちろんおいしくて、すきです。



Photo_2 あと、にゃみちゃんのことで、お世話になった方へのお礼にしようと買いそろえたのが、アカリズムさんのみつろうキャンドル「ひだひだ」。灯すとミツロウが溶けていって蓮の花びらのようになるんだそう。

自分で自分に買うことはない値段なので、人からもらうとうれしいものかな、と思ったり。
(あげる前にパッケージを解いてしまいたくないので。。写真は野毛商店さんのアカリズムさんのページからお借りしました)

にゃみちゃんにも1つ、「ひだひだ」を買ってあるので、もう少ししたら、家でも灯してみようと思っています。

クリスマスシーズンも間近で、贈りもの選びが楽しくなる季節だし、にゃみちゃんの不在を寂しがってばかりではいけないと思っているここ数日です。

少々家計にはきついけれど。。今だけだから、よいことにする。

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2010.11.12

日々

毎日が、どうしたらいいかわからない感とともに過ぎていき。。また、夕日を眺めました。

今日は、突然あそびにきてくれた(ふ)ちゃんと一緒に、眺めました。少し先のほうで、両手を空にかざしながら夕日をみていた元気な女の子軍団が、夕日が落ちる速度が「はやーい!」と叫んでいた、と後から(ふ)ちゃんに聞きました。

確かに、夕日が沈む速度って、イメージしているよりもうんと速い。

Img_7112今日はカメラを忘れてしまったので、写真は昨日1人で眺めた、一色海岸の夕日。

この日は、一度雲の帯の中に沈んだ夕日が、雲の下端からまた産み落とされて、一瞬目玉のように、雲の帯と山々(&水面)の間に顔を出しました。

Img_7111その後、海の向こうへ沈んでいった。1度に2回、日が沈むのを見た感じでした。



夕焼け、毎日違っていて、毎日すごくきれい。

* * *

Img_7097 昨日は大好きな丘で、おべんとを食べて、なんのへんてつもない日記を書いた。




Image168_2 今日はフレンチトーストやさんで、デザートフレンチトーストを食べながら、家族の死に立ち会った体験について、話を聞いてた。

のらねこの背中にくっついた植物のとげを抜いたり、神社をお参りしたりしながら、江ノ島をぐるり散歩して歩いて、

夕日を眺めた後、古道具を並べて売ってた古ぼけた元旅館の土間で、なんのへんてつもない石の皿を2枚買った。

これからどうしたらいいか、いまだにわからないけど、日々は進んでて、まだわたしには止められないんだな、ということはわかってきた。










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2010.11.10

ぜったいに許さない

Img_7031 写真はにゃみちゃんのろうそくのそばで、いつも手を合わせてくれている、小さいテラコッタのおじぞうさん。今夜はにゃみちゃんとゴマサバをわけっこして食べました。

昨夜はぜんぜん寝付けなくて。。こんな夜もあるんだというくらい、寝た気がしなかった夜でしたが。。。そのうえ、さらに、すごく怖い夢を見ました。

トランジットの冥王星とドラゴンヘッドがぴったり度数でコンジャンクションだったとかで、「なにか夢でサインがあるかも」などとおっしゃってた方がいて、「わ~、あの夢は確かに冥王星チックだったけれど、あれが未来のご縁(ドラゴンヘッド)とも関係があるんなら、どうなっちゃうんだ~」と焦りました。

その夢は、ひとことでいうと「ぜったいに許さない」というテーマの夢でした。

ごく普通の、ややヤサ男風の男性が、地下室から呼ぶ音に誘われて、地下室へ降りていきました。

わたしはその男性と知り合いで、彼が地下室へ行ったきりなかなかもどってこないので、自分も地下室へ降りてみると、彼が首ちょんぱにされて、その首(というかデスマスクみたいなもの)がそこに置かれていて。。。

自分も殺されるのだろうと、リアルに思うのだけれども、そこで地下室に響く声があって、わたしは殺さない、という。殺人犯は女性5,6人のグループで、殺人理由は、その彼が、女性をレイプした過去があるから。レイプ行為自体が極悪かどうかは関係なく、本人が自分がしたことによって相手にどれだけのダメージを与えているかについて「無自覚である」という、そこがいちばんNGなようでした。

だから彼はいたってのんきに、普通の好青年として、暮らしていたわけなんだけれども、まったく「許される」ことはなく、さっさと殺されてしまったのでした。

わたしの覚醒意識は、「許す」という心の所作を、心から身につけたいと、思っているのに、こんなふうに「ぜったいに許さない」キャラクターが出てくる夢を見るなんて。

あの犯人グループの「絶対に許さない」&「因果応報」ぶりって。。目覚めてから、ギリシャ神話の「復習の女神たち」や、インドの女神カーリー(殺戮と破壊の象徴)を思い出しました。とにかく、身の毛がよだつ怖さでした。。。。。

というわけで、今夜もなかなかベッドに入りたくなくてぐずぐずしている、ただ今です。

おじぞうさんと一緒に少し手を合わせてこようかな。。

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2010.11.09

防忘録

Dscf0020 にゃみちゃんの猫時間に換算すると、49日は11月4日の夜に、明けました。

無事にあちらのいいとこにいくまでは、足をひっぱっちゃいけないと、元気にしていた(つもり)のが、49日が明けたと思ったら、その翌日から、心の調子を崩しました(通訳の仕事が3日続けてあって、その間は気を張っていたのが、終わってどっときた、というのもあったかも)。

こころの調子を崩すまでの日々は、ずうっと毎日、みぞおちがズキズキうずいて、痛んでいました。

心の調子を崩してからは、胃の痛みがやってきて、家事も仕事もできなくなりました。

49日の明けた次の朝、半覚醒の朝のベッドの中で、「自分が植物に水やりをして、部屋に戻ったら、ダイニングの椅子ににゃみちゃんが丸くなっていた」という映像を見ました。無事にむこうへ行けて、もう軽やかな存在になりきって、今は帰ってこれるようになったんだ、と思いました。

セージの葉っぱを炊いたら、ソファのところに漂った煙が、スフィンクス座りをするにゃみちゃんの形になったりもしました。

自分は、ちょっと頭がおかしくなっているのかもしれない、と思いました。

今まで、にんげんの友達や知人、祖父母や叔母を亡くしたときには、これほどまでに悲しい、寂しい、気持ちになったことはなかった。。。こんなにずっと毎日みぞおちが痛んだり、胃が痛んだりしたこともなかったし、戻ってきたという映像を見たりもしなかった。こういう事実は、おそらく世間一般では「異常」とされるのだろう、と思った。

でも「伴侶動物との別れ」や「ペットロス」(ペットという言葉にはどうも抵抗があるけれど)について書かれているものを少し目にしたら、こうした自分の反応は「異常」ではないと、はっきり書いてあったので、すこし楽になりました。

ひとり、家にいて、寂しい、と泣いていたら、大きな大きなクモが床にすとんと下りて、まっすぐわたしのほうに歩いてきました。お風呂に入れば、そんなところに今までいたことのなかった、小さなダンゴムシが浴槽のタイルのとこにいて。。虫はやっぱりちょっと怖いんだけどな~と思いつつ、生き物が一緒にいてくれるのはいいな、と感じました。

その翌朝は、にゃみちゃんを腕に抱いて、ものすごい寒い建物の中にいて、あったかいストーブの点いた部屋を求めて歩いている夢を見ました。あったかいストーブの点いた部屋は、無事に見つかりました。

* * *

にゃみちゃんはわたしにとって、面倒見のいいおばあちゃんのような、叡智のあるエルダーのような、気がつけばいつもそこにいてくれる無二の親友のような、心から愛しい人のような、おちゃめでおもしろい小人のような、存在でした。

とても、とても、やさしいスピリット。

セージの煙を見つめながら、忘れたくない、なにひとつ忘れたくない、全部書き留めておかなくちゃ(最近記憶力落ちてるから)、と思っていたとき、頭の中に「忘れるはずがないよ」という思いがぽこっと出てきました。

そのとき、昔、1本の木とよく話をしていたときの感触を思い出しました。あのときも、自分の頭の中に、ぽこっと出てくる思考のかたまりがあって、それは、明らかに自分が今考えた考えではない、と感じられて、だんだんと、この木はこういうふうにコミュニケートするようだ、と思うに至ったのでした。

全般的に、自分はやっぱり少し頭がおかしくなってるのかもしれないと思うけれども、たとえそうだとしても、まぁいいやね。。。

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2010.11.07

日が沈んだあとの時間は

Dscf0012 ここ2、3日、エネルギー切れを起こしてて、生きていてもしょうがないな、と、つい思ってしまった今日でした。

なにもする気がおきず、とりあえず、夕日がきれいそうだったので、見にでかけました。

風もなく、海は湖みたいに静かでした。

砂浜でキャッチボールする親子連れ、隣同士でじっと腰掛けているカップル。。大勢の人が、思い思いに過ごしていました。

Img_0239 日が沈んだ後、水面や空がうすい桃色のようなラベンダー色のような色になるのがきれいでした。

富士山はうすいブルーのシルエットになってた。



暗くなるまで、喫茶店で本を読みました(読んだことない本が本棚に入ってたので、なにげなくそれをもって出たら、まえがきの第一行目に「首を吊ろうかなあ、と思っとる人、ちょっと待ってくれい」と書いてあった)。それから、暗がりの中、江ノ島神社にお参りに行きました。

Dscf0024_2帰りがけに、キャンドルライトがいっぱいともされた、江ノ島の灯台下のお庭を歩いてきました。

キャンドルが消えると、さっとそこへ行って、新しいのを入れて灯す係りの人がいました。

たのしそうな仕事だな、と思いました。わたしもそうやって、Dscf0027炎を見守って、消えたら、また灯す、ということだけ、えんえんとやっていたいような気持ちでした。

* * *

帰宅してから、にゃみちゃんの写真の整理をしていたら。。。気づきました。

今暮らしているこの家を、初めて見に来たのが、去年の今日だったこと。

そのとき、庭のみかんの木に実がなっていたのが、うれしかったこと(今年はぜんぜんなっていないや。。夏場に水遣りしなかったからだ、きっと。。)

数日後、商店街をさんざん歩いてまわって、今住んでる町にあるのと同じ系列のペットショップがあること(猫シッターさんを頼める)、自然食品屋さんがあること、居心地のいいカフェがあること、地場野菜を買える場所があること、とうふやさんがあること、銀行・郵便局が近いことをチェックして、「ここで暮らせそうだ」と思ったこと。。。

夢をいっぱいに膨らませて、ヴィジョンをかけて、越してきたつもりだったけれど。
にゃみちゃんは、誰よりも早くこの家になじんだように見えていたけれど。
(結局越してからわたしは一度も外泊をせず、猫シッターさんのお世話にはならなかった)

今は、このままここで暮らしてくのがいいのかどうか、わからなくなってる。

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2010.11.04

旅立ちました

Img_7047 10月27日、午前2時45分少し前、猫のにゃみちゃんが旅立ちました。

ちょうど、この秋に23歳になったばかりでした。

旅立つ2日前まで、庭に散歩に出ていました。1日前まで、自分のことはほぼすべて自分でしていて、焼き魚を食べ、ミルクを元気よく飲みました。

最後の日、足はふらふらなのに、自力で歩き、お昼すぎに、それまで薄暗いところを探して横たわっていたのが、急にバタバタっと歩き、いつも寝ていた明るい窓際のおふとんのところへ行き、パタンと倒れました。苦しそうにしばらく呼吸していたのが、しばらくして静まったかと思ったら、最後の力を振り絞るかのように、自力でおふとんの上へ上がりました。

そして、いつもの場所にパタンと横になりました。それからはもうほとんど体を動かせなくなり、目を開けたまま、じぃっと横たわって、夕方まで仕事だった相方の帰りを、とても静かに待っていました。待って、待って、やっと帰ってきた相方に、ほっぺや背中を愉気してもらって、そうしたらなにか表情がふっくらと和らいで。

わたしと相方がおゆうはんを食べて、にゃみちゃんのふとんの隣にふとんを敷いて、寝床に入るまで、目をうごかし、顔をうごかしして、わたしたちのことを見守っていてくれました。

そのときの瞳が、ものすごく透き通っていました。そして毛並みもいつにもまして白く、美しく、(これは息を引き取った後気づいたんだけれど)歳をとるにつれて茶色がかっていた肉球まで、若いころのようなきれいなピンク色になっていました。

わたしは自分のふとんに入る前に、活元運動をしてからにゃみちゃんに愉気しました。それまでなんども心配の気を混ぜてしまっていたけれど、このときは、安心して気持ちよく愉気できました。

にゃみちゃんの隣でふとんに入って、「おやすみ、またあした」を言う前に、にゃみちゃんの前足の下に手のひらをさしこんで、「また一緒にひなたぼっこしたり、お刺身食べたりしようね」と言ったら、まるでわたしの手を握り返すかのように、前足を2回むぎゅっと動かしてくれました。

わたしはうんと安心して、心地よさの中で、眠りにつきました。ここ数日、ずっと不安と心配でいっぱいだったけれど、この日は、活元運動と愉気の後の心地よさの中で、眠りました。

一度眠ると、普段わたしは朝まで一度も目覚めませんが、この夜は、はっと夜中に目覚め、となりのにゃみちゃんを見たら、息をひきとった後でした。

不思議と、とても落ち着いた気持ちで、しずかに相方を起こしました。にゃみちゃんのおふとんのまわりに、蜜蝋のろうそくを3本灯して、相方としばらくにゃみちゃんのこと、語り合いました。

それから、ろうそくを灯したまま、また少し眠りました。正木高志さんと一緒に映画の試写会に招かれていて、正木さんとの待ち合わせの場所に向かっている、という夢を見ました。

翌朝、お水とミルクと缶詰と、好きだったかつおのおやつをお供えして、セージの葉っぱをたき、きれいな貝殻や、庭のジャスミンの花、アメジストやハーキマーダイヤモンドなどの石、それに10日ほど前に外を散歩してたら空から振ってきた白い鳥の羽を、なきがらのまわりに飾りました。

息を引き取った状態から、1ミリも動かさなくても、そのままそこが祭壇になるくらい、ふとんを汚すこともなく、きれいなままに旅立っていったにゃみちゃん。きれい好きだったもんなぁと思ってなきがらを見つめていたら、前足をぎゅっと重ねていたことに気づきました。

最後の数日、歯肉炎が悪化して、口内から出ていたよだれなどを自分でふいていたせいで、前足(腕)の内側は汚れていたのです。でも、遺体では、そこがまったく見えなくなるように、両方の前足がぴたっと重ねられていました。

ほんとうに、最後まで、どれだけやさしいの、というくらい、やさしい猫でした。

翌日は、お昼すぎに、相方のアレクサンダーテクニックのレッスンが1つだけありました。生徒さんはバイオリニストの方でした。わたしはリビングであれこれ用事をしていましたが、ふいっとにゃみにセージをたいてあげたくなって、にゃみのなきがらの前へ行き、昨夜からずっと灯し続けたままのろうそくに、セージの葉をかざしました。

そのとき、隣のレッスン室から、アクティビティワークをするために、生徒さんがバイオリンを奏で始めたのが聞こえてきました。

その曲は、アイルランド民謡の「Danny Boy」でした。

タバコジュースという日本のバンドが、この曲を日本語の詞に訳して歌っているバージョンが、わたしはとりわけ好きでした。その詞はこんなふうです。

Oh Danny Boy わたしは行くから、あなたが見送って。
一緒に駆け抜けた日々に、さようならをしましょう。

涙がやってくる場所は、天国だと思うの。
あなたの涙を頼りに、わたしは天国へ行ける。

Oh Danny Boy あなたと出会えて、とっても幸せで
思い残すことはないの、永遠のキスをしましょう。

涙がやってくる場所は、天国だと思うの。
あなたの涙を頼りに、わたしは天国へ行ける。

愛しているわ、Danny Boy。
Img_7021

天の国への旅路の途上で、にゃみちゃんが、この美しいメロディーを、贈ってくれたように、思いました。涙がとまりませんでした。

この曲の英語版は、最後が「And I shall rest in peace, until you come to me.」というのだと、友達が後日、教えてくれました。

* * *

亡くなる前の朝、見た夢で、わたしはにゃみちゃんのことを救えませんでした。これまで3度、にゃみちゃんが病気やケガをする前に、夢の中でにゃみちゃんのことを助けてこれてきたのが、この朝は、助けられなかった。

夢の中で大泣きしました。でも目覚めてから、にゃみちゃんが小さいころ(わたしがまだ日本に帰ってなかったころ)彼女をいちばんかわいがっていた姉に、電話して、「今日が山だと思うから、もしかしてのときのために、遠くからでもいいからにゃみちゃんに声をかけてあげて」と伝えました。

ほかにも、実家のみんなや、にゃみのことをよく知ってくれていた友達数人に、同じようにお願いしました。

エソテリックヒーリングという遠隔ヒーリングができる友達に、お願いしてみてもらったり、ペンデュラムにくわしい友達が、やり方を教えてくれたりして、いろいろに、たくさんの人たちに、一緒に祈ってもらいながら、最後の1日を過ごすことができました。

亡くなる数日前、にゃみちゃんのお口の中に異常が出て、歯肉炎だとわかり、それだったらマヌカハニーと愉気で経過を見ようと考えていたとき、「どうしても行かなければだめ」とのお告げがあって、1度だけ行った動物病院では、血液検査をされ、「いつ発作が起こってもおかしくない、死の危険があるレベルまで腎臓がやられている」と言われていました。

でも発作も起こさず、静かに旅立っていけたのは、みなさんのやさしい気と祈りのおかげだったと、確信しています。ほんとに、ありがたいことでした。

ありがとうございました。

Img_7000にゃみちゃん旅立ち前の、最後の写真です(10月25日)。

また会えるときまで。

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