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2017.08.30

キャッチ&リリース(気づく&流す)/生木で子供椅子(1)

おととい、乗り継ぎの電車をまっている夕暮れ前のホームで、何か急に意識にめまいのようなものが起きて、すべてをやめてしまったらいいんだなというような感覚が来た。

で、今朝も洗濯をなんとか終えたあと、またそのような感じになったので、書いてみよう、としてみたら、つらつらと出てきた自分の声は、最後には

もうだれのためにも
じぶんのためにも
なんのためにも
なんにもしたくないんだ

という「まとめ」へと終息していって、大「努力放棄宣言」になってた。。

そんなにふだん努力しまくりなのかー?と、自分で自分につっこみを入れつつ。この声が出てきたらぐらんぐらんとなって、からだが重たーくなってしまって、寝る以外どうしようもできなくなって、寝ました。今日のやらねばならぬことリストを全放棄して。。

夕方起きて、少し人間らしさ?を取り戻しているところ。少し頭痛がありつつ。。

でもこうやってすぐここに書いたりできてるこの頃は、うんとたくましくなっているというか、行ったり来たりがうまく(?)なってきたような。。

「来るものは拒まず、去るものは追わず」的に、おとずれる体験にこだわりすぎずにいることと、記録はとっておくこと(後で季節ごとにどんな感じだったかがわかるように)を、続けていければ、よいのかなと思う。。

* * *

グリーンウッドワークのことでもメモしておこう。ちょっとでも明るいほうを向こう。

「猫の額庭」の栴檀が、おとなりさんちにつうじる電線に枝がひっかかる高さまで伸びて、台風の前にはあの枝を切らねば、と思ってたのだけど、おとなりさんに会ったら「切ってね♪」とさわやかに言われたので、半月前の小雨の日に、剪定しました。

はしごをのばして、幹にかけて、幹の枝分かれしているとこに登って切りました。剪定は大人が大きな顔をして木のぼりできる、唯一の(?)チャンス。幹に抱きついたりもできるし。うれしかったです。

通りがかった郵便屋さんに「雨の中、ごくろうさまですね」と声までかけてもらって。(ごくろうさまなのは郵便屋さんのほうなのに)

この時期に剪定した生木が、グリーンウッドワークに向くかどうかな、と疑問はあったのだけど、立派に育った枝を見ていたら、無駄にしたくない気持ちがムクムクと。

で、樹液が動いてる時期の生木を使う実験として、やってみるかーと思いました。

8月24日
Img_1929Img_1930子供椅子はどうかな、と思って、まずはプランニング。パーツの切り出しサイズ(必要な幹の太さ&長さ)を書き出しました。

使えそうな枝をみつくろって、室内に搬入(それまでは外の石の上に並べて保管しておいた)。

どこのパーツをどの枝からとるかをだいたい決めて、クレヨンで印。
Img_1932
8月25日
パーツを削る前に、刃物の砥ぎ。ドローナイフ(銑)と、ついでにモーラナイフも。ドローナイフの砥ぎには、グリーンウッドワーク研究所の加藤さんが開発された、ドローナイフ専用の補助具を初めて使ってみた。すばらしかった! 砥ぎがぜんぜんへたっぴなわたしでも、角度がびしっと決まるので、なんとかできました。

この砥ぎ補助具は、森林文化アカデミーでの「グリーンウッドワーク指導者養成講座」を修了したお祝いの記念品として、講師のおふたりからいただいたものです。感謝しています。

8月27日
Img_1961 Img_1942_2Img_1960 子供椅子のパーツ(貫と座枠)の削り出し。削るときのこの感触、ほんとうにひさしぶりでした。ラジオを聞きつつ作業。

ノコで切って、フロー(マンリキ)で割って、小口に削り目安サイズを墨付けしたら、削り馬へ。銑で削るこの作業が好きです。

わたしの銑はちょっとおおぶりで重たいので、銑の重さにまかせて削る感じ。それも気持ちいいです。

銑で削り終えたら、パーツの長さを再チェックして、長すぎたらノコで切って。

両端にテノン(ホゾ)をつけます。鉛筆削りのおばけみたいなので。

ここまでを1つのパーツごとに一気に。順繰りにパーツを削り出していきました。

8月28日
Img_1963_2 この日は背板2枚を削りました。これで横向きのパーツは勢ぞろい。

これをゆっくり、カラカラになるまで、乾燥させます(貫の一部は芯持ちの枝をつかってみたので、急激な乾燥は割れのもと)。

次は、前の脚、後ろの脚を削る作業だけど、これらのパーツは、他のパーツと組むときの乾き具合が大事なので(湿りすぎず、乾きすぎずにしたい)、タイミングを見ているところです。やっぱりせっかく生木でやるので、釘なし・糊なしで組みたいので。。

Img_1962 ひさびさの木削りで、けずりくずの山が目にうれしくて、なかなか掃除する気になりません。やっぱりこれがだいすきみたい。

汗をたらりんとしつつ暑い中で削るのもいいですね。。

夏の材だけどうまくいくといいなあ。

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2017.08.27

海あそび・2/平成の装い

<海あそび・2>

Img_1039_1 

海は水着を着たまま行く
浜についたらすぐ波間へ

今日も海水浴です

ほんとにお風呂に入っているみたい
どこまでも広がる大きなお風呂

波がおだやかだったら
ひたすら波間に寝転がる
仰向いてプカプカ

入道雲ととんびを見上げて
太陽を全身にもらうんです


海はみんなとわけっこする
波うちぎわから波間まで

今日も海水浴です

一緒にお風呂に入っているみたい
波乗りのウミネコ、跳ねるお魚

すっかり涼しくなったら
のんびり砂浜に寝転がる
仰向いてウトウト

帽子を顔にのっけておいて
そよ風を全身にもらうんです

Img_1037_1

着替えはちゃっと浜でする
砂が熱かったらすぐ水辺へ

今日も海水浴です

一緒にお風呂に入ったときみたい
ほら、とパンツを見せてくれる友

うっかり見せてもらったら
フルーツみたいなすこやかさ
宙を見てクスクス

足を砂だらけにしたままで
友情を全身にもらうんです

(8月21日、鵠沼海岸、(ゆ)ちゃん、(じゅ)ちゃんと)

+ + +

<平成の装い>

Img_1824_1

ああ。こうやって時代から
あぶれていくんだろうな

と、やけにずしりとした実感を持った

世の中の流れ、のようなものの行く先を見ていて

ああ。ついていけない
ついていく意味がわからない

資本主義の果て?
愛の定義の謎が深まる

すべてがエクスチェンジの上で成り立つ世界

それは実像に近いんだろう、きっと

でも最近よく視界がかすむ

残像のようなものが見えていて
そのダブルに重なっているもう1つの輪郭と
この世の輪郭とのあいだの
ぼんやりぼやけた領域

そこに憩う。。。

あの隙間

有元利夫さんの絵に描き込んであった

自由に泳げた

あの隙間


21世紀かあ

光の明滅を眺めているだけのこの頃
幸せの定義の果てしなさに
声をなくしていて

切り刻まれた現実で
消化不良を起こして

商品のようにきれいに並ぶ
他人の記憶の色鮮やかさに
感心することしきり

カラフルなのが好きだし
軽やかなのも好き

なのに自分はどんどんあおざめて
どんどん重たくなってくみたい

時代の空気に浮かんでいようと
なるべく軽やかでいようと
明るいほうを向くのだけど

じわじわわけがわからなくなってくる

「頭で考えるのをやめて、感じるんだよ」
というアドバイスをありがたくもらって
ぼんやりと思考を停止する

そうやってさらに暗く影みたいにあおざめて

最後の悪あがきみたいに
なぐり書きを書き連ねるだけ

キラキラ明滅する四角い世界に
弱い毒をたれ流すだけ

この全部から離れたところに
手つかずの健やかさがあることを知りながら

限界がきしむ音を聞きながら
平成を装ってるだけ

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2017.08.20

同居生活

Img_1856 残暑お見舞い、の季節ですね。関東は妙に涼しい晩夏になっていて、雨もどしゃどしゃ降って、昨夜は一瞬、窓にぶつかってくる雨音に身の危険を感じるくらいでした。

どうもあまりさわやかな感じじゃないので(仕事が難航してるせいもあるけれど)、最近は朝一番にトリコロール、聞いています。

お気に入りのアルバム、「Good Morning, Liffey」です。

その中から1曲、動画があったので貼ってみる。


トリコロールの去年出たアルバム「うたう日々」もよくて。。そこからも1本だけ。こちらはザ・なつやすみバンドの中川さんをボーカルに迎えた1曲です。

* * *

さて、本題。1週間くらい前からだと思うのだけど、1匹の蚊と同居しています。

家の中に蚊が入ってきちゃうと、たいてい透明カップとはがきですみやかに捕獲するのだけど、この蚊は、なかなか隠れ上手で。しかもストイックに1日か2日に1度しかごはんを食べに(刺しに)こなくて、大方の時間はどこかで隠れてのんびり(?)しています。。

というわけで、その1度のごはんどきに刺すときは、刺されてる最中にこちらも「かゆい!と」わかるくらいなので、見ると、居る。んだけど、そこでもたもたしていると、ぱっと去っていって、すぐ物陰にドロンなのです。

こういう蚊、いままでにいなかった。。。珍しいタイプです。いままでの蚊は、1度刺すと、また少しして刺しに来たり、そこらへんをしばらく飛び回ったり、どうでもいいところにとまったりするので、そのうちに捕獲できるんだけれど、この蚊は1刺ししたら、もうきっぱりと隠れて24時間くらい出てこない。

まあ、そんなわけで、蚊が家の中にいる、となるといつもは捕獲できるまで落ち着かない気持ちになったりしたんだけれど、この蚊の場合は、1度刺されたら、(かゆいけど)、あとは24時間くらいは安泰なので、なんだか悪い気がせず。。部屋のどこかには居ることがわかっているから、今日も元気かな?とか思ったりして。。。

と、書いてたら、今ちょうど、腕にかゆみを感じて、見たら居りました。で、ちょうど透明カップがすぐ手元にあったので、捕獲に成功。

S__7323651 これはこれで、よかった。。数年前から蚊のアレルギーになって、1度刺されるとなかなか引かなくなってしまったので、刺されないほうがラクではあるのです。

* * *

そういえば、数日前から、100円玉くらいの大きさの蜘蛛も、うちのリビングで同居を始めています。

最初は相方のギターの譜面台と天井と壁を支点に巣を張っていました。きれいに編みあがった大きな巣の真中にドヤ顔で座っているのをみると忍びなくて、なるべく譜面台を動かさないようにして過ごしました。お客さんもしばらくないから、いいかな、と。

でもなにかのときに譜面台の上の空間に手か荷物だかをかすめちゃったらしく、気づいたら巣が壊れていました。。。あらら、と思っていたら、その夜一晩かけて、今度は玄関の吊り下げランプと壁を支点に新たな巣を編んだらしかった。

翌朝、相方が仕事にでかけるときに玄関先で「わ!」と言ったので、どうしたのかとおもったら、からだごとその巣の一部に突っ込んだらしかった。。。高さが若干低かったようです。

それでまた無残に巣は壊れ。。。その十数時間後、気づいたら、今度はうんと天井に近い高さで巣を張っていました。いつものように巣の真中にドヤ顔(?)で陣取っています。

S__7323650 この高さなら、だれもひっかけそうもない、よかったよかった、と思っているところです。

あとは、はたしてわが家のリビングでどれだけごはんにありつけるか、というのが気がかり。

去年かおととしだったか、やっぱり大きめの蜘蛛がリビングに越してきて、大きめの巣を張っていたことがあるんだけど、そのときはわたしは毎日その巣のななめ下で仕事をするかっこうになって、なのでよく見上げては、元気かなーとチェックしたものでした。結構長い間、同居していました。

で、ほとんどごはんを食べている様子がないな、というのは気になっていたのだけど、こういう蜘蛛というのは自分から出かけていてごはんをとりに行ったりしないのですね。日がな、巣の真中にじっと座っていました。

で、ある日、見上げたらいつものように巣の真中にいなかったので、お?とうとうどこかへごはんをとりに行ったかな、それともここに巣を張っててても虫がかからないことに気づいたのかな?と思ったら、なんと、巣の下ほうに、なきがらになって落ちていたのでした。

やっぱり食べないと、もたないよね。。やっぱり家の中に越してきちゃうと、ごはんにありつきにくくなるよね。。。。。

今年の蜘蛛は、そこらへん、どう判断するのかなあ。あまり長くそこに居続けるようだったら、対策を考えたほうがいいかな、と思っているところです。

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2017.08.13

すきとおる/海あそび

断片化シリーズ。8月11日のぶん。この日は降ってきた、というより、ちょっとふり落としたみたいなふうでした。。

+ + +

<すきとおる>

Img_1843_1_2

「行きたいのはただ
野生動物の視野の中」

と書いてたら蝉の鳴く庭から
野ねこが窓を叩いた、朝

いつも闇に紛れてやってくる彼女
今日は巻いてきたらしい、過去を

陽のあたる場所を通ってきたんだねえ
アンテナの精度はあいかわらずだねえ

感心して
安心して
すきとおる絆によりかかる

書くこともなくなって、黙る……

+ + +

<海あそび>

0025_xlarge_1_2

下を向いたら見えた、水底の夢
青いソラスズメの群れ
視野を埋める、光る青、揺らぐ瑠璃に
吸い込まれる、意識の息継ぎに

仰向いて波間によりかかって
空の深さを測って

降ってくる日差しと
まぶたのひさしを
絶妙にバランスさせて
視野に光を氾濫させて

波の上下動を感知しつつ
おおいなる平安に沈む…~~…

少ししたらまた

下向いてユラユラ
仰向いてプカプカ

0027_xlarge_1_2

(8月10日、胴網海岸、(ゆ)ちゃん、(み)ちゃんと)

+ + +

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朝の記憶/ゼロ

8月8日に、ふいっと言葉が降ってきて、つきあってみはじめて、そこからちょっと続いています、断片化。

饒舌すぎる(自分でも後で読み返すのがつらいほど)長文のブログに、ストップをかけてみたかったのかもなあ。。それでも自分のことばを発しないと、職業柄困ってゆくので(人の言葉ばかり扱う仕事をしているので)、こういう折り合いの付け方が発見されて、お、となっているのかも。。

よりパーソナルに(好き勝手に)ことばを使えるぶん、今の自分のニーズに合っているのかもしれないです。記憶とか、自分にとって大切な事象や質感を、真空パックできてよいようです。

以下、8月9日のぶん。

+ + +

<朝の記憶>

Img_1857_2

コーヒーを飲まなかった朝に思い出した
高校時代の制服は

水色のシャツに、みみず色のスカート

当時はイケテナイと思ってたけど
どうして今思うとなかなかいい

南の島だったからどこの学校の制服も
みんなはっきりした色だった

生徒たちの不人気があってか
制服が新しくなったときはちょっとうれしかった

洗練された(?)センスの
ストライプのシャツに、シティグレーのスカート

水とみみずはあっさり忘れられた

あれからしばらく荒れ地にいて
鈴の音を耳に沈めて
涼しく眠った

久しく日差しもなかったね……

目を覚ましたら、冥王星が降格していた

あきらかに
明るかったんだ

+ + +

<ゼロ>

内気でもなんでもない旧友に
打ち明け話をされて
心にのこる、個々のことばのさわやかさ

会って日が浅い友だちに
深い話をしたね今日はと言われて
不格好にポケットに手をつっこんだときの
ハテナの果ても

どれもかけがえない、崖からの景色

バライエティーとバランスの
楽しさと頼もしさ

みんな、星の冠をかぶってる
民主主義だ、たましいの

「中心は、外にはありません
中立は、中に立つということです」

ふふふ ふふふふ

ふがいなさが笑える
笑う藁しべ長者です

S__7266307_2

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2017.08.11

うたたね

こないだ、なんかふいっと言葉が降ってきたので、それにつきあってみたら、こんなふうになりました。

書く過程で、いろいろ知らされたような体験でした。。まだ、はて?な部分もあるけど。。

<うたたね>

たとえて言えば トタン屋根
港の 南側
太平洋と 対等に
すっくと立つ
小屋

ビロードの空 ひろやかに
うかつに 穿たれた
穴から あなたは
ほしいままに 星々を
ふり落とす

いざというときの 潔さ
に 似た
からだ からの
決意で

その境地を享受できたら……

とタウンホームの 戸棚の中で
綿にくるまる わたし

ひとの 瞳が
壊れそうで 怖い
無害な 無我で
いたい

うたたねをたたみかける……

薬をくれた 楠に
音楽で 恩返しをしたい
いつか It's a matter of time, right?

うたタネをつっついて 続けてく

めぐりを めくって
時を 解き
ぼんやりした ほんとうの日々に
道が 満ちてくまで

てくてく てくてく

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2017.08.04

バイクと、生木の木工と

Img_1797 今朝はながながとした、なかなか大変な目に会う夢を見たけれど、思い返すと身体感覚として残っているのは、原付バイクらしきものに乗っていたこと。。

1月に人生初の乗り物免許を取ったのが、原付免許。。。一生懸命勉強して取ったのに、合格したその日の教習で数時間乗っただけで、まだぜんぜん乗れていません。もとより、バイクとのご縁がまだなのだった。

公共交通機関では行きにくい、山奥や森のほうへ、行きたいと思ってのことだったけど、街中を原付で走ると思うとなんだか怖い。。。でも街を通過しないとその向こうへは行かれないんだよね。。。(汗)

ホンダのカブに乗りたいという希望があります(背が低いので、リトルカブ)。郵便屋さんドリーミング。フランスの郵便屋さんが乗っているというプジョーのモペッドもいいなーと思ったときもあった。

郵便屋さんの、あの一軒一軒回ってポストに手紙を届けて回る作業は、翻訳仕事の作業とよく似ていると、かねがね思ってきました。

一語一語を、ポストに入れて届けていかないと、なところ。1つも余さずに届けないと仕事が終わらないところ。

すっとばしが不可な、地道さがあるところ。。すっとばし不可な仕事はほかにもたくさんあると思うけど、郵便配達と翻訳はそれ以外にも、言葉を片一方からもう一方へ届ける、という共通項があるから、たぶんすごく近しい気分になるんだと思う。

訳したいなー、と思う本が、いくつかあります。仕事の翻訳に追われて、訳したい本を訳すなんて絵空事なんだけれど。

Img_1239 最近そう思ったのは、Barn the Spoonさんの「SPON」。この初夏に出たばかりの、彼の初の著書です。生木からのスプーンづくりについて、「新しい木の文化」について、森と木々のあいだで野泊まりしてきた人の視点から、語っていらっしゃいます。

どうも、木を使うモノづくりをされる方の中でも、Barnさんや、Mike Abbottさんのように、森の中で、木々のあいだで、寝泊まりしつつ、生木でつくる、ということをしてきた人たちに、とてつもなく惹かれます。

(Barnさんは、ちなみに、Mikeさんの森の工房でアシスタントをしていたこともある方で、わたしもMikeさんを通じて彼の存在を知りました。Mikeさんはいったん“引退”して森の工房をたたまれたあと、今はご自宅のお庭を工房にして活動されてます)。

日本の奥山でかつて暮らしを営んでいた、木地師の方々にも惹かれる。京都・美山の森を歩いたときに、かつての木地師の集落跡に出くわしたときは、感慨深かったです。

先日、目黒区美術館でやっていた「ヨーロッパの木の玩具―ドイツ、スイス、北欧を中心に」展へ行ったときも、はっきり体感したことがありました。

Photo 木を使うものづくりの端っこをかじっている身としては、この展覧会に興味を持ったのはなんの不思議もないことです。けども。展覧会場で、とてもよくできたさまざまなつくりの木の知育玩具を見ていたときと、「手仕事を愉しむ、伝統的な玩具」のセクションの、とりわけ「ライフェンドレーエン」という生木から手作りする手法のおもちゃを見ていたときと、自分の心身の反応が自分でもあきれるくらい違っていました。

つくづく自分は、生木の手づくりのものが好きなんだなー、木製ならなんでも好きなんじゃないんだなーと実感させられました。

ライフェンドレーエンは生のトウヒを輪切りにしたのを、木工ろくろでけずっていって、金太郎飴のバウムクーヘン版のようなものをつくっていって、そこから動物などのミニチュア細工をつくる手法です。以下の動画をみると、ひととおり工程がわかります。

美術館のショップで、クリスチアン・ヴェルナーさん作のライフェンドレーエンの動物たちが少し販売されていたので、大好きなカワウソとシロクマの2頭を連れ帰りました。Img_1765

クリスチアンさん(上の動画の中の人も、クリスチアンさんだと思う。。)はお父さんから技術を受け継いで、ライフェンドレーエン技法を習得された方。東ドイツ時代には木工業者組合を通じて販売ができていたけれど、東西ドイツ統一後は、車で寝泊まりしながらドイツ各地で自ら販路を開拓した、と紹介されていました。

森で寝泊まりしながら、自作の木のスプーンを売って歩いたBarn the Spoonさんと、少し姿がダブりました(Barnさんは徒歩で旅していたけれど)。

クリスチアンさんの工房があるエルツ山地には、家族中心の手仕事の伝統があって、今も100以上の小さな工房で木工玩具作りが続けられているとのこと。エルツ山地はかつて錫鉱山で栄えた場所で、木製玩具づくりは鉱夫の副業だったそうです。最初は自分の子どもたちのために作っていたんだそう。

ゲルマン民族研究家の岡部由紀子さんは、展覧会のカタログに寄せた「エルツ山地の八百年と木工玩具」という文で、「鉱山での仕事は若い時にしかできないきつい労働だったことと、けがをして鉱山で働けなくなった人が多かったことが、この地で木工芸が発達した理由のひとつでもある」と書いておられました。

東ドイツ時代は「11人以上の従事者がいた工房は強制的に国有化され、合併して大きな工場に再編され、流れ作業で玩具の大量生産に携わった」ともありました。でもクリスチアンさんのお父さんは、少人数の工房を構えていたので、東ドイツ時代も合併されず、独立した工房として仕事を続けてこられたそうです。そして3人の息子さんが、技を受け継いで、それぞれにいい仕事をされています。

たいへんなご苦労があったんだろうと思うし、今もあるのかもしれないと思うけれど、スモールスケールな生木の木工の手仕事が生き残っているのは、なんか、灯火みたいに感じられてしまいます。

+ + +

こんなふうに書いたけれど、目黒区美術館の「木の玩具」展の、手仕事じゃないほうの展示セクションも、興味深かったです。特に現在の積み木など、当たり前のようにあるおもちゃの起源だったという「フレーベルの恩物」の展示や、大正時代に使われていた「モンテッソーリの感覚教具」の展示は見ごたえありました!展覧会は9月初めまでやっています :)

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2017.08.03

それぞれの夏

Img_1828「猫の額庭」のヒメヒマワリの、今年の一番花だった花が咲き終わりました。写真の一番上の茶色く枯れたのがそれ。6月15日に咲いたから、1月半のあいだずっと咲いてたんだ。。猛暑の日も、豪雨の日も、しばらく雨のなかった日々も。なんて強いんだろう。

今は後から咲いてきた5番花以降の花たちが元気に咲いています。リレーのようにしてこうして秋まで咲かせ続けてくれる。

この夏は、「猫の額庭」に水やりを一切してなくて、雨だけでやっていってもらっているのだけど、それでも元気でこうして咲いて、花のたくましさって半端ないです。

冬にはいったん姿を消して、春になると毎年あたらしく地面から出てきて、夏に黄色い花をつける。枯れ姿もかっこいい。わたしがここに越してくるより前からここに生きてきた、先住植物です。

何年も前に、この花にすごくなぐさめてもらったときのことも、毎年思い出します。

+ + +

Kakigori_2 昨日は遠方のともだちが、ひさしぶりにはるばる会いにきてくれて、正当な夏休みみたいな午後を過ごしました。みんなで駅から海まで歩いて、波打ち際を楽しんで(貝の砂もぐりも眺めて)、帰り道に天然氷のかき氷屋さんでふわふわのかき氷を食べました。いちごソースがおいしかった。。。

5歳の(よ)くんも来てくれて、おみやげに(ヨ)さんが持参した紙相撲をかき氷屋さんのテーブルに広げて、みんなでトントンやった。曇天で夕方で入店待ちのお客さんが並んでなかったので、奇跡的にゆっくり遊んだりできました。楽しかったな。。

昨日は台風が遠くに来ているせいで、すでに波がいつもより高くなっていて、残念ながら海水浴は無理だったけど、(よ)くんは波打ち際ではしゃいで走りまわって、ゆうに50メートル分くらいは走ってた。。。小さな体から発せられるエネルギーははちきれんばかりで、見ているだけで爽快でした。にんげんにはこんなにすごいエネルギーがあるんだなあ、と実感した。これはほんとに、すごいことだよ、と思う。

海からかき氷やさんまで歩くあいだも、ただ「歩く」のでなくて、くるくる回りながら歩いたり、盆踊りみたいなのを踊りながら(しかも後ろ向きに)歩いたりする(よ)くんは、実にクリエイティブ。自分全部を注ぎ込んで楽しんでたように見えた。

この5年の年月、彼の育ちのプロセスの相棒となってきた(な)さんも、実にかっこいいなあと思いました。体力のいることだし、特に体調が変動しやすい人には(そうでなくても)大変なときがいっぱいあるだろし。。ほんとに尊いことです。

+ + +

Img_1834 さて、アリたちの夏休みも、すこやかに(?)続いているもよう。今日も3、4匹が窓辺の”別荘”に遊びに来ています。

以下、”別荘”の解説をすると。。。

うちの家は古い木造で、小さい生き物が出入りできるすきまはいっぱいあって、毎年初夏にはアリたちがいっぱいキッチンのはちみつの瓶とかに巡礼しだすのだけど、不思議と今年はキッチンに来なかった。

Img_1751 来ないなーと思ってたら、今年はリビングのほうに、巡礼の道ができあがっていました。窓辺に置いてある、少し前のクリスマスに相方にプレゼントした、白樺の樹皮でつくったおうち。そこの煙突に、いただきもののチュッパチャップスを立ててあったんだけど(煙突から出る煙っぽかったから)、このおうち(特にチュッパチャップス部分)が、今年のアリたちに好評のデスティネーションになりました。

しばらく前まで、富士登山の人たちみたいに、ぞろぞろ列をなして来ていた。窓の縁のところをずーっと行くので、人に踏まれたり家具につぶされたりする心配もないから、静観していたら、だんだんブームが静まっていって、訪問者数が減ってきて、最近は、たまーに、ぽつぽつと、1日に数匹くらい来ています。

そんなに混雑しなくなって、ほどよいお出かけ先になっているもよう。

生き物それぞれにとっての夏の日々。。。セミもようやく元気に鳴き出しているし、いつもこの季節に姿を見せるカナヘビの家族も、健在です。ありがたいことだと感じています。







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