2018.10.04

”生活に必要な手仕事”をめぐって――「南の島の家づくり展」で思ったこと

こないだ電車の中で、編みかけの靴下を鞄から出したら、お隣に座っていた高齢の女性が「靴下?」と話しかけてきてくださって、「私も昔はなんでも編んだんです、子どもの靴下もセーターも。今みたいになんでもあるっていうんじゃなかったから、北海道だったから暖かいものが必要だったしで」と。「でも編みだすと楽しくなって、やめられなくなっちゃうのよね」とにっこりしておっしゃった。


やらなくちゃいけないことだったからという”つらい話”ではなくて、やらなくちゃいけないことだったけど楽しかった、というお話。で、そのうち、編み方はこうやる?それともこう?とか、編み物やる者同士でないと通じない質問をしてきてくださったりして、ちょっと楽しかった。


で、靴下の編み方は、はき口から編む派とか、つま先から編む派とか、いろいろなんだけれどもなんと、彼女は輪編みでなくて、足の裏側と甲側を別々に編んで、はぐ!とのことでびっくりした。お母さまから教わったのがこのやり方で、毛100%の糸は足の裏に穴があきやすいでしょう、だからほどいて底の部分だけ編みなおせるようにしていたのかもって今になって思うのよ、とのこと。このやり方しか私はできないのよ、と。


「生活の必要に迫られてやったことだったけど、楽しいことだった」というのと、「母に教わったやり方を自分もやってきた」というのと、今まで私がやってきたのとまた全然違うやり方があるって聞けて、うれしかったーと思いつつ、竹中大工道具館企画の「南の島の家づくり展」へ行きました。


Img_6007 で、ギャラリートーク「自然とともに生きる―バリの自然食文化」というのをまず聞いたのだけど、トークの内容は予想に反し、バリ島北部の小さな村へ移住して建築設計事務所を主宰しているグデ・クリシュナさんと、パートナーで伝統食の研究・教育活動などをされているアユさんが、「食=暮らしの根っこ&文明の行方を左右するもの」としてライフスタイルの在り方に抜本的なアプローチをかけておられるお話でした。


おふたりはインドネシアの自然に根差した昔ながらのライフスタイルを広範に調査していて、グデさんは『台所からの革命』というタイトルの本を書かれていて、さまざまな現代の問題への解決策として、まず台所から暮らしを見直していこう、と提案されています。みんなができることとして、インドネシアに特化した具体的アイデアをイラスト付きで伝える本。


本はシンプルでわかりやすい、イラスト中心の本だけど、台所の哲学的位置づけから始まっていて。台所は古来、インドネシアでは家を建てるとき最初につくる場所だそうで、心身両面にとって重要な、聖なる場所なんだそうです。


台所から始めて、

巨大産業に頼る→地元の農家を支援する

依存→自立

消費的→生産的(食材・生活道具を地場産の素材で自作)

輸入品→地場産品、自分でも育てる

生態系の破壊→環境にやさしく

貪欲→足るを知る

病気→すこやかさ

こういう方向へ動いていくために、「ミネラルウォーターの代わりにココナッツ水を」「ビニール袋の代わりにチークの葉を」「インスタントヌードルの代わりにキャッサバを」「合成洗剤の代わりに灰やソープナッツを」「プラスチックストローのかわりに竹のストローを」など、具体的な置き換え例が書かれています。Img_5962


グデさん自身が、土でできた炉で、薪で料理をして、そこで出る灰を土にまいて畑をして、灰で洗い物をして、水は汲んできたのを素焼きの水瓶で自分でろ過して、という暮らしを実践されているのでした。そして、自分がしていることは小さな簡単なこと、私たちはただ私たちがしていることを皆さんに見てもらっています、とおっしゃっていて、本の末尾にも「小さな簡単なことを、私たち自身のために」とありました。


Img_5995Img_5997_2 Img_5991 グデさんの所持品である、地域の自然素材でつくったさまざまな生活道具は今回の展覧会でも実物が展示されていて、どれも美しくて圧倒された。ヤシの葉のスプーンとか、MoMAとかにあってもいいようなすてきなデザイン。(写真2枚目はご飯やおかずを入れておくヤシの葉で編んだ籠。3枚目は炊飯デバイスで、これを水を沸かしたうえに置いて炊くため円錐形をしてる)。


***


「南の島の家づくり展」の建築のほうの展示も、現地で撮影してきた映像資料と、実物の素材や道具の展示と、自分で屋根をふいてみたりできるインタラクティブ展示もあって。屋根ふきのアイデアの数々は、目から鱗でした(後ほど詳しく書きたいので、ここでははしょります)。Img_5994_2


インドネシアのスンバ島の家づくりのドキュメントが見れたのだけど、森で木を斧で伐採して荒くはつり、ツルでゆわいて10人くらいで引っ張って山から運びだして、部材を成形(使う道具は斧と山刀だけ、計測ツールは植物で編んだ紐だけ)、クギ1本使わず組みあがるように細工して、仮組みしてから、現場へ運んで、組み上げて、チガヤで屋根をふく、そこまでを村のみんなでやるのです。村には大工さんという専門職はいなくて、昔ながらのやり方をよく覚えている人がリーダーシップを発揮するんだけど、この人は棟梁ではないし、特別な位でもないわけです。


Img_6026_2 そうやってできあがる建物は、屋根が高いところから地上近くまで降りている中に、高床構造の建物がすっぽり入っていて、内部は2階(というか3階か!)建てになっている独特な様式。


道具は、斧、山刀、木槌、ツルの紐だけ。材料は地元の森からのもの。で、ものすごい造形の建物を建ててしまう。これを建て替えるときには、山刀をそれぞれにもった男衆たちが2時間たらずでばらしちゃう。


ほんとに見事です。


(スンバ島の家づくりの詳細は佐藤先生のウェブサイトへ。ものすごい情報量で、写真・動画も豊富です!)

この、1人1本は持っているという山刀(ハチェット、ナタの立派なの)をつくっている映像資料も見たのだけど、鉄くずを焚火につっこんで熱して、鉄切り用の斧で形を切り出して、トウモロコシの芯を燃やした火につっこんで鍛冶仕事をしてました。


焼き入れは、竹筒に水を入れたものを炉の横にスタンバイしておいて、ジュッと。


刃を柄にすげるときは、森の木から樹脂をとってきて、細かく砕き、柄の穴に入れておいて、少し熱した中子を差し込んで、溶かしてから冷やし固めて。


砥ぐときはは石を使ってたけど「とくべつな石ではなく、そこらへんにあった石で平らっぽいものを使っています」とのことだった。仕上げ砥ぎにはヤシ繊維を使ってた。。


そうやってすばらしい山刀を完成させていて、すごいなーと思いました。刃の切れ味は、腕の産毛を剃って確認していた。この確認方法は万国共通なのだなあ。


で、トークと展示がよすぎて、その後の夜のシンポジウムにも、飛びこみで参加させていただいたのだけど、このスンバ島の家づくりだけでなく、インドネシアの離島を始め、オーストロネシアの島々でフィールドワークをして建築を研究しまくっておられる佐藤浩司さんのお話がやばかった。


紹介していただいた島々の家は、全部自然素材だけで、素朴な道具でつくっているわけだけど、どれも佐藤さんいうところの「住宅に対する常識をいともたやすく覆してしまう突拍子もない形態の数々」で。しかもそれが「飛び抜けた想像力をもったひとりの建築家の作品ではなくて、みなが共有している社会のデザイン」である、と。


そしてスンバ島の家の内部の一段高いところには、そこに住む人が入ってはいけない部屋が設けられていて、そこは祖霊の間なのでした。見上げてもいけないらしかった。佐藤さんいわく、この並々ならぬ造形の家は、そもそも人間の持ち物ではなくて、人間はそこに間借りしているというふうに理解するのがふさわしいのではないか、とおっしゃってました。


Img_6003_2 Img_6002 Img_6005 質疑応答のときに、ある人が「この社会では”成熟”という概念はどうなっていますか?建築の技術自体は粗削りというか、完成度が低いわけだけれど」というような質問をされて、佐藤さんはそれに対して「日本のように建築が造形的に形がきまってしまっていると、中にむかって細部の洗練を極めるしかなくなるけれど、それとは逆に、建築自体の造形が外に向かっているから。それ自体が成熟だと私は思う」とおっしゃってたのが印象に残りました。


Img_5999 Img_6001 型を決めて、その中で洗練を目指していく動きもひとつの成熟だけど、与えられた材料や土地などに臨機応変に対応しながらダイナミックに造形を展開させていく動きもまた成熟である、というのが、なんかぐっときた。


専門の職能として大工がいなくて誰もが大工仕事をするとか、デザイナーが個人でなく共同体であるとか、家はそこに住む人のものではなくてもっと大いなる流れの中にある場であるとか、この南太平洋を船で行き来してきた水の人々の文明がちらちら見えるような気がした(水の人々の文明については、わたしの印象でしかないので、根拠ないところですが💦)。


ご本人たちは生活の必要に迫られてやっているはずだけど、でも手を動かすことはやっぱり「やりだすと楽しい」って(電車で会った編み物のおばあさまみたく)あるのかなあ、と思ったり。


帰宅してから検索して出てきた、現地でスンバ島の家づくりを見てきた方の感想が大変興味深かったのでした。家をつくるという、集団でやる活動なのに、統制・統率という概念がなさそうなこと、「いいかげん力」がはんぱないらしいこと……!


生産者と消費者が同一っていうのは、今自分が傾倒してるグリーンウッドワークの、スウェーデンの木工の伝統(Slöyd)でもおんなじで。。そもそも生産者と消費者というふうに分けられはじめる前の時間は、今わたしに想像できる以上の、独特なクオリティがあったんじゃないか、となんとなく思っているところ。


「南の島の家づくり展」はこの後、神戸の竹中大工道具館へ行きますー。10月から12月始めまで。

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2018.09.26

いつか歩いてみたい道

スウェーデンのクングスレーデン(王様の散歩道、という名前のロングトレール)をついこないだ歩いてきたという、UPI Outdoor鎌倉店店長さん、横倉さんの報告会に先日行ってみた。ロングトレールは、自分にはきっと難しいだろうけど夢の次元ではいつか歩いてみた42518661_10215223708400088_66168947 いもんだーと思ってたので。

ところが!このトレールは、「自分にもきっとそれほど難しくないトレール」であることが判明してしまい。。。それどころか、野生のブルーベリーもリンゴンベリーも生えているし、おいしい湧き水がそこここで出ているし、人よりヘラジカの方が多かったりするし、山小屋にはサウナもあるし、セルフで使えるキッチンもあるし……とても幸せになれそうなトレールだということがわかってしまいました。

一番興味深かったお話は、このトレールができた経緯で、ジョンミューアトレールや日本のトレールなど、他の場所のトレールだと、トレールはもともと交易の道だったりとか、散策路とは別の目的でできあがった道だったりするのだけど、クングスレーデンの場合は、1800年代後半にスウェーデンの山岳地帯に人が入っていきやすくすることを目指したSwedish Tourism Associationという団体が、このトレールを構想したんだそう。限られた資金で山小屋を建てたり、湖を渡るためのボートを導入したり、とコツコツと進めていったらしい(1900年代初頭は、まだ道らしい道も整ってなかったそう)。

いずれにしても、もともと自然に親しむことを目的にできたトレール、というところが、他のトレールとは異なるらしく、そういう目的だったからこそ、ハードな道ではなく、老若男女が歩きやすい道になっているということのようでした。

(誰もが歩けるように、という道だから、もしかすると「王様の散歩道」じゃなくて、「散歩道の王様」っていうふうに訳す方がしっくりくるのかな、という気もします)。

スウェーデンでは自然を享受することは万人の権利とされていて、基本、どこででもテント泊できるし、ベリーも食べていいし、キノコもとっていいのだけど、それは昔から自然の森と関わり続けてきて、代々関わり方をわきまえてきた、そういう土壌があるからこそ成り立っているんだなーとしみじみ思った。そういう文化が受け継がれて今に至っているところ、うらやましい。。

これはフィンランドもそうで、スナフキンが「○○するべからず」みたいな看板とかが大嫌いなのも、自然をめちゃくちゃにしないための心得がそもそもあるから、そんな規制をくどくど言われることの意味がわからんってことなんだと思う。

それくらい当たり前のように、森とつきあうたしなみを身に付けてみたかった。。日本も国土に森林が占める割合からいくと、フィンランド、スウェーデンに次いで世界第3位だけど、森との付き合い方、森の愉しみ方、というところではだいぶ開きがあるように感じてしまいます。でも、そうでもないのかなどうなのかな。

写真は、スライドで見せていただいた、トレール上にぽつんとあるサウナ小屋。UPI Outdoor鎌倉店店長さん撮影。

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2018.08.19

めぐりの効用?

昨夜、相方がおなかがいたいというので、ひさーしぶりに愉気をしました。自分の背骨に気をとおしながら手を当てていただけなのだけど、自分の中にもいろんなことが起きて、終わったあと目をあけると、自分の目がすごくラクになっていた! 最近目が常時疲れてかすむような感じがあったので、びっくりしました。

相手に差し出したつもりが、お互いにいいことが起きるのだなあ、愉気は、と改めて実感しました。

気というのは、そういうものなのですね。。世の中の多くのものも、じつはそういうものなのかも?

***

お金というのも、気と似たようなものにも思えるけれど、どうなんでしょう?

まだそこらへんの悟りが開くような境地には至ってない自分だけれど。とりあえず、お金の持ち運びと出し入れが、今までよりもハッピーになって、もうすぐ3カ月くらいになります。

お財布を、新しくしたのです。

Img_4554 今年5月に、名刺サイズのちいさなお財布を買いました。こんな小さいのでまかなえるのか?とドキドキしつつ、前のお財布から引っ越しをして、6月1日に、はじめて一緒に外出しました(地元商店街へ買い物へ)。

コイン入れが小さすぎて使いずらいーとか、紙幣の出し入れがむずかしーとかいうふうになるかな?と思ったけれど、逆でした。コイン入れ、むしろ小さいほうが使いやすい。。。自分は手が小さいほうなので、狭いところから取り出すのが苦にならないっていうのもあるかもなのだけど。この小さいお財布は、小さい手の人用にわざわざ開発してくれたんじゃ?とさえ思えた。。

何より、ポッケに入れてもストレスのないサイズのお財布ってよいです。荷物が軽く小さくなると、自由度がぐんと上がる、というのは旅のときにも実感してきたけど、日常も、もっと自由になっていいんだなー。。なんでもかでもお財布に入れがちだった自分のため込み体質(?)も、ちょっと変わっていきそうな。。そんな予感を持ちました。

で、現在も依然として、快適です。おつりなどでコインがたまったとき、ときどきあふれるのでは、と心配だったけど、今まで一度もそんなことになってません。クレジットカードや電子マネーは普段使いしないタイプで、普通に現金で生活してるのだけど、不自由ないです。

Img_4556 小銭入れの部分は、お財布をとじれば自動的に密閉される仕組み。これが、特に気に入ってます。開ければ小銭入れが自動的に開くので、ワンアクションで小銭が出せる。

カードが数枚しか入らないから、ショップカードなどはよく使うものだけ厳選して、ほかは別の入れ物に入れて、必要なときだけ持って出ています。現在はこの小さいお財布には、Suicaとクレジットカード、保険証、緊急時連絡先カード、銀行のキャッシュカード、あとショップカード3枚。メーカーさんの想定よりも、たくさん入っています。不自由ないです。

私のお財布はストラッチョというお財布の柔らかい革のバージョンなので、伸びがいいからこんなに入るのかも?だけど。。

Img_4557 札入れ部分も大きく開くので、お札を見やすいし、出し入れしやすいです。下のほうにお守りも入れてるので、ときどきお札を入れるときに、お守りにお札がつっかかるけれど。お守りは入れときたいので、それくらい別にいいのです。

とにかく今も小ささ・軽さはピカイチ。とても気に入っています。

今までと変わったのは、レシートを早め早めに自宅の「レシート箱」に移すようになったこと。レシート箱は帳簿に付けるまでの一時置き場です。まめにそこに入れて、前よりはまめに整理するようになりました。お財布の中にレシートを貯めることがなくなりました。

あと、今までは旅に出るときは、別の軽いお財布に、旅先で必要なカード類と現金だけを入れ替えてたのだけど、このお財布になってからは、入れ替え不要になって、このまま出かけられるようになりました。

Img_4560 お財布デザイナーさんの、薄く小さくしつつも使い勝手を考えたデザインの工夫、しびれますー。尊敬する。

買うときは、これは本当に必要な投資だろうかーなど、いろいろ考えてしまったけれど(今までのお財布はくたびれてはいたけどまだ使えるレベルではあったし、母が仲良くしていた人が、わたしに、とくださったもので思い入れもあったので)、でもこれだけ機嫌よく使えるようになると、思い切って変えてよかったかな、と思えています。

小さい生活改革から、じわじわ変化していくものがあるのかもしれない気もしています。

* * *

小さい生活改革、もひとつあった。。

腕時計は元から好きじゃなかったので、ほとんどしたことがなかったのだけども、仕事上の必要に迫られて、少し前から、必要なときだけするようになっていました。で、安物だけど気に入った時計を買って使っていたら、バンドが、肝心の仕事の最中に、切れた。。。

Img_4817 で、その仕事は、キャンプ場に滞在しながらの仕事だったので、空き時間に手持ちのガイロープで、急ごしらえでバンドをつくりました。トートラインヒッチで結んで。

そしたらこれが、ふつうの時計バンドよりも気に入ってしまった。

Img_4816 腕にはりつく面積がより小さくなって爽快で、つけてるのを忘れるくらいラクだし、着脱も前より面倒でなくなりました。

そのまま今も快適に使っていて、仕事以外のときにもそんなに嫌じゃなく腕時計ができるようになりました。そしたら、腕時計って便利なんだな、と再認識したりもしています。電車に乗るときとかは、とくに。

前はいちいちケータイを鞄から出して時間を確認していたので。。。

小さなことだけど、なんだか流れがスムーズになったというか、ストレスフリー度が上がっています。

そんなわけで、お金と、時間との、おつきあいが、ちょびっとだけ、変わってきている感触があります。

***

これは、この話と関係があるのかわからないけれど、何かに取り組むとき、以前は先を見据えて、「まだあとこんなにやらなくちゃいけないことがある」と果てしなさをよく感じていて、それをストレスにも感じていたのが、このところ(数カ月前くらいから?)それが全然苦にならなくなっています。

仕事をしていても、今までは「まだ5分の2しか終わってない、まだまだだー」とかよく思ってへこたれそうになったのが、この頃はごく淡々と、今やっているところをやる、というふう。そうやってやっていればいつか終わるのでした。「まだまだだー」といって自分に負荷をかける、というのが、なくなっているので、わりとすんなりと最後までできてしまうというか。

Img_5486 今朝も、たくさんセンダンの枝を落としたのだけど、センダンは枝を落とした後、葉っぱのあとかたづけが大仕事。おとなりのおばさまが、わたしがあたかたづけ作業をひとりでやってるのをながめて「ふう」とわたしのためにため息をついてくれたりもしました。「この枝を切った後のかたづけがたいへんなのよねえ」と、同じセンダンの木がお庭にあるおばさまは実感を込めておっしゃってた。。

で、わたしも以前は、かなり「ふう」と思いながらやっていたっけ、と思い出しました。今日はでもやっぱり、淡々とやっていて。カラッとした風がときおりスカートの中を吹きすぎていったり、日差しも透き通っていたり、なんだか気持ちいいな、と思いながらやっていました。

努力して、そのようにしよう、としてきたわけでないのに、いつのまにか起きていた変化です。不思議。人に愉気したら自分の目がラクになった、というのと同じくらい、不思議です。

星めぐりのせいかなーと思ったり。一緒にいる人や場のおかげさまもありそうです。小さな生活改革のおかげもあるのかもだけど。。?

自分のこころがけ、としては、唯一、なにか行動を選択するとき、自分の中に気持ちよさが残るような選択をするように(言い換えると、「うしろめたさ」が残るような選択はしないように)すること。あとは全般に、やさしさを、ということ。でもこれらも、ちょいちょい自分を裏切ってしまっていて、絶対的に守れているわけでもないです。

やっぱり、なにかいい変化が自分の身の上に起きているのだとしたら、それは星も人も物も場も含めたまわりのおかげさまなんだろうな。ありがたいです。。!

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2018.08.18

自由の感覚/砂の虹

<自由の感覚>

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水の生きものだったときの自分は
今もちゃんとここに居る

その証拠に浜でしばらく過ごして
海に入ったり出たりして陽が傾いてきて
水面に金色の光の粒がこぼれだす頃には
その光の粒をかきわけて沖へ向かって泳いでいくのが
なにより なにより 気持ちいい

しばらく行ったら、片っぽの腕をぐーんと伸ばして
そのまま仰向けに反転して
空を眺めてひとやすみ
そよ風が顔の上をさらさら吹きぬけるあいだ
手足を投げ出してプカプカ波に体をあずけるのが
なにより なにより 心地いい

仰向けのまま方向転換して
浜に向かってこんどは背泳ぎの平泳ぎ
金色の光が目の中を浸して
流れる水が首の後ろをなでていくあいだ
ときおりぐーんと手足を好き勝手に伸ばしてみたりするのが
なにより なにより 自由だ

陸上生活に慣じんできた歴史が長いから
いつも思い出すのに少し時間がかかるけど
思い出せたときの たしかなよろこびは
れっきとした証拠だ

いくつもの層が重なり合ってできている自分
現れては消え
思い出しては忘れるのも
大事にしてみたり
うやむやにしてみたりするのも
みんな 自然で
みんな 自由だ
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+ + +

<砂の虹>

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昨日 砂浜に虹がかかったのを見た

あかく染まる夕空の下
波打ち際に
赤から黄色 黄緑 水色 青 紫と
あわい光の帯が伸びた

浜での夕暮れどきは
いつもいつも 違っていて
いつもいつも マジカル

こんなにきれいなものは見たことがないなー
と いつもおもう

海の中の生きもののみんな
水の粒子のみんな
空 砂つぶ 風 まわりの山々
夕日 月 一番星
居心地いい海の家を営んでくださってるみなさん
一緒に今日を過ごしてくれただいすきなひとに
ありがとう と
こころのなかでいいました

なににもかえがたいことを
海はいつも 思い出させてくれます

(2018・8・17 一式海岸 (ゆ)ちゃんと)

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2018.08.11

海と音楽

Img_5104 新月になりました。

短い夏休みはあっという間に終わってしまったけれど、その次に来た仕事を超特急で(別名”徹夜”で)やっつけて、金曜夕方から週末の自由時間を確保しました。うれしい。。。

で、金曜夕方から、相方が楽しみにしていた念願の海へ。今年はまだ1度しかこの浜へ泳ぎに行けてなくて、その日は朝から行って夕方に帰ってきたので、こんどは夕日をゆっくり眺めたいーとおもっていました。(午前中の海はまた格別なんだうけど。。写真はこないだ行ったときの、いやにおしゃれに撮れて笑えたランチと、昔ながらの海の家で借りた黄色いパラソル)。Img_5017_2Img_5022

今回は、台風一過+大潮で、波はざぶんざぶん。波打ち際で「洗濯機の中の洋服ごっこ」ができる日和でした。

でもあおむけに波間に浮かぶ「ウキウキ遊び」もやっぱりやりたくて、波のセットがおわった一瞬にちょっとだけ、無理やりあおむけに浮いてみたりしていました。3秒くらいで次の波をざぶーんとかぶるのだけど。。。でもそれはそれで楽しい! 

3かきくらいだけ(?)平泳ぎもできました。夕暮れ前の、かたむいた太陽の光が水面にキラキラするのに向かって平泳ぎするのが、いつもだいすきです。波がざぶんざぶんでなかったらゆっくり泳げるんだけどなーと思いつつ。徹夜明けなので、無理しないように気をつけました。

Img_5294 ひとしきり遊んで、海の家でお茶を飲んで、日記を書きました。そうこうしているうちに夕日がぐんぐん落ちていって。

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暗くなるころ、ピーター・バラカンさんの生DJが始まりました。

この海の家で今日やるとは知らずに来たのだけど、なんだか最近ピーターさんと遭遇率が高いような気がしたので(こないだホットハウスフラワーズのクアトロのライブでも、1メートル左前方にいらしたのを見かけたし、6月に帯広に行ったときたまたま泊まったホテルヌプカでも、ピーターさんはなにかイベントをされてたらしかって)、聴いてくことにしました。

そしたらこれが、かなりよかった。。。音響もよくなってた。前はひょうたんスピーカーをたくさんぶらさげてたけれど、今年は屋根の2か所にざるが据え付けられていて、その中にいいスピーカーが仕込んであるらしかった。ピーターさんの選曲が、かなりよくて、アフリカのミュージシャンの曲もたくさんかけてくれて、相方も喜んでいました。私はR+R=NOWの曲が気に入って。もっと聞きたいと思って家に帰ってから検索したら、今年デビューアルバムが出たばかりのユニットだった。

「R+R とは‘Reflect’(じっくり考える、自分と向き合うなどの意味)と ‘Respond’(応える、対応するなどの意味)」なんだそう。かつてニーナ・シモンが政治的発言をして批判を受けて、黙って歌っていれば良いのにと言われたときに「私は、時代と向き合うことがアーティストの使命だと思っている」と答えたという、その言葉に端を発しているネーミングとのことで、「自分の生きている時代と向き合い、応じると、その時代と深く関わる事になる。だから’R’ + ‘R’ = ‘NOW’(現在:いま)なんだ」(ロバート・グラスパー談)。ここのページから音源もちょっと聞けます。相当いい。どれもその場で作曲して一発録りしたらしい。。!

Rrnow 「バンドメンバー全員が6フィート(約183cm)を超える黒人男性で、決して裕福な家庭で育ったわけじゃない。だから、あの部屋に集まって音楽を作れるようになるまで、それぞれがそれなりの地獄を見てきたし、戦って、鎧を身にまとってやってきた。現実を曲げてでも、今の地位まで上り詰めてきた。皆、その状況を理解しているから、集まれた時は、とにかくお祝いだ!という気分なんだよ」(クリスチャン・スコット・アトゥンデ・アジュアー談)。

サッカーのベルギー代表チームのフォワード、ロメル・ルカク選手のことと重なった。。。

久しぶりにニーナ・シモンのアルバム出してきて聴きたくなったけど、処分してないはずなのに、見つからない。。。

***

ともだちが、海には「エキス」がある、というようなことを言っていて、おもしろいなーそうかなーと思ったのだけど、海にちょっとでも身を浸すと、確かに元気が出るような気がします。徹夜明けだったのに、不思議とぜんぜん元気で、なんだかいい気分でした。

波打ち際に立ってみると、新月前夜の夜空は星がいつもよりたくさん見えた。帰り際、少しだけ砂の上にあおむけにねっころがって星を眺めました。

新月の時期は波は高くなっちゃうけど、月がないぶん星はたくさん見えるので。。暑いとき、夕日と星を見て涼しい風に吹かれに行くのはおすすめです。。

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2018.08.05

マイリトル夏やすみ

Img_4968_2 長かった忙しデイズがやっと一区切りついて、ほっと緩んで、その後2日は試験が終わったばかりの学生みたいに、何したらいいかわからないでぼーとするだけだったのが、3日目になって「好きなことしていいんだ!」という悟りがじわじわやってきた。

そしてまず思い出したのは藍のこと。この酷暑にもめげずになんとか成長してくれたので(種をくださった(み)さんありがとう!!)、ぜひとも生葉染めをしたいと。。。

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まず染め方をリサーチしてみたら、生葉染めだけでも3通りあって、どうしようかと悩み。。。そのうちそういえばピンク色が出ると聞いてからずっと貯めてあったアボカドの種も染めてみたいと思い出し。。。そしたらアボカドの葉っぱでも赤系の色になると知って鉢植えのアボカドの葉っぱも気になりだし。。。そしたらびわの葉っぱでもおもしろい染めができると知って、鉢植えのびわの葉っぱも気になりだし。。ついでに板染めや絞り染めにも魅力を感じ出し。。。そうこうしているうちに、去年の初夏につきひほしさんで教わたハナイロ染めもまたやりたくなってきて。。。という感じでもう何から手をつけていいかわからなくなって、困ってしまった。ノートに全部書き出して頭の中を整理して、さて、どうしよう(←いまここ)。

Img_4971_2 忙しかった最中にモチベーションにゲットした新しい斧も、砥いで試したいのもありありなのにー。。急に解き放たれてとっちらかってる望みたち。。

落ち着け―私、ということで。

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とりあえず全然違うトピックにいったん頭を切り替え。(き)先生の本、早くも到着した!アマゾン川の流れ、すごい。。

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んで、今ラジオからはHothouse Flowersの”I can see clearly"!! 先日のクアトロでのライブを思い出し―また興奮してしまう。。マイ夏休み、さく裂中。。。

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2018.06.10

猫の(ち)ちゃん、旅立ちの日に

いろいろなことがあって、書きたいことがたくさんあるのだけれど、書くゆとりがない日々が続いていました。なぜかすごく、忙しかったり、地に足が付かない感じが続いてたり。。。

でも今日は、書かずにおれなかった、今日のこと。

Chobi 実家の猫の(ち)ちゃんが、今朝明け方、旅立ちました。

23歳でした。

でも、よほど23歳には見えないほどツヤツヤな毛並みときれいな表情の彼女だったので、わたしはてっきりまだ16歳くらいだと思い込んでいた。避妊手術でお世話になった動物病院のカルテに、避妊手術を受けたのが95年とあって、今回改めて彼女が23歳になってたと悟りました。

でもほんとうに若々しい姿だったので。。つい昨日まで元気に一緒に遊んだりしていたという(ち)ちゃんが、急に失禁して後ろ両足がだらんと麻痺した状態になっている、と兄から電話をもらったときも、もしかしてもしかするかも、とは思ったものの、まだまだ若いしなんとかなりそうに思えたのでした。

それで、兄にはとりあえず、お世話になっている動物病院の夜間急患対応のところに電話をしてみては、と提案しました。私の心づもりとしては、電話で容態を説明して、家での対処方法を教わって、それを家で実践したらどうか、と思ったのでした。

兄にそう伝えてから、わたしは久しぶりの遠隔愉気を試みました。以前友人のわんちゃんがしんどかったときにやった以来やってなくて、できる自信があんまりなかったけど、わたしが実家にいたころ、紙袋に入って我が家にやってきた(ち)ちゃんは、私が実家を出てからは一緒に暮らしてないけどでもやっぱり大切な家族なので、やれることはやりたい、と思った。

それでやってみると、なんかあついな、と思いました。友人のわんちゃんは遠隔愉気をしたときに眠った、と感じたのだけど、(ち)ちゃんは眠ることはなく。それでどんなことを今(ち)ちゃんが望んでるかなーと、聞いてみると、暗いところに居させてほしい、、お水だけ置いておいてほしい、という感じでした。

この後兄に電話をして、どうなったか聞いてみると、いつもの動物病院は夜間の急患対応をしてなかったので、別の病院に連絡をしたら、後ろ脚の麻痺は血栓の可能性が高いから、血栓なら早めの対応が肝心、ということで、今その病院に向かっているところ、と。それでちょっとびっくりして、(ち)ちゃんの暗い所でじっとさせておいてほしいというのとは正反対になってしまったな、と思いつつ、でも血栓なんだったら早い対応で助かるのならよかった!とも思ったのでした。

(ち)ちゃんはその夜、病院で検査を受けて、血栓が見つかり、それと肺にたくさんの腫瘍があることもわかりました。血栓に対処するための注射を打っていただき、脱水症状もあったので点滴もしていただいて、家に帰ってきたとのことでした。先生からは、翌朝かかりつけの動物病院へ行って、今後の方針を検討するといい、とのこと。

その晩は(ち)ちゃんの容態はかなりきびしかったらしく、兄ファミリー一家(とくに姪っ子)は一晩寝ずに看病をして、(ち)ちゃんの体温を上げるよう温めて、翌朝一番にかかりつけの動物病院へ行ったのでした。そこで点滴の注射とステロイド注射を打っていただいて、翌日また行くことになったのでした。

わたしはその朝、家を出て実家へ向かい、動物病院から帰ってきた(ち)ちゃんに会いました。ステロイド注射を打ってもらっていたせいか、前の晩よりもかなりしっかりとはしていて、でも何も食べられず、水だけはたくさん飲みました。そして呼吸が浅く、速かった。

後ろ脚の麻痺の原因になっている血栓は、全部をふさいでいたわけでなく、血流はわずかに通っている、という朗報を受けて、脚のマッサージと脚の付け根をあたためるとよいという先生のアドバイスどおり、みんなでかわるがわるマッサージして、カイロをタオルで包んだものを両脚の間に挟みました。

ただ、わたしも最初に脚を手で包んでマッサージしたときには、(ち)ちゃんは顔をふりむけて、わたしの手の甲におでこをこつんとつけてしばらくじっとしていたので、気持ちいいのかな?と思えたのだけど、次第に、マッサージから逃げるようなそぶりを見せるときもときどき出てきました。

そして前足でずり這いをして、部屋の隅の暗がりのほうへ、少しずつ、行きたがりました。

部屋の隅の暗がりへ行きたがるのは、前に他界した猫のにゃみちゃん(24歳)の最期の日にもあったことです。にゃみちゃんのときは、そのまま本人が行きたいところに行ってもらって見守りました。部屋の中を転々と、移ってはしばらく横たわるを繰り返し、最後は自分からいつものベッドへ、力を振り絞って上がってきて横になって、旅立つまでそこで過ごしました。

(ち)ちゃんは、脚をあたためていたカイロを置き去りにして、どんどん暗がりのほうへ移っていき、ついには裏口のたたき(コンクリの)の上に横になったので、さすがにそんなところに横になっていたら、ただでさえ異常に低くなっている体温が下がってしまう、と、みんなで心配して引き上げたり、たたきにカゴをおいてその中にはいってもらったりしました。

「体温が下がっているので、あたためること」というのが動物病院からのアドバイスでもあったのでした。

血栓で両足麻痺になった猫さんが回復して半年生きた、というブログ記事を見つけたこともあって、回復に向かっての対応を、わたしも一生懸命していました。

カイロでは重たいから脚を圧迫してつらいのかも、と考えて、ペットボトルにお湯をいれてタオルでくるんだものを、背中やおなかのそばに置くように切り替えたけれど、(ち)ちゃんはそれでもやっぱり、それらを置き去りにする形で場所を移動したがるのでした。上にかけていた軽いウールのストールも、置き去りに。

温まりたくない、と、彼女は行動で示していました。

それなのに、そのたびに、またペットボトルゆたんぽをあてがってストールでくるみ、そうやって丸一日すごし、そのまま一晩すごし、今朝の明け方、ふっと彼女の呼吸が変わったのに気づいて。それまでもとても呼吸が早くて、しんどそうに胸を上下させていたのだけど、とつぜんその胸の上下動がなくなって、口を大きくひらいてカッと息を吸ったかとおもうとじっとして、しばらくのあいだ口を開けたままゆーっくり吐いて、またカッと吸っては、じーっと長い時間をかけて吐く、というふうになりました。

一度吸ってから、次に吸うまで、とても長い間があって、もうこれで息がとまってしまったのかも、となんども思うほどでした。

みんなで見守って、今は目は見えてなくても(もうまる1日半、目は大きく見開いたままで閉じられることがなく、目の前で手をかざしても反応がなく、ものが見えていないようでした)耳は聞こえているはずだから、と声をかけたり、手を握ったりしました。

もうこれで最期だとみんなわかって、ありがとうね、と声をかけて。そして(ち)ちゃんは旅立ちました。

* * *

お別れの後で、かかりつけの動物病院でステロイドの注射をしてもらっていたことをはじめて聞いて、ちょっと気になって後でステロイド注射についてネットで調べていたら、こんな記事に出くわしました。

高齢猫の安らかな最期のための留意点と動物の来世

この記事で紹介されている本の中に、「猫はからだが弱って体温が下がってくると、風呂場のタイルなど冷たい場所にからだを横たえようとします。そんな時、飼い主としては『からだが冷たくて寒いだろう』と気遣って、温めてやりたくなります。しかし、温めると猫は喜ぶどころか非常に嫌がります。冷たいところで寝ているほうが気持ちがいいようです。からだが弱っている猫は、自分の体温を下げることによって、エネルギーの消費を最小限に抑えようとしているのかもしれません」とあって、(ち)ちゃんの姿とだぶりました。

確かに、(ち)ちゃんは温められるのを嫌がっているようだった。。。

ひんやりした場所にいることで、そのままゆっくりと衰弱して安らかな死を迎える、それが高齢猫本人がたどりたい道であるらしいこと。心のどこかでは知っていたこのことを、はっきりと伝えてもらって、また涙が出てきました。。

(ち)ちゃんの最期をつらいものにしてしまった、と。。 でも回復してくれるに違いないと、こんなにツヤツヤの毛並みで、血液検査の成績もいいのに、と、どうしてもあきらめきれなかったのも事実で。。逆向きの、回復へ向けての応援をしてしまった自分たちをいま責めても、(ち)ちゃんは喜ばないだろうことも、わかります。

もうひとつ、この記事で紹介されていた本にあった「動物は坂道ではなく階段を下りるように衰弱する」という記載も、とても腑に落ちるところがありました。つい昨日まであんなに元気だったのに、なぜ急に、というのが、にゃみちゃんのときも、その前の(し)ちゃんのときも、今回の(ち)ちゃんのときも、あった。それぞれ24歳、18歳、23歳の高齢猫だったわけですが、高齢猫の場合は、最期をなるべく楽に自然にしてあげることを考えてあげるやさしさが必要なんだな、と改めて思いました。

本人の希望があんなにもはっきりとしているときは、そのとおり、ひんやりした場所にいさせてあげたらよいんだな、ということ。。。

(ち)ちゃんの場合は、最初に遠隔愉気をしたときから、暗いところに居させて、というメッセージをキャッチしていたのに。。。自分の家族のこととなると、どうしても自分の望みが強く出てしまって。。。

ごめんね、(ち)ちゃん。次に会うときには、もっと一生き物として成長して、あなたと会うって、約束します。猫族のみんなにも、約束する。

だから、許してね。そしてきっとまた会おうね。大好きだからね。。今まで、ありがとうね。うちのみんなに、よくしてくれて、ほんとに、ほんとに、ありがとう。こんなにやさしくて、天然でおもしろくて、耳と目が大きくて口元はキュッとしている美人さんは、なかなかいないと、23歳なのにこんなにツヤツヤ毛並みな猫は、なかなかいないと、心底そう思うー。会えて、うれしいよ。

と書きつつ号泣してたら、久しぶりに野ねこのまごちゃんが、戸をノックしてくれた。。。まごちゃんの察知能力、ハンパない。。そして今夜ばかりは、まごちゃんと一緒に(ち)ちゃんがここに来てくれてるように感じます。ありがとう。まだ明日がお葬式なので、いましばらくは近くにいてくれてるんだろうなって、思う。。

と書いてから久々にSNSを開いたら、一番上に出てきた思い出し機能によるポストが、(ち)ちゃんの写真。母が他界した夜に実家に泊まったとき、眠れないでいたら、(ち)ちゃんが添い寝しに来てくれたときのことでした。。。。。びっくりしたし、(ち)ちゃんが、まだそばにいてくれてるサインだなあ、とまた涙出てくる。

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2018.03.31

春のつれづれと、One Tree講座

春です。なんだかずっとパツパツに仕事をがんばってきていて、久々にゆるんで「まどろみタイム」を楽しんでるここ数日です。

Img_4093_3数日前には近所の公園へお花見に。例年はわたしが生き急ぎすぎて、まだ開花してない中だったり、冷たい風が吹きすさぶ中になったりするのだけど、今年は珍しく満開の桜を前にピクニックできました。今年は和食のピクニック。お正月以来、すっかり和食党になって、体調もよくなってきてる感じです。

公園はお花見の人たちで大盛況で、ちびっこたちが縦横無尽に走り回っていました。飽きずに何度も同じ場所をぐるぐる走っていたり。。。「とりさんが転んだ!」というなぞの遊びをやってた子たちもいた。ルールがはちゃめちゃだったけど、本人たちはめちゃくちゃ楽しそうで、なにより。

お花見に行くと、花もいいけど、ちびっこたちを見てるのが楽しいです。。 :)

ここの公園は植物園という別名もあって、結構敷地の奥のほうはさまざまな樹種が植えられていて、すべてに名札と解説もついていて、とても勉強になるのでした。モッコクの枝で染め物ができると知りました。「猫の額庭」にも一本あって、毎年剪定をすると切り口が赤く染まるのは体験していたから、腑に落ちた。今度は剪定枝を取っておいて、染めてみたいです。

Img_4095 梅の実が小さくみのっていて、ピンクと黄緑のグラデーションがきれいでした。植物のみなさんは着々と、季節のめぐりと足並みをそろえて暮らしていて尊敬する。。

* * *

おとといはようやっと今年のお味噌の仕込みをしました。国会中継が気になってはいたのだけど、お味噌にはよい気を入れたい、と思って、ラジオをかけたら、シューベルトの、なんだかのどかな曲がかかってたので、そちらを聞きつつやりました。

Img_4106 とんとんと、すりこぎで、煮た大豆をひたすらつぶす作業のときに、グリーンウッドワークの斧使いを思い出していました。

一週間前まで、岐阜で5日間のグリーンウッドワークの合宿講座に参加していたのでした。そこで、割った木を、斧ではつるときに、はつりたい場所を「ねらうけど、ねらいすぎないこと」と教わったのが心に残っていて。

人類は斧という道具を使いだして、もう数千年経っているんだし、みんなのDNAのどっかにそのときの記憶が入ってるんだから、力まないでやれば、ちゃんとできるものなんだよ、というふうに言われて、やってみたら、前よりもずっと思うように斧ではつれるようになったのでした。

Img_3859 今回の岐阜での講座は、またしても、日がな木を割って、はつって、削って、樹皮をはいで、切って、編んで、おいしい手作りごはんをいただいて、みなさんとおしゃべりして。。というしあわせな日々。アメリカ・ウィスコンシン州から来てくださった、ジャロッドさん&ジャズミンさんに、1本の木から手道具だけでさまざまな生活道具をつくることを教わりました。森林文化アカデミーの久津輪さんとグリーンウッドワーク研究所の加藤さんが開催してくださった、One Treeという講座です。

山桜と朴と、実際は2本の木を切ってくださってあったので、その2本のいろんな部分から、お箸、まな板、ふた付き容器、ナイフの鞘、スプーンをつくっていきました。

Img_3869Img_3889Img_3921メインの道具は斧とナイフで、斧がますます好きになりました。ナイフワークも、ジャロッドさんのおだやかでていねいな指導のおかげさまで、前よりも体にやさしくやれるようになった気がしています。木工用ナイフでの作業のポイントが、また少し腑に落ちてきた感じがしていて、うれしいです。

Img_3953

Img_4039 いつものごとく作業が遅い自分は、お箸は1組の片割れしかできないし、まな板も最後まで完成せず、ふた付き容器もスプーンもみんなの半分の大きさ(おなじ大きさにしたら作業が追いつかないので)。。。でもそんなことも気にならないくらい、ものをつくるプロセスが楽しくて仕方なかったです :) 

ふた付き容器は、shrink potと呼ばれるもので、生木をくりぬいて筒にしたものに底板を差し入れて、生木の収縮を利用して底板を締めあげていくのです。最初はゆるゆるの底板が、毎日、筒の乾燥が進むにつれて締っていくのが、おもしろい。。!まだ乾燥が進み中なので、仕上げはこれからです。たのしみ。

アメリカ北部の先住民の方たちがかつてつくっていた箒(peeled broomというもの)の作り方もざっくり教わったので、これも近いうちにやってみたい。。。

Img_4017 生木の持つたくさんの可能性にわくわくします。木とまたもすこし、お近づきになれた気がしてうれしい。。。それから、グリーンウッドワークが好きなみなさんと、またもすこしお近づきになれた気がして、とってもうれしいです。

お世話になったみなさま、ご一緒したみなさま、ほんとにありがとうございました。。!(写真はみんなの作品の一部。本の形をしたふた付き容器を作った方もいたのです、かわいい!)。

***

講師のジャロッドさんのことは、元大工さんの、アメリカのグリーンウッドワーカーということ以外、何も知らないまま講座に参加したので、彼が実はウィスコンシン州のスペリオル湖(北海道よりも大きい、世界最大の淡水湖)の湖畔地域に住んで、ネイティブアメリカンのオジブウェ族(オジブワ族、チペワ族などとも呼ばれます)のコミュニティの中で長く暮らしてきた、スウェーデン系の方だったと知ったときは、うれしかったです。

ジャロッドさんは物腰がおだやかで、説明やデモンストレーションもていねいに、ゆったりと時間をかけて行ってくださるのが印象に残りました。それでいて、アプローチは科学的というか、「このようにする理由は、ここにある」ということも教えてくださり、同時に実用重視で、型ばかりにこだわるようなところはないのでした。興味深かったし、わかりやすかった。。。

ナイフ使いのベーシックを覚えた1日目、「目を閉じて、ナイフが材にどうあたっているかをゆっくり感じとりながらやってみて」と言ってくださったときのことが、心に残っています。体がおのずと刃と材の当たりを繊細に調整していることに、気づけるように、促してくださっていました。そのあとも、特定の作業のときに、「ここはゆっくりやってみて、時間をかけて」と言ってくださったりしてた。時間との付き合い方、ていねいな姿勢、そういうところが、私の中の”欧米人”の感じ(一般的な印象です、すみません)と違うなあと思いました。

作業工程を最初にやってみせるとき、予定どおりにいかないところがあったときも、「これは今手にしている材が、こういう材だっていうことだから」と言って、淡々と受け入れて、その材と関り続けていってらしたのも心に残りました。(「もし売り物用にものづくりをしていたなら、この材は使わないことにするかもしれない。。けど、今はみなさんも投げ出さずにこの材でやってみてほしいと思うんです」「むずかしいところはあるけど、美しい木だから」というようなことをおっしゃってた)。

Img_3904 Img_4117 Img_4018 彼のパートナーのジャズミンさんも、静かな雰囲気の、手仕事を愛してやまないのが伝わってくる方でした。インディゴブルーがとりわけ大好きらしく、藍染めに心を奪われているらしかった。ジャズミンさんには、樹皮の編み細工で、ナイフの鞘をつくるのを教わりました。とてもクレバーなデザインです。楽しかった!(右の写真は、ジャズミンさんが知らぬ間に完成させていた、桜の樹皮細工の筒。継ぎ目が美しい。。)

***

それにしても。。わたしは、ふだん黙々と暮らしてる時間が長いので、大勢の人とずっと時間を一緒に過ごすのは一大チャレンジだし刺激も大きかったりして、、、はしゃいでしまったり、落ち着きがなくなったりすぐしてしまって(涙)。いつでも淡々とマイペースでいられる人たちが、うらやましいなーと思うばかりです。こんなはしゃぎがちな自分でも、木とじっくり向き合って作業ができた時間もあって、そうさせてもらえたこと、感謝しています。

できないなりに、やらせようとしてくださり。。やや時間がかかっても自分でやってみること、発見していくことを、見守ろうとしてくださったこと、ありがたかったです。

ただ、自分ももっとほかのみなさんくらいに器用だったり握力・腕力があったらよかったのに、とやっぱり思います。そしたらもっと講座がサクサク進んで、みんながもっといろいろ学べたのかも、と思うので。。。。。

Img_3951_2Img_4009_2 今回の講座では、家で自分で続けていけるベースのところを、また少し、育てていただいた感じがしています。講座の時間内に完成したのは、スプーンだけだったけれど、作業のプロセスそのものががひたすらに楽しくて、シンプルな手道具と関わりを結んでいくうれしさがありました。スプーンの粗削りを終わりまで斧でやってみれたのも収穫でした(時間はめちゃかかったけど)。

つくったものが未完成でもこんなにうれしいのは、初めてかも。。。材と関わるときの心のありようとか、道具とのつながりを育ませてもらえたことが、今もうれしいです。

ジャロッドさんのつくる作品は、人柄を表してか、控えめな中に広範な研究心とこだわりと研ぎ澄まされた技術とがぎゅぎゅっとつまったようなものたちでした。ネイティブアメリカンの伝統工法のカヌーや橇、バスケットから、スウェーデンの昔ながらのスプーン、器、ふた付き容器まで、暮らしの中で生まれてきた道具の歴史も尊重しながらものづくりをされていて、深みがあります。

別れ際、握手してくださりつつ、唐突に「See you later」とおっしゃって、でもまた会う予定などなかったので私的には「???」でしたが、また会えたら、うれしいな、と思いました。今回は作業中の質問以外、お話がほとんどできなかったけど、もしまたお会いできたら、今度はゆっくりお話をお聞きしてみたい。。。

(ジャロッドさんの職人魂のようなものに、やっぱりぶっ飛ばされてもいるのだけれど、これもなんどもぶっ飛ばされているうちに、慣れるのかも。。。)

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2018.02.15

日常的な異界

Apollon 昨夜は相方と坂口恭平さんのレコ発ライブへ行ってきて、帰りの電車で熟睡。おうちに帰ってからまたやけにいっぱい眠りました。先月坂口さんの個展に行った後もやたらとぐいーっと眠りに引っ張り込まれたけど、この眠気はなんでせう。

坂口さんの絵も、うたの詩も、声も、旋律も、じかに心の特別な領域(顕在意識でない領域)にコミュニケートしてくれるみたいな気はしてるのだけど。

昨夜は、WWWという好きな箱(音がいい)だったせいもあってか、あー声が―!と何度も思ったし、一瞬は別の境地に連れてってもらった。言葉にしようがないのだけど、ああ、ここ、ここは、坂口さんだからこれるところ……と。

春風みたいにおだやかな幸せ感のある、普通ぽい(トラッドぽい?)旋律に、普通ぽいけど時にいっちゃってる詩が乗っている、そういうところが自分にとっては、今回のアルバム「アポロン」のツボどころでもあって。日常の中にぽっと異界が垣間見えると、なんか安心する。

アンコールで、1週間前に他界された、親友の石牟礼道子さんの詩に旋律をつけたものをうたってくださいました(生前の石牟礼さんと一緒に坂口さんがこの曲をその場で作って、ふたりで歌ったときのバージョン、ここで聴けます、とてもいいです)。そのあとボブ・ディランさんのA Hard Rain's a-Gonna Fall(坂口さん訳の日本語版)をうたってくださって。この曲はなんどもなんども聞いているのに、昨夜はじめて、この曲でうたわれてる「雨」の意味合いがくっきりしました。そういう曲だったのかー、と思った……。石牟礼さんの詩の中の「雨」と響き合ったからかな。

アンコール前のラストにうたってくださった「月のうた」という曲は、とりわけ詩が大好きな曲でなんども聴いてたんだけど、昨夜聴いていたら、去年夏に坂口さんの個展で、相方が生まれてはじめて「絵を買う」ということをして、その買った絵を持ってお堀端を歩いて帰った、あの夜のことが思い出されてきました。絵をつうじて、相方のお父さんやわたしのひいおじいさんのこと、いろいろが思い出されて。そういう長い連なりや目に見えない連なり、”現世”の外(貨幣経済や資本主義の世界の外)にあるものごとのことを、思い出せてよかった、と思ったあの夏の日のこと。

***

で、今朝は母方のおばあちゃんの持っていた小物雑貨が出てきて、それを「捨てないで!」と泣きながら言ってる夢を見た。その小物雑貨(お相撲関連の記念グッズ)を見て、とても懐かしい気持ちになって。おばあちゃんのこと、すごく思い出していました、夢の中で。

でもおばあちゃんは、いつもは生きたまま夢に出てくる。今年に入ってからも何度か出てきてくれたっけ。

お誕生日の日には、母が夢に出てきてくれました。一緒にバス旅行していた。1週間くらい前も、また母と夢で逢いました。なんかすてきなごちそうを食べていました(わたしだけ食べて、母はとなりでうれしそうに見ていた)。ごちそうの中に、プラスチック製のスイッチボタンみたいなのがあって(食べ物ということになっている)、それを手に取って口に入れようとして、「あ、これは食べちゃだめだ、帰り道がわからなくなっちゃう」と思って、食べるのをやめました。スイッチボタンの中央のスロットに文字が表示されてあって、それが帰りのバスの停留所の名前で。スイッチボタンはチケットでもあって。どこで降りるかはわかってるけど、乗る場所はあやふやだったから、これを食べちゃったら帰れなくなってたのでした。

おせち料理といえば、おととい、相方が起きぬけに「あなたのお母さんがおせち料理をつくってくれてる夢を見た」と言ってた……。

夢で逢えるっていいです。安心します。

相方のお父さんの命日に、みんなでお鍋を食べた夜、相方のお父さんも私の夢に出てきてくれたのも、ものすごくうれしかった。元気そうに、バレエを踊ろうとされていて、わたしもくるくるピルエットしました、9回くらい。相方のお父さんが夢に出てきてくれたのは、初めてでした。生前、私のことを受け入れてくださっていたのかどうか、わからなかったから(感情の表現が控え目な性格だったのもあって)、亡くなられた後もずっと、そこがわだかまりのようになっていたのだけど、今回夢で逢えて、大丈夫みたい、と思えました。

* * *

今朝は、おばあちゃんの夢のあと、もひとつ、すごいインパクトのある夢を見ました。今借りてるおうちの中に、7年間知らなかった部屋があったのを発見した夢。その部屋には恐竜の骨格がいっぱいならんでいて、骨格の上に土がうっすら積もっていて、遊びにきた(み)ちゃんがそこを見つけて、入っていったのが、いつもいる部屋の側から見えて、「どうやって入ったの!?」と声かけると「向こうから回った」と。で向こうへ行くと、大きな開口部があって、そこから真下に3メートルくらい下がったとこに、土の地面の巨大なキッチンが。このキッチンの部分は今の家の天井まで吹き抜けになっていた。

下のフロア(というか地面)に降りる階段などはなくて、(み)ちゃんは側面にあった棚の引き出しを少しずつ引き出してそこを足がかりにして降りたらしかった。相方と私も降りてみた。

「この家のメインキッチンはこっちだったんだ!今使ってるキッチンは簡易キッチンだったんだ!」と思いました。桁違いに大きなキッチンでした。でもそのキッチンから180度振り返ると、今使ってる部屋の床の下にあたるところ(吹き抜けになっていないところに)さらに空間が広がっていて、そこに大きな横長のソファが3台。

ソファにはチベット仏教の柄(?)みたいな、知らない文字のようなものが入った柄の布がかかっていて、どうやらこの空間はなにか宗教団体(?)のリトリートとして使われていたようでした。サイドテーブルのひとつには、封が開いたままのおせんべいが残されていた……。

* * *

意味不明だけどわけありな感じの夢だなーと思いました。心の奥底に何かがあるな、と。

顕在意識に入ってきていない何かがあるよ、と夢はいつも教えてくれる。こないだはものすごい剣幕でシャウトして怒っている夢をみたのだけど、英語でシャウトしていて、なんで英語になるかなーと思ったけど、相方によると、わたしは定期的に英語で怒鳴ってる夢を見るらしかった。英語圏で暮らしていたときの自分が、まだ心の奥底にいるみたい。そこから、まっとうなアジア人にあこがれて、努力してきて、英語圏に越す前の、テンポ遅めな自分を無事思い出すこともできて、今の自分にはもう英語圏に暮らしてたときのようなところはないように感じているけど、まだちゃんと居る。

もうここにいないと思っている人も、もうここにいないと思っている自分も、ずっとちゃんと居るようです。

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2018.02.07

手仕事がくれること&ミルクスツールプロジェクト(2)

Img_3145Img_3146_2 友達の(エ)さんがつくってくれたこの白いお皿がほんとーうにお気に入りになっていて、使わない日がない、というふうです。

泡みたいなもようがぽよよんと入っていて、ぽってりした輪郭がかわいくて、だけど全体に厚ぼったくなくて、持ったときのバランスもよくて、とても使い心地がいいのです。(うちにやってきてもらって、2か月使ってみての、実感です)。

彼女のとこでランチをごちそうになったときに使われていたお皿に一目惚れして、その場でわたしにもつくって、とお願いしました。そのときは事情あって作陶がすぐにできる状況じゃなかったので、いつになるかわからないけどいい?と言われ、ぜんぜんオーケーと気長に待っていて。届いたのは9か月後くらいだったかな?

このスローなデリバリーテンポもまたいいもんです。お皿のサイズは、わがやの手づくり食器棚にぴったり入るサイズにお願いできて、それもまたとてもうれしいことでした。

こういう、使い心地よくて目にもうれしい、毎日使うのが楽しい身の回りの手づくりの道具って、ぐっときます。

自分もそういうものをつくれるようになりたいな。。と切に思う。。!

(前は、多少ZP=残念ポイント=欠陥や癖があっても、それを踏まえてケアしながら使うっていうのもありだよなーと思ってたのだけど。やっぱりストレスフリーに使えるっていいし、いいデザインってそういうものなんだなーと思うようになりました)

しかし家のことと生活費稼ぎの仕事とで手一杯で、木削りの勉強と実践の時間がなかなか。。。なんとかほそぼそとでも続けていきたいー。

木と親しんで、木との豊かなつながりを取り戻して、自然の大きな輪のなかの一員として、木だけじゃない多様な種や存在のみなさんと一緒に、思いやりとわかちあいの気持ちをもって、生きていくです。

明日は偶然ツォルキン暦の新年にあたる日だったので、改めて意図を宙に放ってみました :)

* * *

Img_3008_2 最近の自分の手仕事は、このサクラの板と檜の枝のミニミルクツール。11月初旬にパーツをつくって、座面の乾燥具合を見て、12月に穴あけ&組み上げをしたものです。

Img_2748_2

パーツは、座面はグリーンウッドワークのお仲間の(は)さんにサクラの丸太を4.5センチ厚にチェンソーで挽いていただいたものを、(は)さんちのお庭で削り馬&ドローナイフでなめら かに成形したもので、脚は檜の枝をドローナイフ(銑)で成形したもの。ほんとは南京鉋で仕上げるとさらにつるすべになりそうだけど、持ってないのでドローナイフだけで仕上げました。

Harasanchi

南京鉋もいつか欲しいな、と思いつつ、マイクさんから譲ってもらったドローナイフの使い心地が今も好きすぎるのと、ドローナイフだけで仕上げた最初のダイニングチェアの手触りもお気に入りなので。。。南京鉋やサンドペーパーはまだ探求するに至ってないのでした。サンドペーパーは必要性がいまひとつわからない、というのもある。。

Img_2799_3 座面の端のほうに虫食い穴があったので、そこを落としていったら、ミニサイズになってしまったのでした。。

今は使い心地を自分でモニター中。脚の檜がスポルテッド材だったので、強度への影響が未知数なのです。けども今のところ愉快に使えています。

板材の扱いは初めてで、おもしろかった。。またチャレンジしてみたいです、小さいものから。

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