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2017.01.21

夢と天のくに

今朝。印象的な夢を見ました。

すでに他界している母と、祖母が、わたしを迎えにきてくれた夢。夢の中ではふたりとも生きていることになっていて、ふつうに、最寄駅かどこかに降り立ったわたしを、車でピックアップしに来てくれたのでした。母が運転をして、祖母が同乗して。そして家に帰るまでの途中で、買い物に寄る、といって、みんなでイケアに行きました。

そこの地域のイケアは少し変わっていて、同じ建物の別のフロア、4階だったかな、は、イケアと関係のない別店舗になっていて、なにかディスカウントショップのような感じでした。ヨドバシカメラ風?な。

そこで、母が時計を買う、と言って、いろんな腕時計を見て回り始めたのでした。

わたしも最初はつきあって、一緒に見てたけど、そのうちに、なんだかものすごくくたびれてしまって、(というのも、わたしはこの最寄駅でピックアップしてもらうまでに、長い距離を旅してきていたし)、思わずふだんはしないことだけど、母に「ごめん、ものすごく疲れちゃってるから、あっちの駐車場の脇のベンチのとこで、休んで待ってていい?」と言いました。

母は、いいよ、と言ってくれたので、そちらへ行きました。駐車場脇には、小さな売店があって、ソフトクリームかなにかが売られているみたいで、ベンチもあった。そこに腰かけて、母の買い物が終わるまで、待っていました。

で、しばらくそこにいたけど、どうも母とはぐれたようだったので、ここにいることを伝えないと、と思うのだけど、考えてみたら、母はケータイが壊れたからこそ時計を買おうとしてたんだ!と思い出して、連絡手段がないことを思い至りました。

で、仕方ないから、姉のケータイに電話をした。そしたら姉が出て、「父が、(な)がくるのに掃除をしてなかった、といって今がんばってやっていて、3時間後に来てと言っている」と聞かされました。。。

目ざめて、ああ、久しぶりに夢で母と会ったなあ、と思いました。祖母とも。母と祖母が一緒に出て来てくれるなんて、珍しいなあ、とも思って、ふしぎにも思いました。

ちなみに、この夢を見たのは、誕生日の翌日で、誕生日の朝も、印象的な夢を見ていました。

去年の誕生日は、富士山がでてきて、その富士山のまん中が縦に透けて見えていて、そこから龍が空へ昇って行くのが見えた、という夢でした。しかもその富士山を見た場所は、グリーンウッドワークの師匠、マイクさんの椅子のモニュメントが置かれた森の一角でした。

今年の誕生日の朝見た夢は、下北沢を相方と歩いていたら、ものすごく野趣あふれるすてきな場所に迷い込んだのでした。下北沢にこんなところがあったなんてね!と言って、人っ子ひとりいない、その里山を歩いて、「ここの土地の一角を買えたらいいよねえ」とかのんきなことを言いました。

でも道には迷っていたので、ほんのりとわだちのある道筋を「こっちかな?」という方向へたどっていきました。すると、前方に犬の散歩をしている年配の女性と、その姉妹らしき人がふたり、歩いていました。その3人の女性は、背後から私たちが来るのに気づくと、ものすごくハデに驚いて(ほぼ、おののいて)いました。

この野趣あふれる土地全体は、彼女たちの所有地で、どこからもアクセスできないようになっているから、誰もにも知られていないはずだった、ということのようでした。

迷い込んでしまったわたしたちを、彼女たちはとりあえず、自分たちの家まで連れて行ってくれました。古い日本家屋みたいな感じのところ。

でも歓迎された、という感じではなくて、招かれざる客が来ちゃったから、とりあえず帰り道(ここからの出口)を教えるためには家に通さないと、といったふうでした。

家の中には、姉妹以外の人たちがいて、若い男性が、先だっての選挙の運動についての反省を口にしながら、なにか話し合っていたのを見かけました。

この3姉妹は反原発運動に深く関わっていて、選挙運動もがんばっていたようでした。ただ、表立ってはそういうことが表明できない世の中になっていて、人目につかないこの敷地内で、さまざまに活動をしているようでした。

わたしはそういう努力をしている人たちとはまったくちがって、のんきに自分の関心時をおいかけて、おもしろがっているばかりだなあと反省しました。。。

そうこうするうちに、家の出口から外へ出ていました。手には3姉妹からのおみやげを持たされていました。ていねいに編み込まれた、金色の葦のような素材の手提げ袋の中に、なにか入っていました。

手提げ袋がいい手仕事だったので、すっかりうれしくなって、わたしは相方に「なんだか私たち、わらしべ長者みたいだね」と、またのんきなことを言いながら、歩きだしました。

家を出るときは、ほんとうにさりげなく出るという感じで、3姉妹も他の人も誰も見送りにきたりなど一切しませんでした。

この夢から目覚めたときは、ちゃらんぽらんな自分へのうしろめたさが、後味として残っていて、去年の富士山の夢のときのような、爽快さとおめでたさは感じなかったので、今年のお誕生日はこういう感じなんだな、と思いました。

それで、お誕生日そのものも、なにも特別なことはしないで、ふつうに過ごしました。とはいっても相方は、体調がしんどいのを押して、好物の手づくりコロッケを、むらさきいもで作ってくれて、夜ごはんにごちろうしてくれたので、これは十分特別だったのだけど。。!

* * *

それで眠って、今朝みたのが、亡き母と祖母が迎えにきてくれた夢だったのでした。

ひさしぶりにふたりに会えて、うれしかったな、と思ったりして、おふとんの中でしぶとく余韻に浸っていたら、先に起きて隣部屋に行った相方が「ええ・・?」と変な声を出していて、どうしたのかと思ったら、今朝がた、相方のお父さんが急に他界した知らせが来ていたのでした。

しばらく、現実味ゼロのその知らせを前にふたりしてぼんやりしていました。その後も少し思考は働くし、話もできていましたが、今思うと、やっぱりまだ事実が体に入っていってなかったんだな、と思います。

今日は1日、なんだか所在なく過ごしました。何をしているべきなのか、何をしておかないといけないのかetc.がわからなくなっていて、毎回、「待てよ、ええっと、今はこれをするんだったっけ」と自分に言い聞かせつつ、1日の中を通っていきました。

でもなにかというと、すぐぼんやりして、どうでもいいことを考え出したりして、どうもまともに考えられない感覚が続きました。それから、目玉の裏側に、涙がたまっている、例の感覚もずうっとあって。

お風呂に入って、今こうして今朝の夢だけ、書きとめておきたかったんだと思って書き出したら、少し、マインドの焦点があった感じです。そして、母と祖母が夢で会いに来てくれてたのは、ひょっとして、相方のお父さんのためでもあったのかな、と思い至りました。ここしばらく体調をくずして入退院を繰り返していて、今回の入院は、とりわけ気がかりな日々が続いていた、相方のお父さん。

天の国へ、お父さんはびゅいーと飛んでいったりしないで、歩いて行っていると思う、と相方が朝食を食べてるとき言って、涙ぐみました。わたしも、きっとそうだと思う、と言いました。お父さんは、歩くのが、ほんとうにお好きな人だったから。

病院での最後の日も、ずっとベッドで寝たきりだったところから、起きて車いすに乗ったり、つきそってもらいながら自分でお手洗いにいったりし始めることができるようになって、うれしそうだったと聞きました。退院に向かって、そうやってリハビリ的に準備をしていきましょう、とお医者さんもおっしゃって、退院できる日、おうちに帰ってこれる日が視野に入ってきた、と嬉しく思った矢先の旅立ちでした。

ふっと、安心させてもらって、そして「だいじょうぶだ、きっと」とこちらが思えた、そのタイミングで旅立たれるのは、以前も経験があります。どうしてなんだろう、と不思議に思いつつ、当然だと感じている自分もいます。。。

お父さん、まだ歩いている途中かな。景色や風を楽しんでいるといいな。長いあいだしんどかった体が、自由になって、颯爽と歩いているところかな。。。唄もうたっているかな。。。

相方は小さいころから、お父さんに山歩きに連れて行ってもらっていて、だから今でも野山を歩くのがこんなに好きでいてくれています。異文化の捉え方や、多様性や、平和に対する相方の感受性や視点も、お父さんゆずりなところをたくさん感じます。この世界の一角で、派手に目立ちはちなくても、ひとかたならぬ仕事を成し遂げた方だったことを、思っています。

お正月にパズルをたくさん出してきてくださったり、スクラブルを一緒にしたり、言葉や発音について談義をしたりも。。。楽しかったです。今までのようにはお会いできなくなると思うと、寂しいです。でも、苦しまずに穏やかに旅立てたことは、ほんとうに、よかった。。。

20170115_164103 数日前に、夕方ひとりで浜へ行ったとき、海に沈む金色の太陽と富士山がとてもきれいで、そのときに、病院にいるお父さんと、そのお父さんを毎日お見舞いに通っているお母さんに、これをお見せしたいな、と思って、そしたらなぜかわからないけど、涙がこみ上げました。

そのときは、様態も落ち着いていて、肝臓の値も上向いたと聞いていたし、希望をたくさん、わたしは持っていた時だったから、なんで涙?と自分でもわけわからなく思ったくらいでした。

でも夕日は知っていたのかな?富士山は、知っていたのかな。。太陽が沈む直前の輝きが、ほんとうに澄んでいて美しいことを。

天のくにで、どうぞ、すこやかにおられますように。

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コメント

こんにちは、お久しぶりです

(な)ちゃんのいる世界と、別の世界に行ってしまった人たちの世界(別の世界に住んでる人たちの世界)は、実はつながってる

ってことなのかな

「別の世界」ではなくて。

でもまだ、そこへ行くタイミングではないんだね
同じ世界だけど、まだつながらないんだね

投稿: あさこ | 2017.02.15 15:37

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