2017.08.04

バイクと、生木の木工と

Img_1797 今朝はながながとした、なかなか大変な目に会う夢を見たけれど、思い返すと身体感覚として残っているのは、原付バイクらしきものに乗っていたこと。。

1月に人生初の乗り物免許を取ったのが、原付免許。。。一生懸命勉強して取ったのに、合格したその日の教習で数時間乗っただけで、まだぜんぜん乗れていません。もとより、バイクとのご縁がまだなのだった。

公共交通機関では行きにくい、山奥や森のほうへ、行きたいと思ってのことだったけど、街中を原付で走ると思うとなんだか怖い。。。でも街を通過しないとその向こうへは行かれないんだよね。。。(汗)

ホンダのカブに乗りたいという希望があります(背が低いので、リトルカブ)。郵便屋さんドリーミング。フランスの郵便屋さんが乗っているというプジョーのモペッドもいいなーと思ったときもあった。

郵便屋さんの、あの一軒一軒回ってポストに手紙を届けて回る作業は、翻訳仕事の作業とよく似ていると、かねがね思ってきました。

一語一語を、ポストに入れて届けていかないと、なところ。1つも余さずに届けないと仕事が終わらないところ。

すっとばしが不可な、地道さがあるところ。。すっとばし不可な仕事はほかにもたくさんあると思うけど、郵便配達と翻訳はそれ以外にも、言葉を片一方からもう一方へ届ける、という共通項があるから、たぶんすごく近しい気分になるんだと思う。

訳したいなー、と思う本が、いくつかあります。仕事の翻訳に追われて、訳したい本を訳すなんて絵空事なんだけれど。

Img_1239 最近そう思ったのは、Barn the Spoonさんの「SPON」。この初夏に出たばかりの、彼の初の著書です。生木からのスプーンづくりについて、「新しい木の文化」について、森と木々のあいだで野泊まりしてきた人の視点から、語っていらっしゃいます。

どうも、木を使うモノづくりをされる方の中でも、Barnさんや、Mike Abbottさんのように、森の中で、木々のあいだで、寝泊まりしつつ、生木でつくる、ということをしてきた人たちに、とてつもなく惹かれます。

(Barnさんは、ちなみに、Mikeさんの森の工房でアシスタントをしていたこともある方で、わたしもMikeさんを通じて彼の存在を知りました。Mikeさんはいったん“引退”して森の工房をたたまれたあと、今はご自宅のお庭を工房にして活動されてます)。

日本の奥山でかつて暮らしを営んでいた、木地師の方々にも惹かれる。京都・美山の森を歩いたときに、かつての木地師の集落跡に出くわしたときは、感慨深かったです。

先日、目黒区美術館でやっていた「ヨーロッパの木の玩具―ドイツ、スイス、北欧を中心に」展へ行ったときも、はっきり体感したことがありました。

Photo 木を使うものづくりの端っこをかじっている身としては、この展覧会に興味を持ったのはなんの不思議もないことです。けども。展覧会場で、とてもよくできたさまざまなつくりの木の知育玩具を見ていたときと、「手仕事を愉しむ、伝統的な玩具」のセクションの、とりわけ「ライフェンドレーエン」という生木から手作りする手法のおもちゃを見ていたときと、自分の心身の反応が自分でもあきれるくらい違っていました。

つくづく自分は、生木の手づくりのものが好きなんだなー、木製ならなんでも好きなんじゃないんだなーと実感させられました。

ライフェンドレーエンは生のトウヒを輪切りにしたのを、木工ろくろでけずっていって、金太郎飴のバウムクーヘン版のようなものをつくっていって、そこから動物などのミニチュア細工をつくる手法です。以下の動画をみると、ひととおり工程がわかります。

美術館のショップで、クリスチアン・ヴェルナーさん作のライフェンドレーエンの動物たちが少し販売されていたので、大好きなカワウソとシロクマの2頭を連れ帰りました。Img_1765

クリスチアンさん(上の動画の中の人も、クリスチアンさんだと思う。。)はお父さんから技術を受け継いで、ライフェンドレーエン技法を習得された方。東ドイツ時代には木工業者組合を通じて販売ができていたけれど、東西ドイツ統一後は、車で寝泊まりしながらドイツ各地で自ら販路を開拓した、と紹介されていました。

森で寝泊まりしながら、自作の木のスプーンを売って歩いたBarn the Spoonさんと、少し姿がダブりました(Barnさんは徒歩で旅していたけれど)。

クリスチアンさんの工房があるエルツ山地には、家族中心の手仕事の伝統があって、今も100以上の小さな工房で木工玩具作りが続けられているとのこと。エルツ山地はかつて錫鉱山で栄えた場所で、木製玩具づくりは鉱夫の副業だったそうです。最初は自分の子どもたちのために作っていたんだそう。

ゲルマン民族研究家の岡部由紀子さんは、展覧会のカタログに寄せた「エルツ山地の八百年と木工玩具」という文で、「鉱山での仕事は若い時にしかできないきつい労働だったことと、けがをして鉱山で働けなくなった人が多かったことが、この地で木工芸が発達した理由のひとつでもある」と書いておられました。

東ドイツ時代は「11人以上の従事者がいた工房は強制的に国有化され、合併して大きな工場に再編され、流れ作業で玩具の大量生産に携わった」ともありました。でもクリスチアンさんのお父さんは、少人数の工房を構えていたので、東ドイツ時代も合併されず、独立した工房として仕事を続けてこられたそうです。そして3人の息子さんが、技を受け継いで、それぞれにいい仕事をされています。

たいへんなご苦労があったんだろうと思うし、今もあるのかもしれないと思うけれど、スモールスケールな生木の木工の手仕事が生き残っているのは、なんか、灯火みたいに感じられてしまいます。

+ + +

こんなふうに書いたけれど、目黒区美術館の「木の玩具」展の、手仕事じゃないほうの展示セクションも、興味深かったです。特に現在の積み木など、当たり前のようにあるおもちゃの起源だったという「フレーベルの恩物」の展示や、大正時代に使われていた「モンテッソーリの感覚教具」の展示は見ごたえありました!展覧会は9月初めまでやっています :)

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2017.01.14

場が気持ちよくなることの、気持ちよさ

20161230_084259 おくればせながら、あけましておめでとうございます。今年は障子窓越しに寝床に差し込む朝日が、とってもあたたかなお正月でした。

この時期のあたたかな陽ざしと澄んだ青空がほんとうに好きだなあ、と思うことが増えた近年ですが、昨日はふと、もしかしてこの季節がいちばんすきかも?と思いました。冬はいつも鬱が来て大変だった頃から考えると、信じられないくらいです。

20161230_084420 年末年始は、山あいの父の家で過ごしました。毎朝目ざめると、窓から外へ出て、庭の水道で顔を洗って朝日に当たりました。気持ち良かった。。。ものすごくひさしぶりに霜柱を見ました。

Kakizome元旦は、書き初めをしよう、と姪っ子が書道セットを広げてくれたので、今年の抱負を一生懸命考えたけど、野宿の安全を祈願することが第一に思い浮かんでしまいました。。わたしも、どうぶつや虫のみなさんも、快く野で眠れる平和な世界を願いまする。

20170102_091525_2父の家はWi-fiが届きにくい立地なので、おかげでほぼオフラインで過ごしていました。例年は年末に父の家につくと、おせち作りに専念する日々になるのだけど、今年はおせちの量が半量でよかったので、わたしは家じゅう目についたところのほこり取りを楽しくやって、相方のほうは「窓を見るとつい拭きたくなる」くらい窓ふきがブームになっていたので、父の家の窓をみんな拭いてくれました。

父の家に行く前にも、自宅の大掃除を例年よりも楽しくやれた去年でした。というのも、来年の日記帳を買おうと入った書店で、ふと目に付いたお掃除の本がおもしろくて、本は古本を買うか図書館で借りるかがデフォルトな私が、珍しくその場でその本を買ったのです。で、この本に書いてあるテクニックを使ってみると、おもしろいようにきれいになったり、楽に汚れが落とせたりして、ふたりともすっかり楽しくなってしまったのでした。

中国残留孤児2世として、17歳まで中国で暮らした新津春子さんのご本『そうじは「ついで」にやりなさい!』です。中国にいたころは、「日本人は日本へ帰れ」と言われ、日本に来てからは「中国へ帰れ」と言われ、そんななかで家計を助けるために、日本語ができなくてもできる仕事として清掃を選んだという春子さんの視点は、ご苦労された生い立ちのせいなのか、とてもニュートラルなのでした。清掃のプロである彼女には「汚れを完璧にきれいにできた」とか、「自分がここをきれいに保ってあげているんだ」とかというような自分を軸にした視点がないようで、その場がきれいになることそのものが喜びで、きれいになるとみんな気持ちよくそこにいられるでしょう、とおっしゃるのでした。

彼女のドキュメンタリー番組があって、それがきっかけで生まれた本だったようで、元の番組もYouTubeで見てみました。彼女の笑顔、きれいでした。清掃は世間では見下されている職種だということも承知しつつ、でも自分の仕事にプロとしての誇りをもって、利用者への思いやりを全開に、日々努力と学びを続けながら臨んでいる彼女の姿は、本当にかっこよかった。

そんな彼女のおかげさまで、お掃除がわがやでプチブームになった年末でした。あのときは春子さんに影響されて、お掃除するときの気の持ちようが変わっていました(今はまた元にもどっちゃったけど。。(^_^;)。苦労感よりも、お掃除することでその場が気持ちよくなること、そのものが喜びになっていたっけ。。。

この「気持ちのよさ」のほうにチューニングするって、大きそうだな、と思う。お掃除してその場が気持ちよくなるっていうことや。アレクサンダーテクニークを生きて、自分自身が心地よいあり方で日常を暮らすってことや。わたしはとかく「正しくあろう」としてしまいがちなんだけど、「気持ちのよさ」を主眼に置くほうがきっとこじれないし、ややこしくならないし、そうすると結果的に「正しくあれる」ことになるんだろうという気がする。

20170106_163516 年始に来日してくれたアレクサンダーの先生、デビさんが、「最近実験を始めたプロセス」をシェアしてくれて、それがすごくおもしろくて、インスパイアリングでした。おかげさまでアレクサンダーテクニークでいうinhibition(抑制)の意味あい、undoing processの意味合いが、自分の中でまた更新されつつある最近で、それは気持ちのよいことだし、おもしろいことなのでした。

気づくということの、パワーを思う。大切なのは、気づけるかどうか、なんだな、と思う。問題だと思うことを変えられるかどうか、解決できるかどうかではなく。単純に、物ごとに気を向けるのと同時にそのとき自分自身がどこにいるのかにも気を向けていること。。。ものごとと自分の両方に気づいていること。。。

気づいたことがらへの良し悪しの判断や定義を保留して、まずは「ふむ、おもしろいね」と言ってみて。。。そして自分にはほんとうに選択肢があると思い出すこと。。。「イエス」にも「ノー」にも「その他」にも、どの選択肢にも平等の重みがある、あの境地へ。

「イエスに決まってる」というくらいそちらへのエネルギーがぱつぱつなときには、とくに、敢えて「ノー」を思い切り自分に許してみて、ぱつぱつのエネルギーをゆるませて、他へ動ける余地をあげてみること。。。そしてそのあいだもいつも、時空間からのサポートを受け取っていること。。。

誠実に、こうしていると、問題だったことは自ずと、間接的に、解決されるんだ、という信頼が育まれつつあります。

言葉で書くと抽象的に聞こえてしまいがちだけど、こうしたプロセスをすごく具体的に、観念だけではないわたしのまるごとで体験しているところ←今ここ。

20170106_102225 今年は、チャレンジングなことも多そうな予感があるけれど、どんなときも、今居るところに、まわりとの関わりのただなかに居て、くつろぎ冴えて居たいなと願う。。。そういう瞬間が多ければ多いほどいいなぁ。

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2016.04.09

スツールづくり実験プロジェクト(3)

20160408_172431 桜がきれいです。あちこちで咲いていて。いい季節だなあ。新しい黄緑色の芽や葉っぱを出している植物もたくさんあって、うれしくなる。

ただ自分のコンディションはあまりぱっとしなくて、あんまりやる気が出なかったり、疲れやすかったりしています。

そして日々が飛ぶように過ぎていく。。。

20160409_163334 今日はやっと、スツールづくり実験プロジェクトの最後の段階の座編みをしました。麻テープ(麻30%レーヨン70%の織り布テープ)を見つけて買っておいたので、それで編みました。幅25mm、厚さ2mmのテープ。編みのパターンはヘリンボーンにするか、格子にするか、迷いましたが、シンプルに格子編みにしてみた。

座面の中に削りくずのクッション材を入れるかどうかも迷いましたが、今回はなしでやってみることにしました。これまで座編みは2度しかやってなくて、1度目はデーニッシュコード(ペーパーコード)で、クッション材なしで編みました。2度目はアクリルテープで、クッション材入りで編みました。どちらの仕上がりも好きなので、今回は実験として、アクリルテープに似た麻テープで、クッション材なしでやってみた。

20160409_140959 20160409_150002 クッション材がない分、編むときにぴんとテンションをかけたほうがよいかと考えて、最初は削り馬にスツールを固定して力をかけてひっぱりながら編みました。半分くらい編んだ後、固定したのをはずして裏返したり表に返したりしつつ編んでいきました。

20160409_153429森林アカデミーで教わったように、薄くて細い板を縫い針みたいに使いました。最後のほうはきつきつになって、工夫がいろいろいりました。最後のきつい部分のために、次回は、はさみの先っちょのような、ひらべったくて、先へいくほど細くなって、先端は丸みがあるような形状の竹板かなにかがあるといいな、と思いました。

できあがってみると、なかなか立派なように思います。樹皮を残した部分と剥いた部分のバランスがどうなのか、ちょっとまだなんとも言えないけれど。。。脚のスプリットの様子を観察しながら、使ってみることにします。センダンは水分が多いので、今後さらに乾燥が進んでいくはずなので、推移を見守りたいです。

伸びすぎて電線に枝がふれそうになってあぶないから、とお隣さんが気にしてくださって、2月に大幅に剪定してくださった、わがやの入り口に立っているセンダンの木。スツールとして、また、なんとか生かすことができれば、うれしい。

このスツールの材料費は、座面のテープ代およそ1400円のみってことになります。今回のスツールづくり実験に必要になった道具類は買い足したけれど(パイプクランプ1組、サイズ違いのドリルビット2本、 アサリ無しノコギリ1本、あとは治具のV字台づくりのためのパーツに三角ブロック4個と角棒1本)。そのほかは、これまでに少しずつそろえてきた道具や手作りしてきた道具でやりくりしました。

まだ道具も設備も万全にそろっていないけど、それでもやれる範囲で楽しくやれていて、それもうれしいことです。

あと今回思ったのは、やっぱり貫や座枠はきっちりまっすぐをなるべく狙ってけずっていくほうがよさそうだな、ということ。木目にそって自然なカーブを殺したくない気持ちがどうしても大きいけれど、仕上がり、組み上がりに差はでるんだろうな、と思う。ただ若干ゆがんだ正方形の今回のスツールも、やっぱりかわいくはあるんだけど :)

道具もテノンカッターとかがあれば、一層精密なジョイントがつくれそうだし、やっぱりきっちりつくるとなると、そういう細かな部分が大事になってくるという、その事実はリスペクトする。こないだも朝起きぬけにふと、まっすぐ切れる機械の良さというか、ありがたさを思った。機械ギライの自分に何が起きたかと思った。でもほんとうに素直に、まっすぐが必要なシーンがあることを思って、そのためにはまっすぐに切れる機械をつくってくれた人がいることはありがたいことだったな、と心から思った。自分が好んで使うものではないけれど、あってくれてよかった、と。

20160409_163713 ただ自分はやっぱり、きっちりしたものづくりと、ゆらぎのあるものづくりの、その中間にいたいな。パステルズのCDを先日ひさしぶりに聴いたとき、すごく心が喜んでいて。ああ、自分はパステルズが音楽をやっているみたいに、グリーンウッドワークをやりたいんだなあ、としみじみ思ったのでした。ほんとうに、ほんとうに、そう思う。

グラスゴーの街を出ないで、音楽を地元でやり続け。。。プロになって技が極まるのとは、また違う方向性でずうっと。。。アルバム1つ出して、次のが出るまで10年くらい開いたり。。。音楽にとにかくいっぱい、喜びがある。あの境地。。。

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2016.03.21

長いときの果てに

20160314_102338 昨日で、ここしばらくのぱたぱたデイズが一区切り。ぱたぱたしているあいだに、ずうっと前にまいた種がいつのまにか芽を出してました。すごいうれしい。でも、何の種だったか思い出せない(^_^;) 大きく育つまで、誰なのかわからないままです。。。

この2週間強のあいだ、家仕事の納品のために完徹夜・半徹夜を4度(もう徹夜はしないことにしていた近年だったのに)、外仕事の前夜にナーバスになってうまく眠れなかったことも2度あって、睡眠サイクルはめちゃめちゃで、そしてゆっくり座って出来事を消化したり、自分の気持ちをたどったりするひまがほとんどない日々で、こんなこと自分の生活上まれなんだけど、と思いつつ過ごしていました。

ただ、エネルギーをばんばん消耗しつつ、でもその渦中で同時にエネルギーがチャージされている(ときにはチャージが消耗をうわまわってたかもしれないくらい)というふうで、それもなんというか、あたらしかったです。

家仕事も、外仕事も、とてもチャレンジだったし、ときに苦しかったり怖かったりしたけど、でも自分にとってはうれしい学びとよろこびを伴う内容だったからかな。。。ありがたいことだな、と思います。

ただ、ふだんよりもたくさんの刺激をずっと受け取りまくっていた、ということでもあるので、やっぱり疲れや揺り返しがこれから出てくるかもしれないことも、心の片隅において、自分への接し方に工夫をしようとしている今日です。終わり方を工夫する、というのが最近のテーマなのでした。

まだ家仕事は未納のものが残っているし、家事もてんこもりにあるのだけど、今日はまずは少しゆっくりした自分を時間にあげることにしています。

* * *

そして、昨日は春分の日でした。おめでたいな!

チェロキーのネイティブアメリカンの方々も、春分の日にはお祭りをするそうなんだけど、そのお祭りで大事な役割を果たしてきたという、十字石という石が、数日前にわたしのもとに 突然やってきた、というのもあって、昨日はちょっと、地軸が太陽に向かって90度だということに想いを馳せていました。

Wc_equinox1920master_ipad_1920x0180 秋分~春分~秋分の地球を宇宙から見た動画をみつけました。「太陽にむかって地軸がいちばんふんぞり返っている時が冬至、いちばん深くお辞儀している時が夏至、直立の時が春分・秋分です。」という表現もみかけて、おもしろいな、と思った。

人間が長い進化の過程を経て二足歩行になった、そして手でいろんなことをするようになった、その進化のたまものである、わたしたちの中の直立性、垂直性について、アレクサンダー・テクニークの恩師、トミーが昨日までたくさん話をしてくれたのが、春分と地球と太陽とにつらなって、思い出されていました。

トミーにまだ面識がないときに、いきなりメールを書いて、突撃で彼の学校に教わりに行ったのがちょうど13年前の3月で、以後、間があいたりしながらもある程度コンスタントに会ってきて、これまで毎回いろんな複雑な気持ちになってきたけど、今回は本当にシンプルに、トミーから学びたいことがたくさんあるな、と思いました。というか、わたしが学びたいことは、こういうことなんだ、と腑に落ちたというか。

アレクサンダー・テクニークでは、レッスンの中で相手に手を触れる、という要素があって、それがどうしても自分には抵抗のある要素でありつづけてきたけれど、今回、はじめて、自分の奥のほうから、「その触れるというのを学びたいな」という気持ちが出てきた。それで、その気持ちを先生に表明して、教わるための実際の一歩を踏むこともできたのでした(でもその一歩の最中では「わー、できない、わからない、できない!」という激しい反応が出ちゃったけれど)。でも、自分の中では、ものすごく革命的なことだったのだし、この一歩は、自分にとっては、お祝いだなあ、と今、思っています。(そして「できない」という私にトミーが言ったのは、「誰でもできるんだよ、ただ慣れてないだけ。練習すればいいだけだよ」)

アレクサンダー・テクニークを仕事にしたいとか、教師になって人に教えられるようになりたい、とかそういう欲求とままったく無縁のところで、こういう「触れ方」を、ただそれ自体のために、身につけたい、と思ってもよかったんだ、と気づいたのは大きかったです。

わたしがアレクサンダー・テクニークをもっと深く学びたいと思った当時、レッスンをしている先生が東京にいなくて、それで教師養成校にいきなり入ったのだけど、そこでは「教師になるために」という前提がいつもついてまわっていました。自分も願わくば教師になれたら、いいなあ、と思ったりもしていたけれど、8年やってみて、自分は教師になりたくない、というか、ならなくてもいいんだ、そこは本当に自由に選んでいいんだ、と知ったときは、すごく自由を感じた。その後は、「人に教えるため」という前提のないなかで、ほんとうに自分自身のために(いったりきたりしつつ)学びを続けてきたのだけど、その「自分自身のために」という前提への切り変わりが、逆に「教えるために必要なこと」だとわたしが考えていた「手で触れる」という要素を自分からどんどん遠ざけたのでした。そうやって「自分自身のために」学び続けるなかで、思考に重きをおきまくっていました。

思考も、体も、まるごとのわたしの部分でしかない、その部分のひとつでしかない思考を、ずいぶん偏って使おうとしてたのかもしれないです。

あと、「自分自身のために」学び続けるなかで、自分をまわりの場や世界と切り離してとらえてもいました。このことは数年前から気づいていて、「かかわりの中にいるということ」についてもっと見て行きたいと思ってきてたのだけど、「かかわりの中にいること」の当時のわたしの定義の中には、「相手と物理的に触れあう」という部分は不思議と含まれてはいなかった。

やっぱりずっと、抵抗があったのでした。「触れること」へのこのおおきな抵抗感は、アレクサンダー・テクニークの教師養成校で学ぶなかで体験したことがベースになっていたのかな、とも思うけれど、実際はもっと根は深そうだな、とも今は思っています。

自分が物理的に触れられることが、好きではない。これはアレクサンダー・テクニークに出会うよりもずっと前に、わたしの体に深く刻まれていたことだったと思う。触れられることが、自分の尊厳や自由を損なうこととイコールだった体験が、あるからだと、思います。

アレクサンダー・テクニークの先生なり同級生なりに触れられるときは、もちろん、わたしの尊厳や自由を損なうのとは反対に、それらをより尊重したいがためだとわかっているし、そうだと伝わってもきます。それでも、それでも、、、わたしは自分が「受け身」になっているという状況のなかで、自分の自由がわずかに損なわれるのを、毎回感じていました。みずから選んで、そういう状況に入っていて、その体験から得られる学びのすてきさもわかっているのにもかかわらず、その「自由が損なわれる感じ」はかすかに、だけど根強く、残っていました。

今これを書いていて、おなかのそこのほうのかたまりが動く感じがしていて、泣きそうになってきた。。。

わたしは、その「自由が損なわれる感じ」に慣れているし、耐えるのも上手でした。ちょっとのことだから、がまんしていた。でも自分の側に、そんなふうな、かすかな「がまん」がある限り、わたしがすすんで、誰か他者に、手を触れたいと思えないのは、当然だったな、と今はわかります。(教師養成校に通い出した当初は、興味本位で、やみくもに触れてみたりすることもできてはいたけれど、でもそのときの関心は、単純に、自分が自分にワークしながら「触れる」と相手に何か変化が起こるのかなどうなのかな?というような好奇心で、「触れる」ための意図がめちゃくちゃでした。だから「レッスンをする」という状況の中で手を使う、というときには、まったくつかいものにならず、極力、手を使わずに、伝えられることを伝える、というほうへ向かうしかなかったし、なにより自分自身へのワークが十分でないから、そこをもっと見て行かないととずっと思ってきたのでした)。

わたしのなかにある、この、わだかまりが、とけてなかったことと、わたしが他者になにか働きかけをするとか教えるとかいうことをしたくなかったことは、つながっていたんだな、と今は思います。自分で実験して発見していくプロセスのほうに意義を見出してきつづけていたことも。

今でも、誰もが自分で実験して発見していくことが大事だと思うし、安心してそうできる場を提供するような学びの場がいちばん好きだけれど、そこのニュアンスが、ちょっと変わった気がしています。みんなが自力で独学でそれぞれにやってみる、ということのなかに、なにか「自」が「他」と切り離されているさみしさを感じるようになってきたかのような。。。

もうすこし、お互いにかかわりあって、支え合ってもいいんでないか、という感覚が来ています。なんでもできるだけ自力で、と思ってきたわたしには、相当あたらしい感覚です。「かかわりあうこと」には「相手の、自分の、自由や尊厳を損なうこと」が伴うと感じてきたのが、なんか、ほぐれてきたからかもしれないです。「かかわりあうこと」の意味が、「自由を尊重し合って、いまここにいるお互いの存在そのもののすてきさを味わいあうこと」や「ほんとうにお互いを支え合うこと」にもなり得ると、納得できたからかもしれないです。

言葉にすると、陳腐だけど。。。

でも、これがわたしが学びたいことだったんだな。。。お互いの自由と尊厳を踏みにじることなく、お互いになにかを押し付けたり期待したりすることなく、それぞれが、それぞれの、すっくと垂直したサポートの中に安心して居て、オープンマインドでいまここのお互いの存在のすてきさやありがたさを味わって、いっしょにいるということ。動物のみなさんや、植物のみなさんや、ひとのみなさんや、モノのみなさん、地球という惑星と、そうやってかかわりあうこと。。

それは意図や気持ちやこころざしだけでなくて、身体も含めた、まるごとのかかわりあいであっていいんだな、というか、まるごとであってこそコンプリートなんだな、と今、思っています。

そういうあり方が、可能だと、身をもって示してくれているトミーに、ありがとうと思う。トミー自身の体験談を話してくれる「おはなしの時間」や、科学的見地からの考察や、ポエティックなたとえや、身体での直接体験や、思い方での実験などなど、そのときどきでどこへ行くかもわからないものが飛び出す、まるでストラクチャーがないかのような多角的な教え方をする人だな、と思う。解剖学も脳神経科学も、物語もスピリチュアリティも、トミーの中には等しくあって、まるく(葛藤なく)統合されているのを感じる。74歳にしてあんなにすっきりとかろやかかつ、ごく自然な身のこなしをしていること自体、すごいなと思う。“白人”の人からはもう学びたくない、と思うことが多い自分もいるのだけど、「白人」というのも、うわべを見ているだけなんだな、とも思う。

うわべを通り越して、相手を見る/相手に触れる、ということのたとえに、トミーが「波じゃなくて、その下の海を見る/海に触れる」と言ってたのを思い出します。なるほどすてきなたとえだな、と最初思っていたけど、後から、これはたとえ話でなくて、トミーがカヤックにのって漕いでいたときの実体験から来ていたと知りました。パドルしていてもうまく進めなかった時、波じゃなくてその下の海に意識を至らせてパドルを握ったら、握り方が変わり、自分の背中で腕をささえてたのが、逆に腕が背中を支えるようなあり方に変わったこと。

「自分の体験から、伝えるんだよ」と何度も口にしていたけど、ほんとうにそれを実践しているのを知ると、毎回びっくりする。伝えてくれていることがらが、空気中に舞うだけの思考のかけらでなくて、ほんとうにすべて身をもって体験したことに根付いているって、シンプルだけど、パワーがあるなあ。。。

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2016.01.25

あわただしさと、鮮やかさと

0045_xlarge今年はお正月も自分の誕生日も例年以上に実感のわかないままやってきていて、日々のあわただしさが際立っているのだけど、でも瞬間瞬間の鮮やかさはなぜか増しているようで。。。不思議な感じです。

20160117_091341 お誕生日はいつになくお祝いをたくさんしてもらって。。。お誕生日になる前から、「もうすぐお誕生日だから」とともだちからかわいい青い生き物の木製しおりをいただきました。木製のしおりは、箱根の寄せ木細工のものと、フィンランドの白樺のものとが最近わがやに来たばかり。ひそかにブームになっていたので、このメキシコのしおりもとってもうれしかった!

20160121_102529 お誕生日当日は、相方と温泉へ行きました。いつも体調管理のためにお世話になっている、家からわりと行きやすいところにある日帰り温泉。そこがやっている小さな湯治宿の棟に泊まりました。 Oyuhan_2 湯治宿なので食事も体のことを考えたシンプルな玄米菜食で、しみじみ、おいしかった。。。

お風呂→おゆうはんのあとは、はやばやとぐっすりひとねむり。夜中に起き出してまた掛け流しの内湯につかり、また眠りました。朝食の前にもひと風呂。。。眠る、お風呂に入る、おいしいものを食べる、川の流れる音を聞く。ひたすらそうやって過ごせて、しあわせでした。

朝食後もまた露天風呂へ入りにいって、湯けむりが朝日に照らされて天使の梯子になってるのを眺めました。きれいだった。

ここの温泉に併設されているカフェが秀逸で、暖炉でパチパチ火がもえてるのと、足元には真鍮のパイプが渡してあって、中を温泉のお湯がながれているのとで、あったかくて、居心地もすごくよいのです。温泉水で淹れるコーヒーがまた美味。コーヒーを一杯飲んで、この日は沼津へ移動して、沼津アルプスを歩きました。

0043_xlarge 沼津アルプスは、高度は低いけど表情豊かなルートで、本によると日当たりも眺めもよくて「夏以外ならいつでも快適」とのこと。行ってみたら、なるほど、気軽に登れる高さでありながら、予想以上に楽しい山でした。

0050_xlarge_2 いったん稜線まで上がってしまうと、右手にはずうっと海が。香貫台というところから上がったのだけど、落葉広葉樹の多い明るいお山でした。おもしろかったのは、異なる樹種同士がとても仲良しなようすだったこと。

0027_xlargeこのクスノキとカゴノキは、もう一体化しているといっていいくらい。もっと若い木々も、違う樹種同士がお互いに腕をまわしながら成長していたりしました。歳のいった桜の幹に、青々としたつた植物が這って上がっているのも、初めて見た。0029_xlarge

沼津アルプスを案内してくれた本には、「山はいつも近くにあって、行こうと思えばいつでも行けて、行けば必ずいいことがあります」と書いてあったけれど、ほんとうだ。。。

林を抜けると相模湾を一望に見渡せる岩場があって、ひだまりであったまった岩に腰掛けてお昼を食べました。たのしかったな。Numazualps

下山するあいだも林は明るいままで、快適でした。急な下りのときにひざを少し痛めたかな、と思ったけれど、市街地に出てすぐのところに日帰り温泉があって、そこで一風呂浴びたらけろりと直ってしまいました(筋肉痛や神経痛にいいお湯だったそう)。

* * *

沼津は関東からわりと近いように思うのだけど、でも関東ではなくて東海なのでした。それを実感したのは、パスモとスイカが使えなかったときと、もうひとつ、地元のカフェで「小倉コーヒー」というメニューにでくわしたとき。

食べ物で一番すきなのがあんこといちご(ベリー類)なので、迷わず注文、人生初のあんこ入りコーヒーを味わいました。オリジナルなメニューを出すお店だなあ、と感心したのだけど、後で東海圏の友人から「小倉コーヒー」は東海では定番メニューだと教わりました。「しるこサンド」という、ビスケットのあいだにあんこ味のクリームがはさまっているお菓子も、先日岐阜で初めていただいて感激したのだけど、このお菓子もやはり、東海圏のみなさんのあいだでは知らない人はいないみたい。。。カフェでは必ず小倉トーストがある東海圏。この小倉文化はなんなのだろう。引っ越したくなってしまいます!

小田原とか熱海とか沼津とか、気候も温暖で、海と森とが両方すぐそばにあって、小倉文化もあってよいなあと、しみじみ思う。

20160122_093512 沼津の八百屋さんでは伊豆のいちごを見つけました。大好きな小粒タイプ。お値段も1パック200円台だったので、自分へのお誕生日プレゼントに迷わず買いました。消費税分の小銭が足りなかったのだけど、倍音のでる渋い声で「へい、いらっしゃい、いらっしゃい」と言っていたおじさんは、渋い声で「サービス」と一言いって、おまけしてくれました。かっこよかった。。。このいちご、甘さとすっぱさがちゃんと両方健在で、最高でした。

そんなこんなで、温泉に山に海、あんこにいちご、と大好きなものに囲まれて過ごせてしあわせでした。これだけでももうものすごいプレゼントなのに、相方はさらに、すごくおもしろそうな本(『森は考える』と『ムーミン谷の夏まつり』)と、わたしが中学生のときに聞きこんだ懐かしい音楽のアルバムを、プレゼントしてくれました。

中学生のとき以来聞いてなかった曲に、じいっと耳をすませていると、懐かしくて死にそうに。。。音楽は本当にタイムカプセルで、開けたとたんに当時の鮮明な記憶がぶわーとあたりに広がる。。。

しかし今聞いてもかっこいい。というか、今だからこの楽曲のすごさがわかる部分もあって。「昔のわたし」にとって懐かしいだけでなくて、これを今聴いている「今のわたし」にも響く音だってことが、すごいことに思えました。初めて聴くという相方も、しびれていたし。。。ほんものは時代超えるっていうことなんだろか。

* * *

旧暦(太陽太陰暦)の大晦日ももうあとすこし。新しい1年、オープンでいること、正直であること、しあわせをちゃんと望むこと、ご縁や世界とのつながりを大切にすることを基本に、和やかに過ごしていけたら、と思っています。こんな時代だけれども、というか、こんな時代だからこそ。。。

ご縁あっておつきいあいいただいているみなさま(ひとも、ひとじゃないみなさんも)、今後ともどうぞよろしくおねがいしますm(__)m

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2015.10.05

トトロのおなかの上で

20151003_130726 最近、夢のような次元であわやーく思う「願い事」が、叶うスピードが加速しているように感じます。これは世界的な現象なんだろか。。。

というのも、ついこのあいだ、ヤブガラシという植物と知り合いました(近所の森のお手入れのボランティアで、「つる切り」という作業をして、その帰りみち、バスケットづくりのために「野葡萄の蔓があそこらへんにあるから切っていいよ」と言われ、喜んで切って帰ってきたら、野葡萄と思ったそれはヤブガラシだった、という事件があって)。

そしたら、その翌日に、ヤブガラシのことを「とっても素直な植物なんですよ」と語り、蔓を切ったりすることなく、くるりと輪に丸めてそっと地面におくだけで、「藪を枯らす」ほどのヤブガラシの勢いをおさめる方法を伝えていらした矢野智徳さんのお話が、Facebookづてに流れてきました(矢野さんのご活動については小耳に挟んではいたのだけど、こうした具体的な手法を伝え聞いたのは初めてでした)。ネットで調べるとみんながヤブガラシを厄介者扱いしてるようだったのに、そのヤブガラシを「とっても素直」と語るその人に、「お会いしてみたいなあ」と、そのとき思って、そうしたらその1週間後、矢野さんがわが家のある地域のほうで、森のための「水脈づくり」を指導される現場に、参加させていただくことができてしまいました。

イギリスでグリーンウッドワークの合宿コースをやってらしたマイク・アボットさんのウェブサイトがネット検索で出てきて、素晴らしいコンポストトイレや、焚火での料理、テントでの寝泊まりという森での生活そのものに魅せられて、いつか行ってみたいもんだなあ、と思っていたら、半年しないうちにほんとうに行けてしまった、(しかも春に行けて感激してたら、イギリスでのお仕事のお話が舞い込んで、同じ年の秋にもう一度行けてしまった)、あのときも、こんなに非現実的な願い事がこうも早く叶うなんて、どうしたことだ、と心底びっくりしたのだけれど。。。今回もそうでした。

しかもお金のないわたしにとって、今回の参加費無料は、ありがたすぎました。。。(マイクさんのとこに行ったときも、春のはワークエクスチェンジ的なものだったので食費だけで森に1週間滞在させてもらってしまい、秋にちゃんとコースを受講したときは受講料をフルで払ったけれど、渡航費はイギリスでのお仕事をいただいたおかげでまかなえたのでした)。

ほんとうに、有難いことです、文字通りです。

(グリーンウッドワークは、その後、日本で学びを続けたくて、マイクさんにわたしよりもうんと早くから教わってきたグリーンウッドワーカーの方おふたりに、散発的ペースではあるけれど教わっていて、その講座も、受講料がものすごく、ものすごく、良心的で、内容は特濃で、ほんとにまたしても文字通り、有難いのでした。先月の講座もインスパイアリングで、そのことも書き留めておきたいのになあ。。次の回だ。。)

今日は、まず、矢野さんご指導の水脈づくりのことを。。

でもうまく内容を伝えられる自信はないので、自分が感じたこと・理解したことのみになってしまうのだけれども。体験としては、ひとことでいうと、これまでになく、草木、土、水、空気のつらなりを3Dで垣間見た、というような感じでした。

20151003_125358 雨となって地面に注ぐ水の動きが、本来の自然の動きに近いものになるよう、すでに人間が傷をつけてしまった地面を養生する、そんな作業が、「水脈づくり」の作業でした。具体的に言うと、宮脇昭さんのご指導で森林再生しようとしている場所があって(宮脇さんも植樹の方法論が有機的で、すごいなーと思っていた方なのですが、今回宮脇方式の森づくりと矢野さんの取り組みとが合体するのは初の試みなんだそうです)、そこに人が通るための道がつけてあるのだけれど、雨水が、道に集まって流れて地表を走ってしまう、その勢いをおさめて、水が縦に地中に浸透できるようにしていくための作業です。(写真は作業後のようす)。

道をつけてそのままになっていたところは、両サイドよりも低いために両サイドからも水が集まり、地表の土は、道の両サイドの地面の土も、道の土も、水と一緒に流され豊かな表層が育っていかないし、集まった水は早く斜面を駆け降りるため縦に浸み込まず表面を走るばかりで、雨が降っても地中は潤わない。地面の表面にはテカった膜が張ってしまっていて、空気も地中に入れなくなっていました。こうなると草木が茂れず、草木の根が元気に伸びられないために、地中のなかの隙間はさらになくなり、空気も水もなおさら地中に入りにくくなり、土がどんどん硬くしまって、なおさら草木にとっては生きにくくなる。。という悪循環。

一筋水が早く流れるルートができると、そこに向かって、さらに周辺の地の水も引き込まれていくんだそうです。水の習性。。なのでこの道の両側に広がる植樹地の健やかさが、かかっていることになる。

20151003_130719 そもそも草も生えていない裸地というのは、地球にとっては傷口のようなものなんだそうです。この傷口をなんとか塞ごうと草たちは一生懸命、生える。草木の根が、土留めになって、地表の土が流れるのを防ぐし、地中の隙間をつくって空気・水が地中に入っていけるようにして、地下水脈を育てるんだそうです。大きな樹の根は、地中でほんとに大活躍しているのでした。

本来の自然の地はどこもすべて、水が横に流れる動きと、縦に地中に浸透する動きは、常にバランスを保っていて、どちらかに偏ったりはしていないんだそうです。

それが過去50年の、コンクリで固める土木などで、地中はぎゅっと押し固められたまま、水も空気も通らないような状態になっているところが増えてしまった。窒息し、血脈である水脈がおとろえてしまった大地に草木ががんばって生えても、草木も元気に成長するのは大変だし、草木が元気でないと虫や動物たちも苦労を強いられて、暴れ出したりする。

それでも動植物たちは、みんなでがんばって、なんとかバランスのとれたところへ戻そうとしていて、だから草も木も生えてくる。そうやてみんながんばってるなかで、人間だけがマイナス方向に邪魔をしがちなのですね。。。草木を抜いて地面を丸裸にしたり、コンクリで表面を固めたり、土地の四方を囲んだり。。。

だから人間が邪魔をやめて、自然のみんながやろうとそている方向に協力的になっていくようにすれば(そしてその取り組みも、できるだけその場にある有機的な材料で行えば)、バランスのとれたところへ向かう動きは必ず加速するんだそうです。そしてそれは目にみえる結果が出るんだそうで、矢野さんはご自身の目で実際に見てきてわかったことを、シェアしてくださっているのでした。

20151003_111831 今回の作業のあと、どんな変化が期待できますか?という質問に、まず矢野さんは、近くにあった草の葉っぱをちょっとちぎって、陽に透かしました。「こうやって陽に透かすと、葉っぱって、こう、ぽうっと光りますよね」とおっしゃって、「今もこの葉っぱは、まったく光ってない、ということではないけれど、今日の作業で大地の水脈が育ってくると、この光り方がね、強くなります、もーっとこう、ぽうっとね」。

それから道の両サイドに生えている木々については、今黄変をおこしている葉っぱが緑になってきます、と(黄変と紅葉は違う、と説明したうえで)。あとは木々の芽が、もっと充実した感じになるし、全体に、みんな元気になってくる、それが体感としてわかるはずです、とのことでした。この説明のどれもに、ぐっときた。。。

20151003_111854黄変については、樹のどのへんで起きているかも見るといいそうで、黄変が起こっているのが下枝の場合は地面の表面近くの問題、上のほうの枝の場合はもっと深い地層の問題なんだそう。わたしの横に立っていたトベラは、まさに一番下の枝に黄変が起きていました。

矢野さんが強調してらしたのは、地中の水の動き(地下水脈)には、空気の動きが先行する、という点でした。これを何度もおっしゃっていた。目にみえないから見過ごされがちだけど、まず、大気中の空気、これが土中に入っていって動かなければ、水は動かない、と。

ストローの中に水があっても、片方の口を指で押さえたら、中の水は動かなくなる。あれと同じこと、と。

20151003_131156大地全体が呼吸をしていること、それを阻害しないことの大切さを、しみじみ、思いました。そしてそれがどれだけ、全体(草木、動植物、わたしたち)にとって、大きいことか、を。あと、地表をカバーする草や落ち葉枯れ枝、みんなが大切な役割を担っている、ということも。

たくさん雨が降ったとき、川を見ると、水は澄んでなくて泥水になっている。それをわたしは当たり前だと思っていたけれど、自然本来の状態ならば、たくさん雨が降っても地表の泥が川に連れ込まれることはなく、川の水は澄んでいるんだそうです。そして豊かな森では土はかならずふかふかに柔らかい(これは自分も体感として知っています)。

自然の仕事を邪魔しない、ということを、ミクロレベル(自分の庭)からマクロ(地球全体)まで、もっと考えて、実行していきたいな、と思ったのでした。はからずも、この「邪魔をやめる」とか「本来のデザインに協力的になる」というのは、自分自身(の心身)のレベルでは、アレクサンダーテクニークで、ずっとすったもんだしながら学ぼうとしてきたことで、(いまだにすったもんだしてるけれども)そうなんだ、もっと尊敬して信頼して協力していくことなんだよね、わたしがああだこうだコントロールするんでなくてね、とまた別の側面からヒントをもらっているようなふうです。

矢野さんのおっしゃる「水の動きには空気(風)が先行している」というのも、心身の感情の方向には思い(込み)が先行している、ということを思い出させるな。。。

20151003_125408それに、今回の作業で、雨水が道の表面を高速で走っていかないよう、小さな横木で堰をつくり、さらに地面の表面に炭をまいて、枯れ草をたくさん敷き混んだのだけど、こうして水の速度をちょっと緩めることで、本来あるはずの水の動き(縦に浸み入る部分)も起きるようになる、そのしくみも、アレクサンダーでいうところの「抑制」に近いように感じました。

地球をひとつの大きな有機体ととらえることが、なんだかリアルでした。矢野さんが最初に「みなさん今日は、トトロとかゴジラとかのおなかの上でこの作業をしているんだ、というようにイメージしていただくと、わかりやすいかと思います」とおっしゃったときは、「??」と思ったけれど、作業が終わるころには、なるほどそうか、と体感が来た。。。

生きものの上に暮らしているんだ、という自覚を持つこと。。それってかつてネイティブアメリカンの方や土地に根差した暮らしをしていた人たちはほんとうに普通に持っていたんだろうなと思う。

 

* * *

20150928_150301_2 20150928_164714_2 話しは大きく戻るけれど、矢野さんとのご縁をとりもってくれたヤブガラシという植物(野葡萄と間違えて連れ帰ってきちゃった蔓)は、結局、バスケットに編み込んでみました。

森のお手入れボランティアの「蔓切り」作業中に、切った蔓の中でしっかりしたのを少しもらって帰ってきてたので、それらとヤブガラシを組み合わせて、編みました。カラスウリ、ヒヨドリジョウゴなどとのまぜこぜバスケットになった。

Dsc00558 蔓でバスケットを編む場合、まず蔓を一度乾燥させてから、編む前に水に少し浸しておいてやわらかくして編む、というのが一般的だと思うのだけど、前回同様、またしてもグリーン(切った直後)の状態で編んでみた。

20150928_204520 20151005_145535乾燥するとどうなるか、見てみようと思ったのでした。1週間経って、だいぶ乾燥して、蔓の太さがやせました(写真左はできたて、右は1週間後)。結果的にバスケットの編み目にすきまができた。

前回グリーンな状態でジャスミンの蔓で編んだほうのかごは、みだれ編みにしたので、隙間の変化がわからなかったので、今回はっきりわかっておもしろかったです。

20150207_104438_2 20151005_145419 ジャスミンかごの場合はこんなふうでした。左が出来たて、右が現在(7ヶ月後)。

ああ、ひがな、有機土木や身近な生活道具の手づくりとか、そういうことを学んだり実験したりできる暮らしだったらいいのにな。。

仕事に戻らないと。。でもお金のための仕事と暮らしが切り離されてなくて、全部まるごとただ生活する、というふうになれたらなあと思う。。。お金の要らない暮らし、ゼロ円経済圏、などとつらつらと考える今日です。

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2015.09.27

少しずつ

20150922_153101 栗の渋皮煮、初めてつくってみた。前に相方のお母さんがつくってくれたのが、おいしかったので。重曹入れて煮ると、濃い色になってびっくり。楽しくつくりました。

Dsc00561_3 この栗は、岐阜への旅のとちゅう、郡上八幡の神社の朝市で売っていた栗を衝動買いしたもの。重たいのにリュックに入れて旅の間しょって歩き、夜行バスで新宿に帰りついた日には、栗入りリュックをしょったまま、また国会前デモへ向かったのでした。。。そんなわけで、わたしとしばし共に歩んでくれた栗であります。

安保関連法案のことでは、国会前に通ったり、国会中継を連日深夜まで見守ったり、ぐっと力を込めて過ごす日々がしばし続きました。改めて、今まで以上に、地に足のついた希望を持って、あきらめずに、ひとりの人間として声をあげていく基礎体力と基礎知力が、自分のまわりのひとたちに、そして自分自身にも、ついたように感じています。目先の結果や報道の内容に一喜一憂するところには、もういないのだなあ、と。

一気にガラリと変わるとかでなく、こうやって少しずつ、経験を経てレベルアップしていくこと、尊いな、と思う。

Dsc00548 とはいえ、直後の連休はやっぱり寝不足でヘロヘロになってしまって、すっかりリハビリデイズとなりました。ともだちが会いにきてくれたおかげで、ほぼ毎日海に親しんで過ごした。

遠方から車で来てくれた(み)ちゃんと、浜で待ち合わせをして、お互い遅くなって、同じタイミングで到着。夕日は見逃したけど、明るい三日月を眺めて、波に映る月の道を眺めたところから。。。

翌日はまた夕焼けアワーに、遊びにきてくれた(よ)さんと、(ゆ)ちゃんと浜へ。波打ち際が夕日に金色に光るのを、きれ~ い!としばし眺めているうちに、(よ)さんが、さささ、と水着に着替えはじめ、あっという間に入水。。。つられてわたしも入ってみたら、海の中のほうが外 より温かいくらい。気持ちよかった。。しかしこの季節にまだ海に入るだなんて、自分史上初でした。。

その翌朝は、「海辺で過ごしたい」という(み)ちゃんと、(ゆ)ちゃんと朝から浜へ。海には入れるかなあどうかなあ、と言いつつ、念の為水着を着て行き、結局また入ってしまった。。波があんまりなくて、ぷかんとあお向けに浮かんで空の雲をながめていると、音も水の中できこえる波音しかしないし、見渡すかぎり空だし、自分の中にわーわーざーざーと続いていたいろんな想いが、しばし、止まった。

海から上がって、太陽と砂のあったかさで体を乾かすために、3人で浜に寝ころんでおやつ食べて過ごして、「お彼岸に海水浴って、人生初だよ!」と笑いころげ。

Dsc00547 そのあと1日おいた次の日には、海外から来日中の(ひ)さんと、また夕焼けを見に浜へ。さすがにこの日はもう水には入らなかったけれど。。。富士山がさきっぽだけ見えていて、きれいかったので、砂浜に腰をおろして、素足を砂のお山のなかにうずめていた。風はすずしかったけど、砂の中のほうはあったかだったな。

* * *

特に休まるのは、しばし、自分の中のいろんな想いが止まるときなんだけど、サウナに入ると、やはりそのようになる。

ちょうど1年前、フィンランドに行ってサウナに入ってからというもの、サウナ、しかもロウリュ(水をかけてジュワーと出る蒸気を浴びるサウナ)が大好きになっていたんだけれど、そのあと、タナカカツキさんの「サ道」という本を読んで、初めてサウナと水風呂を行き来することを覚えました。その圧倒的な気持ちよさといったら。。!思考回路に「強制終了」がかかって、自分がまるごと体だけになるような、ただの生きものになるような感じ。

水風呂は静かにそおーっと入るのがコツ。水の中でじっとしていると、皮膚の周辺に「羽衣」ができあがります。それができあがると、もう水は冷たくなくて、ずうっと入っていられそうなくらいになる。これがほんとうに気持ち良いのです。

水風呂のあと、またサウナに入ると、こんどはサウナがさっきよりまた一段と気持ち良くなり……、サウナ→水風呂→サウナを何回も繰り返していると、もう圧倒的な心地よさ。

20140908_203307そういえば、たまたま滞在したピスパラという町にあったフィンランド最古のサウナでは、水風呂がわりに、みんな外の風に当たっていました。風に当たって涼んでは、またサウナに入る、を何度も繰り返していた。老若男女が皆体にタオル一枚まいた姿で庭先にたむろして、おしゃべりしていた図はある意味衝撃的でした。

あのサウナは、薪であたためていたサウナで、電気やガスとはまた違ってやわらかい温かさでした。北鎌倉の常楽湯も、薪で沸かしたお湯がすごくやわらかかったけど、どうして木を燃やした熱であたためると、ああいうやわらかーいあたたかさになるんだろう?

有機物と無機物の違いかな???

木々のこと、知れば知るほど、もっと知りたくなる。

森で木々とただ一緒にいるのももちろんだけれど、こうして薪になってくれた木々のあたたかさを経験したり、切った木からグリーンウッドワークで椅子やスプーンやいろいろをつくらせてもらう体験をしたり、そういうなかでもっと木々のことを知っていけるように最近は感じています。

20758931824_e375eb2959_m 今回の岐阜行きでは、森の木を切る(間伐する)ことの大切さも、実感したのでした。美並というところで、汗をかきかきレンタサイクルで星宮神社まで走ったのだけど、その地域の、巨大な杉・檜がそびえたつ薄暗い森に、圧倒されました。。。しかも森の神は女性が森に入ることを嫌う、という言い伝えを知ったりもして、すっかり気後れというか、気落ちしてしまったのだけれど、その後、森林アカデミーの裏山で小径木の伐採を体験させてもらって、また全然違う森だなあと体感したのでした。そこの森は、さまざまな樹齢の広葉樹も多い明るい森で、まめに人の手が入っている森。

昨日参加した、湘南海岸林のお手入れボランティアでも、生命力あふれる蔓草たちに敬意を払いつつも、それらがクロマツの木やそのあしもとの広葉樹たちの成長を阻んでしまわないよう、お手入れしていくことが大切なのだと知りました。真っ赤に透き通るかわいい実20150926_111326 をつけた蔓(ヒヨドリジョウゴ)もあったりして、忍びないな、とも感じたけれど。

それにしても、ほんの数時間森に入っただけなのに、海に少し浸かった日と同じくらい全身が心地よくくたびれました。道のついてないもモフモフの森に分け入っていくのは、海に入るのに近いものがあるのかも。

海も、森も、どちらも好きで仕方ありません。。。少しずつ、もっと知り合っていきたいなと思う。

しかし最近ブログを書くと、話が二転三転してしまうな。。。わたしの思考回路がそのようになってきた証拠かな。。さいきんいろんなことがうまく言葉にならない。。

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2015.09.03

はいあん

20150902_154824 暑い夏があまりにも突然終わってしまって、しゅんとしてしまっていました。相方は今年の夏は海で十分に泳げなかったことを嘆いていた。。。

そんなわけで、もう近所の浜の海水浴シーズンは終わったのだけど(監視員さんが常駐してくださる期間はすぎたのだけど)、相方が久々に連休をとった昨日と今日、一瞬だけだけれど、海に入ってきました。

海水浴シーズンが終わったことをきっと喜んでいらっしゃるにちがいないサーファーのみなさんの横で、泳ぐ。。。結構勇気がいるし気を使う。。。もちろん、サーファーに人気のない、波の立ちにくいスポットをねらって入るのだけど。

20150902_155054 今朝は午前の1時間だけ晴れ間になる予報だったので、朝起きて、パジャマから水着に着替えて、朝ご飯前にひと泳ぎ!気持ちよくて、どうして今年は夏のあいだにもっとこれをしなかったんだろう、と思いました。

まあ、今年の夏は暑すぎたってことか。。。

* * *

安保法案のことはひきつづき、がんばりどころで。。。でも先日の国会前を埋め尽くしたデモは、わたしにとって、今までで一番おだやかな気持ちで参加できたデモでした。

20150829_102954 国会へ行くまでの地下鉄の構内の歩道から、外に出た道路から、どこもかしこも、人、人、人。手作りプラカードの人、さりげなく「No War]と書いた小さなバッジをかばんにつけている人、ちびっこと一緒に来ている人。。。いわゆる運動家という感じの人がむしろマイノリティに感じるほど、ふつうの町中のように、世代もさまざまな老若男女が集っていたのでした。

もちろん危機感があるからあの場に自分も足を運び、数の1人になろうとしたわけなのだけど、でも小雨ふる中これだけの人がここで一緒に意思表示をしていることに、ほっとしたというか、なんというか。311後にあった6万人集まった脱原発デモのときも、似た感覚をもったけど、今回はその何倍も。

高校生、大学生のみなさんが特に心強くて。。そしてこの方たちのコールはリズム感もよくて、音楽みたいで、つい踊ってしまいそうになるくらい。この日もやっぱりみんなをひっぱっていたなあ。。

20140701_172853 あべはやめろ、というコールだけは声を合わせられなかったけど(あべさんがやめることで解決することなのかどうか、わたしにはわからないのと、あべさんに伝えたいのは「やめろ」ということでなくて、「平和憲法を活かした外交・国づくりをしてほしいです」ということで。。去年7月につくった写真のプラカードを今回も持参したのでした)、でも「戦争法案今すぐ廃案!」「廃案!」「廃案!」というコールは声を合わせました。

はいあん、はいあん、とみんなでいっていると、だいすきな台湾のシンガー、スミンさんのうたを思い出したりした。

台湾原住民・阿美族のスミンさんのつくるうたには、歌詞に「はいあん、はいやん」がいっぱい出てくる。日本語に訳すなら「えいさーはいさー」みたいな感じのニュアンスの言葉だそうで、阿美族に伝わるうたは元来そのように、特定の意味を持った言葉でなくて、どんな意味も込められる、自由度の高い言葉でうたわれてきたらしい。

スミンさんが「はいあーん」とうたうと、そこには大海原が見えたり、風が通るのが見えたりする。ほんとうにすごいすき。。。生で聞かせていただく機会も数回あったけど、ほんとうにやばいです、あのうたごえは。

中国語の歌詞をつけたうたも発表してはいますが、わたしがいちばんすきなのは、やっぱり「はいあん」がいっぱいでてくる曲たちです。

20150830_152045 そんなわけで、国会前で「はいあん」とうたいつつ、近くにいた家族連れのちびっこたちがかっぱをきてシャボン玉遊びをしてるのを眺めていた今回のデモは、わたしにとってはいつになくおだやかな時間でした。

小雨交じりの空に、シャボン玉、きれいかった。

日弁連(日本中の弁護士さんが加入する、弁護士さんの団体)の会長さんも、あのデモでスピーチをされてましたが、今回の法案で自衛隊が他国軍に提供・輸送できるとしている「弾薬」の定義の中には、法律上は核兵器も化学兵器も入り得る、そういうものになってしまっている、時の政権が解釈次第で乱用できてしまうあいまいさのある法律(政権にとっては自由度のある法律)が成立してしまうことは絶対にいけない、とおっしゃっていました。弁護士さんたちがそうおっしゃってることの意味を、帰り道、考えていました。

このニュースにもなっていますが、中谷防衛相は「ミサイルや手りゅう弾、クラスター弾、劣化ウラン弾も弾薬にあたり、輸送を『法律上排除しない』と説明してきたが、五日の特別委では核兵器も加えた。化学兵器の輸送も条文上は排除されないとし、核兵器を搭載した戦闘機への給油も『法律上は可能』と述べた」とのこと。)

日本の自衛隊が、どこかほかの国(アメリカなど)が参加している戦争に加担していくことには、ほんとうに賛成できません。どんな形であっても。

アメリカやイギリスという国はさまざまな大儀で武力攻撃をするけれど、私の知っているイギリス人、アメリカ人は、「(他国の政府や組織に)人殺しをしてはいけない、と伝えるために、人殺しをするなんてわけわからない」といいます。

国がする意志決定と、国民の考えは一致しないのが常なのかもしれないけれども、でも。

武力は解決にならない。力で言うことをきかせるやり方は、しこりを残してしまう。それは歴史が証明してる。グループ間の対話について、ほんとうにさまざまな洗練されたやり方が今は存在していて、それらをフル活用していくことを世界のリーダーたちが選ぶのだって、今はもうごく現実的になってる。

世界のリーダーたちだけでなくて、わたしたち個人のレベルでも、力で凌駕することを本当に卒業して、相互尊重を基本にしてくことが、これから当たり前になっていくんだろうと、思う。

今は過渡期だから、チャレンジもあると思うけれど。でも、これはぐるりおおきな輪を描いて、もとの場所へとたどりつくようなことなんだと、なんとなくそう思っています。

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2015.08.03

てしごとのスタンス、点検・模索中

20150803_131907 週末から今日はまだ、プチなつやすみが続いています。今朝はすっきり目覚めて、植物にお水をあげて、洗濯をして、キッチンの床掃除をして。しばし「夏休みこども電話相談室」をラジオで聞きつつ、請求書づくりやら、メール返信やらをして、さあこれから、なにしようかな、というふうです。

ここしばらくの、すべてと距離が出てきて自分が消えてくような感じや、全般的な気力の足りなさ、ひきこもりがちな傾向については、プログレスの新月を前にするとそういうふうになるものなのだ、とわかってから、「これからずっとこうだったら」という不安がなくなって、もう少し、ゆだねていられるようになりました。逆説的だけど、じゃっかんやる気も取り戻せたかもしれない?です。

しかし、時間ができたのにもかかわらず、木工に戻る気にならないのは、暑いせいなのか、なんなのか。

つくりかけだったトライポッドスツールは、少し前に、なんとか完成して、一応使えるものになってうれしかったのだけど。。。

あ、最終的にこんなのになりました。

20150726_173201 座面は革は避けたかったので、手元にあるなかで、織目のつまった布や、「引き裂き強度」が強いといわれるタイベックなど、ためしてみたのだけど、この作り方サイトにあるように、座面を脚に直接打ち付ける(ネジで)方法だと、重みがかかったときの負荷にたえきれず、避けてしまいました(私のつくった寸法がフルサイズでなく、ミニサイズだったからか、それとも生木を使ったせいか。。わからないですが)。

仕方なく、手持ちの革を座面にしたら、こんどは革も、ネジを打ったところから裂けてしまい。。。別の方法(脚の上にかぶせて、紐で巻いてとめる)を思いついて、やってみたら、ようやくなんとかなりました(ただ、どのくらい長く使えるかは、まだこれから要検証)。

20150726_173244_2 巻いて、紐でとめるときの、この紐は、織りテープを使うことにして、長いまま、3本の脚を一連なりにしてとめました。こうすると、脚の開きを止めることにも少しは貢献しそうかな、と思って。

20150726_175113 革の上から、前回つくって強度が足りなかった、織物の座面を被せてみました。

20150730_093645 たたむとこんなふう。手にもってくらべてみたら、手持ちのミニ折り畳み椅子(パイプと帆布製)より、ちょっと軽かった。

脚は華奢だけど、木目に沿っているので、柔軟性と強度があるのが気に入っています。

で、この「木目に沿う」ということ。わたしがグリーンウッドワークで特に好きなのは、そこです。

スプーンづくりの講座で教えていただいて、スプーンを一本つくり、帰宅してから、おさらいの目的で、教わった方法でもう2本、スプーンをつくったのだけど、そしてどちらもモノとして、スプーンとしてはまあまあ使いやすく、わりときれいな形にできて、とってもうれしかったのだけど。

20150712_103953 20150712_103947 20150712_103935 そしてそのうち1本は、ウワミズザクラ、という、昔の亀の甲羅占いと縁のある木でつくったので、占いや星読みを専門にしている友達にぜひ使ってもらいたいと思って、プレゼントできて。友達もウワミズザクラのことを知って、そのかわいい白い房状の花の写真も自分で調べて探してきてくれて、この樹とのおつきあいを深めてくれたことが、すごく嬉しかったのだけど。

そう、なんというか、自分がしたいのは、モノとしてある程度完成度のある、使いやすいものをつくるというのも、もちろんなんだけど、もっと強く願うのは、そのモノを通して、木々とのつながりを、ご縁を、深めること、みたいです。

なので、その木々の体をいただいて、削らせてもらうとき、一方的に自分の望みの形を押しあてることは、したくなかったのでした。木目に沿うこと、節を生かすこと、その材がなりたがっている(と感じられる?)形についていくことを、できるかぎり、したい、というか。。。

でもそうしていくと、かなりユニークな形状になって、使いやすさの面でどうよ?となることも確か。わたしの最初のサービングスプーンなぞは、そのいい例です(でもあれはあれでやっぱり、ああしか成りえなかったようにも思ったり。。)。

スプーンづくり講座を教える側になれば、ある程度使えるものを完成してみなさんに持ち帰ってもらって、そのスプーンを実際に使う喜びを体験してもらうことが大事だし、そのためには、型紙もノウハウも、ものすごく役に立つということ、よくわかります。

基本があって、はじめて臨機応変が出てこれるわけですもんね。。。

だからたぶん、講座を受けているときや、家でおさらいしてるときの、わたしの態度が、材に対して自分の意思を「押しあて」すぎてたんだろうと、それだけのことだったんだろうと思う。。。自分は作業が遅いので、皆さんと足並みをそろえるために焦っていた部分もあって。家でやるときは、じっくり時間をかけて、材と交流しつつやることだってできたのに、サクサク作業することにあこがれて、「何時間で1本つくれるかな?」と考えながらやってしまったひとときもあったから(でも最後にはじっくり作業になって、やっぱりそのときはぐぐーと材の中にのめり込んでいったのだけど)。

最終的には、自分自身の基本をどこに置くか、ということなんだろうな。

「途中でやめる」というブランドを立ち上げてリメイク服をつくっている山下陽光さんのやり方が、おもしろいな、どうというのはわからないけど参考になりそうだなー、と思っていました。「途中でやめる」のネットショップのサイトには「想像以上に低クオリティです。」の一言。

いろいろに付加価値を付けることで、値段を下げている。。。

一緒に働いてもらう人は、とりあえず家にきてもらって一緒に呑む。。。

などなど。

木工品も、もっと身近なものになってほしいし、しかも、道具になる以前のその木とのご縁をとりもちたい。この樹は家の中で○○になってくれている樹、と親しく感じられるような樹が1本でも増えたら、嬉しいのだなー。

20150726_175133 ってことで、庭で剪定したセンダンが折り畳みスツールになる、そういう感じの喜びをシェアしていける方法。。。を、ぼおーと考えています。

木と交流しながら作って、道具に成ったあともその木との交流を保てるような。モノとしての完成度ばっちりというよりか、モノとしてもちょっとクセがあって、使う時に個別に気を配ったりしないといけないような。。。??? そういうモノとのおつきあいというのは、どうでしょね?

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2015.07.30

急にラジオが。。。

20150721_151650 毎日あづいです。。。

バテたわけではないのだけど、どうもこのところ、心から楽しいとかうれしいとかウキウキするとかいうことがなくて、まるですべてと自分とのあいだに厚さ50センチくらいの壁が、透明なんだけど歴然とそこにある感じで、これはどういうことなんだろうな、と思っています。

以前すごく楽しくて仕方なかったことについて、考えたり、実際にそれをしたりしても、あまり晴れやかな気持ちにならないのでした。

なにかじいっと耐えているようなふうのまんま、目の前の仕事をひたすらこなしていく日々。。。そんななか、ひょんなことから、携帯ラジオについて調べていくうちに、短波放送というものの存在を知り、聞いてみたくなりました。

とおーくの国、ルワンダとかエチオピアとか、のラジオが短波だと日本にいながらにして聞けるんだそうです。もちろんアジアの国やヨーロッパの国のも。それと、灯台放送というのが聞けるらしい。これは日本列島の岬に立ち並ぶ灯台がリレーして放送している、その灯台所在地のお天気情報だそうです。

各地の灯台をリレー放送!内容が気象情報のみ! それだけで、なんだかぐぐぐっと惹かれてしまうのは、自分の内なるムーミンパパがさわぐからだろうか。。。ほかのすべてが厚さ50センチの壁向こうになっているなか、この灯台放送のことを考えてるときだけは、ふしぎと気分がちょっと上がるのでした。

仕事の合間に、短波・AM・FMの聞ける携帯ラジオのリサーチをつづけ、10日以上迷ったあげく、ついにラジオを注文しました。

Degen 最初にほしいと思ったのは、十和田オーディオという秋田にある会社がつくっているSONYの携帯ラジオで、ICF-SW22(JE)というトラベラー向けモデルでしたが、もう販売が終了していて。悩みに悩んで最終的にDEGENという中国のオーディオメーカーがつくっているDE29という白いラジオにしました。

決め手は(わたしの予算の範囲=5000円くらいまでという以外に)、小さいボディながら音がとてもよい、という評判と、灯台放送の聞ける周波数をカバーしていることと、手のひらサイズで軽量(電池込みで145g)なことと、音源がモノラルでなくステレオなこと、デザインが軽やかだったこと。あと、短波初心者の自分には、いきなりアナログチューニングでいくよりも、聞きたい周波数の数字を入力するとピンポイントにそこに合わせてくれるラジオで慣れるのがよいかも、と思ったこと(アナログ機器のほうが壊れにくく直しやすいと思うし、ほんとは好きなのですが)。

ただこのラジオを使ったことのある人のレビューが少ししかなくて、おおむね悪くない評判だったのだけど、わたしに合っているかどうかは未知数です。

* * *

20150723_170612 リサーチしているとき、「いちばんいいのはどのラジオかな」というふうに考えてリサーチしている自分がいたけれど、だんだんはっきりしてきたのは、「いちばん自分に合っているのはどれか」なんだなってこと。

小ささと軽さが大前提だったのだけど、そのうえで、自分は音そのものから喜びを得るタイプなので、やっぱり音質が最優先事項になりました。受信感度も大事だけど、音質のほうが受信感度よりも上になってしまった(灯台放送ばかりをずっと聴きたいわけでもないので、FMで音楽も聞けたらいいなと思って)。これは、おそらくコアな短波リスナーの方ならありえない優先順位だろうと思う。

でもこの「いちばん自分に合っているのは?」という選択基準は、ポイントだな、と思った。ここをクリアーに自覚しておけば、自分にとって(もしかすると自分だけにとって)「いちばんいい」ものを、他人にやみくもに勧めたり押しつけたりしないで済むなあ、と思って。宗教しかり、思想しかり、さまざまな方法論しかり。

各自がそれぞれにいちばん合っているものを選びとって共存できるような、最低限の自由と思いやりさえ共通基盤として確保できれば、お互いの「いちばん」を認め合ってやってくことはできるんじゃないかな?と思ったり。。。

それぞれが自分にとってのいちばんを、(たとえそれがほかの人のいちばんとだいぶん違っても)「これがいまの自分にとってはいちばんです」とふつうに言えるようであったならなあ。お互いに異なるいちばんについて聞きあって、おもしろがって、情報交換をしてインスパイアしあえるようであったらなあ。

他者にとっての「いちばん」が信じられない!とかわからない!と感じるくらい自分のと違うとき、思い切りそう感じきって、そうすることで自分の「いちばん」をくっきりはっきりさせて、相手の「いちばん」があるおかげでよくわかった自分の「いちばん」を大切にするほうへとエネルギーを向けていけたらなあ。。そして自分の「いちばん」を大切にしつつも、インスピレーションには常に開いておいて、自分にとっての「いちばん」の移り変わりを季節のように体験していけるようであったらなあ。。。

20150721_151350それにしても、「今の自分にいちばん合っているもの」=「完璧」なわけではないですね。。。さまざまな「大好きなとこ」と「そうでもないとこ」が同時にそこにある、そのまるまんまで「合っているようだ」、ご縁があったようだという、ほんやりした「いちばん」なわけで。

わたしの注文したラジオは「明日発送します」との連絡をもらったので、今頃はもう箱に入れられて、うちの方向へと旅を始めているはず。香港から、空を飛んでやってくるこのラジオが果たしてほんとうに良いご縁なのかどうかは、じっさいに出会ってみないとわからないけど、とりあえず、到着がたのしみです。。○

PS このラジオを待っているあいだに、少し前からオークションでチェックしていた、十和田オーディオ製のSONYのICF-SW23(ICF-SW22の後継モデル)の新品を、ほぼ手違いで(汗)落札できてしまった。。。ほかに7人くらい入札している方がいたので、きっとだめだと思って、軽い気持ちで1回だけ入札してみたら、そのまま落札へと。。。わわわ、と焦ったけど、これも何かのご縁なのかなどうなのかな。。。 

Icfsw23 音質はだぶんDE29のほうがよいみたいなのだけど、カセットケース大のカッチリしたデザインのワールドバンドレシーバーで、相当かわいいので、やっぱり楽しみです。乾電池で使えるので、キャンプ用とか緊急時用にはこちらのほうが心強いかもしれないな。。。

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