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2015.10.05

トトロのおなかの上で

20151003_130726 最近、夢のような次元であわやーく思う「願い事」が、叶うスピードが加速しているように感じます。これは世界的な現象なんだろか。。。

というのも、ついこのあいだ、ヤブガラシという植物と知り合いました(近所の森のお手入れのボランティアで、「つる切り」という作業をして、その帰りみち、バスケットづくりのために「野葡萄の蔓があそこらへんにあるから切っていいよ」と言われ、喜んで切って帰ってきたら、野葡萄と思ったそれはヤブガラシだった、という事件があって)。

そしたら、その翌日に、ヤブガラシのことを「とっても素直な植物なんですよ」と語り、蔓を切ったりすることなく、くるりと輪に丸めてそっと地面におくだけで、「藪を枯らす」ほどのヤブガラシの勢いをおさめる方法を伝えていらした矢野智徳さんのお話が、Facebookづてに流れてきました(矢野さんのご活動については小耳に挟んではいたのだけど、こうした具体的な手法を伝え聞いたのは初めてでした)。ネットで調べるとみんながヤブガラシを厄介者扱いしてるようだったのに、そのヤブガラシを「とっても素直」と語るその人に、「お会いしてみたいなあ」と、そのとき思って、そうしたらその1週間後、矢野さんがわが家のある地域のほうで、森のための「水脈づくり」を指導される現場に、参加させていただくことができてしまいました。

イギリスでグリーンウッドワークの合宿コースをやってらしたマイク・アボットさんのウェブサイトがネット検索で出てきて、素晴らしいコンポストトイレや、焚火での料理、テントでの寝泊まりという森での生活そのものに魅せられて、いつか行ってみたいもんだなあ、と思っていたら、半年しないうちにほんとうに行けてしまった、(しかも春に行けて感激してたら、イギリスでのお仕事のお話が舞い込んで、同じ年の秋にもう一度行けてしまった)、あのときも、こんなに非現実的な願い事がこうも早く叶うなんて、どうしたことだ、と心底びっくりしたのだけれど。。。今回もそうでした。

しかもお金のないわたしにとって、今回の参加費無料は、ありがたすぎました。。。(マイクさんのとこに行ったときも、春のはワークエクスチェンジ的なものだったので食費だけで森に1週間滞在させてもらってしまい、秋にちゃんとコースを受講したときは受講料をフルで払ったけれど、渡航費はイギリスでのお仕事をいただいたおかげでまかなえたのでした)。

ほんとうに、有難いことです、文字通りです。

(グリーンウッドワークは、その後、日本で学びを続けたくて、マイクさんにわたしよりもうんと早くから教わってきたグリーンウッドワーカーの方おふたりに、散発的ペースではあるけれど教わっていて、その講座も、受講料がものすごく、ものすごく、良心的で、内容は特濃で、ほんとにまたしても文字通り、有難いのでした。先月の講座もインスパイアリングで、そのことも書き留めておきたいのになあ。。次の回だ。。)

今日は、まず、矢野さんご指導の水脈づくりのことを。。

でもうまく内容を伝えられる自信はないので、自分が感じたこと・理解したことのみになってしまうのだけれども。体験としては、ひとことでいうと、これまでになく、草木、土、水、空気のつらなりを3Dで垣間見た、というような感じでした。

20151003_125358 雨となって地面に注ぐ水の動きが、本来の自然の動きに近いものになるよう、すでに人間が傷をつけてしまった地面を養生する、そんな作業が、「水脈づくり」の作業でした。具体的に言うと、宮脇昭さんのご指導で森林再生しようとしている場所があって(宮脇さんも植樹の方法論が有機的で、すごいなーと思っていた方なのですが、今回宮脇方式の森づくりと矢野さんの取り組みとが合体するのは初の試みなんだそうです)、そこに人が通るための道がつけてあるのだけれど、雨水が、道に集まって流れて地表を走ってしまう、その勢いをおさめて、水が縦に地中に浸透できるようにしていくための作業です。(写真は作業後のようす)。

道をつけてそのままになっていたところは、両サイドよりも低いために両サイドからも水が集まり、地表の土は、道の両サイドの地面の土も、道の土も、水と一緒に流され豊かな表層が育っていかないし、集まった水は早く斜面を駆け降りるため縦に浸み込まず表面を走るばかりで、雨が降っても地中は潤わない。地面の表面にはテカった膜が張ってしまっていて、空気も地中に入れなくなっていました。こうなると草木が茂れず、草木の根が元気に伸びられないために、地中のなかの隙間はさらになくなり、空気も水もなおさら地中に入りにくくなり、土がどんどん硬くしまって、なおさら草木にとっては生きにくくなる。。という悪循環。

一筋水が早く流れるルートができると、そこに向かって、さらに周辺の地の水も引き込まれていくんだそうです。水の習性。。なのでこの道の両側に広がる植樹地の健やかさが、かかっていることになる。

20151003_130719 そもそも草も生えていない裸地というのは、地球にとっては傷口のようなものなんだそうです。この傷口をなんとか塞ごうと草たちは一生懸命、生える。草木の根が、土留めになって、地表の土が流れるのを防ぐし、地中の隙間をつくって空気・水が地中に入っていけるようにして、地下水脈を育てるんだそうです。大きな樹の根は、地中でほんとに大活躍しているのでした。

本来の自然の地はどこもすべて、水が横に流れる動きと、縦に地中に浸透する動きは、常にバランスを保っていて、どちらかに偏ったりはしていないんだそうです。

それが過去50年の、コンクリで固める土木などで、地中はぎゅっと押し固められたまま、水も空気も通らないような状態になっているところが増えてしまった。窒息し、血脈である水脈がおとろえてしまった大地に草木ががんばって生えても、草木も元気に成長するのは大変だし、草木が元気でないと虫や動物たちも苦労を強いられて、暴れ出したりする。

それでも動植物たちは、みんなでがんばって、なんとかバランスのとれたところへ戻そうとしていて、だから草も木も生えてくる。そうやてみんながんばってるなかで、人間だけがマイナス方向に邪魔をしがちなのですね。。。草木を抜いて地面を丸裸にしたり、コンクリで表面を固めたり、土地の四方を囲んだり。。。

だから人間が邪魔をやめて、自然のみんながやろうとそている方向に協力的になっていくようにすれば(そしてその取り組みも、できるだけその場にある有機的な材料で行えば)、バランスのとれたところへ向かう動きは必ず加速するんだそうです。そしてそれは目にみえる結果が出るんだそうで、矢野さんはご自身の目で実際に見てきてわかったことを、シェアしてくださっているのでした。

20151003_111831 今回の作業のあと、どんな変化が期待できますか?という質問に、まず矢野さんは、近くにあった草の葉っぱをちょっとちぎって、陽に透かしました。「こうやって陽に透かすと、葉っぱって、こう、ぽうっと光りますよね」とおっしゃって、「今もこの葉っぱは、まったく光ってない、ということではないけれど、今日の作業で大地の水脈が育ってくると、この光り方がね、強くなります、もーっとこう、ぽうっとね」。

それから道の両サイドに生えている木々については、今黄変をおこしている葉っぱが緑になってきます、と(黄変と紅葉は違う、と説明したうえで)。あとは木々の芽が、もっと充実した感じになるし、全体に、みんな元気になってくる、それが体感としてわかるはずです、とのことでした。この説明のどれもに、ぐっときた。。。

20151003_111854黄変については、樹のどのへんで起きているかも見るといいそうで、黄変が起こっているのが下枝の場合は地面の表面近くの問題、上のほうの枝の場合はもっと深い地層の問題なんだそう。わたしの横に立っていたトベラは、まさに一番下の枝に黄変が起きていました。

矢野さんが強調してらしたのは、地中の水の動き(地下水脈)には、空気の動きが先行する、という点でした。これを何度もおっしゃっていた。目にみえないから見過ごされがちだけど、まず、大気中の空気、これが土中に入っていって動かなければ、水は動かない、と。

ストローの中に水があっても、片方の口を指で押さえたら、中の水は動かなくなる。あれと同じこと、と。

20151003_131156大地全体が呼吸をしていること、それを阻害しないことの大切さを、しみじみ、思いました。そしてそれがどれだけ、全体(草木、動植物、わたしたち)にとって、大きいことか、を。あと、地表をカバーする草や落ち葉枯れ枝、みんなが大切な役割を担っている、ということも。

たくさん雨が降ったとき、川を見ると、水は澄んでなくて泥水になっている。それをわたしは当たり前だと思っていたけれど、自然本来の状態ならば、たくさん雨が降っても地表の泥が川に連れ込まれることはなく、川の水は澄んでいるんだそうです。そして豊かな森では土はかならずふかふかに柔らかい(これは自分も体感として知っています)。

自然の仕事を邪魔しない、ということを、ミクロレベル(自分の庭)からマクロ(地球全体)まで、もっと考えて、実行していきたいな、と思ったのでした。はからずも、この「邪魔をやめる」とか「本来のデザインに協力的になる」というのは、自分自身(の心身)のレベルでは、アレクサンダーテクニークで、ずっとすったもんだしながら学ぼうとしてきたことで、(いまだにすったもんだしてるけれども)そうなんだ、もっと尊敬して信頼して協力していくことなんだよね、わたしがああだこうだコントロールするんでなくてね、とまた別の側面からヒントをもらっているようなふうです。

矢野さんのおっしゃる「水の動きには空気(風)が先行している」というのも、心身の感情の方向には思い(込み)が先行している、ということを思い出させるな。。。

20151003_125408それに、今回の作業で、雨水が道の表面を高速で走っていかないよう、小さな横木で堰をつくり、さらに地面の表面に炭をまいて、枯れ草をたくさん敷き混んだのだけど、こうして水の速度をちょっと緩めることで、本来あるはずの水の動き(縦に浸み入る部分)も起きるようになる、そのしくみも、アレクサンダーでいうところの「抑制」に近いように感じました。

地球をひとつの大きな有機体ととらえることが、なんだかリアルでした。矢野さんが最初に「みなさん今日は、トトロとかゴジラとかのおなかの上でこの作業をしているんだ、というようにイメージしていただくと、わかりやすいかと思います」とおっしゃったときは、「??」と思ったけれど、作業が終わるころには、なるほどそうか、と体感が来た。。。

生きものの上に暮らしているんだ、という自覚を持つこと。。それってかつてネイティブアメリカンの方や土地に根差した暮らしをしていた人たちはほんとうに普通に持っていたんだろうなと思う。

 

* * *

20150928_150301_2 20150928_164714_2 話しは大きく戻るけれど、矢野さんとのご縁をとりもってくれたヤブガラシという植物(野葡萄と間違えて連れ帰ってきちゃった蔓)は、結局、バスケットに編み込んでみました。

森のお手入れボランティアの「蔓切り」作業中に、切った蔓の中でしっかりしたのを少しもらって帰ってきてたので、それらとヤブガラシを組み合わせて、編みました。カラスウリ、ヒヨドリジョウゴなどとのまぜこぜバスケットになった。

Dsc00558 蔓でバスケットを編む場合、まず蔓を一度乾燥させてから、編む前に水に少し浸しておいてやわらかくして編む、というのが一般的だと思うのだけど、前回同様、またしてもグリーン(切った直後)の状態で編んでみた。

20150928_204520 20151005_145535乾燥するとどうなるか、見てみようと思ったのでした。1週間経って、だいぶ乾燥して、蔓の太さがやせました(写真左はできたて、右は1週間後)。結果的にバスケットの編み目にすきまができた。

前回グリーンな状態でジャスミンの蔓で編んだほうのかごは、みだれ編みにしたので、隙間の変化がわからなかったので、今回はっきりわかっておもしろかったです。

20150207_104438_2 20151005_145419 ジャスミンかごの場合はこんなふうでした。左が出来たて、右が現在(7ヶ月後)。

ああ、ひがな、有機土木や身近な生活道具の手づくりとか、そういうことを学んだり実験したりできる暮らしだったらいいのにな。。

仕事に戻らないと。。でもお金のための仕事と暮らしが切り離されてなくて、全部まるごとただ生活する、というふうになれたらなあと思う。。。お金の要らない暮らし、ゼロ円経済圏、などとつらつらと考える今日です。

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