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2015.03.28

桜 ~削り馬(3):テストラン~

20150327_153318 春、という感じの日々になっています、わがや付近。コートのいらないあったかさだったので、近所の植物園にピクニックに行きました。が、しかし、桜はまだだった……。

でも久しぶりのピクニック。お弁当を食べて、いただきものの甘酒を飲んで、食後はごろんと寝ころんで青空を見上げてたら、地面があたたくて、背中に陽気がぐぐっと入った感じがしました。気持ちよかった。

20150327_124131 桜はまだだけど、暮れから同居を始めたピンクの小花、ネメシアは、今2度目の満開を迎え中。かわいいです。

しばらく仕事がたてこんだり家族の入院があったりと、ぱたぱたしていて、自分が時間とそろっていない感覚(時間に追われている感覚)が続いていて、ちょっと消耗していていました。季節の変わり目だから、というのもあるのかな。少しずつ、時間とそろい始めているように感じはじめた本日です。

そこで、また木工のお話……。少し前のことになるけれど、試作中の削り馬のテストランを兼ねて、生木の桜の枝でスプーンをつくりました。

20150315_161727_2今回の桜の枝は、近所で冬の間剪定されたのをいただいたもので、わりと細め。木口にみつろうを塗って軒下に保管しておいたものです。ちょうどよい曲がりがある部分を選んでみました。

20150315_170248まず半分に割る。まだ斧もフロー(取っ手が逆についた割り鉈)を持ってなくて、もっぱらなんでもフィンランドのナイフ、プーッコ1本でやっています。このナイフを買うとき相談に乗ってくださった、フィンランド在住のBush n' Bladeさんが、ご自身の動画シリーズで教えてくださっていたやり方を参考に、やってみました。

まずプーッコを木口に当てて、峰を叩いて食い込ませ、割った箇所を開くように少しひねりを加えたりしてみてから、今度は、割れたところに平べったい木端(先端を薄くけずって)を差し込んで、これをクサビというか“矢”のようにして、上から叩いて、割っていく、という方法。節のあったところが硬くてちょっと大変だったけど、なんとか、割れました。

削り馬で挟んでドローナイフで樹皮をはいで、えんぴつでラフな形を20150315_171004描いて。大きく削り取るところは削り馬+ドローナイフでやって、あとは手に持って、プーッコで削っていきました。

20150316_104046_2 今回テストランした、「膝のせ型削り馬」。椅子に座って、このボディを膝にのせて、赤いベルトを腰に結んで固定(腰より低い座骨よりのところまで下げて、ベルトの上に座るような感じに)して、ベルトと本体の間に椿の枝を一本横に挟んで使います。ふつうの削り馬に比べてやっぱり安定性がイマイチで、改良点がいろいろ見つかりました。小物をつくるぶんにはまあ大丈夫なのだけど…。

おさじのボウル部分は、まるく削り取るスプーンナイフで。これはBush n' Bladeさんにつくっていただいたナイフです。自分のスキルを考えるとぜいたくすぎる1本です(汗)。ナイフに見合うようにスキルを磨きたいです……!20150316_10425220150316_10430620150316_104334

ボウルの部分にだけやすりをかけて、しばらく室内に置いて乾燥させました。乾いたら、亜 麻仁油を塗って、おしまいです。

形は、最初思い描いていた形もあったのだけど、削るうちに、ここはこうだな、ここはもっとこう、となっていった。呼ばれるままに削る感じにやっぱりなってしまいます。それでもって、すっきりスマートな形にはならなくて、いかにも不完全な形になってしまいます。ほんとはもっときれいな形にしたいのだけど、なかなか……。練習が必要です。でも使えないレベルではない(と思う)ので、この桜の枝をムダにはせずに済んだと思う(ほっ)。

削りだすと、夢中で削り続けてしまう、というのはみんなそうみたいで、スプーンづくりを教えていらっしゃる人のサイトでは、アドバイスとして、「『削る』よりも『見る』を多めに」とありました。全体を見てチェックすることを、削る行為以上にたくさんすることが、コツみたいです。

20150328_13561020150311_120707 桜はかなり薄く削ってもしっかりしていて、感心する。ぎゅっとしていて、それでいて、軽やか。

樹種によってももちろん違うし、個体差も大きいのが木というものらしく。身の回りにいる、いろんな木とおつきあいしてみたいな、と改めて思う(その前に、今回の桜の枝を割ったもう半分で、もうひとつ、つくってからだけど)。

どんな雑木も端材も「宝」だという、大分の木工デザイナー、時松さんのお言葉も、元気が出ます。

木の癖を見抜いて、癖を生かして使うという、法隆寺大工でいらした故西岡常一さんのお言葉も。

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2015.03.15

くつろぎ

20150309_111252 クロッカスが咲いています。おととしの秋に植えてみた球根から、昨年に続いて今年も咲きました。ムスカリも芽出しを始めていて、季節のめぐりを感じます。20150309_111357

クリスマスローズの苗も、何種類かいるうちの1つが、3年目に突入して、初めてつぼみをつけました。

20150309_111321 原種のクリスマスローズもそこそこ元気。このクリスマスローズは、みどりのぼんぼりが、お花の部分。

* * *

毎年ぐわん、とふだんの日常から意識がリープする「2月病」も、だいぶんおさまってきたように感じるここ数日。少し落ち着きがとりもどってきたというか。(あ、でも、もしかしたら、ただの風邪引きかもしれないけれども)。

やりたいことにまっしぐらにいって大丈夫、といつもお世話になっている野口整体の(ひ)先生には言っていただいていて、仕事をがんばりつつ、グリーンウッドワークにまっしぐらに向かっていた日々だったのだけど、ちょっと、また疑念が湧いていました。

「今はこんなに夢中だけど、そのうちに熱がさめるのかな」と。自分は気分屋で、集中するものごとにも移り変わりがあるので…。

これにエネルギーを傾け続けていっていいものかなあ、と心配になりはじめていたし、あとは仕事に関して揺れが起きている感じもしていたのだけど、そうしたら、星読み&カード読みのプロのともだちに、そこらへんをみてもらうことができました。(た)さん、ありがとう…!

木工については、やっぱりずっとやりたかったことなんではないのかな?というリーディング。そして最後にカードを引くと、富士山のカードと、「おおやびこのかみ」という、髪の毛がそのまま樹木になっている絵柄の神さまのカードが出てきました。O0800045013228251022

「おおやびこのかみ」については、まったく知らなかったので、あとで調べてみた。「五十猛」という神さまの別名だということでしたが、日本書記によると、天上から地上にやってきたときにたくさんの樹木の種を持ってきていて、それを九州から始めて日本列島全土に植えていって、緑あふれる土地にしていったのが、この神さまとその女きょうだいたちだとのこと。

それで林業の神さまとして大事にされてきたそう。ついでに、船を作り海を渡った経歴もあったので、造船、航海安全、大漁の神さまとしても信仰されているそうで、森にひかれつつも海も大好きな自分に、「それでいいんだよ」とこの神様が言ってくださってるようで、すごくうれしいです。

なにより、こんなに木工に惹かれてていいのかなあ、という不安に対して、木々の神さまが出てきてくださったというのは、心強かった…。

「ずっとやりたかったことなんじゃないかな?」と言ってもらえて、思い出したのが、寮の相部屋で暮らしていた学生時代に、ふいに木が削りたくて仕方なくなって、近くの工事現場に落ちてた木端を拾ってきて、夜な夜な彫刻刀で削っていた日々があったこと。このときは、新しく入った学校やクラスメイトになじめず(人種差別的なものも初めてあからさまに体験して)、もしかしたら、ひきこもりたかったのかもしれない。

ルームメイトがいるので、暗くした部屋で自分のデスクランプだけつけて、そのオレンジの光の輪っかの中で、ひたすらただ手が削りたいように、木端を削っていました。あの数日は、食事もろくにしなかった気がする。コーヒーだけ入れて。そうやって木を削っているのがこのうえなく幸せでした。

手が動くままに削っていったら、片側には流れと曲線、もう片側は角と直線のある、小さなオブジェ(?)になりました。まんなかに碧いおおきなビー玉を入れました。今も持っていたっけな?と探したら、奥の方から出てきた…。ビー玉がなくなった状態で。20150315_000149_2   

入ったばかりの学校を辞めて、イスラエルのキブツで働くか、ジンバブエの遺跡発掘のボランティアに行こうと真剣に考えてリサーチをしたりもしたけど、このミニオブジェをつくって気がなぐさめられたのか、新しくできた少数の友人のサポートがあってか、中退はふみとどまったのでした。

それから何年も経って、日本のあるインスタレーションアーティストの海外プロジェクト担当秘書に応募したとき、「自分でつくった作品を提出」しなければならなくて、作品なんてなかった自分は、仕方なくこのミニオブジェを持参しました。

面接のとき、アーティストである先生のお付きの人に、「なんですかこれは?お守り?」と聞かれたのを覚えています……(汗)。

先生は、代々植物を使うことに長けてきた家柄の人でもあって、竹をメインにかなりおおがかりなインスタレーションをつくったり陶芸で大きな彫刻をつくってらした方でした。そんな大御所の芸術家に、木端をやみくもに削っただけのものを持参してしまって……、面接のそのほかの質問にもしどろもどろにしか答えられず、ああこりゃ絶対だめだ、と思ったのを覚えています。若気の至りというか、無知だからこその大胆さというか。それが予想外の展開で、受かったのでした。あのときはほんとにびっくりした。

オブジェになってくれたこの木のおかげだったんだろか。工事現場に落ちてた木端なので、たぶん材はSPFです。ほんとうになにも考えず、ただ「ここ」「ここ」と呼ばれるままに削りました。楽しかった。

20150313_120312 20150313_120728今も、何にも考えずに、ただ削っているのが楽しい……。こないだも、削り馬づくりで出た生木のきれっ端を無目的に削っていたら、やっぱり愛おしくなってしまって、それで革ひもをつけてキーホルダーにしてみた。どう、ということのないキーホルダーですが、自分にはうれしい使い心地です。

先週から今週まで、代替医療・統合医療の道を歩まれているプロセスワーカーのともだちにヘルプをいただいて、ひさしぶりに自分のからだのことをみていったのだけど、そのときに出てきたのも、ごろんと寝ころんで、砂でクジラの像かなんかをつくってくつろいでいる、南の島の海の民でした。なにか、つくることが休むことになるような、休みながら手を動かすような、材と交流しながら環境の一部になってくつろぐような、そういうことが必要なのかもです、今の自分に。(ひ)さん、ほんとにありがとう。

木々の神さま、おおやびこのかみのカードのメッセージも、いかしていました。

「樹木はただそこにあり、体験し、自らを悠久の時の中に知るのです。

 

天と地の間で調和をとりながら、外に起きている出来事を個人的に受け止めはしません。

日照りが続いても、それを自分のせいとは思わないでしょう。 

大きな木のように、大地に根を下ろして、自己中心性という眠りから覚める時がきています。

外の出来事に対して、自分が反射的にとってしまう行動を観察してください。 

 

古い習慣を手放し、自由を手に入れましょう。

 

大屋毘古神は、自分が世界の中心であるという幻想から目を覚ますお手伝いをしてくれます。

野外に出て、大きな木に触れてみましょう。

 抱きついて、その樹木と話してください。木は偉大な教師です。」

(日本の神様カードより)

古い習慣、といえば、わたしのくせは、外の出来ごとに対してわりとすぐ「自分が悪いのだ」と考えがちなところで、まさに「自己中心性」がありすぎるところ(新幹線が止まっても、自分のせいだと考えるくらい)。これが幻想なのだと悟れたら、だいぶんほうっとくつろげそうだなあ。

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2015.03.04

削り馬(2)

20150224_093127食べ物でいちばんすきないちごを、朝ごはんのオートミールに添えるのは、自分的にはかなりの贅沢なわけだけれど、やっぱり大好きなものは心身がくたびれているときに一番効き目があります☆

いちごは本当に特別です。特別に元気が出る。

さて、削り馬の続きのお話です。無事に生木のセンダンと、SPF材 の本体が合体して、簡易型削り馬がとりあえずできあがりました。20150223_151858

ラップシェーブなどと呼ばれたりしている、ひざに乗せる(ラップトップ)タイプの簡易型削り馬をつくっている方がいらして、(North House Folk Schoolというところでつくり方を教えておられるようで、←このサイトに行くと写真もあり)、これを参考に、前足だけ付ける形にしました。本物の削り馬と、ラップトップ削り馬のあいのこみたいになりました。

椅子に座って、赤いベルトを腰の下の方にまわして結んで、体に固定して使います。

20150220_153136 たたんで前足をはずすと、こうなって、肩からぶらさげて持ち運べます。

20150220_152827

 

コンパクトさと軽量さ、持ち運びやすさと、ときめく見た目は望み通りになりました。

肝心の使い心地は。。。試用で、大きめのジプシーフラワーをつくってみたところ、一応使えました☆ ベルトを結ぶと、思っていたたよりもちゃんと作業台を固定できます。ただ、Y字の前脚の開き具合がせますぎて、そこのところの安定感がいまひとつ。。。使わずに置いてあるときにこづくと倒れそうになったりも。20150211_151716この設計だと、前脚は下の方だけ二股になっているのでは狭すぎで、もっと上のほうからぐっと開きのあるY字枝でないといけなかったみたい。

  もっと安定させてがっつり太い枝をけずったりもできるようしたいので、前脚はつくり直すことにしました。お隣さんの家の雨どいの上にさしかかりそうな勢いのセンダンの枝が、ちょうど、かなり開きのあるY字枝だったので、この枝に新しい前足になってもらうことにしました。(ただ節にあたるところをホゾにするのは、かたくて結構たいへん。。。がんばりました)。20150228_124032

脚が安定すると、もっと使いやすくなったけれど、ベルト式はいちいちベルトを結んだり外したりが、意外と面倒だなー、ということも浮上してきました。本式の削り馬のように、さっとまたがって作業して、さっと降りて他の作業をできる、というほうが、やっぱりなにかと楽かもなあ、と。

というわけで、第二段階として、このポータブル削り馬くんを、家にいるときにはベンチ型のボディーの上に載せて、定住型(?)の馬として使えないか、と考えました。

30分自転車を走らせて(いい運動になります汗)、ホームセンターでボディーになる厚板をみつくろってきました。ベンチは、座るところは幅ひろく、さきっぽは細く(ポータブル型を載せられる幅に)するために、幅広の板で、わりとまっすぐな木目が左右同じ感じで通っているSPF板を選びました20150222_151913 (今回のSPF板には「スプルース」と書かれていました)。

板の半分くらいまでのところを、スリム化します。のこぎりで半分くらいの場所に切り目をいれてから、縦にして固定して、割り取っていきます。20150222_175245ナイフを当てて、トンカチでたたいて食い込ませて、木目にそって割っていきます。中から木目の流れが浮き出てくるのは、やっぱり楽しい…。

おおまかに割り取ったら、横にして固定して、こんどはドローナイフ(日本では「銑」と呼ばれる、両手で持って使うナイフ)で削って成形20150222_173208 。ボートのオールのような形にしました。

しかし、わたしはほんとうに、のこぎりがへただなあ、と今回も実感しました。左右同じ高さにまっすぐに切り込みをいれる、というそれだけのことが、うまくできなかった(汗)。でも自分は指物師を目指すわけではないので、よしとします。だいたいこんな感じ、という、おおらかさを大事にしよう、うん。。。

20150223_161629 このボディーに脚をつけてベンチにして、ポータブル削り馬くんを載せて固定できるように仕組みを考える、というのが次の作業ですが、今はまだここまで…。

仕事の合間に少しずつなので、ほんとうにゆっくりなプロジェクトになっています、削り馬プロジェクト。

* * *

20150301_142457ここしばらくは、ちょうどお祝い事やお見舞いが重なったので、ポータブル馬くんでは、いくつかジプシーフラワーをつくりました。

どれも、庭のセンダンの枝から。

前につくったのよりも、少し大き目のをつくってみたり。

20150301_15292520150301_153016ガクの部分に横穴を開けてリボンを通せるようにしてみたりしました。茎の部分を外して、リボンでかばんに結いつけたりもできるように。20150301_135459

ただ生のお花と違って、ずっとこのまま保ってしまうお花というのは、飽きたときに処分しにくくていけないかな、と思って、差し上げるときに「十分楽しんだ後は、焚火のときに焚きつけに使えます、よく火が着くから便利なはずだよ!」と言ってプレゼントしました。そしたら「焚火って…ふつうしないよ」と言われてしまったのだけど。

でもジプシーフラワーは、本当に、焚きつけには最高だと思われる…。

もらってくれた人は、これ、このままアロマのディフューザーになりそう、とアイデアをくださいました☆ なるほど、そうかも!と思いました。乾いた後は、よくエッセンシャルオイルを吸い上げそうです。燃やさずに長く使ってもらえることにもなるので、嬉しいアイデアです。今後時間ができたら試しにやってみよう…。

* * *

20150215_131537 いただきものの生木の枝も、剪定した椿やセンダンも、まだまだあって、つくりたいものもいろいろ思い浮かんでいて、手さぐりながら、楽しい日々です。

そして進むテンポがとてもゆっくりなことも面白いのでした。手さぐりして、失敗して、また手さぐりして。ぱっと考えたことを実際に実現するのも、ひとつひとつ時間がかかって(ここをこう切って、この角度で穴を開ければいいのね、とか思うのは簡単だけど、実行するのは思うよりずっとエネルギーと時間がかかるし、想定外のことが起こったりする)。

失敗に対しておおらかな気持ちになることも、自分でやってみたいと思いついたことはやってみること(ただし自己責任で)も、ヘレフォードの森で椅子づくり をするなかで、身に刻まれたことでした。これを教えてくれたマイクさんに、いつもありがとうと思う。

Gypsyflowerformami_2おかげさまで失敗しながら学んでいくことが楽しくなっています。これって子ども時代以来かも。(ナイフで指を切るのだけは楽しくないけど……。これも、せっかく教わった安全な刃物の使い方を、面倒がってはしょったりしてはいけないんだな、と身をもって学べてよかったです。やっぱり「どのように」が大事ですね!)。

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