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2015.08.26

つながりの中から拾い上げてく

20150826_184131 今夜は夕暮れ過ぎに川べりを自転車で走ってたら、お祭り囃子が聞こえてきて、そしたら橋の上にぼんぼりをいっぱいつけたおみこしがいた。子供たちが太鼓を打ち鳴らして、大人たちが山車を引いていた。夕空の蒼にぼんぼりの灯が映えていて、きれいだった。笛のひびきも。一瞬時空をさらわれるような感覚になる、こういうとき。

さて、昨日会った(ふ)ちゃんから、以前わたしが好きだと言ってたアン・モロー・リンドバーグの本を読んだけどうんぬん、と言われ、え、その人知らないし、読んだこともないよ、(ふ)ちゃんそれは(ふ)ちゃんの夢の中での話だよ!と力説したら、(ふ)ちゃんと、あと一緒にその場にいた相方の両方から、なぜか逆に、その本を読むよう「夢」から呼ばれてるのはわたしのほうだ、という結論を出され。。。その本のタイトルは確かLife from the Seaだったなあ、と今朝起きぬけに思い出していました。

で、おととい行った、だいすきな鎌倉のカフェのトイレの中に張ってあった、「LIFE Sea」という、最近うちの近所にオープンしたらしいレストランのチラシも同時に思い出され。似ているな、本のタイトルとレストランの名前、と思ったのでした。

ということは、レストランに呼ばれている可能性もある、と考えて、翻訳仕事がたまってなくて久々の3連休目となった今日、行ってみちゃうことにした。

そこはちょうど、ちょっと前から気になっていた蔦屋書店というところに去年できたレストランでした(そうだ、そして昨日(ふ)ちゃんからは、この蔦屋書店もおもしろいから行くとよい、と強く勧められたのだった、彼女はこの近所に住んでいるわけではないのに、なぜかそこのことを知っていて)。初めて行く場所だったけど、行ってみたらば、いつもよく行く近所の植物園からほんのちょと先で、思っていたよりもずっと自転車圏内。こんなところにこんなのができてたとは、と驚く。。。

本とそのほかの生活雑貨(食品から身の回りの雑貨や衣類やまで)が有機的に混ざり合ってディスプレーされているおもしろい空間で、しかも買う前の本もゆっくり読めるソファや椅子がそこここにたっぷりあって、大変よいところでした。

20150826_171733 結構目立つところに、LGBT関連本特集のテーブルディスプレーなんかもあって。。奥のほうにはワークショップスペースや手しごとの作り手さんを応援するスペースなどもあり。。。レストランやコンビニやドリンクのカウンターなどが、本や雑貨の合間からふいと突然表れる。

で、LIFE Seaというレストランに入ってみました。居心地よく、お味もよくて、いいところだった。ホットコーヒーを飲んだのだけど、後でお店の中にあった冊子を見ていたら、ここのコーヒー豆を焙煎しているのが、あの鎌倉のカフェのオーナーだったのでした。なるほどそういうつながりがあったのか。

鎌倉の、ディモンシュという、あのカフェもそうなのだけど、ここLIFE Seaも、代表者の顔と名前がちゃんとわかって、何が好きでどういうことを大事にしてやってこうとしてるのかとかも、ほんのりわかる。非直接的にだけど、そういうことがコミュニケートされてる。こういうふうなのは、好きだな、と思った。

でもそれ以上は、ここに呼ばれた(?)意味は不明で。。。帰宅してから、今度はアン・モロー・リンドバーグを検索してみた。

そうしたら、彼女が書いたという、とっても気になる文章が出てきた↓

For Sayonara, literally translated, 'Since it must be so,' of all the good-bys I have heard is the most beautiful. Unlike the Auf Wiedershens and Au revoirs, it does not try to cheat itself by any bravado 'Till we meet again,' any sedative to postpone the pain of separation. It does not evade the issue like the sturdy blinking Farewell. Farewell is a father's good-by. It is - 'Go out in the world and do well, my son.' It is encouragement and admonition. It is hope and faith. But it passes over the significance of the moment; of parting it says nothing. It hides its emotion. It says too little. While Good-by ('God be with you') and Adios say too much. They try to bridge the distance, almost to deny it. Good-by is a prayer, a ringing cry. 'You must not go - I cannot bear to have you go! But you shall not go alone, unwatched. God will be with you. God's hand will over you' and even - underneath, hidden, but it is there, incorrigible - 'I will be with you; I will watch you - always.' It is a mother's good-by. But Sayonara says neither too much nor too little. It is a simple acceptance of fact. All understanding of life lies in its limits. All emotion, smoldering, is banked up behind it. But it says nothing. It is really the unspoken good-by, the pressure of a hand, 'Sayonara.

日本で暮らす身でありながら、「さようなら」とは、「左様なら(ば、仕方ない)」という意味だったと、初めて知った。「Since it must be so」と文字通り訳してあったおかげで、ああ、そうか、と。

リンドバーグさんは、この日本語の別れの言葉は、自分が耳にした世界のさまざまな別れの挨拶の中でも一番美しい、と言っていて、他の言語の別れの挨拶と内容を比べているのだけど、こういう感性を持ったリンドバーグさんに、関心が湧いた。

Giftfromthesea じゃあ、やっぱり彼女の本を読んでみるべきなのか、と思ってもういちどよく見たら、タイトルはLife from the Seaではなくて、Gift from the Seaだった。。。あれれ。。 ちなみに上記の文章が出てくるのは、彼女の別の作品、North to the Orient。このタイトルも、きれいだな。

両方とも、いつか読んでみたい本リストに、ほんのり加えておくことにします。さまざまな伏線とご縁をありがとう、(ふ)ちゃん。

(蔦屋書店の中で、もうひとつ、気になったイベントがあったのだけど、そちらのことは、まだ考え中。)

最近、どんなインプットを入れるかに、どうも慎重になっているみたい。ぼんやりしているせいもあって。でもここ数日は天国みたいに涼しくなって、だいぶんマトモに考えられるようになってはきてるけども、なんだか気を抜くと、やっぱりぼんやりがはじまるのでした。

* * *

ただ、ずうっと、楽しいはずのことをしても心が動かず、なにかをしようという意欲も湧かずだったのが、ちょっと上向いてきてるようではあって、おととい、近場の低山にハイキングにいってみたらば、想像以上に楽しかった。。とってもおおきな楠もいたし、樹齢750年のビャクシンの 木もいた、もう神話のなかの木みたいでした。Img_4119

食事中のりすにも会って、細い枝の上で宙返りして実をもいだり、となりの杉の木にとびうつって、後ろ足で幹に ぶらさがり、前足は両ひじをついて手に持った実をかじったり(おなかはぺたりと幹についてて、ちょうど床にうつぶせに寝転んで両肘をたててる人みたいなの が、バーティカルになったふう)、わたしからみるとどれも離れ業ばかり。でもりすにとっては樹上こそがホームで、くつろいだ自由な身のこなしは見ていてほ んとにあこがれた。

汗もかいたけど嶺を吹き抜ける風は涼しくて、快適で、あんまりあせベタにならなかったけど、でもハイキングしたら最後はお風呂で締めないと、と下山したところから一番近い銭湯に行ったら、古いけどこざっぱりときれいなとこで、脱衣かごが銭湯ではみたことないようなおおらかですてきな藤製のかごで、ロッ カーはなくて、お風呂のなかにはどどーんと本栖湖の絵。お湯がやわらかいな、と思ったの20150824_183328 で番頭さんに聞いてみたら、薪で沸かしてるからですよ、ガスと違っ てやわらかくなるんですよ、と、常連のおばさんとふたりで嬉しそうに説明してくださり。すごいですね、というと、またいらっしゃい、と。

いろんなありがたいことがあったのでした。有難い、の文字通り。。。

そうだ、そして、おととい、あの銭湯で使った、他では見たことがなかったすてきな藤製の脱衣かご。あれとおんなじかごが、今日、LIFE Seaでコーヒーを飲んだ時「荷物置きにどうぞ」と差し出されたのだったっけ。お手洗いは昔ながらのぽっとんで、湯沸かしは薪(銭湯横にうずたかく積み上げられた廃材たち)という、昭和15年(戦前だ。。)創業のあの銭湯と、去年オープンしたばかりのおしゃれなイタリアンレストランが、藤のかごでつながっていたのでした。おもしろいな。

ハイキングしてたとき、こんなして歩くだけでおもしろいんだから、いいねえと思ったけれど、ハイキングでなくても、近所をふらふらするだけでも、おもしろいことはあるもんだなあ。。

でもやっぱり元気が出たのは、なにより、山道の木々や動植物のおかげだと確信しています。そうだ、それも、今日行ったレストラン、LIFE Seaの代表者の相場さんが、お店の冊子に書いていた文章の中に似たようなことがあって、「お」と思ったのだったっけ。

ロンドンのPetersham Nurseriesというところへ彼が行ったときのお話なんだけど、この植物の巨大温室をそのままカフェにしたような場にいて、「とにかく心地いい」と言い、「植物=エネルギーなので、食事からとるエネルギーだけでなく、こうしても植物からも感じられるのはすごく贅沢。」と書いてらした。相場さんはそもそも、「外で元気に花や緑が生い茂る中で食事ができるレストラン」を夢見ていたそうで、その実現に向けて「1歩が踏み出されたような気がしています」とも書いていらした。

木々を眺めては「森林浴だ、森林浴だ」、鈴虫の声を聞いては「リンリン浴だ、リンリン浴だ」、蝉の声を聞いては「ミンミン浴だ、ミンミン浴だ」と、なんども相方とそんなことを言いながら歩いた山道。冗談みたいにいってたけど、ほんとうに、浴していたんだな。ありがとう、と思う。。。

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2015.08.13

なつやすみの読書感想文?

20150812_211141 西井一夫さんの『「昭和20年」東京地図』と、小熊英二さん&上野千鶴子さんが鶴見俊輔さんにインタビューした『戦争が遺したもの』を続けて読んだ。昭和 20年は、今からもう70年前。。。70年前がどんなだったかを、その。。空気みたいなものを含めて知りたかったみたい。

西井さんも鶴見さんも、「確かさらしさ」に健やかな疑いを持っていたんだな、というのがさしあたり、よく伝わってきたことでした。ほんとに確かなことは、ぼんやりしたなかにある、というような。

そこのところ、なんか、自分にとっても肝心なところな気がするのだけども。でも自分は無意味にぼんやりぼおーとしてばっかりなこの頃。。(ある「確からしさ」がみんなに押し当てられていた戦時中と、その「確からしさ」がはっきりと崩壊した戦後の空気を、お二人ともが体験されておられたことが大きかったのかな、とは思うのだけど)。

20150812_211614_2 しかし、西井さんの本は半分くらいから、半ばつらい想いを押して読んだのが、鶴見さんの対談本は暗くつらい想いをせずにあっという間に読み通せてしまったのはなんでだったか、一晩寝たら、起きぬけに、ぱっとわかった気がしました。

鶴見さんは、人を裁かないからなのだ。たぶん。。。だから言葉の周縁に丸みがある。西井さんは、どちらかというと、ポカポカ殴っちゃうような勢いのある人で、それは文章にもはしばしに表れていて。西井さんなりの「おい、こら」感がちゃんとあって、裁くわけではなかったけど、嫌われ役になってでも言うことは言うのだ、というふうで、それは西井さんのところで働いていたときわたし自身もよく目にしていたし、あのあり方がわたしは好きでもあったけど)。

鶴見さんは、人の行動や思想を批判したりすることはあっても(あの時期のあの仕事はつまらない、とか)、同じ人が別の時期にしたことについては「評価をしているんだ」と言い添えたりもするし、究極的にはその人の行動・思想がどうであれ、その人自身のことは、否定しないのだった。その人のそのとき置かれた状況や資質を合わせてとらえていて、行動に表れたその表面だけをバッサリ判断するということはしなくて。それにどちらかというと、思想や行動の内容よりも、その人の心の「構え」のほうを見ているというか。そこに共感できるものがあれば、どんなに自分とは相いれない考え方や行動スタイルの人でも「でもいい感じだと思った」とか「でもいい奴なんだよ」となる。

自分が大変つらい想いをさせられた相手に対しても、いろいろ言いはしても、最終的にはその人を責め立てていくようなことはしてなかったのが印象に残ったのでした。

裁かない、ということの根底には、鶴見さんがご自身を「悪人」だと自認していて、裁けるような立場にない、と心底思っていたところからきているのもあったと思う。ほんとうに一貫して、常に正義の側、大義の側、裁く側には立たない人なのでした。

自分の目に余るようなことが起きているときでも、それを「悪い」とかいって糾弾するのでなくて、とにもかくにも「あれには困ったよ」と言う。そうやってひたすら自分が「困って」いるのだけど、そこから相手を責めるということへ転じないのだった。過ちをしてしまったらその落とし前を、その人なりのつけかたで、つけるといい、という前提はあったみたいだったけれど、過ちを責めるということはしない人だった、というのが私の受けた印象です。パッシブにそこにいて、その都度知恵と工夫でなんとかやっていて、アクティブな攻め・責めのほうへは行かない。

Lehavre 鶴見さんの対談本は、読後感が、カウリスマキの映画を観た後みたいなふうでした。。。特にこないだ観た『ル・アーブルの靴磨き』の後味と、よく似てた。(ほんとに好き、この映画。)

* * *

「答えを生きる」というようなフレーズを少し前から聞くようになって、ほのかに心の中にはハテナマークが浮かんでいたのだけど、鶴見さんの処し方を知るにつれて感じたのは、彼は答えを生きなかった人だったんだな、ということ。鶴見さんは一貫して、最低限「過ちを犯さないように」というところでやってきたんだ、と感じた。最低限の過ち、つまり戦時中に「人を殺さない」ということとか。。。

そして過ちを犯さないために、そのときどきでできることをした、それらは「答え」「正解」などでなくて、過ちを犯さないためのそのときどきの「手段」でしかなくて、だからそのときどきで自由度が高かった。

「答え」を生きてしまうと、その「答え」が大義となって、固まっていって変化できないものになる恐れがあって、たぶんそこが「答え」を生きることと、「最低限過ちを犯さないように」生きることの違いを生むんだろうな、と思いました。

これはわたしの周囲だけなのかもしれないけど、「○○をしない」ということよりも、それをしないために「○○をする」という、その「すること」のほうにフォーカスを合わせていく”ポジティブさ”のようなものが良しとされている雰囲気を近年感じていて、「しないこと」のほうに立脚することは、なんだか”ネガティブ”な感じでやりずらかった。。のだけど、でも鶴見さんの処し方には、やっぱりすごく共感した。

F.M.アレクサンダーが、抑制というコンセプトに行き着いて、「誤ったことをしないでいる」ことによって「The right thing does itself (ふさわしいことがおのずと起きる)」と言ったけれども、なんだかそれに近い。

「○○だけはすまい」という、そこに徹しているうちに、出てくるもの、起きてくる展開があって、それらはたとえば、鶴見さんの場合だと、同じ活動をしている仲間内にスパイがいるのかもしれない、という疑いが出たときに、問い詰めて糾弾して内部でリンチに発展するようなことだけは避けたい、というところから、大事な決めごとをしようと集まるときに、最初は雑談ばかりしながらごはんを食べて、お店をどんどん梯子してどんどん食べ続けて、そのスパイらしき人がお金と体力が尽きて脱落した明け方くらいになってから、残った人たちで大事なことを決めはじめる、という手法が出てくる。

ベトナム戦争のときアメリカ兵に脱走を促す運動をして、実際に脱走してきた兵士をかくまっていたのだけど、あるとき脱走兵2人のうち1人がやっぱり軍隊に戻ると言いだして、兵士2人がケンカになったときも、その晩はまず静観したしそうで。翌朝、「軍隊に戻るにしても、せっかくだから日本の文化を少しでもあじわってからではどうか、どこか行きたいところはないか?」と聞いて、その兵士が銭湯に行ってみたいと答え、鶴見さんと2人の脱走兵とで銭湯へ行ってお湯につかっていると、なんだかみんな愉快な気持ちになってきて、結局は「戻る」と言いだした兵士も戻らないことにした、とかいうお話もあった(今出典ページがすぐ見つからないので。。わたしの記憶違いがないといいけれど)。

このどちらのときも解決策は、「こうすればいいんだ!」とヒロイックに叫べるような「正解」なんじゃなかった。どちらかといえば、とんち、という感じの、ぽっとその場で出た知恵、工夫で。その素朴さに、ほっこりするような類のもので。正義や大義なんかとは距離がすごいある。。。柔軟でほっこりした知恵なのだった。

なんかここに、すごいヒントがあるように感じていて。「○○しない」のほうに重心を置いた「パッシブさ」があって、それが、「正しいこと」をふりかざしてしまって起きる暴力や衝突を、避けさせてくれるのかなと思えています。

(憲法9条をだいじに思うのも、そこらへんのところかと。。)

「○○は避けたい」というふうに「避けたいこと」を高密度で考えてしまうと、逆にそれが起きてしまう、というパラドックスは、確かにあると思うのだけど。だからといって、望むことのほうばかりにフォーカスしていくようになると、なにかが置き去りになるように感じられてならなくて。。

たぶん、自分の意志・意思の範囲、想定できる範囲はほんとにちっさいから、頼りになるのはそこからはみ出たものたちだったりするので。。。自分の他力本願なところは情けなくも思うけど、でもやっぱりそこに頼らなければやっていけないという、個人的な実感がある。。

わたしの個人的な関心事に引き寄せて書いてしまったけど、鶴見さんは、「しないこと」「パッシブさ」の力を貫いた非服従の姿勢で、さまざまな局面で現場に行き、デモや実際行動をした方だったことを、書き添えておきます。現実のレベルでどう動くか、理想だけでないところでいつも考えておられていたのは間違いなくて。。。

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2015.08.03

てしごとのスタンス、点検・模索中

20150803_131907 週末から今日はまだ、プチなつやすみが続いています。今朝はすっきり目覚めて、植物にお水をあげて、洗濯をして、キッチンの床掃除をして。しばし「夏休みこども電話相談室」をラジオで聞きつつ、請求書づくりやら、メール返信やらをして、さあこれから、なにしようかな、というふうです。

ここしばらくの、すべてと距離が出てきて自分が消えてくような感じや、全般的な気力の足りなさ、ひきこもりがちな傾向については、プログレスの新月を前にするとそういうふうになるものなのだ、とわかってから、「これからずっとこうだったら」という不安がなくなって、もう少し、ゆだねていられるようになりました。逆説的だけど、じゃっかんやる気も取り戻せたかもしれない?です。

しかし、時間ができたのにもかかわらず、木工に戻る気にならないのは、暑いせいなのか、なんなのか。

つくりかけだったトライポッドスツールは、少し前に、なんとか完成して、一応使えるものになってうれしかったのだけど。。。

あ、最終的にこんなのになりました。

20150726_173201 座面は革は避けたかったので、手元にあるなかで、織目のつまった布や、「引き裂き強度」が強いといわれるタイベックなど、ためしてみたのだけど、この作り方サイトにあるように、座面を脚に直接打ち付ける(ネジで)方法だと、重みがかかったときの負荷にたえきれず、避けてしまいました(私のつくった寸法がフルサイズでなく、ミニサイズだったからか、それとも生木を使ったせいか。。わからないですが)。

仕方なく、手持ちの革を座面にしたら、こんどは革も、ネジを打ったところから裂けてしまい。。。別の方法(脚の上にかぶせて、紐で巻いてとめる)を思いついて、やってみたら、ようやくなんとかなりました(ただ、どのくらい長く使えるかは、まだこれから要検証)。

20150726_173244_2 巻いて、紐でとめるときの、この紐は、織りテープを使うことにして、長いまま、3本の脚を一連なりにしてとめました。こうすると、脚の開きを止めることにも少しは貢献しそうかな、と思って。

20150726_175113 革の上から、前回つくって強度が足りなかった、織物の座面を被せてみました。

20150730_093645 たたむとこんなふう。手にもってくらべてみたら、手持ちのミニ折り畳み椅子(パイプと帆布製)より、ちょっと軽かった。

脚は華奢だけど、木目に沿っているので、柔軟性と強度があるのが気に入っています。

で、この「木目に沿う」ということ。わたしがグリーンウッドワークで特に好きなのは、そこです。

スプーンづくりの講座で教えていただいて、スプーンを一本つくり、帰宅してから、おさらいの目的で、教わった方法でもう2本、スプーンをつくったのだけど、そしてどちらもモノとして、スプーンとしてはまあまあ使いやすく、わりときれいな形にできて、とってもうれしかったのだけど。

20150712_103953 20150712_103947 20150712_103935 そしてそのうち1本は、ウワミズザクラ、という、昔の亀の甲羅占いと縁のある木でつくったので、占いや星読みを専門にしている友達にぜひ使ってもらいたいと思って、プレゼントできて。友達もウワミズザクラのことを知って、そのかわいい白い房状の花の写真も自分で調べて探してきてくれて、この樹とのおつきあいを深めてくれたことが、すごく嬉しかったのだけど。

そう、なんというか、自分がしたいのは、モノとしてある程度完成度のある、使いやすいものをつくるというのも、もちろんなんだけど、もっと強く願うのは、そのモノを通して、木々とのつながりを、ご縁を、深めること、みたいです。

なので、その木々の体をいただいて、削らせてもらうとき、一方的に自分の望みの形を押しあてることは、したくなかったのでした。木目に沿うこと、節を生かすこと、その材がなりたがっている(と感じられる?)形についていくことを、できるかぎり、したい、というか。。。

でもそうしていくと、かなりユニークな形状になって、使いやすさの面でどうよ?となることも確か。わたしの最初のサービングスプーンなぞは、そのいい例です(でもあれはあれでやっぱり、ああしか成りえなかったようにも思ったり。。)。

スプーンづくり講座を教える側になれば、ある程度使えるものを完成してみなさんに持ち帰ってもらって、そのスプーンを実際に使う喜びを体験してもらうことが大事だし、そのためには、型紙もノウハウも、ものすごく役に立つということ、よくわかります。

基本があって、はじめて臨機応変が出てこれるわけですもんね。。。

だからたぶん、講座を受けているときや、家でおさらいしてるときの、わたしの態度が、材に対して自分の意思を「押しあて」すぎてたんだろうと、それだけのことだったんだろうと思う。。。自分は作業が遅いので、皆さんと足並みをそろえるために焦っていた部分もあって。家でやるときは、じっくり時間をかけて、材と交流しつつやることだってできたのに、サクサク作業することにあこがれて、「何時間で1本つくれるかな?」と考えながらやってしまったひとときもあったから(でも最後にはじっくり作業になって、やっぱりそのときはぐぐーと材の中にのめり込んでいったのだけど)。

最終的には、自分自身の基本をどこに置くか、ということなんだろうな。

「途中でやめる」というブランドを立ち上げてリメイク服をつくっている山下陽光さんのやり方が、おもしろいな、どうというのはわからないけど参考になりそうだなー、と思っていました。「途中でやめる」のネットショップのサイトには「想像以上に低クオリティです。」の一言。

いろいろに付加価値を付けることで、値段を下げている。。。

一緒に働いてもらう人は、とりあえず家にきてもらって一緒に呑む。。。

などなど。

木工品も、もっと身近なものになってほしいし、しかも、道具になる以前のその木とのご縁をとりもちたい。この樹は家の中で○○になってくれている樹、と親しく感じられるような樹が1本でも増えたら、嬉しいのだなー。

20150726_175133 ってことで、庭で剪定したセンダンが折り畳みスツールになる、そういう感じの喜びをシェアしていける方法。。。を、ぼおーと考えています。

木と交流しながら作って、道具に成ったあともその木との交流を保てるような。モノとしての完成度ばっちりというよりか、モノとしてもちょっとクセがあって、使う時に個別に気を配ったりしないといけないような。。。??? そういうモノとのおつきあいというのは、どうでしょね?

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2015.08.02

ラジオと天体と

20150726_120956 毎日暑くて、このところサラダばかし食べたい。最近のリピートメニューは、パンケーキのサラダのせです。マヤナッツを入れた甘くないパンケーキを焼いて、その上に手持ちの野菜を適当に盛る。粒マスタードとマヨネーズとメープルシロップを混ぜ合わせたソースをかけるのが、今年のマイブームです。お手軽でボリュームがあって、よいです。。

20150801_104518 さてはて。SONYのラジオが来ました。。!

おとといの深夜3時まで、7時間作業した分の仕事のデータが、なぜかフッと消え去り、昨日は切ない気持のままやり直しをして、なんとか約束した期日に間に合うようがんばっていたのだけど、そうこうしているときに、ラジオが届きました。

いろいろを終えた夜に、はじめてスイッチオンをしてみたら、思っていたよりクリアーな音が、小さなスピーカーから聞こえてきて、びっくり。

ラジオの番組表を持ってないので、適当にダイアルを回していくと、日本語、韓国語、英語、中国語、??語、さまざまな放送が聞こえてきた。灯台放送だけは周波数がわかっていたので、さっそく合わせてみたけれど、室内からではだめみたいでした(お外で今度ためしてみよう)。

いろいろ聞こえてくるなかで、とても奥ゆかしい女性の声の、日本語の放送があったので、興味をそそられてしばらく聴いていたら、それはFEBCというプロテスタント系キリスト教の放送局でした。毎晩1時間と少しだけ、やっているらしい。最後の最後に、お祈りがあって、そしてさらにそのあとに周波数やコールサインを言うのだけど、そのときにわかったのが、放送局が韓国の済州島にあるということ(不思議におもって後で調べたら、「日本の放送法では日本国内での宗教放送局の設置が認められていないため」済州島に移されたそうです)。

このラジオでの記念すべき初視聴は、プロテスタントの放送局。。。先日、プロテスタントに入信するには、「あかし」の体験がやってこないといけないのだ、だから自分が入りたいと思うだけで入れるものでないのだ、という話を聞いて興味をもったばかりだったので、若干ご縁を感じています。

しかしアンテナをひょいっとのばすだけで、室内のおふとんの上で(窓際でもないところで)きれいな音で受信できるとは、予想外でした。FEBCの後は、中国語の放送にダイアルを合わせて、直観的にこれはNHKの中国語講座!と思ったのを、しばらく聴いていました。久しぶりの中国語講座でしたが、解説者の方の舌たらずの話し方が懐かしかった。。。

今日の昼間は、英語の放送が出てきたのでしばらく聴いていました。ニュースなどを聴いてたのだけど、てっきりイギリスの放送局かと思ってたら、ニュージーランドの放送局でした。

20150801_123201 ラジオを聴いていると、久しぶりに手仕事をする気になり、ずっと懸案だったつくろいものをふたつ、やりました。やってみると簡単なことなのに、なかなかやる気力がでずにいたのだけど(このとこ全般的に何をするにも気力が足りない感じで)、でもやってみたら、そのあいだはちょっとほっこりと過ごせました。

* * *

遠く外国の地から出されている電波を、自室にいながらキャッチできることに、感慨をおぼえます。天王星は、占星術では水瓶座と結びついていて、その手前の山羊座の「ローカル性の縛り」を越える(空間を越える)性質が言われているけれど、ラジオが天王星的な機器だと言われるのもうなづけます。

もひとつ次の魚座(海王星)になると、空間だけでなくて時間も越えるわけなのだけど。そして海王星になると、もう機器はいらなくなるんだろな、という感じもするのだけど。。。(占星術的に、来年わたしはプログレスの月の新月を魚座で迎えることになっていて、次の30年サイクルはどんなふうになるのかなああと想いを馳せています)。

自分にとってラジオはひょっとして、p月新月を水瓶座で迎えたここまでの30年を、総まとめしつつ、次の魚座への道を案内をしてくれるデバイスなのかしらん?

* * *

時期をおなじくして、大好きな友人が、不思議なご縁があってホルストの『惑星』に合唱で出演したという話をききました。指揮者がフィンランド人女性だったこともあって、ぐっと興味がわいて、その演奏をBBCのラジオのネット再放送で聴きました。すごくいろいろにびっくりしましたが、特に、最終楽章の「海王星」は、からだに浸みいるようなふうで、その最終楽章の最後の最後に、友人が参加した女性の合唱(言葉のない声のみ)が入るのだけど、ふわあとまさに霧のように声がリピートしながらフェードアウトしていくとき、わたしの意識も飛びました。。。

http://www.bbc.co.uk/programmes/b063dgp0 (BBCラジオのネット再放送、期間限定なのですが)

この『惑星』のラストの女性の合唱隊は、ステージ外(見えないところ)に配置するよう作曲者のホルストは指示していたそうで、今回の演奏でも、友人たちElysian Singersのみなさんは、客席からは見えない天井桟敷で歌ったんだそうです。客席で聴いていると、天から降って来るかのように聞えたろうな。

ホルストが作曲した当時はまだ冥王星が発見されていなかったから、「冥王星」という楽章がない、というのも、ぐっときました。

冥王星が発見されるのは1930年になってから。そして2006年には惑星を「降格」して、今ではもう惑星のくくりには入らなくなっているので、今の時代はまた、ホルストの作曲したままの『惑星』がしっくりくるようになった、とも言えます。

冥王星の不在は、どんな意味なんだろうな。冥王星が担っていた役割は、今どうなっているんだろうな。。。

“戦争法案”は廃案を、と小さく声にしつつ、みんなの大きな声がひびきわたっているのを聴いている、この夏。「現実」という大粒の粒子と、星々の微細な波長、両方がお互いに浸透しあってそこにあることを思っています。

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