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2011.02.25

呼ばれて

Img_7550 天然酵母パンづくりデビューしました☆ なんとなく、めでたい。

今、酵母菌とのおつきあいの仕方を学び中です。ちなみに、初心者なので、扱いの簡単な顆粒状の天然酵母を使っています。

1回目に焼きあがったパンは、クープがうまく開かなかったですが、でも食べれて、うれしかった。

* * *

前回のブログでは、とつぜん壊れて、失礼しました。。^^;

アラブ圏の国々で起きているデモのこと、山口県の上関原発建設予定地のこと、沖縄・高江の米軍ヘリパッド建設予定地のこと、いろいろのことで、あの日、自分の中で小さな破裂が起きて、もう普通の言葉でなにも言えない、書けない、でもなにか吐き出さずにはおれない、というふうでした。

夜中に、ああいう記号みたいな言葉がつぎつぎと降ってきて、それをひたすら書き留めていたら、あっという間に朝になっててびっくり(体感時間は30分くらいだったんだけれど)。

吐き出せて、ひとまずは落ち着けたみたいでした。

その後もやっぱり相変わらず、平穏とはいえない精神状態が続いていて。。。けどもう、自分が感じちゃうことは感じちゃうのだから仕方ない、ちゃんと感じよう、自分の中で起こるリアクションとまるまま一緒にいよう、と腹をくくっていた感じでした。

しばらくしたら、また少し前向きになる元気も出たり。いろいろの波が、動き続け。。。

今日は、海で夕日を見ていたら、上関や高江やリビアで今起きていることを、みんながみんな、全員が知らなきゃいけない、ということはないよなぁ、と思いました。サッカーの試合で「絶対に負けられない試合」なんてほんとはないように。

(あたりまえ、といわれそうだけれど。。わたし、スローで。。)

知ってほしい、多くの人に関心を持ってほしい、そうしたら物事が動くかも、という希望はもちろんあるんだけれども、そしてそういう切実な気持ちでいることは事実なんだけれども。。

自分がこういうことに、関心が向いてしまうのは、そこに、なんらかの(自分にはあずかり知れない)縁があるからなんだろうと思いました。

たとえば、原発のことなんてなんにも知らずに暮らしていた自分が、そちら方面のことを知っていった過程を振り返ると、自分から進んでそちらへ歩んでいった、というのでなくて、「なんかしらないけど呼ばれた」というふうだったから。。。エジプトの革命のときもそう。。

呼ばれるときというのは、いつも自分でも「はてな」と思いつつ、そこにいる。そしてなかば「仕方ない」と思っている。。。

キャンバスにのせてある、色に「呼ばれて」絵を描いていた、という有元利夫さんのこと思い出した。。。そういえば命日が。。昨日だったんだ。。あ!今展覧会中だった(忘れそうだった!!3月5日が最終日です、@小川美術館です)。

* * *

「成長神話」が好きじゃないので(経済成長も、スピリチュアルな成長も)、こういうことに関わっている自分が、「なにかを学んで成長するために」こういう事象に出会っているとは思ってなくて、

なんとなく、縁あって、ある特定の、小さなプロセスが展開してくための「場」になっているんだろうな、と思ったりしています。

大勢の人とわかちあいつつ、実際にわたし自身を通して展開するそのプロセスは、過去からの連なりの中にある、わりと没個人的なプロセスかもしれないし、もっとわたしサイズの個人的なプロセスかもしれないし。。。

いずれにしても、こういうことにに関わることになる、という部分では、ほぼ自分にチョイスはないかのような感じがします。

ただ、関わってからの自分の対応については、もちろんチョイスはあると思うんだけれども。。。

だから、全員必須!じゃなくて、それぞれに必然があって、関わることになった人たちが、プロセスをまっとうしていけば十分なのかも、と。。思ったら少し息がゆるんだ。

伝えたい、という切実な気持ちを持たないということではぜんぜんないんですけれど(どうしてこんなに伝えたくなっているのか、は自分で見てかなくちゃいけないプロセスで。。)

みんなそれぞれ、必然があってさまざまなことに関わっていっていて、自分の場合は今はたまたま「ここ」でした、みたいな。。

知らないこと、わからないことはいつまでもいっぱいあって、ものごとの流れもいっぱい自分という場を通過しているように感じていて、

まあでもとにかくこの場を開いときたい、という感じがしています。

PS にゃみちゃんに、会いたい。。。

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2011.02.19

緑の見取り図

あかい、あかり

つめたい、つめあと

ここにない、こころ

ひとつもない、ひとかげ

まわりまわる、真綿

いきできない、いきれない

いきできない、いきれない


なつかしい、なつのひ

せみのなく、セミサークル

てんじょうのした、てんになって

ただそこにいただけ

てんくうのした、てんになって

ただいきものだっただけ


空白を食う

YES

森の守びとの

NO

不均衡に、布巾をかけて

付近を駆け抜ける

わたしの綿菓子

走りながら、端をつまんで

投げては、嘆いて

投げては、嘆いて

「9台目の救急車も

入れなかった、排除された」


涙から、波ができて

海から、膿が出る



赤い垢

黒い苦労

浄化するJoker

風流なFool

カードのかどにある

印を知る

四角い視界の

端にある橋



灰の背後

横切る陽光

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2011.02.06

Img_7474 最近ガスオーブンが怖くなくなってきて、ピザをつくったり、スコーンを焼いたり、いろいろしてたら、先月のガス代が。。。。。

それでおとといからは、マヤナッツ蒸しパンがブームです。オーブン使わずにちょちょっとつくれて手軽♪ 今の季節はストーブの上で蒸せる。

それにしても、ずっと変性意識状態のままみたいな日々が続いています。チュニジアの革命に端を発した、エジプトの情勢に、すっかり同期をとってしまっていて。。。

28日に、エジプト政府当局がエジプト国内のインターネット回線を一斉に遮断した、電話回線も1社以外は不通になった、と聞いたとき、なにか大変なことが起きている、と感じました。

9.11のときのことを思い出したりしていました。あのときも、ヒコーキがWTCに突っ込む映像が夜のニュースで流れてから、なにが起こっているのか、さっぱりわからないまま、一晩中ニュース番組を見続けた。。。

でも9.11のときと圧倒的に違うのは、今回のエジプトの革命では、最初から、報道機関のニュースよりも先に、現地で実際の渦中にあるひとりひとりの人が言っている言葉が、ツイッターを通してじかに伝わってきたこと。

ツイッターの使い方って、こういうふうだったんだ、と初めて知りました。エジプトの革命に関係する話は、共通のハッシュタグ#Jan25や#Egyptをつけてみんなが書き込むので、そのハッシュタグで検索すれば、自分がフォローしていない人のエジプト情勢についての書き込みも、みんな読むことができます。

ただ、ものすごい情報量。30秒ごとに60ツイートとか100ツイートとか増えていく。。

祈る以外なんにもできないけれども、外の世界が見続けていくことが、少しでも暴力の抑止力になるんじゃないかと思って、これらのハッシュタグのところを読み続けています。

英語のツイートをどんどん日本語に訳す人も、どんどんと現れて、日本語でのエジプト情勢の共通ハッシュタグは#Egyjpにしよう、という取り決めも、その人たちの間で早い段階になされました。

#Egyjpでは、日本語での情報発信が、毎分どんどん更新されていく状態が続いています。(わたしもこれは、と思うものは訳してみてますが、スピード遅すぎてすでにほかの方が訳してくださってること多し。。)

「この革命には老若男女、あらゆるバックグラウンドの人が参加している」と当事者の人たちは最初から何度も言っていました。報道機関の報道の仕方に、特定の宗教や政党と関連づける動きがあったせいです。

こういうものも流れてきてました。「エジプトの若者からのメッセージ」(「TUP=平和をめざす翻訳者たち」というグループが、できるかぎり事実確認をして、日本語にしてくださった文章)。

* * *

現地の人たちは、外の世界に向かって実情を知らせたいのと、お互いのコミュニケーションのため、というのと両方あってツイートしているので、

「催涙ガスから身を守るにはコンタクトレンズはだめ、レモン汁とお酢に浸したスカーフを使うこと」とか、
「実名と顔写真を出してツイートしてる人は、危険だから写真を変えて、実名も消したほうがいい」とか、
「これからタハリル広場に来る人は、ジュースと痛み止めをできるだけめいっぱい持ってきて!」といったツイートも行き交っていました。

とにかくハッシュタグのところはものすごい情報量なので、ばあーーっと流して読んでいたら、そのうちに、感情的・扇動的に意見を述べたりはほとんどなしに、落ち着いた物腰で、事実をツイートしてる人がいて、その人の言葉ばかりを追っている自分がいました。

その人は、カイロにお住まいのトラベルライターの(b)さん。実名&顔写真を出していました(今は変えました)。フォローをすると、その人が行動をともにしているお友達(同じくカイロにお住まいの方たち)のつながりもでてきて、その人たちのツイートも聞こえてきて。。。その人たちがリツイートする、別の方たちの声も、聞こえてきて。。。

だんだんと、ツイートは私にとって、「情報」から、渦中にいるおひとりおひとりのひとの「声」になっていきました。

ニュースの記事で「死者○百人、負傷者○千人」というふうに「数字」になってしまう前の、ひとりひとりの存在が、ツイッターを通して、ひしひしと伝わってきました。

エジプトにわたしはなんの縁もゆかりもなかったし、ほとんど内情も知らなかったし、中東ってなぜかとても未知で謎な場所だと思い込んでいたんだけれど、普通にそこに暮らす人たちの声を聞いていたら、未知でも謎でもなんでもなくて、おんなじ人間だってことが、よくわかりました。

過酷な状況でジョーダンを言ってみたり、悲しいことを悲しいと表したり。

ツイッターを通して、私たちが外から見守り続けて応援の気を送っていることが、支えになっている、ありがとう、と(b)さんは言ってくださってました(あんなに大変なときなのに、外側の私たちに向かって「ありがとう」を言うこともできるってすごいなと思いました)。

(b)さんは、どんな暴力にも加担したくない、と言ってました。タハリル広場で激しい衝突のあった日、結局彼自身は、石も棒も手にすることはしなかったそうですが(相手側はさらに刃物や火炎瓶やマシンガンも手にしましたが)、「良心のジレンマに陥ってる、暴力に加担した人たちが自分を守ってくれたからこそ無事だったから。。」と後で言っていました。

ひとりひとりの人が、なにを、どう、感じながら、大事にしながら、この革命のときを過ごしているかを、聞くことができると、当たり前だけれど、そこにはものすごい多様性があって。

新聞の紙面に、すっぽりとおとなしく収まることではなくなってしまいました。

ムバラクさんはツイッターやってませんが、でもムバラクさんも「大統領」「独裁者」の前に、ひとりの人間だし、と思う方向へ、なんとなく至っています。

未確認情報や誤った情報も多々紛れ込んでいるだろうし、そのあたりはもう鼻で「かぎわけ」たり、ウラを取るリサーチをするしかない感じだけれど、それでも声がこうやってたくさん集まれる場があることは、わたしはうれしいです。

ざっくりとまとめられて1本のニュースになるときに、「なかったこと」にされる声も、ここでは拾われる。声を上げる人の多様性と同じくらい、読み手も多様だから、だれかしらには伝わる。

そこに希望があるように思えて。

(パソコンやネットをやっていない人、識字教育を受けてない人には閉ざされた場じゃないか、といわれれば、そのとおりなんだけれども。。でもそういう人の言葉を聞き書き、拾い書きする人もそこにはいる。。)

グループの「まとめ役」のリーダーが、もう一方のグループのリーダーと交渉する、みたいなふうでない、誰にも代理されない・代表されない個人対個人の関係性。

そこで相手を信頼できるかどうかがすべて、という時代に入ってきてるのかも。。

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