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2011.01.30

どっきり作戦

Img_7463_2 チューリップの鉢植えをいただいて、うれしくて毎日見ています。

で、発見だったのが、チューリップって、花びらが開いたり閉じたりするんですね。開ききっちゃって、もう終わりか~と思ってたら、また翌朝閉じていたり。

ちょっとした温度計の代わりになりますね。

さてはて、やりたいこと、やらなきゃなこと、たくさんあるのに、エジプトの革命がなぜかものすごく気がかりで、26日からツイッターのハッシュタグ#Jan25や#Egyptを追うのに忙しい日々。。

そして、もうひとつ、気がかりなことが進行中です。。そちらは、私の暮らすこの島でのこと。

19歳&20歳の方たち5人が、現在、山口県の上関原発予定地の、埋め立て工事の一時中止と、埋め立て許可の再検討を求めて、食を断って、寒い中、山口県庁の前に毎日座っているんだそうです。

今日で10日目。

くわしくは→http://blog.goo.ne.jp/newgenerations#hungerboys

明日昼まででいったん打ち切ることになりそうですが、その前に、「ここはひとつ一気にみんなで応援を」というお知らせが届きました。

ハンストという手段はどうなんだろうって、葛藤が前から自分の中にあって、この件については思考停止になりそうになってたんですが、

5人の方たちのUSTREAM動画を見たら、まわりを流れるエネルギーがとても透明できれいで、おどろくと同時に信頼・安心したのでした。

原発の建設で打撃を受ける田ノ浦(ここは生物多様性のホットスポット)の生きものたちと、海を糧に暮らしているお向かいの祝島の島民のみなさんの声、原発ではない道を一緒に考えさせて欲しいと願う県内外の大勢の人の声。

「他人ごと」でなく「自分ごと」として、こうした声を、山口県の知事さんや中国電力の方々に、届くような形にしようとしてくださっている、と思いました。。

それで一昨日、わたしも知事の二井さんにFAXのお手紙を出しました。電気の使用者として、この島の住人として、地球の住民として、「自分ごと」だなぁと思って。。

よかったら、応援大作戦を、ご一緒に。。 :)

以下、作戦の参加方法を転載しておきます。
(が、「どっきり作戦」ということなので、ひそやかに。。。)

白文字で書いておきますので、お手数ですが、カーソルで反転してお読みください♪

☆☆☆☆マンデーどっきり大作戦☆☆☆☆☆

【はじめに】山口県上関町で建設が予定されている原子力発電所。
なかなかテレビなどでは報道されないタブーともいえるこの問題に20歳3人19歳2人の5人組が立ち上がりました!!

その名も『長州ファイブ』!!まずは、彼等の想いを読んでください
彼等の想いは→http://yaredeki2009.jugem.jp/?eid=866&guid=ON
<http://yaredeki2009.jugem.jp/?eid=866&guid=ON>

彼等はすでに一週間!!何も食べずにこの問題を訴えています。
そんな彼等を応援したい!!と沢山の方達が山口県庁にファックスや手紙を送ってくれています。ただまだまだ衝撃が足りないみたいです。

この辺でみんなで一気に力を合わせて、県庁の人達をビックリドッキリさせませんか!?
たった今、動いてくださっている方も☆今まで知らなくてこれから動きたいって方も☆

よろしかったらこの大作戦にご協力お願い致します!!
・・・彼等が一秒でもはやく暖かい御飯が食べられるように!!
僕らにもできる事があります。


作戦内容(極秘):マンデーどっきり大作戦!!
つまり月曜日に山口県の職員の方達にどっきりしていただこうと企画しております。
すでに山口県庁にファックスを送られた方も沢山いらっしゃると思います。
きっとまだ1日数件しか届いていないと思います。
そこで・・・県庁職員の方がお休みの土曜日と日曜日の間にこっそり!!どっさり!!

一気にみんなでファックスを送りまくって、月曜日には100枚以上のファックスが届いていて職員の方びっくり!!という感じにしませんか?
みんなで力を合わせてやってみませんか?
1日に100件の応援メッセージをもらったらきっと長州ファイブも元気になると思うのです。
※ファックスのない方はお手数ですがコンビニ等で送って頂けると幸いです。


参加方法(極秘)
日 時:1月29日(土)~30日(日)この2日間限定企画です。
時間はいつでも大丈夫です。

内容:1人1人の想いを込めたファックスを山口県庁に送る。
※メールではなくファックスという物で送る事によってインパクトも大きいし、読み終わったファックスは長州ファイブにも届けられます!!

ファックス書き方:

1、ファックスの宛先は《山口県知事》でお願いします。
2、県知事に対するメッセージは各自自由です!!感じた事や質問を書いてください
3、長州ファイブへの応援メッセージも書きたい方は県知事にあてた文章の後に 《長州ファイブへ》と入れてから書いてください
4、応援メッセージがある方もない方も、ファックスの最後に
  『読み終わった後に、ハンスト中の五人にお渡し下さい。』と入れてください。
  注:これがないと彼等の手元にいかない場合があります!!

ファックス番号:山口県庁ファックス 083-933-2599

以上です!!すでに彼等は一週間食べてません。来週が山場になるのでは?と思います。

このアクションはいつでもできるわけではなく!!今しかできません!!
どうか1人でも多くの方に大作戦に参加していただきたいと思います。

《毎日できるアクション》
☆彼等の現状を見る知る!!
長州ファイブblog☆http://blog.goo.ne.jp/newgenerations


転送、拡大を思いっ切りお願いします!

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2011.01.24

お客さん

Img_6051 今日、お向かいの庭に面した窓を開けっぱなしで(閉め忘れて)、ともだちを駅までお見送りして帰ってきたら、ねこが家の中に入ってくるところでした。。!

びっくりしてそのねこの名前を呼んだら、「にゃぁ」と初めてお声を拝聴。向こうもびっくりして思わず返事したみたい。しかし、こわもてなのに、か細い声で。。イメージ変わりました。

「このあたりのボス」と称されている、からだの大きいねこ。いつもなんとなく威風堂々としていて、名前を呼んでもふいっと背を向けて去っていくふうだったのが、おもいっきり家に上がりこもうとしてたところに鉢合わせたので、日本語で「なにか食べてく?」とききましたら、さらに「にゃぁ」とお返事が。

あわててキッチンに行って、焼き魚の身をほぐしてあったのを、お皿に入れてもっていくと、敷居をまたいで家の中にあがり、端っこにきちんと正座していたのでびっくり。

(※写真はそのねこではなくて、1年前のにゃみちゃんです)

このままあがっててもらっていいのだろうか、やっぱりにゃみちゃんが嫌がるかなぁと一瞬迷ってから、やっぱりお外で食べてもらうことにしました。お皿を敷居の外に置くと、素直に外に出てくれました。

そういえばこの家に越してくる前のこと。事前に床板にワックスがけをさせてもらえることになって、窓を背にひざますいて一生懸命ゴシゴシやっていたとき、ふいと振り返ったら、ねこが家の中に入ってきていたことがありました。

あのときのねこは、シャスタくんという老ねこ。なんだかねこたちは、以前はフツーにこの家に出入りしていたようです(ねこドアだったらしき穴がふさいである場所がいっぱいある)。

にゃみちゃんがいたころは、だまって上がってくるねこはいなかったけれど、窓越しにじっとにゃみちゃんのことを見つめていたねこがいたっけ。。。

ねこのお客さん、うれしいです。

にんげんのお客さんも、昨夜、遊びにきてくれたので、ごはんをつくって一緒に食べました。

にんげんのお客さんも、とてもうれしいです。

Img_7443お客さんがきたら、ちょっと話などして、「なにか食べてく?」と聞いて、食べてもらう。それだけのことを、これからもぽつぽつやっていけるなら、わたしの人生は十分に生きるに値するように思いました。

来てくれてありがとうです。

にんげんのお客さんとは、おしゃべりと、ごはんのほかに、合奏や手仕事や散歩も一緒に楽しめたりするところが、なおうれしいです。

とくに合奏、最近個人的にブームです。とてもたのしい。。

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2011.01.17

そこにある

Img_7400 毎晩、寝る前に、にゃみちゃんにお線香がわりにセージの葉っぱを焚くのですが、昨夜、いつものようにセージをあげたときに、急に悲しみとさみしさとがわーっとやってきて、しばらくオイオイ泣きました。

悲しいときには、だまってそばにいてくれたり、全身でわたしの手をにぎってくれたにゃみちゃんのことを思い出してました。

ほかの猫とも、ほかの生き物とも、折に触れ出会っているけれど、にゃみちゃんとのあいだにあったような関係性はそこにはないのでした。

亡くなって2ヶ月と半分くらい経って、にゃみちゃんの不在にもずいぶん慣れてきたけど、それでもときどきこうやって耐え難い感じになる。そういう自分が「だめだめ人間」に感じられる。。で、そういうときはもうひたすら眠るのみ。

Img_7404 泣いたまんま寝て、今朝起きたら、両のまぶたがお岩さん状態。。あららヒドイ顔、と思いつつ、キッチンの床を掃きそうじしていたら、にゃみちゃんのひげが、落ちていました。

曲げるとぴよんと元にもどる、弾力がいとおしい。数ヶ月ぶりの、この感覚。

キッチンの床はにゃみちゃん亡き後、大掃除のときの水ぶきを含め、いつも掃除している場所。なのにそこにまた、にゃみちゃんのひげが落ちてるなんて。

さみしいと泣いてたわたしを見かねて、プレゼントしてくれたに違いないと思う。ほんとにやさしい。。ありがたいです。

* * *

これからどうしたらいいかわからない感は、やっぱり、いまだにあるのだけれども。

お賀状をくださった方々に寒中おみまい葉書を書いていて、ぼんやりながら夢想的希望が出てきはじめました。

(毎年なぜか、年始のごあいさつの「一言書き」をしていると、何枚か書くうちにだんだん、自分がその年に希望する感じがちょっとはっきりしてくる)。

ここしばらく「ヒト-異種」間の交流に関わることがしたいと夢想していたけれど、昨年やらせていただいて楽しかった絵本の翻訳を通じて、「大人-子ども」の交流に関わることもできたら楽しそうだなぁ、と思い始めました。

わたしの中では、「ヒト-異種」間と「大人-子ども」間は、かなり同じカテゴリーみたいです。

「親業をしたことがない自分」が子どもの絵本を訳して、本当にいいんだろうか、という思いが、訳している最中もずっと、あって、どうも身をひっこめたくなるのだけれど、

でも2日ほど前知った事実に、ちょっと励まされています。児童文学の作家・翻訳家だった石井桃子さんが、101歳まで生涯独身だったこと。そして、「くまのプーさん」の翻訳を彼女が一生懸命にやったのは、もとは、死を目前にしていた同年代の女友達のためだったこと。

ムーミンシリーズの著者、トーベ・ヤンソンも、一応86歳まで「生涯独身」だったことになっていますね(トーベには異性ではない大切なパートナーがいたんでしたが。。)

「こうでなくちゃこれをする資格はない」というようなものは、実は、あんまりないのかもしれないのだと、思う練習をしようと思います。。

自分の中から出てくる希望や要望は、表現されたがっている命のエネルギーなだけだから、たぶんそこは、わたしが無理にねじ伏せたりもみ消したりすることでもないのだろうし。。

今日も、夕焼けを見にいって、空にうかぶ雲を見ていたら、なにもかもがクリアにそこにある様子が迫ってきて、一瞬、自分を取り戻せました。そこにある、という、ただそれだけのものが、力をくれる。。それって、そこにある、ということが、ほんとうは「ただそれだけ」以上のことだから、なのかもですね。

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2011.01.12

たのしい時間

Img_3250 今日は、ちょっとニガテな時間帯の電車に乗っているあいだに、しりとりをしたのがすごくたのしかった。。。笑いすぎて腹筋痛くなりました。

相方とわたしは、なにかの待ち時間とか、「時間をやり過ごすのが少しつらいかも」というとき、しりとりをすることがあります。

大人同士で、まじめにしりとりをしている図は、すこしおかしいかもしれないけれども、待ち時間のつらさがほんとに和らぐので、おすすめです。しかも道具もなんにもいらないし。

しりとりといえば、姪っ子が小さかったとき、しりとりの変則版をしていたのを思い出します。

まだしりとりをするには年齢が小さすぎたので、「しりの文字が頭文字になる言葉を考える」というルールは脇に置いて、なんでもいいから思いついたものの名前を言う、といふうにしました。たとえばわたしが「りんご!」と言ったら、姪っ子は「みかん!」と言う、そういう感じ。

ポイントは、順番交代をしながら、1つずつ言うことと、言うときは、ぐーーーっと考えてから、気と勢いをこめて発語すること。そうすると、思いつきの言葉を言ってるだけだけれど、雰囲気はしりとりっぽくなります。

そして相手が言った言葉から、思いついた言葉を言うこと。しりとり的雰囲気を楽しむ、一種の連想ゲームですね。。

この遊びを姪っ子とやってたとき、隣の部屋から入ってきた彼女の母(=わたしの姉)に「ん??きみたちはなんの遊びをやってるの?」と不思議がられたっけ。。

* * *

子どもの遊びといえば。。先日江ノ島に行ったとき、奥津宮のさらに先の、岩屋へ向かう急な階段を下りていたら、下から上がってきた母子が、「じゃんけんぽん」して勝ったほうがチョキなら「チヨコレイト」と6段分の階段を上がる遊びをやっていました。

人通りがけっこうある中でやっていたので、この母子はとてもさりげなく、声を出さずに目配せの合図だけで「じゃんけんぽん」をして、勝ったほうも無言で階段を上がっていってました。寒風吹きすさぶ夕暮れ時に、この遊びをしながら超スローペースで階段を上っていた。。。

確かに、子どもにとっては、なんの遊びもせずにひたすら上るには長すぎる&急すぎる階段だったと思われます。お母さんはわりと無表情だったけれど、愛があるなぁって思った。

Img_7379 Img_7366 そうそう、江ノ島の奥津宮の先の、高台の突端にある、魚見亭というごはんやさんには、海に張り出したテラス席があります。

大海原と富士山が一望できて、さらにとんびの飛行を、飛んでるとんびと同じ高さで眺めることができます。

冬にこんな窓ガラスもなにもない海上のテラスにいたら寒そうに思いきや、晴れると結構ぽかぽかで、意外に快適です。

暮れに初めて入ってみてびっくり。年明けにまた行きました。

江ノ島の近くに越してきて1年経ちますが、まだ、江ノ島の中には行ったことがない場所がいくつもあって。小さな島なのに、ほんとに奥が深くて、こじゃれた場所から時間がとまったままのような場所まで、いろんな表情が混在してて、すごいところだなぁと感心しています。

いっぺんに食べるのがもったいないお菓子みたいに、「今回はここまで」と少しずつ探索を進めています。次回のお楽しみっていうところがまだまだあるのがうれしいのでした。

ぽっかり休日が手に入ったときなどは、江ノ島散策、おすすめです :) ひとりで行っても、人と一緒に行っても、たのしいところです。

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2011.01.09

大丈夫なつもりでいるけど

Img_0239このところ、なにかを見ないようにしている、というか避けているような感覚、がありました。

なんだろう、なにを見ないようにしてるんだろう、と思ってすこしじっとしていたら、どうやら<さみしさ>みたいなものだったことがわかってきました。

珍しく仕事がお休みになった年末年始。寒さ深まるこの時期、ほんとなら、ストーブをつけた部屋の中で、音楽を聴いて、のんびり手仕事をする時間が一番すきなはずなのに、どうしてもそういうことができずに、すぐ外へ出かけてカフェとかで本を読んだりして過ごそうとしていて、

しかもカフェでものんびりゆったり本を読む、とかでなしに、なにか、逃避行中の一時避難所みたいにそこにいて、落ち着かない。。。

家でゆっくりするのがあんなにすきだったのは、やっぱりそこににゃみちゃんがいたからだったんだと、改めて気づきました。見ないようにしていたのは、その事実らしい。。

今は、家でゆっくりすると、にゃみちゃんの不在が際立つので、そういう時間から逃げようとしてしまうみたいです。

お腹にさしこむような痛みが続いたり、夜うまく眠れなかったり、今までなかったような体調の変化もあったりのこの頃で。

主観的な気分はのんきに楽しく元気にしてるのだけど、その影で、見ないように追いやっていた気持ちが、そろそろ「ここにいますよー」と主張を始めたのかも。。

今夜はひさしぶりに、大好きだったゴマサバを焼いて、にゃみちゃんとわけっこしました。

* * *

Img_7361 Img_7362 昨夜近所のカフェへ、今年初ライヴにでかけました。Sachikoさんのライヴ。

はじめてちゃんときく彼女のうた声は、ものすごく胴体全体の中にじんわりとしみこんで、広がっていって。。寒いときに飲む熱い紅茶みたいでした。

こんなにいいと知らなかったので、びっくりした。。。寒い冬の日によくなじむ声だなぁと思いました。

ずいぶんお会いしてなかったのに覚えていてくださって、マイクの向こうから、手をふってくださってうれしかった。。

しかし、いいライヴに行ってしまうと、音楽なしでもふつうに生きていけるんですよ、大丈夫ですよ、というつもりになっている日常に戻りにくくなってしまって困るな、とちょっと思った。

音楽についても、どうやら、「にゃみちゃんなしでも(にゃみちゃんのスピリット以外のとこと一緒でなくても)ふつうに生きていけるんですよ、大丈夫ですよ」というつもりになって暮らそうとしてるのと同じ、強がり感みたいなのがある。。

なしでも大丈夫、ふつうに生きていける、というふうでないといけない、と思っている自分がいるもよう。でもこうして書いてみると、なんでそんなふうに思うんだ?って思う。。。

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2011.01.07

海上の他界

Img_7093 少し前のこと。。お絵かきの先生のところでセッションを受けている最中に、いくつか脈絡のないコトバの羅列が頭にぽっと浮かんできました。

ぼおっとする意識の中で「あ、これ覚えとこう」と思ったのだけど、いくつかあったうち覚えていられたのは1つだけ。「マツマエ」というコトバでした。

帰宅後、あれはなんだったろう、と思って、googleで「マツマエ」と入力して検索してみたら、松前健という、日本の神話の研究者がいたことがわかりました。

日本の神話については、どうもよくわからないままの自分がいて、興味もあったので、その人の本『日本の神々』を、図書館で借りてみました。

「初心者向き」なはずの本でしたが、難しい内容で。。研究者が書いた学術的な本、という感じでした。。。

あの降ってきたコトバが「これを読みなされ」というメッセージだったとしたら、ちょっとな~と思ったわけですが、でも実は、1点だけ、ああこの本を読んでよかった、と思うところがあったんでした。

その1点とは、これ↓

「黄泉の国」とは、大昔は、「陰惨な地下の底の国ではなく、海上の明るい他界であったであろう」と松前さんが言っているところ。

沖縄のニルヤ、ニライなどと呼ばれる海上他界と同系の根の国であり、スサノヲの赴いた他界でもあった」(p14)

古くから、海岸にすぐ面したところにある岩壁が、「海の果ての霊の国への出発点ともされていたらしい」。『出雲風土記』には、脳磯の西の「黄泉の坂・黄泉の穴」という自然洞窟(現在の猪目洞窟)や、夜見島(よみのしま=現在の夜見浜)などが出てくるそう。

慰霊のために川に灯篭を流したりするのも、川はやがて海の果ての霊の国へとつながっているから、ということみたい。

こんな記載もありました。「オホナムチの出かけた根の国は、黄泉平坂があるとは言っても、陰惨ではなく、宮殿があり、スセリヒメのような美姫もいて、現世と変わりない明るい世界である」(p35)。

これが海の果てにあるとなると、ほぼ竜宮城状態。。。?

Img_7262冥界が、暗い地下の底ではなくて、大元は海にある明るい他界だというのは、グッドニュースでした。

にゃみちゃんが亡くなった後に自分が描いた絵が、なぜ、海に張り出す丘から海を見ている絵になったか、説明がついたように思いました。

今日も、昼間、晴れ渡る水平線を眺めていて、明るい海上の他界を、思いました。

* * *

松前さんの本を読み返していて、今、もう1つ印象に残ったこと思い出しました。

イザナギ・イザナミと、日の神・月の神との対応について。

イザナミは、ポリネシア神話の月の神ヒナに、とっても似ているのだそう。

月の神(夜の神)ヒナは、絶えず「死んでは復活する」(欠けたり満ちたりする)女神とされていて、世界に複数ある「月の不死と人間の死の由来」にまつわる神話の主人公。

そうした神話の1つ、ニュージーランドの夜の神ヒネ・ヌイ・テポの話が紹介されていました。

ヒネ・ヌイ・テポが自殺して冥府の女神となったとき、冥府まで訪ねてくれた夫(同時に父親)であるタネに向い、「あなたは現し世(うつしよ)に帰り、日光で人間を殖やし育てなさい。わたしは冥府に留まり、これを闇と死に引きこみます」と言ったという神話は、イザナギ・イザナミの黄泉平坂の生死問答とあまりにモチーフが似ていて、これもイザナギ神話の「南方的性格」を論ずる徴証の一つとされている」(p23)

イザナギ・イザナミの生死問答には、イザナミが一方的な悪者でイザナギが正義の味方みたいなイメージを持ってたけれど、このヒネ・タネのやりとりは、そんなふうではなくて、ただ、「生きる、死ぬ」という自然の摂理を2人で分担しようね、と言っているだけに聞こえて、好感もてました。

生かされることと死を迎えることは、太陽と月みたく、昼と夜みたく、両方で1組だよ、どちらも自然なことだよ、と。。

ここしばらく、南洋だ、南洋だ、海だ、海だ、と個人的な基盤をそちら方面に求め始めていたけれど、日本の神話を見ていくなかでも、やっぱりそっちの方向へ行っちゃう。。

でも、死を迎えたら、海上の明るい他界で、にゃみちゃんと、きれいなおねーさんと、宮殿が待っているんなら、すごくいいなぁ :)

冥界=闇となるのも、こちらから見ればの話ですね、きっと。ヒコーキで曇の層を抜けるとその上は晴れ渡っているように、向こう側へ行ったら、明るいんだろうな。

死者が水平線のかなたへ「水平移動」して異次元に入ると考えられてたのが、上下(天界や地下)に移動する意識になったのはなんでだったんだろう?

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2011.01.05

ほー。。○

Img_73232011年 あけましたね♪ おめでとうございます。

ことしも、みなさま、どうぞのびのびと、健やかな日々を :) 

一応、喪中なので、お賀状をおやすみしましたが、「ねこが享年23歳にて他界しましたのでetc」という喪中はがきを出すのはさすがに控えました。。。ので、お賀状をくださった方たち、どうもありがとうございました! 

みんな、それぞれに元気にしているとわかるのは、やっぱりうれしいです。

* * *

年明け早々、寝起きのまんま海を見に行って、富士山とサーファーを眺め。。そのまま近所の小さな神社に寄ってお参りして、境内で出会った黒芝犬と遊んで、甘酒をもらって飲んで。。。

Img_7326_2帰宅して、好きなものばかりのささやかなおせち(all made by 相方。。感謝)を食べて、にゃみちゃんにもぶりの焼いたのとおさしみをあげて。

以後は、電車にえんえん乗って実家へ行き、子どもたちと遊んで食べて、猫に愉気して。。。もう1件の実家へ行き、やっぱり遊んで食べて、最後はお墓参りに行き。。。と、にぎやかな日々。。

しかしどうも、元旦からずっと、ものごとが予定外の方向へ転がり続ける感覚があって(「寝起きのまんま神社へ初詣」を筆頭に)、楽しいんだけれど、ちょっとオタオタしています。

なんとなくですが、今年は、コントロールを手放すことが、テーマな年になりそうな。。。

自分でどうかしようとしても、どうしようにもないような、夜の大海原で、空も曇って星も見えず、波も読めず、方角がてんでわからないなかで船を進める、そんな状況に遭遇するのかもしれないぞ、とちょっぴり覚悟を決めています。

すでに今も、ちょっと人生の羅針盤をなくしたまんまのようなふうで。。今が無風のゼロポイントだとしたら、ここからどこへ進むことになるのかな、楽しみだ。。

今年の抱負は、いろんなもの(=beings)と交流すること。

コロコロ笑う声をいつくしむこと。

全心で思うことと一緒にいること。

季節の移り変わりを味わうこと。
(暮れからこの感じが来ていて。。。お正月飾りは、クリスマスに作ったリースを改造して、真鶴の森で拾った松の枝と、庭のゆずの実、南天の実をくっつけてつくりました)

ほー。。○

順風のときも逆風のときも、息を深く。。。

ことしもどうぞ、よろしくおねがいします :)

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