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2016.06.28

本「ゴッホの椅子」から~スペインの生木の椅子と、中国の曲木椅子~

20160617_175422 最近どうも、元気が出なくて、こまっています。少しなにかすると、ふうと疲れて。いろんなことを、うまく考えられない、ということもあって。何が起きているんだろう。湿気のせい? 忙しかったせい? 自分の元気のよりどころを見失っているかのようなふうでもあります。

でも昨日はようやっと、竹藪がさっぱりと刈られて日当たりがよくなった西側の窓辺に、ふうせんかずらでグリーンカーテンを仕立てることができました。ふうせんかずらの種は3つずつポットに撒いておいたら、1粒だけ不発でしたが、23粒は全部発芽して、立派な苗になりました。一部には、もう小さな白い花をつけている苗もいます。

20160628_152458 グリーンカーテン用に、南側の窓辺に12本、西側に9本植えて、2本はあんどん仕立てにして楽しませてもらうことに。

さて、元気が足りないので、最近ちょっと元気が出たことを思い出してみる。。

グリーンウッドワーク指導者養成講座でお世話になっている森林文化アカデミーの久津輪さんが、先日本をお出しになって、それにともなって、黒田辰秋氏がスペインで1967年に撮影された生木の椅子づくりの映像をシェアしてくださいました。

見たら、目からうろこ!でした。道具がとにかくシンプルでぐっときます。メインの作業台は、削り馬ではなくて、細い台。その台の上には様々な場所に穴がうがってあって、その穴に差し込めて取り付けられるようになっている木のかたまりがあります。自分の胸に板をぶらさげて、その板と、この台にとりつけた木のかたまりとのあいだに、椅子の部材をはさんで削るのです(ドローナイフのように引いて削るのでなく、押し削り)。

そして椅子の脚は、小径木そのままを、樹皮をはいで荒削りしたもの(すなわち芯持ち材)。貫・座枠は同じくらいの径の枝を半割にして整形していました。

なによりびっくりだったのが、ホゾ。貫・座枠の整形をするとき、そのまま端のホゾまで一気に四角っぽく削って終わりらしいこと。別途ホゾをつけるという作業がない。。。四角ばったこの端っこを、そのまま丸い穴に打ち込むのでした。要所要所、木釘で留めることはしていたみたいです(もしくはボンドで)。

穴開けも豪快だった。。。ドリルの形状も魅力的で。そして穴開けもやっぱり、胸に穴開け用の板をぶらさげて(この板にはまん中に丸いくぼみがうがってあって)、ドリルの手前側をこの板の穴にはめて、ドリルの先端は、台に載せた材に当てて、上から体重をかけながら回していきます。すごくムダがない。。。

そして途中でわきを大勢のヤギが通ったり、終始くわえタバコで作業をする姿、かっこよすぎます。。。

プチ興奮状態に入って、見入ってしまいました。脚は芯持ち材だけど、生木の芯持ち材で割れは大丈夫だったのか?とか、樹種は何を使ってるのか?とか、どのくらいのなま具合なんだろうか?とか、いろいろ疑問がわいて、久津輪さんの本をさっそく入手しました(もともと出たら買う♫と決めてた本ですが、実は予算の関係で7月までがまんしようと思ってたのに、でも、どうしてもがまんできなくなりました)。

Photo 届いて、一気読みしました。とても視野が深くて広くて、ひきこまれた。歴史をひもとき、国をまたぎ、地域をまたぎ、さまざまな人たちの視点を含んでいて。とりわけ民藝運動について、そして木工家の黒田辰秋さんに、迫っています。。。そして久津輪さんが去年行かれた、スペイン取材の章が特にとても興味深かった!

こうした椅子が生まれた背景は、ロマの人たちの文化との関わりがあったらしいこと、洞窟暮らしとも関係がありそうなことなど。

今度、久津輪さんのお話会を聴きにいくのが楽しみです。で、ゴッホの椅子については今日はちょっと置いておいて、ここからは、この本のおかげで存在を知った、中国の曲木椅子のこと。

黒田辰秋さんが、「ゴッホの椅子」という愛称がついているこのスペイン・アンダルシアの椅子を、こうも深く愛していながら、宮内庁から依頼を受けた皇居で使う椅子をつくるにあたっては、中国の曲木椅子を原型にデザインしていったこと、興味深かったです。

黒田さんは、「ゴッホの椅子」と、中国の曲木椅子を、「民芸木工の椅子として両横綱と言える内容を持っている」と言っていたそう。そして「日本人による日本のための椅子」をつくることに、こだわっていたらしい。

わたしは中国の曲木椅子については、何も知らなかったので、久津輪さんの本の図版でみて、不思議なつくりだなあと思いました。パーツは無垢材なんだけど、前脚~座枠の1本~後脚が1本の木でできていて、2カ所で曲げをきかせてある。脚と座面がまずあって、背もたれは構造上、後付けな感じ。地にどかっと4つ脚をつけてある感じ、地面に近い感じがあるというか。気の流れとして、地面から前脚を通って上がってきて、ずうっと連続してそのまま後脚を降りて、また地面に帰る、という流れが際立つというか。

「ゴッホの椅子」や、わたしがマイクさんから教わったスピンドルチェアや、久津輪さん・加藤さんから教わったラダーバックチェアは、後脚がそのまま長く伸びて背もたれになっています。だから構造上は、この垂直性が際立ちます。地面から離れて、天へ向かう方向性というか。地面から脚をとおって上がってくる気の流れは、4本の脚すべてにおいて、上がりきってその上空に拡散する感じ。

中国の曲木椅子は、曲木という面倒な手順を加えてまで、どうしてこういう構造にしたんだろう?と疑問がわいて、少し調べると、丸竹でつくった椅子がたくさん出てきました。

なるほど、竹のしなやかさがあったから、こういう構造が考え出されたのかな!と思いました。丸竹をいちいち切ってホゾ穴にはめて組み上げるよりも、曲げた方が早かったのかも? そして曲げるのも、わざわざ部材全部を蒸し器にいれて蒸し上げて曲げるんでなくて、曲げる部分のみを、ちょっとあっためたりしていたのかもしれない。一部を切り欠いた竹なら、しなやかに曲がるはず。

黒田さんが惚れ込んだという古い曲木椅子は竹製ではなく、無垢材のパーツでできていたけれど、図版写真をよおくみると、前後の座枠が、脚の曲げの部分に挟みこまれているように見えます。そうだとすると、竹の曲木椅子の構造そのまま。

この「挟みこみ式ジョイント」が写真でもよくわかる、こんな興味深いブログも発見しました。中国で作り手から譲ってもらったという、竹ではない木でできた曲木スツールと、台湾の荒物屋で売られていた竹の曲木スツールをくらべていらっしゃいます。構造がうりふたつだということも、よくわかる!

ついでに、伝統的な竹の曲木椅子を、現代生活に合うようにアレンジしなおしている、木智工坊さんという中国のデザインスタジオも発見しました。

デザインスタジオのサイトには、人々が田舎暮らしをしていた昔は竹は家具作りに多用されていたこと、こういうタイプの竹製の椅子のデザインが完成されていたこと、竹は量産には向かないのと耐用年数が限られていることから、多くの人が都市に移り住むのと同時に竹椅子は田舎に置き去りにされて、暮らしから姿を消したことが書かれてありました。

別の個人サイトですが、竹の曲木スツールの職人の写真もありました。ここでつくってらっしゃる職人さんは、穴開けのドリルも竹製。弓錐式。貫を止める木釘を打つための、下穴を開けているところみたいです。

実に興味深いです。こういう発想があったんだなあ。で、この中国伝統の丸竹椅子、台湾からの輸入を試みた日本のお店もあったようなんですが、なかなかむずかしかったみたい。なんでも、使っていて年月がたつとギシギシ音がしてくるとか、湿気の多い台湾とは違って乾いた季節のある日本には向かいないとか。

でも作り方は知りたいなーと思ってたら、こんな動画を見つけました。アメリカの木工愛好家向けの番組の、過去放映分のDVDに、中国の竹の曲木椅子の作り方を取り上げたものがあったもよう!プレビューだけ見られるようになっていました。


この番組で紹介している竹椅子(つくろうとしているほうでないほうの)、かなり美しいつくりです。。。いやはや。魅力的です。

青竹のほうの椅子の作り方を見てみたくって、思わずこのDVDを買ってしまいたくなりますが。。。今月はもう予算オーバー。。。でも台湾や中国の工房を訪問するよりは手軽なので、いずれ入手してみてみたい気もします。

しかしわたしの好奇心、どこへ向かうんだ。。。そもそも自分は何がしたいんだろう。。。

P.S. 余談だけれど、中国の伝統的な丸竹の曲木椅子の、背もたれのスピンドルは下広が20140920_183930りなものが多そうで。イギリスで教わったスピンドルチェアは、典型的にはスピンドルの角度は上広がりにするのでした。この違いも興味深い。それでもって、わたしがスピンドルチェアをつくったとき、まさかの穴の開けマチガイをして、スピンドルが予定したのと上下さかさまについてしまったといハプニングがあったのだけど、結果として、中国式の下広がり型のスピンドルになったのでした! これはミスではなくて、アジアの人間としてまっとうなことをしたということなのかも?(^^)

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2016.06.16

水の中の風

今夜はひさしぶりの、しずかな、ひとりの夜で、そとは雨。今日まで、ぎゅぎゅぎゅっと、いままでになくチャレンジなスケジュールで仕事がつまって、だいじょうぶかーと自分でも思うほどでした。でも、なんとか、ここまでこれた。。。よかった。

今朝は疲れていたのと、追われて逃げるときにうまく前に走れないという典型的な悪夢を見たのとで、少し家族にやつあたりしそうになったけど、そこまでひどい出方はしないですんで。。。がんばったし、つかれてるんだな、と気づけたのはよかったな。

濃密で大変だったけど、収穫やよろこびもいっぱいあった。海底の岩棚が少し動きだした、みたいな感覚もある。それはグッドニュースな感じもややする。。。

若かったころは、いつも、窓にかかっているカーテンをあけても形ばかりの窓枠があるだけで、枠の中はコンクリの壁がはまっているような、そういう感覚にとまどっていたっけ。「現実」に閉じ込められてしまっている感覚が常にあったというか。でもいつのまにかすっかりなじんで、「現実」のなかで楽しく過ごせるようになって、「大人になるってこういうことだったのかな」「大人になってラクになったなあ」と思うようになっていたので。。。このたびひさしぶりに、「現実」の向こうに世界があることを忘れてない人が訪ねてきて、「外はこんなですよ」と話を聞かせてくれたような、そんな日々でした。。。

いろんなことについて、考えが(思い込みが)動き出したなあと観察中。

ひさしぶりに、ほんものの未知と接点をちょっともっているようなふうだ。想定内の未知でない、ほんとうにどうなるかわからない未知。

そこの接点のとこから、ほそく、風が吹いてきてるような感じがある。

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2016.06.09

梅仕事、庭仕事、ミニスツールづくり実験プロジェクト

20160607_144809 太陽太陰暦では、もう皐月。少し前ですが、急に相方が思い立ってくれて、ほたるのいる谷戸へ、夜中に自転車を走らせてみたら、もうちらほら、出はじめていました。ほたるって、どこか時空を超えた感じがあって、すきです。

日々があっという間に過ぎていく、せわしなさは相変わらず続いているのだけど、先月末に遊びにきてくれた(魔女の)ともだちのおかげさまで、ここ数日は、変に焦ってばかりいることから離れられていて、落ち着いていろいろこなせています。ありがたい。。!

とはいえ、ともすると、日中にへたばってしまうとかもあり、魔法(?)に頼るだけでなくて基礎体力向上をテーマにかかげないといけないと思うようにもなってきました。健康は日々のコツコツから、というともだちの言葉と実践に触発されたのもあります。

とにもかくにも、ようやく庭木の剪定(去年さぼったから2年分!)と、雨どいの大掃除と、梅仕事とミニスツールプロジェクトのつづきとをやれたので、自分的にはかなりほっとしています。仕事を後回しにしてるのが少しまずいけれど。。。でも仕事は取り組みはじめると他のことが何もできなくなるので、どうしても。。ね。。

20160605_080330 20160607_112032 梅仕事は、じつは今年はお休みする方向で考えていたのだけど、熊本の有機野菜を送ってくださった農家さんから、サービスで梅をいただいたので、急きょ一部を梅干しに、傷みが出たのを梅ジャムにしました。いつもは梅シロップを仕込むのだけど、相方は梅シロップがそれほど好きでないので、今年はジャムにしてみた。はちみつでひと瓶、黒糖でひと瓶。あと少し前に山椒の実をいただいて!これは塩漬けにしてみました。20160530_104926

雨どい掃除は、ひとりで梯子にのぼってやりました。全部やるのに5時間。。。でもずっと気になっていたので、ほんとうにすっきりした気持ち。西側の雨どいのお掃除は、特に最高に楽しかったのでした。ここだけ、梯子からセンダンの木に乗り移ってやるんだけど、この木のぼりが楽しく嬉しい。今の時期のセンダンは葉があおあおとしていて、かわいい黄緑色の丸い実もついていて。登らせてもらっているあいだじゅう、なんて美しい樹なの!と大絶賛が心の中で止みませんでした。センダンの木、ほんとうにだいすきです。

しかしこの木が秋に一斉に葉っぱを屋根に降らせるから、雨どいがつまる。。というのもあるのでした。それで今回は工夫を試みた。オグラカップさんというすてきな発明家の方がつくっていらっしゃる「トイクリーン」なるものを、入手しておいたので、これを設置。設置は簡単にできました。これで葉っぱのつまりがなくなるなら、すばらしいな。センダンの葉っぱの数は容赦ないから、もしかしたら追いつかないかもしれないけど。。。様子を見てみます。

東側のセンダンは、おとなりの家の雨どいにさしかからないようにと、冬のあいだにだいぶん切ってもらっていて、そのとき切った枝からスツールを1つ、すでにつくりましたが、もうひとまわり小さいスツールをつくる実験プロジェクトも、まだ進行中だったので、続きをしました。

このミニスツール実験プロジェクトでは、まず貫と座枠を直径12.7mmで削り出して、テノン(ホゾ)をつけたのが、2月29日。それらがカラカラに乾くのを待ちつつ、脚のパーツとして枝のまま(樹皮がついたまま)のセンダンを長さをそろえて切って(4月2日)、これらもすべて室内に置いて自然乾燥させていました。前回の大きいスツールのときは脚の乾燥が甘すぎてスプリットが出たので、今回は長めに脚を乾燥させてみたわけだけれど(2か月間!)、長すぎて乾きすぎちゃってないかが心配でした。

20160605_164201 とりあえず、脚のうち2本を、樹皮のない状態に削ってみました。削り馬の後足のホゾを削りなおしてジョイントを改良したので、安定がぐんとよくなって作業しやすかった。ミニスツールの脚はすでに2カ月乾燥させたので、樹皮がなくなっても急激な乾燥による割れの心配はないかな、と思ったけれど、念の為、樹皮を削ってすぐにブッチャーブロックコンディショナーという蜜ろうオイルを塗っておいた。

20160605_164416 ミニスツールの貫・座枠のテノンは、直径12.7mmだったのが乾燥後には直径11.7~12.4mmになっていました。ホゾ穴のサイズは直径11.5mmにすることにして、貫・座枠のホゾをナイフで縦12.0mm×横11.7前後の楕円形に調整。ちょっと手がかかりました(汗)。

乾燥しきった(生木ではない)センダンの切れはし枝に、直径11.5mmの穴を開けておいて、この穴にはめてみながらホゾの微調整をしました。穴に「きう」というきしみ音とともに入るくらいがちょうどいいサイズ。

20160606_221951 20160606_222423 そのあと、いよいよ脚4本にドリルで穴をあけて(これが一番神経使う…穴開けがまがりがちなわたしなので)、一気に組み上げました。パイプクランプで締めていって、ホゾがホゾ穴に入っていくときの「パキン、パキン」という音、なかなかよい感じでした。今回も実験として、糊なしで組みました。

わたしは出来上がりの形に多少ゆがみが出ることになっても、パーツは木目に沿って削ることを好んでしまう変態(?)です。。。だから組み上げはほんとにど きどきする。果たしてちゃんと組み上がるのか、ものすごくゆがんだらどうしよう、折れたらどうしよう、とスリル満点です。20160607_000323

今回は無事組み上がりました。目立ったゆがみもなくて、強度も大丈夫そう。センダンは細くてもしっかりしているように感じます。まあ、使用時の強度はこれから使ってみないと確認できないけれど。。

20160607_001108 今回は脚にスプリットは出ていないです。樹皮を剥いたほうの脚の穴開けのとき、下穴を開けるつもりにしてたのに、忘れて下穴なしでやっちゃったけど、大丈夫だった。

もう何日か、組み上がったジョイント部分の観察をしてから、座編みをする予定にしています。

* * *

「猫の額庭」の庭木の剪定は、切った枝葉の処理を相方が手伝ってくれたので、今年はだいぶんはスピーディーにできて、ほんとうに助かりました。ずっと「やりたいことリスト」に書いておきながら、なかなかできずにいたのだけど、翻訳仕事に切れ目が出ている今のうちに、と思ってやりました。

ただ実はその直前に、お隣の大家さんが、3日間職人さんに来てもらって共有庭のほうの木々をだいぶんスッパリと切ってもらっていて、あまりにスッパリ切られたので、なんというか、うううという気持ちになっていました。

20160603_233615 それでひさびさに少しだけ木削りしたら、とてもなぐさめられて。岐阜の講座のときにもらってきたエゴノキで、子供用スプーンを1つ削っただだけなのだけど、削っていると、ざわんざわんしてた気持ちが落ち着いてきて、共有庭の木々を剪定してもらったことで風通し・光の入り具合がぐんと増したことの良さを思い返したり、剪定で出た幹や枝をたくさんいただいたことも、グリーンウッドワークをこれからもっとがんばるきっかけをもらえたのだなと思えたり、この枝や幹は、きっと別の形で生きるようにしたい、と心から思ったりしました。

「猫の額庭」の木々はそれほど切りすぎないようにと思いつつ、環境再生士の矢野さんにちょっとだけ教わった原理を参考にして切っていきました。でも切りだすと、どんどん切ってしまう。。さっぱりすることを木々本人が喜んでもいたようで。そんなときに大家さんが見に来て「うちがあんなに切ったからって、そちらも切らなくちゃいけないってわけじゃないからね。。。」とやさしいお言葉をくださったのは、うれしかった。。。翌日にはお向かいのおじさんが「すごいねえ、ひとりでやったの?職人さんが来ていたのかと思ったよ」と言ってくださったりもして、お隣近所、みなさん気のいい方ばかりで、ほんとにありがたいです。

そして剪定で出る庭木って、すごい豊かだなあと改めて。グリーンウッドワークは山や森の保全・手入れに伴ってやるのが理想的だと思うのだけど、わたしは今のところ、身近な庭木との関係を深めることのほうに誘われているもようです。そしてそれがすごく嬉しく楽しかったりするのでした。日々同じ場所で一緒に過ごしている木々だから、なのかな?

ただ、自分の暮らしている関東の果樹などは、口に入れるカトラリーにするには若干の不安もあるので、西の遠方のお知り合いからも、剪定で出た果樹をいただけるのが、これまた嬉しかったりするのでした。

木削りは、なにより自分にとっては精神安定剤で。。。皐月の新月の午後、削り馬にまたがってミニスツールの脚になるセンダンの樹皮を削った後も、ソファに横になったら、胸の奥からじんわり幸せ感が押し寄せてきて、どうしたことかと思いました。

木々には、ほんとにお世話になっています。

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