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2016.03.23

休日

20160323_173415 ヒメスミレらしきすみれが、「猫の額庭」に花を咲かせているのを、みつけました。予期しない場所にぽっといる、その感じが好ましかったので、写真をとらせてもらった。うつむき加減な咲き方をするのは、クリスマスローズたちと似ているな。

今日はまる1日、お休みの日にしました。ようやっと、読書の午後を過ごしました。まともに本を読むのは、3カ月以上ぶり。。。! 20160323_154750 お誕生日プレゼントに、サプライズでもらった『森は考える』という本なのだけど、意外に、ここしばらく自分が受けてきた刺激の中身を反映するというか、統合するというか、そんな内容で、ああ、全部つながっているし、ふさわしいときというのがあるんだな、と思いました。

夕方からはフィンランドの伝統食「カレリアン・ピーラッカ」を焼いたりして過ごしました。パン焼きも、かなーり久しぶりです。

20160323_195759 カレリアン・ピーラッカは、ライ麦粉の皮の中に、お米のミルク煮をつめて、オーブンで焼くのだけど、想像していたより、ずうっと簡単だった。。そして相方はめちゃくちゃに喜んでくれました。たべるときに、ゆで卵のみじん切りにバターを練り混ぜた「卵バター」というのをトッピングするのが定番らしく、それもやってみたら、なかなかおいしかった。

20160323_23451220160323_234645_2 夜は、好きなラジオ番組を録音したのを聞きながら、ノコギリの柄を削り終えました。少し前に、小さめの替え刃式ノコギリをホームセンターで見つけて、いいな、と思って入手したら、とても使い勝手がよかって、うれしくて。ピンクのプラスチックの柄のかわりに木製の柄をつくったら、もっと愛用できそうだなと思えていました。20160312_19000220160314_124409 刃ものの柄づくりは、初めてだったけど、なかなかおもしろかった。

ついでに、このノコギリのケースも、好みのボール紙で作成。北海道のマルセイバターサンドのあき箱で。

手を動かすと、ふしぎと心がやすまります。

たくさんの人に会って、いろんな刺激を受け取ってきた日々の後、こうやって過ごすと、ここしばらくのいろんなことがぽっと浮かんでは流れていって、「あのときのあれは、こういうことだったのかも」というふうに、その場その瞬間にはわけのわからないままにいたことの意味がこころに浸み込んできたり、別々だと思ってたものごとがつながってた!と小さいひらめきが降ってきたり。

お休みは、気分転換したり養生したりしてエネルギーをチャージする、という意味でしか、あんまり捉えてこなかったけど、消化とプロセッシングの時間でもあるのだな。。

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2016.03.21

長いときの果てに

20160314_102338 昨日で、ここしばらくのぱたぱたデイズが一区切り。ぱたぱたしているあいだに、ずうっと前にまいた種がいつのまにか芽を出してました。すごいうれしい。でも、何の種だったか思い出せない(^_^;) 大きく育つまで、誰なのかわからないままです。。。

この2週間強のあいだ、家仕事の納品のために完徹夜・半徹夜を4度(もう徹夜はしないことにしていた近年だったのに)、外仕事の前夜にナーバスになってうまく眠れなかったことも2度あって、睡眠サイクルはめちゃめちゃで、そしてゆっくり座って出来事を消化したり、自分の気持ちをたどったりするひまがほとんどない日々で、こんなこと自分の生活上まれなんだけど、と思いつつ過ごしていました。

ただ、エネルギーをばんばん消耗しつつ、でもその渦中で同時にエネルギーがチャージされている(ときにはチャージが消耗をうわまわってたかもしれないくらい)というふうで、それもなんというか、あたらしかったです。

家仕事も、外仕事も、とてもチャレンジだったし、ときに苦しかったり怖かったりしたけど、でも自分にとってはうれしい学びとよろこびを伴う内容だったからかな。。。ありがたいことだな、と思います。

ただ、ふだんよりもたくさんの刺激をずっと受け取りまくっていた、ということでもあるので、やっぱり疲れや揺り返しがこれから出てくるかもしれないことも、心の片隅において、自分への接し方に工夫をしようとしている今日です。終わり方を工夫する、というのが最近のテーマなのでした。

まだ家仕事は未納のものが残っているし、家事もてんこもりにあるのだけど、今日はまずは少しゆっくりした自分を時間にあげることにしています。

* * *

そして、昨日は春分の日でした。おめでたいな!

チェロキーのネイティブアメリカンの方々も、春分の日にはお祭りをするそうなんだけど、そのお祭りで大事な役割を果たしてきたという、十字石という石が、数日前にわたしのもとに 突然やってきた、というのもあって、昨日はちょっと、地軸が太陽に向かって90度だということに想いを馳せていました。

Wc_equinox1920master_ipad_1920x0180 秋分~春分~秋分の地球を宇宙から見た動画をみつけました。「太陽にむかって地軸がいちばんふんぞり返っている時が冬至、いちばん深くお辞儀している時が夏至、直立の時が春分・秋分です。」という表現もみかけて、おもしろいな、と思った。

人間が長い進化の過程を経て二足歩行になった、そして手でいろんなことをするようになった、その進化のたまものである、わたしたちの中の直立性、垂直性について、アレクサンダー・テクニークの恩師、トミーが昨日までたくさん話をしてくれたのが、春分と地球と太陽とにつらなって、思い出されていました。

トミーにまだ面識がないときに、いきなりメールを書いて、突撃で彼の学校に教わりに行ったのがちょうど13年前の3月で、以後、間があいたりしながらもある程度コンスタントに会ってきて、これまで毎回いろんな複雑な気持ちになってきたけど、今回は本当にシンプルに、トミーから学びたいことがたくさんあるな、と思いました。というか、わたしが学びたいことは、こういうことなんだ、と腑に落ちたというか。

アレクサンダー・テクニークでは、レッスンの中で相手に手を触れる、という要素があって、それがどうしても自分には抵抗のある要素でありつづけてきたけれど、今回、はじめて、自分の奥のほうから、「その触れるというのを学びたいな」という気持ちが出てきた。それで、その気持ちを先生に表明して、教わるための実際の一歩を踏むこともできたのでした(でもその一歩の最中では「わー、できない、わからない、できない!」という激しい反応が出ちゃったけれど)。でも、自分の中では、ものすごく革命的なことだったのだし、この一歩は、自分にとっては、お祝いだなあ、と今、思っています。(そして「できない」という私にトミーが言ったのは、「誰でもできるんだよ、ただ慣れてないだけ。練習すればいいだけだよ」)

アレクサンダー・テクニークを仕事にしたいとか、教師になって人に教えられるようになりたい、とかそういう欲求とままったく無縁のところで、こういう「触れ方」を、ただそれ自体のために、身につけたい、と思ってもよかったんだ、と気づいたのは大きかったです。

わたしがアレクサンダー・テクニークをもっと深く学びたいと思った当時、レッスンをしている先生が東京にいなくて、それで教師養成校にいきなり入ったのだけど、そこでは「教師になるために」という前提がいつもついてまわっていました。自分も願わくば教師になれたら、いいなあ、と思ったりもしていたけれど、8年やってみて、自分は教師になりたくない、というか、ならなくてもいいんだ、そこは本当に自由に選んでいいんだ、と知ったときは、すごく自由を感じた。その後は、「人に教えるため」という前提のないなかで、ほんとうに自分自身のために(いったりきたりしつつ)学びを続けてきたのだけど、その「自分自身のために」という前提への切り変わりが、逆に「教えるために必要なこと」だとわたしが考えていた「手で触れる」という要素を自分からどんどん遠ざけたのでした。そうやって「自分自身のために」学び続けるなかで、思考に重きをおきまくっていました。

思考も、体も、まるごとのわたしの部分でしかない、その部分のひとつでしかない思考を、ずいぶん偏って使おうとしてたのかもしれないです。

あと、「自分自身のために」学び続けるなかで、自分をまわりの場や世界と切り離してとらえてもいました。このことは数年前から気づいていて、「かかわりの中にいるということ」についてもっと見て行きたいと思ってきてたのだけど、「かかわりの中にいること」の当時のわたしの定義の中には、「相手と物理的に触れあう」という部分は不思議と含まれてはいなかった。

やっぱりずっと、抵抗があったのでした。「触れること」へのこのおおきな抵抗感は、アレクサンダー・テクニークの教師養成校で学ぶなかで体験したことがベースになっていたのかな、とも思うけれど、実際はもっと根は深そうだな、とも今は思っています。

自分が物理的に触れられることが、好きではない。これはアレクサンダー・テクニークに出会うよりもずっと前に、わたしの体に深く刻まれていたことだったと思う。触れられることが、自分の尊厳や自由を損なうこととイコールだった体験が、あるからだと、思います。

アレクサンダー・テクニークの先生なり同級生なりに触れられるときは、もちろん、わたしの尊厳や自由を損なうのとは反対に、それらをより尊重したいがためだとわかっているし、そうだと伝わってもきます。それでも、それでも、、、わたしは自分が「受け身」になっているという状況のなかで、自分の自由がわずかに損なわれるのを、毎回感じていました。みずから選んで、そういう状況に入っていて、その体験から得られる学びのすてきさもわかっているのにもかかわらず、その「自由が損なわれる感じ」はかすかに、だけど根強く、残っていました。

今これを書いていて、おなかのそこのほうのかたまりが動く感じがしていて、泣きそうになってきた。。。

わたしは、その「自由が損なわれる感じ」に慣れているし、耐えるのも上手でした。ちょっとのことだから、がまんしていた。でも自分の側に、そんなふうな、かすかな「がまん」がある限り、わたしがすすんで、誰か他者に、手を触れたいと思えないのは、当然だったな、と今はわかります。(教師養成校に通い出した当初は、興味本位で、やみくもに触れてみたりすることもできてはいたけれど、でもそのときの関心は、単純に、自分が自分にワークしながら「触れる」と相手に何か変化が起こるのかなどうなのかな?というような好奇心で、「触れる」ための意図がめちゃくちゃでした。だから「レッスンをする」という状況の中で手を使う、というときには、まったくつかいものにならず、極力、手を使わずに、伝えられることを伝える、というほうへ向かうしかなかったし、なにより自分自身へのワークが十分でないから、そこをもっと見て行かないととずっと思ってきたのでした)。

わたしのなかにある、この、わだかまりが、とけてなかったことと、わたしが他者になにか働きかけをするとか教えるとかいうことをしたくなかったことは、つながっていたんだな、と今は思います。自分で実験して発見していくプロセスのほうに意義を見出してきつづけていたことも。

今でも、誰もが自分で実験して発見していくことが大事だと思うし、安心してそうできる場を提供するような学びの場がいちばん好きだけれど、そこのニュアンスが、ちょっと変わった気がしています。みんなが自力で独学でそれぞれにやってみる、ということのなかに、なにか「自」が「他」と切り離されているさみしさを感じるようになってきたかのような。。。

もうすこし、お互いにかかわりあって、支え合ってもいいんでないか、という感覚が来ています。なんでもできるだけ自力で、と思ってきたわたしには、相当あたらしい感覚です。「かかわりあうこと」には「相手の、自分の、自由や尊厳を損なうこと」が伴うと感じてきたのが、なんか、ほぐれてきたからかもしれないです。「かかわりあうこと」の意味が、「自由を尊重し合って、いまここにいるお互いの存在そのもののすてきさを味わいあうこと」や「ほんとうにお互いを支え合うこと」にもなり得ると、納得できたからかもしれないです。

言葉にすると、陳腐だけど。。。

でも、これがわたしが学びたいことだったんだな。。。お互いの自由と尊厳を踏みにじることなく、お互いになにかを押し付けたり期待したりすることなく、それぞれが、それぞれの、すっくと垂直したサポートの中に安心して居て、オープンマインドでいまここのお互いの存在のすてきさやありがたさを味わって、いっしょにいるということ。動物のみなさんや、植物のみなさんや、ひとのみなさんや、モノのみなさん、地球という惑星と、そうやってかかわりあうこと。。

それは意図や気持ちやこころざしだけでなくて、身体も含めた、まるごとのかかわりあいであっていいんだな、というか、まるごとであってこそコンプリートなんだな、と今、思っています。

そういうあり方が、可能だと、身をもって示してくれているトミーに、ありがとうと思う。トミー自身の体験談を話してくれる「おはなしの時間」や、科学的見地からの考察や、ポエティックなたとえや、身体での直接体験や、思い方での実験などなど、そのときどきでどこへ行くかもわからないものが飛び出す、まるでストラクチャーがないかのような多角的な教え方をする人だな、と思う。解剖学も脳神経科学も、物語もスピリチュアリティも、トミーの中には等しくあって、まるく(葛藤なく)統合されているのを感じる。74歳にしてあんなにすっきりとかろやかかつ、ごく自然な身のこなしをしていること自体、すごいなと思う。“白人”の人からはもう学びたくない、と思うことが多い自分もいるのだけど、「白人」というのも、うわべを見ているだけなんだな、とも思う。

うわべを通り越して、相手を見る/相手に触れる、ということのたとえに、トミーが「波じゃなくて、その下の海を見る/海に触れる」と言ってたのを思い出します。なるほどすてきなたとえだな、と最初思っていたけど、後から、これはたとえ話でなくて、トミーがカヤックにのって漕いでいたときの実体験から来ていたと知りました。パドルしていてもうまく進めなかった時、波じゃなくてその下の海に意識を至らせてパドルを握ったら、握り方が変わり、自分の背中で腕をささえてたのが、逆に腕が背中を支えるようなあり方に変わったこと。

「自分の体験から、伝えるんだよ」と何度も口にしていたけど、ほんとうにそれを実践しているのを知ると、毎回びっくりする。伝えてくれていることがらが、空気中に舞うだけの思考のかけらでなくて、ほんとうにすべて身をもって体験したことに根付いているって、シンプルだけど、パワーがあるなあ。。。

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2016.03.07

春の雨と涙

20160304_112242 クロッカスが咲いています。今朝は、涙がいっぱい出て、ひさしぶりにほっとゆるみました。

ずっと、張り詰めていたものがあったみたい。相方からは、「言葉に勢いがあって怖い」「怒らないで」などと言われていたこの頃でした。自分でもなぜかわからないけど、焦燥感に襲われていて、ティーンのころから繰り返している「ザ・ストレスフルな夢」No.1の、飛行機に乗り遅れそうになる夢を見たり、あとはここしばらくは、なぜか、さまざまな猫が夢に現れていました。顔見知りでない猫たち。今朝もうすいグレーの無地の毛の自由猫がいて、掃きだし窓を大きく開けて、家の中に入ってもらう、という夢でした。

思えばこのところ、仕事もチャレンジの多いもの(訳出に工夫の必要のもの)が続いているし、あとは、春の雨が多くなる前に、家の外壁のペンキ塗りをしなければ、とずっと焦っていました。

20160227_121236_2 ペンキ塗りは、何をどう塗ればいいかさえまったく手探りだったせいもあって、素地を整える作業を始められたのは、暦の上でもすでに雨水を過ぎてしまった2月25日。。。何日もかけて、ウッドリバイバージェルという、灰色化した木材をよみがえらせるジェルを塗ってブラシでこすって洗って、素地を整える作業を、もくもくとやりました。20160226_152607大変だったけど、ひとかわ剥けて、みずみずしいもとの木目が現れるのは、楽しかった。お化粧直ししたみたいになるのです(写真の一番左のパネル以外は、作業が済んだところ。明るい色になって木目もあざやかになるのです)。そしてようやっと先日、塗料を塗るところまでこぎつけました。

(塗料はペンキというよりは、オイルステインみたいな自然塗料で、塗った後も木は呼吸を続けられるタイプのものです。中に浸透して耐候性を発揮するんだそうです。お世話になっている岐阜の森林文化アカデミーの、学校説明会を最初に聞きに行ったときの東京会場が、その塗料のメーカーのショールームだったのと、森林文化アカデミーのすばらしい木造校舎がみんなそこの塗料で仕上げてあると聞いたのとで、そこの塗料に決めました。オスモというメーカーです。メーカーに電話でお問い合わせをしたら、サンプルを送ってくださり、今の壁の状態を細かく尋ねたうえで「これを塗って大丈夫です」と教えてくださり、よかったら現場を見に行きましょうか、とまで言ってくださって、とても丁寧に対応してくださいました)。

20160226_103429大家さんは、ファンキーな方だということもあって、外壁に塗り直しが必要だけど、何を塗ってもいい、色も好きなようにしていい、失敗してもいいです、とおっしゃっていたので、はじめはわたしもごく簡単に考えていました。ホームセンターに行って透明なニスでも買ってきて塗ればいいのかな、雨さえはじけばよいのだものね、と。でも少しネットで調べていくうちに、家の外壁の塗装はそう簡単に考えて素人仕事をしてはいけないらしいことや、木の壁にとって何がハッピーそうかがわかってきて、うんと慎重になりました。

慎重になると同時に、プレッシャーも半端なかった。。。サンプル塗料を試し塗りして色選びをして、面積を測って計算して、作業手順を考えて、どんな場所にどんな養生が必要かを考えて、実際の作業日程を考えて、道具を集めて。。とやっていくなかで、どんどん大ごとになっていき、失敗はゆるされない、とまで思うようになっていました。古いとはいえ、借りているおうちで、だいすきなおうちだから、万一自分たちが引越さなくちゃいけなくなっても次の人に気に入ってもらえるようにしておきたい、と先々のことを思うとなおさら。

素地を整えてから、塗料を塗るまでの間に雨が降ってほしくないし、塗料も2度塗らなければなので、1度塗りと2度塗りのあいだや、2度塗りした後しばらくは、雨が降ってほしくない。。。なのに、素地を整える作業が思いのほかタイヘンで、何日もかかってしまって、もたもたしてるうちに、予想通り雨の多い季節になってしまったことも、大変さに輪をかけました(涙)。

一雨ごとに暖かくなって春らしくなってくるのは、いつもは歓迎したいことなのに、ペンキ塗り作業の今年は雨の予報を見るたびに気持ちがずん、と沈む始末。

20160304_112303 でもなんとか2.5日は晴れが続きそうだった先週終わりに、ようやく一番劣化の激しかった東の壁と北の壁の一部は、なんとか塗料の2度塗りまで終えました(写真はそのときの途中経過)。

ようやく全体の1/4くらい終わった感じです。そして今日も雨。残りは、もう乾燥した季節のあいだに一気にやるというのは無理かな。。梅雨入り前までに、天気をみつつ気長にやるしかないのかな、と思い直してします。自分の精神の健康のためにも、そうしないといけないかも、と今朝の涙とともに思いました。

仕事のプレッシャーに、季節とのおいかけっこも加わって、とにかくいつも追われているような気ぜわしさでした。こうして自分の感じてることを「書いて消化する」という作業もずっとしたかったのに、そんなの書いてるひまがあったら仕事をしないと、とずっと思っていました(実は今も少し思ってる)。

でも無理して仕事に自分を追い込んでも、精神のコンディションがいまいちだと、言葉の出も悪くて、遅々として進まず。。。それでもそこを押してがんばって、長時間画面を見続けて目からは涙が出てくるし、長時間椅子に座りつづけて腰がしんどくなるし、ごはんを作る時間ももったいないから適当なものをかじりながら翻訳作業を続けるしで。。さらにコンディションは悪くなる一方だったみたいでした。つらさのなかで家族に当たっていたみたいでした(無自覚でした、自分はつらさをわかってほしかっただけでした)。

極まって反転するところまで、落ちていかないといけなかったのかーと思うと切ないけれど、そんな感じだったみたいです。ほんとうにせっぱつまって視野狭窄が起きていたなーと思う。「これをやらなくちゃいけない、はやく」というふうに一点集中して頑張り続けてしまって、ほんとうにいけなかったなあ、と思っています。

仕事は人為的な〆切とのせめぎあいだけど、ペンキ塗りは季節という自然のプロセスの進行とのせめぎあいで、自然が相手だと、なおさら不可逆的なのでせっぱつまるのでした(ペンキ塗り以外にも、おとなりさんに剪定していただいたセンダンの枝が乾きすぎすぎる前にいろいろに活かせる形にしてあげないと、とこれも、季節&時間とのせめぎあいになっていました)。

焦るなかで、ないがしろになることが、いろいろにあったな、と思う。家族への思いやり、自分の精神のコンディション、季節のめぐりへのリスペクト、家(&外壁)やセンダンの枝たちの声を聞くこと、などなど。

20160304_112153 クリスマスローズのあとにクロッカスも咲きだして、気温も上がってきて、雨がたっぷり降るようになって植物のみなさんにはうれしい芽ぶきの気節。

涙が出てくれて、自分の中にも雨が降って、自分の中の草木も一心地ついてよろこんでいそうに思う。走り続けていたのを、やっと立ち止まって、仕切り直せそうな今日です。

大好きなことほど、不安をもったり焦ったりしながらやってしまうことは、したくないな、とふかぶかと気づきました。これからは、不安になったり焦ったりしなくてよくなるようにできるだけ工夫しようと思う、そのためにやれることはやっていこうと思う。家の壁塗りも、生木の木工も、家族との暮らしも。

「心」が「亡」くなると書いて「忙」という字になること。ネット上の情報は不安になりやすいものも多いこと。そこを覚えておけるといいなと思う。考えたり感じたりさえもできないくらい時間に追われてる、不安に覆われてる、みたいになっちゃってるときには、早めに気づけるようになりたいな。

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