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2011.02.06

Img_7474 最近ガスオーブンが怖くなくなってきて、ピザをつくったり、スコーンを焼いたり、いろいろしてたら、先月のガス代が。。。。。

それでおとといからは、マヤナッツ蒸しパンがブームです。オーブン使わずにちょちょっとつくれて手軽♪ 今の季節はストーブの上で蒸せる。

それにしても、ずっと変性意識状態のままみたいな日々が続いています。チュニジアの革命に端を発した、エジプトの情勢に、すっかり同期をとってしまっていて。。。

28日に、エジプト政府当局がエジプト国内のインターネット回線を一斉に遮断した、電話回線も1社以外は不通になった、と聞いたとき、なにか大変なことが起きている、と感じました。

9.11のときのことを思い出したりしていました。あのときも、ヒコーキがWTCに突っ込む映像が夜のニュースで流れてから、なにが起こっているのか、さっぱりわからないまま、一晩中ニュース番組を見続けた。。。

でも9.11のときと圧倒的に違うのは、今回のエジプトの革命では、最初から、報道機関のニュースよりも先に、現地で実際の渦中にあるひとりひとりの人が言っている言葉が、ツイッターを通してじかに伝わってきたこと。

ツイッターの使い方って、こういうふうだったんだ、と初めて知りました。エジプトの革命に関係する話は、共通のハッシュタグ#Jan25や#Egyptをつけてみんなが書き込むので、そのハッシュタグで検索すれば、自分がフォローしていない人のエジプト情勢についての書き込みも、みんな読むことができます。

ただ、ものすごい情報量。30秒ごとに60ツイートとか100ツイートとか増えていく。。

祈る以外なんにもできないけれども、外の世界が見続けていくことが、少しでも暴力の抑止力になるんじゃないかと思って、これらのハッシュタグのところを読み続けています。

英語のツイートをどんどん日本語に訳す人も、どんどんと現れて、日本語でのエジプト情勢の共通ハッシュタグは#Egyjpにしよう、という取り決めも、その人たちの間で早い段階になされました。

#Egyjpでは、日本語での情報発信が、毎分どんどん更新されていく状態が続いています。(わたしもこれは、と思うものは訳してみてますが、スピード遅すぎてすでにほかの方が訳してくださってること多し。。)

「この革命には老若男女、あらゆるバックグラウンドの人が参加している」と当事者の人たちは最初から何度も言っていました。報道機関の報道の仕方に、特定の宗教や政党と関連づける動きがあったせいです。

こういうものも流れてきてました。「エジプトの若者からのメッセージ」(「TUP=平和をめざす翻訳者たち」というグループが、できるかぎり事実確認をして、日本語にしてくださった文章)。

* * *

現地の人たちは、外の世界に向かって実情を知らせたいのと、お互いのコミュニケーションのため、というのと両方あってツイートしているので、

「催涙ガスから身を守るにはコンタクトレンズはだめ、レモン汁とお酢に浸したスカーフを使うこと」とか、
「実名と顔写真を出してツイートしてる人は、危険だから写真を変えて、実名も消したほうがいい」とか、
「これからタハリル広場に来る人は、ジュースと痛み止めをできるだけめいっぱい持ってきて!」といったツイートも行き交っていました。

とにかくハッシュタグのところはものすごい情報量なので、ばあーーっと流して読んでいたら、そのうちに、感情的・扇動的に意見を述べたりはほとんどなしに、落ち着いた物腰で、事実をツイートしてる人がいて、その人の言葉ばかりを追っている自分がいました。

その人は、カイロにお住まいのトラベルライターの(b)さん。実名&顔写真を出していました(今は変えました)。フォローをすると、その人が行動をともにしているお友達(同じくカイロにお住まいの方たち)のつながりもでてきて、その人たちのツイートも聞こえてきて。。。その人たちがリツイートする、別の方たちの声も、聞こえてきて。。。

だんだんと、ツイートは私にとって、「情報」から、渦中にいるおひとりおひとりのひとの「声」になっていきました。

ニュースの記事で「死者○百人、負傷者○千人」というふうに「数字」になってしまう前の、ひとりひとりの存在が、ツイッターを通して、ひしひしと伝わってきました。

エジプトにわたしはなんの縁もゆかりもなかったし、ほとんど内情も知らなかったし、中東ってなぜかとても未知で謎な場所だと思い込んでいたんだけれど、普通にそこに暮らす人たちの声を聞いていたら、未知でも謎でもなんでもなくて、おんなじ人間だってことが、よくわかりました。

過酷な状況でジョーダンを言ってみたり、悲しいことを悲しいと表したり。

ツイッターを通して、私たちが外から見守り続けて応援の気を送っていることが、支えになっている、ありがとう、と(b)さんは言ってくださってました(あんなに大変なときなのに、外側の私たちに向かって「ありがとう」を言うこともできるってすごいなと思いました)。

(b)さんは、どんな暴力にも加担したくない、と言ってました。タハリル広場で激しい衝突のあった日、結局彼自身は、石も棒も手にすることはしなかったそうですが(相手側はさらに刃物や火炎瓶やマシンガンも手にしましたが)、「良心のジレンマに陥ってる、暴力に加担した人たちが自分を守ってくれたからこそ無事だったから。。」と後で言っていました。

ひとりひとりの人が、なにを、どう、感じながら、大事にしながら、この革命のときを過ごしているかを、聞くことができると、当たり前だけれど、そこにはものすごい多様性があって。

新聞の紙面に、すっぽりとおとなしく収まることではなくなってしまいました。

ムバラクさんはツイッターやってませんが、でもムバラクさんも「大統領」「独裁者」の前に、ひとりの人間だし、と思う方向へ、なんとなく至っています。

未確認情報や誤った情報も多々紛れ込んでいるだろうし、そのあたりはもう鼻で「かぎわけ」たり、ウラを取るリサーチをするしかない感じだけれど、それでも声がこうやってたくさん集まれる場があることは、わたしはうれしいです。

ざっくりとまとめられて1本のニュースになるときに、「なかったこと」にされる声も、ここでは拾われる。声を上げる人の多様性と同じくらい、読み手も多様だから、だれかしらには伝わる。

そこに希望があるように思えて。

(パソコンやネットをやっていない人、識字教育を受けてない人には閉ざされた場じゃないか、といわれれば、そのとおりなんだけれども。。でもそういう人の言葉を聞き書き、拾い書きする人もそこにはいる。。)

グループの「まとめ役」のリーダーが、もう一方のグループのリーダーと交渉する、みたいなふうでない、誰にも代理されない・代表されない個人対個人の関係性。

そこで相手を信頼できるかどうかがすべて、という時代に入ってきてるのかも。。

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