2018.06.22

一生き物として。。

うむー忙しい。。。仕事がどんぶらこっこと川をくだって次から次へと(?)、な日々です。フリーランスはこの川の流れの緩急だけは、自分でどうこうできないので、、この現象を興味深く眺めつつ、がんばっています。

このとこ唯一の息抜きはワールドカップの中継を見ること。今日はどこのカードが見れるかな、と毎日楽しみに見ています。おそらく猫科の血が入っているから(?)か、みんなが玉ころを追いかけてるのを見てるだけ楽しい、というようなところがあります。

わけもわからずサッカー雑誌を眺めていた小さいころの自分も懐かしい。。。当時拾ってきたねこ(両親から飼ってはいけないといわれ、内緒で物置にかくまい、ミルクを運んだりしてましたが、当然すぐにバレて、怒られた)の名前を、ドイツの選手の名前からとったりしていたこと。。。

* * *

今月に入ってから、自分にとって大きなことが重なったので、最近内向きなのも仕方ないことだと、日記を読み返して気づきました。

ねこの(ち)ちゃんのお見送りと旅立ちの直前には、存在を知ってからここ数年、ずっと大好きだったナキウサギに「もしかすると会えるらしい」と教わって、相方の仕事に合わせて北海道へ行っていました。”ナキウサギを求めるみなさん”(ネイチャーガイドさんいわく笑)が会いにでかけるという岩場へ案内していただいて、10分くらいそこにいたら、声が聞こえた。声が聞こえたってことはいまここにいるんだなあと思って、うれしくなって、姿は見えなかったけど、それで満足して、あとは苔や草花、樹木や地形について道々教わりながら、登山道の入口まで戻ったのでした。

入口まで戻ってきたら、ガイドの(あ)さん(Boreal Forestという屋号で活動されています)が、突然動きがスローモーションになって、後ろ手に小さく手招きしはじめて。見ると、車道にほど近いガレ場の斜面に、びっしりと苔や山野草や木々が生えているあいだに、ちょこなん、と座っていました。あまりに小さい(手のひらにのるくらいの大きさ)し、環境に溶けこむ毛色で、ぱっと見は、わからないほどなのに、(あ)さん、すごかった。

Dsc01568 じいっと、苔むした小さい岩穴の前に座って、しばらく身動きせず。。車道を車が通っても、岩穴に引っ込んだりもせずでした。こちらもしばらくじいっと身動きせず。そうやってどれくらいいたかな。。

Dsc01595 やがてぶるっと毛をふるわせたり、頭を後ろ足で掻いたりしだして、それから目の前のものを何かもぐもぐ食べたりしだした。そのうち岩場の斜面に登りだして、登りながら苔を食べたり、元気にたたっと苔の上を走ってこちらのほうの草を食べたり。のびのびと「自分事」をしだしてくれました。そうやってかれこれ30分近く、岩穴の外で過ごしてくれたのでした。びっくりした。。。

Dsc01583

ナキウサギは氷河期の生き残りと言われる繊細な野生動物だし、この国立公園はナキウサギの生息地としての限られた条件がそろう貴重な場所だし、、むやみやたらに会いにいこうとしてはいけない、と思ってきたのだけど、会う前からなぜかとても好きだったので、実際に会えるとやっぱりうれしく、、、なんだか変性意識状態(興奮状態?)が続いて、そのあと何日も地に足が付かない感じでした。。。

20年ネイチャーガイドをしてきたという(あ)さんも、こんな長いこと見ていられたのは初めて、とおっしゃってたほど、とにかく3人とも悠長にそこに突っ立って、眺めていました。後のほうではそっと動いたりおしゃべりもしたりしたけど、最初のほうはとにかくじいっとしていた。

後であの時間を振り返ってみて、ワイルド&ネイティブの(か)さんに以前教わった、自然の中に入ったら20分ほどじっとしてると、最初に乱した場の気が落ち着いて、ほかの生き物たちが自分事をしだす、というのを、思い出しました。渦中ではそんなこと忘れてたけど、期せずして実践してたのかもしれんかった。

少し前に、ナキウサギのために活動している自然保護団体の方々の会合に参加して、ナキウサギの暮らしや生息地のこと、観察に行く場合の注意点など教えていただけたのも、もちろん大きいことでした。ナキウサギの観察と生息地の保護活動を長年続けてこられている団体で、生息地を分断する自動車道の建設を食い止めてきたりもしているすごいみなさんなのでした。「ナキウサギふぁんくらぶ」というやわらかい名前だけど、すごい団体で、代表の市川さんもほんとにすごい方。物腰もやわらかで自分は前に出ない、そういう方なのだけど、芯がほんとうに強くてゆるぎない行動派でいらっしゃって。(ナキウサギふぁんくらぶの経緯はこちらなどに詳しいです。ナキウサギふぁんくらぶのサイトはこちら。)

ナキウサギと会ったあとの帰り道、相方と2人で宿までの車道を歩いていたら、キタキツネにも会いました。なんでこんなところに?と驚いたのだけど、後で地元の人に聞いたら、ここのキタキツネは人からごはんをもらうことに慣れていて、車をとめるとそばにくる、とのこと。

同じ状況は帯広の公園のエゾリスにもあって、人を警戒することがなくなって、車にひかれたりする個体が増えていると、後で帯広のアイヌ民族文化情報センターの人から聞きました。

然別湖に棲む天然記念物のオショロコマという魚も、いろんなものをもらって食べているらしかったのが気がかりだった。。ここのオショロコマ(ミヤベイワナというオショロコマの亜種)は本来はプランクトンしか食べない魚で、そのために特殊なエラをしているので、雑食になったらこのエラが退化する可能性がある、と教わりました。(ミヤベイワナについては、こちらがくわしいです)。

ナキウサギは今のところ人からごはんをもらってはいないようだけれども、、、野生動物と人とが、なんらかの形で接するということについて、改めて、考えてしまいます。自分も接しようとした一人として。

お互い、生き物として、影響を与え合うのは、必然だし自然なことだとは思うし、それぞれの都合もあるわけだけど、どうするとお互いの生き方をじゅうぶんに尊重できるのかな。。。

相手の生き方について、知ることができるきっかけとか場とかがあると、いいんだろうな、とは思うけども。。

| | コメント (0)

2018.06.13

無言の行動で

ねこの(ち)ちゃんをお見送りしたときに持参したダウンのひざ掛けとウールのストールを、実家に忘れてきた!と思い出し、送ってもらうようにお願いしてたのが、さきほど届いて、包みを開けたら、父からの「岩合光昭のねこ」のハンカチが入っていました。

わたしはねこグッズが特に好きなわけでなくて(実在する、家族だったり知り合いだったりするねこが好きなだけで)、なのでちょっと微妙な気持ちでハンカチを広げてみたら、そこに写っていた2匹のねこのうち1匹が、亡きにゃみちゃんによく似ていて、なんかうれしかった。。。

うれしい、と感じたのが意外でした。

にゃみちゃんが、今回のことで気がふさいでる自分に、向こう側から気を送ってくれたサインのような気もした。

昨日の晩も気がふさいで、なぐり書きをしながら眠気に襲われて、そのまま寝たのでした。こんなこと↓を書いてたから、にゃみちゃんまで、わかりやすくサインを送ってくれたのかも、なぞと思う。まだ一緒にいるよ、いなくなっていないよ、とでもいうように? ねこのみんなはいつも、行動で示してくれるもんなあ。。。現実でも、夢の次元でも。

* * *

久しぶりに自転車で商店街まで走った午後

この世界にもう(ち)ちゃんがいないことがしみしみと感じられて

さみしさが、やってきた

ねこ族を家族に迎えてから34年

とうとう最後のねこ族の家族が旅立って

うちの家族の中に、ねこがいなくなってしまった

資質も姿も三者三様だったねこのみんなは

それぞれ18年、24年、23年、一緒にいてくれて

どんなにかお世話になってきたことか

それはもう、みんなに感謝しかありません

この先、ねこのみんななしでやっていけるのか、自信がないな。。。

でもいつまでも頼ってばかりいてはいけない、とも思う

生き物として、自分も、成長しないといけないよ、と

でもほんとうに、もう無理だよ、もう限界、という気分もあって

いつもなら、なぐさめになるはずの音楽さえも、受け付けず

仕事も山積みなのに、やる気も出ず

今はただ、眠っていたいような気分で

だめにんげんだなあ。。。

ここから見ると、人の世は、はなはだ浅はかに見えて

みんな一生懸命なんだなあってわかるけど

でもわけがわからない

わけなんてないのか。。。

ねこのみんなは

紐の一端を握ってくれていたかのようでした

迷子にならないように

この世がわけのわかる場になるように

ほかにはなんにもいらない、となんどもおもった

外の世界の全部

正直になれば、もともこもないくらい

ただただ頼りにしていたんだな

近くにいるときも、遠くでも

いつでも必ず、こたえてくれてたね

ありがとう

***

平常の意識の(ち)ちゃんと最期に会ったのは、ひと月前くらいに実家に寄ったときで、その数日前にごはんをあまり食べなくなっていると父から聞いていたので、だいじょうぶ?と聞きにいきました。本人は大丈夫そうにしていた。

で、大丈夫そうだけど、もしなにかあって、ケアが必要になったりしたら、うちに引き取りたいと思ってたので(兄ファミリーがずっとお世話をしてきてくれてたけれど、それ以上のケアが必要になった場合、義姉はねこアレルギーがあるからきびしいと思って)、(ち)ちゃんにそのとき、「大好きだからね、いつでもうちに来ていいからね」と声をかけたら、(ち)ちゃんはゴロゴロ喉をならして、わたしの手の甲と指をぺろぺろ舐めてくれました。

(ち)ちゃんに急な症状が現れたのは、金曜夜で(でもたぶん金曜朝から金曜夜まで同じ場所にいたらしいので、おそらく発症は木曜深夜から明け方かと)、木曜は母の命日でした。

その木曜日に、母が亡くなってからも実家で兄ファミリーと同居を続けていた父が、生活のメインの拠点を別宅のほうに移したい、それに伴って(ち)ちゃんを別宅に連れていきたい、と兄ファミリーにメールで伝えていたことを後で聞きました。

姪っ子や甥っ子は(ち)ちゃんをかわいがっていて、兄ファミリーとしては、(ち)ちゃんを別宅に連れて行くのだけは保留にしてほしいと返事をしたそうでした。

そんな中で、(ち)ちゃんの両脚の麻痺が起きました。血栓症の突然の症状で。

(ち)ちゃんは、父も、兄ファミリーも、どちらも大切に思っていたからこそ、どちらの側に行くわけにもいかない、と思ったんじゃないだろか。。。そう思えて仕方ありません。脚が動かなくなる、ということにもそれが端的に表れていたように思います。

亡くなる最期の晩、深夜に乱れた呼吸で力をふりしぼって、麻痺した後両脚をひきずりながらずり這いしては倒れ、しばらく休んでからまた這っては倒れしながら、彼女が向かっていこうとしていたのは、まず、父の部屋でした(父は別宅にいて不在でした)。父の部屋への引き戸の敷居をまたぐあたりまで行って、こんどは逆向きになって、反対側にある、階段へ向かうドアの方向へ(階段の上は兄ファミリーのみんなが眠っていた2階フロア)、同じように這っては倒れを繰り返しながら、向かっていました。

暗く涼しい所に行きたいという欲求だけで、ずり這いを繰り返していたのだったら、父の部屋の方向にたまたま向かっていただったら、そのまま部屋に入っていけばよいことでした。敷居はほぼバリアフリーだったし、フローリングは同じようにひんやりしていたはず。。

身動きがあんなに大変なときに、わざわざ逆方向へ向きを変えて、階段の方へとずり這いしていったのが、偶然だったとは思えずにいます。体の逆の側面を下向きにしたい、という欲求で、逆向きになった、ということも考えられるけど、それならその場で左右の向きをかえればよいことで、後脚と頭を入れ替える形で逆向きになるほうが大変です。(実際、階段へ向かって這っていく長い過程の中で、左右に向きを変えてはいました。となりで寝ていたわたしのほうを向いたり、壁のほうを向いたり。壁のほうを向いたときには、わたしは(ち)ちゃんの背中に愉気をしていました)。

最後は、階段へ向かう入口(開け放してありました)まであと少しのところで、こちら側を向いて、息絶えました。

ねこは死ぬときにはひとりになりがたる、と言われるけれど、それは違う、涼しい地面、涼しい場所を探しているだけで、旅立ちのときは家族と一緒にいるほうが安心する、と書いてある記事を、後になって読みました。(ち)ちゃんが、あんなに息苦しいなかでとった行動を振り返っても、わたしたち家族に最後まで、心を開いてくれていたような、気がしています。

まあ、ほんとのところは、本人のみぞ知るところだけれど。。わたしはやっぱり、ねこのみんなのやさしさの深さに、いつも驚かされて、いつも助けられてきて、ただありがとう、としか思えないです。

| | コメント (0)

2018.06.10

猫の(ち)ちゃん、旅立ちの日に

いろいろなことがあって、書きたいことがたくさんあるのだけれど、書くゆとりがない日々が続いていました。なぜかすごく、忙しかったり、地に足が付かない感じが続いてたり。。。

でも今日は、書かずにおれなかった、今日のこと。

Chobi 実家の猫の(ち)ちゃんが、今朝明け方、旅立ちました。

23歳でした。

でも、よほど23歳には見えないほどツヤツヤな毛並みときれいな表情の彼女だったので、わたしはてっきりまだ16歳くらいだと思い込んでいた。避妊手術でお世話になった動物病院のカルテに、避妊手術を受けたのが95年とあって、今回改めて彼女が23歳になってたと悟りました。

でもほんとうに若々しい姿だったので。。つい昨日まで元気に一緒に遊んだりしていたという(ち)ちゃんが、急に失禁して後ろ両足がだらんと麻痺した状態になっている、と兄から電話をもらったときも、もしかしてもしかするかも、とは思ったものの、まだまだ若いしなんとかなりそうに思えたのでした。

それで、兄にはとりあえず、お世話になっている動物病院の夜間急患対応のところに電話をしてみては、と提案しました。私の心づもりとしては、電話で容態を説明して、家での対処方法を教わって、それを家で実践したらどうか、と思ったのでした。

兄にそう伝えてから、わたしは久しぶりの遠隔愉気を試みました。以前友人のわんちゃんがしんどかったときにやった以来やってなくて、できる自信があんまりなかったけど、わたしが実家にいたころ、紙袋に入って我が家にやってきた(ち)ちゃんは、私が実家を出てからは一緒に暮らしてないけどでもやっぱり大切な家族なので、やれることはやりたい、と思った。

それでやってみると、なんかあついな、と思いました。友人のわんちゃんは遠隔愉気をしたときに眠った、と感じたのだけど、(ち)ちゃんは眠ることはなく。それでどんなことを今(ち)ちゃんが望んでるかなーと、聞いてみると、暗いところに居させてほしい、、お水だけ置いておいてほしい、という感じでした。

この後兄に電話をして、どうなったか聞いてみると、いつもの動物病院は夜間の急患対応をしてなかったので、別の病院に連絡をしたら、後ろ脚の麻痺は血栓の可能性が高いから、血栓なら早めの対応が肝心、ということで、今その病院に向かっているところ、と。それでちょっとびっくりして、(ち)ちゃんの暗い所でじっとさせておいてほしいというのとは正反対になってしまったな、と思いつつ、でも血栓なんだったら早い対応で助かるのならよかった!とも思ったのでした。

(ち)ちゃんはその夜、病院で検査を受けて、血栓が見つかり、それと肺にたくさんの腫瘍があることもわかりました。血栓に対処するための注射を打っていただき、脱水症状もあったので点滴もしていただいて、家に帰ってきたとのことでした。先生からは、翌朝かかりつけの動物病院へ行って、今後の方針を検討するといい、とのこと。

その晩は(ち)ちゃんの容態はかなりきびしかったらしく、兄ファミリー一家(とくに姪っ子)は一晩寝ずに看病をして、(ち)ちゃんの体温を上げるよう温めて、翌朝一番にかかりつけの動物病院へ行ったのでした。そこで点滴の注射とステロイド注射を打っていただいて、翌日また行くことになったのでした。

わたしはその朝、家を出て実家へ向かい、動物病院から帰ってきた(ち)ちゃんに会いました。ステロイド注射を打ってもらっていたせいか、前の晩よりもかなりしっかりとはしていて、でも何も食べられず、水だけはたくさん飲みました。そして呼吸が浅く、速かった。

後ろ脚の麻痺の原因になっている血栓は、全部をふさいでいたわけでなく、血流はわずかに通っている、という朗報を受けて、脚のマッサージと脚の付け根をあたためるとよいという先生のアドバイスどおり、みんなでかわるがわるマッサージして、カイロをタオルで包んだものを両脚の間に挟みました。

ただ、わたしも最初に脚を手で包んでマッサージしたときには、(ち)ちゃんは顔をふりむけて、わたしの手の甲におでこをこつんとつけてしばらくじっとしていたので、気持ちいいのかな?と思えたのだけど、次第に、マッサージから逃げるようなそぶりを見せるときもときどき出てきました。

そして前足でずり這いをして、部屋の隅の暗がりのほうへ、少しずつ、行きたがりました。

部屋の隅の暗がりへ行きたがるのは、前に他界した猫のにゃみちゃん(24歳)の最期の日にもあったことです。にゃみちゃんのときは、そのまま本人が行きたいところに行ってもらって見守りました。部屋の中を転々と、移ってはしばらく横たわるを繰り返し、最後は自分からいつものベッドへ、力を振り絞って上がってきて横になって、旅立つまでそこで過ごしました。

(ち)ちゃんは、脚をあたためていたカイロを置き去りにして、どんどん暗がりのほうへ移っていき、ついには裏口のたたき(コンクリの)の上に横になったので、さすがにそんなところに横になっていたら、ただでさえ異常に低くなっている体温が下がってしまう、と、みんなで心配して引き上げたり、たたきにカゴをおいてその中にはいってもらったりしました。

「体温が下がっているので、あたためること」というのが動物病院からのアドバイスでもあったのでした。

血栓で両足麻痺になった猫さんが回復して半年生きた、というブログ記事を見つけたこともあって、回復に向かっての対応を、わたしも一生懸命していました。

カイロでは重たいから脚を圧迫してつらいのかも、と考えて、ペットボトルにお湯をいれてタオルでくるんだものを、背中やおなかのそばに置くように切り替えたけれど、(ち)ちゃんはそれでもやっぱり、それらを置き去りにする形で場所を移動したがるのでした。上にかけていた軽いウールのストールも、置き去りに。

温まりたくない、と、彼女は行動で示していました。

それなのに、そのたびに、またペットボトルゆたんぽをあてがってストールでくるみ、そうやって丸一日すごし、そのまま一晩すごし、今朝の明け方、ふっと彼女の呼吸が変わったのに気づいて。それまでもとても呼吸が早くて、しんどそうに胸を上下させていたのだけど、とつぜんその胸の上下動がなくなって、口を大きくひらいてカッと息を吸ったかとおもうとじっとして、しばらくのあいだ口を開けたままゆーっくり吐いて、またカッと吸っては、じーっと長い時間をかけて吐く、というふうになりました。

一度吸ってから、次に吸うまで、とても長い間があって、もうこれで息がとまってしまったのかも、となんども思うほどでした。

みんなで見守って、今は目は見えてなくても(もうまる1日半、目は大きく見開いたままで閉じられることがなく、目の前で手をかざしても反応がなく、ものが見えていないようでした)耳は聞こえているはずだから、と声をかけたり、手を握ったりしました。

もうこれで最期だとみんなわかって、ありがとうね、と声をかけて。そして(ち)ちゃんは旅立ちました。

* * *

お別れの後で、かかりつけの動物病院でステロイドの注射をしてもらっていたことをはじめて聞いて、ちょっと気になって後でステロイド注射についてネットで調べていたら、こんな記事に出くわしました。

高齢猫の安らかな最期のための留意点と動物の来世

この記事で紹介されている本の中に、「猫はからだが弱って体温が下がってくると、風呂場のタイルなど冷たい場所にからだを横たえようとします。そんな時、飼い主としては『からだが冷たくて寒いだろう』と気遣って、温めてやりたくなります。しかし、温めると猫は喜ぶどころか非常に嫌がります。冷たいところで寝ているほうが気持ちがいいようです。からだが弱っている猫は、自分の体温を下げることによって、エネルギーの消費を最小限に抑えようとしているのかもしれません」とあって、(ち)ちゃんの姿とだぶりました。

確かに、(ち)ちゃんは温められるのを嫌がっているようだった。。。

ひんやりした場所にいることで、そのままゆっくりと衰弱して安らかな死を迎える、それが高齢猫本人がたどりたい道であるらしいこと。心のどこかでは知っていたこのことを、はっきりと伝えてもらって、また涙が出てきました。。

(ち)ちゃんの最期をつらいものにしてしまった、と。。 でも回復してくれるに違いないと、こんなにツヤツヤの毛並みで、血液検査の成績もいいのに、と、どうしてもあきらめきれなかったのも事実で。。逆向きの、回復へ向けての応援をしてしまった自分たちをいま責めても、(ち)ちゃんは喜ばないだろうことも、わかります。

もうひとつ、この記事で紹介されていた本にあった「動物は坂道ではなく階段を下りるように衰弱する」という記載も、とても腑に落ちるところがありました。つい昨日まであんなに元気だったのに、なぜ急に、というのが、にゃみちゃんのときも、その前の(し)ちゃんのときも、今回の(ち)ちゃんのときも、あった。それぞれ24歳、18歳、23歳の高齢猫だったわけですが、高齢猫の場合は、最期をなるべく楽に自然にしてあげることを考えてあげるやさしさが必要なんだな、と改めて思いました。

本人の希望があんなにもはっきりとしているときは、そのとおり、ひんやりした場所にいさせてあげたらよいんだな、ということ。。。

(ち)ちゃんの場合は、最初に遠隔愉気をしたときから、暗いところに居させて、というメッセージをキャッチしていたのに。。。自分の家族のこととなると、どうしても自分の望みが強く出てしまって。。。

ごめんね、(ち)ちゃん。次に会うときには、もっと一生き物として成長して、あなたと会うって、約束します。猫族のみんなにも、約束する。

だから、許してね。そしてきっとまた会おうね。大好きだからね。。今まで、ありがとうね。うちのみんなに、よくしてくれて、ほんとに、ほんとに、ありがとう。こんなにやさしくて、天然でおもしろくて、耳と目が大きくて口元はキュッとしている美人さんは、なかなかいないと、23歳なのにこんなにツヤツヤ毛並みな猫は、なかなかいないと、心底そう思うー。会えて、うれしいよ。

と書きつつ号泣してたら、久しぶりに野ねこのまごちゃんが、戸をノックしてくれた。。。まごちゃんの察知能力、ハンパない。。そして今夜ばかりは、まごちゃんと一緒に(ち)ちゃんがここに来てくれてるように感じます。ありがとう。まだ明日がお葬式なので、いましばらくは近くにいてくれてるんだろうなって、思う。。

と書いてから久々にSNSを開いたら、一番上に出てきた思い出し機能によるポストが、(ち)ちゃんの写真。母が他界した夜に実家に泊まったとき、眠れないでいたら、(ち)ちゃんが添い寝しに来てくれたときのことでした。。。。。びっくりしたし、(ち)ちゃんが、まだそばにいてくれてるサインだなあ、とまた涙出てくる。

| | コメント (0)

2018.01.31

ひまわりの種

Img_3318_2 「猫の額庭」にくるシジュウカラのみんなが、「ひまわりの種がもうないねえ」と話している気がして、今日は近所にある、古い店構えの小動物用品店へ自転車を走らせました。

いつも店先の一番目立つところに積んである、なんのラベルもないただの透明のビニール袋にどさっと入ったひまわりの種を1袋もってレジへ。

おじさんは「だれにあげるの?りす?」と言うので、「いえ、シジュウカラです」と言ったら、すぐさま思い出したように「そうだね、シジュウカラだったね!」と笑顔に。野鳥にあげる、と聞くといつもおじさんは特にうれしそうな顔をする。。

おじさんとこのひまわりの種は1袋300円なのにどっさり入りすぎていて、一度買うと、次に買うまでしばらく間があくから、そのあいだにおじさんの記憶はちょっとあやしくなるようだったけど、すぐ思い出してもくれるのでした。

「お代は3万円です」などと冗談をおっしゃって、わたしの300円を受け取られた。

こないだホームセンターで見た、市販のきれいなパッケージに入った小鳥用ひまわりの種は、280円くらいでおじさんとこの半分も入ってなかったのを思い出しつつ、お支払い。。。

「また買いに来てね」と言われて、「はい、それまでおじさんもお元気に」と言ったら、「いやあ、もういつまでもつか、わからないよ」と笑いながらおっしゃった。

おつりをくれたときのおじさんの手指が腫れぼったかったこと、ちょっと気になった。。。

前に、わたしの自転車を見て、若いころは僕も自転車が好きでねえ、こんなのやあんなのに乗ったんだよ、と話してくださったことがあったっけ。

控え目なのにおちゃめなおじさんは、こじんまりとしていて空気の通りも悪い、このお店の奥で、カウンター向こうのせまいすきまに座って、ラジオを聞いている、たいてい。

おじさん、好きなスポーツ自転車に乗ってぱーっと風の中を走ったりできたらよいのになあ。。

と思って、すぐ、異種間コミュニケーターのアンナ・ブレイテンバックさんから前に教わったこと、思い出しました。

動物園の動物に対して、不憫に感じたりした場合に、こうするといいですよ、と教えてくれたことなんだけれど。

不憫の気は、ほんとうに不憫な境遇にいる動物にとって、さらに負担になっちゃうから、快くてほっとするような気で自分を満たしてから、それを相手の頭上めがけてアンダースローで放り投げるようにしてみましょう、と、うろ覚えだけど、そんな感じのことでした。

これを応用してみると、私自身が、その風の中を自転車で走ってるときみたいな爽快感、愉快感、快適さを思い出して、その感じを自分の心身全体にめいっぱい満たしておいてから、それをほいっと、おじさんの頭上めがけてアンダースローで放り投げてみたらよいのかな。

受け取られるかどうかはわからないけども。。

* * *

で、気ってやっぱり、そういうふうに作用するんだろう、となんとなく確信する。

Img_3582 こないだ行った坂口恭平さんの個展で、やっぱり、500枚の原画の束を1枚ずつ繰ってみていくうちに、だんだんごはんをもらってる感覚がやってきました。

来場者が増えてきたので、相方が見ている束のほうへ移動して、相方が繰っていくのを隣で見はじめたんだけど、次々と自分の前に絵が差し出されてくる、それが、次々と料理の乗ったお皿が目の前に置かれるのとちょうど同じような感じになっていって。

しまいには、わんこそば状態で、ちょっとくらくらした。

今回は坂口さんにお目にかからずに帰ってこよう、と思って、ほんとに絵だけ見に行こうと思ってたのだけど、絵の枚数がありすぎて、見終わらないうちに坂口さんがギャラリーにやってきてしまって。ご本人がいらっしゃるとまた、うたもうたってくださるし、もうたいへんです。

んで、あんまり長居せずに、帰ってきたのだけども。家に帰っておゆうはんを食べた後、久しぶりにぐったりしてソファでがっつり宵寝しました。強制終了かかった感じで。

たくさん宵寝したのに、夜もしっかり眠って。そしたら翌日から、なんか、関心と興味のアンテナがまたちょっと働き始めた感じになって、しんとしてるようで心の奥のほうではなにか動き出してるような感覚が来ていて。

あのぐったりは、好転反応みたいなものだったんだろか、と思うにいたりました。

やっぱり気の交感っていうのは、あなどれないんじゃないだろか、と思う。。

坂口さんの絵、ひまわりの種と同じくらい、1粒万倍、なところがありそうな。。?

もすこし、ここらへんのことを大切にしながら暮らさないとだなあ、忘れっぽいじぶん。



| | コメント (0)

2017.09.11

耳を開いて眠る

忘れないうちに、書いておきたかった。。

Img_2055 こないだ(み)ちゃんに誘われて初めて行ったキャンプ場は、国定公園の中にあって、ちいさな湖とその向こうに山々があって、湖畔は草がきれいに刈ってあってふかふか。少し行くと森の中を歩ける遊歩道も整備してありました(写真は対岸から私たちのサイトを見たところ)。

大きなネムの木の下にテントを張らせてもらって、タープはネムの木と、反対側のモミ(?)の木に綱を渡して張らせてもらいました。

あたりに車道がないので、とても静かでした。車の音は、このキャンプ場にやってきた車からだけ。車は駐車場までしか入れなくて、サイトにはねこやリヤカーで荷物を運ぶようになっていて、それもよかった。

こんなに静かで車の音のしないキャンプ場は、大島のトウシキキャンプ場以来で、本土では初めてだったかも。

Img_2039 金曜夕方について、焚き火をゆっくりして、ごはんを食べて、ほぼまんまるのお月さんが空に上がった頃に、早めに寝袋に入りました。

眠りに落ちてから、ずうっと、あたりの鳥や虫たちの声や、風の音、木々の葉っぱがゆれる音、葉っぱが落ちる音が、ほんとうにほんとうに鮮明に聞こえていました。

でも、ずうっと聞こえていたってことは、寝てたんじゃなくて起きてたってことじゃないか?と、翌朝起き出してからハッとした。。。でも感覚としては、眠っていた感覚でした。すごく深くリラックスしていて、これはもう自分は眠っているのに間違いない、という感触なのに、まわりの音はずうっと聞いていた、という。。。

なんだか不思議な体験でした。とても、満たされていました。

明け方になって、テントの外に出たらタープの端に小鳥がとまっていて、そのむこうに猫がいて、ちょうど小鳥の背中の上に猫がのっているかのような構図になっていたので、おもしろくなって写真をぱちりと撮った、という夢をみました。これはあきらかに夢だった。小鳥がいやにアニメみたいな、イラストみたいな、輪郭をふちどりされた鳥だったから。

で、夢を見た、ということは、明け方は確実に眠ってたんだな、と思いました。すごくリラックスしていたとはいえ、徹夜したわけじゃなさそうで、よかった、と。

ふだん、たまに寝付けないときは「眠れないな」という自覚をもつし、なんとか寝ようとしたりいろいろすったもんだするのだけれど、そういったすったもんだは皆無だったし、だいたい「眠れないな」という意識もみじんもなくて、すっかり安らいでいました。眠っているのと同じくらい。。 そして同時にいろんなふしぎな鳥の声とか虫の声をじいっと聞いてもいたのです。

すてきな夜でした。

+ + +

翌朝はみんなより早起きして火を起こしてお湯を沸かしました。蚊がいたので、焚き火を蚊よけに。。

そのうち起きてきた相方は、ギターでアイルランドの古い曲をつまびいて。そしたら小鳥たちがにぎやかに歌いながら上空に集ってきて、そのうち一羽のハクセキレイはわたしたちのテントの脇のモミ(?)の木のてっぺんに止まった。

Img_2049_3 モミの木のてっぺんに止まる小鳥の姿って、まるで絵本に出てくるようにかわいかったです。ハクセキレイは声もかわいくて、たまりません。大好き。

湖は風の通り道に応じて水面に鑿で彫ったような波紋をつくっていて、その波紋が立っているところとそうでないところの分布が、やっぱり絵に描いたようにきれいな曲線で分かれていました。

鴨が朝から泳いでいたので、手を振ったら、ちょっとこちらに気を向けてくれたので、おはよう、とあいさつをして、ちょっと手招きしたら、なにげにこちらへ向かって泳いできて、そのまま岸に「よっこらしょ」と上がってきたので、ちょっとおどろきました。芝の間のなにかをひとつふたつついばんで、しばしぶきっちょに歩いてから、水の中へ帰って行きました。水の中ではまたスイスイと自由な動き。。。

Img_2040_2 Img_2041Img_2044ゆっくり朝ごはんの準備をしました。焚き火で沸かしたお湯でコーヒーを淹れて。カップ状に半切りにしたピーマンをあぶって、中にうずらの生たまご、プチトマトの切ったの、ニンニクのみじん切りを入れて焼きました。

このうずら卵 in ピーマンは、去年のキャンプでやってみてからおいしさに開眼したメニュー。手で持ってパクッと食べられるところも気に入っています。シンプルで簡単で、すごくおいしいです。

あとは昨夜、おゆうはんの後、相方がナスを焚き火でじっくり焼いて、割いておいたのだけど、それをニンニクとしそとお塩とオイルで和えて茄子のペーストにしてくれました。焚き火でトーストしたバゲットにこれをのせて、いただきました。美味でした!

朝食のピーマンも茄子も、昨夜のメニューの、スパイスから作った本格ベジカレー&サラダのジャガイモもトマトもタマネギも、(み)ちゃんの自然農の畑からダイレクトにやってきてくれた恵みです。(ゆ)ちゃん(み)ちゃんのおかげで、いつもキャンプごはんは、野で食べるにしては豪華すぎるすてきごはんをいただいています。。。ありがとう。

ほんとにバババッと荷造りをして、ごはんもおやつもメニューのアイデアないままに、あるもの、目についたものを持ち寄った今回だったけど、それでもこんなに豊かな食卓を、おいしい空気とお水といっしょに楽しませてもらって、しあわせでした。

おやつには、あまってたマシュマロを持参してたのを、道中で買ったチョココーヒービスケットと組み合わせて、スモアにしてみた。これもビスケットを買った時には考えてなかったけど、焚き火のそばでひらめいて。じっくりマシュマロを炙って、ビスケット二枚でパシッと挟んだら、ビスケットのチョコ部分がマシュマロの熱でとろけて、いい感じになりました。

Img_2052 湖の回りは1周歩けるようになっていて、湖畔の木々はひのきの植樹してある地帯と、広葉樹の地帯と両方ありました。釣り人が早朝から大勢来ていたっけ。おひとり、おじさんとお話したら、「2日に1度は来てる」とおっしゃっていてびっくりした。「家にいるよりここにいたほうが、涼しいんだよ」とにっこりされてた。

ここは魚を毎年放流しているそうで、釣ったらすぐにリリースする流儀だそうでした。

前回5月に4泊キャンプ場に泊まりつつ通いの仕事をした後で、体調をがたっとくずして、それ以来、どうもキャンプと体調の崩れをつなげて記憶してしまっていたみたいだったので、今回はそれをヘルシーに切り離して、またキャンプのすてきさを思いだしたい、という希望がありました。おかげさまで、それは十分に叶いました、ほんとによかった。

それにやっぱり野に眠る喜びが、はんぱないことを、思い出せてうれしかった。

次は虫の心配のない季節に、テントなしで寝たいなあ。。前に、寝袋ひとつでお空の下で眠ったときの、あの、なににもたとえようのない安らぎを、思い返しています。

でも最近はゲリラ豪雨とかもあるから、寝袋ひとつで野で眠るのは、やばいかなー。。タープとコットで、とかがよいかしら。地面の感触が好きなので、コットはちょびっと残念なんだけど。。。

保存

保存

保存

保存

| | コメント (0)

2017.08.20

同居生活

Img_1856 残暑お見舞い、の季節ですね。関東は妙に涼しい晩夏になっていて、雨もどしゃどしゃ降って、昨夜は一瞬、窓にぶつかってくる雨音に身の危険を感じるくらいでした。

どうもあまりさわやかな感じじゃないので(仕事が難航してるせいもあるけれど)、最近は朝一番にトリコロール、聞いています。

お気に入りのアルバム、「Good Morning, Liffey」です。

その中から1曲、動画があったので貼ってみる。


トリコロールの去年出たアルバム「うたう日々」もよくて。。そこからも1本だけ。こちらはザ・なつやすみバンドの中川さんをボーカルに迎えた1曲です。

* * *

さて、本題。1週間くらい前からだと思うのだけど、1匹の蚊と同居しています。

家の中に蚊が入ってきちゃうと、たいてい透明カップとはがきですみやかに捕獲するのだけど、この蚊は、なかなか隠れ上手で。しかもストイックに1日か2日に1度しかごはんを食べに(刺しに)こなくて、大方の時間はどこかで隠れてのんびり(?)しています。。

というわけで、その1度のごはんどきに刺すときは、刺されてる最中にこちらも「かゆい!と」わかるくらいなので、見ると、居る。んだけど、そこでもたもたしていると、ぱっと去っていって、すぐ物陰にドロンなのです。

こういう蚊、いままでにいなかった。。。珍しいタイプです。いままでの蚊は、1度刺すと、また少しして刺しに来たり、そこらへんをしばらく飛び回ったり、どうでもいいところにとまったりするので、そのうちに捕獲できるんだけれど、この蚊は1刺ししたら、もうきっぱりと隠れて24時間くらい出てこない。

まあ、そんなわけで、蚊が家の中にいる、となるといつもは捕獲できるまで落ち着かない気持ちになったりしたんだけれど、この蚊の場合は、1度刺されたら、(かゆいけど)、あとは24時間くらいは安泰なので、なんだか悪い気がせず。。部屋のどこかには居ることがわかっているから、今日も元気かな?とか思ったりして。。。

と、書いてたら、今ちょうど、腕にかゆみを感じて、見たら居りました。で、ちょうど透明カップがすぐ手元にあったので、捕獲に成功。

S__7323651 これはこれで、よかった。。数年前から蚊のアレルギーになって、1度刺されるとなかなか引かなくなってしまったので、刺されないほうがラクではあるのです。

* * *

そういえば、数日前から、100円玉くらいの大きさの蜘蛛も、うちのリビングで同居を始めています。

最初は相方のギターの譜面台と天井と壁を支点に巣を張っていました。きれいに編みあがった大きな巣の真中にドヤ顔で座っているのをみると忍びなくて、なるべく譜面台を動かさないようにして過ごしました。お客さんもしばらくないから、いいかな、と。

でもなにかのときに譜面台の上の空間に手か荷物だかをかすめちゃったらしく、気づいたら巣が壊れていました。。。あらら、と思っていたら、その夜一晩かけて、今度は玄関の吊り下げランプと壁を支点に新たな巣を編んだらしかった。

翌朝、相方が仕事にでかけるときに玄関先で「わ!」と言ったので、どうしたのかとおもったら、からだごとその巣の一部に突っ込んだらしかった。。。高さが若干低かったようです。

それでまた無残に巣は壊れ。。。その十数時間後、気づいたら、今度はうんと天井に近い高さで巣を張っていました。いつものように巣の真中にドヤ顔(?)で陣取っています。

S__7323650 この高さなら、だれもひっかけそうもない、よかったよかった、と思っているところです。

あとは、はたしてわが家のリビングでどれだけごはんにありつけるか、というのが気がかり。

去年かおととしだったか、やっぱり大きめの蜘蛛がリビングに越してきて、大きめの巣を張っていたことがあるんだけど、そのときはわたしは毎日その巣のななめ下で仕事をするかっこうになって、なのでよく見上げては、元気かなーとチェックしたものでした。結構長い間、同居していました。

で、ほとんどごはんを食べている様子がないな、というのは気になっていたのだけど、こういう蜘蛛というのは自分から出かけていてごはんをとりに行ったりしないのですね。日がな、巣の真中にじっと座っていました。

で、ある日、見上げたらいつものように巣の真中にいなかったので、お?とうとうどこかへごはんをとりに行ったかな、それともここに巣を張っててても虫がかからないことに気づいたのかな?と思ったら、なんと、巣の下ほうに、なきがらになって落ちていたのでした。

やっぱり食べないと、もたないよね。。やっぱり家の中に越してきちゃうと、ごはんにありつきにくくなるよね。。。。。

今年の蜘蛛は、そこらへん、どう判断するのかなあ。あまり長くそこに居続けるようだったら、対策を考えたほうがいいかな、と思っているところです。

| | コメント (6)

2017.07.10

飛んでしまった

Img_1341 北海道に、相方が仕事で出かけるのに合わせて「一緒にきちゃえば」と冗談まじりに言われたので、まさかーと思いながらLCCのチケットをちょっと見てみたら、意外とお安いんだ、とわかって、相方が出発した翌朝にわたしも航空券を買って、そのまますぐ荷造りをして、仕事とパソコン持って空港へ向かってしまいました。LCCの初体験。急に決めたので、LCCに独特の、荷物の個数や重量制限のこととか、ぜんぜん知らずに行ってしまったけど、3月に軽い手荷物の旅をしてからそのスタイルになじんでたので、ふつうに荷造りして行っても手荷物の制限にひっかかったりせずに済んで幸いでした。。。

飛ぶこと自体に不安はなかったけど、ほんとに行っていいのか、不安だったし怖かった。とにかく、ここしばらくこころに乱気流がしょっちゅう起きて疲れ果ててたので、飛行機の中ではひたすら眠りました。

新千歳空港に着くまでのことだけ把握して家を出たので、空港に着いた後のことはまったく白紙でした。とりあえず空港の案内所のお姉さんにここからどこへどういったらいいかを教えてもらって、札幌駅へ。

日中の仕事の邪魔をしちゃいけないと思って、空港に着いた後に相方のケータイに「来ちゃった」と連絡。「おー」という返信が帰ってきました。迷惑になるようなら、一人旅をしよう、と心に決めていたのだけど、その夜から合流させてもらえました。札幌在住の相方の友人(み)さんと会って、お茶とおゆうはんをご一緒しました。彼女はわたしのお気に入りの人で(こういう言い方すると妙ですが)、相方を家で見送ったとき「(み)さんによろしくね」と言ってたのに、自分がご本人とこうしてお会いしているのが不思議でした。(み)さんには、つらいときは薬に頼ることも考えていい、と教わりました。彼女も経験者だったのでした。。

Img_1348 翌朝は、また相方は仕事だったので、私もどこかカフェで仕事しようとパソコン持って出かけたのだけど、カフェがみあたらず、とりあえずちょっと寄ってみた円山公園の公園事務所で、円山公園に"原始林"があると書いてあったので、パソコンはロッカーに入れて森へ歩きだしました。

公園らしく整えてある一角には、エゾザクラ((かわいい赤い実をいっぱいつけていました)や白樺やハルニレ、アカナラが。

Img_1349 Img_1354 Img_1379 でも森へ少し入ったら、カツラの巨木のオンパレードでびっくりしました。あっけにとられて立ち尽くしてたら、エゾシマリスとヒガラが1メートルくらいのとこまで走り(飛び)寄ってきた。なんかチェックされたみたいでした。

Img_1358 Img_1363 その少し先へ行くと倒木のうろに、ヤマガラとエゾシマリスがかわりばんこに入っていって、ごはん食べてるとこに出くわしました。

エゾシマリスはほっぺたパンパンに膨らまして食べていた。。。そしてエゾシマリスは尻尾がうさぎみたいだったのが意外でした。エゾシマリスはみんなうさぎ尻尾なんだろか?Img_1361

精神のコンディションはかなりあやうかったときだったので、森の生き物や草木のみなさんにはとても助けられました。

おひるごはんを、相方と合流して、関東から北海道へこの春引越しされたばかりの(な)さんとご一緒しました。久しぶりに会えて、お話聴けてうれしかった。お元気そうで、なによりでした。

午後は相方は仕事に戻り、わたしも今度はカフェで仕事。今回は小さい19リットルのキャリーケースにパソコンを入れてきたのだけど、それでも必要な荷物はみんな入って、不自由なかったです。3月にやってみた軽い手荷物の旅のおかげさまで、身軽に旅に出ること自体は楽になりました。

仕事が終わるころ、会場の(な)さんのおうちへ伺って、相方と合流したのだけど、この(な)さんは天使のような方で。初めてお会いするのに、なんだか心の奥がちょっとほどけました。不思議でした。

翌朝は、目ざめて顔を洗っていると、相方が「こちらに住んでる(か)さんが朝ごはんの時間なら会えるそうなんだけど、どう?」と。初対面の人に会うのがとーても苦手な自分だけれど、なんとなくこのときは、うん、と返事をしていて。朝早くからやっているというおしゃれなカフェに連れていっていただきました。ご縁あって、親子2世代で同じことをお勉強されているというお話など、興味深かったです。

この(か)さんは、円山公園の“原始林”とつらなっていてもっと広大な原始林が広がっているという藻岩山のほうにお住まいとのことで、そちらのほうにキャンプできるところやログキャビンに泊まれるところがあるんですよ、と言われたとき、少しこころがわくっとしました。

朝ごはんの後お別れして、相方と登別へ行きました。相方はいつも仕事のあと最終日に虎杖浜の温泉宿に泊まって体を休めることにしていて、今回もその予定だったのでした。虎杖浜に直行してもよいけど、その手前の白老というところにアイヌ民族博物館があると耳にしたので、ちょっと行ってみたい気もしました。

じゃ、とりあえず電車に乗って、白老の駅を見てから降りるかどうかきめよう、ということにして、電車に乗り込み、白老の駅について「どうする?どうする?」と少しまよってから「降りようか!」と降りてみました(電車は本数があまりないので、ここで降りるか降りないかで1日の計画がだいぶん左右されるのでした)。

Img_1400 Img_1397 19883520_10213451912831178_12756058 白老の駅のロッカーに荷物を預けて、さらに身軽になって、アイヌ民族博物館のあるポロトコタンまで歩きました。湖畔にカヤでできたアイヌの伝統家屋、チセが何軒も立ち並んでいました。白樺の木立が美しかった。

一軒一軒のチセは中が異なっていて、うたとおどりを披露していただけるようになっているチセや、草木から繊維を取り出して織る手仕事の展示があってお二人の女性が普通に(見せるためとかではない感じで)服を縫っているチセ、暮らしの道具が展示してあっていろりで鮭がいぶされているチセなどありましたが、どこのチセにいる係の方も、お互いに仲良しそうで、楽しそうに談笑されていて、ここのコタンのコミュニティの雰囲気を感じました。

しばらくゆっくり過ごしました。アイヌ民族博物館は見ごたえのある展示だったけれど、一番印象に残っているのは、昔の暮らしを再現した大きいサイズのジオラマのような展示です。手前に森、奥にチセがあって、そのまわりでアイヌの人たちが生活のさまざまなことをしているんだけど、その人形たちは比較的小さくて、手前側のほうには、人形たちよりもずっと大きいサイズでクマやテン(?)や、ウサギなどが躍動感みなぎる動きのあるポーズで配置されていました。動物たちの展示が本当に生き生きしていて動きを感じさせたし、大きかったのです。

アイヌの人の自然観が、この展示に表れているようにも思いました。自然の中で人の占める位置や割合を照らし出しているのかもしれない気がした。こんなふうに人の暮らしを立体展示しているものは、これまで見たことがなかったです。

Img_1410 博物館を出て、カフェに入って、野草茶とじゃがいもを凍らせたあと練って焼いたおもちをいただきました。おいしかったので、「これ冷凍庫でじゃがいもを凍らせたら、うちでもできるかなあ」とつぶやいたら、お店の方が「できますよ」と答えてくださって、作り方を教えてくださいました。北海道では冬場屋外で凍らせるそうなんですが、家庭の冷凍庫でもできるそう。

店内に、アイヌの伝統食についての本や、アイヌの方々が草木をどう利用してきたかについての本などが置いてあったので、興味深く読みました。そのうちの1冊が博物館の売店にあったので、買ってきました。野草をどんなときにどう利用してきたかを、複数の方々への聞き書きと、文献とから、抜粋している内容。わたしのいただいた野草茶のエントは日本語名ナギナタコウジュ。道端によく生えている草です。アイヌの方は風邪をひいたときや二日酔いのときによくお茶やお粥にして摂ったそうです。

19894118_10213451908591072_10444126 相方はここのコタンでつくっている、鮭の燻製をいたく気に入って大人買いしていました。サッチェプと呼ばれるもので、白老沖で獲れた鮭をひと冬のあいだ軒先に吊るして干して、そのあとチセの中のいろりの煙に毎日あてて2か月のあいだじっくり燻製にしたもの。サッチェプのアイヌの人たちにとっての意味合いや詳しい作り方はこのサイトに詳しいです。一番大切な保存食なんだそうです。

ポロト湖の奥には、ポロトの森キャンプ場というのがあるらしかく、看板を見かけました。北海道でキャンプ、してみたいな、とまたちょっと思った。

このポロトコタンのすぐ隣に大規模な造成工事が行われていたので、どうなるんだろう、と心配になったけれど、あとで駅で見かけたポスターで、わけがわかりました。「2020年、白老ポロト湖畔に. 国立アイヌ民族博物館・国立民族共生公園、誕生」とのことでした。「アイヌの尊厳を尊重し、アイヌの歴史・文化等を復興するナショナルセンターとして、. 北海道白老町に『民族共生象徴空間が整備されます」とありました。

* * *

Img_1425 夕方には登別駅へ行って、温泉宿へ。宿についたら目の前の木立の合間に鹿が1頭、立っていました。きれいだった。夕食後に、部屋から海をボーっと見ていたら、部屋の真下のミニゴルフコースに、ハクセキレイがずうっと遊んでいて、そのうちそこに鹿も来て、しばらくなにか食んでいました。

ここの虎杖浜のお宿は海を見下ろす露天風呂のお湯がすばらしくて、夕食前と、真夜中と、朝と、3度も入ってしまいました。昔ながらの温泉宿というふうでしたが、ロビーや廊下にはとてもすてきなアートが掛かっていて、調度品や家具も無垢の木製で、気持ちよかったです。

Img_1476 アート作品はどれもキャンバスでなく、板に描いてあった。国松希根太 さんという方の作品。後でググったら、宿と同じ白老町にある飛生アートコミュニティーを拠点に制作活動をされている方でした。どれもとても惹かれた。

* * *

Img_1448Img_1456 Img_1452_2翌朝、宿のまわりを散歩してみようと降りていくと、ミニゴルフをしていたおじさんたちが「遊歩道はあっちだよ」と教えてくれて、言われたとおりの方向へいくと草木のあいだにほそく踏みしだかれた道があったので、歩いて行ってみました。海をもっと近くで見下ろせるところまで歩いていけて。アカナラの木(かな?)や野草、きれいでした。

戻ってきた後、ここのミニゴルフの係の人らしきおじさんに、「あそこの道を行っちゃったの?今は閉鎖されているんだよ」と言われました。「え!ゴルフのおじさんたちに言われたとおりに行ったんですが」と言ったら、「今は危ないから閉鎖しているの、草も刈ってなかったでしょう」と。でも無事に帰ってこれてよかったと思いつついたら、おじさんは別に怒っていたわけでもなくて、いろいろとお話をしてくれました。

おじさんは登別の方ではなく、伊達の出身とのことでしたが、ここらへんは昔は馬で舟を引いて陸に上げていたこと、宿の敷地になっているこのあたりは馬が草を食べる場所だったこと、など教えてくださって。特にそういう質問をしたわけでないのに、教えてくださって興味深かったのと。。。

あとふいに、この虎杖浜は夏はキャンプ場になる、と話し出されました。夏には浜で水道も通るからテントを張ってキャンプできる、と。まるでキャンプ好きの私の脳内を読んでいるかのよう???でした。夏以外の季節も、そこの浜の手前に家が一軒見るでしょう、あそこの(ま)さんはやさしいから、水がない時期は(ま)さんからもらえる、とおっしゃっていました。後でネットで虎杖浜のキャンプ場について検索してみたけど、見当たらなかった。ローカル限定のキャンプじょうなんだろか?と思いつつ、いつかここでテント泊してみたいなあと夢想しています。

Img_1478 この日はこの後、バスで登別から空港へ。バスの出発時間までしばらくあったので、バス停の横の券売所のおばさんに荷物を預かってもらって、となりのスーパーでアスパラやしいたけなどをおみやげに買いこみました。この券売所にはきれいなディスプレーがあって、その真ん中には昔の大鋸(おが)に、森で過ごす子どもたちの絵を描いたものが、飾ってありました。

* * *

疲れ果てた精神状態で、毎日泣きすぎてまぶたがふくれたまんまの顔で飛んで行った北海道だったけど、お会いした動物や草木や人や、温泉のお湯や海の幸や、アートのおかげさまで、だいぶん持ち直せた感じでした。ほんとうに、みなさま、ありがとうございました。

保存

保存

保存

保存

保存

保存

| | コメント (0)

2016.11.11

旅とグリーンウッドワーク

急に寒くなってきて、にゃみちゃんの命日に毎年吊り始めるバードフィーダーに、今朝は「補充まだですかー」と催促するかのようなシジュウカラの声がきこえて、あわてて補充しました。

いつも近所のペットショップのおじさんのところで売っている、ビニール袋一杯に入ったひまわりの種を買って、フィーダーに入れています。これをシジュウカラはじょうずに殻を割って食べるので、見ていて楽しいです。

少し前まで、また岐阜へ行っていました。グリーンウッドワークのお勉強と、相方との小旅行が合体した、いつもよりちょっと長い滞在になりました。

Dsc01260 お世話になったおうちは窓を開けると鮎が跳び跳ねるあおい川面がすぐそこという、パラダイスのようなところ。夏場はここで泳げるそう。お隣のおばあちゃんから、鮎が数尾跳ねるときにはその下に2、3千尾いるんだよ、と教わり、びっくりしました(あれ、もしかしたら2,3万だったかも!記憶がおぼつかない。。)。

朝、太陽がふりそそぐお外のもの干し場所にテントのグランドシートを敷いて、ちょっとだけ太陽礼拝をしました(太陽礼拝は8月下旬から毎朝欠かさずやっていたのだけど、さすがに岐阜への夜行バスを降りた朝はできず、残念だったので、人のおうちにお世話になっているときだったけどちょっと失礼してやらせてもらいました)。

ひとしきり動いてから、あお向けに横になって青空を見上げながら休んでいたら、もの干しのとこにヤマガラが飛んできました。「あ、ヤマガラだなあ」と思ってそのまま休んでいたら、ふっとそのヤマガラがこちらのほうへ飛んできて、わたしの顔の数メートル上の空中で数秒静止しつつ羽ばたいて、それから左手の大木のほうへ飛んでいきました。あんなこと小鳥にされたの、初めて。朝のあいさつをしてくれたみたいな気がして、うれしかった。。

Dsc01292川べりではハクセキレイが何羽も飛び交っていて、かわいかった。

あと、おもしろかったのは、家にあがりこんできたカメムシ。川べりのおうちなので、季節になるとたくさんのカメムシがあがりこんできたがるそうなんだけど、もう秋も深まって、ほんの数匹がやってきていました。で、見つけたら、とりあえずうちわに乗ってもらって、お外へ運んだのだけど、その中で1匹、すごくおもしろいのがいました。うちわをそばへ敷いて、はいここへどうぞ、と言っただけなのに、すぐさまたたみの上でひっくりかえって足をバタバタさせるんですね。で、見てるとまたばっとひっくりかえって元の向きになって。そしてまたばっとひっくりかえって仰向きになってみせる。。。なんか、これ、遊んでいるのか?と思いました。カメムシは危険を感じると臭いにおいをだすそうだけど、臭いにおいは出していなかったし。。。この個体のこの行動は謎でした。でも最終的にはうちわに乗ってもらって外へお見送りしました。

この川べりのおうちでの時間はとても幸せでした。その環境だけでなく、(ほ)さんの使っている生活道具やそのしつらえがどれも美しくて、心たのしくなる。。。(ほ)さんはグリーンウッドワークのお仲間なのだけれど、グリーンウッドワークのほかにも陶芸や鍛金などもされていて、そうやって手づくりされたものたちが、(ほ)さんに一目ぼれされてやってきた、厳選されたものたちと一緒に、日々活躍しているのでした。

鍛金ってはじめて聞いた言葉だったのだけど、銅を打って形にしていくもので、すごく美しかった。銅の色がとりわけ好きなので、銅のボウルを見せていただいたときは舞い上がってしまいました。

そして先日海辺のキャンプ場で出会ったおばさんの娘さんが昭和村のからむし織を継いでいてびっくりしたわけだけど、なんと(ほ)さんは数年前に昭和村でからむしの収穫と糸作り体験をされていて!またしてもびっくりしました。。。

Dsc01279 そんなこんなで、おうちの中でもさまざまにおもしろく幸せだったのに、さらに、いつか行ってみたいと思っていた岐阜の奥地・石徹白にも連れて行ってもらえて、その道中で(ほ)さんのなじみの(?)滝にも連れて行ってもらえました。先日の海辺のキャンプ場でも管理人のおじさんに「海が好きなんですか?」と聞いたら「滝が好き!」と言われて、それがすごく印象に残ってたのだけど、なんと(ほ)さんも地図上で滝があるのがわかると行きたくなってしまうほどの「滝好き」だったのでした。わたし自身は滝は自分の生活圏の外にあってなじんでない感じがあったのだけど、行ってみたら、なるほど、滝の味わいは独特だと感じました。水しぶきの形、それがフリーフォールで落ちていくさまは、まるで時間が止まってるみたいなのに、流れは永遠に止まることがないという事実。。。

Dsc01272 滝のすぐ横が洞窟状になっていてそこに入ると天井から水がつーと滴っていたのも不思議な光景でした。滝にはどうも主がいるような感じがするけど、ここもやっぱりほのかにそんな感じがした。大好きな桂の大木もあって、甘いおしょうゆ風味の香りがした。

きわめつけにびっくりしたのは、関東に帰ってからフェイスブックを見たら、私が見たのとちょうどおんなじ景色を(け)さんが投稿してたことで。。一瞬「あれ?わたしこの写真もうアップしたっけ?」と思いました。。。関東に住む者同士なのに、同じタイミング(1日ちがいでした!)に岐阜・白鳥の滝に居たこと、摩訶不思議でした。

* * *

そんなこんなでいつになくたくさんの刺激をいただけた今回の岐阜行き。。。お世話になったみなさま、ほんとにありがとうございました…!

20161103_103151 グリーンウッドワークでは幸運なことに木の器づくりを2通りのやり方で教われました。足踏みろくろで器を挽くのは初体験。ろうきん森の学校の講座で、グリーンウッドワーク協会の小野さんに教わりました。グリーンウッドワーク協会でお世話をしている白鳥の森で育ったブナの木を挽かせてもらえました。微妙な刃の当て具合の感覚がつかめるまでいかないまま終わってしまったのだけど、難しいんだなあということが実感できてよかった。

20161103_145812 20161103_163110 20161103_154733木造の小さい駅みたいなお外の工房で、コスモスと長良川鉄道の線路をながめつつ1日ろくろを踏んでいるのは、すごく気持ちいい時間でした。ほぼ同じ状態からスタートしたけど、3人3様の器になっておもしろかった。ちょっとしたシルエットの違いで印象がだいぶん変わるんだな!

Dsc01285後でわかったのだけど、わたしの(小野さんに全面的にヘルプしていただいてできあがった)器は、なんと、野営やピクニックでよく使っているコラプシブルなふた付き器とぴったり重なるサイズでした☆ うれしいサプライズでした。

そしてもう1つ、銑やノミで削る(刳る)やり方の器のほうは、森林文化アカデミーのグリーンウッドワーク指導者養成講座で、森林文化アカデミーの久津輪さんと、グリーンウッドワーク研究所の加藤さんに教わりました。

20161106_102708アイヌの方たちがつくってきたニマという器をヒントにした小鉢と、平皿と、2つから選んで取り組みました。小鉢は少し縁周りに樹皮を残すのがニマ風みたいです。森林文化アカデミーの裏山に生える、カラスザンショウという山椒に似た木の小径木を削らせてもらいました。

14980670_1173916942697260_773955251 20161106_115833 Dsc01351皮の近くと芯の近くとで材の色がちがっていて、バニラとココアみたいなツートンカラーになった。かわいい。。。カラスザンショウの生木はとても削りやすくて、削っていると我を忘れるのはいつものことだけど、彫り進めていくのが楽しかった!小さいコップになりました。

Dsc01338_2 この日は材が3種類あって、しかもみんなそれぞれのデザインでつくっていったので、平皿(角皿や楕円皿)、深鉢、小物入れ、キャッシュトレイなど、ほんとにさまざまなものがさまざまな質感でできあがって興味津々でした。

2通りやってみて、自分はどうも挽くよりも削る(刳る)ほうが性に合っているのかも、と思った。ろくろで挽くのは、とても精密な形に仕上げることができるところに良さがありそうだけど、足でひと踏みした時にろくろがびゅんと回る「速さ」の部分に、自分はどうもついていききれてないような感じがあって。削る場合は、ひと削りずつ、ゆっくりやれる感覚があって。体内スピードの速い人はきっとろくろとペースが合うんじゃなかろうか、と想像しました。でも道具のスピードと自分のスピードとの相性は、慣れや訓練で変わるものだろかな? まだ結論を出すのは早いかと思うので、また機会を見つけてやってみたいです。

しかし将来的(?)に足踏みろくろと、ろくろ用の刃ものを自作するのは、なかなかおおがかりなことだよなー無理だよね。。。と思う。と同時に、ああこれは、椅子づくりの道具としてパイプクランプが出てきたときに「こりゃだめだ、こんなのは自分の手に余る。。。」と思ったのと似てる、と思ったりもしています。

自分には無理、と思うのが、いつでもデフォルトだけど。。。これからどんなプロセスが展開するかはわからないもんだーと、ほんとはそう思っていたらいいのだろうな、と客観的には思う。

* * *

Dsc01335森林文化アカデミーでの器づくり講座では、今回お昼休みの時間にみんなでグリーンウッドワーク協会の竹部会の展覧会を見に行こうということになって、おかげさまで行くことができました☆竹細工は、日本のグリーンウッドワークだし、やっぱりとても惹かれます。

Dsc01317_2 展示は、竹部会の皆さんがつくられた作品と、美濃市の民俗資料調査事業で集められた民具で構成されていて、とっても興味深かった。。何に使われていたのか確実にはわかっていない、このピーナツ型の道具は、左右で深さが異なっていました。編みのすきまもセクションによって異なっていて、とても美しかったな。

Dsc01331 竹のざるのふちまわりをよくみると、裂いた竹ひごのふしがきれいに斜めになっていて、これはわざとこのようにずらすのかな?と思ったら、近くにいた竹部会の方が説明に来てくださって、ふちまわりを湾曲させていくうちに自ずと最後のほうではこのように少しずつずれていく、と教えてくださいました。最初のところは、ひごは裂かれていなくて、少し行ったところから裂かれていました。なるほど、必然的にこんなふうに美しくなるんですね。。

20161106_211325_2 この方がつくられたという竹かごを、1つ購入させていただいてきました。皮つきの竹で編んだ、かろやかで丈夫なかごです。すごくうれしかった!(竹細工展は美濃市うだつの上がる町なみで11/13日まで。詳しくはこちら

* * *

Dsc01315 今回の岐阜行きでは、相方が1日早く帰って、最後の夜は野営しました(許可を取って泊まりました)。それというのは、去年から森林文化アカデミーでのグリーンウッドワーク指導者養成講座にとびとびで参加してきて、今回が自分にとっては一応最終回だったから。。。去年の1回目のときに野営したので、初心に帰る、という意味でも、お世話になってきた岐阜のこの地の地面の上で眠りたかったのでした。(2回目以降からは、毎回違う宿にお世話になりました、どこもそれぞれに味わいがあって、岐阜のいろんなところへ行くこともできて、とてもよかったです☆)

ただ、11月の野営は自分も初めてのことで、寒さがだいじょぶだろうか、とちょっと心配でした。装備も移動があるのであまり大荷物にはできないため、ミニマルにまとめないといけなくて、あったかグッズを優先して、食材は軽めに。

ところが心配してたほど気温が下がらなくて、日が沈んだ後にテントを設営したのに汗ばむほど。眠るときも、着こみすぎて暑すぎて眠りにくいほどで、寝袋の中で履いていたぶあついウールの靴下を脱いだらやっと眠れました。

蒼い空に木々の黒いシルエットと細い上弦の月がきれいでした。星空も。入口を開けたまま少し寝て、途中で閉めて朝まで。イノシシやサルがいるよと地元の人に聞いてたのだけど、生き物の気配がぜんぜんしなかった。枯れ葉がおっこちてくる音がするだけでした。

翌朝は山の向こうに朝日がのぼってしばらく影になってたけど、山の上に太陽が出たらぽかぽかになって、気持ちのいい朝でした。オートミールとドライフルーツを茹でて朝ごはんを食べて、コーヒーを淹れて。お昼のお弁当に、干し飯を戻してお弁当箱に詰めて、おかずに干し野菜を戻して、そこに茹で豆ミックスを混ぜてサラダをつくりました。

テントを撤収してグランドシートをかわかしたりしてたら、あっという間に講座の始まる時間が近づいてあわてて向かいました。

ゆっくり朝を過ごせたら、なお楽しかったろうなあ。。。秋の野営の気持ちよさに開眼しつつあります。空気も光も透き通っているし、今回はしなかったけど焚火の暖かさがほんとにうれしいのもこの季節から、とつくづく思うし。。。

仕事をちゃちゃっとやる術を身に付けて、野山にもっと出たいな。。。!

* * *

20161108_113623 あ、今回の旅のもひとつのサプライズ。。 相方とレンタル自転車で走っていたとき目に付いた古道具屋さんの店先で、理想のフライパンに出会ってしまいました。ステンレス製で、小さめで、薄くて、軽い。「無料でお持ちください」と札が立ててあった箱に雑多に入っていたのの1つで、うれしくいただきました。

はだかで持ち歩いていて、「これ持って温泉にいくのかーわたし。。」と思っていたら、美濃市駅の駅員のお姉さんが「ちょっと待って!」と言ってちょうどいいサイズの丈夫な袋をくださいました。ありがとう、お姉さん!(彼女はお母様がこちらの生まれなのでこちらに来た、と言ってたけれど、ご自身はうちの近くのお生まれだったので、それもびっくり)。

このフライパン、帰宅してからリサーチしたら、千趣会というところが昔頒布会形式で販売していた製菓道具シリーズの1つで、ほんとうはクレープパンでした。ヘラもあったので、それもセットでもらってきつつ、このヘラとフライパンはどうもセットではないようだ、と思っていたのだけど、実はクレープを焼くときこのヘラを使うんだったのでした。

野営やピクニック用に、軽い鉄製(アルミやテフロン加工、鋳鉄ではなく)のフライパンがずっと欲しいと思ってたのだけど、今回のはサイズも形も質感も思い描いていたとおりのもので、びっくりしました。。。思い描いていると現実化するって、ほんとだなあと(規模小さいけど)思いました :)

保存

保存

保存

保存

保存

| | コメント (0)

2016.02.21

スツールづくり実験&削り馬プロジェクト(5)

20160216_193820 岐阜でのグリーンウッドワークの椅子づくりを終えて帰宅して数日後、おとなりさんが庭木の剪定をされていて、うちの伸び放題のセンダンも「ついでに切りましょうか?」と言ってくださり、どどーんと切ってくださいました。

2月になったらセンダンの剪定をしないと、と自分も手帳にずっと書いてたのですが、でも岐阜から帰った後は仕事がぱつぱつで動けずだったので、助かりました。

20160216_204951 それで、仕事がひと段落した翌日、大好きなセンダンの枝たちがフレッシュなうちに椅子づくりのおさらいもかねて、小さいスツールを作ってみようと思い立ちました。夕方から寝るまで、スツールのパーツ(貫と座枠)を削り。。。

その晩はおふとんに入ってからも一晩中、岐阜で体験したような筋肉痛をまた体験できて、うれしかった。。。痛かったけど。

スツールは、手持ちの道具でできる範囲のもの、になるので、岐阜20160216_215051で教わった椅子のようにはできないし、センダンの枝もそれほど径が大きいものが多くはないので、丸いままの枝も一部使ってみることにしました。丸いままの枝を使うと、強度が弱くなるなど問題はあるのだけど、今までセンダンの枝とつきあってきたここ数年を経て、丸いままのセンダン枝は乾くと結構しっかりするように思えたので、トライしてみることに。

センダンは成長がとっても速くて、剪定枝の年輪は2ミリ~5ミリくらい。グリーンウッドワークを最初に教わったマイク・アボットさんは、使う材の年輪は「できるだけ2~5ミリくらい」のものを狙うように、とおっしゃっていて、その基準においては、いい感じになってしまうのでした。ただセンダンは成長が速すぎてやばくないか?と思う。まあ、やってみて、調べてみるしかありません。。。

生木の枝を丸いまま使って家具作りをしているアリソン・オスピナさんのやり方と、生木を割って椅子づくりをしているマイクさんのやり方と、岐阜の森林アカデミーで教わったこととを、ごちゃまぜにして実験です☆

* * *

20160217_091735 20160216_215325 ひさしぶりに使ったマイ削り馬は、まだ改良途中のままだったので、ちょっと使いづらかったのでした。。なのでパーツを削り終わって、干物のように吊るして乾かしているあいだに、改良を試みました。

全体の「やわさ」をもう少し何とかすることが最大の課題。ボディがぐらぐらすることは、脚の長さや角度を調節することで、だいぶん大丈夫なレベルになりました。

20160220_094320_2 あとはボディがもうすこし細いと自分の脚の動きが楽になるなあ、と感じたので、ボディをもう少し削り落しました。のこぎりで、ここまで、というところに切り目を入れて、鉈で叩いて割り取ってから、銑でけずりあげ。

20160219_104219 フレームも、穴の高さと押さえの高さを両方、もうちょっと上げて、あと、フレームにペダルをかませました。穴あけは、鏡で角度をみながらがんばりましたが、やっぱり少しまがった。。。前よりはだいぶましになりましたが!

20160221_145547 ペダルは、森林アカデミーの久津輪さんとグリーンウッドワーク研究所の加藤さんがデザインされている削り馬「オリガミ・ホース」のアイデアを参考に。足のリーチが少なくて済むので、楽になります。以前、近所のガラス屋さんが閉店するときに、前を通りがかって、ごみになろうとしていた古い棚のパーツがあったので、おかみさんにもらってきたのだけど、そのときの板がペダルにぴったりでした。切ったりする必要なく、ピタッときた。

作業台に高さを出す「ライザー」の部分は、いままでは、「角」をつき刺してボディとつないでいただけで、ときどきぐらぐらしたので、これもボディの鼻先にちょうつがいで接続しました。取り外し可能なちょうつがいが、たまたま手元にあったので、つけてみた。安定感が大分増しました。

あとはライザーをもっと短く切るかどうかが迷いどころです。当初「膝乗せ型削り馬」としてつくった部分なので、今後も膝乗せ式で使えるようにしときたい気持ちもあったり。でも膝乗せ式は腰にしばりつけなきゃなので、一度作業を始めると、取り外しが面倒で。。やっぱりあまり使わないかなあ、とも思ったり。

とりあえず当面はこれで使ってみて、短くしたくなったときに、また考えようかと思います。短くした場合は、その上の作業台と、ちょうつがいで連結してもよさそうで(「オリガミ・ホース」の作業台のように)それはそれで、あこがれがあります。。。

20160221_150245 現状だとこう折り畳まるのだけど、ライザーを短くすれば、もっとコンパクトになるかも、とも思っています。

20160221_154421 ライザーをボディに固定するための「角」は、こんなに長い必要はまったくないのだけど、楽しいので長いまま使っていました。今回、「もしかしたら何かのときに使えるかも」といろいろなものをとってある引き出しを開けてみたら、前の家でつかっていたトイレットペーパーホルダー(今の家では使えない形だったのでしまいこまれていました)が発見されて。これってもしかして、と角に付けてみたら、ツールホルダーになりました。ひょっとして便利かな?鉛筆や定規、ナイフ、削り馬の作業台調節用ブロックなんかを、ほうりこんでみました。「角」はなぜか右に大きくまがっているので、それも、ツール入れを下げるにはちょうどよかったような?

こんなして手持ちのものや身の周りのもので、ああでもない、こうでもない、とやりながらグリーンウッドワークのものづくりや道具づくりをするのが、とっても楽しいです。「ムーミンパパ」状態、と自認しています(汗)。でもわたしにできるなら、普通の人にできることなので、人体実験といいますか、「体力なし、車なし、手先の器用さ今ひとつ」で、予算も最低限でも、そんなにおおがかりなものをつくるんでないなら、そこそこ楽しくグリーンウッドワークができることを、身を持って示せたら楽しいかな、と思っています。

しかし木工の素養もないまま、パッションだけでグリーンウッドワークにとび込んで、いまだにパッションだけでほそぼそと学びと実験を続けていて。。。あいかわらずノコギリもまっすぐ切れないし、穴をあけてもなぜかまがるし、これは自分の人生の縮図のようだ、と思います(汗)。どうもいつも「大丈夫かな」とそろりそろりとやっていて、思い切りが足りないというか、腹が座っていないというか。ここっと決めたら、あとは腹を据えて一気に最後まで穴を開けていく、とかそういうふうにやるほうが、うまくいくんだよなあ、という体験を何度かしています。グリーンウッドワークを通じて、すこしずつでも思い切りのよさ&おおらかさが身に付いたらうれしい。。

おおらかさの部分は、グリーンウッドワークは指し物細工みたいな正確さは要求されなくて、アバウトでも大丈夫、という部分があるためです。生木から繊維をなるべく断ちきらずに割って削ってパーツを作った構造物は、しなかやさがあって、多少の誤差にも対応できるみたいです。そういうところがすごくすきです。

バレエはぜんぜん好きじゃなかったけど、イサドラ・ダンカン・ダンスはあんなにも大好きだった、それと似ているなあ、と思うこともあります。バレエは振り付けという動きを体に押し当てる感じがあって、人工的に感じられていました。やりたいと思ったことはなかった。。イサドラ・ダンカンのダンスは、振りはあるのだけど、動きは中から出てくるようでないといけなかった。そして「体が違えば動きも違って当然」、「動きは自然界から学びなさい、葉っぱが揺れるようす、浜辺に寄せる波、風に乗る鳥などなどをよく観察して」「音楽が体に作用するのを感じてから動くこと」と教わって、ほんとうによろこびの中で音楽とひとつになる経験が(ほんの少しだけど)ありました。

普通の木工はやりたいと思えずにいるのだけど、グリーンウッドワークはこんなにも大好きなのも、グリーンウッドワークは、こちらが決めた形を材に押し当てるというよりも、実現したい形はありつつも、そのなかで自然の摂理にゆだねる部分が大きいからなのかなあと思います。そして身近な木とも一緒にできるところが大きい。。。剪定した後のセンダンとも、こうしてさまざまに一緒に過ごせることは、ほんとうにうれしいことです。

森とつながりたい、というのはもちろんあるのだけど、その一歩として、自分の部屋のすぐ外に生えている、このセンダンとつながる、というのが、自分にはしっくりきています。

ほんとうに楽しい緑の木工のことを教えてくれたともだちの(わ)ちん、知識や経験を分かち合ってくださってるグリーンウッドワーカーのみなさん、ありがとうございます :)

| | コメント (0)

2015.10.05

トトロのおなかの上で

20151003_130726 最近、夢のような次元であわやーく思う「願い事」が、叶うスピードが加速しているように感じます。これは世界的な現象なんだろか。。。

というのも、ついこのあいだ、ヤブガラシという植物と知り合いました(近所の森のお手入れのボランティアで、「つる切り」という作業をして、その帰りみち、バスケットづくりのために「野葡萄の蔓があそこらへんにあるから切っていいよ」と言われ、喜んで切って帰ってきたら、野葡萄と思ったそれはヤブガラシだった、という事件があって)。

そしたら、その翌日に、ヤブガラシのことを「とっても素直な植物なんですよ」と語り、蔓を切ったりすることなく、くるりと輪に丸めてそっと地面におくだけで、「藪を枯らす」ほどのヤブガラシの勢いをおさめる方法を伝えていらした矢野智徳さんのお話が、Facebookづてに流れてきました(矢野さんのご活動については小耳に挟んではいたのだけど、こうした具体的な手法を伝え聞いたのは初めてでした)。ネットで調べるとみんながヤブガラシを厄介者扱いしてるようだったのに、そのヤブガラシを「とっても素直」と語るその人に、「お会いしてみたいなあ」と、そのとき思って、そうしたらその1週間後、矢野さんがわが家のある地域のほうで、森のための「水脈づくり」を指導される現場に、参加させていただくことができてしまいました。

イギリスでグリーンウッドワークの合宿コースをやってらしたマイク・アボットさんのウェブサイトがネット検索で出てきて、素晴らしいコンポストトイレや、焚火での料理、テントでの寝泊まりという森での生活そのものに魅せられて、いつか行ってみたいもんだなあ、と思っていたら、半年しないうちにほんとうに行けてしまった、(しかも春に行けて感激してたら、イギリスでのお仕事のお話が舞い込んで、同じ年の秋にもう一度行けてしまった)、あのときも、こんなに非現実的な願い事がこうも早く叶うなんて、どうしたことだ、と心底びっくりしたのだけれど。。。今回もそうでした。

しかもお金のないわたしにとって、今回の参加費無料は、ありがたすぎました。。。(マイクさんのとこに行ったときも、春のはワークエクスチェンジ的なものだったので食費だけで森に1週間滞在させてもらってしまい、秋にちゃんとコースを受講したときは受講料をフルで払ったけれど、渡航費はイギリスでのお仕事をいただいたおかげでまかなえたのでした)。

ほんとうに、有難いことです、文字通りです。

(グリーンウッドワークは、その後、日本で学びを続けたくて、マイクさんにわたしよりもうんと早くから教わってきたグリーンウッドワーカーの方おふたりに、散発的ペースではあるけれど教わっていて、その講座も、受講料がものすごく、ものすごく、良心的で、内容は特濃で、ほんとにまたしても文字通り、有難いのでした。先月の講座もインスパイアリングで、そのことも書き留めておきたいのになあ。。次の回だ。。)

今日は、まず、矢野さんご指導の水脈づくりのことを。。

でもうまく内容を伝えられる自信はないので、自分が感じたこと・理解したことのみになってしまうのだけれども。体験としては、ひとことでいうと、これまでになく、草木、土、水、空気のつらなりを3Dで垣間見た、というような感じでした。

20151003_125358 雨となって地面に注ぐ水の動きが、本来の自然の動きに近いものになるよう、すでに人間が傷をつけてしまった地面を養生する、そんな作業が、「水脈づくり」の作業でした。具体的に言うと、宮脇昭さんのご指導で森林再生しようとしている場所があって(宮脇さんも植樹の方法論が有機的で、すごいなーと思っていた方なのですが、今回宮脇方式の森づくりと矢野さんの取り組みとが合体するのは初の試みなんだそうです)、そこに人が通るための道がつけてあるのだけれど、雨水が、道に集まって流れて地表を走ってしまう、その勢いをおさめて、水が縦に地中に浸透できるようにしていくための作業です。(写真は作業後のようす)。

道をつけてそのままになっていたところは、両サイドよりも低いために両サイドからも水が集まり、地表の土は、道の両サイドの地面の土も、道の土も、水と一緒に流され豊かな表層が育っていかないし、集まった水は早く斜面を駆け降りるため縦に浸み込まず表面を走るばかりで、雨が降っても地中は潤わない。地面の表面にはテカった膜が張ってしまっていて、空気も地中に入れなくなっていました。こうなると草木が茂れず、草木の根が元気に伸びられないために、地中のなかの隙間はさらになくなり、空気も水もなおさら地中に入りにくくなり、土がどんどん硬くしまって、なおさら草木にとっては生きにくくなる。。という悪循環。

一筋水が早く流れるルートができると、そこに向かって、さらに周辺の地の水も引き込まれていくんだそうです。水の習性。。なのでこの道の両側に広がる植樹地の健やかさが、かかっていることになる。

20151003_130719 そもそも草も生えていない裸地というのは、地球にとっては傷口のようなものなんだそうです。この傷口をなんとか塞ごうと草たちは一生懸命、生える。草木の根が、土留めになって、地表の土が流れるのを防ぐし、地中の隙間をつくって空気・水が地中に入っていけるようにして、地下水脈を育てるんだそうです。大きな樹の根は、地中でほんとに大活躍しているのでした。

本来の自然の地はどこもすべて、水が横に流れる動きと、縦に地中に浸透する動きは、常にバランスを保っていて、どちらかに偏ったりはしていないんだそうです。

それが過去50年の、コンクリで固める土木などで、地中はぎゅっと押し固められたまま、水も空気も通らないような状態になっているところが増えてしまった。窒息し、血脈である水脈がおとろえてしまった大地に草木ががんばって生えても、草木も元気に成長するのは大変だし、草木が元気でないと虫や動物たちも苦労を強いられて、暴れ出したりする。

それでも動植物たちは、みんなでがんばって、なんとかバランスのとれたところへ戻そうとしていて、だから草も木も生えてくる。そうやてみんながんばってるなかで、人間だけがマイナス方向に邪魔をしがちなのですね。。。草木を抜いて地面を丸裸にしたり、コンクリで表面を固めたり、土地の四方を囲んだり。。。

だから人間が邪魔をやめて、自然のみんながやろうとそている方向に協力的になっていくようにすれば(そしてその取り組みも、できるだけその場にある有機的な材料で行えば)、バランスのとれたところへ向かう動きは必ず加速するんだそうです。そしてそれは目にみえる結果が出るんだそうで、矢野さんはご自身の目で実際に見てきてわかったことを、シェアしてくださっているのでした。

20151003_111831 今回の作業のあと、どんな変化が期待できますか?という質問に、まず矢野さんは、近くにあった草の葉っぱをちょっとちぎって、陽に透かしました。「こうやって陽に透かすと、葉っぱって、こう、ぽうっと光りますよね」とおっしゃって、「今もこの葉っぱは、まったく光ってない、ということではないけれど、今日の作業で大地の水脈が育ってくると、この光り方がね、強くなります、もーっとこう、ぽうっとね」。

それから道の両サイドに生えている木々については、今黄変をおこしている葉っぱが緑になってきます、と(黄変と紅葉は違う、と説明したうえで)。あとは木々の芽が、もっと充実した感じになるし、全体に、みんな元気になってくる、それが体感としてわかるはずです、とのことでした。この説明のどれもに、ぐっときた。。。

20151003_111854黄変については、樹のどのへんで起きているかも見るといいそうで、黄変が起こっているのが下枝の場合は地面の表面近くの問題、上のほうの枝の場合はもっと深い地層の問題なんだそう。わたしの横に立っていたトベラは、まさに一番下の枝に黄変が起きていました。

矢野さんが強調してらしたのは、地中の水の動き(地下水脈)には、空気の動きが先行する、という点でした。これを何度もおっしゃっていた。目にみえないから見過ごされがちだけど、まず、大気中の空気、これが土中に入っていって動かなければ、水は動かない、と。

ストローの中に水があっても、片方の口を指で押さえたら、中の水は動かなくなる。あれと同じこと、と。

20151003_131156大地全体が呼吸をしていること、それを阻害しないことの大切さを、しみじみ、思いました。そしてそれがどれだけ、全体(草木、動植物、わたしたち)にとって、大きいことか、を。あと、地表をカバーする草や落ち葉枯れ枝、みんなが大切な役割を担っている、ということも。

たくさん雨が降ったとき、川を見ると、水は澄んでなくて泥水になっている。それをわたしは当たり前だと思っていたけれど、自然本来の状態ならば、たくさん雨が降っても地表の泥が川に連れ込まれることはなく、川の水は澄んでいるんだそうです。そして豊かな森では土はかならずふかふかに柔らかい(これは自分も体感として知っています)。

自然の仕事を邪魔しない、ということを、ミクロレベル(自分の庭)からマクロ(地球全体)まで、もっと考えて、実行していきたいな、と思ったのでした。はからずも、この「邪魔をやめる」とか「本来のデザインに協力的になる」というのは、自分自身(の心身)のレベルでは、アレクサンダーテクニークで、ずっとすったもんだしながら学ぼうとしてきたことで、(いまだにすったもんだしてるけれども)そうなんだ、もっと尊敬して信頼して協力していくことなんだよね、わたしがああだこうだコントロールするんでなくてね、とまた別の側面からヒントをもらっているようなふうです。

矢野さんのおっしゃる「水の動きには空気(風)が先行している」というのも、心身の感情の方向には思い(込み)が先行している、ということを思い出させるな。。。

20151003_125408それに、今回の作業で、雨水が道の表面を高速で走っていかないよう、小さな横木で堰をつくり、さらに地面の表面に炭をまいて、枯れ草をたくさん敷き混んだのだけど、こうして水の速度をちょっと緩めることで、本来あるはずの水の動き(縦に浸み入る部分)も起きるようになる、そのしくみも、アレクサンダーでいうところの「抑制」に近いように感じました。

地球をひとつの大きな有機体ととらえることが、なんだかリアルでした。矢野さんが最初に「みなさん今日は、トトロとかゴジラとかのおなかの上でこの作業をしているんだ、というようにイメージしていただくと、わかりやすいかと思います」とおっしゃったときは、「??」と思ったけれど、作業が終わるころには、なるほどそうか、と体感が来た。。。

生きものの上に暮らしているんだ、という自覚を持つこと。。それってかつてネイティブアメリカンの方や土地に根差した暮らしをしていた人たちはほんとうに普通に持っていたんだろうなと思う。

 

* * *

20150928_150301_2 20150928_164714_2 話しは大きく戻るけれど、矢野さんとのご縁をとりもってくれたヤブガラシという植物(野葡萄と間違えて連れ帰ってきちゃった蔓)は、結局、バスケットに編み込んでみました。

森のお手入れボランティアの「蔓切り」作業中に、切った蔓の中でしっかりしたのを少しもらって帰ってきてたので、それらとヤブガラシを組み合わせて、編みました。カラスウリ、ヒヨドリジョウゴなどとのまぜこぜバスケットになった。

Dsc00558 蔓でバスケットを編む場合、まず蔓を一度乾燥させてから、編む前に水に少し浸しておいてやわらかくして編む、というのが一般的だと思うのだけど、前回同様、またしてもグリーン(切った直後)の状態で編んでみた。

20150928_204520 20151005_145535乾燥するとどうなるか、見てみようと思ったのでした。1週間経って、だいぶ乾燥して、蔓の太さがやせました(写真左はできたて、右は1週間後)。結果的にバスケットの編み目にすきまができた。

前回グリーンな状態でジャスミンの蔓で編んだほうのかごは、みだれ編みにしたので、隙間の変化がわからなかったので、今回はっきりわかっておもしろかったです。

20150207_104438_2 20151005_145419 ジャスミンかごの場合はこんなふうでした。左が出来たて、右が現在(7ヶ月後)。

ああ、ひがな、有機土木や身近な生活道具の手づくりとか、そういうことを学んだり実験したりできる暮らしだったらいいのにな。。

仕事に戻らないと。。でもお金のための仕事と暮らしが切り離されてなくて、全部まるごとただ生活する、というふうになれたらなあと思う。。。お金の要らない暮らし、ゼロ円経済圏、などとつらつらと考える今日です。

| | コメント (0)