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2012.07.22

大地と連なってる人たち

夏の土用入り、しましたね。暑中お見舞い申し上げます。(といっても昨日今日の関東はまるで秋になっちゃったみたいに寒いけど…)。

こないだ、徹夜して仕事をして、そのまま翌日の午後まで仕事を続けてから、終わって、ごほうびに夕日を見に行きました。

20120717_183441 地面にねころんで、海へと近づいていく太陽を眺めていたら、すごく昔の感覚を思い出した……ような気がした。

文明とかが出てくる前の……まだ生きものとしてまっとうだった頃の感覚、みたいな…??

ものすごく幸せでした。

あそこの場所は、もう変わり果ててしまったようだ、と一時期思ってたけれど、やっぱり、あそこで寝ころぶと、何か正しくされるというか、まっとうにされるものがあるみたい。

そういう場所がひとつでもあることは、幸せなことだなあと思い至りました。ありがとうです。

* * *

ここしばらく、ネイティブ・アメリカンのチェロキーの文化についての本を続けざまに読んでいて、その合間に、グアテマラ先住民キチェ族の方たちの、マヤのお祈りのセレモニーにご一緒させてもらっていました。

チェロキーの方の本では、書いてあることすべてがうれしくて。マヤのセレモニーでも、グアテマラから来てくださったペドロさん、ファビアナさんに一目お会いしたときから、もううれしくて。

Img_2697 セレモニーでは、色とりどりの花々や葉っぱや果物で整えられた、美しい輪の形の祭壇とその真ん中の炎を囲んで、素朴なマリンバの「聖なるしらべ」でステップを踏むおふたりはほんとうにすてきでした(写真は準備のときのもの。セレモニーが始まったら一切撮影してはいけないのです)。一緒にお祈りをするとき、うながされて初めて地面にほんとうにキスをしました(くちびるに、土が、ついた)……。

Img_2734 晩はセレモニーの会場になっていた湖畔の森でテントを張って泊まって、朝は鳥たちの声で目覚めました……。

以来、うれしい感じが持続していて…。大地ともう少しつながり直すための、きっかけをいただいたように感じてます。

ネイティブアメリカンの文化とマヤの文化、こまかいところがだいぶん重なっている、ということも実感しました。

そうこうしていたら、先日遊びに来てくれた友達が、なんの脈略もなく、ぽん、と、オーストラリア先住民に関する本をくれました。

今日になって読んでみたら、白人が入植してきたとき、白人の大規模な牧場で、キャンプ暮らしをしながら賃金なしで働くことを選んだ先住民の人たちがいたのは、「もともと暮らしていたその場所にある聖地を守るため」だった部分が大きかったらしいことがわかりました。

(そのキャンプ暮らしのときに、多くの女性が白人男性にレイプされて身ごもったのが、白人との混血のアボリジニの方が多くなった理由のひとつだったことも)。

先住民と呼ばれる人たちの多くには、大地との絆のような、大地への責任感のようなものが、ほんとうに深いことを、思いました。

*  *  *

何年か前、プロセスワークの「ワールドワーク」という会のために、初めてオーストラリアへ行ったとき出会った、アボリジニの方たちのことを、思い出しました。

世界各地から集まった280人くらいの人たちで、連日さまざまな問題を取り上げてワークをしたのだけれど、わたしはそのあいだ、みんながやいのやいのと発言しあっているのを見て聞いていて、変な精神状態になってしまって、大変だったのだけど。。。そのときのことは、前にも書いたので、おいておいて。。。

今日、思い出していたのは、最終日、飛行機の都合でみんなより一足先に会場を離れて早朝に空港へと向かった道中、同じく事情あって一足先に帰ることになっていたアボリジニのご夫婦と、3人でバスに揺られてたときのこと。

肌の色の白い奥さんのほうは、アボリジニ問題を取り上げたワークの最中、何度か立ちあがって発言をしたりしていた人で見おぼえがあったんだけれど、漆黒の肌をしただんなさんのほうはそういうことがなくて、目立つことがなかったので、この帰りのバスで初めてちゃんと顔を合せました。

しばらくみんな黙っていたけれど、そのうち、ぽつりぽつりと話しだして、その中で、(今回のワールドワークのテーマは「Listening to the Land」だったので)、「わたし自身は大地の声を聞けたかどうか、定かではないけど、大地は確実に私達の声を聞いたと思います」と言ったら、ふいに、「あなた、お名前は?」とだんなさんに尋ねられました。

もう空港への道中の半分は来ていたし、空港に着いたらお別れだし(彼らは国内線ターミナルで、私は国際線ターミナル)、大勢の参加者の中の1人だし、わざわざ今になって名前を尋ねるような状況でもなかったので、意外でした。

でももしかしてあれは、わたしが大地のことを(わからないなりに)、ああいうように話したからだったのかもしれないな、と今日思った。。

* * *

Img_0014 大地と連なってきた人たちを理想視するのも違うとは思うけれど、

自分はこれまでずっと、わがもの顔で大地をずかずか踏んづけて生きてきてしまったなー。。。もうなるべく、そんなふうにはしたくないなあと、思うから、

あの人たちのたたずまいに、学びたい。

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