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2017.10.18

つれづれメモ

昨日夜、相方と歩いて25分ほどの投票所へ。夜の暗さが心地よくて目が休まりました。あわただしい日常のなか、こういう夜の散歩の時間、いいな、と思った。投票の後は久しぶりに地元の喫茶店でお夕飯たべた。

このところ夢が鮮明すぎて、起きぬけにどちらが現実だかわからない感じの毎日。

今朝の夢では、お世話になっている病院に行っていました。待合のろうかは気持ちの良い風が通り抜ける(現実の病院とはぜんぜん違ったけど、ここはそこの病院だということに夢ではなってた)。茶色のふかふかのじゅうたんがひいてあって、小さな鳥が、なぜが4つ足歩行をして、ねころぶわたしのすぐ横をたたーっと通り抜けていった。

やっぱり4つ足歩行のほうが早く進むなあ。人間は2足歩行になっちゃったからなあ、と思ってた。。。

さまざまな生き物が行き来できるこのろうかの待合室は、よいところで、ごろ寝してもよいことになっていて、なごんだ。

しかし病院に来たはいいけど、かかりつけの先生には、前回来た時に、なんで来たの?もう来なくていいんだよ、というようなニュアンスのことを告げられていたから、また来ちゃった自分を持てあましていました。同じ科の別の先生に受診したらいいかな、とかいろいろまごまご考えてた、夢の中のわたし。

たぶん、自分としては主観的にはヘルプを求めている、でも客観的にはわたしはぜんぜんだいじょうぶなのだ、というのが、最近の現状なのだと思う。。

生き物との交流が足りてない、というのもありそうです。

仕事がたくさんあって、季節の変わり目でもあるから家の中のこともいろいろ宿題がたまっていて。焦る。。

選挙のことも気になるし(とはいっても、これまでになく落ち着いて静かに居られてるのだけど)。

自分をもう少し大切にしたいと思うようになってきました。これまでも自分勝手に生きてきちゃったのに何言ってるんだ、という感じだけれど。。。

つい最近の、世界のありようについての、ある気づきは、まさか、という気持ちで、かなり地盤がゆすぶられたみたいでした。頭が物理的にくらくらした。。。まだこのアップデートされた現実になじみきれてない感じ。

このとこあったかいお風呂がなによりの幸せです。湯船で毎回居眠り。。

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2017.10.14

流れ星が

Img_2436 さじフェスから帰ってきて、2日ほど、ほけーっとしていました。

5月のアレクサンダーテクニークの合宿の後、しばらく使い物にならなくなった自分も思い出してしまって、さじフェスが終わってすぐ次のことができる相方や知り合いのみなさんにくらべて、自分はなんでこうなっちゃうんだ、と情けない気持ちに苛まれてました。

5月のときは120人ほど、今回は50人ほどの場だったけども、大人数が集まる場所への苦手感は自覚してたので、なるべく疲れ果ててしまないように、意識的に休むことを考えつつ過ごしたつもりでした。それでもやっぱり今回も、いっぱいいっぱいになってしまった。

最終日の夜、相方と二人きりになって電車に乗っていたら、グリーンウッドワーク関連イベントの帰り道にいつもやってくる、自分の不器用さ・作業の遅さについての悲しみが、また、どどーっとやってきました。

それに打ちのめされつつ、長良川鉄道の駅のホームがそのまま入口になってる温泉に入りにいきました。

露天風呂の湯船につかってぼうっと、ものづくりのいろんなスタンスについて考えて、木工家や職人とはまた違うものづくりのスタンスもあることを思い出してたら、スーッと、流れ星が、天頂からななめ45度くらいまで、長い尾を引いて流れていきました。

びっくりした。と、同時に、初めてグリーンウッドワークでのものづくりを教わった、マイクさんの森での日々でも、最終日の夜、、森の縁にある広い原っぱでに出て、ひとりで夜空を見上げてたときに、流れ星がひとつ流れたこと、思い出しました。

あの時も、今回も、不器用な自分に場違い感を感じてたけど、星が流れた瞬間に思ってた、「まずはやってみる」「自分なりに工夫していく」「とにかくやり続けていく」というスタンスの人からはやっぱり元気をもらえるなあと思いました。

もちろん、木工のように刃物などの道具を使う手仕事だと、道具の使い方はやっぱりちゃんと教わることが大事だと今回もしみじみ体感しました。体をどう使って刃物を支えるか、材を支えるか、どう刃物を使いこなすかによって、まるで世界が違ってくるんだなあ、と。。。

だからちゃんと教わって習うことの意味はある。。のだけど、なんというか、それと職人魂とは、別物だと感じていて、職人魂に触れると、なぜか自分はものづくりにかかわっていてはいけないような気分になるのが、興味深い。。

「いいものをつくれる」技術がないと、つくる資格がないかのような気分、というか。。。

開き直って、しろうと魂で好き勝手にやっていこう、と思うのだけれども。というか、わたしにできるのは所詮それしかなくて、なのでこのブログでグリーンウッドワークについてこれまでもいくつか書いてるけど、「読まれる方は、これはわたしの好き勝手バージョンの手探りのグリーンウッドワークであることを、踏まえておいてほしいです」とわざわざ明記したくなるのだけれど。

Img_2433 でもそもそも、グリーンウッドワークはスウェーデンのslöjdのように生活道具を身の回りの森の恵みで自分でつくる、そういうたしなみのような、万人に開かれた営みだと思ってきていて、だから別に職人さんのようになれないからといって、職人さんを目指せないからといって、やってちゃいけないわけじゃないね、と思ってもいて。

なのにこの「場違い感」や「人並みにできないことの悲しみ」に毎回こんなにゆすぶられるのはなんなんだーと思いつつ、デンマークの心理療法士の方が書いたHSPと呼ばれる資質の人々についての本を読んでいたら、そういう人が「過度に刺激を受けたときにするお勧めの活動」のリストの中に「彫刻を彫る」という項目があって、目にしたとたんにどっと涙があふれてきました。

そうか、なんだかしらないけど木削りをしたくてしょうがないのは、そういう理由だったのか。。?と気付かされた。

自分が大勢の人の中にいるとき、いろんな物音や気配の渦中にいるとき、時間的に焦って作業をしているときに、おもいのほか憔悴しているらしいこと。。木削りや手仕事は、自分にとっては、コーピングの手段だったらしいこと。。。

たすけてもらってきたのだったかー、木削りには。

知らない街に引っ越して大学の寮に入ったばかりのとき、なじめなくて、中華街で衝動的に彫刻刀を買って、近くの工事現場に落ちてた木端を拾ってきて、夜な夜なわけのわからないオブジェを削っていた自分を思い返すと、まさにそうだったのかもしれなかった。。。

ただ木を削る、それがやりたかっただけだった?その言い訳として、生活に役立つものをつくろうとしてきた?

ただ海に入って浮かんでいたくて、その言い訳としてサーフィンをやろうとしたみたいに?

ただ木に登りたくて、その言い訳として、高枝の剪定をするときみたいに?

言い訳がなんで必要なんだ、と思うけど、意味のあること・意義のあること・生産的なことをしてないといけない、と思ってるんですね。大人として、日常の時間を割くならば、そうでないと、と。

ふと、先日たずねた鹿児島のしょうぶ学園(知的しょうがいのある方たちの支援施設)で、木工をしている利用者の方々のこと、思い出しました。鑿と材を渡して、お皿を彫ってもらおうとすると、どんどんどんどん彫り進めて底に穴があいてしまうまで止まらなかったりする、そして穴があくとご本人はうれしそうにしていたりする、と聞きました。

一心に彫り進める、その活動に「快」がある。。活動そのものに意味があって、結果としてお皿が完成するかどうかは、活動そのものにくらべたら二次的なことだという境地。。

そして、こういうものづくりのベクトルもあってよいこと、こうやっていくなかで結果としてできあがった「なにか」は、また別の意味で「いいもの」になる、工夫次第で「すごくすてきなもの」になることを、しょうぶ学園の活動からはびしびし感じます。

思い出すと、元気が出てくる。ありがとうの気持ちです。

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2017.10.12

さじフェス2017

今月初めの連休は、岐阜・美濃市でさじフェスに参加してきました。スプーンづくり一色の3日間、濃かったです。。 :)

近年自分はすぐいっぱいいっぱいになりがちで、今回もそうだったけども、でもやぱり行けてよかったな、とじわじわ感じてるとこです。

Img_2465_2 Img_2620 Img_2534 スウェーデンから生木の木工(グリーンウッドワーク)をされるヨゲ・スンクヴィストさんが来日して、森でスプーンづくりにいい木を探すところからスタートして伐採→割って→斧ではつって→ナイフで削って、という一連のスプーンづくりの工程を見せてくださいました。そして10種類のナイフワークを教えてくださって、最終日はみんなでスプーンを削ってみました。

前にマイクさんの森の工房で、アシスタントのジョージョーさんから教わったナイフワークは、この北欧の伝統の(ヨゲさんがお父さんから受け継いだ)ナイフワークだったのでした。ジョージョーさんが教えてくれたのは確か5種類くらいだったけど、今回また別なグリップも教わって、北欧の木削りの奥深さに改めて感心しました。

ヨゲさんのお父さんのヴィッレさんは御歳92歳。あまり腕力がなくても削れるゆえに現在ヴィッレさんが多用しているという、skewとよばれるナイフグリップなども教わりました。このグリップは子女にもよいのではないかなーと思った。。

Img_2438ヨゲさんのつくるスプーンは、ひとつとして同じものがない、とのことでした。それというのも、材によってデザインが影響を受けるから。その材がどんなふうになりたがっているか、によって違うふうになっていくのでした。木目、木の繊維をなるべく断ち切らないことで強度と軽さを両立させていく木取りのしかた、ほんとーうに好きです。木と人のコラボレーションのような。。。そしてスウェーデンの民具の伝統的デザインに影響を受けているカラフルでかわいい彫り模様も、めちゃくちゃすてきです。

スウェーデンのslöjdとよばれる木工の伝統は、そもそも、生活の中で必要な道具を身の回りの木々から手作りしてきた伝統で、なんとういか、かつてはふつうにみんながやっていたことのようでした。

ヨゲさんのお父さん、ヴィッレさんが木削りにのめり込んでいったきっかけもとってもおもしろかったのだけど、木削りが生活するうえでのたしなみのようなものだったからこそなのか、ヴィッレさんが家の中で木削りをして木くずを散らかしても、ヴィッレさんのお母さんは一度も文句を言ったことがなかったそう。

そんな連綿と続くslöjdの伝統から、ヨゲさんがもっと自由になって、ものづくりをもっと独自に展開するきっかけになったという、9歳の娘さんとのエピソードもすてきでした。

* * *

さじフェス2日目には日本のスプーン・杓子づくりの職人さんたちお三方の講演と実演もあって、すごかった。。三人三様で、とても興味深かったです。職人魂にぶっとばされ、はるか遠くにとばされすぎて、「自分はこんなとこに来ちゃいけなかったかも」という場違い感にさいなまれもしたけれど。。。そんなすったもんだしつつも、持ち帰れるインスピレーションはたくさんいただけました :)

Img_2588 日本古来の生木の木工、有道杓子づくりを継承されてる奥井京介さんが、杓子の材料にされてる朴の木との関わりをなんというかホリスティックにお話しくださったのが、今でも印象に残っています。

秋になって朴の木の大きな葉っぱが落ちると、地元のおばあちゃんたちはそれを拾って、水に浸けるんだそうです。そして朴葉みそなどに使われる。

朴の木の特質と飛騨地方の気候を踏まえて、奥井さんは杓子づくりは冬のあいだだけするそうです。(今回秋に杓子づくりの実演をしたのは、そういう意味では異例だったんだなあ。。)

地元の方々の生活の中に、四季のめぐりの中に、朴の木と、朴の木を使ったものづくりが位置づけられていることが、妙にうれしかったです。

* * *

Img_2615 Img_2622 S__8069128_xlarge 2日目夜から相方が合流して、一緒にスウェーデン風のスプーンづくりを体験しました。スウェーデンではバーチをよく使うとヨゲさんはおっしゃってましたが、今回は生木の朴の木で。

初めての斧でのはつりに挑戦しました(ナタと斧のチョイスがあったのだけど、その前の工程で出遅れて、道具を取りに行ったら斧しか余ってなかった汗)。めちゃくちゃ四苦八苦したし、いつものごとく作業が遅くて焦ったりしたけど、でも斧使いのコツを教わって、少し思うように扱えたときには、楽しいな!って実感も来ました。でも、基本ずっと、わーっとなってました。。。

相方はとにかく楽しかったらしくて、そして自分のスプーンをすごく気に入ってるみたいで、なんか、それがなによりだなあって思いました :)

Image_xlarge Img_2661 Img_2665 二人とも時間内に完成するとこには行かず。。フェス最終日の翌日はふたりでちょこっと河原で続きをしてみました。せせらぎの音を聞きつつのナイフ作業、楽しかった!まだ終わらなかったけど。。

日本初のさじフェスを企画、オーガナイズしてくださった森林文化アカデミーの久津輪さん、グリーンウッドワーク研究所の加藤さん、アカデミーの学生さんたちには、ほんとにお世話になりました、ありがとうございました。グリーンウッドワークのお仲間のみなさんにも久しぶりに再会できてとっても嬉しかったです :)

Img_2565 物販もかなり充実してたのです(ただ自分に心のゆとりがなさすぎて(汗)あああ。。。。。)

夜の懇親会では大好きな五平餅の作りたて焼きたてをたくさんいただけたり(ナッツの自家製タレが最高でした!)、美濃の豪華郷土料理をふるまっていただいり(みんなおいしかった、こんにゃくが特に最高でした!)、休み時間にはハンモックで寝てみたりできたのも、すてきでした。

* * *

Img_2540 Img_2544 余談。ハンモック寝に関しては、なかなかおかしかったのでした。

今回テント泊でなくコテージ泊にしましたが、せっかくなのでハンモックと寝袋、シュラフカバー、エアマットだけ持参して、1人で泊まる一泊目は初めてのハンモック泊をしてみようと思い立ちました。

雨の予報はなかったけど、念のため、東屋のようなとこにハンモックを吊りました。前夜は夜行バス泊であまり寝てなかったので、わりと早めの時間に寝袋にエアマットを仕込んでハンモックにイン。寒いと思ってかなり厚着をして、万全に。。そしたら暑すぎた^^;

前日まで寒かったのに急にあたたかくなったのでした。あついなーと思いつつ、しばらくいたら、蚊がやってきて。。ぶんぶん周りを飛ばれて、顔をさされたので顔をシュラフカバーで軽く覆って、全身覆われたかたちで少し寝ました。

ときおり、コトンと、どんぐりの実が木から落っこちてきて音を立てていました。あとは木々のさやぐ音。ハンモック寝に慣れないうちは少し窮屈に思ったけど、ふっと体がゆるんだときがあって、そしたら逆にすごく楽になって、寝返りの必要を感じないくらい快適な体感がきました。これは意外でした。

しかしやっぱり暑くて、しばらくして寝袋の中でウールの靴下を脱ぎ、それからシュラフカバーをはいで、上半身を寝袋から出してみたら、ハンモック越しに微風が気持ちよかった。向こうの山々の気配も。

で、なぜか、「もう蚊に刺される気がしないぞ」という万能感が来て、そのまま寝ました。

そして。。夜中1時前くらいだったかな、痒みで目覚めました。あの万能感はなんだったんだ^^;

で、二連夜寝不足はさすがにまずいので、大人しくコテージの部屋に撤退しました。。。

この季節、もう蚊はいないと思ってたけど残念でした。もすこし寒くなったら、またやってみたいですー。

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2017.10.05

おかしなぬりえ

<おかしなぬりえ>

わたしのカタチ
わたしの過去のカタチ

トレーシングペーパにざざっと写し取られて
色を塗られてしまうってあるんだなあ

思いもしない色を塗られてびっくり

でもそういう自分も確かにいたのかも
なんて思い始めて

おかしなぬりえを
じいっと眺める

違和感をずるずるひきずりながら
この違和感は大事だと思いながら。

でもほんとうは
ほんとうにほんとうは

よその人が知ってるんじゃなくて

わたしが知ってるんだよな!
わたしのトゥルーカラー

心通わせてきてくれた
家族も知ってる

ねこのにゃみちゃんも知ってる

これはただのぬりえ。

違和感を感じるものには
気が引かれるけど

「ちがう」とわかったらもう
じいっと眺めてなくてよかったんだ

ふっと風にのせてしまえばいいことだった

ちがうよ、おかしなの描いたねえって
笑ってればいいことだった

おかしなぬりえに
まじめに接するのが礼儀と思っちゃって
埋没しちゃってたな

さわやかなとこへ出てこよう
正気にもどろう

さわやかにくつろいで
刻一刻変わりゆく自分でいることが
わたしにできるいちばんのことだって

だんだんわかりだしてるんだ

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2017.10.02

毛糸を編む、かごを編む

ぎりぎり締め切り仕事→人にたくさん会う仕事とつづいで、しばらくぶりに野山で眠りたい欲求がぶわんと来た本日です。でも明日はまたお外仕事なので、しばしこらえて。。。今週末にはうまくいけば、野山寝ができるので、それまでがまん。

政局が気になるし、自分ごとで手一杯になるのはむむむ、と思うけど、意識の視野の中に人間の分量が多くを占めすぎると、やっぱり大変になる。。ヒトは、自分と同じ種なだけあって、情報量が微細でたくさんだから、処理が手一杯になるのだろか。

気がとぎ澄まされていながら深くやすまるのは、野山で眠っているとき。

いつか、人のなかにいても深くやすまるようになれたら、と思うけれど。。

東京に電車で出るときは、いつも向かい合わせの席がある車輛に乗って、向かい合わせ席の窓側の隅っこに座れたら、短い棒針で小物を編んでるこの頃です。少し肌寒くなってきて、また編みたくなってきた。

編み物していると身の回りに結界ができるような感じもなぜかあって、助かっています(でも急停車したりしたときにまわりの人をぶすりとやらないようには、いつも気をつけてます)。

Img_2090 (あ)さんがくださった、遠い島で海藻を食べながら育った羊の毛糸の、この赤に呼ばれたので久々に棒針を出してきたら、同じタイミングで近所ですごい便利グッズに出会って、ごきげんになりました。手袋と帽子の形をした、編み針まとめ用ゴムキャップ。

靴下を編むときにはいつも4~5本の短い編み針を使うんだけど(この特別な毛糸は靴下にはもったいないのでアンクルウォーマーにしようかなと思ってるけど)、編んでる途中のそれらの編み針を全部まとめて、両端をゴムキャップでとめられると、まとまりもいいし、目が編み針から外れる心配もなくて、移動時にとーても重宝しています。

ドイツ製みたい。Prymというメーカーさん。ドイツとか、北欧、バルト三国とかは、手袋や靴下や帽子といった小物の手編みがさかんなイメージが自分の中にある。こういうグッズがちゃんとあるってラブリー。

* * *

編み物は途中でいったんやめるのがもう上手にできるようになっているから、安心していつでもできてよいのだけど、手仕事の欲求はふいとやってきて、やってくると去りがたいことがしばしばあって、こまります。

こないだはやらなきゃいけないことのまえに、やりたいことをしてみよう実験をしてみたら、やりたいことだけで1日が終わってしまった。。ということがありました。自分、やりたいことやりだすと妙に集中しちゃって止まらなくなるんだった。。と改めて思い知らされた。。

Img_2400 Img_2403 Img_2404 あの日は、すこし前の暴風で倒れちゃったジャスミンの蔓切ったので、バスケットをつくりたくなって、枠をつくったのでした。

編み込むほうの蔓はジャスミンのよこに伸びだしてた野草の蔓をつかったけど、足りなくなって、いったんここで止まったのだけども。。。

Img_2405 Img_2408 Img_2409_2 もひとつミニサイズを作り出して、そちらにはおゆうはんのご飯に入ったトウモロコシの皮を割いて編み込んでみたくなって、そしたらまた止まらなくなって、皮を使い果たすまで一気に。。でも皮も足りなくなった。

それでやっと立ち止まって、1日を振り返って、切ない気持ちに。しごとたくさんあったのに。。いそぎのもあったのに。。。。。 翌日はもうれつな勢いで仕事して、リカバリーしました。

秋はいっそう、いろいろつくりたくなる季節なんだよなーと過去の記録を見てもわかる。。どうしたものかな。途中で休む、に意識的にとりくむべしかな。。
 

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