2017.09.07

T2/満月の朝

21367034_10212459892146409_87881398 少し肌寒くなってくると、マヤナッツがしみじみおいしくなる〜。。◯  徹夜仕事のあとにはとくに最高においしいす。ありがとうマヤナッツ。。

ひさかたぶりに完全徹夜。。十数時間のマラソン集中で、ルビの振り間違いとかありそうでこわい、と思いつつ、ひとまず、手を離れたものはリリース。。。です。

全力出しきる、マラソン走りきる、みたいな仕事の仕方はやっぱりよくないのはわかってるのだけど、締め切りの都合で今回は仕方なかったのでした(そして明日からキャンプに行きたい、という自分の予定も大切にしたくて)。

こういう無理をしないようになってから安定してきてたのにーと思う一方で、最近本気を出すってこともしてなかったから、うだうだ感に覆われていたのかもしれないよ?とも思ったりもする。

冥王星をぐいと動かすようなことを、たまにしないと、わたしの場合はバックラッシュが来るんじゃないか、という仮説があって。。。ここのところはまだまだ検証中です。

冥王星をぐいと動かすようなのの対局にある、あの、花がひらくときのようなエネルギー、筋力とかでないもっと循環する生体能力みたいなあの力に、ものすごくあこがれを持ちつつ。。。

バランスとバライエティをこう、とおくから眺めているようなふうです。

とりあえず、すごくしょうもないことをいつもいっぱい考えているから、それはもっと減らしてもいいように思えています。

”ぼんやり力”を高めることで元気にすごせます、と野口整体のせんせいに言われてから、ときどきそれは心がけてはいる。

さてはて。。

ここさいきんのなぐり書き。

+ + +

<  T2 

今日は風がないな
しっとりした空気
雲にミュートされた午前の薄光に
植物たちの緑、黄緑がやけにあざやかだな

急に終わったとおぼしき夏を懐かしみつつ
長袖シャツを着て仕事に向かう

ずっと調子が上がらないままの日々

すべては精神状態ひとつ、とわかっていても
翻弄されつづけてる

うまく自分をきりもりできずにいてねえ

ささいなことをもっと気にしないようになりたいな

そのためにはもっと、「集中」の濃度を上げることかな
「夢中」になるくらいまでに?

でも「夢中」のあとにはまた「霧中」になって
そうやって行ったり来たりを繰り返すって知ってる

できればもっとマイルドに
ワイルドでなくマイルドに
静かにくつろいで、冴えている、

そんな感じを増やしたいんだけど
自分の体質向きじゃないのかな

ささいなことを気にしたくないけど
ささいなことこそ大事だって予感もいつだってある

生まれたときから体の中に持っているT

2つのものが
折り合いをつけるなんてまっぴらごめん
と言っている

2つは真逆に向かってるんでなくて
お互いに対してちょうど90度
それぞれ、わが道を進もうとするだけで
相手に横槍を入れてしまう

前へ走り出そうとするときに横にはじかれる
ってきついんだよね

だから線でなくて面の意識
ベクトルでなくて場の意識
個々の視点を離れてさ
ふわっと空に上がって
二乗にした場のほうに
ピントを合わせられたらなあ

線としての前進よりも
面の広がりのほうに
よろこびを覚えていられたらなあ

成長神話の世の中にいても
場のふくよかさにくつろいでいられたらなあ

(9月4日)

+ + +

<満月の朝>

今朝目覚めて、ああ
なんて頭の中が被害妄想でいっぱい。。
と我にかえっちゃった

それらのあいだにぎゅぎゅっと挟まれているのってなんだ
ゴミ溜めの中で暮らしてるような感じ?

足の踏み場もなくて不自由してるのに
どうしていっこうに片づけようとしてこなかったろうね。。

この風通しの悪さが「ふつう」だと
思ってきたんだなあ、長いこと

若いころの自分はもうほんとうに四六時中緊張していて
ゆとりもよゆうもなかったし

(今だってさしてゆとりもよゆうもないけれど)

なかなかたいへんだったねえ

花 ひらく花

花がひらくときのような、繊細で前向きなエネルギー

ひらきつづけているときのような、繊細なゆるぎなさ

そういうデリケートな努力で
世界と関わっていけたらいいな

歯をくいしばって耐えるのは
もうだいぶんやってきたので、for a changeで

ほんとうに、ここから
このこころのそこから



自分のことばかりで手一杯て
ぶざまだな、と思いつつ
まあまあ、今の時期は、と
やんわりなぐさめてる



ゆっくり
48時間くらいかけて降ってくる
目に見えないくらい小さい透明の粒

いつも降らせてくれていて
ありがとう

(9月6日満月後)

保存

| | コメント (0)

2017.08.30

キャッチ&リリース(気づく&流す)/生木で子供椅子(1)

おととい、乗り継ぎの電車をまっている夕暮れ前のホームで、何か急に意識にめまいのようなものが起きて、すべてをやめてしまったらいいんだなというような感覚が来た。

で、今朝も洗濯をなんとか終えたあと、またそのような感じになったので、書いてみよう、としてみたら、つらつらと出てきた自分の声は、最後には

もうだれのためにも
じぶんのためにも
なんのためにも
なんにもしたくないんだ

という「まとめ」へと終息していって、大「努力放棄宣言」になってた。。

そんなにふだん努力しまくりなのかー?と、自分で自分につっこみを入れつつ。この声が出てきたらぐらんぐらんとなって、からだが重たーくなってしまって、寝る以外どうしようもできなくなって、寝ました。今日のやらねばならぬことリストを全放棄して。。

夕方起きて、少し人間らしさ?を取り戻しているところ。少し頭痛がありつつ。。

でもこうやってすぐここに書いたりできてるこの頃は、うんとたくましくなっているというか、行ったり来たりがうまく(?)なってきたような。。

「来るものは拒まず、去るものは追わず」的に、おとずれる体験にこだわりすぎずにいることと、記録はとっておくこと(後で季節ごとにどんな感じだったかがわかるように)を、続けていければ、よいのかなと思う。。

* * *

グリーンウッドワークのことでもメモしておこう。ちょっとでも明るいほうを向こう。

「猫の額庭」の栴檀が、おとなりさんちにつうじる電線に枝がひっかかる高さまで伸びて、台風の前にはあの枝を切らねば、と思ってたのだけど、おとなりさんに会ったら「切ってね♪」とさわやかに言われたので、半月前の小雨の日に、剪定しました。

はしごをのばして、幹にかけて、幹の枝分かれしているとこに登って切りました。剪定は大人が大きな顔をして木のぼりできる、唯一の(?)チャンス。幹に抱きついたりもできるし。うれしかったです。

通りがかった郵便屋さんに「雨の中、ごくろうさまですね」と声までかけてもらって。(ごくろうさまなのは郵便屋さんのほうなのに)

この時期に剪定した生木が、グリーンウッドワークに向くかどうかな、と疑問はあったのだけど、立派に育った枝を見ていたら、無駄にしたくない気持ちがムクムクと。

で、樹液が動いてる時期の生木を使う実験として、やってみるかーと思いました。

8月24日
Img_1929Img_1930子供椅子はどうかな、と思って、まずはプランニング。パーツの切り出しサイズ(必要な幹の太さ&長さ)を書き出しました。

使えそうな枝をみつくろって、室内に搬入(それまでは外の石の上に並べて保管しておいた)。

どこのパーツをどの枝からとるかをだいたい決めて、クレヨンで印。
Img_1932
8月25日
パーツを削る前に、刃物の砥ぎ。ドローナイフ(銑)と、ついでにモーラナイフも。ドローナイフの砥ぎには、グリーンウッドワーク研究所の加藤さんが開発された、ドローナイフ専用の補助具を初めて使ってみた。すばらしかった! 砥ぎがぜんぜんへたっぴなわたしでも、角度がびしっと決まるので、なんとかできました。

この砥ぎ補助具は、森林文化アカデミーでの「グリーンウッドワーク指導者養成講座」を修了したお祝いの記念品として、講師のおふたりからいただいたものです。感謝しています。

8月27日
Img_1961 Img_1942_2Img_1960 子供椅子のパーツ(貫と座枠)の削り出し。削るときのこの感触、ほんとうにひさしぶりでした。ラジオを聞きつつ作業。

ノコで切って、フロー(マンリキ)で割って、小口に削り目安サイズを墨付けしたら、削り馬へ。銑で削るこの作業が好きです。

わたしの銑はちょっとおおぶりで重たいので、銑の重さにまかせて削る感じ。それも気持ちいいです。

銑で削り終えたら、パーツの長さを再チェックして、長すぎたらノコで切って。

両端にテノン(ホゾ)をつけます。鉛筆削りのおばけみたいなので。

ここまでを1つのパーツごとに一気に。順繰りにパーツを削り出していきました。

8月28日
Img_1963_2 この日は背板2枚を削りました。これで横向きのパーツは勢ぞろい。

これをゆっくり、カラカラになるまで、乾燥させます(貫の一部は芯持ちの枝をつかってみたので、急激な乾燥は割れのもと)。

次は、前の脚、後ろの脚を削る作業だけど、これらのパーツは、他のパーツと組むときの乾き具合が大事なので(湿りすぎず、乾きすぎずにしたい)、タイミングを見ているところです。やっぱりせっかく生木でやるので、釘なし・糊なしで組みたいので。。

Img_1962 ひさびさの木削りで、けずりくずの山が目にうれしくて、なかなか掃除する気になりません。やっぱりこれがだいすきみたい。

汗をたらりんとしつつ暑い中で削るのもいいですね。。

夏の材だけどうまくいくといいなあ。

保存

| | コメント (0)

2017.08.27

海あそび・2/平成の装い

<海あそび・2>

Img_1039_1 

海は水着を着たまま行く
浜についたらすぐ波間へ

今日も海水浴です

ほんとにお風呂に入っているみたい
どこまでも広がる大きなお風呂

波がおだやかだったら
ひたすら波間に寝転がる
仰向いてプカプカ

入道雲ととんびを見上げて
太陽を全身にもらうんです


海はみんなとわけっこする
波うちぎわから波間まで

今日も海水浴です

一緒にお風呂に入っているみたい
波乗りのウミネコ、跳ねるお魚

すっかり涼しくなったら
のんびり砂浜に寝転がる
仰向いてウトウト

帽子を顔にのっけておいて
そよ風を全身にもらうんです

Img_1037_1

着替えはちゃっと浜でする
砂が熱かったらすぐ水辺へ

今日も海水浴です

一緒にお風呂に入ったときみたい
ほら、とパンツを見せてくれる友

うっかり見せてもらったら
フルーツみたいなすこやかさ
宙を見てクスクス

足を砂だらけにしたままで
友情を全身にもらうんです

(8月21日、鵠沼海岸、(ゆ)ちゃん、(じゅ)ちゃんと)

+ + +

<平成の装い>

Img_1824_1

ああ。こうやって時代から
あぶれていくんだろうな

と、やけにずしりとした実感を持った

世の中の流れ、のようなものの行く先を見ていて

ああ。ついていけない
ついていく意味がわからない

資本主義の果て?
愛の定義の謎が深まる

すべてがエクスチェンジの上で成り立つ世界

それは実像に近いんだろう、きっと

でも最近よく視界がかすむ

残像のようなものが見えていて
そのダブルに重なっているもう1つの輪郭と
この世の輪郭とのあいだの
ぼんやりぼやけた領域

そこに憩う。。。

あの隙間

有元利夫さんの絵に描き込んであった

自由に泳げた

あの隙間


21世紀かあ

光の明滅を眺めているだけのこの頃
幸せの定義の果てしなさに
声をなくしていて

切り刻まれた現実で
消化不良を起こして

商品のようにきれいに並ぶ
他人の記憶の色鮮やかさに
感心することしきり

カラフルなのが好きだし
軽やかなのも好き

なのに自分はどんどんあおざめて
どんどん重たくなってくみたい

時代の空気に浮かんでいようと
なるべく軽やかでいようと
明るいほうを向くのだけど

じわじわわけがわからなくなってくる

「頭で考えるのをやめて、感じるんだよ」
というアドバイスをありがたくもらって
ぼんやりと思考を停止する

そうやってさらに暗く影みたいにあおざめて

最後の悪あがきみたいに
なぐり書きを書き連ねるだけ

キラキラ明滅する四角い世界に
弱い毒をたれ流すだけ

この全部から離れたところに
手つかずの健やかさがあることを知りながら

限界がきしむ音を聞きながら
平成を装ってるだけ

保存

保存

保存

| | コメント (0)

2017.08.03

それぞれの夏

Img_1828「猫の額庭」のヒメヒマワリの、今年の一番花だった花が咲き終わりました。写真の一番上の茶色く枯れたのがそれ。6月15日に咲いたから、1月半のあいだずっと咲いてたんだ。。猛暑の日も、豪雨の日も、しばらく雨のなかった日々も。なんて強いんだろう。

今は後から咲いてきた5番花以降の花たちが元気に咲いています。リレーのようにしてこうして秋まで咲かせ続けてくれる。

この夏は、「猫の額庭」に水やりを一切してなくて、雨だけでやっていってもらっているのだけど、それでも元気でこうして咲いて、花のたくましさって半端ないです。

冬にはいったん姿を消して、春になると毎年あたらしく地面から出てきて、夏に黄色い花をつける。枯れ姿もかっこいい。わたしがここに越してくるより前からここに生きてきた、先住植物です。

何年も前に、この花にすごくなぐさめてもらったときのことも、毎年思い出します。

+ + +

Kakigori_2 昨日は遠方のともだちが、ひさしぶりにはるばる会いにきてくれて、正当な夏休みみたいな午後を過ごしました。みんなで駅から海まで歩いて、波打ち際を楽しんで(貝の砂もぐりも眺めて)、帰り道に天然氷のかき氷屋さんでふわふわのかき氷を食べました。いちごソースがおいしかった。。。

5歳の(よ)くんも来てくれて、おみやげに(ヨ)さんが持参した紙相撲をかき氷屋さんのテーブルに広げて、みんなでトントンやった。曇天で夕方で入店待ちのお客さんが並んでなかったので、奇跡的にゆっくり遊んだりできました。楽しかったな。。

昨日は台風が遠くに来ているせいで、すでに波がいつもより高くなっていて、残念ながら海水浴は無理だったけど、(よ)くんは波打ち際ではしゃいで走りまわって、ゆうに50メートル分くらいは走ってた。。。小さな体から発せられるエネルギーははちきれんばかりで、見ているだけで爽快でした。にんげんにはこんなにすごいエネルギーがあるんだなあ、と実感した。これはほんとに、すごいことだよ、と思う。

海からかき氷やさんまで歩くあいだも、ただ「歩く」のでなくて、くるくる回りながら歩いたり、盆踊りみたいなのを踊りながら(しかも後ろ向きに)歩いたりする(よ)くんは、実にクリエイティブ。自分全部を注ぎ込んで楽しんでたように見えた。

この5年の年月、彼の育ちのプロセスの相棒となってきた(な)さんも、実にかっこいいなあと思いました。体力のいることだし、特に体調が変動しやすい人には(そうでなくても)大変なときがいっぱいあるだろし。。ほんとに尊いことです。

+ + +

Img_1834 さて、アリたちの夏休みも、すこやかに(?)続いているもよう。今日も3、4匹が窓辺の”別荘”に遊びに来ています。

以下、”別荘”の解説をすると。。。

うちの家は古い木造で、小さい生き物が出入りできるすきまはいっぱいあって、毎年初夏にはアリたちがいっぱいキッチンのはちみつの瓶とかに巡礼しだすのだけど、不思議と今年はキッチンに来なかった。

Img_1751 来ないなーと思ってたら、今年はリビングのほうに、巡礼の道ができあがっていました。窓辺に置いてある、少し前のクリスマスに相方にプレゼントした、白樺の樹皮でつくったおうち。そこの煙突に、いただきもののチュッパチャップスを立ててあったんだけど(煙突から出る煙っぽかったから)、このおうち(特にチュッパチャップス部分)が、今年のアリたちに好評のデスティネーションになりました。

しばらく前まで、富士登山の人たちみたいに、ぞろぞろ列をなして来ていた。窓の縁のところをずーっと行くので、人に踏まれたり家具につぶされたりする心配もないから、静観していたら、だんだんブームが静まっていって、訪問者数が減ってきて、最近は、たまーに、ぽつぽつと、1日に数匹くらい来ています。

そんなに混雑しなくなって、ほどよいお出かけ先になっているもよう。

生き物それぞれにとっての夏の日々。。。セミもようやく元気に鳴き出しているし、いつもこの季節に姿を見せるカナヘビの家族も、健在です。ありがたいことだと感じています。







保存

| | コメント (0)

2017.07.28

魂の食べ物

本日は夕方に仕事の納品が完了!ちょっとストイックにがんばったので、ごほうびに佐野元春さんの新譜をかけています。「MANIJU」。裏誕生日おめでとうといって相方がサプライズでくれました。裏誕生日プレゼントって初めてもらいました。うれしい :)

コヨーテバンド、たまりません。。。リズムセクションといいギターといい鍵盤といい。。うう。

魂の食べ物を、いっぱいいただいてるようなこのころで。ほんとにおかげさまです。

0006_xlarge こないだ行った坂口恭平さんの個展は、特にすごく元気のもとになっていて。おとといまたお邪魔して、少しのあいだ絵を見せていただきながらうたを聴かせていただいて、また充填してきた感じで、おかげさまで、少し前のわたしならすぐぐらんとなってたような知らせを聞いても、芯から揺らぐことなく居られています。ほんとにありがたい。。

Img_1777写真3枚は、2度目に行ってやっぱり気になった坂口さんの絵たちの一部。ほかにも1ダースほど、お気に入りが。。。絵も好きなように写真撮っていいし、うたも録音して楽しんでいい、と言ってくださって、なんかほんとにすごい。。しあわせです。

0009_xlarge 個展は30日までやってます、新橋キュレーターズキューブ。買った人はその場で持ち帰れる、というすごい個展。。。持ち帰られてもまだあふれるほど絵があって。

なんと、相方は2度目の訪問で坂口さんの絵を、買ってしまいました!絵を買うって、相方にとって初めてのこと(私にとってももちろんで、わが家にとって今年の一大ニュース。。!)。相方は帰り道、満面の笑顔で「大きな買い物をしたのに、ぜんぜん後悔がないよ、うれしいばっかり」と言いました。いつもは大きな買い物をすると、後でちょっと後悔するとかいろいろあるらしいのだけど、今回はそれがぜんぜんない、と。

とにかくうれしそうにおゆうはんを食べていました。そして新橋から東京駅まで、絵を抱えて一緒に夜道を散歩しました。皇居のお堀のわきをずーっと、夜に歩いた、初めて。涼しい夜で、とてもピースフルでした。車は横でいっぱい走ってるのに、静かでした。

絵を買う、という、そんな余裕がわが家の家計にあったっけ?と思うのだけど、今回改めて、これは家計とは直接関係ないんだと思い至りました。

というのも、今回のことのおかげで、今年の1月に旅立った、相方のお父さんについて、新事実がわかったのでした。相方のお父さんは、絵が好きで、家の中の壁の絵やタペストリーを季節ごとに掛け替えていたのもお父さんだし、書斎の扉にはいつも絵の切り抜きが貼り付けてありました(これもそのときどきの、好きな絵を貼っていて、かなりの頻度で入れ替わっていました)。

つつましい生活をしてた方だったから、複写や切り抜きで楽しんでらしたんだと思ってたけど、実は若いうちから思い切って絵を買ったりしていたことがこのたび判明。しかも1点じゃないらしかった。。

そして相方の母方のおばあちゃんに至っては、好きなある画家の絵をいくつも買って、孫1人1人に残してくださっていて。こちらのおばあちゃんは、夫をはやくに戦争で亡くして、3人の子をひとりで育ててこられて、生活はぜんぜん楽なんかじゃなかったのだけど、子供たちが巣立った晩年には、民藝の生活道具や絵にたくさん気持ちを注いだようでした。生きておられたら、会いに行きたかった。。

そんなわけで、アートを買うのはお金持ちの人、と思ってたのに、ぜんぜんそうじゃない例が、身内に2人もいたのでした。。。

そして、わたしの家系は違うなー、と思ったけれど、考えてみたら、ひいおじいちゃんが一枚岩をでんと置いて墓石としていたうちのお墓の一角には、長いこと、親類縁者でもなんでもないある画家の人のお墓が入っていたのでした。

わたしのひいおじちゃんは、それこそ全然お金のない人だったみたいで、服も夏の着物1枚と冬の着物1枚しか持ってなくて、ふびんに思った人が着物をくれたりするほどで、でも着物を貰ったらすぐさま質屋で換金してそのお金でほしかった本を買ってしまったと、本人が書き残した文章にありました。。。そんなだったから、その画家の人の絵を買ったりはできなかったろうと思われるけど、一緒のお墓にするほど仲が良かったらしかった。

前の世代から引き継いでいるドリーミングって、やっぱりあるのかな。。と思ったりしています。そしてそれは家計とは関係ないことがらなんだなあ、と。。

食べていくために家計のやりくりは必要だけれど、魂の食べ物のためにも必要である、というか?

そうだ、そういえば、坂口さんの絵を買うときに、相方が予期せぬことを口走り、そのおかげでわたしも少し坂口さんとお話させてもらえたんだけれど(そもそも尊敬する人と話すのが大変な性質なうえに、いきなりのことで動揺してさらに大変だったんだけど)、そのときにいきなり坂口さんに「詩、書きそう」と言われ。。そのときははてなマークが出まくったけれど、あとになって、相方が「だって、詩集、くれたよね」と言いだして、付き合う前に相方にあげた贈り物が自作の詩集だったことを思い出し。。。さらに、このブログの最初のエントリが詩みたいなものだったことも思い出しました。

それでかなり昔のブログを読み返すことになって、そしたら、10年前にアップしてたブログの中に、魂の食べ物についてのこと、書いてありました。正確には読書感想文(?)なんだけれど、薔薇の芳香は魂の食べ物になるらしいという話で、「からだに食べ物が必要なように、魂には精気が必要で、その精気は、芸術(特に音楽)や芳香や光として摂取できる」と考えていた昔の人のことを書いていた。

魂の食べ物のことも、詩のことも、すっかり忘れていました。(詩のことは、とくにこっぱずかしさから自分の意識にも上げないようにしていたもよう)。

坂口さん、思い出させてくれて、ありがとう。。お金なくても、はずかしくても、自分にとっては大事なことなんだと、思い始められそうな気がしています。向こう側にいる、義理のおとうさんにとっても、おばあちゃんにとっても、ひいおじいちゃんにとっても、大事なことだったんだと、思い出せてよかった。

保存

保存

保存

保存

保存

保存

保存

保存

保存

保存

保存

保存

| | コメント (2)

2017.07.23

獅子座新月間際のわわわ

幸せすぎた昨日でした。。。

久しぶりに髪を切りに行きました。切っていただいてるあいだ、頭をかすめていたのは、きつかった2カ月間のこと。終わって「これだけ切りましたよ」と見せていただいた髪の束を見て、ああ、よかった、と思った。髪の中を風が通るさわやかさを体感しつつ歩きました。

そのあと寄った本屋さんで、以前から目にするたびに惹かれていたdesignsix Londonのピアスを見かけて。毎回、見かけるとときめくけど、必要ないし、いずれ用なしにしてしまうだろうし、地球にとってよくないしと結論していたのに、今回はホワイトのNovaピアスを衝動買い。その場でつけました。ピアスはここ20年近くは冠婚葬祭のときにしかつけることがなくなってたのに。どうしたこと。。。

そして夕方、相方と合流して坂口恭平さんの個展Nest of Thinkへ。もうこれがとんでもなく、幸せなひとときでした。

0003_xlarge 広いローテーブルに小さな立体作品が朴訥に並んでいる写真を、坂口さんのタイムラインで見て、あ、この立体たちの後ろ姿がきっとやばい、見たい、と思って行ったんだけど、わたしの想像を軽やかに上回り、あらゆる意味で「個展」の概念をふっとばす個展でした。

立体作品のほかに、窓や壁に数点貼ってあったけれど、そのほかに500枚の絵がそこここに束にして置いてあって、各自手袋をはめてその束を見ていくスタイル!

しかもその間、坂口さんはBGMと称して、ギターを弾いて歌ってくださっていて!そのうたが、BGMなんてとんでもないほどのマジうたで。

「休憩しまーす」とうたを中断すると、ご自身の選曲の音楽をスピーカーから結構な音量で流してくださって!

ずっと坂口さんがその場にいて、あれこれ話したり歌ったりして、曲かけたりしてくれていて、もう彼の存在感そのものを含むあの場全体を、どうぞ、してもらってる感じでした。

* *これから行こうかなって思ってる方は以下は読まずにどうぞ!30日までやってます* *

ビジュアルと音楽と立体とか、作家と作品とか、作家とオーディエンスとか、アートと生活とか、ぜんぜん切り分けらてなかった。

0013_xlarge大音量で音楽が流れてる個展、作家さんがライブしてくれてる中で原画の束をひたすら繰っていく個展って、体験したことないよ。。!

1枚1枚を手に取っているときに、「片づけの魔法」のこんまりさんが、本の整理をするときにとにかく本棚から全部出して、1冊1冊を(読まずに)手に取って、ときめくかどうかをチェックすること、と提唱してたこと、思い出しました。触角が感知することの正確さ。。

坂口さんは新しく誰かが入ってくると、元気に「いらっしゃいませ!」と言い、今日のクローズの時間が迫ってくると「そろそろタイムセールですよ!好きなの選んじゃって、もう言い値でいいよ、商談しましょう」と。まるで市場のようでした。。。

ああ、生ものを売っている、という意味では、まさしく市場だったのだなあ、とも思う。

作品はわたしには手の届かないお値段だったから、見るだけと思っていました(タダでこんなにいいおもいをしていいのかなとも思ったけど)。言い値でいいよ、と言われて、え、もしかして、とも思い始たけど、惹かれるもの、心がぴぴぴんと反応するものが、いっぱいありすぎて、選ぶとかとうていできなくて、結局どうしたらいいかわからなくなって終了。。。

音楽を聴きながら1点1点を見させていただいている時間は、ちょっとした変性意識状態だったもよう。後でおゆうはんを食べてたときに、通常の意識まで降りてきて、「あー、わたし緊張してたんだなー」と気付いたけど、正確にいうと、興奮していたもよう。

絵のかわりに、相方と一緒に画集を買いました。そしたらサインをしてくださって。そのときに、相方がほしがって、でも迷って決められなかった2枚の作品のモチーフを、ペンでさらりと描き添えてくださいました。やさしい。。

帰りの電車と、家についてからおふとんの中で、画集をめくっていました。この多産なワールド。。

坂口さんのドローイングを初めて見たとき、うわあ、過剰だー、とその過剰さに圧倒されたし惹かれました。今回の個展では、500枚の作品にはわりと余白がいっぱいあるものが多くて、予想外だったのだけど、これだけ余白を含んだものを描くと、今度は作品の点数が過剰になるんだなあ。。。彼はほんとうに、出し惜しみしない。。。というか惜しむどころか、出し切らないとバランスをとれないんだろうと想像する。

スタイルも画材も、モチーフも、自由で多彩で。坂口さんの歌声にそっくりだ、と思ったものもあった(当然か)。

芸術が絵画、彫刻、音楽、演劇、舞踊、などと分化する前の、大元のまとまりのエネルギーと一緒にいる人。自由度がめちゃくちゃ高い人。好きすぎる。同時代に生きていられてよかったって思う。

* * *

個展のタイトルはNest of Thinkだったけど、アレクサンダーテクニークでthinkする、ということについてこのとこぼんやり思ってたことが、なんだかばーんと示されたようでもありました。こういうthinkっていうか、これがthinkだ、ということ。そうだそうだ、と。

保存

保存

| | コメント (0)

2017.06.15

自然にあること、ほんとうのこと

Img_1066 大家さんとお庭を共有してる南側の窓向こうに、グリーンカーテンが自然と育ってきてくれました。以前はゴーヤで茂らせたり、去年はいただいたフウセンカズラの種から苗を育てて、フウセンカズラカーテンにしたりしたけれど、今年は春になんにもできず。。。夏の暑さが心配と思っていたら、ブドウに似た葉っぱを持つ野草が、おのずと生えてきて、茂ってくれています。

今年は野菜類も、春に新たに種まきをしたりがぜんぜんできなかって、残念に思っていたら、去年の春に種をまいたミニトマトが冬越しして、今また実をつけてくれています。ありがとう。

今もまだ、とてもしんどくなるときがしょっちゅうあって、つらいのだけど、やさしくしてもらっている、ように思います、こういうとき。

そういえば、今年はいつも春になるとキッチンに大挙してやってくるアリたちが、やってこなかった。毎年、ひとしきりアリーズとのやりとり(やってくるたびに専用のポンポン玉でからめて、勝手口から外へテレポートしてもらったり、通り道を確認してそこにみんなが入り帰ったあと、入口を練り消しゴムでふさがせてもらったり)があるのに、今年はなかったので、不思議。

お風呂場には数匹だけやってきていたっけ。それもほどなくして来なくなった。

かわりに、一度、壁のわずかな裂け目から大勢の羽虫がぼとぼとと落下してきて、そのみんなが明るい方にむかって、勝手口の網戸にびっしりと集まっていたことがあったっけ。あれはびっくりした。網戸を開けてあげたら、みんな外へ出ていったけども。なぜか産卵場所はうちの壁の中(?)だったようでした。

あんなことは初めて。。。虫たちのみんながみんな、網戸でふさがれた勝手口から外へ出ようとしてたこと、印象に残っています。自分の心の中を映していたかのように、思いそうになりました。

Img_1114 今日は、「猫の額庭」に、ヒメヒマワリの一番花が咲いています。毎年同じ場所に出てきて、毎年咲いてくれているヒメヒマワリたち。これまでも心のなぐさめになってくれたこと、何度もあった花です。青空にとても映える黄いろ。

こうやって季節のことを確認して、文字にして、書いていることの意味は、自分の精神にとっての養生のみ、と、よくわかっています。今は書くことが、自分を保つためにできることだと感じる。こういうふうに言葉を使っていいのかどうかな、とか思うところはいろいろあるけれど。

季節のめぐりを記録すること。自分の言葉を発すること。それで、なんとか。なだれのように崩れ落ちていかないようにしているようなふうです。

こころから明るいほがらかな気持ちになれなくなって久しいです。こういうときも必要なんだろな、とは思うし、なにかとのバランスをとっているのだろう、とも思うけれど。キラキラしたものに接すれば接するほど、違和感が大きくなっていくのを、どうしようもできずにいます。

今の時代は、言葉にも写真にも映像にも、「ほんとうのこと」が成分として少ない気がしていて。「ほんとうのこと」が逃げて、スカスカのものを、やりとりしあっているような。。。

こういう想いも全部、調子の悪いわたしの脳みそのせいなんだろう、とも思うけど。

* * *

Img_1002_2 こないだは、母の命日で、久しぶりに父に会ったので、少し早いけど父の日のプレゼントに、陶芸ワークショップでつくったお皿をあげたら、おもいのほか喜んでくれて、うれしくなりました。

Img_0867 Img_0855 ハコベとヘビイチゴで模様をつけたお皿。どちらも大好きな野草。北鎌倉の「たからの庭」にある「たからの窯」でのワークショップでつくりました。たからの窯の庭や周囲に生えている木の葉や草を自由に採取して、好きな模様にしてよかったのだけど、すぐにハコベとヘビイチゴに決めました。Img_0848Img_0849

こうした野の草や野菜とかが今も大好きなのは、小さかった頃父が畑をやっていて、作業をするときよくわたしを連れて行ってくれていたからかも、とふと思いました。

小さい頃の記憶はうすらぼんやりとしていて、あまり覚えていないのだけれど、畑で過ごしたときの記憶はあざやかです。トウモロコシがわたしの背丈より高く育って、立派な実がなっていたようすとか。畑の端に、父が抜き取った草を山にしていたようすとか。畝と畝のあいだにしゃがんだときの感じとか。

ある年、イチゴを畝1つ分つくったのだけど、収穫できたのはたった1粒だったこと。その1粒を父がわたしにくれたこと。これもよく覚えています。今でも食べ物の中で一番好きなのがいちごなのも、このせいかもしれない。

そんなことを思い出すと、野草の模様のお皿(まんなかはイチゴの葉っぱによく似たヘビイチゴの葉っぱ)を、父にあげることができて、うれしかったです。

Img_0852 「たからの窯」は山あいのとても静かな場所で(駅から歩けるのに、登山道の入口あたりにあって)、うかがったのは雨模様の日だったけれど、とても安らぎました。また行きたい。

このお皿を見て、陶芸家の友人が「いいスジしてる、さすがクラフトウーマン(笑)」と言ってくれて、いやいやそれはひとえに、初心者でもつくれるように工夫してくださってる先生の努力のたまものなんだよ、と思いましたが、クラフトウーマンと言われてふと考た。

グリーンウッドワークや靴下を編むことなど、手仕事はやっぱりすごく好きだけど、これは母ゆずり。だけど、母が真剣に取り組んでいたジャンルの手仕事はやってこなかったな、と思いました。自覚的に避けてきたわけではぜんぜんないのだけど。パッチワーク、彫金、ステンドグラス、洋裁、レザークラフト。どれも今となっては、やっていたらよかったのに、道具もみんなそろっていたのに、と思うけど、やろうと思ったことはなかったのでした。母を越えられはしないことが明白だったからなのか、何なのか……?

20131012_133124とくに縫い物をしているときの母の手は「魔法の手」だったと今も思う。晩年母が一番気持ちを注いでいたのはパッチワークだったけれど、あの気の遠くなるようなサイズのものをひと針ひと針、手で縫っていた姿を覚えています。いつもみんなが寝た後、夜中の2時くらいまで縫っていた。

癌が進んで、目がかすむようになってからも、針を持とうとしていたことも、印象に残っています。母の遺作は、布を継ぎ合わせるところまでが終わっていて、あとはキルテイングするだけなのだけど、わたしは今だに完成させられずにいます。

Img_1070 個人的には母の彫金の仕事が、好きでした。形見分けでもらってきたこれは、今もお気に入り。オリーブの枝をくわえた鳩のモチーフ。かわいいです。

小学生のとき、自分で柄をデザインしてレザークラフトでつくってもらったペンケースも、今も持っています。

で、陶芸の話に戻ると。陶芸は前からあこがれてはいたけれど、やっぱり、自分のすることだ、とは思ってこなかったのでした。これもたぶん、祖母と祖父が陶芸をやっていたせいかもしれない。ふたりしてさまざまな器やお皿やカップを大量につくっていて、ふたりが亡くなった後、父と母は整理が大変だったみたいでした。で、かなり処分したらしかった。父は少し陶芸に興味を持っていた時期があったけど、結局やらなかったのは、「焼きものは作ったものが残りすぎる」という理由だったように記憶しています。割って処分しないといけないから、と言っていたような。

祖母と祖父はふたりとも手びねりでつくるのが好きだったらしくて、味のある(くせのある、ともいう?)ものばかりだったから、父と母にとっては使い勝手がよくなかったりしたのもあったかもしれないです。

Img_1110 でもああいう器は、重ねにくかったり洗いずらかったりしても、やっぱり好きだ。。。で、祖母の遺品の整理のときに、処分用の段ボール箱につっこまれていた中から「わたしがもらう」と言って引き取ってきたカップやお皿は、今もわが家で活躍しています。祖母と祖父のサインが裏に入っている、素朴でかわいい手づくりの器。楽しんでつくったことが伝わってくるものばかりです。Img_1109_2

野菜づくりも、暮らしの道具づくりも、それにいそしんでいる姿やその仕事を見せてもらってこれて、ありがたかったな、と思う今日です。自分が受け取ってきたもののすばらしさが分かるのは、こんなに年月が経ってからだったりするんだな。。。当たり前のように自然にそこにあると、なおさらそうなのかな。。

なんだか申し訳ない気持ち。

| | コメント (0)

2017.05.28

調子バロメーター

Img_0835 調子が少しずつ上向いてきました。いっときはずいぶんしんどかったけど、おかげで自分の気質・体質についていろいろ掘り下げて学んだり見つめ直したりできてよかった、と今は思えるようになりつつあります。

調子バロメーターは、まず、自転車で外を走っていて「風が気持ちいい」と思ったこと。気持ちよくて、うれしい、と思えた自分に気づきました。

Img_0933 それから、ちょっとずつ、相方と庭の草取りをしたり、思いつきでipod touchの待ち受け画面を思い出の写真に変えてみたり、急にひとりの夜にキャンドルナイト(というか正確には古い天ぷら油と古布とワイヤーで自作したオイルランタンナイト)をやって過ごしてみたり、Img_0940 立ち読み(座り読み)可の本屋さんでさんざん過ごしたり、久しぶりのメニューのごはんをつくってみたり、ものすごく久しぶりに映画のDVDを借りてきて相方と見てみたり(アキ・カウリスマキ監督の「コントラクト・キラー」という映画、よかったです、タイトルに反してぜんぜん怖くない純愛映画)、少しずつ自分がうれしいと思うことを思い出したりできてきて、こうしたら楽しいかも、と考える意欲も戻ってきました。

やらくちゃいけないことじゃないことをやる、のが大事だったみたいでした。。。

でも不思議だったのは、いちばん気がふさいでいたときは、仕事に助けられていた感じがすごくあったことで。(自分にとっては)やや大きめの翻訳仕事があって、それをひたすらずうっとやっていました。気がふさいでいるのに、意外と言葉の出は良くて、ずーっとやり続けていることができました。ほかのことは何もできなかったけど(家事とか人づきあいとか)、あのときは仕事があってくれてよかったです。おかげさまだった。。

それが終わって、その後もう1本、急ぎの仕事も終わって、お休みを3日ほどいただいて、そのあいだにどんどん自分が取り戻ってきた感じです。この間、家族・友人のおかげさまも大いにあって、さりげない一言で、だいぶん救われたりもしました。。

調子が悪くて、相方と衝突もしたときもあったけど、おかげさまで仲直りできました。それで今まではけんかをしないことがいちばんいいことだと思って疑ってなかったのが、少し考えが変わった気がします。けんかを全然しないことよりも、けんかしてその後仲直りできることってすばらしいな、と。。。

Img_0834 今日は、ほんとうにひさしぶりに日曜日らしい日曜日で、一瞬、しあわせだなと思いました。朝起きるときはやっぱり、今日一日に立ち向かうエネルギーがない感じで苦労したけど、起きれたらその後は、休み休みではあったけど、プルメリアの鉢植えの植え替えができて、古くなったキッチンコンポストの中身を裏庭の猫の額畑に梳きこんで、新しいコンポスト基材(ピートモスともみがらくん炭)を仕込めた。。相方もギターを弾いてうたをうたってくれたりしました。ほんとうにありがたい。。。

焦りと不安が一瞬遠のいて、今ここにゆったりいられました。ものすごく久しぶりの感覚でした。ここしばらくは、なかなか眠れなかったり、眠れても夢の中で自分だけ眠れずに明け方まで起きているという夢を見たり、ほかにもストレスフルな夢を見ることが続いていたので、ありがたい気持ちです。

* * *

Img_0960 昨日は久々に手を動かすことをできて、それも調子バロメーターとしては大きかったです。手持ちのトライポッド式の焚火台にセットできる、グリル網を(半)自作しました。

ひょんなことから今度、近所の浜で夕方から焚火ごはんしよう、ということになって、少し前にどんなメニューがいいかな、とつらつら考えていて、まだ夜は肌寒いからスープと、あとは具材をてきとうに各自で焼いて挟んで食べる「なんでもサンド」はどうか、と思い立ちました。

で、うちの近所の浜は直火はいけないことになっているので、手持ちの焚火台を使うわけだけど、これで焚火をしつつスープと焼き物を同時に調理したことがないので、どうしようか、と……。

このライダーズファイアクレードルという三脚兼焚火台は、三脚の下の方にあるメッシュ状の三角形のワイヤーシート上で焚火をするもので、分解してとってもコンパクトに持ち運びできて気に入っているのだけど、上から自在鉤で鍋やかんをつりさげられるようになっている以外は、調理のしようがない感じで。

焼き物は、じゃあ、テレスコーピックフォークで各自手にもって焼いたらいいか、とか、フォイル焼きでいいか、とも思ったけど、1人分のサンドイッチの具をフォークに全部刺して焼けるかいな?フォイルの開け閉め面倒かな?と疑問が湧き、やっぱり焼き網を焚火台の上にセットしたいな、と思いました。

で、丸い焼き網をワイヤーで自在鉤から吊るしたら?と考えて、ホームセンターでワイヤー材料を探してみると、1mm径のステンレスワイヤーロープというのが軽そうで、熱と錆びに強そうで、扱いもしやすそうでいいな、と思えました。で、なんとなく1.5m分、購入。ワイヤーロープの端の始末には、オーバルスリーブという金具の部品を使うらしく、それも近くに売られていたので一緒に買ってきました。

丸い焼き網(直径24cm)も買ってきて、まずふつうのひもで、自在鉤から網を吊るすシミュレーション。そしたら、これを吊るすと、同時に自在鉤に鍋やかんを吊るした場合、鍋やかんを自由に火からおろせない、とわかりました(←気づくの遅め。汗)

Img_0958 それでぼんやりとひもをあれこれやってみていて、あ、と思いつきました。それがこの、ワイヤーロープを網に通して三脚の脚にひっかける方式。これなら自在鉤に吊るした鍋もやかんも自由に外せます。

丸い網の三カ所にワイヤーロープを通して、ワイヤーロープの両端を合わせてオーバルスリーブに通して(このオーバルスリーブはペンチでつぶさずにそのまま)、最後にロープの両端の処理をそれぞれしました(なんとなく丸い輪をつくってオーバルスリーブに差し込み、ペンチでスリーブをつぶして留めました)。

Img_0951 つぶしてないほうのオーバルスリーブが留め具になって、ワイヤー全体の三角形の大きさが自由に変えられるので、結果、焼き網の高さが火加減に応じて自由に調節できることになりました。これはよいかも、と思いました。

端を輪っかにしたのは、なんとなく、ものを掛けたりできる場所になって便利かな、と思っただけです。(追記:やっぱりもう少し網の位置を下げられるといいかもと思い直して、端のループは両端ともぎりぎりまで小さくしてみました。)

材料を手にしてあーだこーだとやってみたりすること、ほんとに好きなので、こんなささやかなことだったけど、元気出ました。ワイヤーロープは1.5mもあったら長すぎかな、と思ったけど、こういう使い方をするならちょうどよかったです。

今度、実際の焚き火ごはんで、どんな具合か見てみるのがたのしみです。ワイヤー部分が熱せられると熱くなるので、触れないように注意する必要があるかもだけれど、あとはそんなに重たいものを焼き網に載せる予定はないので(野菜とパンだけ)、大丈夫かなと思っています。

焼き網が124円、ステンレスワイヤーロープが1.5mで174円、オーバルスリーブ金具が複数入って213円と、予算をほとんどかけずにできたのも、よかった。。。

ゆらゆらしつつ、こうやって小さいことを喜んで、なんとかやっていけたら、と思うこの頃です。

保存

保存

保存

保存

保存

保存

保存

保存

| | コメント (0)

2017.05.11

は~

昨夜あんなことやこんなことを思ったり書いたりして、一晩眠って、今朝起きぬけに思ったのは、ああ、ゴールデンウィークの合宿の日々を、オーガナイズ面で支えてくださってたスタッフのみなさまは、ほんとにすごい働きをしていたんだなあ、おかげさまだったなあ、ありがとうだったなあ、ということでした。

わたしは大変な思いをしている自分の体験に埋没していて、ほかのみなさんのことを振り返る余地もなかったのだなあ。ほんとうに深く埋没していたみたいです。

でも、出てこれたもよう。ようやっと。

まだ心の水面にはすぐ波風が立つ状態ではあるけれども、嵐はやり過ごしたのだと思う。

情けないけど、これが今の自分のありよう、力量、体質、気質、なのだなあ。。。

ありがたいことに、ゴールデンウィーク明けはまだお休みをいただけていて(翻訳仕事に切れ目ができたのは、もうほんとうにほんとうに久しぶりで。。!)、すごくゆっくり、休んでいます。家のことでやらなくちゃいけないことはいろいろあるけど、とりあえず、自分のリハビリを優先しています。

Img_0924 読みかけだった本を読了。『ユマニチュードという革命』。ユマニチュードは認知症の高齢者の方々のケアのためにフランスで考案されたメソッド。当事者の方々にとって、ほんとうに希望の光のようなメソッドだと思いました。

認知症の方は、認知の機能は欠けても、感情の機能は健やかに働いている、ということが、よくわかりました。怒ったりわめいたりすることがあるのは、感情の機能も損なわれているから、ではなくて、怒りたくなるまっとうな理由があるから。感情でわかることなら、伝えられるし、わかりあえる。そうやってわかりあえたときの、ご本人の喜びは、どんなに大きいだろう。。

コミュニケーションをするうえでの表現の仕方が、世間一般の人とは異なってしまうがために、人間以下のように見なされてしまうというのは、ほんとうに悲しいことです。

動物や虫に対してもそうだけれど。自分と同じ表現の仕方をしない相手の、存在のインテグリティと尊厳を、簡単に忘れないようにしたいです。忘れてしまいやすい状況であっても。。。違いはあっても橋をかけて、コミュニケートしたいし、少なくともお互いに平等な存在として、ただいっしょにいられれば、と願う。

自分が大事にしたいのは、そういうようなことなんだ、と改めて。上から目線でお世話したりかわいがったり指導したり、下から目線で従ったりあこがれたり教わったり、ということをしないですむ関係性の中に、身を置きたい気持ち。

そのためにはただ相手の存在の真実を見ることなんだろうけれど、それはなかなかにチャレンジだなあああ。。。

ユマニチュードのジネストさんが言っていた、奉仕の概念にはそもそもキリスト教的な影響があること、そこのところは、もうすこし自分の中でもよく見ていったほうがいいところだと思っているところ。相手のためになることをしているはず、という意識について。。

* * *

Img_0925 もう1冊、精神が大変なときに一番に手が伸びた本は、ホクレア号についての本、『星の航海術をもとめて』。再読。ページを開くだけで落ち着く。ナイノアさんの声を思い出すと、霞がかかった自分の思考がくっきりしてくる感覚が来ます。

自分が生きているなかで、関わっていきたいことが、どのあたりにあるのか、再検討してみているここ数日なんだけれど、ホクレア号が意味することは、たぶん、自分にとってすごくセントラルなのだろうな。

そこにどう取り組んでいったらいいのか、よくわからないけど、とりあえず、心のレーダーが反応していることは気に留めておく。

* * *

Img_0881 ゴールデンウィークの合宿でのお仕事には、会場から歩いて30分くらいのキャンプ場から通いました。それもチャレンジを増やした原因にもなってたけど(雨が降って地面がゆるんでペグがゆるんでテントが倒壊したらどうしよう、とか、会場に遅刻せずに行けるかな、とか)、でもチャレンジを上回る恩恵がやっぱりあった。

Img_0891 4泊したけれど、毎朝ろうろうとうたうオオルリの声で早くに目ざめました。今年は毎朝すっきり晴れて、ほんとにありがたかったです。朝日が木々のあいだから差し込むなかで、朝ごはん。1日目は慌ただしく食べて焦りながら出かけたけど、翌朝からは段取りも慣れて、早起きもできて、すこしゆっくりできました。持参したハワイコナのコーヒーをお外で。Img_0880

うちのテントのすぐ近くで毎朝うたってくれてたオオルリは、うたがほんとうに上手で、いい声で。しかもクリエイティブ。基本のフレーズがあって、そこにとてもさまざまに毎回違うバリエーションをつけてうたいついでいくスタイルです。ずうっと聴かせてもらえて、たいへんありがたかったです。

Img_0879 夜は早めにキャンプ場に戻って、キャンプ場となりのお風呂に入って早めに就寝する予定でいたけど、合宿会場を出るのが遅くなる日もあって、お風呂に入れなかったり、まっくらな夜道を歩いてもどってくることもありました。相方と別々に、ひとりで夜道を帰ってきた日は、膨らみつつある月明かりのもと、明かりなしでキャンプ場までずっと歩きました。いわゆるナイトハイク。

暗闇にまぎれて歩く自由を体感しました。暗さに慣れてくると、いろいろよく見えるし。闇にまぎれられるのは、安心感がありました。たまに車が通ってヘッドライトが近づくと身を固くした。つくづく、自分にとって怖いのは人間なんだなあ、と思いました。

とはいっても、キャンプ場でキャンプをしている他の家族連れなどは、怖くなかったです(あたりまえか)。テントの入口の扉を開け放って、木々を見上げながら寝ころんで、そのうち眠ったりしました。

キャンプ場のおじさんは、年に1度しか行かないけど、ほぼ毎年この時期に行っているせいか、わたしの顔と名前を覚えてくださっていて。。いつもちょうどいいタイミングでぽっと手を貸してくださるのだけど、今回も。撤収を始めて、事務所へ返しにいかなきゃいけないレンタル毛布をたたんでいたら、ふらっと「生きてる?」と言ってサイトに現れて、しばし立ち話。。そして「あ。じゃ、それ、もらっていくわ、ついでだから」と毛布3枚をかついで行ってくださいました。

あのさりげなさ、毎回不思議。どういうふうにしたらああなるのかな、と。

撤収をみんなおえて、事務所にあいさつに行って、「となりの温泉に入ってから帰りたいので、それまで荷物をサイト脇においておいていいですか、とられて困るものはないので」と言うと「いいですよ~、じゃ、おれがもらっとこう」。最後にお礼を言ってさよならを言うと、別れ際に一言、「じゃ、お風呂でおぼれないでね~」。まじめなのかふまじめなのかわからない抜け加減に、なんか救われました。

Image_xlarge3 Img_0894Img_0904 乙女の森の木々にも草花にも小川にも小鳥にもおじさんにも、ほんとうにお世話になっていて、ありがとうの気持ちです。Img_0898

今年は自分には大きめなチャレンジをして、神経がくたびれはててしまったけど、焚火のパチパチいう音や煙のにおいも心の鎮静剤になりました。Img_0912

あのキャンプ場が変わらずありつづけてくれていて、ほんとにうれしい。

あのキャンプ場も、やっぱり、皆が過ごしやすいように整備して、草を刈ったり枝を払ったり薪をつくったり(手で割っていました)、トイレや炊事場をお掃除してくださったりしている方々のおかげさまであんなに快適に過ごせるんだなあ。。。ありがとうございます。

さて、今度は、もうちょっとがっつり遊ぶキャンプに行きたいなあ。。



| | コメント (0)

2017.05.10

自由の体験

満月前夜。ウエサクの。

数日前、ひさしぶりに精神が壊れました。

たぶん神経がまいって、疲れがピークに達していたんだと思う。

120人の人と連日一緒に過ごした、合宿の日々。そもそも大人数の場が、わたしにとっては大変難しく、ただそこに居るだけでチャレンジでした。初日夜のセッションから合流して、2日の夕方には電池切れに。個室に避難させてもらって、少し眠りました。

一番苦手なことにチャレンジして、なんとかやれたけど質はどうにもこうにもという結果になって、悲しかったり。。。

通訳チームの一員として、みなさんの学びとコミュニケーションがなるべくスムーズになるように、自分が通訳を担当する時間以外のクラスにも出席して、内容を把握しておいたり、他の通訳さんがどんな訳語をあてているか学んだりしていたので、朝から夕方までは結構ぴっちりで。ぼんやりする時間をほぼつくらずに過ごしてしまった。そこにいることを楽しむとか、学びを楽しむとかのゆとりなどなく。。4日目夜には神経が参ってしまった。

大人数が集まるイベントの通訳がこんなに苦手になったのはいつからだったろう。こんなに過剰反応せずにできていた時期も、すごく昔はあったことを思うと不思議。作家さんたちのイベントとか。舞台の上に立ってマイク持って通訳もしていた。あれは若気の至りというやつだったんだろか。それともこの過剰反応は、やっぱりこの合宿を構成しているコミュニティにまつわるものなんだろかな。このコミュニティでの自分の立ち位置が規格外なことに起因しているのかな。20年関わり続けてきてしまったこのコミュニティが、自分にとっての”ホーム”でなくなってから久しいこと。。。?

精神が壊れたときのことを、振り返ってみる。主観的に体験したことを書いておいてみる。

まず、まわりの人のなぐさめやはげましの言葉が、ぜんぜん体に入ってこなかった。どうしようもなく。言葉をもらえばもらうほど、自分がただいま体験しているきつさは決してわかってもらえはしないんだという絶望感が募った。わたしの認識が間違っていることを教えてくれようとする言葉が、耳に入らない。わたしの認識が間違っているかもしれないという可能性を見るゆとりがなかった。自分はここにいる価値がない、という認識は岩みたく固くて、まったく揺らがなかった。

夜中、ふとんを抜けだして、そのまま外へ出て海まで歩いた。何も考えることも感じることもなくて、ただ、のっぺりとした絶望感の中で、体に運ばれるまま歩いた。このとき、いつもの自分の歩き方とはぜんぜん違う歩き方をしていた。腰の入り方がまず違っていて、そしてなんだかスタスタと歩けて、いつまでもどこまでも、疲れることなく歩けるふうだった。体が楽だった。いつもの緊張から解放されていたっけ。それに暗い夜道をひとりで歩いているのに、なんにも怖くなかった。恐怖心がみじんもなかった。そういう意味ではすごく自由だったな。不思議なほど。あとで相方にこれを報告したら「エゴがなかったからだ」と言われた。

海まで来て、月を見て、しばらく座った。向こう側へすでに旅立っている家族を思い出して、名前を呼んだ。もうやめさせてほしい、そっち側に連れて行ってほしい、と心底願った。

そうやってしばらく泣いて。それからまた家へ歩きだしたのだけど、歩いているうちに、ひらめいた。生きていることを「いいこと」とする信念が出回っていて、自分もそれを信じようとしてきたけど、自分の体感・実感は真逆だということ。まだ生きることを終わりにさせてもらえないのは、まだ年貢が明けないからで、自分がそもそも、とても悪かったからだ、だから今はまだ耐えて、ここで年貢を納めないといけないんだ、と。そういう想いが出てきて、それはとても自分の体感にしっくりくる想いでした。生きていることをポジティブにとらえたことは、やっぱり自分は昔からなかったみたい。ポジティブにとらえることがいいことだ、と考えて、そうしようと試みてきたのはあるけど。

ここにこうして生きていることが苦行に感じられる。なんとか苦しさから気を紛らすために、楽しいことをいろいろ見たり考えたりやろうとしたりしている自覚は、常にありました。でもときにほんとうに疲れはてていて、もう終わりにさせてほしいと切に願うときが来る。もう許してほしいと。

この世界は美しい、と人は言うし、そのように思える瞬間もあるけど。でもデフォルト思想としてそう思えるかというと、違うみたい。ほんとうに自分の感覚に正直になると。。。

軽やかに明るい人になりたくて、そうなりすましているつもりになったりしてもいたけど、自分はやっぱりそうとうな暗さを抱えているんだな。それについては、どうしようもないんだな。耐えることはよくない、好きなことをして生きていくのがみんなの幸せのため、世界平和のため、とされる風潮の昨今、耐えている実感がある自分を持て余してしまう。世界に対して申し訳なさが募ります。

居場所が、ないというか、肩身が狭い。

この肩身の狭さ、不自由さと、夜道をスタスタ歩いていたときのあの自由さは、対をなしているのかな。能面のような顔をして、てぶらで部屋着のまま、真夜中に浜のほうへ夜道を横切って歩いたわたしは、通りがかった車の人とかからみたら、おばけか、というくらいの気味悪さもあったかもしれないけど、そんなことも気にならなかった。めちゃくちゃ人が怖くておかしくなったのに、あのときはまったく人が怖くなかった。

あのときわたしは、社会の外へ出ちゃっていたんだな。ほんとうに外れ者になってた。そしてあの境地は、すごく自由だったな。

わたしは社会を気にし過ぎなのかな。まわりの人のことを。もっと人のことを気にせずに、ここにいてみたらいいのかな。外れ者なのは、どっちみち変わらないんだったら。

尊厳を持って生きたいという願いがありました。尊敬までされなくてもいいから、存在することは認めてもらいたかったというか。

それでせめて、みなさんのお役に立てれば、ここにいてもいいことになる、と思えて、一生懸命お役に立とうとしてきた。

ぼんやりと自分のままでたら、ここにいてはいけなくなる、というのがありました。お役に立っていないと、と。でもそうやってがんばっているの、つかれました。

役立たずのわたしのまま、ただ、ここにいるしか、いまはできなさそう。ちきゅうに、ごめんなさいとおもう。

今まで学んできたさまざまなツールやメソッドがあるのに、どれも使う気になれない。前向きに自分を振り向けるだけのエネルギーが、ない。うずくまってるしか、ない感じで。たぶん生き物としての自分の本能に、まかせるのがベストだと、どこかで思っています。

あらゆる小手先の工夫に背を向けて。自分の主観・体感だけに従う。そういうプロセスを欲してもいるんだと思う。主権の回復。あらゆる”正しさ””ふさわしさ”“望ましさ”から離れて、ただの自分がただいま体験していることを、ただ体験していたい欲求。

いまだけは、そういう時間なんじゃないかと思えています。翻訳仕事もちょうどいまだけ、少し空白をもらえているし。

そうやって自分の体験とただ共に居る時間を、ふだん、持ってこなさすぎたのかもしれなくて。いつでもすぐにどこかへ向かおうとしすぎてたのかもしれなくて。白旗を上げて、ただここにいる。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧