2017.08.04

バイクと、生木の木工と

Img_1797 今朝はながながとした、なかなか大変な目に会う夢を見たけれど、思い返すと身体感覚として残っているのは、原付バイクらしきものに乗っていたこと。。

1月に人生初の乗り物免許を取ったのが、原付免許。。。一生懸命勉強して取ったのに、合格したその日の教習で数時間乗っただけで、まだぜんぜん乗れていません。もとより、バイクとのご縁がまだなのだった。

公共交通機関では行きにくい、山奥や森のほうへ、行きたいと思ってのことだったけど、街中を原付で走ると思うとなんだか怖い。。。でも街を通過しないとその向こうへは行かれないんだよね。。。(汗)

ホンダのカブに乗りたいという希望があります(背が低いので、リトルカブ)。郵便屋さんドリーミング。フランスの郵便屋さんが乗っているというプジョーのモペッドもいいなーと思ったときもあった。

郵便屋さんの、あの一軒一軒回ってポストに手紙を届けて回る作業は、翻訳仕事の作業とよく似ていると、かねがね思ってきました。

一語一語を、ポストに入れて届けていかないと、なところ。1つも余さずに届けないと仕事が終わらないところ。

すっとばしが不可な、地道さがあるところ。。すっとばし不可な仕事はほかにもたくさんあると思うけど、郵便配達と翻訳はそれ以外にも、言葉を片一方からもう一方へ届ける、という共通項があるから、たぶんすごく近しい気分になるんだと思う。

訳したいなー、と思う本が、いくつかあります。仕事の翻訳に追われて、訳したい本を訳すなんて絵空事なんだけれど。

Img_1239 最近そう思ったのは、Barn the Spoonさんの「SPON」。この初夏に出たばかりの、彼の初の著書です。生木からのスプーンづくりについて、「新しい木の文化」について、森と木々のあいだで野泊まりしてきた人の視点から、語っていらっしゃいます。

どうも、木を使うモノづくりをされる方の中でも、Barnさんや、Mike Abbottさんのように、森の中で、木々のあいだで、寝泊まりしつつ、生木でつくる、ということをしてきた人たちに、とてつもなく惹かれます。

(Barnさんは、ちなみに、Mikeさんの森の工房でアシスタントをしていたこともある方で、わたしもMikeさんを通じて彼の存在を知りました。Mikeさんはいったん“引退”して森の工房をたたまれたあと、今はご自宅のお庭を工房にして活動されてます)。

日本の奥山でかつて暮らしを営んでいた、木地師の方々にも惹かれる。京都・美山の森を歩いたときに、かつての木地師の集落跡に出くわしたときは、感慨深かったです。

先日、目黒区美術館でやっていた「ヨーロッパの木の玩具―ドイツ、スイス、北欧を中心に」展へ行ったときも、はっきり体感したことがありました。

Photo 木を使うものづくりの端っこをかじっている身としては、この展覧会に興味を持ったのはなんの不思議もないことです。けども。展覧会場で、とてもよくできたさまざまなつくりの木の知育玩具を見ていたときと、「手仕事を愉しむ、伝統的な玩具」のセクションの、とりわけ「ライフェンドレーエン」という生木から手作りする手法のおもちゃを見ていたときと、自分の心身の反応が自分でもあきれるくらい違っていました。

つくづく自分は、生木の手づくりのものが好きなんだなー、木製ならなんでも好きなんじゃないんだなーと実感させられました。

ライフェンドレーエンは生のトウヒを輪切りにしたのを、木工ろくろでけずっていって、金太郎飴のバウムクーヘン版のようなものをつくっていって、そこから動物などのミニチュア細工をつくる手法です。以下の動画をみると、ひととおり工程がわかります。

美術館のショップで、クリスチアン・ヴェルナーさん作のライフェンドレーエンの動物たちが少し販売されていたので、大好きなカワウソとシロクマの2頭を連れ帰りました。Img_1765

クリスチアンさん(上の動画の中の人も、クリスチアンさんだと思う。。)はお父さんから技術を受け継いで、ライフェンドレーエン技法を習得された方。東ドイツ時代には木工業者組合を通じて販売ができていたけれど、東西ドイツ統一後は、車で寝泊まりしながらドイツ各地で自ら販路を開拓した、と紹介されていました。

森で寝泊まりしながら、自作の木のスプーンを売って歩いたBarn the Spoonさんと、少し姿がダブりました(Barnさんは徒歩で旅していたけれど)。

クリスチアンさんの工房があるエルツ山地には、家族中心の手仕事の伝統があって、今も100以上の小さな工房で木工玩具作りが続けられているとのこと。エルツ山地はかつて錫鉱山で栄えた場所で、木製玩具づくりは鉱夫の副業だったそうです。最初は自分の子どもたちのために作っていたんだそう。

ゲルマン民族研究家の岡部由紀子さんは、展覧会のカタログに寄せた「エルツ山地の八百年と木工玩具」という文で、「鉱山での仕事は若い時にしかできないきつい労働だったことと、けがをして鉱山で働けなくなった人が多かったことが、この地で木工芸が発達した理由のひとつでもある」と書いておられました。

東ドイツ時代は「11人以上の従事者がいた工房は強制的に国有化され、合併して大きな工場に再編され、流れ作業で玩具の大量生産に携わった」ともありました。でもクリスチアンさんのお父さんは、少人数の工房を構えていたので、東ドイツ時代も合併されず、独立した工房として仕事を続けてこられたそうです。そして3人の息子さんが、技を受け継いで、それぞれにいい仕事をされています。

たいへんなご苦労があったんだろうと思うし、今もあるのかもしれないと思うけれど、スモールスケールな生木の木工の手仕事が生き残っているのは、なんか、灯火みたいに感じられてしまいます。

+ + +

こんなふうに書いたけれど、目黒区美術館の「木の玩具」展の、手仕事じゃないほうの展示セクションも、興味深かったです。特に現在の積み木など、当たり前のようにあるおもちゃの起源だったという「フレーベルの恩物」の展示や、大正時代に使われていた「モンテッソーリの感覚教具」の展示は見ごたえありました!展覧会は9月初めまでやっています :)

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2017.07.10

運び運ばれていく旅:用の美・用のない美

Img_1666 突然の旅シリーズ、最後は、ついこないだまで行っていた鹿児島で、こちらは一件大事な用事があって行きました。急なことだったので、宿の住所と用事の場所の住所だけとりあえず把握して出かけけれど、なんかスルスルと運び(運ばれ?)ました。沖縄と北海道の旅で、だいぶんコントロールしすぎを手放して流れに身を任せることを覚えられたのかもです。

鹿児島空港について、例のごとく案内所のお姉さんに市内への行き方を聞こうと思ったら、係の女性ふたりはなんか雅やかにお茶をいれてカウンターの隅のお客さんに出していて、はて?と思ってよく見たらそこは霧島市のPRカウンターでした。で、ほんとの案内所は~?と数歩あるいたら、外への出口手前に鹿児島市内行きのバスの出発案内の小さな電光掲示板があって、そこに今夜の宿のHPに「最寄り」だと書いてあった「高速船ターミナル」に行くバスがあと5分で出る、とペカペカしていて。バスの券をどこで買うのか、わからんくて、とりあえず乗り場に行ってみたら、荷物係のお兄さんが「そこで買えば乗れすよ」とお外にある自動券売機を教えてくれて。言われた値段のを買って乗りました。

高速船ターミナル行きは本数が少なかったらしく、これを逃すと2時間くらい後になったらしかったから、助かりました。

Img_1513 バスを降りたら、そこは港でした。目の前にどーんと桜島が。でも桜島に行くことは今回はないかな、と思いつつ、椰子の葉が風でサラサラ言う音を、久しぶりに聞きました。港の脇の公園では、芝に座っておしゃべりするひとや、虫とり網で蝶を追う女の子。なんだか懐かしい光景でした。

宿までは歩いてほんの数分だったけど、歩いてるうちに汗だくになっちゃったので、宿のHPで紹介されてた近所の銭湯(鹿児島市内の銭湯はみんな温泉らしい)に行ってさっぱりしようと思ったけれど、名前だけ覚えてて、場所がわからず。宿には近隣のマップとかも見当たらず。宿の人もひっこんじゃっていて、うーん、どうしよう、と思ったら、宿泊者の男性がいらして、こんにちはとあいさつしたら、その人はたまたまこちらが地元という人で、「今日はどうするんですか?」と聞かれて温泉行きたいんですといったら、「ここは温泉の土地だからね、いっぱいありますよう」と。

で、泉質さえよければ、と言ったら、それなら桜島にフェリーで渡ってすぐの国民宿舎、あそこは泉質なら確実です、と。桜島にフェリーでってそんなに気軽に行けるものなの?と思ったけれど「地元の人間はふつうに行き来してますよ、24時間運航してるんですよ」と。プチたまげて、ならば行ってみようかな、と思いました。

Img_1537 Img_1533Img_1535フェリー乗り場まで歩けるけれど、暑いから自転車がいいですね、とその人に言われたので、言われたとおり、宿の自転車を借りて、自転車ごとフェリーに乗り込みました。こんなの初めてやったので、どきどきしました。ほかのみなさんは車か徒歩で、自転車はわたしだけ。。。車の列と一緒に乗り降りしたのでどきどきした。

Img_1538 そして言われたとおり、フェリーを降りてすぐのところにある国民宿舎の日帰り温泉へ。めちゃ鉄っぽいお湯で、地元の方が大勢いらしていて、「ここのお湯につかれば鉄瓶で沸かしたお湯を飲むのといっしょよ」と教えてくれました。そして「こっから車で10分行ったとこの白浜温泉もいいお湯だよー」と。「自転車でも行けますか?」と聞いたら「うん、行けるよ」と言われたので、次はそこ行ってみようと思いました。

* * *

翌朝は用事のある場所へ。待ち時間があってひまだったので、そこのロビーにあった雑誌やらの読み物の中から、木造住宅メーカーの冊子を出して見ていました。なんとなく手にとったけど、すごく快適そうなおうちばかり紹介されていて。よく見ると、夏至・冬至の日光の軌道を調べたうえで、冬の窓からの日射量を最大限にすべく「道路に対して斜めに」建てたり、窓際に落葉樹を植えて夏には日陰ができるようにしたり、壁の中に自然の空気を循環させて暖をとったり涼を実現するシステムを使っていて(10年前くらいに読んで感動した『まちに森をつくって住む』という本の中に、この空気循環システムも紹介されていたのを思い出しました)。で、その冊子の末尾に、この住宅メーカー、シンケンさんが鹿児島の中心街に北欧雑貨のカフェを運営していて、ランチを出しているとあったので、用事が終わったあと、行くあてもなかったので、そこへランチを食べに行ってみることにしました。マルヤガーデンズというビルの7F。

で、エスカレーターで上がっていくと、なにやら選び抜かれた感じの、とても佇まいの美しい生活品が並ぶお店があって、そこで鹿児島に伝わる民芸品などのコーナーも設けてあって、楽しくながめていたら、お店のお兄さんが声をかけてくれて、鹿児島に伝わる縁起物「おっのこんぼ」について教えてくれました。おきあがりこぼしです。家族の人数プラス1人分を、台所に並べておくといいそう。そして一度並べたら、ずうっと並べておいていいとのことだった。今でもお年寄りのお宅にいくと、まっくろになったおっのこんぼが台所に並んでいたりするんですよ、とのこと。

このお店には、今回もしかして行けたら行きたいとおもっていた、知的障がいのある方の支援施設、しょうぶ学園のみなさんによる手仕事の品々も並んでいて、うれしかった。

お店の名前を良く見たら、D&Departmentでした。関東でも見かけたことがある気がして、帰宅してからサイトをみたら「47都道府県に1カ所づつ広がる、食を含めた”その土地の個性を感じ伝え続ける仕組み”として現在国内8店舗が活動中」とあった。いい仕事しているなーと思いました。

Img_1554 で、D&Departmentのフロアからさらに7Fまで上がって行くと、シンケンさんのやってる雑貨カフェはこれかな?という場所がありました。緑いっぱいのルーフテラスもあって、ここでは養蜂もしていると書いてあった。そしてなんとミニシアター系映画館もありました。映画のラインナップをみたら、ちょっと気になる作品もあったけど、鹿児島まで来て映画でもないよね、とそのときは思った。

で、おいしくランチをいただいて。それから今日も暑くて汗だくだったので、またお風呂に行くことにしました。市内には温泉の銭湯が星の数ほどあるのだけど、宿のHPで名前だけ紹介されていたお風呂、湯乃山温泉の場所をネットでしらべて、街めぐりバスに乗って行きました。ここはおじさんが個人的に(?)経営されているような感じのこじんまりとしたお風呂。街からすぐなのに、別天地でした。

個人風呂と女性用のお風呂とどちらに入ってもいいですよ、と言われ、迷ったけど女性用の広いお風呂へ。なんせ気温が暑いし、お湯も熱かったけど、そのうちじわっと気持ちよさが来て、なんか知らんが、おかあさんに抱っこされてるみたいな感覚になりました。。。なんか泣けてきた。温泉に入ってこんなことになるの、初めてです。思えば、鹿児島に来て以来、どこにいってもクロアゲハ蝶やきれいな青い体の蛾がいて、もしかして一人旅がさみしくならないように母が一緒に旅してくれてるのかなあと思ったりしました。Img_1518

鹿児島は母が亡くなる直前まで療養に来ていた場所で、母がいた頃一度お見舞いに来たけど、そのときは父が道案内やらみんなしてくれたので、どこになにがあるやらわかってなかった。けど、日々治療に通ってた市内の病院の前も、母が泊まってたウィークリーマンションのある界隈も、今回通りがかったらすぐここだとわかって、懐かしくなりました。母と父と3人で入ったおそばやさんとか、うなぎやさんも見つかった。鹿児島にいるあいだじゅう、母のことをいつもよりいっぱい思い出していました。

湯乃山温泉でそうやって半泣きしつつひとりでお湯につかってたら、「毎日入りにくる」という地元の方がいらして、その方は「ここのお湯は市内で一番いいですよ、塩素も加水もなにもないそのままのかけ流しだからね」と教えてくれました(温泉のご主人は素朴なおじさんで、やさしい人で、「ここのお湯はぬるぬるしているから、すべりやすいから気をつけてね」としか言わなくて、泉質についての案内とかは目立つところに貼ったりしてなくて)。そのうち常連さんがさらにどどどっといらして、お風呂の中はいっきに団らんの場となりました。鹿児島弁のイントネーションが心地よかった。

Img_1568 脱衣所は窓が開いていて、扇風機。エアコンとかはなくて、どこも自然の風で涼むようになっていて。お外のお庭の池の横に、おおきな扇風機があるテーブルがあって、涼めるようになっていました。テーブルには穴が開いていて、そこからバナナが生えていました。飲泉用の蛇口が池の脇にあって、地元のおじさんがポリタンクに入れていて、近くにいたおばさんも「ここのお水は体にいいんだよ」と教えてくださったので、わたしも水筒にもらってきました。

夏なのでまだ陽は長くて、暑かったけど、お風呂に入って頭も洗って、濡れた髪に風が通ると涼しくて、そのまま街の中心方面へ歩きました。夕方は少し風も涼しかった。

それでもさすがにずっと宿まで歩くとなるとあづいなーと感じだして、途中にあった市営(?)のサイクルポートで自転車を借りました。市内のあちこちにサイクルポートがあって、200円の登録料を払うと30分以内なら無料で、どこのポートからも乗ったり、降りたりできるようになっています。なかなか便利でした。これでドルフィンポートまで行って乗り捨てて、ドルフィンポート内にある、薩摩の物産市に隣接する海鮮食堂でおゆうはんを食べました。

ここは窓から桜島を眺めながらごはんが食べられて愉快です。ドルフィンポートは、今回の鹿児島行きで初めて行きましたが、お気に入りの場所になりました。最初に空港からのバスを降りたらすぐにドルフィンポートだったので、ちょっと寄ってみたのだけど、なんかハワイみたいだった。ごく小さなショッピングモールなんだけど、各店舗だけが室内で、店舗をつなぐデッキはオープンエアで。そこに足湯やら、テーブルと椅子やら、小さな水場やらがあって、そのデッキのどこにいても目の前は錦江湾を望むのんびりした公園で、その向こうはどーんと桜島が見えるのでした。鹿児島の中心街の喧騒とはぜんぜん違う、のどかさがあって、わたしには天国のような場所でした。

毎晩、宿に帰る前にはドルフィンポートによって、地域物産市で売られているベーグルを1つ、翌朝の朝食用に買いました。

* * *

快晴で猛暑だった1日目、2日目を経て、3日目は目覚めたら大雨でした。わかってなかったけど、台風が来てたのでした。ポンチョと傘は持ってきてたけど、さすがにこの雨の中出かけるのはなあ、と思って、とりあえず、衣類の洗濯をして屋上のガス乾燥機に放り込み。朝食を食べて。今日は午後まで雨らしいので、こないだ見かけたミニシアターで映画を見ちゃおうか、と思い立ち、宿でご一緒した(の)さんにそう言うと、彼女は今は一時的にこの宿に長期滞在中だけど、そもそも鹿児島に住んでいる方で、いろいろお詳しくて、このミニシアターの支配人の女性がそれまで鹿児島で良質な映画を見れる場をつくろうと公民館とかを借りて地道にやってきたこと、それがマルヤガーデンズの上に常設のシアターを持てることになったこと、オープン前日のてんやわんやなど、いろんな興味深いエピソードを教えてくださいました。で、この映画館の支配人の方について「ご自身をまったくよく見せようというのがない人なんですよ」と(の)さんがおっしゃってたのが印象に残り、ときどき入口にいらっしゃることもあるというので、一瞬晴れ間がのぞいたすきに宿を出て歩いて、気になってた1本を見に行ってみました。

Img_1582 支配人の方は入口にいらっしゃって、ごあいさつできました。こんなすてきな場をつくってくださっていて、と言うと「見に来てくださる方あってこそです」と。ほんとうに素朴な感じの方でした。入口のカウンター下にあった「39席の映画館。いつもみんなで映画(ゆめ)を見て~」という手描きの貼り紙、すてきでした。

映画のあと、雨降りの予報だったのになんだか雨の気配がなくなっていて、少し中心街(天文館)あたりをぶらぶらしたのだけど、街にいるのはやっぱりくたびれるな、と思って、こないだ桜島の温泉でおすすめされた、もう1つの桜島の温泉を目指してみることにしました。いったん宿に帰って、宿の自転車を借りて、またフェリーに自転車ごと乗りこみました。

Img_1601 フェリーを降りてから時計周りに、島の1/4を自転車で走りました。すぐだと思ったら、これが意外と遠かった。。。7.5kmくらいあったみたい。50分近く、ママチャリで走りました。海沿いの道なのでアップダウンはほとんどなく、とにかく静かでのんびりした道で、車もほとんど通らずで、のどかに走りました。空は明るく曇っていて、カンカン照りよりも涼しくてよかった。それでも汗マックスになったけれど。走っていて左に海、目の前に緑の桜島御岳がどーんとあるこの道の感じは、またしてもハワイ・オアフ島の西側を走ったときの感じと似ていた。錦江湾には野生のイルカもいるというし、どうもここらへんはハワイ感がある。。。

Img_1591 白浜温泉センターもやはり地元の方御用達のお風呂でした。ここは露天風呂があって、台風一過の空にはまだ雲や風がだいぶ残っていたので、外で風に吹かれながら入るとちょうど気持ち良かったです。地元の方たちにとってはやっぱり団らんの場になってたみたい。よそものはおじゃまかなーと気にはなりました。ご迷惑かけないように、気をつけましたが。。

また50分近く自転車を走らせて港に戻りました。濡れた髪に風を通しながら。。。汗かかないようにのんびり走ったけれど、やっぱり暑くはなって、港の脇にあるローソンのィートインスペースで涼みました。ゆっくりしてたらどんどん黒雲が御岳の上に広がりはじめたので、いそいでフェリーに乗って戻りました。自転車でフェリーに乗り込むのは、何度やっても愉快です。

宿に帰って、明日、できたら行きたいと思ってたしょうぶ学園へのアクセスを、宿のパソコンで調べました。中心街からバスで30分、ということはわかったけど、バスが何時にどこから出るのかとかよくわからず、がんばって調べた。。。

* * *

翌朝は目覚めた時は晴れてたけれど、予報では午前中からまた雨になるとのことだったので、早めにチェックアウトして、しょうぶ学園を目指すことにしました。

Img_1613 宿でご一緒した(の)さんにさよならのご挨拶をしたら、河童の形をしたもなかをお別れにくださって。開けてみて、と言われて開けてみたら鼻がつぶれていので「ちょっと待って!」と走っていって「こっちのが状態がいいかも!」と別のと取り替えてくれました。昨日が誕生日だったから、お祝いにみんなに配っていたの、とのこと。そういうお祝いの仕方、いいなあ、と思った。(の)さんはいろいろにおやさしいし、興味深いお話をいろいろしてくれて、おかげさまで一人旅だったけど夜も寂しくならずに過ごせました。ほんとにありがとうでした。

そしてこの日も湿度マックスの中、街路樹や建物の日陰を渡り歩いて天文館バス停へ。ただ天文館バス停といっても数カ所あるし、バス会社もいくつもあるし、なかなかトリッキーでした。やっとしょうぶ学園まで行く路線のバス停を見つけた頃にはすでに汗だく。。。日なたをさけるようにしてバスを待ち。。。バスに乗った後、エアコンで涼みました。

中心街から20分くらい走ると、緑の山の中を行く感じになって、ぐっと幸せ度が上がりました。それからまた市街地に出ました。しょうぶ学園はバス停から徒歩1分とサイトに書いてあったので、バス停を降りた後のことは調べずに行ったら、バス停のまわりはただただおうちがあるばかり。東西南北どちらへ行ったらいいかもわからずでした。しかもカンカン照り。。。小さい日陰を見つけてうずくまって、対策を考えていたら、道路向こう側のバス停に、バスを待つ人が表れたので、いそいで行ってその人に尋ねました。

Img_1623 そしたらもうすぐそこですよ、と教えていただけて、歩いていったら、なるほどすぐでした。敷地へ通じる道は両側の並木が美しくて、そこを抜けると広い敷地内に工房やカフェやショップやギャラリーが点在していました。

Img_1641Img_1643 それらをつなぐ道を緑や木々が縁取っていて、広場の真ん中らへんにはロバと羊がいてのんびりしていた。住宅街の中の一角なのに、この敷地内は生物多様性が半端なかったです。ロバ・羊舎の脇に小川がしつらえてあって、その周囲にも草木が豊かに茂っていて、赤とんぼ、青トンボが飛び交っていて。小川の水の中をのぞくと、タニシ(?)がいっぱいいた。いったいこれはどうやってるんだろう?と思ったほど、人工の場に有機的な命の広がりが実現されていました。

しょうぶ学園は障がいのある方のための支援施設で、利用者の方はここで暮らしている方もあれば、通ってきている方もあるようでした。

まずSギャラリーという、利用者の方による作品を展示しているギャラリーへ。歩いてきて暑かったので涼みたくもあって入ったら、ぶっとんだ。nui projectという、縫うという行為から生まれた作品たちが並んでいたんだけども、どれも、目を見張る美しさでした。何人かの人がそれぞれに”縫った”作品が並んでいたけれど、そのすべてに、ここの敷地内の自然環境に通じる確かな有機性がありました。命の表現なんだな、ということを、実証している、と思いました、この有機性が。。発露、なんだと。。

Img_1624 それから、とりあえず一息つこうと、向かいのパスタカフェOtafukuへ。ここも、予想をはるかに超える居心地の良さで。妙なことだけど、鹿児島にきて今がいちばんほっとしているかも、と思ったくらいです。2階の、大きな窓いっぱいに桜の青々とした葉っぱが風で揺れるのを映画のように眺められる席で、ランチをいただきました。オーダーをとってくださった店員さん、ドリンクのチョイスを1つ1つ読みあげてくださるのがうれしかった。

Img_1629 松の実ソースの、コイン型の型押しパスタ。器もここの利用者の方の手仕事の品で、パスタを食べ進むと下から数字の列がが出てきました。

Img_1631 メニューを束ねてある革のような質感の和紙のカバーも、スープ皿の受け皿の木のお皿も、磁器のパスタ皿も、陶器のナプキン入れも、デザートが入ってきた朱塗りの木の器も、木のスプーンも、ここのみなさんの手仕事の品です(コーヒーカップとソーサーは、ここの方が選んだ、別の土地の作家さんの作品だそうでした)。壁のアート作品も、店内の内装のディテールにも、利用者の方の作品がそこここにありました。

Img_1644_2 別棟のショップの入口の床のタイルも、1枚1枚が作品でした。

Img_1632 カフェレストランのテーブルに置かれた伝票の裏にあった言葉が、ここの、この心地よさのわけをひとことで表してるように思えました。

しょうぶ学園とこれまで44年歩んでこられた施設長の福森さんは、民藝の心得のある方だということはどこかで耳にしていたけれど、民藝とアートとがこうも有機的に交わっている場になっているとは、予想以上でした。用の美と、用を目指さない美と、その両方が等しく大切にされている場の心地よさ、といったらいいのかな。この環境がまるごとひとつの表現というか。。

自分の中である種対極的だったものが、ここでは地に足ついて調和していたので、、、あ、この境地、と、、まだおぼろで頼りないけど、道案内をいただいたような、なんかひとつ通路?回路?が開いたような、そんな感じがしています。

ショップには利用者のみなさんと“コラボ”した作品がたくさん並んでいて、じっくり拝見しました。とっても気になるものはたくさんあったけど、荷物と予算の関係で連れ帰ってきたのは2点。小さな陶器の器と、段ボールで作ってあるおうち型のポストカード。

Img_1645 ペイント植木鉢も大変すてきで、見ているだけで楽しい気持ちになりました。

スタッフの方と利用者の方とが一緒にこの場をつくっているのが、伝わってくる場面にも出くわしました。わたしがショップを見てまわったあと入口へ戻ると、その脇のほうで、スタッフの方と、ショップまわりでのお仕事を受け持っているらしい利用者の方が、小さなミーティングをしていました。そうやってその場その場で、何を難しいと感じてるのか、など、お互いのありようを確認しあっていってるんだなあ、という印象を持ちました。

バスでまた天文館に戻って、最後に、母が療養中滞在していた一角を歩いて、そこにある温泉銭湯に入りました。4年前?に母のお見舞いに来たとき、ここの銭湯で、介護職をしている姪っ子さんが手造りしているというEM石鹸を2つ買って帰ったら、これが虫刺されにも効くし、すっかり愛用していたのだけど、そろそろ2つ目がちびて来ていて、もしまだ売っていたら、買えたらいいなと思っていました。今回、ないかなーと思ってたら、さほど目立たない感じで棚の上に、籠に入って並んでいたのを見たときは嬉しかったです。

ひと風呂あびて、手造り石鹸を買って、カンカン照りの中、また街路樹や建物の日陰を伝い歩きして空港行きバス停へ。帰路に就きました。

* * *

まったくの一人旅は、かなり久しぶりだったけれど、相方は豆に携帯にメールをくれて、きょうだいともラインができて、宿やお風呂でご一緒した方たちともお話できて、意外とぜんぜん寂しくなくて、むしろ、ちょうどよい感じでした。宿のグリーンゲストハウスもものすごく快適で、清潔で、何不自由なく過ごさせてもらえて、ありがたかったです。

LCCの飛行機も、手軽に券を買って、軽い手荷物だけもってポンと乗れて、ポンと降りれて、快適でした。前日に航空券を買って旅に出るのは、学生時代にしたきりだったけど、やっぱりいいな。思い立ったら吉日、です。今回は旅のメインの理由(用事)がそんなにノリノリに前向きなものではなかったので、そこまでノリノリに楽しい一人旅ではなかったけれど、こういうふうに遠くに出掛けられる可能性というのは、前回の北海道と合わせて、十分に体感できました。

Img_1520 Img_1656 連日あづくて汗だくになって歩く/自転車で走る→かきごおり(白くま)食べる→温泉に入る(鹿児島市は銭湯が全部温泉らしかった)の繰り返しで、なんだかシンプルにただ存在していたという感じの日々で、デトックス?されたような。。

相方と一緒に旅していたら3倍楽しかっただろうな、とは思うけれど、今回は自分の体調のせいもあるのか、ひとりでいることもちょうどよかったです。知らない土地にひとりでいるのって、独特の開放感があるもんだなーと思いました。

蝶やきれいな蛾やトンボにいっぱい会えたのも、うれしかった。暑さと湿度はほんとにやばかったけど、南国ってやっぱり好きだな、と思いました。鹿児島のみなさま、お世話になりました。。

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2017.06.15

自然にあること、ほんとうのこと

Img_1066 大家さんとお庭を共有してる南側の窓向こうに、グリーンカーテンが自然と育ってきてくれました。以前はゴーヤで茂らせたり、去年はいただいたフウセンカズラの種から苗を育てて、フウセンカズラカーテンにしたりしたけれど、今年は春になんにもできず。。。夏の暑さが心配と思っていたら、ブドウに似た葉っぱを持つ野草が、おのずと生えてきて、茂ってくれています。

今年は野菜類も、春に新たに種まきをしたりがぜんぜんできなかって、残念に思っていたら、去年の春に種をまいたミニトマトが冬越しして、今また実をつけてくれています。ありがとう。

今もまだ、とてもしんどくなるときがしょっちゅうあって、つらいのだけど、やさしくしてもらっている、ように思います、こういうとき。

そういえば、今年はいつも春になるとキッチンに大挙してやってくるアリたちが、やってこなかった。毎年、ひとしきりアリーズとのやりとり(やってくるたびに専用のポンポン玉でからめて、勝手口から外へテレポートしてもらったり、通り道を確認してそこにみんなが入り帰ったあと、入口を練り消しゴムでふさがせてもらったり)があるのに、今年はなかったので、不思議。

お風呂場には数匹だけやってきていたっけ。それもほどなくして来なくなった。

かわりに、一度、壁のわずかな裂け目から大勢の羽虫がぼとぼとと落下してきて、そのみんなが明るい方にむかって、勝手口の網戸にびっしりと集まっていたことがあったっけ。あれはびっくりした。網戸を開けてあげたら、みんな外へ出ていったけども。なぜか産卵場所はうちの壁の中(?)だったようでした。

あんなことは初めて。。。虫たちのみんながみんな、網戸でふさがれた勝手口から外へ出ようとしてたこと、印象に残っています。自分の心の中を映していたかのように、思いそうになりました。

Img_1114 今日は、「猫の額庭」に、ヒメヒマワリの一番花が咲いています。毎年同じ場所に出てきて、毎年咲いてくれているヒメヒマワリたち。これまでも心のなぐさめになってくれたこと、何度もあった花です。青空にとても映える黄いろ。

こうやって季節のことを確認して、文字にして、書いていることの意味は、自分の精神にとっての養生のみ、と、よくわかっています。今は書くことが、自分を保つためにできることだと感じる。こういうふうに言葉を使っていいのかどうかな、とか思うところはいろいろあるけれど。

季節のめぐりを記録すること。自分の言葉を発すること。それで、なんとか。なだれのように崩れ落ちていかないようにしているようなふうです。

こころから明るいほがらかな気持ちになれなくなって久しいです。こういうときも必要なんだろな、とは思うし、なにかとのバランスをとっているのだろう、とも思うけれど。キラキラしたものに接すれば接するほど、違和感が大きくなっていくのを、どうしようもできずにいます。

今の時代は、言葉にも写真にも映像にも、「ほんとうのこと」が成分として少ない気がしていて。「ほんとうのこと」が逃げて、スカスカのものを、やりとりしあっているような。。。

こういう想いも全部、調子の悪いわたしの脳みそのせいなんだろう、とも思うけど。

* * *

Img_1002_2 こないだは、母の命日で、久しぶりに父に会ったので、少し早いけど父の日のプレゼントに、陶芸ワークショップでつくったお皿をあげたら、おもいのほか喜んでくれて、うれしくなりました。

Img_0867 Img_0855 ハコベとヘビイチゴで模様をつけたお皿。どちらも大好きな野草。北鎌倉の「たからの庭」にある「たからの窯」でのワークショップでつくりました。たからの窯の庭や周囲に生えている木の葉や草を自由に採取して、好きな模様にしてよかったのだけど、すぐにハコベとヘビイチゴに決めました。Img_0848Img_0849

こうした野の草や野菜とかが今も大好きなのは、小さかった頃父が畑をやっていて、作業をするときよくわたしを連れて行ってくれていたからかも、とふと思いました。

小さい頃の記憶はうすらぼんやりとしていて、あまり覚えていないのだけれど、畑で過ごしたときの記憶はあざやかです。トウモロコシがわたしの背丈より高く育って、立派な実がなっていたようすとか。畑の端に、父が抜き取った草を山にしていたようすとか。畝と畝のあいだにしゃがんだときの感じとか。

ある年、イチゴを畝1つ分つくったのだけど、収穫できたのはたった1粒だったこと。その1粒を父がわたしにくれたこと。これもよく覚えています。今でも食べ物の中で一番好きなのがいちごなのも、このせいかもしれない。

そんなことを思い出すと、野草の模様のお皿(まんなかはイチゴの葉っぱによく似たヘビイチゴの葉っぱ)を、父にあげることができて、うれしかったです。

Img_0852 「たからの窯」は山あいのとても静かな場所で(駅から歩けるのに、登山道の入口あたりにあって)、うかがったのは雨模様の日だったけれど、とても安らぎました。また行きたい。

このお皿を見て、陶芸家の友人が「いいスジしてる、さすがクラフトウーマン(笑)」と言ってくれて、いやいやそれはひとえに、初心者でもつくれるように工夫してくださってる先生の努力のたまものなんだよ、と思いましたが、クラフトウーマンと言われてふと考た。

グリーンウッドワークや靴下を編むことなど、手仕事はやっぱりすごく好きだけど、これは母ゆずり。だけど、母が真剣に取り組んでいたジャンルの手仕事はやってこなかったな、と思いました。自覚的に避けてきたわけではぜんぜんないのだけど。パッチワーク、彫金、ステンドグラス、洋裁、レザークラフト。どれも今となっては、やっていたらよかったのに、道具もみんなそろっていたのに、と思うけど、やろうと思ったことはなかったのでした。母を越えられはしないことが明白だったからなのか、何なのか……?

20131012_133124とくに縫い物をしているときの母の手は「魔法の手」だったと今も思う。晩年母が一番気持ちを注いでいたのはパッチワークだったけれど、あの気の遠くなるようなサイズのものをひと針ひと針、手で縫っていた姿を覚えています。いつもみんなが寝た後、夜中の2時くらいまで縫っていた。

癌が進んで、目がかすむようになってからも、針を持とうとしていたことも、印象に残っています。母の遺作は、布を継ぎ合わせるところまでが終わっていて、あとはキルテイングするだけなのだけど、わたしは今だに完成させられずにいます。

Img_1070 個人的には母の彫金の仕事が、好きでした。形見分けでもらってきたこれは、今もお気に入り。オリーブの枝をくわえた鳩のモチーフ。かわいいです。

小学生のとき、自分で柄をデザインしてレザークラフトでつくってもらったペンケースも、今も持っています。

で、陶芸の話に戻ると。陶芸は前からあこがれてはいたけれど、やっぱり、自分のすることだ、とは思ってこなかったのでした。これもたぶん、祖母と祖父が陶芸をやっていたせいかもしれない。ふたりしてさまざまな器やお皿やカップを大量につくっていて、ふたりが亡くなった後、父と母は整理が大変だったみたいでした。で、かなり処分したらしかった。父は少し陶芸に興味を持っていた時期があったけど、結局やらなかったのは、「焼きものは作ったものが残りすぎる」という理由だったように記憶しています。割って処分しないといけないから、と言っていたような。

祖母と祖父はふたりとも手びねりでつくるのが好きだったらしくて、味のある(くせのある、ともいう?)ものばかりだったから、父と母にとっては使い勝手がよくなかったりしたのもあったかもしれないです。

Img_1110 でもああいう器は、重ねにくかったり洗いずらかったりしても、やっぱり好きだ。。。で、祖母の遺品の整理のときに、処分用の段ボール箱につっこまれていた中から「わたしがもらう」と言って引き取ってきたカップやお皿は、今もわが家で活躍しています。祖母と祖父のサインが裏に入っている、素朴でかわいい手づくりの器。楽しんでつくったことが伝わってくるものばかりです。Img_1109_2

野菜づくりも、暮らしの道具づくりも、それにいそしんでいる姿やその仕事を見せてもらってこれて、ありがたかったな、と思う今日です。自分が受け取ってきたもののすばらしさが分かるのは、こんなに年月が経ってからだったりするんだな。。。当たり前のように自然にそこにあると、なおさらそうなのかな。。

なんだか申し訳ない気持ち。

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2017.05.28

調子バロメーター

Img_0835 調子が少しずつ上向いてきました。いっときはずいぶんしんどかったけど、おかげで自分の気質・体質についていろいろ掘り下げて学んだり見つめ直したりできてよかった、と今は思えるようになりつつあります。

調子バロメーターは、まず、自転車で外を走っていて「風が気持ちいい」と思ったこと。気持ちよくて、うれしい、と思えた自分に気づきました。

Img_0933 それから、ちょっとずつ、相方と庭の草取りをしたり、思いつきでipod touchの待ち受け画面を思い出の写真に変えてみたり、急にひとりの夜にキャンドルナイト(というか正確には古い天ぷら油と古布とワイヤーで自作したオイルランタンナイト)をやって過ごしてみたり、Img_0940 立ち読み(座り読み)可の本屋さんでさんざん過ごしたり、久しぶりのメニューのごはんをつくってみたり、ものすごく久しぶりに映画のDVDを借りてきて相方と見てみたり(アキ・カウリスマキ監督の「コントラクト・キラー」という映画、よかったです、タイトルに反してぜんぜん怖くない純愛映画)、少しずつ自分がうれしいと思うことを思い出したりできてきて、こうしたら楽しいかも、と考える意欲も戻ってきました。

やらくちゃいけないことじゃないことをやる、のが大事だったみたいでした。。。

でも不思議だったのは、いちばん気がふさいでいたときは、仕事に助けられていた感じがすごくあったことで。(自分にとっては)やや大きめの翻訳仕事があって、それをひたすらずうっとやっていました。気がふさいでいるのに、意外と言葉の出は良くて、ずーっとやり続けていることができました。ほかのことは何もできなかったけど(家事とか人づきあいとか)、あのときは仕事があってくれてよかったです。おかげさまだった。。

それが終わって、その後もう1本、急ぎの仕事も終わって、お休みを3日ほどいただいて、そのあいだにどんどん自分が取り戻ってきた感じです。この間、家族・友人のおかげさまも大いにあって、さりげない一言で、だいぶん救われたりもしました。。

調子が悪くて、相方と衝突もしたときもあったけど、おかげさまで仲直りできました。それで今まではけんかをしないことがいちばんいいことだと思って疑ってなかったのが、少し考えが変わった気がします。けんかを全然しないことよりも、けんかしてその後仲直りできることってすばらしいな、と。。。

Img_0834 今日は、ほんとうにひさしぶりに日曜日らしい日曜日で、一瞬、しあわせだなと思いました。朝起きるときはやっぱり、今日一日に立ち向かうエネルギーがない感じで苦労したけど、起きれたらその後は、休み休みではあったけど、プルメリアの鉢植えの植え替えができて、古くなったキッチンコンポストの中身を裏庭の猫の額畑に梳きこんで、新しいコンポスト基材(ピートモスともみがらくん炭)を仕込めた。。相方もギターを弾いてうたをうたってくれたりしました。ほんとうにありがたい。。。

焦りと不安が一瞬遠のいて、今ここにゆったりいられました。ものすごく久しぶりの感覚でした。ここしばらくは、なかなか眠れなかったり、眠れても夢の中で自分だけ眠れずに明け方まで起きているという夢を見たり、ほかにもストレスフルな夢を見ることが続いていたので、ありがたい気持ちです。

* * *

Img_0960 昨日は久々に手を動かすことをできて、それも調子バロメーターとしては大きかったです。手持ちのトライポッド式の焚火台にセットできる、グリル網を(半)自作しました。

ひょんなことから今度、近所の浜で夕方から焚火ごはんしよう、ということになって、少し前にどんなメニューがいいかな、とつらつら考えていて、まだ夜は肌寒いからスープと、あとは具材をてきとうに各自で焼いて挟んで食べる「なんでもサンド」はどうか、と思い立ちました。

で、うちの近所の浜は直火はいけないことになっているので、手持ちの焚火台を使うわけだけど、これで焚火をしつつスープと焼き物を同時に調理したことがないので、どうしようか、と……。

このライダーズファイアクレードルという三脚兼焚火台は、三脚の下の方にあるメッシュ状の三角形のワイヤーシート上で焚火をするもので、分解してとってもコンパクトに持ち運びできて気に入っているのだけど、上から自在鉤で鍋やかんをつりさげられるようになっている以外は、調理のしようがない感じで。

焼き物は、じゃあ、テレスコーピックフォークで各自手にもって焼いたらいいか、とか、フォイル焼きでいいか、とも思ったけど、1人分のサンドイッチの具をフォークに全部刺して焼けるかいな?フォイルの開け閉め面倒かな?と疑問が湧き、やっぱり焼き網を焚火台の上にセットしたいな、と思いました。

で、丸い焼き網をワイヤーで自在鉤から吊るしたら?と考えて、ホームセンターでワイヤー材料を探してみると、1mm径のステンレスワイヤーロープというのが軽そうで、熱と錆びに強そうで、扱いもしやすそうでいいな、と思えました。で、なんとなく1.5m分、購入。ワイヤーロープの端の始末には、オーバルスリーブという金具の部品を使うらしく、それも近くに売られていたので一緒に買ってきました。

丸い焼き網(直径24cm)も買ってきて、まずふつうのひもで、自在鉤から網を吊るすシミュレーション。そしたら、これを吊るすと、同時に自在鉤に鍋やかんを吊るした場合、鍋やかんを自由に火からおろせない、とわかりました(←気づくの遅め。汗)

Img_0958 それでぼんやりとひもをあれこれやってみていて、あ、と思いつきました。それがこの、ワイヤーロープを網に通して三脚の脚にひっかける方式。これなら自在鉤に吊るした鍋もやかんも自由に外せます。

丸い網の三カ所にワイヤーロープを通して、ワイヤーロープの両端を合わせてオーバルスリーブに通して(このオーバルスリーブはペンチでつぶさずにそのまま)、最後にロープの両端の処理をそれぞれしました(なんとなく丸い輪をつくってオーバルスリーブに差し込み、ペンチでスリーブをつぶして留めました)。

Img_0951 つぶしてないほうのオーバルスリーブが留め具になって、ワイヤー全体の三角形の大きさが自由に変えられるので、結果、焼き網の高さが火加減に応じて自由に調節できることになりました。これはよいかも、と思いました。

端を輪っかにしたのは、なんとなく、ものを掛けたりできる場所になって便利かな、と思っただけです。(追記:やっぱりもう少し網の位置を下げられるといいかもと思い直して、端のループは両端ともぎりぎりまで小さくしてみました。)

材料を手にしてあーだこーだとやってみたりすること、ほんとに好きなので、こんなささやかなことだったけど、元気出ました。ワイヤーロープは1.5mもあったら長すぎかな、と思ったけど、こういう使い方をするならちょうどよかったです。

今度、実際の焚き火ごはんで、どんな具合か見てみるのがたのしみです。ワイヤー部分が熱せられると熱くなるので、触れないように注意する必要があるかもだけれど、あとはそんなに重たいものを焼き網に載せる予定はないので(野菜とパンだけ)、大丈夫かなと思っています。

焼き網が124円、ステンレスワイヤーロープが1.5mで174円、オーバルスリーブ金具が複数入って213円と、予算をほとんどかけずにできたのも、よかった。。。

ゆらゆらしつつ、こうやって小さいことを喜んで、なんとかやっていけたら、と思うこの頃です。

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2017.01.30

色板づくり

20170128_115027 うまく、ものを考えられない日が続いています。

体調が相当に悪い。。のもあります。冬季鬱は海のそばに引っ越してからすっかりなりを潜めていたのに、今年はどうも、うまくやりすごせず、すったもんだな感じです。

でも手を動かしているあいだは、すべてを忘れられる。

こないだは、それで、一時帰国中の3歳の姪っ子のために、色板づくりを始めて、丸一日作業していました。仕事やらなにやら、やらねばなことを全部ぶっちぎって。。。。。。

色板とは、モンテッソーリ教育で使われている感覚教具の1つです。でもモンテッソーリの正式な教具って、木製で仕上がりも完璧に美しく、とてもいいものなので、お高いのです。

だから、同じような用途のものを、家庭用に自作できたらいいのにな、と思うことは多かったのでした。いろんなもので代用したり、工夫されている方も多いみたいです。それに、モンテッソーリ教育のことを教えてくださっている深津高子さんから聞いたなかで、私にとって印象的だったことはいっぱいあるんだけれど、そのうちの1つは、高子さんが最初にモンテッソーリ教育に出会った、ある途上国の幼稚園では、竹など現地で手に入る素材で感覚教具を手づくりしていた、というお話。

完璧に美しい教具でないといけない、というわけではないと私も思うのでした。でも子どもにとって扱いやすいことは大切だ、と思うのだけど……。

20170127_161419 20170127_110828_2 そんなこんなで、わたしなりに考えて、色板をつくりました。材料は、花札2セット、100色折り紙、セロテープ、両面テープ。あと、出来上がった色板の入れ物用に、木箱と、アクリルの仕切り箱(この木箱と仕切り箱は関係ない品同士だったけど、まるでセットかのようにサイズがぴったりでした!)

100円ショップをよしとしない気持ちはあるのだけれど、こういうときに頼りになるのは、100円ショップだったりします。100色折り紙は文具店で買いましたが、その他はCan Doという駅前の100円ショップで見つけました。花札は見当たらず、店員さんに「ありますか?」と聞いたら、奥から在庫を出してきてくださいました。

黒地の花札。イメージしてたとおりのお品。

これを2枚、中表に合わせて、そこに折り紙をまきつけて、留めるわけです。(せっかくきれいな花札につくってくださった業者さんには、申し訳ないですが……)。

<こうやって作りました>

20170127_110805 ①まず100色折り紙から、7色×7つのグラデーションの折り紙を選びました。(最初は9色×7グラデーションにしたけど、考えてみたら花札の枚数が足りませんでした(^_^;)

20170127_174302_3 ②折り紙の対角線上に線を引いて、その1ミリ右にもう1本線を引きます。(1ミリ=花札の厚み)。


20170127_174356_4 ③右の線に沿って花札を縦に置いて、右端にはみ出る3角形の部分を、折り上げます。

 

20170127_174459_5 ④折り上げた線に沿って、花札の短辺を置きます。花札の右隅が③で折り上げた3角形の右角と合うように。そして花札の長辺から右側にはみ出る部分の折り紙を、折り上げます。花札を縦に2枚並べて、向こう端まで一直線に折り上げます。

 

20170127_174550_4 ⑤同じように、③で折り上げた三角形の逆側(左)の角に、花札の左隅を合わせて、花札の長辺の左側にはみ出る部分の折り紙も、折り上げます。

 

20170127_174611_5 ⑥ ④と⑤で折り上げた線から外側5ミリくらいを残して切り落します。

 

 

20170127_174633_4⑦切り落とした耳を、きっちりと折りたたみます。

 

20170127_174721_2 ⑧ ③で折り上げた3角形の部分に、縦に花札を合わせます。花札の柄の中央(上から2.75ミリのところ)に折り紙の3角形の頂点がくることを確認して、テープでとめます。

20170127_174920_220170127_174843_2⑨ 向きを逆さにしてから、この花札の上に、もう1枚の花札を、中表に重ねて、そのまわりをぐるりと、折り紙をひっぱるようにしながらくるみます。角の部分にしっかり折り目をつけながら。

 

20170127_175037_2⑩最後に逆側の3角形が余るので、そこもしっかり折り目をつけてから、2枚目の花札の表側に、3角形の頂点を当てて、テープでとめます。

 

20170127_211613⑪2枚の花札のうち、1枚の表側に、両面テープを貼って、端がそろうように気をつけながら、2枚の花札を中表に留め合わせます。

 

20170128_114122

できあがりはこんな。7×7で49枚の色板をつくりました。

花札は1セットに50枚入っています(白札2枚含む)。なので2セットで100枚あって、98枚使ったので、ちょうど2枚だけ余りました。

入れ物の木箱の中に、さらにアクリルの仕切り箱を入れましたが、アクリルの箱は、底の四隅にちょっとだけ高さがつけてあったので、色板を入れたら高さオーバーになってふたがしまりませんでした……。ので、この四隅の足の部分は、ノコで切り落としました。

あと、色板は7色分あるけど、このアクリル箱は4つにしか仕切っていないので、木の細い丸棒を切って、仕切りを作りました。

7色なので、8等分すると1カ所余るので、そこにはなんとなく、「あしたの森」のブロックを入れてみた(^^)。

20170129_220504 色板をしまうときに、わかりやすいように、アクリル箱と木箱の底の間には、色紙を挟んでみました。

これでいちおう、完成です。でも色板の本体部分の花札も紙製、色の部分も折り紙だから(折り紙基準を満たした丈夫な折り紙ではあるけれど)、遊んでいるうちにすりきれたりしてしまうだろうなあ、と思う。。。

耐久性はそこまでないだろうな。。。耐久性を上げる工夫をまた、考えたほうがいいかなあ。。。

遊び方は、こんなふうにするみたいです。

20170128_114729 ①布の上に(このランチョンマットはちょっとシワシワやけど(^_^;)、1色分の7枚を、濃淡をランダムに並べて出します。色板を持つ時は色の部分でなく、端を持つようにします。

20170128_114819_4 20170128_114745_4 ②布の端に、濃淡の順に、並べていきます。濃淡の判断は、本人の主観でしてもらうのみ。「正解」はありません。どんなふうに本人が並べても、「今のこの子は、こういうふうに濃淡をとらえているんだなあ」と思って見守ります。

20170128_114929 ③次の色の7枚をランダムに出してから、また濃淡の順に並べます。そして他の色も繰り返し。

20170128_114053 今回の来日中に姪っ子と一緒に遊ぶのは叶わなかったけど、次回は一緒に遊べたらいいなあと思っています。

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2016.11.11

旅とグリーンウッドワーク

急に寒くなってきて、にゃみちゃんの命日に毎年吊り始めるバードフィーダーに、今朝は「補充まだですかー」と催促するかのようなシジュウカラの声がきこえて、あわてて補充しました。

いつも近所のペットショップのおじさんのところで売っている、ビニール袋一杯に入ったひまわりの種を買って、フィーダーに入れています。これをシジュウカラはじょうずに殻を割って食べるので、見ていて楽しいです。

少し前まで、また岐阜へ行っていました。グリーンウッドワークのお勉強と、相方との小旅行が合体した、いつもよりちょっと長い滞在になりました。

Dsc01260 お世話になったおうちは窓を開けると鮎が跳び跳ねるあおい川面がすぐそこという、パラダイスのようなところ。夏場はここで泳げるそう。お隣のおばあちゃんから、鮎が数尾跳ねるときにはその下に2、3千尾いるんだよ、と教わり、びっくりしました(あれ、もしかしたら2,3万だったかも!記憶がおぼつかない。。)。

朝、太陽がふりそそぐお外のもの干し場所にテントのグランドシートを敷いて、ちょっとだけ太陽礼拝をしました(太陽礼拝は8月下旬から毎朝欠かさずやっていたのだけど、さすがに岐阜への夜行バスを降りた朝はできず、残念だったので、人のおうちにお世話になっているときだったけどちょっと失礼してやらせてもらいました)。

ひとしきり動いてから、あお向けに横になって青空を見上げながら休んでいたら、もの干しのとこにヤマガラが飛んできました。「あ、ヤマガラだなあ」と思ってそのまま休んでいたら、ふっとそのヤマガラがこちらのほうへ飛んできて、わたしの顔の数メートル上の空中で数秒静止しつつ羽ばたいて、それから左手の大木のほうへ飛んでいきました。あんなこと小鳥にされたの、初めて。朝のあいさつをしてくれたみたいな気がして、うれしかった。。

Dsc01292川べりではハクセキレイが何羽も飛び交っていて、かわいかった。

あと、おもしろかったのは、家にあがりこんできたカメムシ。川べりのおうちなので、季節になるとたくさんのカメムシがあがりこんできたがるそうなんだけど、もう秋も深まって、ほんの数匹がやってきていました。で、見つけたら、とりあえずうちわに乗ってもらって、お外へ運んだのだけど、その中で1匹、すごくおもしろいのがいました。うちわをそばへ敷いて、はいここへどうぞ、と言っただけなのに、すぐさまたたみの上でひっくりかえって足をバタバタさせるんですね。で、見てるとまたばっとひっくりかえって元の向きになって。そしてまたばっとひっくりかえって仰向きになってみせる。。。なんか、これ、遊んでいるのか?と思いました。カメムシは危険を感じると臭いにおいをだすそうだけど、臭いにおいは出していなかったし。。。この個体のこの行動は謎でした。でも最終的にはうちわに乗ってもらって外へお見送りしました。

この川べりのおうちでの時間はとても幸せでした。その環境だけでなく、(ほ)さんの使っている生活道具やそのしつらえがどれも美しくて、心たのしくなる。。。(ほ)さんはグリーンウッドワークのお仲間なのだけれど、グリーンウッドワークのほかにも陶芸や鍛金などもされていて、そうやって手づくりされたものたちが、(ほ)さんに一目ぼれされてやってきた、厳選されたものたちと一緒に、日々活躍しているのでした。

鍛金ってはじめて聞いた言葉だったのだけど、銅を打って形にしていくもので、すごく美しかった。銅の色がとりわけ好きなので、銅のボウルを見せていただいたときは舞い上がってしまいました。

そして先日海辺のキャンプ場で出会ったおばさんの娘さんが昭和村のからむし織を継いでいてびっくりしたわけだけど、なんと(ほ)さんは数年前に昭和村でからむしの収穫と糸作り体験をされていて!またしてもびっくりしました。。。

Dsc01279 そんなこんなで、おうちの中でもさまざまにおもしろく幸せだったのに、さらに、いつか行ってみたいと思っていた岐阜の奥地・石徹白にも連れて行ってもらえて、その道中で(ほ)さんのなじみの(?)滝にも連れて行ってもらえました。先日の海辺のキャンプ場でも管理人のおじさんに「海が好きなんですか?」と聞いたら「滝が好き!」と言われて、それがすごく印象に残ってたのだけど、なんと(ほ)さんも地図上で滝があるのがわかると行きたくなってしまうほどの「滝好き」だったのでした。わたし自身は滝は自分の生活圏の外にあってなじんでない感じがあったのだけど、行ってみたら、なるほど、滝の味わいは独特だと感じました。水しぶきの形、それがフリーフォールで落ちていくさまは、まるで時間が止まってるみたいなのに、流れは永遠に止まることがないという事実。。。

Dsc01272 滝のすぐ横が洞窟状になっていてそこに入ると天井から水がつーと滴っていたのも不思議な光景でした。滝にはどうも主がいるような感じがするけど、ここもやっぱりほのかにそんな感じがした。大好きな桂の大木もあって、甘いおしょうゆ風味の香りがした。

きわめつけにびっくりしたのは、関東に帰ってからフェイスブックを見たら、私が見たのとちょうどおんなじ景色を(け)さんが投稿してたことで。。一瞬「あれ?わたしこの写真もうアップしたっけ?」と思いました。。。関東に住む者同士なのに、同じタイミング(1日ちがいでした!)に岐阜・白鳥の滝に居たこと、摩訶不思議でした。

* * *

そんなこんなでいつになくたくさんの刺激をいただけた今回の岐阜行き。。。お世話になったみなさま、ほんとにありがとうございました…!

20161103_103151 グリーンウッドワークでは幸運なことに木の器づくりを2通りのやり方で教われました。足踏みろくろで器を挽くのは初体験。ろうきん森の学校の講座で、グリーンウッドワーク協会の小野さんに教わりました。グリーンウッドワーク協会でお世話をしている白鳥の森で育ったブナの木を挽かせてもらえました。微妙な刃の当て具合の感覚がつかめるまでいかないまま終わってしまったのだけど、難しいんだなあということが実感できてよかった。

20161103_145812 20161103_163110 20161103_154733木造の小さい駅みたいなお外の工房で、コスモスと長良川鉄道の線路をながめつつ1日ろくろを踏んでいるのは、すごく気持ちいい時間でした。ほぼ同じ状態からスタートしたけど、3人3様の器になっておもしろかった。ちょっとしたシルエットの違いで印象がだいぶん変わるんだな!

Dsc01285後でわかったのだけど、わたしの(小野さんに全面的にヘルプしていただいてできあがった)器は、なんと、野営やピクニックでよく使っているコラプシブルなふた付き器とぴったり重なるサイズでした☆ うれしいサプライズでした。

そしてもう1つ、銑やノミで削る(刳る)やり方の器のほうは、森林文化アカデミーのグリーンウッドワーク指導者養成講座で、森林文化アカデミーの久津輪さんと、グリーンウッドワーク研究所の加藤さんに教わりました。

20161106_102708アイヌの方たちがつくってきたニマという器をヒントにした小鉢と、平皿と、2つから選んで取り組みました。小鉢は少し縁周りに樹皮を残すのがニマ風みたいです。森林文化アカデミーの裏山に生える、カラスザンショウという山椒に似た木の小径木を削らせてもらいました。

14980670_1173916942697260_773955251 20161106_115833 Dsc01351皮の近くと芯の近くとで材の色がちがっていて、バニラとココアみたいなツートンカラーになった。かわいい。。。カラスザンショウの生木はとても削りやすくて、削っていると我を忘れるのはいつものことだけど、彫り進めていくのが楽しかった!小さいコップになりました。

Dsc01338_2 この日は材が3種類あって、しかもみんなそれぞれのデザインでつくっていったので、平皿(角皿や楕円皿)、深鉢、小物入れ、キャッシュトレイなど、ほんとにさまざまなものがさまざまな質感でできあがって興味津々でした。

2通りやってみて、自分はどうも挽くよりも削る(刳る)ほうが性に合っているのかも、と思った。ろくろで挽くのは、とても精密な形に仕上げることができるところに良さがありそうだけど、足でひと踏みした時にろくろがびゅんと回る「速さ」の部分に、自分はどうもついていききれてないような感じがあって。削る場合は、ひと削りずつ、ゆっくりやれる感覚があって。体内スピードの速い人はきっとろくろとペースが合うんじゃなかろうか、と想像しました。でも道具のスピードと自分のスピードとの相性は、慣れや訓練で変わるものだろかな? まだ結論を出すのは早いかと思うので、また機会を見つけてやってみたいです。

しかし将来的(?)に足踏みろくろと、ろくろ用の刃ものを自作するのは、なかなかおおがかりなことだよなー無理だよね。。。と思う。と同時に、ああこれは、椅子づくりの道具としてパイプクランプが出てきたときに「こりゃだめだ、こんなのは自分の手に余る。。。」と思ったのと似てる、と思ったりもしています。

自分には無理、と思うのが、いつでもデフォルトだけど。。。これからどんなプロセスが展開するかはわからないもんだーと、ほんとはそう思っていたらいいのだろうな、と客観的には思う。

* * *

Dsc01335森林文化アカデミーでの器づくり講座では、今回お昼休みの時間にみんなでグリーンウッドワーク協会の竹部会の展覧会を見に行こうということになって、おかげさまで行くことができました☆竹細工は、日本のグリーンウッドワークだし、やっぱりとても惹かれます。

Dsc01317_2 展示は、竹部会の皆さんがつくられた作品と、美濃市の民俗資料調査事業で集められた民具で構成されていて、とっても興味深かった。。何に使われていたのか確実にはわかっていない、このピーナツ型の道具は、左右で深さが異なっていました。編みのすきまもセクションによって異なっていて、とても美しかったな。

Dsc01331 竹のざるのふちまわりをよくみると、裂いた竹ひごのふしがきれいに斜めになっていて、これはわざとこのようにずらすのかな?と思ったら、近くにいた竹部会の方が説明に来てくださって、ふちまわりを湾曲させていくうちに自ずと最後のほうではこのように少しずつずれていく、と教えてくださいました。最初のところは、ひごは裂かれていなくて、少し行ったところから裂かれていました。なるほど、必然的にこんなふうに美しくなるんですね。。

20161106_211325_2 この方がつくられたという竹かごを、1つ購入させていただいてきました。皮つきの竹で編んだ、かろやかで丈夫なかごです。すごくうれしかった!(竹細工展は美濃市うだつの上がる町なみで11/13日まで。詳しくはこちら

* * *

Dsc01315 今回の岐阜行きでは、相方が1日早く帰って、最後の夜は野営しました(許可を取って泊まりました)。それというのは、去年から森林文化アカデミーでのグリーンウッドワーク指導者養成講座にとびとびで参加してきて、今回が自分にとっては一応最終回だったから。。。去年の1回目のときに野営したので、初心に帰る、という意味でも、お世話になってきた岐阜のこの地の地面の上で眠りたかったのでした。(2回目以降からは、毎回違う宿にお世話になりました、どこもそれぞれに味わいがあって、岐阜のいろんなところへ行くこともできて、とてもよかったです☆)

ただ、11月の野営は自分も初めてのことで、寒さがだいじょぶだろうか、とちょっと心配でした。装備も移動があるのであまり大荷物にはできないため、ミニマルにまとめないといけなくて、あったかグッズを優先して、食材は軽めに。

ところが心配してたほど気温が下がらなくて、日が沈んだ後にテントを設営したのに汗ばむほど。眠るときも、着こみすぎて暑すぎて眠りにくいほどで、寝袋の中で履いていたぶあついウールの靴下を脱いだらやっと眠れました。

蒼い空に木々の黒いシルエットと細い上弦の月がきれいでした。星空も。入口を開けたまま少し寝て、途中で閉めて朝まで。イノシシやサルがいるよと地元の人に聞いてたのだけど、生き物の気配がぜんぜんしなかった。枯れ葉がおっこちてくる音がするだけでした。

翌朝は山の向こうに朝日がのぼってしばらく影になってたけど、山の上に太陽が出たらぽかぽかになって、気持ちのいい朝でした。オートミールとドライフルーツを茹でて朝ごはんを食べて、コーヒーを淹れて。お昼のお弁当に、干し飯を戻してお弁当箱に詰めて、おかずに干し野菜を戻して、そこに茹で豆ミックスを混ぜてサラダをつくりました。

テントを撤収してグランドシートをかわかしたりしてたら、あっという間に講座の始まる時間が近づいてあわてて向かいました。

ゆっくり朝を過ごせたら、なお楽しかったろうなあ。。。秋の野営の気持ちよさに開眼しつつあります。空気も光も透き通っているし、今回はしなかったけど焚火の暖かさがほんとにうれしいのもこの季節から、とつくづく思うし。。。

仕事をちゃちゃっとやる術を身に付けて、野山にもっと出たいな。。。!

* * *

20161108_113623 あ、今回の旅のもひとつのサプライズ。。 相方とレンタル自転車で走っていたとき目に付いた古道具屋さんの店先で、理想のフライパンに出会ってしまいました。ステンレス製で、小さめで、薄くて、軽い。「無料でお持ちください」と札が立ててあった箱に雑多に入っていたのの1つで、うれしくいただきました。

はだかで持ち歩いていて、「これ持って温泉にいくのかーわたし。。」と思っていたら、美濃市駅の駅員のお姉さんが「ちょっと待って!」と言ってちょうどいいサイズの丈夫な袋をくださいました。ありがとう、お姉さん!(彼女はお母様がこちらの生まれなのでこちらに来た、と言ってたけれど、ご自身はうちの近くのお生まれだったので、それもびっくり)。

このフライパン、帰宅してからリサーチしたら、千趣会というところが昔頒布会形式で販売していた製菓道具シリーズの1つで、ほんとうはクレープパンでした。ヘラもあったので、それもセットでもらってきつつ、このヘラとフライパンはどうもセットではないようだ、と思っていたのだけど、実はクレープを焼くときこのヘラを使うんだったのでした。

野営やピクニック用に、軽い鉄製(アルミやテフロン加工、鋳鉄ではなく)のフライパンがずっと欲しいと思ってたのだけど、今回のはサイズも形も質感も思い描いていたとおりのもので、びっくりしました。。。思い描いていると現実化するって、ほんとだなあと(規模小さいけど)思いました :)

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2016.09.28

グリーンバスケットの1年後と、心身の輪郭

20160928_125142 1年前の今日、編んだ籠のことを、フェイスブックが思い出させてくれました。はっとして、このバスケットの1年後の状態をチェックしてみた。グリーン(生の状態)のつるで編んだので、乾燥したらどうなるか経過をみないとと思ってたので、ちょうどよいリマインダーでした。(フェイスブックは定期的にあまり見なくなるけど、見ると、ときどき便利だなって思う……)。

1年前に書いてた記録→「帰宅してから、昼間とちゅうまで編んだかごの仕上げ作業。土曜日に海岸林のお手入れボランティアで切った蔓を、少しもらってきたので、それらがグリーンなうちに編んでみた。カラスウリ、クズ、ヤブガラシ、ヤマイモなどいろんな植物の蔓がまぜこぜ。耐久性は不明なので、これから検証していくです。乾くとどうなるかな。。。」

思えば、このバスケットを編むきっかけの一部には、ヤブガラシという植物とのご縁があって。ヤブガラシのおかげで自然再生士の矢野さんに会いに行くことができて、うれしいことが連なったのでした。ご縁をとりもってくれたなかに、このバスケットもいたのだなあ。。と思うと感慨深いです。

このバスケット、陳皮(みかんの皮を乾かしたスパイス)をカラカラに乾かすための入れ物として、ある程度乾いた後のみかんの皮をまとめて入れて、日当たりのいいとこにずっと置いていました。

20160928_112207 中身を出してみると、バスケットそのものは、うんと軽くて、編んだ当初よりももちろんカラカラ、すかすかになっているけど、入れ物としての用途はちゃんと果たせていて。編んだのがほぐれてくるかな?と思ったけど、細いつるが1本はずれた以外はそうでもなく、ヤワに見えて、そうでもなく。。。ということで、生の蔓でもほどほどに使えるものが編めるみたいだ、とわかりました。20160928_121921

さて。今年は海岸林ボランティアにも行きそびれていて(汗)、でも手元には半年以上乾かしてある蔓ものがすこしばかりあるので、乾いた蔓を湯戻しして編む、というのを試みにやってみたい気がしてきました。乾いてもスカスカにならない籠が編めるだろか。

いろいろぼんやりするばかりのここしばらくだったので、気持ちが少し、手仕事のほうに動いたのがうれしい。。昨日、久しぶりに相方にゆっくり話を聞いてもらえたおかげ、と思えています。ぼんやりするばかりのなかに、はっきりしたものがちょっと見えてきたというか。

なにか、やはり外のものや人と触れることで、自分の心身の輪郭がはっきりするっていうことはあるんだな、と改めて思いました。ひとりであれこれ考えているときは、思考が霧のようにぼんやりしていて。まるで自分の考えではないかのような、どうも自分の考えができなくなっているかのような感覚がここしばらく続いていました。

外からの情報をいっぱい心身に入れるばかりで、自分がしたかったことまで思い出せなくなっていたようでした。

20160928_125420 昨晩は久々につくろいものもはかどりました。(相方はくつしたの片っぽの足の決まった場所に穴を開け続けるので、わたしも繕い続ける……)。

* * *

あ。籠編み話のついでに。3カ月くらい前に、籠編みについて読んだ本が、とてもよかったことを思い出しました。

20160722_121003 関島寿子さんの『バスケタリーの定式』と『自然を編む』です。どちらの本も、ノウハウではない、ものづくりへの心的態度に対する指針のようなものが満ちていて、そこにとても心が満たされました。

子ども向けに書かれている『自然を編む』のほうも、とてもクリアーに、「自分で考えて、観察して、工夫して、やってみる」ということに重点が置かれていて。「これはこのようなやり方でするのです」というメッセージではなくて、素材を見つけるところから、編んでいくところまで、プロセスを体験するなかで、「自分の心身で発見し続けていってほしい」という願いのようなものが、感じられる本でした。

もちろん、そういうことを踏まえたうえで、具体的な編み方もちゃんと教えてくれる本です。

20160718_145549 ずっと編んでみたいと思っていた、カンボジアのおみやげの胡椒が入っていた、砂糖ヤシの葉を編んだ小さな入れ物。これをお手本に、関島さんの本を見つつ、紙帯で試し編みしたことがありました。

なるほど、こうなってるのか!と納得。いい帯状の素材を見つけて、そのうち本編みをしたいな。

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2016.09.18

9月

20160912_075307 今年はジャスミンが例年になくたくさん花をつけています。3号ポットに入ったひょろんとした苗を植えて、何年たったのかな。もうすっかり大人な感じになった。

先日は、中秋の名月、きれいでした。下駄はいて夜の散歩に出て、うさぎがお餅つきしてるの、見えるかな―と目を凝らしたら、となりで相方が「あ、めがね、わすれた」と。遠くと見 るときに使うめがねらしかったけど、遠くといっても月はだいぶん遠いよ?と疑問に思いました。でもやっぱりかけるとかけないとでは違うらしかった。

Photoこの夜は、香港のともだちがくれた、巨大月餅を1/4だけいただきました。黄身が2つも入っていて、ハスの実の餡で、おいしかった!香港では、家族で集まって、ごちそうを食べる日だそうです。ごちそうのお皿がたくさん並んだ写真を見せてくれました。テーブルいっぱいにごちそうが並んでるのだけど、その下に新聞紙が敷き詰められていて。不思議に思ったけど、なんでも、おばあちゃん世代の人はめんどうを省くためにこうやったりするんだよ、とのこと。

さまざまな場所の、さまざまなしきたり、いいなあと、しみじみ。

20160916_110151 フィンランドのサンタさんからいただいた、フィンランド・サンタ一族の12カ月を描いたカレンダーでは、9月はみんなでやかんコーヒー(やかんの中に粉 コーヒーをどぱっといれて焚火で沸かすコーヒー)とマッカラというソーセージを焚火であぶるのとを楽しんでいます(先月は、サンタ一族みんなで森でブルー ベリー摘みをしていた)。なつかしいフィンランドの焚火。見知らぬグループ同士も同じ火をシェアしたりしていたこととか、思い出します。

秋も折り返し地点をすぎて、そろそろ自分ちあたりも、焚火日和になってきたかも。野山に行きたくなりまする。

でもこの秋は台風の挙動が物騒すぎて、なかなかキャンプにも行けずじまい。仕事の能率もなぜか下がっていて(水星逆行のせいもあるかな?)、家で木削りするのもままならない日々……。むーん。

相方のお誕生日も、例年、小旅行アドベンチャーをしてたのだけど、今年は台風の様子を見て、ごく近所の、新しい場所へアドベンチャーしてきました。江ノ島水族館と、寒川神社と、寒川神社の近くにある完全予約制韓国料理やさん。

寒川神社は、なんだかすーっとしている場所でした。お参りしようとしたとき前方で何かが執り行われている最中だったらしく、神主さんがふと鳴らした鈴の音が、とてもきれいではっとしました。

そのあと、お守りなどを売っているところへ行くと、「みすゞ」と書いた箱があって、なんだろうと思ったら、白い紐に結わかれた鈴が販売されていたのでした。そのほかにも、朱色の紐に8つの鈴が結わいてあるのも売られていました。神主さんの鳴らしていたののミニバージョンみたいで、音色はやっぱり、ほがらかに澄んでいて、きれいでした。

20160918_161210 境内の別のおみやげものやさんも覗いたら、そこには、さらにたくさんの種類の小さい鈴(というか、鳴りもののキーホルダー)がいーっぱい並んでいました。音色もさまざま。相方のお祝いに、水琴鈴というのを1つ、買いました。この鈴は、りりん、というよりかは、しゃららん、という音。後で、相方のギターと唄に合わせて、カホンを叩いて遊んでいたときに、この水琴鈴を合間に鳴らしてみたら、パーカッションの人がよく使うウィンドチャイム(シャラランと鳴る楽器)にそっくりで! とてもいい感じでした。

翌朝目覚めて、起きぬけに一番に思い出したのも、寒川神社の鈴たちのことでした。

でも、寒川神社の前に行った、完全予約制韓国料理屋さんの「オムニ」さんも、衝撃度は同じというか、上回っていたくらいでした。

20160913_134140 うわさでは聞いていたけど、ほんとうに、人生で食べたチヂミの中で、一番おいしいチジミをいただきました。あと、お店の真向かいの梨農園の梨を使っているという、梨のキムチも最高でした。梨の冷麺も……。そしてきわめつけに、わたしも、ご一緒した(た)さんも悶絶したのが、最後に出たいちじくのデザート。もうこれは、いちじくそのものよりもいちじくらしい!としか言えないお味で、口に入れた瞬間、びっくりしました。20160913_144244

オムニのママも、気さくなすてきな方で、「2度目に来るときはお客さんはもう家族みたいになっちゃうんだよー」、とおっしゃってましたが、なるほどそうだろうなと思いました。おなかパンパカリンに食べても後でちっとももたれないところもさすがでした。

相方も、ご一緒した(た)さん(彼女も同じく9月がお誕生日)も、食べることが大好きなので、よかったことでした!

* * *

江ノ島水族館は、近所にありながら、一度行かなきゃねといいつつ何年もたってしまった場所です。でも行ってみたら、興奮のるつぼに包まれました…。あまりに興奮して、ドキがムネムネじゃない、胸がドキドキして大変でした。いったん気を落ちつけに、水族館の外に出て喫茶店でお茶しないといけないくらいでした(水族館は入退場が自由です)。

相模湾大水槽という大きな水槽があって、もうこれが最高で、ここだけ見てるだけでも大満足なくらいなのに、さらに海獣のみなさんのショーや、お魚たちをダイバーが紹介するショー、深海の生き物のみなさんやクラゲファミリー、ひとりひとり個性が紹介されているペンギンたちやゴマフアザラシなどなど、みんなそれぞれにとても愛情をかけてお世話されている様子が伝わってきました。

ショーはいずれも、海の生き物ひとりひとりの個性を知ってもらって、もっと好きになってもらいたい、もっと親しみを持ってもらいたい、というのが一番の意図だということがびしびし伝わってくるのでした。人(お客さん)ありき、ではなく、生き物ありき。そう感じられて、嬉しかったです。

江ノ島水族館は、創業が1954年、日本で最初の近代的な水族館だったそう。いろんな分野でパイオニアなのでした。イルカはもう水族館生まれが5世代目。相模湾大水槽にいるネコザメも卵をレギュラーに生んでいるみたいでした。シラスの繁殖に成功したのも、実は偉業なのだとか。

光が届かないほど深い海に暮らす生き物は、色白でした。深海は水圧がものすごく高くなって、カップラーメンの入れ物をその深さまで沈めたとしたら、縮み上がってしまうくらいな場所。そんな場所でしっかり生きている生き物がいることは、なんというのかな、頼もしいな、と。わたしの心の奥底にも、そういう生き物が、ひょっとするといるのかもしれない、なぞと思いました。

14333146_10210415674287112_25498800 相模湾大水槽は、まるでお魚のおでこをじかになでなでしているような気分になれる、内側に湾曲したウィンドーもあって、そこでネコザメ(のタマさんかな?)に愉気もさせてもらえました(写真はネコザメさんではないほうのお魚)。

しかし江ノ島水族館は、情報量が多すぎて、くたくたになりました。最後はめまいのようなものがして体調がやばくなって、帰宅してからもぐったりしていました。大変だった。。。でも、また行きたい。

* * *

20160918_134826最近の手仕事は。。。今日はほうぼうでグリーンウッドワーク仲間のみなさんが、椅子づくりなどをしているのもあって、ひとり家で仕事をしてるのが切なくなって、まな板のカンナがけをしました。少しなぐさめられた。。ような。

相方のリクエストあって、つげ櫛のカバーを縫いました。母の形見の布で。布を工夫して折って、2カ所を直線に縫ってあとはひっくり返すだけ、という縫い方を参考に、デザインしてみました。なかなかおもしろかった。 20160916_203359 20160917_080854 20160917_080936

それと、以前相方のお誕生日のお祝いに、相方のおばあちゃんの形見の布でズボンを縫ったのだけど、その丈が長すぎるのを直して、と言われたきりになってたので、お直ししました。

20160918_093300 そして遅ればせながら、お誕生日ケーキとして、紅玉りんごで逆さアップルパイケーキをつくりました。今年の相方のお誕生日は前々日から始まって、1週間に渡ってだらだらと(?)お祝いをしています。こんな年もあっていいのかな。

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2016.08.20

夏の記憶&ミニスツールづくり実験のつづき

20160805_203009 今年は、蝉の声を聞くと無性にうれしくなります。そして、びっくりなことに、おととい夜だったかな、早くも鈴虫の声がしました。

旧暦で秋の月に入ったら、風の湿度がぐっと下がって、白百合も咲きだして、季節のめぐりを感じました。台風が来始めて、今は雨の多い地域のことが気がかり。。。

この夏は、わりと近場で楽しく過ごしてました。最寄駅近くのブラジリアンバーに誘ってもらってライブを聞きに行ったり♫

初めて姪っ子と姉がうちに遊びにきてくれたり♡

相方と空いている浜に花火を見に行ったり!!20160805_204743

一緒に海水浴に行きたいと声かけてくれたともだちたちのおかげで、浜で朝から晩まで浜で過ごす、豪華版海水浴を2回もできたのもうれしかったです☆ 今年は例年以上に海水浴をまっとうに楽しみました。

20160730_101924_2 (り)さんと行った1度目は、あお向けに浮かんで空を眺めてたら、太陽のまわりにおおーきな丸い虹が。この日はおゆうはんを波打ち際で食べていたら、海の向こう、水平線のとこにちいーさく花火が幾度もあがりました。赤い星が明るく輝いているのも見ました。あれはさそり座のアンタレスか、それとも火星か、どっちだったろう。。いい夜でした。

20160812_084328シュノーケルをしてみたいという(ひ)さんの一言がきっかけで出かけた2度目は、いつも行く浜でシュノーケルもして、焼き魚にしたらおいしそうな大きなお魚や、黒いボーダーがお似合いのお魚、ほぼ砂に同化している保護色のお魚など、予想外にいろんなお魚を会えて、すごく楽しかった!体長30センチくらいの魚の群れが向こうから来て、わーっと両側をはさまれた瞬間もありました。迫力あった。。

ちょっと深いところでシュノーケルしすぎて体が冷えてしまって、波打ち際の平たい岩の上で、お湯のようにあったまった海水に浸ろうと、5人でならんで「寝湯」したのも楽しかったです。

お魚があまりいない場所でも、シュノーケルをつけてうつぶせて海に浮かんでいると、白砂の海底に光の波紋がゆらゆらゆれて、天国のようでした(この日は特に水がきれいで)。あの波紋を眺めているのは、相当幸せ感がある。十代の頃から、水に入っているとき一番好きなのはこれです。

太陽が傾き始めた遅い午後に、きらきら光る水面を水平線にむかってずーっと泳いでいくのも幸せ。。。

そんなにものすごくきれいな青い海!っていうわけではない、近場の海でも、こんなに楽しいってすごい。そして大人になっても、こんなふうに海を一緒に楽しめるともだちがいてくれること、うれしいです(海の達人の友だちには、海水浴のかっこいい終え方も教わることができました)。ありがとう♡

それからもひとつ、今年増えた近場の楽しみは、うちから都心とは逆方面にある、すごいパフェを食べさせてくれる喫茶店。わざわざ電車にのって食べに行きたいお店です。

20160806_174437 二宮にある山小屋という喫茶店。お店の雰囲気もすごく気持ちよくて、ほんとうに山小屋みたいで。

このパフェがどうすごいかというと、フルーツもアイスもソースもトッピングも何種類もあって、それを自由に(いくつでも)選んでオーダーできるのです。どの組み合わせも同じお値段。この組み合わせだとどんな味になるのかな!?とわくわくしながら考える楽しさ。。。組み合わせによって、まったく違う味の世界が広がります。そして、いずれも後味はさっぱりとしていて、変に甘かったりしないのです。すごい。

20160806_174441_2 相方は、ここのパフェづくりの達人おすすめの組み合わせの「桃とタピオカのパフェ」が大のお気に入り。わたしは自分で選んで組み合わせてみるのにはまっています。

* * *

さてはて。まとまった休みがなかなかなかったのだけど、20160817_131137 数日前、長いこと途中のままになっていたミニスツールをようやっと仕上げました。

最初に、剪定した庭木のセンダンを切ったり割ったり削ったりして部材をつくったのが、2月末。ゆっくり乾燥させて、フレームを組み上げたのが6月6日。脚の面取りとオイル処理をしてフレームの仕上げをしたのが7月22日。ようやく座編みをしました。

20160817_114609_2ひとつめのスツール(大きいほう)をつくったときに余った麻テープが9.8mあったので、これで編んでみたら、ほぼちょうどぴったりでした。編み終わったら50㎝ほど余っただけでした。

2mm厚、2.5㎝幅、長さ25mの麻テープ一巻きで、ちょうど大小2つのスツールにちょうどいいとは、計算してなかっただけに嬉しかった!

20160817_132310 そしてもひとつ嬉しかったのは、計算したわけではなかったけど、ミニスツールが大きい方のスツールの下にぴたっと収まること。使わないときば、場所を取らずにしまっておけます。

 今回は長さ50㎝のうすべったいヒノキ板がたまたま手元にあったので、これを編み棒に使いました。あとは太めの編み針(編むときの道を開く道具)、かまぼこ板(編み目を押して整える道具)、ミニピンチ1つ使いました。最後の1列は苦労しました。ビニールテープと細い平たい棒でやりくりしました。20160817_131248

次の実験段階は、使い心地と耐久性を見てみること。今のところ、しっかりしていていい感じです。

20160727_112714 使い始めてしばらく経つ、大きい方のスツールは、わずかに座面がゆるんだかな、というのはあるけれど、フレームそのものはしっかりしたまま、元気です。これに数時間腰掛けてスプーンを削ったり、椅子にすわったときのオットマンにしたり、パソコンのちょい置き場にしたり、日々愛用しています。

ひとつ気づいたのは、樹皮を剥いでいないほうの脚の、樹皮がぼこっと出ている場所が、乾燥すると細かな木くずを落とすこと。はじめ、虫くいでも起きたのかなと思ったけれど、穴もなにもないので、ただ表面が乾燥して落ちるらしいことがわかりました。

つるんとしたままの樹皮がついている部分には、何も起きていないし……。

ミニスツールは、フレームの仕上げのときに、樹皮付きのパーツも、剥いだパーツも、すべて同じようにオイル仕上げをしました。もしかしたら、これで乾燥が防げて木くず落下を防げるかもしれないので、様子を見てみよう。。

今木くずが落ちてる、大きいほうのスツールも、今からオイルを塗ってみるのも一案かもしれないな。

悠長な実験が続きます。。。

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2016.07.21

夏の養生策&スプーンナイフの砥ぎのこころみ

20160718_115440 「猫の額庭」のかえでが、窓の向こうであおあおと元気で、部屋の中からみると、額縁に入った絵のよう。麗しいです。

毎日暑かったのと、参院選、都知事選のことで頭もきもちもいっぱいになっていて、今年の7月はなかなかこたえました。。。いろんな不安や心配がアンダートーンとしてそこにある感じで、体力が奪われているようなふうです。

でもようやく水無月も満月を越えてのこり2週間。この下弦の月のあいだに、少しはちらかっている頭のなかや、案件をお片づけして、養生もして、少し落ち着いて過ごしたいです。

20160719_161807 最近の養生策。。近所に出かけるときは、下駄で歩いていくのがブームです。相方は下駄で歩くと、肩凝りが解消されていくとのこと。2人で歩くと音がにぎやかで愉快です。でも喫茶店に入って、トイレに立ったりするとき、他のお客さんにふりかえられたりします。。。

とても履きやすいこの下駄は、郡上八幡の郡上木履さんの。お世話になっている岐阜の森林文化アカデミーの卒業生の方がはじめたブランドで、地元のひのきで つくっておられます。郡上踊りの踊り下駄。(郡上踊りを踊る人は、ひと夏でげたを1足、はきつぶしてしまうそうです。。!)和の虹色の鼻緒も気に入っています。

数十分、この下駄を履いて出かけて、帰宅すると、家の中のフローリングの床がふわんふわんにやわらかく感じます。すごくおもしろい現象で、毎回よろこんでしばらく家の中を歩き回ります。体の感覚っておもしろいなあ、とつくづく思います。

20160720_171859 この時期の養生策その2は、古典的に、海水浴です。昨日は、相方が珍しく休みだったので、夕方から、少し遠くのお気に入りの浜へ行きました。まだ夏休み前だったのと、この浜の近くの別の浜で大きな花火大会が開催されていたことから、こちらの浜はがら空きで、とっても快適でした。

波もおだやかで、まるで湖で泳ぐみたい。傾いた太陽にきらきらひかる水平線に向かっておよいでいくとき、久しぶりにとてもシンプルなただの生き物になりました。

足がつかない深さになると慌てる日もあるけど、この日はまったく不安もなく、のびのびとおよぎました。

20160720_180813 砂浜で砂遊びをしたりもして。とてののんびりした。。。浜に座っていると、風の温度も空気の温度も完璧に心地よくて(暑くもなく寒くもなく)、すぐそこまで打ち寄せてくる波の音も景色も楽しくて、ほんとうに居心地よかったのでした。

家にいるとあづいーと思っているときでも、浜へいくと涼しい(海にちょっと入ってからだとなおさら)。

家の近所の浜に、ざぶんと入りにいくことも、この夏1度、やりました。ほんとうにざぶんと入って、帰ってくる。海水浴だといってあれこれおおごとにならずに、水着をきたまま自転車で浜まで走って、また水着を着たまま帰ってきます。これだけでだいぶん涼しくなります。家で水風呂に入るんでもいいんだろうけれど。。。

やらなくちゃいけない仕事も、やりたいグリーンウッドワーク関係のこと(とくに砥ぎ!)も、たくさんあるけど、とりあえず夏の日々は、体力的になんとか生き延びることが優先、という感じです。。。

* * *

あ。でも砥ぎも、グリーンウッドワーク指導者養成講座で前回、砥ぎを教わって帰ってきてから、すき間の時間にスプーンナイフ(クルックナイフ)だけは砥いでみることができました。

20160721_160959 いままでおっかなびっくりで、へんな刃になってはいけないと腰抜けな感じでしか砥げずにいたのだけど、今回教わってから、思い切ってハラを決めて砥いでみたら、なるほどー、ちがうー、というのがよくわかりました。

このナイフをつくってくださった大泉さんには、フィンランドに送ったら砥いでくださる、と言ってもらっていましたが、自力で砥げないことにはしょうがない、と思っていたので、今回教わることができて、ほんとによかった。。。

砥ぎというのは、砥ぎあがりのきめ細やかさが、そのまま削ったときの木の断面にコピーされる、と今回聞いて、とてもわかりやすかったのでした。刃こぼれしていると、そのカケの部分が筋になって断面に残る、というのは体験済みで知っていたけれど、もっと見た目に明らかでないきめ細やかさの度合いについては、それが削ったものにどう影響するのか、はっきりわかっていませんでした。よく切れると、力ずくにならずに済むから、ケガなどの危険が減る、というくらいしか考えが至っていなかった。。。おかげさまで用途によって、どういうふうに砥ぎたいかを判別する基準もはっきりしてきました。

「刃がまったくついていない。。(汗)」と先生に見せたときに言われたわたしのスプーンナイフは、砥いでみた今の状態も、先生に見せたらたぶん相当あやしい出来だーということになるとは思うのだけど、それでも!少し前にこの「刃のついていない」状態で削っていたスプーンのさじ部分をあらためて削りなおしてみたら、「なんて快適!そして削り跡が断然きれい!」と思いました。刃のほうも、青棒を使ってみることで、一応(?)ミラーフィニッシュに近づきました\(^o^)/

やはり切れない刃物はよくないですね。。時間をかけて一生懸命、へたな努力をしていたなあと思います。ストレスなく、きれいに仕上がる、というのは気持ちがいいです。自分のやったことのフィードバックが鋭敏に返ってくるって、楽しいです。

道具がよくなっただけで、自分の腕が上がったように感じる。。。改めて、道具のクオリティって大事だなと思い至りました。自分の手に合った大きさだとか、ふさわしい砥ぎ具合だとか。

削っただけの仕上げにあこがれている(サンディングをしないで仕上げたい)自分としては、砥ぎはときめきの源になりつつあります。(砥ぎについての講座を受けた帰りの夜行バスでは、またいつものように、飲み込みのはやい他の受講者のみなさんと自分をくらべて、ひとしきり落ち込んでいたのだけど、毎回踏まれた雑草のごとく好奇心がまた起き上がってきて、モチベーションがふたたび上がり始めるのでした。。。しぶといな、わたし。。。自分は、こういうことをする器量がないのだから、ふさわしくない、やっちゃいけない、他の人に機会をゆずるべきだetcという想いは常にそこにあるんだけれども、好きになっちゃんだから仕方ないよなあ、と開き直る気持ちも出てきています。) 

やっぱり夢中になって手を動かしていると楽しくてたまりません。

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