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2018.02.15

日常的な異界

Apollon 昨夜は相方と坂口恭平さんのレコ発ライブへ行ってきて、帰りの電車で熟睡。おうちに帰ってからまたやけにいっぱい眠りました。先月坂口さんの個展に行った後もやたらとぐいーっと眠りに引っ張り込まれたけど、この眠気はなんでせう。

坂口さんの絵も、うたの詩も、声も、旋律も、じかに心の特別な領域(顕在意識でない領域)にコミュニケートしてくれるみたいな気はしてるのだけど。

昨夜は、WWWという好きな箱(音がいい)だったせいもあってか、あー声が―!と何度も思ったし、一瞬は別の境地に連れてってもらった。言葉にしようがないのだけど、ああ、ここ、ここは、坂口さんだからこれるところ……と。

春風みたいにおだやかな幸せ感のある、普通ぽい(トラッドぽい?)旋律に、普通ぽいけど時にいっちゃってる詩が乗っている、そういうところが自分にとっては、今回のアルバム「アポロン」のツボどころでもあって。日常の中にぽっと異界が垣間見えると、なんか安心する。

アンコールで、1週間前に他界された、親友の石牟礼道子さんの詩に旋律をつけたものをうたってくださいました(生前の石牟礼さんと一緒に坂口さんがこの曲をその場で作って、ふたりで歌ったときのバージョン、ここで聴けます、とてもいいです)。そのあとボブ・ディランさんのA Hard Rain's a-Gonna Fall(坂口さん訳の日本語版)をうたってくださって。この曲はなんどもなんども聞いているのに、昨夜はじめて、この曲でうたわれてる「雨」の意味合いがくっきりしました。そういう曲だったのかー、と思った……。石牟礼さんの詩の中の「雨」と響き合ったからかな。

アンコール前のラストにうたってくださった「月のうた」という曲は、とりわけ詩が大好きな曲でなんども聴いてたんだけど、昨夜聴いていたら、去年夏に坂口さんの個展で、相方が生まれてはじめて「絵を買う」ということをして、その買った絵を持ってお堀端を歩いて帰った、あの夜のことが思い出されてきました。絵をつうじて、相方のお父さんやわたしのひいおじいさんのこと、いろいろが思い出されて。そういう長い連なりや目に見えない連なり、”現世”の外(貨幣経済や資本主義の世界の外)にあるものごとのことを、思い出せてよかった、と思ったあの夏の日のこと。

***

で、今朝は母方のおばあちゃんの持っていた小物雑貨が出てきて、それを「捨てないで!」と泣きながら言ってる夢を見た。その小物雑貨(お相撲関連の記念グッズ)を見て、とても懐かしい気持ちになって。おばあちゃんのこと、すごく思い出していました、夢の中で。

でもおばあちゃんは、いつもは生きたまま夢に出てくる。今年に入ってからも何度か出てきてくれたっけ。

お誕生日の日には、母が夢に出てきてくれました。一緒にバス旅行していた。1週間くらい前も、また母と夢で逢いました。なんかすてきなごちそうを食べていました(わたしだけ食べて、母はとなりでうれしそうに見ていた)。ごちそうの中に、プラスチック製のスイッチボタンみたいなのがあって(食べ物ということになっている)、それを手に取って口に入れようとして、「あ、これは食べちゃだめだ、帰り道がわからなくなっちゃう」と思って、食べるのをやめました。スイッチボタンの中央のスロットに文字が表示されてあって、それが帰りのバスの停留所の名前で。スイッチボタンはチケットでもあって。どこで降りるかはわかってるけど、乗る場所はあやふやだったから、これを食べちゃったら帰れなくなってたのでした。

おせち料理といえば、おととい、相方が起きぬけに「あなたのお母さんがおせち料理をつくってくれてる夢を見た」と言ってた……。

夢で逢えるっていいです。安心します。

相方のお父さんの命日に、みんなでお鍋を食べた夜、相方のお父さんも私の夢に出てきてくれたのも、ものすごくうれしかった。元気そうに、バレエを踊ろうとされていて、わたしもくるくるピルエットしました、9回くらい。相方のお父さんが夢に出てきてくれたのは、初めてでした。生前、私のことを受け入れてくださっていたのかどうか、わからなかったから(感情の表現が控え目な性格だったのもあって)、亡くなられた後もずっと、そこがわだかまりのようになっていたのだけど、今回夢で逢えて、大丈夫みたい、と思えました。

* * *

今朝は、おばあちゃんの夢のあと、もひとつ、すごいインパクトのある夢を見ました。今借りてるおうちの中に、7年間知らなかった部屋があったのを発見した夢。その部屋には恐竜の骨格がいっぱいならんでいて、骨格の上に土がうっすら積もっていて、遊びにきた(み)ちゃんがそこを見つけて、入っていったのが、いつもいる部屋の側から見えて、「どうやって入ったの!?」と声かけると「向こうから回った」と。で向こうへ行くと、大きな開口部があって、そこから真下に3メートルくらい下がったとこに、土の地面の巨大なキッチンが。このキッチンの部分は今の家の天井まで吹き抜けになっていた。

下のフロア(というか地面)に降りる階段などはなくて、(み)ちゃんは側面にあった棚の引き出しを少しずつ引き出してそこを足がかりにして降りたらしかった。相方と私も降りてみた。

「この家のメインキッチンはこっちだったんだ!今使ってるキッチンは簡易キッチンだったんだ!」と思いました。桁違いに大きなキッチンでした。でもそのキッチンから180度振り返ると、今使ってる部屋の床の下にあたるところ(吹き抜けになっていないところに)さらに空間が広がっていて、そこに大きな横長のソファが3台。

ソファにはチベット仏教の柄(?)みたいな、知らない文字のようなものが入った柄の布がかかっていて、どうやらこの空間はなにか宗教団体(?)のリトリートとして使われていたようでした。サイドテーブルのひとつには、封が開いたままのおせんべいが残されていた……。

* * *

意味不明だけどわけありな感じの夢だなーと思いました。心の奥底に何かがあるな、と。

顕在意識に入ってきていない何かがあるよ、と夢はいつも教えてくれる。こないだはものすごい剣幕でシャウトして怒っている夢をみたのだけど、英語でシャウトしていて、なんで英語になるかなーと思ったけど、相方によると、わたしは定期的に英語で怒鳴ってる夢を見るらしかった。英語圏で暮らしていたときの自分が、まだ心の奥底にいるみたい。そこから、まっとうなアジア人にあこがれて、努力してきて、英語圏に越す前の、テンポ遅めな自分を無事思い出すこともできて、今の自分にはもう英語圏に暮らしてたときのようなところはないように感じているけど、まだちゃんと居る。

もうここにいないと思っている人も、もうここにいないと思っている自分も、ずっとちゃんと居るようです。

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