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2013.07.17

海と、選挙フェス

暑さが一休みして、生きた心地がしている昨日と今日。涼しいだけでこんなに極楽だなんて~幸せすぎます。お天気、ありがとう。

Img_9822 暑さまっさかりの先週、海に入りに行きました。今年初。行きのバスの中でプチ熱中症ぎみになったけれど、海風に当たったら回復した。。。

日焼け止めを塗らなくてもいい遅い午後から海に入って、冷たい水を満喫して、うーんと体が涼しくなってから上がって、海の家でさっとシャワーを浴びて、海風に吹かれつつ、砂浜にあるコーヒー屋さん、TimeOut Coffeeのおいしいコーヒーをいただきました。毎年ここのコーヒーをいただいているんだけど、お店の女の子は「今年もありがとうございます」と言ってくださった。。。覚えてる?ってすごい。

1070015_10201017431492044_243069402 そのあとは大好きな、海に突き出た芝生の丘に寝ころんで、日が沈むまで、海と夕日を眺めて過ごしました。水面に金いろの絹糸がいっぱい浮かんでるみたいになって、きれいかった。

ひさしぶりに、至福のひとときでした。

このところ、自分にとって何が楽しいことだったのか、思い出せない状態が続いていて、やらなければならないことはできるんだけど、やらなければいけないことがなくなると、ただぼんやりするばかりでした。今回は相方が半強制的に海に誘ってくれて、おかげさまで、あ、わたし、これが好きだったんだ、と思い出せた。ありがたかった。。。

相方と、海には、いつも助けられています。ありがとう。

* * *

少し元気も出てきて、先日は、仕事のあと、苦手エリアの渋谷駅前へ。三宅洋平さんと、山本太郎さんの、生声を聴きに、「選挙フェス」に行ってきました。

1001512_10201028682973324_102378010 今週日曜の選挙につき…会いに行って、自分がどう感じるかをみてみるシリーズ(十二月に引き続き)。

音楽ってやっぱりすごい、と思った。

それと、
選挙の候補者の街頭アピールにおいて、あんなに魂のこもった、音楽性のある音楽(by本人)を聴けるっていうのも、すごいこと。応援にかけつけたミュージシャンの演奏も、のきなみ、よかった。

音楽は、嘘をつけないですね。音を聴いて、声を聴けば、そこになにがあるかは、おのずと伝わってしまいますね。言葉以上に、嘘をつけないコミュニケーション回路。

三宅さんが声を上げてくれたこと、うれしい。自分ももうすこし頑張らなくちゃ。。。

山本太郎さんのお話では、インテグリティのある人の言葉には、ある静かさがあるな、ということを、思いました。

* * *

387792_10201039327079420_395586522_1012355_10201039328159447_255437296←これは、先月大宮駅前で配ってくださっていた、緑の党のニュースレター。トイレにおいて、ちびちびゆっくり読んできました。

三宅洋平さんは、緑の党の推薦を受けて、比例区で立候補されています。三宅さんが緑の党からの立候補を選んだ理由が、ご本人のブログ上にありました。

http://ameblo.jp/miyake-yohei/entry-11548341262.html

以下、そこからの抜粋です。

1・愚直なまでの民主主義的「合議制」を信条としている点
→全国の会員による総会において皆で「話し合い」、決めるまで決めない、というフットワークの悪さを代表者たちがワンマン的に回避せず、その「面倒臭さ」を乗り越えることこそが民主主義の本意である点を重視している政治観が、僕の掲げる「チャランケ」政治と合致する。

2・オーガニックで開かれた感性、価値観

3・1970年代、豪州や欧州を中心に国際的なネットワークを形成してきた歴史
→「国際的な戦争経済からのシフト」を標榜する上では、必須のネットワーク形成

4・出逢った候補者たちがみんな「政治家」ではなく「市民」だった

5・合議制という民主主義的手続きを重視しているが、各党員や候補者たちは対外的に自己裁量で発言・行動し、「党に縛られて」いない


共に学んでいける、素晴らしい仲間たちをみつけた、という気持ちです。

コンクリートやアスファルトに覆われた国土に当たり前に心を痛め、
農薬にまみれた農地をなんとか回復したいと願い、
戦争や原発、差別や貧困をなくす国際社会を本気で構築し、
偏った富と権力のバランスを生み出した市民の政治への「不参加」を克服する。

そうした感性を共有できる、緑の党(グリーンズジャパン)には、
「市民政党」としてのぶれない精神が宿っています。

戦略ではなく、真の「協力」を選びました。

もういくつか、「当選」のためには確率の高い選択肢もありました。
(1枠ふえた神奈川小選挙区での単独立候補、もっとプロい政治力を有するみどりの風への合流、など)

が、
僕が当選することよりも、
応援する候補を当選させようとする全国の皆さんの「政治参加」というプロセス(過程)こそが「クニツクリ」という結果そのものである、
僕の当選の一つや二つなどその過程から生じる副産物に過ぎない、
という思いで、
いちばん理念的で、いちばん険しいが、いちばん夢のある選択をしました。

山本太郎さんは、東京選挙区から、今回も無所属で立候補されています。

今度の日曜の選挙、みなさんは、どう考えているのかなあ。。。

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2013.07.05

母のこと…大地のこと

20130520_120002 ひと月、ふた月くらい前のこと、ある朝起きて、思いました。

どんな人生も、ほかの人生とくらべて、「こういうほうがよい」「こういうほうがエライ」「こういうほうが素晴らしい」うんぬんはないんだな。

人の一生だけでなくて、ほかのものも(無機物も有機物も)、そうなのだな…。

* * *

20130622_185157 母を亡くして、世界がもう今までとは同じではないと、心底そう感じました。

こんなふうに感じるとは思ってなかったから、意外でした。

少し前から、もう旅立ちのときなのではないか、と覚悟はしていて、でもずっと最後まで、心の半分ではまた病状が回復に向かってすべてよくなって元気な母が戻ってくると思っていて、その両方がどちらもリアルに感じられて、どちらがほんとうの現実なのかわからなくて困っていました。

母が旅立つほんの2日前も、どちらが本当の現実なのかわからない、と泣いてた。

母が旅立つ前夜、私は母のもとに向かおうとしていたのに、体が地面の中に引きずり込まれるように重くなっていて、起き上がれませんでした…。この地面に引きずり込まれるような「引き」の感覚は、311の震災前日、渋谷にいた時に体験したものに近かった…。立っていられなくて、渋谷駅のホームでしゃがんでいた自分と重なります。

起き上がれず動けないまま、私はその晩、夢の中で、母の寝ているベッドのそばに行きました。すると母は、顔をこちらに向けて少し身を起こし、二言三言話をして(現実の母はこの頃はもう失語症状が出ていて話をしなくなっていました)、さらに体を起して、ベッドを出て、ソファのところまで歩きました(現実の母にはこれももう難しいことでした)。

ソファのところで、母は、嬉しそうにわたしに赤ちゃんを見せてくれました。赤ちゃんが「初めて寝がえりを打った」ことを喜んでた。私が見ている前で、赤ちゃんはゆっくりと寝がえりを打ったのでした。

夢の中では、母だったはずの人が亡き祖母になったりもしました。途中から2人ともがその場にいたりもした。とにかく、2人とも、赤ちゃんのことですごく喜んでいるふうでした。

この夢を見て、目覚めて、ほんわりと嬉しくて、これからすべてよくなる、大丈夫になる、と思ました。そうしたら、その直後、母は旅立ったのでした…。

今も、どちらが「本当の現実」なのか、わからないままでいます。あれからすべてよくなって、大丈夫になった母が、実際にいる、と思っているし、亡くなったとわかっている私もいる。

亡くなることで、すべてよくなって大丈夫になっている母がいる、というのが、たぶん大きな意味ではいちばん「ほんとうの現実」なんだと、思う。

お別れは、言葉にならないくらい、寂しいことだけれども、この事の運び自体は、悲しいことではないんだと、信じています。

* * *

母を見送ってからの数週間、感情の大波小波に翻弄されて、助けを求めて久しぶりに以前よくお世話になっていた占星術の先生のとこへ行きました。

いろいろお話を聞いて、おなかのあたりがほっこりとした。

帰宅して、自分の星のチャートを改めて見ていて、アセンダントの度数に目が行きました。サビアン占星術では「ズーニー族のインディアンが、太陽にむかって儀式をしている」という度数。

手元の本(松村潔さんの本)を開いてみたら、この度数の解説に目を見張りました。

自然のエネルギーの賛美へと回帰すること。現代人が長いあいだ否定してきた人類の根っこの力に対する回帰と、自分が崇拝するものへの自己同一化することで、生命を回復する技術を示す。

社会生活のなかでの一時的な逃走によるリラックスが、本格化して趣味のレベルではとどまらなくなり、自由な暮らしに自分の根拠をおくようになってきた。そして文明人が忘れてしまった、いにしえのインディアンのような、本能的な生活基準を本格的に取り戻す行為を模索しはじめる。

ここ数年の自分を文字通り表してる!

070 思い返せば……模索する中で、おととしの5月には、動植物との失われたコミュニケーション回路を回復しようとカリフォルニアへ「直観的コミュニケーション」を学びに行き、それが可能だという体験をしました。山の中の小さい小屋に一人で寝泊まりしながら1週間過ごす機会にもなって、夜、カーテンのない窓の向こうに木々と夜空を眺めて眠るのが好きでした。最初の晩は、山のふもとの管理人さんさえも訳あって不在になり、この山全体の中に人間は私だけ、という状況で過ごす機会もいただいたのでした。

Img_2421 去年の5月には、ネイティブアメリカンの教えを実践的に教えている先生の合宿に参加して、自然の中でのあり方(意識の使い方や目の使い方、大地との接し方)や、焚火の作法、木の葉のテントの作り方、火起こしを教わり、夜空の下、草原で寝袋だけで横たわり、今までにないほど心から安心して熟睡しました。目覚めて横を向けば、すぐそこに蟻や蜘蛛たちがいることの喜びをかみしめました。

Img_9083 去年7月には、グアテマラのマヤの祈祷師、ファビアナさんとペドロさんと一緒に、富士のふもとの地で大地に祈りをささげる儀式に参加させてもらうことができました。ファビアナさんとペドロさんが、すべて植物だけで、カラフルで美しい円形の祭壇を作ってくださり(私たちも少しお手伝いさせていただきながら)、円の中心で焚き火を焚いて、みんなで輪になって地面にひざまづいてお祈りしました。そのとき初めて、地面に口づけをしました。

20130504_174418 そして今年の5月は、アレクサンダー・テクニークの合宿に合わせて、合宿会場の近くの森の中で3日間テント泊をして、なにもない地面に、一から焚火を起こして、自炊しながら生活しました。地面に寝転がって木々を見上げていたら眠りに落ちて、しばし昼寝をしたとき、目覚めたら体中にエネルギーが満ちているのが具体的にわかりました。手のひらの真ん中、足の裏の真ん中を貫通して全身に気が通っていました。

20130504_224613_2 木々の間を風がとおる音を聞いて、無心で火のお世話をしているときの充実感。そこにある木々が落とした枝葉で火を焚いて、その火を通した食べ物や飲み物をいただくことで、その場のエネルギーを体の中にまでいただいたこと。

その場の木々と風と地面に支えられた火が、夜には明かりにもなり、暖にもなったこと。

20130506_123603あのときは、始終、あの場所に守られている感覚が、ありました。

* * *

あのアセンダントの度数を土星が通過したのが、ちょうどこのブログを始めた頃でした。

土星は「問題箇所をあぶりだし、修正して、全体を安定させ、確実にしていく」作用を持つといわれる天体。わたしのアセンダントも着実にそうやって土星に導かれていたのかな…。

あれから7年近く経って、今土星は、私のチャートのIC近くまで来ています。ぐるりの1周の4分の1くらい来たところ。

母を見送ったあと少しして、なにがなんだかわからなくなってしまっていたけれど、自分の中には「こちらへ」という方向が、流れとしてまだそこにある、と思い出せて、よかったです。。。

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