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2017.07.09

どこかに参ってみた

Img_0737 6月中旬以降の日々は、だいぶんきつくて、それで追いつめられたようになって思い切った行動に出て、とっさに北海道に行き、鹿児島へも行きました。今、少し落ち着いてきたので、北海道と鹿児島のことを書こうとしたんだけれど。。。その前に行った旅のことも思い出されてきたので、順番に、書いてみることにしました。

だいぶん前のことなんだけれど。。。。たまっていたJALのマイレージが3月一杯で期限切れになるとのことだったので、「どこかにマイル」という6000マイルで国内航空券と引き換えられるプログラムに3月31日に申し込みました。そしたら那覇へのフライトが当たって。。。4月に急きょ沖縄へ小旅行へ行きました。

沖縄の旅は、相方が小島さちほさんのを教えてくれて、どんとさんと彼女が移住した南城市の玉城エリアに惹かれたので、そこへ行ってみることにしました。

那覇に夕方について、その日はエアービーエヌビーで見つけたお部屋に荷物を置いて、20分ほど歩いてcelloというカフェへ。相方の友人の(た)さんと落ち合って、お茶/おゆうはんをご一緒しました。celloは、こじんまりした、居心地のとてもいいカフェで、(た)さんのおともだちがやっています。(た)さんは関東から沖縄に7年前に越してこられたのだけど、移住のきっかけとなったのがこのカフェのオーナーだったそうで。店内には画家であるお父さまの作品がそここに飾ってあったのだけど、そのどれもが、こころに、うれしかった。

どうもここにいると気持ちがいい、ということを(た)さんに伝えると、「ここは神社みたいなところだって言われてるんですよ(笑)」と。なるほど、とうなづけました。

翌朝は、(た)さんに教わった金壺食堂に朝食を食べに行きました。台湾素食(ベジタリアン)のビュッフェ形式の朝食で、とてもおいしかった。お店を男女のきょうだいが営んでいらして、このおふたりはこちらのお生まれ。ご両親が台湾の方だそうでした。どれをたべても精進だというのは、ほんとにいい。。!

このあと、今夜の宿を予約した、那覇の南にある奥武島へ、バスで向かうことにしました。が、何時にどこからバスが出るのかわからず。。。とりあえず金壺食堂を出て大通りに出て見たら、バス停があったので、そこで腰掛けて、ネットで調べていたら、目の前にどうも目的地行きらしいバスが来ました。運転手さんに確認したら大丈夫とのこと。乗り込み、終点まで行きました。

終点の百名バスターミナルで降りるときに、運転手さんにみーばるビーチはどう行けばいいかを教えていただいて、歩いてビーチへ。道は坂をどんどん降りていくので、キャリーの手を離してかばんを転がしたりして遊びました。

Img_0674_2 ここのビーチは人工ビーチではない、自然の浜です。白砂が裸足に心地いい。。到着した時間は波がだいぶん引いていて。ぼんやりと見てたら、遠浅になった海の中にジープがどんどん入っていき、水の中を走って船のところまで行くのが見えました。びっくりした。

Img_0684 その後、グラスボートに乗ってみよう、ということになって、乗り場で待ってたら、さっきのジープに乗せられて、ずんずん海の中に入っていくことになって、わー、と思いました。

遠浅のときは船が船着き場までこれないために、こうしてジープで送迎するらしかった。腿くらいまで濡れてもよければ、水の中を歩いて船に行くこともできるけど、全員をてっとりばやく船にのせられるのがジープ送迎なのでした。

Img_0686 グラスボートはさらに沖のほうへとゆっくり進みながら、ポイントポイントで少し止まって海の中のお魚を見せてくれました。ごく浅いところから水深30メートル地点まで案内してもらいました。三ツ星クロスズメダイ、かわいかった。。

そのあと、浜でお昼を食べようと心づもりしていた浜辺のカレー屋さんが定休日で、ショックでしたが、まわりにはほかに何もなさそうだったので、宿のある奥武島に向かうしかないかな、とカレー屋さんの向かいの船着き場にいたおじさんに、奥武島まで歩いていけるかどうかを尋ねると「うん、行けるよ」とのこと。ついでにここらへんでお昼を食べられるところはあるでしょうか、と聞いたら、奥武島へ行く道の途中の「浜辺の茶屋」というのがあるよ、と教えてくださいました。

Img_0699 で、少し歩いたら、浜辺の茶屋があって。。。そこはなんと、今回の宿をどこにしようかネットサーフィンしてたとき、たまたま出てきた写真――窓を開け放ったすぐ向こうに青い海が広がっている写真――の、その場所でした。てっきりあの写真はどこかの宿なんだと思っていたし、その宿が見つからなくて残念だけどでもきっと高いよね、とも思ってたのだけど、まさにここがそこだったのでした。

浜辺の茶屋は小島さちほさんの本の中でも名前は聞いていて、奥武島の近くだから行きたいね、と思ってたけど、あの写真の場所だとは思っていなかったのでした。

窓沿いのカウンター席に通されて、真下の海を眺めながらお昼をいただきました。気持ちよさ半端ありません。しかし今は干潮で海は遠のいてるけど、こんな浜辺に建っていて、台風とか津波とか大丈夫なんだろか、と思いました。見ると、窓のひさしになっている木の板は、そのまま下に閉じると雨戸になるようなしくみになっていました。

あとから、浜辺の茶屋のこれまでをドキュメントした本を、関東に帰ってから読んだけど、なかなかすごかった。この地に生まれ育った稲福信吉さんが、なにもない原野だったこのあたりに、もともとの自然のありようが活きるような土地造成をして、「ゆっくり村」をつくる構想を持ったそうで、このカフェはその最初の一歩だったそうです。

Img_0730 こんな海のきわきわに建物を建てて、大丈夫なのかどうかは、これまで建てた人がいないから誰にもわからなかったそうで、わからないならやってみるしかない、と踏み切ったんだそう。手づくりで小屋を建てて、カフェをオープンして、何年ものあいだ、台風が来ても不思議とこの場所は無事だったそうです。ただ1度、台風で全壊したことがあって、そのときはまた建てなおしたそうで、これからも、「壊れたら、建てなおせばいい」というスタンスらしかった。「自然とともに暮らすとは、そういうこと」と、そう深く了解していらっしゃるところ、すごいなーと思いました。

このカフェ、今では沖縄のロケーションカフェブームの元祖として、連日にぎわっていますが、オープン当初はお客さんがほとんど来なくて、オーナー夫妻はだいぶん心配されたようでした。どうやったらお客さんが来てくれるか、四苦八苦するなかで、あるとき久高島の、ものが見える方から「あなたももっと遊びなさい」とアドバイスを受けて、お店の前の浜でカヤックに乗るようになったそうで、そうしたら、海からカヤックでお客さんの一団がやってきて、ここを気に入ってくれたそうです。そうしてだんだんとお客さんが増えていったそう。

このカフェから始まって、今は食事処や宿泊処、庭園など、”ゆっくり村構想”は現実化が進んでいるようです。でも新しく何かをつくるにあたっては、この地域の自然を壊さず、活かすことが、いの一番に大切にされていて。そのおかげさまでの、この居心地のよさなんだなあ、とありがたく思いました。これからもそういう場所として、育っていきますように。。

Img_0713 浜辺の茶屋から奥武島までは、浜沿いの遊歩道がずーっとあって、海を見ながらのんびり歩いていくことができました。橋を渡って奥武島へ行くと、すぐに「民宿おうじま」と書いたたてもののてっぺんが見えて、すぐたどりつけました。

Img_0749 瀬戸物のシーサーが座る門を通って、引き戸を開いて、こんにちはーと入ると、おばあちゃんが机に向かって書きものをしていました。写経かな? で、わたしたちを見てちょっとおどろいていらしたので、「少し前に予約したのですけど」と言ったら思い出したらしく、快く受け入れてくださいました。

海の見える小さなお部屋を案内していただいて、一息ついて。奥武島で有名なてんぷらを食べに行こうと、階下へ降りると、おばあちゃんがまた写経をしていました。が、写経だと思ったそれは、実は原稿でした。なんでも明日から、大阪の中学校の生徒さんたちを奥武島でのステイに受け入れるらしく、その開会式でのあいさつが、今回は自分に回ってきちゃったから原稿を書いている、とのことでした。

えんぴつで、たてがきで丁寧に書いていらした。で、「ちょっと読んでみるから、聞いてもらってもいい?変なとこがあったら教えて」と言われて、聞かせてもらいました。最初のほうにうちなーぐちでの言い回しが織りこまれていて、すてきなごあいさつでした。

Img_0751 「てんぷらを食べる予定ある?」と聞かれたので、「予定ある!」と答えると、「じゃあ、長命草をあげようね」と言って、建物のふちに生えている長命草(写真の)と、ういきょう(フェンネル)と、くわの葉をいっぱいくださいました。「これを巻いて天ぷらを食べると胃がもたれないのよ」と。

橋をわたったすぐのところのてんぷら屋さんは、今日は臨時休業だったので、別のてんぷらのお店に行こうと、あてもなく歩きだしました。すぐそこらへんにあるだろうと思ってたのだけど、なくて、島の逆側の浜辺に着いてしまい、そこから左回りに浜沿いを歩きました。何もない。。。

すると「竜宮神」という書いた立て札があったので、「行ってみようか?」と降りて行ってみました。海から、ハート形の岩が突き出ていました。それを眺めるのにほどよい距離にある手前の岩場に降りてみると、祈りの場のような跡がありました。お金が置かれていて、火を焚いた跡も。我々もそこでおじきをしました。

そこからさらに島の入口方向へ歩いていって、途中で相方がやおら右手の森へ足を踏み入れました。後でわかったのだけど、そこらへんも東之獄(アガリヌウタキ)という聖地があったらしかった。

Img_0775 島の入口、北側に来ると、てんぷらのお店が開いていたので、「さかな」「いか」「海ぶどう」のてんぷらを注文。揚がるまでのあいだ、向かいの船着き場でハーリー船を眺めました。立派な木舟。揚げたてのてんぷらに長命草の葉っぱを巻いて、港の端っこに座って食べました。おいしかった!

この日は橋を渡った本土側の海辺にある、もずくそば屋さんでおゆうはん。宿のおばあちゃんの義理の娘さんのご実家がやってるお店だそうで、「もずくそばのお店は沖縄全体でも3軒くらしかないのよ」と教えてくれたのもあって、ありがたくいただきました。

Img_0718もずくを練り込んだ麺の上に、生もずくと酢もずくをトッピングしていただきます。わたしの祖母は酢もずくが好物だったけど、わたしはそれほど好きだと思ったことがなかったので、あまり期待せずに食べたのだけど、ここのもずくはとってもおいしかった。。!後で宿のおばあちゃんに、この酢もずくがここらへんのみなさんのスタンダードなもずくの食べ方だと聞きました。ただの酢醤油ではなしに、だし汁とみりんと醤油に少しだけ酢を入れるんだそう(酢も強いのと弱いのと2種類あって、それを混ぜて使うんだそうです)。

Img_0732 夕食後、おなかいっぱいだったけど、また散歩がてら浜辺の茶屋へ。夕日がほんのり空に映える頃に到着。昼間は混んでたけど、夕方からは空いていて、そして潮がえらく満ちていて、まるで別の浜のようでした。

イソヒヨドリが、陽が暮れてもまだ眼下の浜のあたりにいたので、小鳥が夜に出歩いてて大丈夫なんだろか、と心配になりましたが、後で調べたら、イソヒヨドリはけっこう夜更かしすることのある小鳥なんだとわかって、おもしろかった。。たいへんうたが上手で見事でした。

浜辺の茶屋でまったりして、真っ暗な中を宿までナイトハイクしました。風が気持ちよくて、星も少し見えた。宿につくと、相方は沖縄のもずくについてひとしきりネット検索をして、沖縄のもずく生産量はぶっちぎりで全国トップだと教えてくれました。知らなかった。。もずくどころだったとは。。どおりでおいしいわけです。

翌朝は、母のお葬式の夢をみて目覚めました。昨日、奥武島でお葬式があったせいかな。。散歩に出ようと階下に降りたら、宿のおばあちゃんがバナナ牛乳をくれました。冷凍して半解凍した島バナナをマグカップに入れて、スプンでつぶしてから牛乳を混ぜたらできあがり。とってもおいしかった。しばしおばあちゃんとおしゃべり。昔の頃、おばあちゃんが20になるくらいまでの暮らしのお話を聞かせてくださいました。

Img_0767 Img_0772 そのあと散歩に出て、いまいゆ市場へ行って、その場でつくってくれる海鮮丼と、さかなのフライサンドを買って(おばあちゃんからもらった葉っぱを挟んで)、ブランチに。港の舟倉のベンチをお借りして食べました。ねこたちがやってきた。

Img_0786嵐の予報だったので覚悟してたのが、晴れてきたので、観音様のお参りに行きました。鳥居には月が刻んであった。この島のみなさん、この海域の生き物や自然のみなさんのすこやかさと幸せをお祈りしていますと、ごあいさつ。

Img_0788 Img_0787Img_0789 そのあとお堂の左奥へ向かう階段が見えたので行ってみたら、さっと気の感じが変わって、ここが聖地だとわかりました。大木が岩を抱くように立っているところ、岩と岩の間にすき間ができていて、シダや木の根がびっしりと生えているところ。。。見ると中之獄(ナカヌウタキ)と書いた看板がありました。木々が神々しいし、木漏れ日もめちゃ美しい。でも蚊もたくさんいて、2人とも4カ所くらいずつ刺されました。

鳥居の外に出ると、そこに島じゅうの聖地(ウタキ)の地図がありました。昨日行った竜宮神もそうでした。

Img_0792 蚊にさされて暑くもなってきたので、橋のたもとでひと泳ぎしよう、と思い立って、宿で水着に着替えさせてもらって、タオルだけもって裸足のまま浜へ。すきとおるエメラルドグリンの水に首までつかりました。海水につかると蚊にさされたところのかゆみがすぐに引きました。砂浜には大小のカニがたくさんいた。背中が薄紫色のかわいいカニも。

体を拭いて、あったまったアスファルトの堤防に腰掛けておしりをかわかして、宿へ戻って着替え。シャワーせずに着替えたら、「ほんとにシャワーしないの?かゆくならない?」とおばあちゃん。けどお肌はしっとりしてたし、その夜にはサラサラでした。

Img_0712 ちょっと水に入っただけだったけど、2人ともすごくさっぱりして、また荷物転がして浜辺の茶屋へ行きました。心配だった嵐は来なかったばかりかどんどん晴れてきて。お昼過ぎに茶屋について、お昼ごはんをいただきました。看板ねこちゃんは今日もぐっすりお昼寝。ゆっくり日記など書きました。後のほうで、昨夜遅番だったにいにが出勤してきて、「今日もありがとうございます」と声かけてくださいました。通い過ぎだので覚えられてしまいました。。。

この日はこのまま那覇へ出て空港へ、という日だったので、浜辺の茶屋から歩いて新原(みーばる)バス停へ。昨夜、茶屋のにいにに聞いて、そこまで歩けると教わっていたので、安心して行きました。バスで開南へ。

アーケードのエリアを歩いて、どこかおいしいコーヒー飲めるところは、と地図を見てみていると、自転車で通りすがったおじさんが「どっち行くの?」と声かけてくださって。「実はおいしいコーヒーが飲みたいだけなんですが、いいお店知っていますか?」と聞いたら、「ああ、知ってるよ、じゃ、一緒に行きましょう、こっちです」とどんどん歩きだしました。

歩きながらお話をきくと、生まれは奄美で今はこちらにお住まいだとかで、学生の頃は東京にいたそう。旅行が好きで、このあいだも「8000円でタイに行ける切符見つけて1カ月行ってきた」と楽しそうに話してくださいました。なんかさわやかでおだやかなおじさんでした。

案内してくださったのは、なんと台湾茶専門店。お店の前まで来て、「じゃ」とさっそうと自転車を走らせて去って行かれました。路地のうーんと奥まったところ。おやじさんにコーヒーを注文して「ここはどこでしょうか?」と地図を広げて印をつけてもらしました。相方が行きたがっていた牧志公設市場のうんと近くでした。

Img_0812 Img_0845 公設市場には、閉まる5時ぎりぎり手間に入ってみれました。カラフルなお魚がお刺身になるんだ!とびっくり。そのあと市場の外のアーケードをぶらついて、おみやげをちょこちょこ買いました。月桃の葉っぱに包んだムーチーは、月桃の殺菌作用で常温で4日持つんだそうで、南国なのにすごいと思った。

牧志駅からゆいレールで空港へ。空港でおゆはんを食べて飛行機に乗り込みました。2泊3日のあっという間の旅だったけれど、心配性・焦り症のわたしが少しだけ「ま、いっか」と意識の手綱を緩めてゆるく構えていられた瞬間があって、そのときにスルスルと物事が運んでいったのが印象に残りました。

Img_0729 そして玉城エリアはまたぜひ訪ねたい、、と思いました。行きそびれたところがいくつかあるし、わたしの大好きなミュージシャンの方も、ここにお住まいだったことがわかったしで。。。どんとさんもここでだいぶん幸せだったようで、浜辺の茶屋の前の海の上にステージをつくって、コンサートをしたりしていたと聞きました。お客さんは潮がみちてくるとひざまで水に浸かりつつ聴いていたそうで、それもまたいいなあ、と。。。浜辺の茶屋のオーナー夫妻の、自然とともに暮らすことの厳しさと喜びを全開で受け取っているところは、やっぱりすごいと思うのです(くわしくは、この本に。そして著者の方のブログも興味深いです)。そのエッセンスの端っこでもいいから、自分も欲しい。。

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