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2017.08.13

すきとおる/海あそび

断片化シリーズ。8月11日のぶん。この日は降ってきた、というより、ちょっとふり落としたみたいなふうでした。。

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<すきとおる>

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「行きたいのはただ
野生動物の視野の中」

と書いてたら蝉の鳴く庭から
野ねこが窓を叩いた、朝

いつも闇に紛れてやってくる彼女
今日は巻いてきたらしい、過去を

陽のあたる場所を通ってきたんだねえ
アンテナの精度はあいかわらずだねえ

感心して
安心して
すきとおる絆によりかかる

書くこともなくなって、黙る……

+ + +

<海あそび>

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下を向いたら見えた、水底の夢
青いソラスズメの群れ
視野を埋める、光る青、揺らぐ瑠璃に
吸い込まれる、意識の息継ぎに

仰向いて波間によりかかって
空の深さを測って

降ってくる日差しと
まぶたのひさしを
絶妙にバランスさせて
視野に光を氾濫させて

波の上下動を感知しつつ
おおいなる平安に沈む…~~…

少ししたらまた

下向いてユラユラ
仰向いてプカプカ

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(8月10日、胴網海岸、(ゆ)ちゃん、(み)ちゃんと)

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朝の記憶/ゼロ

8月8日に、ふいっと言葉が降ってきて、つきあってみはじめて、そこからちょっと続いています、断片化。

饒舌すぎる(自分でも後で読み返すのがつらいほど)長文のブログに、ストップをかけてみたかったのかもなあ。。それでも自分のことばを発しないと、職業柄困ってゆくので(人の言葉ばかり扱う仕事をしているので)、こういう折り合いの付け方が発見されて、お、となっているのかも。。

よりパーソナルに(好き勝手に)ことばを使えるぶん、今の自分のニーズに合っているのかもしれないです。記憶とか、自分にとって大切な事象や質感を、真空パックできてよいようです。

以下、8月9日のぶん。

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<朝の記憶>

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コーヒーを飲まなかった朝に思い出した
高校時代の制服は

水色のシャツに、みみず色のスカート

当時はイケテナイと思ってたけど
どうして今思うとなかなかいい

南の島だったからどこの学校の制服も
みんなはっきりした色だった

生徒たちの不人気があってか
制服が新しくなったときはちょっとうれしかった

洗練された(?)センスの
ストライプのシャツに、シティグレーのスカート

水とみみずはあっさり忘れられた

あれからしばらく荒れ地にいて
鈴の音を耳に沈めて
涼しく眠った

久しく日差しもなかったね……

目を覚ましたら、冥王星が降格していた

あきらかに
明るかったんだ

+ + +

<ゼロ>

内気でもなんでもない旧友に
打ち明け話をされて
心にのこる、個々のことばのさわやかさ

会って日が浅い友だちに
深い話をしたね今日はと言われて
不格好にポケットに手をつっこんだときの
ハテナの果ても

どれもかけがえない、崖からの景色

バライエティーとバランスの
楽しさと頼もしさ

みんな、星の冠をかぶってる
民主主義だ、たましいの

「中心は、外にはありません
中立は、中に立つということです」

ふふふ ふふふふ

ふがいなさが笑える
笑う藁しべ長者です

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2017.08.11

うたたね

こないだ、なんかふいっと言葉が降ってきたので、それにつきあってみたら、こんなふうになりました。

書く過程で、いろいろ知らされたような体験でした。。まだ、はて?な部分もあるけど。。

<うたたね>

たとえて言えば トタン屋根
港の 南側
太平洋と 対等に
すっくと立つ
小屋

ビロードの空 ひろやかに
うかつに 穿たれた
穴から あなたは
ほしいままに 星々を
ふり落とす

いざというときの 潔さ
に 似た
からだ からの
決意で

その境地を享受できたら……

とタウンホームの 戸棚の中で
綿にくるまる わたし

ひとの 瞳が
壊れそうで 怖い
無害な 無我で
いたい

うたたねをたたみかける……

薬をくれた 楠に
音楽で 恩返しをしたい
いつか It's a matter of time, right?

うたタネをつっついて 続けてく

めぐりを めくって
時を 解き
ぼんやりした ほんとうの日々に
道が 満ちてくまで

てくてく てくてく

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2017.08.04

バイクと、生木の木工と

Img_1797 今朝はながながとした、なかなか大変な目に会う夢を見たけれど、思い返すと身体感覚として残っているのは、原付バイクらしきものに乗っていたこと。。

1月に人生初の乗り物免許を取ったのが、原付免許。。。一生懸命勉強して取ったのに、合格したその日の教習で数時間乗っただけで、まだぜんぜん乗れていません。もとより、バイクとのご縁がまだなのだった。

公共交通機関では行きにくい、山奥や森のほうへ、行きたいと思ってのことだったけど、街中を原付で走ると思うとなんだか怖い。。。でも街を通過しないとその向こうへは行かれないんだよね。。。(汗)

ホンダのカブに乗りたいという希望があります(背が低いので、リトルカブ)。郵便屋さんドリーミング。フランスの郵便屋さんが乗っているというプジョーのモペッドもいいなーと思ったときもあった。

郵便屋さんの、あの一軒一軒回ってポストに手紙を届けて回る作業は、翻訳仕事の作業とよく似ていると、かねがね思ってきました。

一語一語を、ポストに入れて届けていかないと、なところ。1つも余さずに届けないと仕事が終わらないところ。

すっとばしが不可な、地道さがあるところ。。すっとばし不可な仕事はほかにもたくさんあると思うけど、郵便配達と翻訳はそれ以外にも、言葉を片一方からもう一方へ届ける、という共通項があるから、たぶんすごく近しい気分になるんだと思う。

訳したいなー、と思う本が、いくつかあります。仕事の翻訳に追われて、訳したい本を訳すなんて絵空事なんだけれど。

Img_1239 最近そう思ったのは、Barn the Spoonさんの「SPON」。この初夏に出たばかりの、彼の初の著書です。生木からのスプーンづくりについて、「新しい木の文化」について、森と木々のあいだで野泊まりしてきた人の視点から、語っていらっしゃいます。

どうも、木を使うモノづくりをされる方の中でも、Barnさんや、Mike Abbottさんのように、森の中で、木々のあいだで、寝泊まりしつつ、生木でつくる、ということをしてきた人たちに、とてつもなく惹かれます。

(Barnさんは、ちなみに、Mikeさんの森の工房でアシスタントをしていたこともある方で、わたしもMikeさんを通じて彼の存在を知りました。Mikeさんはいったん“引退”して森の工房をたたまれたあと、今はご自宅のお庭を工房にして活動されてます)。

日本の奥山でかつて暮らしを営んでいた、木地師の方々にも惹かれる。京都・美山の森を歩いたときに、かつての木地師の集落跡に出くわしたときは、感慨深かったです。

先日、目黒区美術館でやっていた「ヨーロッパの木の玩具―ドイツ、スイス、北欧を中心に」展へ行ったときも、はっきり体感したことがありました。

Photo 木を使うものづくりの端っこをかじっている身としては、この展覧会に興味を持ったのはなんの不思議もないことです。けども。展覧会場で、とてもよくできたさまざまなつくりの木の知育玩具を見ていたときと、「手仕事を愉しむ、伝統的な玩具」のセクションの、とりわけ「ライフェンドレーエン」という生木から手作りする手法のおもちゃを見ていたときと、自分の心身の反応が自分でもあきれるくらい違っていました。

つくづく自分は、生木の手づくりのものが好きなんだなー、木製ならなんでも好きなんじゃないんだなーと実感させられました。

ライフェンドレーエンは生のトウヒを輪切りにしたのを、木工ろくろでけずっていって、金太郎飴のバウムクーヘン版のようなものをつくっていって、そこから動物などのミニチュア細工をつくる手法です。以下の動画をみると、ひととおり工程がわかります。

美術館のショップで、クリスチアン・ヴェルナーさん作のライフェンドレーエンの動物たちが少し販売されていたので、大好きなカワウソとシロクマの2頭を連れ帰りました。Img_1765

クリスチアンさん(上の動画の中の人も、クリスチアンさんだと思う。。)はお父さんから技術を受け継いで、ライフェンドレーエン技法を習得された方。東ドイツ時代には木工業者組合を通じて販売ができていたけれど、東西ドイツ統一後は、車で寝泊まりしながらドイツ各地で自ら販路を開拓した、と紹介されていました。

森で寝泊まりしながら、自作の木のスプーンを売って歩いたBarn the Spoonさんと、少し姿がダブりました(Barnさんは徒歩で旅していたけれど)。

クリスチアンさんの工房があるエルツ山地には、家族中心の手仕事の伝統があって、今も100以上の小さな工房で木工玩具作りが続けられているとのこと。エルツ山地はかつて錫鉱山で栄えた場所で、木製玩具づくりは鉱夫の副業だったそうです。最初は自分の子どもたちのために作っていたんだそう。

ゲルマン民族研究家の岡部由紀子さんは、展覧会のカタログに寄せた「エルツ山地の八百年と木工玩具」という文で、「鉱山での仕事は若い時にしかできないきつい労働だったことと、けがをして鉱山で働けなくなった人が多かったことが、この地で木工芸が発達した理由のひとつでもある」と書いておられました。

東ドイツ時代は「11人以上の従事者がいた工房は強制的に国有化され、合併して大きな工場に再編され、流れ作業で玩具の大量生産に携わった」ともありました。でもクリスチアンさんのお父さんは、少人数の工房を構えていたので、東ドイツ時代も合併されず、独立した工房として仕事を続けてこられたそうです。そして3人の息子さんが、技を受け継いで、それぞれにいい仕事をされています。

たいへんなご苦労があったんだろうと思うし、今もあるのかもしれないと思うけれど、スモールスケールな生木の木工の手仕事が生き残っているのは、なんか、灯火みたいに感じられてしまいます。

+ + +

こんなふうに書いたけれど、目黒区美術館の「木の玩具」展の、手仕事じゃないほうの展示セクションも、興味深かったです。特に現在の積み木など、当たり前のようにあるおもちゃの起源だったという「フレーベルの恩物」の展示や、大正時代に使われていた「モンテッソーリの感覚教具」の展示は見ごたえありました!展覧会は9月初めまでやっています :)

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2017.08.03

それぞれの夏

Img_1828「猫の額庭」のヒメヒマワリの、今年の一番花だった花が咲き終わりました。写真の一番上の茶色く枯れたのがそれ。6月15日に咲いたから、1月半のあいだずっと咲いてたんだ。。猛暑の日も、豪雨の日も、しばらく雨のなかった日々も。なんて強いんだろう。

今は後から咲いてきた5番花以降の花たちが元気に咲いています。リレーのようにしてこうして秋まで咲かせ続けてくれる。

この夏は、「猫の額庭」に水やりを一切してなくて、雨だけでやっていってもらっているのだけど、それでも元気でこうして咲いて、花のたくましさって半端ないです。

冬にはいったん姿を消して、春になると毎年あたらしく地面から出てきて、夏に黄色い花をつける。枯れ姿もかっこいい。わたしがここに越してくるより前からここに生きてきた、先住植物です。

何年も前に、この花にすごくなぐさめてもらったときのことも、毎年思い出します。

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Kakigori_2 昨日は遠方のともだちが、ひさしぶりにはるばる会いにきてくれて、正当な夏休みみたいな午後を過ごしました。みんなで駅から海まで歩いて、波打ち際を楽しんで(貝の砂もぐりも眺めて)、帰り道に天然氷のかき氷屋さんでふわふわのかき氷を食べました。いちごソースがおいしかった。。。

5歳の(よ)くんも来てくれて、おみやげに(ヨ)さんが持参した紙相撲をかき氷屋さんのテーブルに広げて、みんなでトントンやった。曇天で夕方で入店待ちのお客さんが並んでなかったので、奇跡的にゆっくり遊んだりできました。楽しかったな。。

昨日は台風が遠くに来ているせいで、すでに波がいつもより高くなっていて、残念ながら海水浴は無理だったけど、(よ)くんは波打ち際ではしゃいで走りまわって、ゆうに50メートル分くらいは走ってた。。。小さな体から発せられるエネルギーははちきれんばかりで、見ているだけで爽快でした。にんげんにはこんなにすごいエネルギーがあるんだなあ、と実感した。これはほんとに、すごいことだよ、と思う。

海からかき氷やさんまで歩くあいだも、ただ「歩く」のでなくて、くるくる回りながら歩いたり、盆踊りみたいなのを踊りながら(しかも後ろ向きに)歩いたりする(よ)くんは、実にクリエイティブ。自分全部を注ぎ込んで楽しんでたように見えた。

この5年の年月、彼の育ちのプロセスの相棒となってきた(な)さんも、実にかっこいいなあと思いました。体力のいることだし、特に体調が変動しやすい人には(そうでなくても)大変なときがいっぱいあるだろし。。ほんとに尊いことです。

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Img_1834 さて、アリたちの夏休みも、すこやかに(?)続いているもよう。今日も3、4匹が窓辺の”別荘”に遊びに来ています。

以下、”別荘”の解説をすると。。。

うちの家は古い木造で、小さい生き物が出入りできるすきまはいっぱいあって、毎年初夏にはアリたちがいっぱいキッチンのはちみつの瓶とかに巡礼しだすのだけど、不思議と今年はキッチンに来なかった。

Img_1751 来ないなーと思ってたら、今年はリビングのほうに、巡礼の道ができあがっていました。窓辺に置いてある、少し前のクリスマスに相方にプレゼントした、白樺の樹皮でつくったおうち。そこの煙突に、いただきもののチュッパチャップスを立ててあったんだけど(煙突から出る煙っぽかったから)、このおうち(特にチュッパチャップス部分)が、今年のアリたちに好評のデスティネーションになりました。

しばらく前まで、富士登山の人たちみたいに、ぞろぞろ列をなして来ていた。窓の縁のところをずーっと行くので、人に踏まれたり家具につぶされたりする心配もないから、静観していたら、だんだんブームが静まっていって、訪問者数が減ってきて、最近は、たまーに、ぽつぽつと、1日に数匹くらい来ています。

そんなに混雑しなくなって、ほどよいお出かけ先になっているもよう。

生き物それぞれにとっての夏の日々。。。セミもようやく元気に鳴き出しているし、いつもこの季節に姿を見せるカナヘビの家族も、健在です。ありがたいことだと感じています。







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