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2011.06.16

180°南へ

Img_7431 今朝は、海の表面に浮かんでいました。なにか、モーターバイクのような大きな乗り物と一緒に。(乗り物には乗ってなくて、所持品として持っていた)。

陸地(というか、陸にかかった鉄橋か高速道路のようなもの)のそばをずうっと流れていたんだけれど、潮の流れが変わってきて、どんどん陸側から離れていきだした。。まずいな、と思った。

なんとかしないと、と思うけれど、この大きな乗り物を水中でひきずって、流れにさからって、陸のほうへ戻るなんてできるのか。。水中で少し身体を動かしてみるけれど、ああ、これは大変だ、と思った。

なんだけれど、そのすぐ後、なぜか意外にもあっさりと、陸のほうへ近寄れた。人工物でできた垂直な壁面の、手をかけられる場所に手をかけて、ふーっと息を吐きながら体を上へ引き上げて、水から上がっていった。背中に大きな荷物をしょって。でもこれも、大変だというイメージとはうらはらに、意外とするりと上がれた。

陸に上がってからは、切り立った赤土の斜面の脇を行く細い道を、長距離、歩いて移動した。大きなバックパックをしょっているのに、歩くのは楽で、いつまででも歩いていられそうな感じだった。

Img_0848 村を通り過ぎた。段々畑が右手に広がっていた。木々も。小道の左側には古い民家があった。家の中の人は、落ち着きのある風情の夫婦だった。わたしより、少し若いくらいの年齢の。

このすてきな村で暮らしているふたりをうらやましく思ったけれど、ふたりは荷物の整理をして、ここは旅の人の場所に空けて、別の場所へ引っ越すということだった。

海から見ていた陸地の橋、海の中でひきずっていたモーターバイクみたいな乗り物、陸へあがるときの壁面。これらの工業的・無機的な印象と、陸地にあった村や、意外にバイタリティのある自分の身体の有機的な印象が、対照的な夢でした。

* * *

工業化社会から、自然に根ざしたスモールスケールな暮らし。電力から、人力。そういう方向性を夢見てるのが、夜見る夢にも反映されだしてるような。。。?

人は皆、後戻りできないというけれど、前へ進んできて今、崖っぷちに立っているのなら、まわれ右をして、180度向きを変えて、そこからまた前に歩き出すことだよね、

と言ってた、ダグ・トンプキンス(North Face社創業者)とイヴォン・シュイナード(Patagonia社社長)の言葉を思い出してます(映画「180°South」より)。この映画、3.11の前日に見たんだったっけ。。

ダグはチリ南部パタゴニア地方に移住して、広大な土地の保全活動にあたっています。映画でもその様子はくわしいし、こちらでは妻のクリスさんの手記も読めます。

180度向きを変えて歩み始めるのは、ただ後戻りするのとは違うはず。今まで歩く中で経験してきたことがそこにあるから。。

通信網のおかげで、開かれた意識でローカルに暮らすことも、可能になってるし。。。機器による通信網に頼っているところから、有機体による通信網の使い方を思い出せるようになっていくという流れもあるような気がするし。。

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2011.06.14

ひまわりと、鳩と

ともだちの(ゆ)さん発案で、6.11のデモの前日、デモに参加できなくても1日気持ちを合わせようと、脱原発Tシャツをつくりました。

Img_7711Img_7713デモに行かれない場合はせめて黄色いものを身に着けよう、というのがポイントだったので、ひまわりの黄色が効いたデザインで。

ひまわりのまわり、四隅には、太陽と、風と、湯気をあげる山(地熱)と、勢いよく流れる川(水)。

脱原発ポスター展のサイトに投稿されていたmipokoさんのデザインです。

文字部分は「bye-bye nukes and hello RE!」と書いてあります。REはRenewable Energy(再生可能エネルギー)の略。原子力にさよならして再生可能エネルギーへの「シフト」。

* * *

じつは「シフト」と同時に、さらに、放射性物質が無害なものへと「変容」すること、私自身の中の冥王星が「変容」すること、この災いがやがては福に「変容」すること、を願っている自分がいます。

T_2その「変容」をきれいに表してくれていたのが、おととし仲間と作った、冊子『原子力発電がとまる日:脱原発化を選んだドイツからのメッセージ』のページデザイン画でした。

放射能マークが、だんだんと鳩に変容して、飛び立つ、というもの。

装丁もページデザインも、ビジュアル部分のなにもかもを一手に引き受けてくれたわくちんが、時間のプレッシャーの中でパンッと描いてくれたものです。

T_3これが大好きなので、願いを込めて、このデザインでも1枚、つくりました。

背中側に、鳩になったその先に、菜の花の花輪をくぐりぬけると、「beyond the nuclear age」という文字がある、というふうにしてみた。
T
「シフト」Tシャツ、「変容」Tシャツ、両方交互に、願いを込めて、着ていこうと思っています。

* * *

心身がへたれていて、なかなか思うように動けなかった日々だったけれど、おかげさまで、ちょっと元気出てきました。ありがとうです。

 

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6.11

6.11新宿デモでの、社会学者・小熊英二さんのあいさつ。「原発と民主主義は両立しない」これ以上つくらなければ、30年で脱原発」「定期点検で止まったやつを動かさなければ1年以内に脱原発」、んとにそうだ、と思いました。

以下、書き起こしを。。。

* * *

「新しい歴史教科書をつくる会」という保守派というか右翼の団体がありまして、そこの元の会長の西尾幹二さんという人が最近「脱原発こそ国家永続の道」という論文をかかれました。で、今回の事故があって考えをお変えになられたそうで、この美しい豊葦原瑞穂国を放射能で侵してはならない、民族の子々孫々にまで伝えるべきこの大地を汚辱の地にしてはならない、保守派といわれる人でどうして脱原発に反対する人がいるのか私には理解できない、ということをおっしゃられておられまして、なるほど当然のことを言う、とわたくしは思いました。

そこでもうひとつ言われていたことは、日本の原発というのは独自の技術ではなく、すべてアメリカの技術の借り物である、独自開発はできていない、と。で、アメリカの技術は基本的に地震に耐えられるようにはできていない、と。だからアメリカの技術に頼っているかぎりは安全性は確保されない、と。まあそれはいろいろ議論もあるでしょうが、そのようなことを述べておられまして、であるから、日本が原子力を推進するならば、アメリカから核において自立し、核武装し、非核三原則と憲法9条を見直し、核武装する覚悟がなければ原発の推進というのはありえないのである、とおっしゃられておりました。これもなかなか筋の通ったことであります。その覚悟がないなら、やるべきではない、ということです。

わたくしは最近国際世論の展開を見ておりますと、基本的に福島の事態を受けても原発を推進すると言っている国は、あるいは世論がそのような傾向の国は、アメリカ、フランス、ロシア、中国。そしてどちらかというと脱原発に傾いている国は、日・独・伊。これはどういうことかというと、戦争に負けて核兵器が持てなかった国と、戦争に勝って核武装ができた国。あとは発展途上国で核兵器を持ちたい国。それがやりたがっている。

ですから、原子力というのは今回の事態でもよくわかりましたけれども、事故処理においても、とめるにおいても、超法規的な権力がなければなかなかできることではない。浜岡をとめるのだって、正式の法的な手続きなんかなにもとれない。首相が要請するという、本当に法的な裏づけのない権力がなければできない。事故処理についても同じことです。原発と、正式の法的手続きや民主主義は両立しない。核を管理できるだけの超強力な権力がなければできない。それがないような国はやるべきじゃないんです。

で、皆さんご存知のとおり、これ以上つくらなければ、30年で脱原発。定期点検で止まったやつを動かさなければ、1年以内に脱原発です。もうすでに世論調査では7割以上が新設・増設には反対しています。この線を守れば、必ずいけます。目指しましょう。あとは楽しくやりましょう。

* * *

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2011.06.13

まるい虹

Img_7647 人の為、と書くと「偽」となりますね、

と書いてあるのを読んだ。

人の為、なのではなくて、ほんとうは、to save my soul なんだろうな。。

To save my soul、今したいことがありまする。

このあいだ、初めてみた、太陽のまわりにまるい虹がかかってた、あのときに、思っていたことらへん。。

それで、my でもない、もうひとつ広い連なりへ。。まるい連なりへ入ることを夢見ております。

* * *

今朝は、生まれてから今までの自分をおもいめぐらすように振り返っていて、ああ、浅はかな人生だったなあと思いました。

なんにも筋もとおっていないし、いつもふらりふらりとしてきた。。
じつのところ、この世のいろはを、ほぼ理解できないまま、そのときそのときに、まわりになんとか合わせてきたかのようなふうです。

それでも生かしてもらってきた。

それはどうしてなんでしょう。


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2011.06.12

054 今朝、寝ていたら、足元のおふとんの上に、ぼふっと、にゃみちゃんが上がってきて、そこから少しわたしの胴体のあたりまで歩いてきて、そこにうずくまった。

という鮮明な感触があって。(ぼふっとあがってきたときは、音もした)。

懐かしい、音と感触だったのに、手元をみたら、やっぱり誰もいなかった。

その前だったか、あとだったか、忘れたけれど、夢の中で、ねこに、会いました。

ねこのほうから、わたしの手のひらに、のど元、ほっぺたをすりつけてきて、なでさせててくれました。なんどもなんども。

灰色がかった毛色の、トラ縞のある、子ねこだったれど、このねこはにゃみちゃんでした。

すごくうれしかった。ねこのほうから、わたしめがけて来てくれたこと。

それと。。。 少し前の夢では、あぐらをかいていた両足のところに、気づいたら温かさがあって、なんだろうと見ると、そこにハムスターがいました。

すごく、生き生きしたかわいいハムスターでした。

上の写真は、先月北カリフォルニアに勉強に行ったとき、泊まってた山にいた、くろねこのキャスター(もしくはポラックス)。キャスターとポラックスは、うりふたつの兄弟ねこで、見分けがつかない。名前を呼んで反応を見るしか、見分ける方法がなかった。。 ふたりとも、とてもフレンドリーで、わたしが授業から帰ると、どこからか出てきて、遊ぼう遊ぼうと言って、遊んでくれた。

キャスターのほうが、ポラックスよりも、のんきというか、向こう見ずな性格で、ポラックスのほうは少しおくて。

特に気落ちして帰宅したある晩は、ふたりして、わたしの泊まってた小さい小屋の前までついてきてくれて、30分くらい、小屋の入り口の階段で、一緒にだまって座っていてくれた。森の木々の間から見える星空がきれいかった。

小屋の中に入ってもらっていいのかどうか、規則がわからなかったから迷ったけれど、扉を開けたら、ふたりとも、何気なくわたしよりも先に入っていって、キャスター(おそらく)は、ベッドの上に飛び乗って、さっそく丸く踏みしだいて、ぽそっと座って、毛づくろいをしだしたっけ。。。

ポラックス(おそらく)は部屋のなかをゆらりゆらり、見て歩いて。。

* * *

これは家に帰ってきてからだけれど。

こないだ落ち葉掃きをしたとき、蚊がいっぱい、わたしのそばに来た。そうやってわーっと蚊たちがそばにやってくるのが、おとなりの家の6匹の犬たちがわーっとそばにやってくるときの感じと重なって、

なんだかうれしい感じがしてしまった。。。(倒錯しているか。。)

そしてぼこぼこに蚊に食われて、「今日は蚊のお客さん向けに特別レストランひらいちゃった」と思いつつ、あとで、キンカンをぬりぬり。。

* * *

種が違うもの同士は、細かい細かいところまで互いに伝わりあってしまわないからこそ、お互いの存在に癒されると、畑正憲さんがどこかで書いていた気がする。

たとえば人間と犬だと、細かな思考・感情の機微とか、社会的な決まりごとやプレッシャーとかが、共通でないから、お互いに当てはまらない(人間の社会と、犬の社会は違う、と)。

だから人間も、人間同士といるとき感じるストレスを犬とは感じなくて済むし、犬も犬同士でいるとき感じるストレスを人間とは感じなくて済む、というか。。人間は犬といるとき、人間同士でいるときの関係性の緊張からほっとお休みできることになって、それは犬にとっても同じような感じだ、と。。。

これを読んだときは、へぇ、そうかな?と思ったけれど。

わかりあえないからこそ、癒されるっていうのはどういうことか、考えてみたら、言葉の通じない国へ旅に行って、そこで出会った人とのやりとりを思い出した。

言葉が通じなくて、細かなところがわかりあえないときって、おおざっぱに、わかりやすいところ(すごくベーシックな、友情とか愛情とか信頼とか)をストレートに出すほかなくて、そういうつながり方は、あったかだった。

最近虫たちや動物たちといるほうが心休まると、つよく自分が思うのも、人との間の細かなやりとりに疲れているからなんだろうな。。。

密に行き交う言葉のあいまに目を凝らして、ひそむ意図を探ったり、

誰の言うことは信用できて、誰の言うことは信用できないか、とか、なにを言うと人を怒らせたり傷つけたりするか、とか、そんなところに感覚を研ぎ澄まし続けなければいけない状況に、疲れているみたい。

自分自身の中でさえ、いろんな声があって、偽りでいっぱいな感じで、どれがほんとの気持ちで、どれが「こう思わなきゃいけない」と自分に押し当ててきたことなのか、区別がつかなくなっているし。

もう自分も人間じゃなくなって、人間のルールから外れたところで、ものを言ったりやったりしてみたい。というか、人間のルールから外れた存在たちと、しばらく過ごしたい。。

* * *

外は雨。数年前、やっぱりこうやって夜、外の雨音を聞きながら、おふとんの上でにゃみちゃんにおでこをくっつけていて、あぁもう、ほかになにもいらない、と心底思ったのを思い出してる。

あのときは、疲れてたんじゃなかった。そうじゃなくて、すごく、しあわせだったんだ。

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2011.06.11

081 大きい納屋みたいなとこを改装した、半分は露天席のカフェ。田園地帯にあった。納屋の奥に私の背丈の2、3倍ある古い木の水車が静かに回ってた。こういう水車、これを各家でエネルギー源にした生活いいな、と思った。

という夢を少し前に見た。

今朝は。。。

外の、草のある場所で、目の前で、子馬が地面に投げ出されるようにして生まれ出るのを見た。黒い馬だった。

その馬たちが(ヤギも)が、これから成長する場所がここではないんだ、と、昔の先生に旅につれていってもらった。ネイティブピープルが暮らす土地。今実際に彼はそこを住処としてる。

小さいお店をやっているおうちの中。薄いカーテンで、売り場にコンバートした元リビングが、奥の生活スペース(キッチン?)と区切られていた。お店の中は質素で、ほとんど流行っているふうでもないけれど、こざっぱりとしていた。

なじみ客が、一人いて、女性の店主はその人に、「今はもうないことになっている」緑青色の鉱石を売っているところだった。「今はもうないことになっている」けど、ここにはあって、それをあなたに譲っていることは、秘密にしておくように、と、言葉にするでもなく言っていた。

たまたまそこに居合わせてしまったからかもしれないけれど、カーテンが引かれて、奥のキッチンを見せてもらえた。

アメリカにしてはぜんぜん広くないキッチン。質素なシンクがあって、全体にとてもシンプルなのだけれども、そこここに、たくさん植物の寄せ植えがつりがっている。わたしの見慣れた草も混ざってた(雑草だと思ってひっこぬいていた草が、ここではほかの草に混ざってかわいく植わってる)。丸っぽい形になるように植えられていたりするのが多い。とてもきれい。

店主は、植物のことは、相方の女性が、いろいろにやっている、と教えてくれた。その女性は表向きはただの人なんだけれど、本当は、魔法が使えるようなタイプの人らしかった。そういう人はこの土地にはたくさんいるらしかった。

つりさがっている植物の間には、下から生えている(花瓶に活けられていたか不明)花もあった。野に咲いている状態に限りなく近くて、「花束が活けてある」というのは違う感じ。デイジーみたいな白い小花がついた(かなり背の高い)草花とかが、すっと背筋を伸ばしてた。でも野に咲いているのとも少し違って、美しく、りりしく咲くように「人の手」が入っているのがわかる。。

こういうふうに暮らしているんだ、と教えてもらえたことが、静かにうれしかった。

* * *

夢の中の様子を、写真とか動画とかに撮れたらいいのにな。。

ブログを最後に書いてから、ずっと書けなくなっていました。時間がない、今すぐやらなきゃ、と思うことが多くて、こころも、からだも、生活も、忙しかったから、というのがひとつと。本当に思っていることを言葉にして出すこと、声を出すこと、そのものが、怖くなったことがひとつと。

思っていることを話すのも、人が思っていることを聞くのも、両方、大変になっていて、こんなふうになったのは、初めてな気がしています。

いつもやっていた楽しかったこと、今やっても楽しいはずのことが、楽しくないし、心がほぐれて、うれしい気持ちになる瞬間は、今は、虫たち、動物たちのしぐさを見たり、花が咲いたのを見るときくらいで、あとは、ずっと自分を偽っている感じです。

なにもかもが、3.11前と違う今、前にやっていたこと(このブログを書くことも)を同じようにやるのも少し難しい。。

でも夢の世界のことなら、書けるなって、今朝、久しぶりに思い立ったのでした。(いざ書こうと思ったら、ブログを書くのに、どこの画面を開いてどうやったらいいかも忘れてた。。汗)

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