« 2017年11月 | トップページ | 2018年2月 »

2018.01.31

ひまわりの種

Img_3318_2 「猫の額庭」にくるシジュウカラのみんなが、「ひまわりの種がもうないねえ」と話している気がして、今日は近所にある、古い店構えの小動物用品店へ自転車を走らせました。

いつも店先の一番目立つところに積んである、なんのラベルもないただの透明のビニール袋にどさっと入ったひまわりの種を1袋もってレジへ。

おじさんは「だれにあげるの?りす?」と言うので、「いえ、シジュウカラです」と言ったら、すぐさま思い出したように「そうだね、シジュウカラだったね!」と笑顔に。野鳥にあげる、と聞くといつもおじさんは特にうれしそうな顔をする。。

おじさんとこのひまわりの種は1袋300円なのにどっさり入りすぎていて、一度買うと、次に買うまでしばらく間があくから、そのあいだにおじさんの記憶はちょっとあやしくなるようだったけど、すぐ思い出してもくれるのでした。

「お代は3万円です」などと冗談をおっしゃって、わたしの300円を受け取られた。

こないだホームセンターで見た、市販のきれいなパッケージに入った小鳥用ひまわりの種は、280円くらいでおじさんとこの半分も入ってなかったのを思い出しつつ、お支払い。。。

「また買いに来てね」と言われて、「はい、それまでおじさんもお元気に」と言ったら、「いやあ、もういつまでもつか、わからないよ」と笑いながらおっしゃった。

おつりをくれたときのおじさんの手指が腫れぼったかったこと、ちょっと気になった。。。

前に、わたしの自転車を見て、若いころは僕も自転車が好きでねえ、こんなのやあんなのに乗ったんだよ、と話してくださったことがあったっけ。

控え目なのにおちゃめなおじさんは、こじんまりとしていて空気の通りも悪い、このお店の奥で、カウンター向こうのせまいすきまに座って、ラジオを聞いている、たいてい。

おじさん、好きなスポーツ自転車に乗ってぱーっと風の中を走ったりできたらよいのになあ。。

と思って、すぐ、異種間コミュニケーターのアンナ・ブレイテンバックさんから前に教わったこと、思い出しました。

動物園の動物に対して、不憫に感じたりした場合に、こうするといいですよ、と教えてくれたことなんだけれど。

不憫の気は、ほんとうに不憫な境遇にいる動物にとって、さらに負担になっちゃうから、快くてほっとするような気で自分を満たしてから、それを相手の頭上めがけてアンダースローで放り投げるようにしてみましょう、と、うろ覚えだけど、そんな感じのことでした。

これを応用してみると、私自身が、その風の中を自転車で走ってるときみたいな爽快感、愉快感、快適さを思い出して、その感じを自分の心身全体にめいっぱい満たしておいてから、それをほいっと、おじさんの頭上めがけてアンダースローで放り投げてみたらよいのかな。

受け取られるかどうかはわからないけども。。

* * *

で、気ってやっぱり、そういうふうに作用するんだろう、となんとなく確信する。

Img_3582 こないだ行った坂口恭平さんの個展で、やっぱり、500枚の原画の束を1枚ずつ繰ってみていくうちに、だんだんごはんをもらってる感覚がやってきました。

来場者が増えてきたので、相方が見ている束のほうへ移動して、相方が繰っていくのを隣で見はじめたんだけど、次々と自分の前に絵が差し出されてくる、それが、次々と料理の乗ったお皿が目の前に置かれるのとちょうど同じような感じになっていって。

しまいには、わんこそば状態で、ちょっとくらくらした。

今回は坂口さんにお目にかからずに帰ってこよう、と思って、ほんとに絵だけ見に行こうと思ってたのだけど、絵の枚数がありすぎて、見終わらないうちに坂口さんがギャラリーにやってきてしまって。ご本人がいらっしゃるとまた、うたもうたってくださるし、もうたいへんです。

んで、あんまり長居せずに、帰ってきたのだけども。家に帰っておゆうはんを食べた後、久しぶりにぐったりしてソファでがっつり宵寝しました。強制終了かかった感じで。

たくさん宵寝したのに、夜もしっかり眠って。そしたら翌日から、なんか、関心と興味のアンテナがまたちょっと働き始めた感じになって、しんとしてるようで心の奥のほうではなにか動き出してるような感覚が来ていて。

あのぐったりは、好転反応みたいなものだったんだろか、と思うにいたりました。

やっぱり気の交感っていうのは、あなどれないんじゃないだろか、と思う。。

坂口さんの絵、ひまわりの種と同じくらい、1粒万倍、なところがありそうな。。?

もすこし、ここらへんのことを大切にしながら暮らさないとだなあ、忘れっぽいじぶん。



| | コメント (0)

2018.01.29

雪と、めぐり

Img_3466 去年の真夏の暑いときに、こんなの書いてたのが出てきた。。。

* * *

寝る前のおふとんの中で、中谷宇吉郎さんの、昭和11年頃の随筆集を楽しく読んでいる、今回の水星逆行な日々です。雪の研究のお話とか、外の雪の中にものを置いておいたらまず濡れることはない(水分は凍るから)十勝岳でのお話とか、蒸し暑いときに読むと涼しくていいです。

なかでも十勝岳の山林監視人であるO老人のお話が、とても興味深かった。12月から2月いっぱいまで、犬の毛皮と塩一升と猟銃だけを身につけて、十勝連峰から日高山脈までを1人で歩き回った、というお話。

「この老人の話をきくと零下二十度の雪の中で二カ月も寝ることが何でもないことのようなのである」「雪の中で寝るのに一番大切なことはたき火をすることであるそうである」「鋸と手斧とマッチが食料品と同様に雪の山では必需品であることを実例で教えてくれたのはこの老人であった」

昭和初期の、日本の北の地にも、やっぱりブッシュクラフターがいたんだなああ。

* * *

Img_3467_3

で、この冬はほんとうに、南関東のうちらへんでも雪がたくさん積もったし、このところ寒さがキビシイです。ヤシの木と雪のツーショット撮った。なんか不思議な景色。

寒いときは家の中であったかくしてるのも楽しいけど、思い切って外に出ちゃうのもいい、と身をもって学びました。

雪の翌朝、雪だるまつくった。Img_3458_7

その数日後は箱根へ、いつもの温泉へ入りに行ってから、足をのばして元箱根港へバスで出て。箱根神社のほうへ行くみちに入って、湖畔をずうーっと箱根園まで、歩いてみました。

Img_3519_2 Img_3522_2 雪だらけ。下り坂は滑りそうになるし、かなり、リアル・フィールドアスレチック状態でした。たのしかった!

箱根園って初めて行きました。そこからロープウェーで駒ケ岳山頂へ。

Img_3549Img_3540_2

Img_3534

山頂はひろびろとしていて、相模湾も芦ノ湖も丹沢のほうも、富士山も見渡せて、雪も積もっていて、とっても爽快でした。つもった雪が風にふかれた跡もきれいだったし、木の枝につもった雪が風に吹かれた形で氷柱になってたのも、きれいでした。フェンスの柵にもおんなじようになってて、とりはずしたら、まっすぐきれいな剣みたいだった。

Img_3535 山頂の神社(箱根神社の元宮)へお参りして。かつてここにスケートリンクがあったという、昔の写真を見てたまげて。

Img_3529_2 それからロープウェーでまた降りてきたんだけれど、われわれと、もひとり、ここにしょっちゅう仕事でお客さんを連れてきているというバスガイドさん(お客さんたちより一足先に降りていくところだった)と、3人だけの貸し切りになったゴンドラ内で、「長く来てるけど、こんなに晴れ渡って遠くまで見はるかせたことは、初めて。いつも山頂あたりはガスが立ち込めてぜんぜん見えないんですよ、お客さんたち、もってますよー」と聞かされて、びっくり。ほんとにうつくしかったです。生き返る。

* * *

土星先生に弟子入りしている現在、なにか、しんとしている自分を見ています。

雪の野を見ているみたい。

Img_3583 まわりはいつもにぎやかだけど、今はノイズをなるべく減らして、静かにしてたい気持ちです。この雪の下から、なにかまた芽がでてきそうな気配が、すこし。

(写真の絵は、坂口恭平さんの絵。こないだまでまた東京で個展「アポロン」を開いてくださっていて、またお邪魔させていただいて。買わなくても写真撮っていいよーとおっしゃっていただいて、撮ってきた中の1枚。しみじみすき)。

伸びることと、めぐること。そのバランスだなーと。。ずっと伸び続けてなくていいし、ゆっくりめぐっていてもいいんだなって、おかげさまで思えています。

土星先生、植物先生、季節先生、みんなすき。




| | コメント (0)

2018.01.27

土星先生

このあいだはくらい文章を書いたなーと我ながら思っていたのだけど、そのあと友達の(た)さんに会って、今の自分の状態がほぼ「土星先生」のおかげだったもようーとわかって、すとんとラクになりました。またしても、われら星の子って実感しました。

今の土星の度数から言って、わたしは「土星先生」に「ちょっとここへいらっしゃい」と言われて、正座してる感じなのだそう。

でも土星先生、なんだか好きになってきました。おかげさまで年明けから食生活の乱れがすっかり収まっているし、はしゃいだり興奮したりは減ったけどすごく平穏です。平穏すぎて、まだそれになじめてなくて不安が出たけど。しばらくは平穏を受け取って、日々地に足をつけて歩むことになじむ時期としてみます。

ものごとに地道に取り組むことはできている感じで、少し前には、パソコンのお引越し後に、古いプリンターが使えなくなった事件が起きたけど、無事解決できました。

ことのしだいは。。パソコンがwindows10に変わったら、今まで使ってたプリンタ(EPSON PM-A850)が古すぎて、Win10用のプリンタドライバがもうメーカーサイト上に存在していなかった。。。

もう製造停止になっているプリンタなので、致し方ないことだけど、でもまだ(一応)使えるし、あきらめきれずネットで少しリサーチ。「あきらめて新しいプリンターを買いましょう」というコメントが大半で、一度はあきらめかけました。

が、別の日にまたネットサーチをしたら、あたらしくメモ書きのような記事がみつかって、そこにあったヒントをもとにやってみたら、ドライバが無事インストールできて、プリンタも使えました!

Win10よりも前のバージョン(Windows7)のドライバをダウンロードして、そのexeファイルを実行する前に、ファイルのプロパティを表示→互換性タブを開き→「互換モード」のところの「互換モードでこのプログラムを実行する」をオンにして、「Windows7」を選び→「適用」クリックしてから、ファイルを実行すると、うまくいきました!

ニッチなネタすぎるとは思ったけれど、同じように悩んでる人がもしいたら。。あきらめることはないですよー!とお伝えしたいです。

で、今日は、同じ方法で、Speed Stick U01(データ通信端末)のドライバをWin10用になんとかインストール完了! よかった。。。 取説には対応OSはWin8までとあって、KDDIのサイトを見たら、このデータ通信端末はWindows10のFall Creators Updateでは作動しないことを確認しました、というお知らせがあって、絶望的な気持ちになったけど、とりあえず、Fall Creators Updateのバージョン番号を調べて(1709でした)、自分のPCのWindowsのバージョン番号を調べて(左下窓マーク→「ファイル名を指定して実行」→"winver"と入力すると出てくる)、知らぬ間にFall Creators Updateになっちゃってたのを前のWin10に戻すところから始めました。アップデート後10日以上たっていると戻せない、という記載があったので焦ったけど、大事なファイルのバックアップを取ってから、ここにあったやり方のとおりにやったら、すんなり戻せました。

で、バージョンが戻ったところで、Speed Stickを刺してみたけど、普通にAutoRunファイルが実行されず。。。一度は困り果てたけど、あれこれいじったあげくに、ファイルのエクスプローラー画面からデバイスのアイコンをクリックして中身を開いて、AutoRun.exeファイルを発見。右クリックしてプロパティ画面の「互換性」タブから設定を変えて実行してみたら、なんとか無事に行きましたー。

途中でエラー出て有無をいわさず再起動になるし、どうなることかと思った。。今回はなかなか綱渡りでした。。。再起動した後に、もいちど端末を刺したら、うまくいったのでした。

最初、電話で端末メーカーにお問い合わせしたら、通信会社へ聞いて、と言われて、通信会社へお問い合わせしたら、もひとつの取り扱い店にきいて、とたらいまわしで。。ネットで調べてもおんなじ状況の方がいなくて、自力でやってみるしかなくて。。とほほでした。(auさんの対応が特に残念でした、Hwaweiさんはすごく感じよかった!同じたらいまわしでもニュアンスが違って……)。

しかし最初から自力でやったほうが早かった。。。

なんにせよ、古いものが好きだとこういうとき根気が試されますね。土星先生が目の前にいなかったら、匙を投げてたかも。。

新しい葡萄酒は新しい皮袋に、ということなのかなーとも思うけども、古い葡萄酒を新しい皮袋に入れつづけておる。土星先生も古いものがお好きでよかったな。

| | コメント (0)

2018.01.23

尊重したいことは

なんとなく、もやもや。体調もややぐらぐらしてるのもあるけど。

心から楽しい、という瞬間があまりなくなっているこの頃で。
いろんなヘルプのおかげさまで、焦りはなくなってるけど、うすらぼんやりした不安が心の空全体を覆っている感覚が続いていて、どうしたことかなあと思っています。
快適さはあるんだけど、心からの愉快さがない。。。
心からほっと安心する、というのも、あんまりなくて。こないだ、ジョニー・マーの自伝を相方と一緒にソファで読んでいて、途中でつかれて相方の肩に頭をもたせかけて、ちょっと目をつぶっていたときに、久しぶりに、瞬間風速的に、心からほっとする感じが来たけれど、そのときに、もうそれがすごく久しぶりだったんだーと実感した。
このところ落ち着いてるんだけど、そこはかとなく安心がないんだな。。。
どこか、宙ぶらりんな感覚で、節目の季節だけど、いまひとつ、節目の感覚はキリッとしていなくて。自分と世界や事象のあいだに分厚い透明の壁があるみたいな感じ。
この感じ、ときどき来ていたな、今までも。
いやだな、とか、ひどいな、とか、乱暴だな、と思うことが、人との関わりや、仕事上のことや、世の中のことで、いくつかあったのでした、このひと月くらいのあいだに。
うれしいな、ありがたいな、と思うことも、いっぱいいっぱいあったんだけど、いやだな、ひどいな、乱暴だなと思ったことのほうが後を引いちゃうし、気になってしまう。
たぶん、うれしいなやありがたいなは、その場でその気持ちをぱあーっと生きることができたけど、いやだなひどいな乱暴だなは、その場でその気持ちを生きることができなくて、だから後に残るんだろな。。
森山大道さんが、ご自身の写真を擦過傷に例えていたことがあったけど。事物と接したときにどうしても擦過傷的なキズを負う感覚があるのを、どうしようもできない場合、どうしたらいいんだろか。
大したキズじゃないんだから、そのままほうっておく、というふうにしてるけども。ほんとはもっと安心していたいし、痛くないほうがいい。
そのためにどう工夫したらいいのか、わからない。
でも、「わからない」って、あんまりむやみに言ったらいけないみたい、と最近思うようになった。わたしが「わからない」っていうときは、自分の中にあるわからなさと今は一緒にいる、その状況を描写しているだけなんだけど。ひとにはそれがただの状況描写として受け取りにくいみたいで。
わたしは状況を描写しつつ、待つ、とか、さらに見続ける、とかを、自分でしようと思っているわけなんだけど(今は「わからない」けど、それを「わからない」という言葉にして置くことで、そのうちにおのずと何かが開けてくると、漠然とした信頼がある)、でも「こうしたらいい」というふうに急いで答えをくれようとする人、はげましてくれようとする人がいたりする。
そういうアドバイスがすごくおかげさまで助けになることもあるんだけど、でもじつは私には自然(”大きな”私ともいえるもの)への信頼が究極的にはあって、たった今はしんどくても、ときを待つ、ということをほんとはしたいみたいで。答えは自分の中にある、とよく言うけども。。。
そんな受け身の態度が悪しき精神的習慣なのだーと言われたら、そうかーとも思うけども。
ものごとには、それ自体の、テンポというか、バイオリズムというか、季節というか、そういうものがあるもんだ、と、これは高校生くらいのときからそう思っていて、そのリズムを尊重しつつ暮らしたい気持ちがあったりします。
往々にして、大切にしたいと思っていること(自分の価値観というものかな)を、うまく表現できなくなると、”分厚い透明壁”が出現しだすみたいな気がしてきた。。。
なにか劇的な変化、っていうのにも、あこがれるし、変化にはそういう時期もあるんだろうけど、それがないときだって、植物が育つように、知らないあいだに目にみえないくらいちょびっとずつ自然に変わっている、っていうのが、ほんとうのところなんじゃないかと、思っています。そういう些細で目立たない中に、本質があるように感じる。
ざっくりまとめたら、こぼれおちるものの中に。ぱっとつかんだものの、影の中に。1でも0でもないところに。

| | コメント (0)

2018.01.11

節目の季節

Img_3302遅ればせながら、2018年新暦新年あけましておめでとうございます :) 

写真は昨日、川べりで水玉もようを形成していたユリカモメのみなさん。猛烈に風に吹かれていた。。わたしも猛烈に風に吹かれながら自転車こいでたところだったので、なんか連帯感もちました。

PCを新しいのにお引越しをして、しばし今までやっていたとおりにはいろんなことができなかったりで、ブログを書くまでになかなか至らなかったけれど、元気でした。

先月は通訳仕事と翻訳仕事しつつスプーン削ったり、バスケット完成させたり、家の外壁塗りしたり、庭木の剪定したり、網戸の張り直したり、常緑リースつくったり、と駆け抜けました。。なんかいつもよりハイパーな12月でした、どうしたことだったろう。。。

Img_3031_2 Img_3054_2 Img_3152_2

Img_3033_2 Img_3155_2 Img_3158_2
年末は父の山間の家へおせちづくりを手伝いにいって(八つ頭の面取りしてたら木削りモードに入っちゃったり……)、父手打ちの年越しそばをいただきながら、きょうだいや姪っ子甥っ子たちとツッコミを入れつつ紅白を見て。元旦は相方のお母さんのおうちでスクラブルをしたり、天皇杯を見たりして過ごして。

Img_3224_6Img_3236_4Img_3241_3

珍しく1月2日夜には我が家にいったん戻りました(ここ何年も、三が日に自分の家に帰ってきてなかったのでした)。

今年は新年早々、流れにまかせて予定外の展開に身をゆだねてみたら、ちょこちょこ意外な発見がありました。

まず初売りセール初体験@神保町のスポーツ用品店では、相方が買ったズボンのすそ上げをしてもらっているあいだに、近場でさくっとおゆうはんを食べようと、入ってみた小さな中華料理屋さんで、何気なく飾ってあった色紙たちをよく見てみたら、丸木位里さん俊さん(丸木美術館の原爆の図を描いた画家の)、吉永小百合さん、菅元首相、村山元首相、青島元都知事などなどのサインだったことがわかってびっくり。

Img_3250

丸木さんの色紙には「ひろしまの子は鳩になった」とあって、鳩の絵が描かれていました。お店のスタッフは全員中華系の方なのだけど、色紙はどれもだいぶん古そうで、いろいろ不思議でした。もちろんお料理も良心的なお値段でおいしくて、よいお店でした。神保町の北京亭というお店。

もひとつ、3が日の間に映画を見に行く、というのも相方に誘われるままに、初体験。3日に伊勢佐木町にある小さいインディペンデント映画館、ジャック&ベティへ行きました。館内フロアところせましと、次の上映開始を待つ人があふれていて、またびっくり。お正月に映画を見に来る人ってこんなにいるんだーと知りました。大好きなカウリスマキ監督の新作「希望のかなた」を見たのだけど、この映画、見れてよかった。今、この時勢に。。

カウリスマキ監督の”難民三部作”の1つで、主演はシリア出身・フィンランド在住のシェルワン・ハジさん、カウリスマキ作品初登場の俳優さんです。インタビューみつけました。カウリスマキ監督の撮影へのアプローチが垣間見えて興味深い。。

お正月のあいだに母のお墓参りと、相方のお父さんのお墓参りに行けて、相方のお父さんのお墓は富士霊園にあるので、旅行がてら、相方のお母さんと弟くんとみんなで行って、帰り道に箱根の温泉旅館に1泊してきました。相方の家族との旅行も初体験で(相方はわたしの家族とはなんども旅行に行ってるのだけど)、神奈川県民共済の組合員だけが利用できる宿へ行ったのだけど、リニューアルしてとってもすてきになっていて、お食事もすごかった!ふぐ鍋、初めて食べました。

相方の一家は、お父さんがもともと歩くのが大好きな人だったのもあって、みんなそろって山歩きやハイキングが大好き。で、1泊した翌朝、弟くんが、山登りしようと言い出して。宿の近くからトレイルに入って、みんなで小高い山を登りました。時折マイクロサイズの雹がちらついたりもして、木々のはっぱにしゃらしゃらと音を立ててたのが愉快でした。温泉の滝にも出くわした!

Dsc_2092

新年早々山歩きができるなんて思ってなかったので、予想外の展開に心躍りました。ただ77歳のお母さんにとってこの寒さと山歩き、大丈夫なのかな?と思った。。けど、ご本人はとても元気に歩かれて、最後トレイルが終わるころにも「歩けてよかったわあ、ハイキング大好き、またみんなで行きましょう」と :) これもかなりびっくりした。すごくうれしかったです。

帰りは箱根登山鉄道で下山。鉄道の「スイッチバック」を初体験して、これもとっても愉快でした。

* * *

Img_3292 いつもみなさまにいろいろに助けていただいていて、ありがたいなあ、と思うお正月でした。

自分でできることはなるべく自分の手でしていくように、そこはかわらずにやっていきたいと今年も思うのですが、いろいろにヘルプをいただいたりヘルプしたりできることのすてきさを今年はとくに味わいつつ過ごせたらと思っています。

旧暦では今は師走、じゃないまだ霜月だ!ということは、これから一か月あまり、もう一段、心身まわりを新しく整えるチャンスでもあり。。節目の季節、もう少し楽しんでいきたいです。

| | コメント (0)

« 2017年11月 | トップページ | 2018年2月 »