2017.06.15

自然にあること、ほんとうのこと

Img_1066 大家さんとお庭を共有してる南側の窓向こうに、グリーンカーテンが自然と育ってきてくれました。以前はゴーヤで茂らせたり、去年はいただいたフウセンカズラの種から苗を育てて、フウセンカズラカーテンにしたりしたけれど、今年は春になんにもできず。。。夏の暑さが心配と思っていたら、ブドウに似た葉っぱを持つ野草が、おのずと生えてきて、茂ってくれています。

今年は野菜類も、春に新たに種まきをしたりがぜんぜんできなかって、残念に思っていたら、去年の春に種をまいたミニトマトが冬越しして、今また実をつけてくれています。ありがとう。

今もまだ、とてもしんどくなるときがしょっちゅうあって、つらいのだけど、やさしくしてもらっている、ように思います、こういうとき。

そういえば、今年はいつも春になるとキッチンに大挙してやってくるアリたちが、やってこなかった。毎年、ひとしきりアリーズとのやりとり(やってくるたびに専用のポンポン玉でからめて、勝手口から外へテレポートしてもらったり、通り道を確認してそこにみんなが入り帰ったあと、入口を練り消しゴムでふさがせてもらったり)があるのに、今年はなかったので、不思議。

お風呂場には数匹だけやってきていたっけ。それもほどなくして来なくなった。

かわりに、一度、壁のわずかな裂け目から大勢の羽虫がぼとぼとと落下してきて、そのみんなが明るい方にむかって、勝手口の網戸にびっしりと集まっていたことがあったっけ。あれはびっくりした。網戸を開けてあげたら、みんな外へ出ていったけども。なぜか産卵場所はうちの壁の中(?)だったようでした。

あんなことは初めて。。。虫たちのみんながみんな、網戸でふさがれた勝手口から外へ出ようとしてたこと、印象に残っています。自分の心の中を映していたかのように、思いそうになりました。

Img_1114 今日は、「猫の額庭」に、ヒメヒマワリの一番花が咲いています。毎年同じ場所に出てきて、毎年咲いてくれているヒメヒマワリたち。これまでも心のなぐさめになってくれたこと、何度もあった花です。青空にとても映える黄いろ。

こうやって季節のことを確認して、文字にして、書いていることの意味は、自分の精神にとっての養生のみ、と、よくわかっています。今は書くことが、自分を保つためにできることだと感じる。こういうふうに言葉を使っていいのかどうかな、とか思うところはいろいろあるけれど。

季節のめぐりを記録すること。自分の言葉を発すること。それで、なんとか。なだれのように崩れ落ちていかないようにしているようなふうです。

こころから明るいほがらかな気持ちになれなくなって久しいです。こういうときも必要なんだろな、とは思うし、なにかとのバランスをとっているのだろう、とも思うけれど。キラキラしたものに接すれば接するほど、違和感が大きくなっていくのを、どうしようもできずにいます。

今の時代は、言葉にも写真にも映像にも、「ほんとうのこと」が成分として少ない気がしていて。「ほんとうのこと」が逃げて、スカスカのものを、やりとりしあっているような。。。

こういう想いも全部、調子の悪いわたしの脳みそのせいなんだろう、とも思うけど。

* * *

Img_1002_2 こないだは、母の命日で、久しぶりに父に会ったので、少し早いけど父の日のプレゼントに、陶芸ワークショップでつくったお皿をあげたら、おもいのほか喜んでくれて、うれしくなりました。

Img_0867 Img_0855 ハコベとヘビイチゴで模様をつけたお皿。どちらも大好きな野草。北鎌倉の「たからの庭」にある「たからの窯」でのワークショップでつくりました。たからの窯の庭や周囲に生えている木の葉や草を自由に採取して、好きな模様にしてよかったのだけど、すぐにハコベとヘビイチゴに決めました。Img_0848Img_0849

こうした野の草や野菜とかが今も大好きなのは、小さかった頃父が畑をやっていて、作業をするときよくわたしを連れて行ってくれていたからかも、とふと思いました。

小さい頃の記憶はうすらぼんやりとしていて、あまり覚えていないのだけれど、畑で過ごしたときの記憶はあざやかです。トウモロコシがわたしの背丈より高く育って、立派な実がなっていたようすとか。畑の端に、父が抜き取った草を山にしていたようすとか。畝と畝のあいだにしゃがんだときの感じとか。

ある年、イチゴを畝1つ分つくったのだけど、収穫できたのはたった1粒だったこと。その1粒を父がわたしにくれたこと。これもよく覚えています。今でも食べ物の中で一番好きなのがいちごなのも、このせいかもしれない。

そんなことを思い出すと、野草の模様のお皿(まんなかはイチゴの葉っぱによく似たヘビイチゴの葉っぱ)を、父にあげることができて、うれしかったです。

Img_0852 「たからの窯」は山あいのとても静かな場所で(駅から歩けるのに、登山道の入口あたりにあって)、うかがったのは雨模様の日だったけれど、とても安らぎました。また行きたい。

このお皿を見て、陶芸家の友人が「いいスジしてる、さすがクラフトウーマン(笑)」と言ってくれて、いやいやそれはひとえに、初心者でもつくれるように工夫してくださってる先生の努力のたまものなんだよ、と思いましたが、クラフトウーマンと言われてふと考た。

グリーンウッドワークや靴下を編むことなど、手仕事はやっぱりすごく好きだけど、これは母ゆずり。だけど、母が真剣に取り組んでいたジャンルの手仕事はやってこなかったな、と思いました。自覚的に避けてきたわけではぜんぜんないのだけど。パッチワーク、彫金、ステンドグラス、洋裁、レザークラフト。どれも今となっては、やっていたらよかったのに、道具もみんなそろっていたのに、と思うけど、やろうと思ったことはなかったのでした。母を越えられはしないことが明白だったからなのか、何なのか……?

20131012_133124とくに縫い物をしているときの母の手は「魔法の手」だったと今も思う。晩年母が一番気持ちを注いでいたのはパッチワークだったけれど、あの気の遠くなるようなサイズのものをひと針ひと針、手で縫っていた姿を覚えています。いつもみんなが寝た後、夜中の2時くらいまで縫っていた。

癌が進んで、目がかすむようになってからも、針を持とうとしていたことも、印象に残っています。母の遺作は、布を継ぎ合わせるところまでが終わっていて、あとはキルテイングするだけなのだけど、わたしは今だに完成させられずにいます。

Img_1070 個人的には母の彫金の仕事が、好きでした。形見分けでもらってきたこれは、今もお気に入り。オリーブの枝をくわえた鳩のモチーフ。かわいいです。

小学生のとき、自分で柄をデザインしてレザークラフトでつくってもらったペンケースも、今も持っています。

で、陶芸の話に戻ると。陶芸は前からあこがれてはいたけれど、やっぱり、自分のすることだ、とは思ってこなかったのでした。これもたぶん、祖母と祖父が陶芸をやっていたせいかもしれない。ふたりしてさまざまな器やお皿やカップを大量につくっていて、ふたりが亡くなった後、父と母は整理が大変だったみたいでした。で、かなり処分したらしかった。父は少し陶芸に興味を持っていた時期があったけど、結局やらなかったのは、「焼きものは作ったものが残りすぎる」という理由だったように記憶しています。割って処分しないといけないから、と言っていたような。

祖母と祖父はふたりとも手びねりでつくるのが好きだったらしくて、味のある(くせのある、ともいう?)ものばかりだったから、父と母にとっては使い勝手がよくなかったりしたのもあったかもしれないです。

Img_1110 でもああいう器は、重ねにくかったり洗いずらかったりしても、やっぱり好きだ。。。で、祖母の遺品の整理のときに、処分用の段ボール箱につっこまれていた中から「わたしがもらう」と言って引き取ってきたカップやお皿は、今もわが家で活躍しています。祖母と祖父のサインが裏に入っている、素朴でかわいい手づくりの器。楽しんでつくったことが伝わってくるものばかりです。Img_1109_2

野菜づくりも、暮らしの道具づくりも、それにいそしんでいる姿やその仕事を見せてもらってこれて、ありがたかったな、と思う今日です。自分が受け取ってきたもののすばらしさが分かるのは、こんなに年月が経ってからだったりするんだな。。。当たり前のように自然にそこにあると、なおさらそうなのかな。。

なんだか申し訳ない気持ち。

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2017.05.28

調子バロメーター

Img_0835 調子が少しずつ上向いてきました。いっときはずいぶんしんどかったけど、おかげで自分の気質・体質についていろいろ掘り下げて学んだり見つめ直したりできてよかった、と今は思えるようになりつつあります。

調子バロメーターは、まず、自転車で外を走っていて「風が気持ちいい」と思ったこと。気持ちよくて、うれしい、と思えた自分に気づきました。

Img_0933 それから、ちょっとずつ、相方と庭の草取りをしたり、思いつきでipod touchの待ち受け画面を思い出の写真に変えてみたり、急にひとりの夜にキャンドルナイト(というか正確には古い天ぷら油と古布とワイヤーで自作したオイルランタンナイト)をやって過ごしてみたり、Img_0940 立ち読み(座り読み)可の本屋さんでさんざん過ごしたり、久しぶりのメニューのごはんをつくってみたり、ものすごく久しぶりに映画のDVDを借りてきて相方と見てみたり(アキ・カウリスマキ監督の「コントラクト・キラー」という映画、よかったです、タイトルに反してぜんぜん怖くない純愛映画)、少しずつ自分がうれしいと思うことを思い出したりできてきて、こうしたら楽しいかも、と考える意欲も戻ってきました。

やらくちゃいけないことじゃないことをやる、のが大事だったみたいでした。。。

でも不思議だったのは、いちばん気がふさいでいたときは、仕事に助けられていた感じがすごくあったことで。(自分にとっては)やや大きめの翻訳仕事があって、それをひたすらずうっとやっていました。気がふさいでいるのに、意外と言葉の出は良くて、ずーっとやり続けていることができました。ほかのことは何もできなかったけど(家事とか人づきあいとか)、あのときは仕事があってくれてよかったです。おかげさまだった。。

それが終わって、その後もう1本、急ぎの仕事も終わって、お休みを3日ほどいただいて、そのあいだにどんどん自分が取り戻ってきた感じです。この間、家族・友人のおかげさまも大いにあって、さりげない一言で、だいぶん救われたりもしました。。

調子が悪くて、相方と衝突もしたときもあったけど、おかげさまで仲直りできました。それで今まではけんかをしないことがいちばんいいことだと思って疑ってなかったのが、少し考えが変わった気がします。けんかを全然しないことよりも、けんかしてその後仲直りできることってすばらしいな、と。。。

Img_0834 今日は、ほんとうにひさしぶりに日曜日らしい日曜日で、一瞬、しあわせだなと思いました。朝起きるときはやっぱり、今日一日に立ち向かうエネルギーがない感じで苦労したけど、起きれたらその後は、休み休みではあったけど、プルメリアの鉢植えの植え替えができて、古くなったキッチンコンポストの中身を裏庭の猫の額畑に梳きこんで、新しいコンポスト基材(ピートモスともみがらくん炭)を仕込めた。。相方もギターを弾いてうたをうたってくれたりしました。ほんとうにありがたい。。。

焦りと不安が一瞬遠のいて、今ここにゆったりいられました。ものすごく久しぶりの感覚でした。ここしばらくは、なかなか眠れなかったり、眠れても夢の中で自分だけ眠れずに明け方まで起きているという夢を見たり、ほかにもストレスフルな夢を見ることが続いていたので、ありがたい気持ちです。

* * *

Img_0960 昨日は久々に手を動かすことをできて、それも調子バロメーターとしては大きかったです。手持ちのトライポッド式の焚火台にセットできる、グリル網を(半)自作しました。

ひょんなことから今度、近所の浜で夕方から焚火ごはんしよう、ということになって、少し前にどんなメニューがいいかな、とつらつら考えていて、まだ夜は肌寒いからスープと、あとは具材をてきとうに各自で焼いて挟んで食べる「なんでもサンド」はどうか、と思い立ちました。

で、うちの近所の浜は直火はいけないことになっているので、手持ちの焚火台を使うわけだけど、これで焚火をしつつスープと焼き物を同時に調理したことがないので、どうしようか、と……。

このライダーズファイアクレードルという三脚兼焚火台は、三脚の下の方にあるメッシュ状の三角形のワイヤーシート上で焚火をするもので、分解してとってもコンパクトに持ち運びできて気に入っているのだけど、上から自在鉤で鍋やかんをつりさげられるようになっている以外は、調理のしようがない感じで。

焼き物は、じゃあ、テレスコーピックフォークで各自手にもって焼いたらいいか、とか、フォイル焼きでいいか、とも思ったけど、1人分のサンドイッチの具をフォークに全部刺して焼けるかいな?フォイルの開け閉め面倒かな?と疑問が湧き、やっぱり焼き網を焚火台の上にセットしたいな、と思いました。

で、丸い焼き網をワイヤーで自在鉤から吊るしたら?と考えて、ホームセンターでワイヤー材料を探してみると、1mm径のステンレスワイヤーロープというのが軽そうで、熱と錆びに強そうで、扱いもしやすそうでいいな、と思えました。で、なんとなく1.5m分、購入。ワイヤーロープの端の始末には、オーバルスリーブという金具の部品を使うらしく、それも近くに売られていたので一緒に買ってきました。

丸い焼き網(直径24cm)も買ってきて、まずふつうのひもで、自在鉤から網を吊るすシミュレーション。そしたら、これを吊るすと、同時に自在鉤に鍋やかんを吊るした場合、鍋やかんを自由に火からおろせない、とわかりました(←気づくの遅め。汗)

Img_0958 それでぼんやりとひもをあれこれやってみていて、あ、と思いつきました。それがこの、ワイヤーロープを網に通して三脚の脚にひっかける方式。これなら自在鉤に吊るした鍋もやかんも自由に外せます。

丸い網の三カ所にワイヤーロープを通して、ワイヤーロープの両端を合わせてオーバルスリーブに通して(このオーバルスリーブはペンチでつぶさずにそのまま)、最後にロープの両端の処理をそれぞれしました(なんとなく丸い輪をつくってオーバルスリーブに差し込み、ペンチでスリーブをつぶして留めました)。

Img_0951 つぶしてないほうのオーバルスリーブが留め具になって、ワイヤー全体の三角形の大きさが自由に変えられるので、結果、焼き網の高さが火加減に応じて自由に調節できることになりました。これはよいかも、と思いました。

端を輪っかにしたのは、なんとなく、ものを掛けたりできる場所になって便利かな、と思っただけです。(追記:やっぱりもう少し網の位置を下げられるといいかもと思い直して、端のループは両端ともぎりぎりまで小さくしてみました。)

材料を手にしてあーだこーだとやってみたりすること、ほんとに好きなので、こんなささやかなことだったけど、元気出ました。ワイヤーロープは1.5mもあったら長すぎかな、と思ったけど、こういう使い方をするならちょうどよかったです。

今度、実際の焚き火ごはんで、どんな具合か見てみるのがたのしみです。ワイヤー部分が熱せられると熱くなるので、触れないように注意する必要があるかもだけれど、あとはそんなに重たいものを焼き網に載せる予定はないので(野菜とパンだけ)、大丈夫かなと思っています。

焼き網が124円、ステンレスワイヤーロープが1.5mで174円、オーバルスリーブ金具が複数入って213円と、予算をほとんどかけずにできたのも、よかった。。。

ゆらゆらしつつ、こうやって小さいことを喜んで、なんとかやっていけたら、と思うこの頃です。

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2017.01.30

色板づくり

20170128_115027 うまく、ものを考えられない日が続いています。

体調が相当に悪い。。のもあります。冬季鬱は海のそばに引っ越してからすっかりなりを潜めていたのに、今年はどうも、うまくやりすごせず、すったもんだな感じです。

でも手を動かしているあいだは、すべてを忘れられる。

こないだは、それで、一時帰国中の3歳の姪っ子のために、色板づくりを始めて、丸一日作業していました。仕事やらなにやら、やらねばなことを全部ぶっちぎって。。。。。。

色板とは、モンテッソーリ教育で使われている感覚教具の1つです。でもモンテッソーリの正式な教具って、木製で仕上がりも完璧に美しく、とてもいいものなので、お高いのです。

だから、同じような用途のものを、家庭用に自作できたらいいのにな、と思うことは多かったのでした。いろんなもので代用したり、工夫されている方も多いみたいです。それに、モンテッソーリ教育のことを教えてくださっている深津高子さんから聞いたなかで、私にとって印象的だったことはいっぱいあるんだけれど、そのうちの1つは、高子さんが最初にモンテッソーリ教育に出会った、ある途上国の幼稚園では、竹など現地で手に入る素材で感覚教具を手づくりしていた、というお話。

完璧に美しい教具でないといけない、というわけではないと私も思うのでした。でも子どもにとって扱いやすいことは大切だ、と思うのだけど……。

20170127_161419 20170127_110828_2 そんなこんなで、わたしなりに考えて、色板をつくりました。材料は、花札2セット、100色折り紙、セロテープ、両面テープ。あと、出来上がった色板の入れ物用に、木箱と、アクリルの仕切り箱(この木箱と仕切り箱は関係ない品同士だったけど、まるでセットかのようにサイズがぴったりでした!)

100円ショップをよしとしない気持ちはあるのだけれど、こういうときに頼りになるのは、100円ショップだったりします。100色折り紙は文具店で買いましたが、その他はCan Doという駅前の100円ショップで見つけました。花札は見当たらず、店員さんに「ありますか?」と聞いたら、奥から在庫を出してきてくださいました。

黒地の花札。イメージしてたとおりのお品。

これを2枚、中表に合わせて、そこに折り紙をまきつけて、留めるわけです。(せっかくきれいな花札につくってくださった業者さんには、申し訳ないですが……)。

<こうやって作りました>

20170127_110805 ①まず100色折り紙から、7色×7つのグラデーションの折り紙を選びました。(最初は9色×7グラデーションにしたけど、考えてみたら花札の枚数が足りませんでした(^_^;)

20170127_174302_3 ②折り紙の対角線上に線を引いて、その1ミリ右にもう1本線を引きます。(1ミリ=花札の厚み)。


20170127_174356_4 ③右の線に沿って花札を縦に置いて、右端にはみ出る3角形の部分を、折り上げます。

 

20170127_174459_5 ④折り上げた線に沿って、花札の短辺を置きます。花札の右隅が③で折り上げた3角形の右角と合うように。そして花札の長辺から右側にはみ出る部分の折り紙を、折り上げます。花札を縦に2枚並べて、向こう端まで一直線に折り上げます。

 

20170127_174550_4 ⑤同じように、③で折り上げた三角形の逆側(左)の角に、花札の左隅を合わせて、花札の長辺の左側にはみ出る部分の折り紙も、折り上げます。

 

20170127_174611_5 ⑥ ④と⑤で折り上げた線から外側5ミリくらいを残して切り落します。

 

 

20170127_174633_4⑦切り落とした耳を、きっちりと折りたたみます。

 

20170127_174721_2 ⑧ ③で折り上げた3角形の部分に、縦に花札を合わせます。花札の柄の中央(上から2.75ミリのところ)に折り紙の3角形の頂点がくることを確認して、テープでとめます。

20170127_174920_220170127_174843_2⑨ 向きを逆さにしてから、この花札の上に、もう1枚の花札を、中表に重ねて、そのまわりをぐるりと、折り紙をひっぱるようにしながらくるみます。角の部分にしっかり折り目をつけながら。

 

20170127_175037_2⑩最後に逆側の3角形が余るので、そこもしっかり折り目をつけてから、2枚目の花札の表側に、3角形の頂点を当てて、テープでとめます。

 

20170127_211613⑪2枚の花札のうち、1枚の表側に、両面テープを貼って、端がそろうように気をつけながら、2枚の花札を中表に留め合わせます。

 

20170128_114122

できあがりはこんな。7×7で49枚の色板をつくりました。

花札は1セットに50枚入っています(白札2枚含む)。なので2セットで100枚あって、98枚使ったので、ちょうど2枚だけ余りました。

入れ物の木箱の中に、さらにアクリルの仕切り箱を入れましたが、アクリルの箱は、底の四隅にちょっとだけ高さがつけてあったので、色板を入れたら高さオーバーになってふたがしまりませんでした……。ので、この四隅の足の部分は、ノコで切り落としました。

あと、色板は7色分あるけど、このアクリル箱は4つにしか仕切っていないので、木の細い丸棒を切って、仕切りを作りました。

7色なので、8等分すると1カ所余るので、そこにはなんとなく、「あしたの森」のブロックを入れてみた(^^)。

20170129_220504 色板をしまうときに、わかりやすいように、アクリル箱と木箱の底の間には、色紙を挟んでみました。

これでいちおう、完成です。でも色板の本体部分の花札も紙製、色の部分も折り紙だから(折り紙基準を満たした丈夫な折り紙ではあるけれど)、遊んでいるうちにすりきれたりしてしまうだろうなあ、と思う。。。

耐久性はそこまでないだろうな。。。耐久性を上げる工夫をまた、考えたほうがいいかなあ。。。

遊び方は、こんなふうにするみたいです。

20170128_114729 ①布の上に(このランチョンマットはちょっとシワシワやけど(^_^;)、1色分の7枚を、濃淡をランダムに並べて出します。色板を持つ時は色の部分でなく、端を持つようにします。

20170128_114819_4 20170128_114745_4 ②布の端に、濃淡の順に、並べていきます。濃淡の判断は、本人の主観でしてもらうのみ。「正解」はありません。どんなふうに本人が並べても、「今のこの子は、こういうふうに濃淡をとらえているんだなあ」と思って見守ります。

20170128_114929 ③次の色の7枚をランダムに出してから、また濃淡の順に並べます。そして他の色も繰り返し。

20170128_114053 今回の来日中に姪っ子と一緒に遊ぶのは叶わなかったけど、次回は一緒に遊べたらいいなあと思っています。

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2016.11.11

旅とグリーンウッドワーク

急に寒くなってきて、にゃみちゃんの命日に毎年吊り始めるバードフィーダーに、今朝は「補充まだですかー」と催促するかのようなシジュウカラの声がきこえて、あわてて補充しました。

いつも近所のペットショップのおじさんのところで売っている、ビニール袋一杯に入ったひまわりの種を買って、フィーダーに入れています。これをシジュウカラはじょうずに殻を割って食べるので、見ていて楽しいです。

少し前まで、また岐阜へ行っていました。グリーンウッドワークのお勉強と、相方との小旅行が合体した、いつもよりちょっと長い滞在になりました。

Dsc01260 お世話になったおうちは窓を開けると鮎が跳び跳ねるあおい川面がすぐそこという、パラダイスのようなところ。夏場はここで泳げるそう。お隣のおばあちゃんから、鮎が数尾跳ねるときにはその下に2、3千尾いるんだよ、と教わり、びっくりしました(あれ、もしかしたら2,3万だったかも!記憶がおぼつかない。。)。

朝、太陽がふりそそぐお外のもの干し場所にテントのグランドシートを敷いて、ちょっとだけ太陽礼拝をしました(太陽礼拝は8月下旬から毎朝欠かさずやっていたのだけど、さすがに岐阜への夜行バスを降りた朝はできず、残念だったので、人のおうちにお世話になっているときだったけどちょっと失礼してやらせてもらいました)。

ひとしきり動いてから、あお向けに横になって青空を見上げながら休んでいたら、もの干しのとこにヤマガラが飛んできました。「あ、ヤマガラだなあ」と思ってそのまま休んでいたら、ふっとそのヤマガラがこちらのほうへ飛んできて、わたしの顔の数メートル上の空中で数秒静止しつつ羽ばたいて、それから左手の大木のほうへ飛んでいきました。あんなこと小鳥にされたの、初めて。朝のあいさつをしてくれたみたいな気がして、うれしかった。。

Dsc01292川べりではハクセキレイが何羽も飛び交っていて、かわいかった。

あと、おもしろかったのは、家にあがりこんできたカメムシ。川べりのおうちなので、季節になるとたくさんのカメムシがあがりこんできたがるそうなんだけど、もう秋も深まって、ほんの数匹がやってきていました。で、見つけたら、とりあえずうちわに乗ってもらって、お外へ運んだのだけど、その中で1匹、すごくおもしろいのがいました。うちわをそばへ敷いて、はいここへどうぞ、と言っただけなのに、すぐさまたたみの上でひっくりかえって足をバタバタさせるんですね。で、見てるとまたばっとひっくりかえって元の向きになって。そしてまたばっとひっくりかえって仰向きになってみせる。。。なんか、これ、遊んでいるのか?と思いました。カメムシは危険を感じると臭いにおいをだすそうだけど、臭いにおいは出していなかったし。。。この個体のこの行動は謎でした。でも最終的にはうちわに乗ってもらって外へお見送りしました。

この川べりのおうちでの時間はとても幸せでした。その環境だけでなく、(ほ)さんの使っている生活道具やそのしつらえがどれも美しくて、心たのしくなる。。。(ほ)さんはグリーンウッドワークのお仲間なのだけれど、グリーンウッドワークのほかにも陶芸や鍛金などもされていて、そうやって手づくりされたものたちが、(ほ)さんに一目ぼれされてやってきた、厳選されたものたちと一緒に、日々活躍しているのでした。

鍛金ってはじめて聞いた言葉だったのだけど、銅を打って形にしていくもので、すごく美しかった。銅の色がとりわけ好きなので、銅のボウルを見せていただいたときは舞い上がってしまいました。

そして先日海辺のキャンプ場で出会ったおばさんの娘さんが昭和村のからむし織を継いでいてびっくりしたわけだけど、なんと(ほ)さんは数年前に昭和村でからむしの収穫と糸作り体験をされていて!またしてもびっくりしました。。。

Dsc01279 そんなこんなで、おうちの中でもさまざまにおもしろく幸せだったのに、さらに、いつか行ってみたいと思っていた岐阜の奥地・石徹白にも連れて行ってもらえて、その道中で(ほ)さんのなじみの(?)滝にも連れて行ってもらえました。先日の海辺のキャンプ場でも管理人のおじさんに「海が好きなんですか?」と聞いたら「滝が好き!」と言われて、それがすごく印象に残ってたのだけど、なんと(ほ)さんも地図上で滝があるのがわかると行きたくなってしまうほどの「滝好き」だったのでした。わたし自身は滝は自分の生活圏の外にあってなじんでない感じがあったのだけど、行ってみたら、なるほど、滝の味わいは独特だと感じました。水しぶきの形、それがフリーフォールで落ちていくさまは、まるで時間が止まってるみたいなのに、流れは永遠に止まることがないという事実。。。

Dsc01272 滝のすぐ横が洞窟状になっていてそこに入ると天井から水がつーと滴っていたのも不思議な光景でした。滝にはどうも主がいるような感じがするけど、ここもやっぱりほのかにそんな感じがした。大好きな桂の大木もあって、甘いおしょうゆ風味の香りがした。

きわめつけにびっくりしたのは、関東に帰ってからフェイスブックを見たら、私が見たのとちょうどおんなじ景色を(け)さんが投稿してたことで。。一瞬「あれ?わたしこの写真もうアップしたっけ?」と思いました。。。関東に住む者同士なのに、同じタイミング(1日ちがいでした!)に岐阜・白鳥の滝に居たこと、摩訶不思議でした。

* * *

そんなこんなでいつになくたくさんの刺激をいただけた今回の岐阜行き。。。お世話になったみなさま、ほんとにありがとうございました…!

20161103_103151 グリーンウッドワークでは幸運なことに木の器づくりを2通りのやり方で教われました。足踏みろくろで器を挽くのは初体験。ろうきん森の学校の講座で、グリーンウッドワーク協会の小野さんに教わりました。グリーンウッドワーク協会でお世話をしている白鳥の森で育ったブナの木を挽かせてもらえました。微妙な刃の当て具合の感覚がつかめるまでいかないまま終わってしまったのだけど、難しいんだなあということが実感できてよかった。

20161103_145812 20161103_163110 20161103_154733木造の小さい駅みたいなお外の工房で、コスモスと長良川鉄道の線路をながめつつ1日ろくろを踏んでいるのは、すごく気持ちいい時間でした。ほぼ同じ状態からスタートしたけど、3人3様の器になっておもしろかった。ちょっとしたシルエットの違いで印象がだいぶん変わるんだな!

Dsc01285後でわかったのだけど、わたしの(小野さんに全面的にヘルプしていただいてできあがった)器は、なんと、野営やピクニックでよく使っているコラプシブルなふた付き器とぴったり重なるサイズでした☆ うれしいサプライズでした。

そしてもう1つ、銑やノミで削る(刳る)やり方の器のほうは、森林文化アカデミーのグリーンウッドワーク指導者養成講座で、森林文化アカデミーの久津輪さんと、グリーンウッドワーク研究所の加藤さんに教わりました。

20161106_102708アイヌの方たちがつくってきたニマという器をヒントにした小鉢と、平皿と、2つから選んで取り組みました。小鉢は少し縁周りに樹皮を残すのがニマ風みたいです。森林文化アカデミーの裏山に生える、カラスザンショウという山椒に似た木の小径木を削らせてもらいました。

14980670_1173916942697260_773955251 20161106_115833 Dsc01351皮の近くと芯の近くとで材の色がちがっていて、バニラとココアみたいなツートンカラーになった。かわいい。。。カラスザンショウの生木はとても削りやすくて、削っていると我を忘れるのはいつものことだけど、彫り進めていくのが楽しかった!小さいコップになりました。

Dsc01338_2 この日は材が3種類あって、しかもみんなそれぞれのデザインでつくっていったので、平皿(角皿や楕円皿)、深鉢、小物入れ、キャッシュトレイなど、ほんとにさまざまなものがさまざまな質感でできあがって興味津々でした。

2通りやってみて、自分はどうも挽くよりも削る(刳る)ほうが性に合っているのかも、と思った。ろくろで挽くのは、とても精密な形に仕上げることができるところに良さがありそうだけど、足でひと踏みした時にろくろがびゅんと回る「速さ」の部分に、自分はどうもついていききれてないような感じがあって。削る場合は、ひと削りずつ、ゆっくりやれる感覚があって。体内スピードの速い人はきっとろくろとペースが合うんじゃなかろうか、と想像しました。でも道具のスピードと自分のスピードとの相性は、慣れや訓練で変わるものだろかな? まだ結論を出すのは早いかと思うので、また機会を見つけてやってみたいです。

しかし将来的(?)に足踏みろくろと、ろくろ用の刃ものを自作するのは、なかなかおおがかりなことだよなー無理だよね。。。と思う。と同時に、ああこれは、椅子づくりの道具としてパイプクランプが出てきたときに「こりゃだめだ、こんなのは自分の手に余る。。。」と思ったのと似てる、と思ったりもしています。

自分には無理、と思うのが、いつでもデフォルトだけど。。。これからどんなプロセスが展開するかはわからないもんだーと、ほんとはそう思っていたらいいのだろうな、と客観的には思う。

* * *

Dsc01335森林文化アカデミーでの器づくり講座では、今回お昼休みの時間にみんなでグリーンウッドワーク協会の竹部会の展覧会を見に行こうということになって、おかげさまで行くことができました☆竹細工は、日本のグリーンウッドワークだし、やっぱりとても惹かれます。

Dsc01317_2 展示は、竹部会の皆さんがつくられた作品と、美濃市の民俗資料調査事業で集められた民具で構成されていて、とっても興味深かった。。何に使われていたのか確実にはわかっていない、このピーナツ型の道具は、左右で深さが異なっていました。編みのすきまもセクションによって異なっていて、とても美しかったな。

Dsc01331 竹のざるのふちまわりをよくみると、裂いた竹ひごのふしがきれいに斜めになっていて、これはわざとこのようにずらすのかな?と思ったら、近くにいた竹部会の方が説明に来てくださって、ふちまわりを湾曲させていくうちに自ずと最後のほうではこのように少しずつずれていく、と教えてくださいました。最初のところは、ひごは裂かれていなくて、少し行ったところから裂かれていました。なるほど、必然的にこんなふうに美しくなるんですね。。

20161106_211325_2 この方がつくられたという竹かごを、1つ購入させていただいてきました。皮つきの竹で編んだ、かろやかで丈夫なかごです。すごくうれしかった!(竹細工展は美濃市うだつの上がる町なみで11/13日まで。詳しくはこちら

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Dsc01315 今回の岐阜行きでは、相方が1日早く帰って、最後の夜は野営しました(許可を取って泊まりました)。それというのは、去年から森林文化アカデミーでのグリーンウッドワーク指導者養成講座にとびとびで参加してきて、今回が自分にとっては一応最終回だったから。。。去年の1回目のときに野営したので、初心に帰る、という意味でも、お世話になってきた岐阜のこの地の地面の上で眠りたかったのでした。(2回目以降からは、毎回違う宿にお世話になりました、どこもそれぞれに味わいがあって、岐阜のいろんなところへ行くこともできて、とてもよかったです☆)

ただ、11月の野営は自分も初めてのことで、寒さがだいじょぶだろうか、とちょっと心配でした。装備も移動があるのであまり大荷物にはできないため、ミニマルにまとめないといけなくて、あったかグッズを優先して、食材は軽めに。

ところが心配してたほど気温が下がらなくて、日が沈んだ後にテントを設営したのに汗ばむほど。眠るときも、着こみすぎて暑すぎて眠りにくいほどで、寝袋の中で履いていたぶあついウールの靴下を脱いだらやっと眠れました。

蒼い空に木々の黒いシルエットと細い上弦の月がきれいでした。星空も。入口を開けたまま少し寝て、途中で閉めて朝まで。イノシシやサルがいるよと地元の人に聞いてたのだけど、生き物の気配がぜんぜんしなかった。枯れ葉がおっこちてくる音がするだけでした。

翌朝は山の向こうに朝日がのぼってしばらく影になってたけど、山の上に太陽が出たらぽかぽかになって、気持ちのいい朝でした。オートミールとドライフルーツを茹でて朝ごはんを食べて、コーヒーを淹れて。お昼のお弁当に、干し飯を戻してお弁当箱に詰めて、おかずに干し野菜を戻して、そこに茹で豆ミックスを混ぜてサラダをつくりました。

テントを撤収してグランドシートをかわかしたりしてたら、あっという間に講座の始まる時間が近づいてあわてて向かいました。

ゆっくり朝を過ごせたら、なお楽しかったろうなあ。。。秋の野営の気持ちよさに開眼しつつあります。空気も光も透き通っているし、今回はしなかったけど焚火の暖かさがほんとにうれしいのもこの季節から、とつくづく思うし。。。

仕事をちゃちゃっとやる術を身に付けて、野山にもっと出たいな。。。!

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20161108_113623 あ、今回の旅のもひとつのサプライズ。。 相方とレンタル自転車で走っていたとき目に付いた古道具屋さんの店先で、理想のフライパンに出会ってしまいました。ステンレス製で、小さめで、薄くて、軽い。「無料でお持ちください」と札が立ててあった箱に雑多に入っていたのの1つで、うれしくいただきました。

はだかで持ち歩いていて、「これ持って温泉にいくのかーわたし。。」と思っていたら、美濃市駅の駅員のお姉さんが「ちょっと待って!」と言ってちょうどいいサイズの丈夫な袋をくださいました。ありがとう、お姉さん!(彼女はお母様がこちらの生まれなのでこちらに来た、と言ってたけれど、ご自身はうちの近くのお生まれだったので、それもびっくり)。

このフライパン、帰宅してからリサーチしたら、千趣会というところが昔頒布会形式で販売していた製菓道具シリーズの1つで、ほんとうはクレープパンでした。ヘラもあったので、それもセットでもらってきつつ、このヘラとフライパンはどうもセットではないようだ、と思っていたのだけど、実はクレープを焼くときこのヘラを使うんだったのでした。

野営やピクニック用に、軽い鉄製(アルミやテフロン加工、鋳鉄ではなく)のフライパンがずっと欲しいと思ってたのだけど、今回のはサイズも形も質感も思い描いていたとおりのもので、びっくりしました。。。思い描いていると現実化するって、ほんとだなあと(規模小さいけど)思いました :)

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2016.09.28

グリーンバスケットの1年後と、心身の輪郭

20160928_125142 1年前の今日、編んだ籠のことを、フェイスブックが思い出させてくれました。はっとして、このバスケットの1年後の状態をチェックしてみた。グリーン(生の状態)のつるで編んだので、乾燥したらどうなるか経過をみないとと思ってたので、ちょうどよいリマインダーでした。(フェイスブックは定期的にあまり見なくなるけど、見ると、ときどき便利だなって思う……)。

1年前に書いてた記録→「帰宅してから、昼間とちゅうまで編んだかごの仕上げ作業。土曜日に海岸林のお手入れボランティアで切った蔓を、少しもらってきたので、それらがグリーンなうちに編んでみた。カラスウリ、クズ、ヤブガラシ、ヤマイモなどいろんな植物の蔓がまぜこぜ。耐久性は不明なので、これから検証していくです。乾くとどうなるかな。。。」

思えば、このバスケットを編むきっかけの一部には、ヤブガラシという植物とのご縁があって。ヤブガラシのおかげで自然再生士の矢野さんに会いに行くことができて、うれしいことが連なったのでした。ご縁をとりもってくれたなかに、このバスケットもいたのだなあ。。と思うと感慨深いです。

このバスケット、陳皮(みかんの皮を乾かしたスパイス)をカラカラに乾かすための入れ物として、ある程度乾いた後のみかんの皮をまとめて入れて、日当たりのいいとこにずっと置いていました。

20160928_112207 中身を出してみると、バスケットそのものは、うんと軽くて、編んだ当初よりももちろんカラカラ、すかすかになっているけど、入れ物としての用途はちゃんと果たせていて。編んだのがほぐれてくるかな?と思ったけど、細いつるが1本はずれた以外はそうでもなく、ヤワに見えて、そうでもなく。。。ということで、生の蔓でもほどほどに使えるものが編めるみたいだ、とわかりました。20160928_121921

さて。今年は海岸林ボランティアにも行きそびれていて(汗)、でも手元には半年以上乾かしてある蔓ものがすこしばかりあるので、乾いた蔓を湯戻しして編む、というのを試みにやってみたい気がしてきました。乾いてもスカスカにならない籠が編めるだろか。

いろいろぼんやりするばかりのここしばらくだったので、気持ちが少し、手仕事のほうに動いたのがうれしい。。昨日、久しぶりに相方にゆっくり話を聞いてもらえたおかげ、と思えています。ぼんやりするばかりのなかに、はっきりしたものがちょっと見えてきたというか。

なにか、やはり外のものや人と触れることで、自分の心身の輪郭がはっきりするっていうことはあるんだな、と改めて思いました。ひとりであれこれ考えているときは、思考が霧のようにぼんやりしていて。まるで自分の考えではないかのような、どうも自分の考えができなくなっているかのような感覚がここしばらく続いていました。

外からの情報をいっぱい心身に入れるばかりで、自分がしたかったことまで思い出せなくなっていたようでした。

20160928_125420 昨晩は久々につくろいものもはかどりました。(相方はくつしたの片っぽの足の決まった場所に穴を開け続けるので、わたしも繕い続ける……)。

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あ。籠編み話のついでに。3カ月くらい前に、籠編みについて読んだ本が、とてもよかったことを思い出しました。

20160722_121003 関島寿子さんの『バスケタリーの定式』と『自然を編む』です。どちらの本も、ノウハウではない、ものづくりへの心的態度に対する指針のようなものが満ちていて、そこにとても心が満たされました。

子ども向けに書かれている『自然を編む』のほうも、とてもクリアーに、「自分で考えて、観察して、工夫して、やってみる」ということに重点が置かれていて。「これはこのようなやり方でするのです」というメッセージではなくて、素材を見つけるところから、編んでいくところまで、プロセスを体験するなかで、「自分の心身で発見し続けていってほしい」という願いのようなものが、感じられる本でした。

もちろん、そういうことを踏まえたうえで、具体的な編み方もちゃんと教えてくれる本です。

20160718_145549 ずっと編んでみたいと思っていた、カンボジアのおみやげの胡椒が入っていた、砂糖ヤシの葉を編んだ小さな入れ物。これをお手本に、関島さんの本を見つつ、紙帯で試し編みしたことがありました。

なるほど、こうなってるのか!と納得。いい帯状の素材を見つけて、そのうち本編みをしたいな。

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2016.09.18

9月

20160912_075307 今年はジャスミンが例年になくたくさん花をつけています。3号ポットに入ったひょろんとした苗を植えて、何年たったのかな。もうすっかり大人な感じになった。

先日は、中秋の名月、きれいでした。下駄はいて夜の散歩に出て、うさぎがお餅つきしてるの、見えるかな―と目を凝らしたら、となりで相方が「あ、めがね、わすれた」と。遠くと見 るときに使うめがねらしかったけど、遠くといっても月はだいぶん遠いよ?と疑問に思いました。でもやっぱりかけるとかけないとでは違うらしかった。

Photoこの夜は、香港のともだちがくれた、巨大月餅を1/4だけいただきました。黄身が2つも入っていて、ハスの実の餡で、おいしかった!香港では、家族で集まって、ごちそうを食べる日だそうです。ごちそうのお皿がたくさん並んだ写真を見せてくれました。テーブルいっぱいにごちそうが並んでるのだけど、その下に新聞紙が敷き詰められていて。不思議に思ったけど、なんでも、おばあちゃん世代の人はめんどうを省くためにこうやったりするんだよ、とのこと。

さまざまな場所の、さまざまなしきたり、いいなあと、しみじみ。

20160916_110151 フィンランドのサンタさんからいただいた、フィンランド・サンタ一族の12カ月を描いたカレンダーでは、9月はみんなでやかんコーヒー(やかんの中に粉 コーヒーをどぱっといれて焚火で沸かすコーヒー)とマッカラというソーセージを焚火であぶるのとを楽しんでいます(先月は、サンタ一族みんなで森でブルー ベリー摘みをしていた)。なつかしいフィンランドの焚火。見知らぬグループ同士も同じ火をシェアしたりしていたこととか、思い出します。

秋も折り返し地点をすぎて、そろそろ自分ちあたりも、焚火日和になってきたかも。野山に行きたくなりまする。

でもこの秋は台風の挙動が物騒すぎて、なかなかキャンプにも行けずじまい。仕事の能率もなぜか下がっていて(水星逆行のせいもあるかな?)、家で木削りするのもままならない日々……。むーん。

相方のお誕生日も、例年、小旅行アドベンチャーをしてたのだけど、今年は台風の様子を見て、ごく近所の、新しい場所へアドベンチャーしてきました。江ノ島水族館と、寒川神社と、寒川神社の近くにある完全予約制韓国料理やさん。

寒川神社は、なんだかすーっとしている場所でした。お参りしようとしたとき前方で何かが執り行われている最中だったらしく、神主さんがふと鳴らした鈴の音が、とてもきれいではっとしました。

そのあと、お守りなどを売っているところへ行くと、「みすゞ」と書いた箱があって、なんだろうと思ったら、白い紐に結わかれた鈴が販売されていたのでした。そのほかにも、朱色の紐に8つの鈴が結わいてあるのも売られていました。神主さんの鳴らしていたののミニバージョンみたいで、音色はやっぱり、ほがらかに澄んでいて、きれいでした。

20160918_161210 境内の別のおみやげものやさんも覗いたら、そこには、さらにたくさんの種類の小さい鈴(というか、鳴りもののキーホルダー)がいーっぱい並んでいました。音色もさまざま。相方のお祝いに、水琴鈴というのを1つ、買いました。この鈴は、りりん、というよりかは、しゃららん、という音。後で、相方のギターと唄に合わせて、カホンを叩いて遊んでいたときに、この水琴鈴を合間に鳴らしてみたら、パーカッションの人がよく使うウィンドチャイム(シャラランと鳴る楽器)にそっくりで! とてもいい感じでした。

翌朝目覚めて、起きぬけに一番に思い出したのも、寒川神社の鈴たちのことでした。

でも、寒川神社の前に行った、完全予約制韓国料理屋さんの「オムニ」さんも、衝撃度は同じというか、上回っていたくらいでした。

20160913_134140 うわさでは聞いていたけど、ほんとうに、人生で食べたチヂミの中で、一番おいしいチジミをいただきました。あと、お店の真向かいの梨農園の梨を使っているという、梨のキムチも最高でした。梨の冷麺も……。そしてきわめつけに、わたしも、ご一緒した(た)さんも悶絶したのが、最後に出たいちじくのデザート。もうこれは、いちじくそのものよりもいちじくらしい!としか言えないお味で、口に入れた瞬間、びっくりしました。20160913_144244

オムニのママも、気さくなすてきな方で、「2度目に来るときはお客さんはもう家族みたいになっちゃうんだよー」、とおっしゃってましたが、なるほどそうだろうなと思いました。おなかパンパカリンに食べても後でちっとももたれないところもさすがでした。

相方も、ご一緒した(た)さん(彼女も同じく9月がお誕生日)も、食べることが大好きなので、よかったことでした!

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江ノ島水族館は、近所にありながら、一度行かなきゃねといいつつ何年もたってしまった場所です。でも行ってみたら、興奮のるつぼに包まれました…。あまりに興奮して、ドキがムネムネじゃない、胸がドキドキして大変でした。いったん気を落ちつけに、水族館の外に出て喫茶店でお茶しないといけないくらいでした(水族館は入退場が自由です)。

相模湾大水槽という大きな水槽があって、もうこれが最高で、ここだけ見てるだけでも大満足なくらいなのに、さらに海獣のみなさんのショーや、お魚たちをダイバーが紹介するショー、深海の生き物のみなさんやクラゲファミリー、ひとりひとり個性が紹介されているペンギンたちやゴマフアザラシなどなど、みんなそれぞれにとても愛情をかけてお世話されている様子が伝わってきました。

ショーはいずれも、海の生き物ひとりひとりの個性を知ってもらって、もっと好きになってもらいたい、もっと親しみを持ってもらいたい、というのが一番の意図だということがびしびし伝わってくるのでした。人(お客さん)ありき、ではなく、生き物ありき。そう感じられて、嬉しかったです。

江ノ島水族館は、創業が1954年、日本で最初の近代的な水族館だったそう。いろんな分野でパイオニアなのでした。イルカはもう水族館生まれが5世代目。相模湾大水槽にいるネコザメも卵をレギュラーに生んでいるみたいでした。シラスの繁殖に成功したのも、実は偉業なのだとか。

光が届かないほど深い海に暮らす生き物は、色白でした。深海は水圧がものすごく高くなって、カップラーメンの入れ物をその深さまで沈めたとしたら、縮み上がってしまうくらいな場所。そんな場所でしっかり生きている生き物がいることは、なんというのかな、頼もしいな、と。わたしの心の奥底にも、そういう生き物が、ひょっとするといるのかもしれない、なぞと思いました。

14333146_10210415674287112_25498800 相模湾大水槽は、まるでお魚のおでこをじかになでなでしているような気分になれる、内側に湾曲したウィンドーもあって、そこでネコザメ(のタマさんかな?)に愉気もさせてもらえました(写真はネコザメさんではないほうのお魚)。

しかし江ノ島水族館は、情報量が多すぎて、くたくたになりました。最後はめまいのようなものがして体調がやばくなって、帰宅してからもぐったりしていました。大変だった。。。でも、また行きたい。

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20160918_134826最近の手仕事は。。。今日はほうぼうでグリーンウッドワーク仲間のみなさんが、椅子づくりなどをしているのもあって、ひとり家で仕事をしてるのが切なくなって、まな板のカンナがけをしました。少しなぐさめられた。。ような。

相方のリクエストあって、つげ櫛のカバーを縫いました。母の形見の布で。布を工夫して折って、2カ所を直線に縫ってあとはひっくり返すだけ、という縫い方を参考に、デザインしてみました。なかなかおもしろかった。 20160916_203359 20160917_080854 20160917_080936

それと、以前相方のお誕生日のお祝いに、相方のおばあちゃんの形見の布でズボンを縫ったのだけど、その丈が長すぎるのを直して、と言われたきりになってたので、お直ししました。

20160918_093300 そして遅ればせながら、お誕生日ケーキとして、紅玉りんごで逆さアップルパイケーキをつくりました。今年の相方のお誕生日は前々日から始まって、1週間に渡ってだらだらと(?)お祝いをしています。こんな年もあっていいのかな。

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2016.08.20

夏の記憶&ミニスツールづくり実験のつづき

20160805_203009 今年は、蝉の声を聞くと無性にうれしくなります。そして、びっくりなことに、おととい夜だったかな、早くも鈴虫の声がしました。

旧暦で秋の月に入ったら、風の湿度がぐっと下がって、白百合も咲きだして、季節のめぐりを感じました。台風が来始めて、今は雨の多い地域のことが気がかり。。。

この夏は、わりと近場で楽しく過ごしてました。最寄駅近くのブラジリアンバーに誘ってもらってライブを聞きに行ったり♫

初めて姪っ子と姉がうちに遊びにきてくれたり♡

相方と空いている浜に花火を見に行ったり!!20160805_204743

一緒に海水浴に行きたいと声かけてくれたともだちたちのおかげで、浜で朝から晩まで浜で過ごす、豪華版海水浴を2回もできたのもうれしかったです☆ 今年は例年以上に海水浴をまっとうに楽しみました。

20160730_101924_2 (り)さんと行った1度目は、あお向けに浮かんで空を眺めてたら、太陽のまわりにおおーきな丸い虹が。この日はおゆうはんを波打ち際で食べていたら、海の向こう、水平線のとこにちいーさく花火が幾度もあがりました。赤い星が明るく輝いているのも見ました。あれはさそり座のアンタレスか、それとも火星か、どっちだったろう。。いい夜でした。

20160812_084328シュノーケルをしてみたいという(ひ)さんの一言がきっかけで出かけた2度目は、いつも行く浜でシュノーケルもして、焼き魚にしたらおいしそうな大きなお魚や、黒いボーダーがお似合いのお魚、ほぼ砂に同化している保護色のお魚など、予想外にいろんなお魚を会えて、すごく楽しかった!体長30センチくらいの魚の群れが向こうから来て、わーっと両側をはさまれた瞬間もありました。迫力あった。。

ちょっと深いところでシュノーケルしすぎて体が冷えてしまって、波打ち際の平たい岩の上で、お湯のようにあったまった海水に浸ろうと、5人でならんで「寝湯」したのも楽しかったです。

お魚があまりいない場所でも、シュノーケルをつけてうつぶせて海に浮かんでいると、白砂の海底に光の波紋がゆらゆらゆれて、天国のようでした(この日は特に水がきれいで)。あの波紋を眺めているのは、相当幸せ感がある。十代の頃から、水に入っているとき一番好きなのはこれです。

太陽が傾き始めた遅い午後に、きらきら光る水面を水平線にむかってずーっと泳いでいくのも幸せ。。。

そんなにものすごくきれいな青い海!っていうわけではない、近場の海でも、こんなに楽しいってすごい。そして大人になっても、こんなふうに海を一緒に楽しめるともだちがいてくれること、うれしいです(海の達人の友だちには、海水浴のかっこいい終え方も教わることができました)。ありがとう♡

それからもひとつ、今年増えた近場の楽しみは、うちから都心とは逆方面にある、すごいパフェを食べさせてくれる喫茶店。わざわざ電車にのって食べに行きたいお店です。

20160806_174437 二宮にある山小屋という喫茶店。お店の雰囲気もすごく気持ちよくて、ほんとうに山小屋みたいで。

このパフェがどうすごいかというと、フルーツもアイスもソースもトッピングも何種類もあって、それを自由に(いくつでも)選んでオーダーできるのです。どの組み合わせも同じお値段。この組み合わせだとどんな味になるのかな!?とわくわくしながら考える楽しさ。。。組み合わせによって、まったく違う味の世界が広がります。そして、いずれも後味はさっぱりとしていて、変に甘かったりしないのです。すごい。

20160806_174441_2 相方は、ここのパフェづくりの達人おすすめの組み合わせの「桃とタピオカのパフェ」が大のお気に入り。わたしは自分で選んで組み合わせてみるのにはまっています。

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さてはて。まとまった休みがなかなかなかったのだけど、20160817_131137 数日前、長いこと途中のままになっていたミニスツールをようやっと仕上げました。

最初に、剪定した庭木のセンダンを切ったり割ったり削ったりして部材をつくったのが、2月末。ゆっくり乾燥させて、フレームを組み上げたのが6月6日。脚の面取りとオイル処理をしてフレームの仕上げをしたのが7月22日。ようやく座編みをしました。

20160817_114609_2ひとつめのスツール(大きいほう)をつくったときに余った麻テープが9.8mあったので、これで編んでみたら、ほぼちょうどぴったりでした。編み終わったら50㎝ほど余っただけでした。

2mm厚、2.5㎝幅、長さ25mの麻テープ一巻きで、ちょうど大小2つのスツールにちょうどいいとは、計算してなかっただけに嬉しかった!

20160817_132310 そしてもひとつ嬉しかったのは、計算したわけではなかったけど、ミニスツールが大きい方のスツールの下にぴたっと収まること。使わないときば、場所を取らずにしまっておけます。

 今回は長さ50㎝のうすべったいヒノキ板がたまたま手元にあったので、これを編み棒に使いました。あとは太めの編み針(編むときの道を開く道具)、かまぼこ板(編み目を押して整える道具)、ミニピンチ1つ使いました。最後の1列は苦労しました。ビニールテープと細い平たい棒でやりくりしました。20160817_131248

次の実験段階は、使い心地と耐久性を見てみること。今のところ、しっかりしていていい感じです。

20160727_112714 使い始めてしばらく経つ、大きい方のスツールは、わずかに座面がゆるんだかな、というのはあるけれど、フレームそのものはしっかりしたまま、元気です。これに数時間腰掛けてスプーンを削ったり、椅子にすわったときのオットマンにしたり、パソコンのちょい置き場にしたり、日々愛用しています。

ひとつ気づいたのは、樹皮を剥いでいないほうの脚の、樹皮がぼこっと出ている場所が、乾燥すると細かな木くずを落とすこと。はじめ、虫くいでも起きたのかなと思ったけれど、穴もなにもないので、ただ表面が乾燥して落ちるらしいことがわかりました。

つるんとしたままの樹皮がついている部分には、何も起きていないし……。

ミニスツールは、フレームの仕上げのときに、樹皮付きのパーツも、剥いだパーツも、すべて同じようにオイル仕上げをしました。もしかしたら、これで乾燥が防げて木くず落下を防げるかもしれないので、様子を見てみよう。。

今木くずが落ちてる、大きいほうのスツールも、今からオイルを塗ってみるのも一案かもしれないな。

悠長な実験が続きます。。。

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2016.07.21

夏の養生策&スプーンナイフの砥ぎのこころみ

20160718_115440 「猫の額庭」のかえでが、窓の向こうであおあおと元気で、部屋の中からみると、額縁に入った絵のよう。麗しいです。

毎日暑かったのと、参院選、都知事選のことで頭もきもちもいっぱいになっていて、今年の7月はなかなかこたえました。。。いろんな不安や心配がアンダートーンとしてそこにある感じで、体力が奪われているようなふうです。

でもようやく水無月も満月を越えてのこり2週間。この下弦の月のあいだに、少しはちらかっている頭のなかや、案件をお片づけして、養生もして、少し落ち着いて過ごしたいです。

20160719_161807 最近の養生策。。近所に出かけるときは、下駄で歩いていくのがブームです。相方は下駄で歩くと、肩凝りが解消されていくとのこと。2人で歩くと音がにぎやかで愉快です。でも喫茶店に入って、トイレに立ったりするとき、他のお客さんにふりかえられたりします。。。

とても履きやすいこの下駄は、郡上八幡の郡上木履さんの。お世話になっている岐阜の森林文化アカデミーの卒業生の方がはじめたブランドで、地元のひのきで つくっておられます。郡上踊りの踊り下駄。(郡上踊りを踊る人は、ひと夏でげたを1足、はきつぶしてしまうそうです。。!)和の虹色の鼻緒も気に入っています。

数十分、この下駄を履いて出かけて、帰宅すると、家の中のフローリングの床がふわんふわんにやわらかく感じます。すごくおもしろい現象で、毎回よろこんでしばらく家の中を歩き回ります。体の感覚っておもしろいなあ、とつくづく思います。

20160720_171859 この時期の養生策その2は、古典的に、海水浴です。昨日は、相方が珍しく休みだったので、夕方から、少し遠くのお気に入りの浜へ行きました。まだ夏休み前だったのと、この浜の近くの別の浜で大きな花火大会が開催されていたことから、こちらの浜はがら空きで、とっても快適でした。

波もおだやかで、まるで湖で泳ぐみたい。傾いた太陽にきらきらひかる水平線に向かっておよいでいくとき、久しぶりにとてもシンプルなただの生き物になりました。

足がつかない深さになると慌てる日もあるけど、この日はまったく不安もなく、のびのびとおよぎました。

20160720_180813 砂浜で砂遊びをしたりもして。とてののんびりした。。。浜に座っていると、風の温度も空気の温度も完璧に心地よくて(暑くもなく寒くもなく)、すぐそこまで打ち寄せてくる波の音も景色も楽しくて、ほんとうに居心地よかったのでした。

家にいるとあづいーと思っているときでも、浜へいくと涼しい(海にちょっと入ってからだとなおさら)。

家の近所の浜に、ざぶんと入りにいくことも、この夏1度、やりました。ほんとうにざぶんと入って、帰ってくる。海水浴だといってあれこれおおごとにならずに、水着をきたまま自転車で浜まで走って、また水着を着たまま帰ってきます。これだけでだいぶん涼しくなります。家で水風呂に入るんでもいいんだろうけれど。。。

やらなくちゃいけない仕事も、やりたいグリーンウッドワーク関係のこと(とくに砥ぎ!)も、たくさんあるけど、とりあえず夏の日々は、体力的になんとか生き延びることが優先、という感じです。。。

* * *

あ。でも砥ぎも、グリーンウッドワーク指導者養成講座で前回、砥ぎを教わって帰ってきてから、すき間の時間にスプーンナイフ(クルックナイフ)だけは砥いでみることができました。

20160721_160959 いままでおっかなびっくりで、へんな刃になってはいけないと腰抜けな感じでしか砥げずにいたのだけど、今回教わってから、思い切ってハラを決めて砥いでみたら、なるほどー、ちがうー、というのがよくわかりました。

このナイフをつくってくださった大泉さんには、フィンランドに送ったら砥いでくださる、と言ってもらっていましたが、自力で砥げないことにはしょうがない、と思っていたので、今回教わることができて、ほんとによかった。。。

砥ぎというのは、砥ぎあがりのきめ細やかさが、そのまま削ったときの木の断面にコピーされる、と今回聞いて、とてもわかりやすかったのでした。刃こぼれしていると、そのカケの部分が筋になって断面に残る、というのは体験済みで知っていたけれど、もっと見た目に明らかでないきめ細やかさの度合いについては、それが削ったものにどう影響するのか、はっきりわかっていませんでした。よく切れると、力ずくにならずに済むから、ケガなどの危険が減る、というくらいしか考えが至っていなかった。。。おかげさまで用途によって、どういうふうに砥ぎたいかを判別する基準もはっきりしてきました。

「刃がまったくついていない。。(汗)」と先生に見せたときに言われたわたしのスプーンナイフは、砥いでみた今の状態も、先生に見せたらたぶん相当あやしい出来だーということになるとは思うのだけど、それでも!少し前にこの「刃のついていない」状態で削っていたスプーンのさじ部分をあらためて削りなおしてみたら、「なんて快適!そして削り跡が断然きれい!」と思いました。刃のほうも、青棒を使ってみることで、一応(?)ミラーフィニッシュに近づきました\(^o^)/

やはり切れない刃物はよくないですね。。時間をかけて一生懸命、へたな努力をしていたなあと思います。ストレスなく、きれいに仕上がる、というのは気持ちがいいです。自分のやったことのフィードバックが鋭敏に返ってくるって、楽しいです。

道具がよくなっただけで、自分の腕が上がったように感じる。。。改めて、道具のクオリティって大事だなと思い至りました。自分の手に合った大きさだとか、ふさわしい砥ぎ具合だとか。

削っただけの仕上げにあこがれている(サンディングをしないで仕上げたい)自分としては、砥ぎはときめきの源になりつつあります。(砥ぎについての講座を受けた帰りの夜行バスでは、またいつものように、飲み込みのはやい他の受講者のみなさんと自分をくらべて、ひとしきり落ち込んでいたのだけど、毎回踏まれた雑草のごとく好奇心がまた起き上がってきて、モチベーションがふたたび上がり始めるのでした。。。しぶといな、わたし。。。自分は、こういうことをする器量がないのだから、ふさわしくない、やっちゃいけない、他の人に機会をゆずるべきだetcという想いは常にそこにあるんだけれども、好きになっちゃんだから仕方ないよなあ、と開き直る気持ちも出てきています。) 

やっぱり夢中になって手を動かしていると楽しくてたまりません。

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2016.07.03

粗型の椅子

20160701_211124 七夕のおねがいごとって、つい見入ってしまいます。たのしくて。とくに、こどものみなさんの。。。20160701_154122 かなり前衛的な短冊もありました。

さて、昨日はすっかり夏日でしたが、『ゴッホの椅子』の著者、久津輪雅さんの出版記念講演会に、中野のモノ・モノさんまで行ってきました。(ここは故秋岡芳夫さんゆかりの場所だそうです、初めておじゃましましたが、木工の素養がないままグリーンウッドワークをはじめちゃったわたしが、木工関係の本を読み始めたときに、ぐぐぐっときたのが秋岡さんのご本だったことを思い出しました。)

講演では、久津輪さんとそのお仲間の日本のグリーンウッドワーカーのみなさんが、ゴッホの椅子を「グリーンウッドワークでつくる椅子」として見出された経緯、縁あって実物に出会い、作られ方を調査して復元していった経緯についてのお話に、ほんとにわくわくしました。そこからさらにご縁があって、黒田辰秋さんがスペインで撮影したゴッホの椅子づくりのフィルムに出会い。。。さらに取材を進めるうちに、さまざまな出会いや発見があって。。。と、この本が出るまでの流れは、本そのものには書いていなかったお話ですが、とても興味深かったです。   

こうした経緯があって、いま、この椅子の作り方を、グリーンウッドワーク界に(日本だけでなく海外でも)広く楽しく共有してくださっていること、ありがたいことだなあ!と、改めて思いました。

グリーンウッドワーク研究所の加藤さんのつくられたゴッホの椅子も、現物をまじかで拝見して、(し)さん(岐阜での椅子づくりでご一緒した方)と、「いいですよね~~これ~~」と言い募って愛でていました。

このゴッホの椅子の伝統的な作り方にこうして久津輪さんたちが注目したこともあって、この椅子がつくられてきたスペイン・アンダルシア地方のグアディスという町では、ただいま、この椅子をテーマにした展覧会「グアディスー日本 1967-2016 皇居の椅子」が開催中だそうです。12歳からこの椅子を作り続けてきた職人さん、マノロ・ロドリゲスさんが、ちょうど65歳で退職されるにあたり、それに合わせてのサプライズ開催になったそうですが、今まで現地ではあまりにありふれた存在で、別段注目されることのなかったこの椅子と、椅子職人さんと、その技術・道具などが、初めて脚光を浴びることになったそうなのです。

久津輪さんはお住まいの岐阜県でも、跡を継ぐ人がもういない、という状況になりそうだった伝統工芸(鵜飼かご作り、和傘、和舟など)の職人さんの技がそこで絶えてしまわないように、さまざまに奮闘してこられていて、こうした技のかけがえのなさにみんなが気づいて動き出すような活動をしてくださってますが、遠くスペインの地でも同じことをされたんだなあ。。すごい。

20160703_044525 講演会の後、久津輪さんにサインをいただきました。これまでサインをもらってきた、台湾の原住民作家シャマン・ラポガンさん、インドの環境活動家サティシュ・クマールさん、イギリスのグリーンウッドワーカーのマイク・アボットさん、ミュージシャンのカジヒデキさんに続く、5つめのサインです。。

モノ・モノさんでは、7/5まで『ゴッホの椅子』関連資料の展示をしています :)

* * *

帰り道の電車の中、ちょっと興奮した心のまま振り返っていて、「わずか15分で1脚仕上がる」というこの椅子、刃もの1本・ドリル1本・ノコギリ1本のみでつくるこの椅子、おおらかでおおざっぱだけど年月を経た確かさのあるデザインや作り方に、改めてあこがれの境地を見た気がしました。

作家さんのつくる「作品」というような完成度の高さではなくて、無名の人がつくった普段使いの生活道具としての親しみと頼りやすさのようなもの。多少不具合があってもうまく折り合いをつけたりしながら毎日使い込んで、日々一緒に過ごしていくようなもの。そういうものがすきだあ、と。。。

そういえば、初めてグリーンウッドワークで椅子をつくったとき、マイクさんのところの森の工房で、ひとりひとりがどんな椅子をつくりたいか決めるように言われて、サンプル見本として、マイクさんとマイクさんの歴代のアシスタントさんたちがつくってきた現物の椅子(これは毎日食事をするときにわたしたちが実際に使う椅子でもあるんだけど)を見比べる時間がありました。

あのとき、まっさきに「こんなのがいいな」と思ったのが、マイクさんの初期のアシスタントだったフランツさんという方がつくったというスピンドルチェアだったんだけれど、それは、脚も、背もたれ部分のパーツも、ざっくりとした削り跡が残っていて、サンドペーパーをかけたようには見えなくて、素朴なルックスでした。椅子のデザインそのものも素朴だったけど、そうした仕上がりの雰囲気も、注意深さがなくて、そこが魅力的でした。「こういうのがつくりたいです」とマイクさんに言うと、「これかい、これはぱぱっと、ものすごく短時間でつくった椅子なんだよ」とマイクさんは言っていたっけ。

で、わたしはみんなよりものすごく作業がおそかったのと、南京鉋が苦手だったのとで、南京鉋を使う工程をまるっと省き、ドローナイフ(銑)で削っただけの表面のまま、少しだけサンドペーパーをかけて仕上げたので、ぜんぜん「ぱぱっと」つくらなかったわりにはフランツさんの椅子のような荒削りな感じに(ちょびっと)なりました。それがうれしかったりしたのでした。

スペイン・アンダルシアの「ゴッホの椅子」も、削っただけの白木の椅子は「粗型の椅子」と呼ばれていて、脚を旋盤でなめらかな円柱に削り上げて彩色した椅子のほうが高級とされているそうですが、やっぱりざっくり削っただけの白木の「粗型の椅子」のほうが、魅力的だなあと思ってしまいます。

そういう、手の痕跡があるもの、素材の質感が素のままにあるものに、親しみが湧くってことなのかな。。ブッシュクラフトに惹かれるのも、同じ理由かなあ。。。

でも自分で使うものを好きにつくるならそれでいいけど、人にプレゼントする、とか、作り方を人に伝えるために覚える、とかいうふうに、人が関わってくると、すごく完成度を気にして注意深ーくなってしまうのでした。それで作業がただでさえ遅いのに、ドツボに。。。

自分が好きだーと思うものを気ままにつくるだけーというのが、ほんとうは一番精神的にもよさそうなのに。。。なんでこうなっちゃうんだろう(汗)。

まずは、小物のスプーンから、もうすこし思い切りよく、ざっくりと作ってみる練習をするかなあ。。。

20160703_050214 写真は最近のちびスプーンたち。そういえば、このなかの柄が角ばってる1本は、わりとざっくりつくれたほうでした。実はこれは、『ゴッホの椅子』の本の中に出てきた、黒田乾吉さん作のスプーンがかわいいなと思って、数時間だけ時間があった夜に真似してつくってみたのですが、ぜんぜん似なかったもの(汗)。でもこの柄をざっくり削るのは、やってて楽しかった!

「ざっくり道」へ、もっと思い切り行くためにも、まずは刃もののお手入れをちゃんと身につけたい。。

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2016.06.28

本「ゴッホの椅子」から~スペインの生木の椅子と、中国の曲木椅子~

20160617_175422 最近どうも、元気が出なくて、こまっています。少しなにかすると、ふうと疲れて。いろんなことを、うまく考えられない、ということもあって。何が起きているんだろう。湿気のせい? 忙しかったせい? 自分の元気のよりどころを見失っているかのようなふうでもあります。

でも昨日はようやっと、竹藪がさっぱりと刈られて日当たりがよくなった西側の窓辺に、ふうせんかずらでグリーンカーテンを仕立てることができました。ふうせんかずらの種は3つずつポットに撒いておいたら、1粒だけ不発でしたが、23粒は全部発芽して、立派な苗になりました。一部には、もう小さな白い花をつけている苗もいます。

20160628_152458 グリーンカーテン用に、南側の窓辺に12本、西側に9本植えて、2本はあんどん仕立てにして楽しませてもらうことに。

さて、元気が足りないので、最近ちょっと元気が出たことを思い出してみる。。

グリーンウッドワーク指導者養成講座でお世話になっている森林文化アカデミーの久津輪さんが、先日本をお出しになって、それにともなって、黒田辰秋氏がスペインで1967年に撮影された生木の椅子づくりの映像をシェアしてくださいました。

見たら、目からうろこ!でした。道具がとにかくシンプルでぐっときます。メインの作業台は、削り馬ではなくて、細い台。その台の上には様々な場所に穴がうがってあって、その穴に差し込めて取り付けられるようになっている木のかたまりがあります。自分の胸に板をぶらさげて、その板と、この台にとりつけた木のかたまりとのあいだに、椅子の部材をはさんで削るのです(ドローナイフのように引いて削るのでなく、押し削り)。

そして椅子の脚は、小径木そのままを、樹皮をはいで荒削りしたもの(すなわち芯持ち材)。貫・座枠は同じくらいの径の枝を半割にして整形していました。

なによりびっくりだったのが、ホゾ。貫・座枠の整形をするとき、そのまま端のホゾまで一気に四角っぽく削って終わりらしいこと。別途ホゾをつけるという作業がない。。。四角ばったこの端っこを、そのまま丸い穴に打ち込むのでした。要所要所、木釘で留めることはしていたみたいです(もしくはボンドで)。

穴開けも豪快だった。。。ドリルの形状も魅力的で。そして穴開けもやっぱり、胸に穴開け用の板をぶらさげて(この板にはまん中に丸いくぼみがうがってあって)、ドリルの手前側をこの板の穴にはめて、ドリルの先端は、台に載せた材に当てて、上から体重をかけながら回していきます。すごくムダがない。。。

そして途中でわきを大勢のヤギが通ったり、終始くわえタバコで作業をする姿、かっこよすぎます。。。

プチ興奮状態に入って、見入ってしまいました。脚は芯持ち材だけど、生木の芯持ち材で割れは大丈夫だったのか?とか、樹種は何を使ってるのか?とか、どのくらいのなま具合なんだろうか?とか、いろいろ疑問がわいて、久津輪さんの本をさっそく入手しました(もともと出たら買う♫と決めてた本ですが、実は予算の関係で7月までがまんしようと思ってたのに、でも、どうしてもがまんできなくなりました)。

Photo 届いて、一気読みしました。とても視野が深くて広くて、ひきこまれた。歴史をひもとき、国をまたぎ、地域をまたぎ、さまざまな人たちの視点を含んでいて。とりわけ民藝運動について、そして木工家の黒田辰秋さんに、迫っています。。。そして久津輪さんが去年行かれた、スペイン取材の章が特にとても興味深かった!

こうした椅子が生まれた背景は、ロマの人たちの文化との関わりがあったらしいこと、洞窟暮らしとも関係がありそうなことなど。

今度、久津輪さんのお話会を聴きにいくのが楽しみです。で、ゴッホの椅子については今日はちょっと置いておいて、ここからは、この本のおかげで存在を知った、中国の曲木椅子のこと。

黒田辰秋さんが、「ゴッホの椅子」という愛称がついているこのスペイン・アンダルシアの椅子を、こうも深く愛していながら、宮内庁から依頼を受けた皇居で使う椅子をつくるにあたっては、中国の曲木椅子を原型にデザインしていったこと、興味深かったです。

黒田さんは、「ゴッホの椅子」と、中国の曲木椅子を、「民芸木工の椅子として両横綱と言える内容を持っている」と言っていたそう。そして「日本人による日本のための椅子」をつくることに、こだわっていたらしい。

わたしは中国の曲木椅子については、何も知らなかったので、久津輪さんの本の図版でみて、不思議なつくりだなあと思いました。パーツは無垢材なんだけど、前脚~座枠の1本~後脚が1本の木でできていて、2カ所で曲げをきかせてある。脚と座面がまずあって、背もたれは構造上、後付けな感じ。地にどかっと4つ脚をつけてある感じ、地面に近い感じがあるというか。気の流れとして、地面から前脚を通って上がってきて、ずうっと連続してそのまま後脚を降りて、また地面に帰る、という流れが際立つというか。

「ゴッホの椅子」や、わたしがマイクさんから教わったスピンドルチェアや、久津輪さん・加藤さんから教わったラダーバックチェアは、後脚がそのまま長く伸びて背もたれになっています。だから構造上は、この垂直性が際立ちます。地面から離れて、天へ向かう方向性というか。地面から脚をとおって上がってくる気の流れは、4本の脚すべてにおいて、上がりきってその上空に拡散する感じ。

中国の曲木椅子は、曲木という面倒な手順を加えてまで、どうしてこういう構造にしたんだろう?と疑問がわいて、少し調べると、丸竹でつくった椅子がたくさん出てきました。

なるほど、竹のしなやかさがあったから、こういう構造が考え出されたのかな!と思いました。丸竹をいちいち切ってホゾ穴にはめて組み上げるよりも、曲げた方が早かったのかも? そして曲げるのも、わざわざ部材全部を蒸し器にいれて蒸し上げて曲げるんでなくて、曲げる部分のみを、ちょっとあっためたりしていたのかもしれない。一部を切り欠いた竹なら、しなやかに曲がるはず。

黒田さんが惚れ込んだという古い曲木椅子は竹製ではなく、無垢材のパーツでできていたけれど、図版写真をよおくみると、前後の座枠が、脚の曲げの部分に挟みこまれているように見えます。そうだとすると、竹の曲木椅子の構造そのまま。

この「挟みこみ式ジョイント」が写真でもよくわかる、こんな興味深いブログも発見しました。中国で作り手から譲ってもらったという、竹ではない木でできた曲木スツールと、台湾の荒物屋で売られていた竹の曲木スツールをくらべていらっしゃいます。構造がうりふたつだということも、よくわかる!

ついでに、伝統的な竹の曲木椅子を、現代生活に合うようにアレンジしなおしている、木智工坊さんという中国のデザインスタジオも発見しました。

デザインスタジオのサイトには、人々が田舎暮らしをしていた昔は竹は家具作りに多用されていたこと、こういうタイプの竹製の椅子のデザインが完成されていたこと、竹は量産には向かないのと耐用年数が限られていることから、多くの人が都市に移り住むのと同時に竹椅子は田舎に置き去りにされて、暮らしから姿を消したことが書かれてありました。

別の個人サイトですが、竹の曲木スツールの職人の写真もありました。ここでつくってらっしゃる職人さんは、穴開けのドリルも竹製。弓錐式。貫を止める木釘を打つための、下穴を開けているところみたいです。

実に興味深いです。こういう発想があったんだなあ。で、この中国伝統の丸竹椅子、台湾からの輸入を試みた日本のお店もあったようなんですが、なかなかむずかしかったみたい。なんでも、使っていて年月がたつとギシギシ音がしてくるとか、湿気の多い台湾とは違って乾いた季節のある日本には向かいないとか。

でも作り方は知りたいなーと思ってたら、こんな動画を見つけました。アメリカの木工愛好家向けの番組の、過去放映分のDVDに、中国の竹の曲木椅子の作り方を取り上げたものがあったもよう!プレビューだけ見られるようになっていました。


この番組で紹介している竹椅子(つくろうとしているほうでないほうの)、かなり美しいつくりです。。。いやはや。魅力的です。

青竹のほうの椅子の作り方を見てみたくって、思わずこのDVDを買ってしまいたくなりますが。。。今月はもう予算オーバー。。。でも台湾や中国の工房を訪問するよりは手軽なので、いずれ入手してみてみたい気もします。

しかしわたしの好奇心、どこへ向かうんだ。。。そもそも自分は何がしたいんだろう。。。

P.S. 余談だけれど、中国の伝統的な丸竹の曲木椅子の、背もたれのスピンドルは下広が20140920_183930りなものが多そうで。イギリスで教わったスピンドルチェアは、典型的にはスピンドルの角度は上広がりにするのでした。この違いも興味深い。それでもって、わたしがスピンドルチェアをつくったとき、まさかの穴の開けマチガイをして、スピンドルが予定したのと上下さかさまについてしまったといハプニングがあったのだけど、結果として、中国式の下広がり型のスピンドルになったのでした! これはミスではなくて、アジアの人間としてまっとうなことをしたということなのかも?(^^)

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