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2010.11.04

旅立ちました

Img_7047 10月27日、午前2時45分少し前、猫のにゃみちゃんが旅立ちました。

ちょうど、この秋に23歳になったばかりでした。

旅立つ2日前まで、庭に散歩に出ていました。1日前まで、自分のことはほぼすべて自分でしていて、焼き魚を食べ、ミルクを元気よく飲みました。

最後の日、足はふらふらなのに、自力で歩き、お昼すぎに、それまで薄暗いところを探して横たわっていたのが、急にバタバタっと歩き、いつも寝ていた明るい窓際のおふとんのところへ行き、パタンと倒れました。苦しそうにしばらく呼吸していたのが、しばらくして静まったかと思ったら、最後の力を振り絞るかのように、自力でおふとんの上へ上がりました。

そして、いつもの場所にパタンと横になりました。それからはもうほとんど体を動かせなくなり、目を開けたまま、じぃっと横たわって、夕方まで仕事だった相方の帰りを、とても静かに待っていました。待って、待って、やっと帰ってきた相方に、ほっぺや背中を愉気してもらって、そうしたらなにか表情がふっくらと和らいで。

わたしと相方がおゆうはんを食べて、にゃみちゃんのふとんの隣にふとんを敷いて、寝床に入るまで、目をうごかし、顔をうごかしして、わたしたちのことを見守っていてくれました。

そのときの瞳が、ものすごく透き通っていました。そして毛並みもいつにもまして白く、美しく、(これは息を引き取った後気づいたんだけれど)歳をとるにつれて茶色がかっていた肉球まで、若いころのようなきれいなピンク色になっていました。

わたしは自分のふとんに入る前に、活元運動をしてからにゃみちゃんに愉気しました。それまでなんども心配の気を混ぜてしまっていたけれど、このときは、安心して気持ちよく愉気できました。

にゃみちゃんの隣でふとんに入って、「おやすみ、またあした」を言う前に、にゃみちゃんの前足の下に手のひらをさしこんで、「また一緒にひなたぼっこしたり、お刺身食べたりしようね」と言ったら、まるでわたしの手を握り返すかのように、前足を2回むぎゅっと動かしてくれました。

わたしはうんと安心して、心地よさの中で、眠りにつきました。ここ数日、ずっと不安と心配でいっぱいだったけれど、この日は、活元運動と愉気の後の心地よさの中で、眠りました。

一度眠ると、普段わたしは朝まで一度も目覚めませんが、この夜は、はっと夜中に目覚め、となりのにゃみちゃんを見たら、息をひきとった後でした。

不思議と、とても落ち着いた気持ちで、しずかに相方を起こしました。にゃみちゃんのおふとんのまわりに、蜜蝋のろうそくを3本灯して、相方としばらくにゃみちゃんのこと、語り合いました。

それから、ろうそくを灯したまま、また少し眠りました。正木高志さんと一緒に映画の試写会に招かれていて、正木さんとの待ち合わせの場所に向かっている、という夢を見ました。

翌朝、お水とミルクと缶詰と、好きだったかつおのおやつをお供えして、セージの葉っぱをたき、きれいな貝殻や、庭のジャスミンの花、アメジストやハーキマーダイヤモンドなどの石、それに10日ほど前に外を散歩してたら空から振ってきた白い鳥の羽を、なきがらのまわりに飾りました。

息を引き取った状態から、1ミリも動かさなくても、そのままそこが祭壇になるくらい、ふとんを汚すこともなく、きれいなままに旅立っていったにゃみちゃん。きれい好きだったもんなぁと思ってなきがらを見つめていたら、前足をぎゅっと重ねていたことに気づきました。

最後の数日、歯肉炎が悪化して、口内から出ていたよだれなどを自分でふいていたせいで、前足(腕)の内側は汚れていたのです。でも、遺体では、そこがまったく見えなくなるように、両方の前足がぴたっと重ねられていました。

ほんとうに、最後まで、どれだけやさしいの、というくらい、やさしい猫でした。

翌日は、お昼すぎに、相方のアレクサンダーテクニックのレッスンが1つだけありました。生徒さんはバイオリニストの方でした。わたしはリビングであれこれ用事をしていましたが、ふいっとにゃみにセージをたいてあげたくなって、にゃみのなきがらの前へ行き、昨夜からずっと灯し続けたままのろうそくに、セージの葉をかざしました。

そのとき、隣のレッスン室から、アクティビティワークをするために、生徒さんがバイオリンを奏で始めたのが聞こえてきました。

その曲は、アイルランド民謡の「Danny Boy」でした。

タバコジュースという日本のバンドが、この曲を日本語の詞に訳して歌っているバージョンが、わたしはとりわけ好きでした。その詞はこんなふうです。

Oh Danny Boy わたしは行くから、あなたが見送って。
一緒に駆け抜けた日々に、さようならをしましょう。

涙がやってくる場所は、天国だと思うの。
あなたの涙を頼りに、わたしは天国へ行ける。

Oh Danny Boy あなたと出会えて、とっても幸せで
思い残すことはないの、永遠のキスをしましょう。

涙がやってくる場所は、天国だと思うの。
あなたの涙を頼りに、わたしは天国へ行ける。

愛しているわ、Danny Boy。
Img_7021

天の国への旅路の途上で、にゃみちゃんが、この美しいメロディーを、贈ってくれたように、思いました。涙がとまりませんでした。

この曲の英語版は、最後が「And I shall rest in peace, until you come to me.」というのだと、友達が後日、教えてくれました。

* * *

亡くなる前の朝、見た夢で、わたしはにゃみちゃんのことを救えませんでした。これまで3度、にゃみちゃんが病気やケガをする前に、夢の中でにゃみちゃんのことを助けてこれてきたのが、この朝は、助けられなかった。

夢の中で大泣きしました。でも目覚めてから、にゃみちゃんが小さいころ(わたしがまだ日本に帰ってなかったころ)彼女をいちばんかわいがっていた姉に、電話して、「今日が山だと思うから、もしかしてのときのために、遠くからでもいいからにゃみちゃんに声をかけてあげて」と伝えました。

ほかにも、実家のみんなや、にゃみのことをよく知ってくれていた友達数人に、同じようにお願いしました。

エソテリックヒーリングという遠隔ヒーリングができる友達に、お願いしてみてもらったり、ペンデュラムにくわしい友達が、やり方を教えてくれたりして、いろいろに、たくさんの人たちに、一緒に祈ってもらいながら、最後の1日を過ごすことができました。

亡くなる数日前、にゃみちゃんのお口の中に異常が出て、歯肉炎だとわかり、それだったらマヌカハニーと愉気で経過を見ようと考えていたとき、「どうしても行かなければだめ」とのお告げがあって、1度だけ行った動物病院では、血液検査をされ、「いつ発作が起こってもおかしくない、死の危険があるレベルまで腎臓がやられている」と言われていました。

でも発作も起こさず、静かに旅立っていけたのは、みなさんのやさしい気と祈りのおかげだったと、確信しています。ほんとに、ありがたいことでした。

ありがとうございました。

Img_7000にゃみちゃん旅立ち前の、最後の写真です(10月25日)。

また会えるときまで。

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