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2016.07.21

夏の養生策&スプーンナイフの砥ぎのこころみ

20160718_115440 「猫の額庭」のかえでが、窓の向こうであおあおと元気で、部屋の中からみると、額縁に入った絵のよう。麗しいです。

毎日暑かったのと、参院選、都知事選のことで頭もきもちもいっぱいになっていて、今年の7月はなかなかこたえました。。。いろんな不安や心配がアンダートーンとしてそこにある感じで、体力が奪われているようなふうです。

でもようやく水無月も満月を越えてのこり2週間。この下弦の月のあいだに、少しはちらかっている頭のなかや、案件をお片づけして、養生もして、少し落ち着いて過ごしたいです。

20160719_161807 最近の養生策。。近所に出かけるときは、下駄で歩いていくのがブームです。相方は下駄で歩くと、肩凝りが解消されていくとのこと。2人で歩くと音がにぎやかで愉快です。でも喫茶店に入って、トイレに立ったりするとき、他のお客さんにふりかえられたりします。。。

とても履きやすいこの下駄は、郡上八幡の郡上木履さんの。お世話になっている岐阜の森林文化アカデミーの卒業生の方がはじめたブランドで、地元のひのきで つくっておられます。郡上踊りの踊り下駄。(郡上踊りを踊る人は、ひと夏でげたを1足、はきつぶしてしまうそうです。。!)和の虹色の鼻緒も気に入っています。

数十分、この下駄を履いて出かけて、帰宅すると、家の中のフローリングの床がふわんふわんにやわらかく感じます。すごくおもしろい現象で、毎回よろこんでしばらく家の中を歩き回ります。体の感覚っておもしろいなあ、とつくづく思います。

20160720_171859 この時期の養生策その2は、古典的に、海水浴です。昨日は、相方が珍しく休みだったので、夕方から、少し遠くのお気に入りの浜へ行きました。まだ夏休み前だったのと、この浜の近くの別の浜で大きな花火大会が開催されていたことから、こちらの浜はがら空きで、とっても快適でした。

波もおだやかで、まるで湖で泳ぐみたい。傾いた太陽にきらきらひかる水平線に向かっておよいでいくとき、久しぶりにとてもシンプルなただの生き物になりました。

足がつかない深さになると慌てる日もあるけど、この日はまったく不安もなく、のびのびとおよぎました。

20160720_180813 砂浜で砂遊びをしたりもして。とてののんびりした。。。浜に座っていると、風の温度も空気の温度も完璧に心地よくて(暑くもなく寒くもなく)、すぐそこまで打ち寄せてくる波の音も景色も楽しくて、ほんとうに居心地よかったのでした。

家にいるとあづいーと思っているときでも、浜へいくと涼しい(海にちょっと入ってからだとなおさら)。

家の近所の浜に、ざぶんと入りにいくことも、この夏1度、やりました。ほんとうにざぶんと入って、帰ってくる。海水浴だといってあれこれおおごとにならずに、水着をきたまま自転車で浜まで走って、また水着を着たまま帰ってきます。これだけでだいぶん涼しくなります。家で水風呂に入るんでもいいんだろうけれど。。。

やらなくちゃいけない仕事も、やりたいグリーンウッドワーク関係のこと(とくに砥ぎ!)も、たくさんあるけど、とりあえず夏の日々は、体力的になんとか生き延びることが優先、という感じです。。。

* * *

あ。でも砥ぎも、グリーンウッドワーク指導者養成講座で前回、砥ぎを教わって帰ってきてから、すき間の時間にスプーンナイフ(クルックナイフ)だけは砥いでみることができました。

20160721_160959 いままでおっかなびっくりで、へんな刃になってはいけないと腰抜けな感じでしか砥げずにいたのだけど、今回教わってから、思い切ってハラを決めて砥いでみたら、なるほどー、ちがうー、というのがよくわかりました。

このナイフをつくってくださった大泉さんには、フィンランドに送ったら砥いでくださる、と言ってもらっていましたが、自力で砥げないことにはしょうがない、と思っていたので、今回教わることができて、ほんとによかった。。。

砥ぎというのは、砥ぎあがりのきめ細やかさが、そのまま削ったときの木の断面にコピーされる、と今回聞いて、とてもわかりやすかったのでした。刃こぼれしていると、そのカケの部分が筋になって断面に残る、というのは体験済みで知っていたけれど、もっと見た目に明らかでないきめ細やかさの度合いについては、それが削ったものにどう影響するのか、はっきりわかっていませんでした。よく切れると、力ずくにならずに済むから、ケガなどの危険が減る、というくらいしか考えが至っていなかった。。。おかげさまで用途によって、どういうふうに砥ぎたいかを判別する基準もはっきりしてきました。

「刃がまったくついていない。。(汗)」と先生に見せたときに言われたわたしのスプーンナイフは、砥いでみた今の状態も、先生に見せたらたぶん相当あやしい出来だーということになるとは思うのだけど、それでも!少し前にこの「刃のついていない」状態で削っていたスプーンのさじ部分をあらためて削りなおしてみたら、「なんて快適!そして削り跡が断然きれい!」と思いました。刃のほうも、青棒を使ってみることで、一応(?)ミラーフィニッシュに近づきました\(^o^)/

やはり切れない刃物はよくないですね。。時間をかけて一生懸命、へたな努力をしていたなあと思います。ストレスなく、きれいに仕上がる、というのは気持ちがいいです。自分のやったことのフィードバックが鋭敏に返ってくるって、楽しいです。

道具がよくなっただけで、自分の腕が上がったように感じる。。。改めて、道具のクオリティって大事だなと思い至りました。自分の手に合った大きさだとか、ふさわしい砥ぎ具合だとか。

削っただけの仕上げにあこがれている(サンディングをしないで仕上げたい)自分としては、砥ぎはときめきの源になりつつあります。(砥ぎについての講座を受けた帰りの夜行バスでは、またいつものように、飲み込みのはやい他の受講者のみなさんと自分をくらべて、ひとしきり落ち込んでいたのだけど、毎回踏まれた雑草のごとく好奇心がまた起き上がってきて、モチベーションがふたたび上がり始めるのでした。。。しぶといな、わたし。。。自分は、こういうことをする器量がないのだから、ふさわしくない、やっちゃいけない、他の人に機会をゆずるべきだetcという想いは常にそこにあるんだけれども、好きになっちゃんだから仕方ないよなあ、と開き直る気持ちも出てきています。) 

やっぱり夢中になって手を動かしていると楽しくてたまりません。

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