ほがらかに
ここしばらく、庭のジャスミンが毎日たくさん白い花をつけてくれています。暑いのに、すごい。いい香りもするし、毎朝、母の祭壇に新しいお花をあげさせてもらえています。ありがたいです。
このあいだ、整体協会の野口裕介先生が、亡くなられた、というニュースを聞いて一瞬息がとまりました。
旅立たれたのはその前の日の正午とききました。なかなか信じられずにいましたが、今日、ほんとうだと、確認できました。
わたしは整体協会のほぼユーレイ会員で、あまり熱心に勉強・実践をしてきてはいないのだけど、それでも一時期、毎月1度は瀬田の本部道場におじゃまして、裕介先生の愉気の会に参加させていただいていました。
先生のお話はたいてい長くて、そしておんなじことを繰り返すことが多かった。でも、それを、道場の後ろの端っこのほうに座って聞いているのがすきでした。
話の内容よりも、言葉を継ぐときに、間をとるときの感じが、すきでした。間があって、それかから次のことを話し出す前に「お~」という、「継ぎ言葉」(?)が必ず入るのだけど、この「お~」が、わたしのお気に入りでした。
あれを聞いていると、楽しくなってしまうのでした。
裕介先生は、今の整体協会の柱だった人で、それはそれは、すごい人です。なんだけれども、わたしはあの「お~」がすきだった、その「すき」は、なんというか、ほんとうにただ「すき」で。近所のねこのロッキーが歩いているところを見るのが好き、とか、そういうレベルでの「すき」です。人間あいてのごちゃごちゃなにかがくっついたような「すき」ではないのでした。
そんなふうに「すき」と思うには怖れ多い人だと、頭ではわかっているんだけど、ぜんぜんスッと「すき」と思えていたのは、不思議です。
いつもお世話になっていて、個人指導を受けている野口整体の(ひ)先生も、おんなじように、しゃべり方とかそこにただいるときのぽそっとした存在感が、すごいすきです。とっても尊敬していますが、「すき」と思う時の感じは、ねこのロッキーに対するのと同じくらい、平らかでニュートラルです(上下関係の感じがない感じ、なにも期待してない感じ)。
そういう自分の反応をふりかえってみても、野口整体の先生たちは、やっぱりすごいな、と思う。。。
* * *
亡くなられた翌日の午後に訃報を聞いて、その翌朝のこと。起きぬけのベッドの中で、めずらしくいろんなインスピレーションが湧いてきました。さまざまな「悟り」チックなことがいっぱいあったんだけれど、それらをひととおり味わった後、ヨガのねこのポーズみたいなのを経て、ベッドの上に正座するように起き上がったら、そのとたんに、活元運動が出はじめました。
活元運動をしようと思っていたわけではまったくないのに。勝手に出てきた。こんなの初めてでした。
そもそも活元運動に対しては、やれば気持ちいいことは何度も体験しているしわかっているのに、どうも「めんどう」でやる気にならず、活元会に対しても苦手意識があってなかなか出向けず、というふうでした。そしてやるとなったら、いつでもきっちり誘導の動きをひとしきりやってから、というのがわたしのこれまでの流儀でした。
それが、勝手に始まったから、ほんとにびっくりした。。。動きながらうっすらと、これは裕介先生が軽やかな体になってみんなのところへいっぺいんに行けるようになったから、わたしのとこまで来て教えてくださったんだなあ、と思いました。へたれ会員のわたしのとこまで、来てくださるなんて、なんておやさしいんだろう、と思った。
いつになく有機的で意外な動きがたくさん出て、最後は体がたぷたぷの水袋のようになって、ゆらぎのある自由さを取り戻していました。久しぶりに、体のどこにも痛みがなく、とっても心地よかった。。。
そして、ああ、こういうことなんだな、と腑に落ちました。
裕介先生、ありがとうございます。
ほがらかな気を、あの「お~」という声を、心の青空にうかべながら、これからも暮らしていきたいです。
合掌。



最近のコメント