2018.09.26

いつか歩いてみたい道

スウェーデンのクングスレーデン(王様の散歩道、という名前のロングトレール)をついこないだ歩いてきたという、UPI Outdoor鎌倉店店長さん、横倉さんの報告会に先日行ってみた。ロングトレールは、自分にはきっと難しいだろうけど夢の次元ではいつか歩いてみた42518661_10215223708400088_66168947 いもんだーと思ってたので。

ところが!このトレールは、「自分にもきっとそれほど難しくないトレール」であることが判明してしまい。。。それどころか、野生のブルーベリーもリンゴンベリーも生えているし、おいしい湧き水がそこここで出ているし、人よりヘラジカの方が多かったりするし、山小屋にはサウナもあるし、セルフで使えるキッチンもあるし……とても幸せになれそうなトレールだということがわかってしまいました。

一番興味深かったお話は、このトレールができた経緯で、ジョンミューアトレールや日本のトレールなど、他の場所のトレールだと、トレールはもともと交易の道だったりとか、散策路とは別の目的でできあがった道だったりするのだけど、クングスレーデンの場合は、1800年代後半にスウェーデンの山岳地帯に人が入っていきやすくすることを目指したSwedish Tourism Associationという団体が、このトレールを構想したんだそう。限られた資金で山小屋を建てたり、湖を渡るためのボートを導入したり、とコツコツと進めていったらしい(1900年代初頭は、まだ道らしい道も整ってなかったそう)。

いずれにしても、もともと自然に親しむことを目的にできたトレール、というところが、他のトレールとは異なるらしく、そういう目的だったからこそ、ハードな道ではなく、老若男女が歩きやすい道になっているということのようでした。

(誰もが歩けるように、という道だから、もしかすると「王様の散歩道」じゃなくて、「散歩道の王様」っていうふうに訳す方がしっくりくるのかな、という気もします)。

スウェーデンでは自然を享受することは万人の権利とされていて、基本、どこででもテント泊できるし、ベリーも食べていいし、キノコもとっていいのだけど、それは昔から自然の森と関わり続けてきて、代々関わり方をわきまえてきた、そういう土壌があるからこそ成り立っているんだなーとしみじみ思った。そういう文化が受け継がれて今に至っているところ、うらやましい。。

これはフィンランドもそうで、スナフキンが「○○するべからず」みたいな看板とかが大嫌いなのも、自然をめちゃくちゃにしないための心得がそもそもあるから、そんな規制をくどくど言われることの意味がわからんってことなんだと思う。

それくらい当たり前のように、森とつきあうたしなみを身に付けてみたかった。。日本も国土に森林が占める割合からいくと、フィンランド、スウェーデンに次いで世界第3位だけど、森との付き合い方、森の愉しみ方、というところではだいぶ開きがあるように感じてしまいます。でも、そうでもないのかなどうなのかな。

写真は、スライドで見せていただいた、トレール上にぽつんとあるサウナ小屋。UPI Outdoor鎌倉店店長さん撮影。

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2018.09.24

なぞの旅2018=勝手にウッドストック

20120914_110705 20120915_065359 20120915_073023 6年前に相方にプレゼントした「なぞの旅」(行き先を秘密にして連れ出す旅:写真はそのときの)で、ボートでしか行けないキャンプ場でテント泊したのだけど、その日は私たち以外一般の宿泊の人はいなくて、でもなんだか人がぱたぱたとしていて、何かと思ったら、翌日からそこを会場に「勝手にウッドストック」という、手づくり型の音楽フェスがあるとかで、前日からミュージシャンの方々が自ら会場の設営をされていました。

20120914_170239 20120914_17114120120914_190353私たちは会場とは逆側の静かな一角に泊まらせてもらえたのだけど、焚火のできる場所と水場は屋根のある炊事場にあったので、そこにある木のテーブルとベンチで午後のコーヒーを入れて日記を書いたり、お夕飯のカレーを作ったりしていて、そのとき、ミュージシャンの方がおひとり、私たちの方にいらして、なんかおやつかなにか、おすそ分けをくだった。。。コロリダスのしみずさんでした。

で、私たちが日記を書いていたテーブルは、そのうちに会場の方面へ運び出されていき。。(ステージになる部分はキャンプ場内の木のテーブルを寄せ集めてつくるらしかった)あらら、と思ったけど、夜中にキャンプ場のおじさんが、対岸までボートを出すけど乗りますか、と声をかけてくださって、星空の下、しずかで暗い水面をすいーと一往復させてもらえて楽しかったりしました(今思えば、どなたか前夜に現地入りするスタッフかミュージシャンの方のお出迎えだったもよう)。

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20120915_112827 翌日、フェスの始まる昼前に私たちは舟で対岸に送ってもらってキャンプ場を後にしたのだけど、なんだか楽しそうなフェスだなあ、いつか行ってみたいな、と心に残っていたのでした。

2018

で、毎年この時期に相模湖でやっているのはわかっていつつ、月日は過ぎて。。。今年ふいと思い出したのでサイトを見てみたら、17年目の今年が最終回、と書いてあるのに出くわして。こ、これは、今年行かねば、と。

でもわかったときには宿泊チケットはおおむね売り切れてて、残ってた宿泊チケットは仕事の関係で無理な日程だったので、日帰りワンデイでの参加しかなかった。。

で、今年の「なぞの旅」として計画して、日帰りで行ってきました☆

相方には、雨具やおやつ、日記セットなど持ち物の案内だけしてあとは秘密だったので、電車で移動するときも、どこに向かっているのか、どこで降りるのか、なぞのまま。相模湖駅で降りたときも、「あ、前になぞの旅で来たねー、あのとき以来だね」と言っていて、ボート乗り場に大勢のほかのお客さんと並んでいるときでさえ、音楽フェスに行くことがわかっていなかったらしかった!

なのでボート乗り場でようやく種明かししました。これでドッキリアワーは終わりかなーと思ったら。。。お客さんがみんな順繰りに船に乗り込んだのたけど、大きいほうの屋根付きボートにのりきれず、屋根なしの小さいボートに乗ることになり、そしたらななめ向かいにまさかのカジヒデキさんと乗り合わせてしまって、あわわ。。 ボートがキャンプ場へ行くまでの10分くらいのあいだ、(短パン姿の)カジくんのひざこぞうあたりに、小さいちょうちょがずうっととまっているのに目が釘付けでした(ご本人はスマホで写真を撮ったりしてて、ちょうちょには気づいてなかったみたい)。

キャンプ場にボートがつくと、いきなりウェルカムミュージックでお出迎えしていただいて(三々五々、楽器を弾きながら船着き場から陸上まで一緒に歩いてくださる、というふう!)、しょっぱなからとってもメリーでした。

Img_5901_2 会場全体がなんだかメリーな雰囲気で。メインステージのすぐ横は川で、水音が聞こえた。

よくわからないままメインステージのうしろほうにいくと早くも今日のお一人目、臼井ミトンさんが歌い出して。。ここのステージはメインステージも、湖上に浮かぶサブステージも、屋根なしの潔さ(雨降ったら大変だろな)なんだけど、メインステージのはるか頭上、斜面にそびえ立つ大木の間をときどき風が吹き抜けると、葉っぱがちらちら、光を浴びながら舞い落ちてきて、それを眺めつつ臼井さんのうたを聞いていると、なんか多幸感に襲われました。

臼井さんの次はカジくんの出番で、歌い出したとたんに、またしても(今度はおおきめの)ちょうちょが1羽、ステージとお客さんたちの頭上をくるくるまわるように飛んでいて、ここは天国でしょうか?という感じでした。

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Img_5904Img_5890Img_5906 Img_5913_2Img_5917 そんな感じでまる1日、途切れることなく生の音楽に浸かりつつ、水音を聞きつつ、虫のうたも聴きつつ、ごはんたべたり、おやつたべたり、物販を覗いたり、昼寝したり(途中急にぐったりして、持参したハンモックを、みんながいるところから遠い一角に吊ってちょっと寝た。。ハンモックの中からも湖面が見えてきれいだったー)、で、夜9時回るころ、舟で会場を出たときも、湖上のサブステージではまだ音楽が続いていた!

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おそらくその後も、フリーセッション的な感じでずうっと続いたのだろうな、と想像する。。いやー、すごいです。

このフェスを主宰してきた、バンバンバザールさんいわく、そもそものきっかけは、ミュージシャンご本人たちが集って音楽を楽しもう、というのが最初で、それをついでにお客さんにも見せちゃおう、となって17年続いてきたんだそうです。参加ミュージシャンの方々も毎年来ている方たちや常連の方たちが大勢いそうでした。お客さんも。

小さい子も大勢来てて、子どもたちが好き勝手に遊んだり音楽聞いて踊ったり、親子でフリスビーしてたり、夜には花火してたりしたのものどかでした。音楽と暮らしが地続きな場にしたい、と主宰のバンバンバザールの福島さんがおっしゃってたけど、ほんとにそうなってた。

昨日のトリのバンバンバザールさんのステージでは、最後に今回参加してるミュージシャンの方が全員ステージに上がって「On the Sunny Side of the Street」をみんなでやってくださいました。メリーでした。。。!

このフェス、会場のみの石滝キャンプ場のすばらしさはもちろん、フェス自体の小さめの規模感、手作り感が、秀逸でした。意図がぶれずに、ここまで来たんだなーと思うとすごい。。。バンバンバザールの福島さんが最後のあいさつ的なふうに、このフェスは今回で終わるけど、みんな、これからも、楽しいことのほうへ向かって、それぞれに明るく歩いていきましょう、みたいなことをおっしゃってたのが、心に残りました。

ほがらか力、みたいなものを感じた。それってナチュラルにほがらかなのとも違う、さまざまなことがあってのんきでいるわけにはいかない中で、「それでもあえて」ほがらかを選んでいこうとする力、みたいな? 

あ。あと、この世には本物の天使が人間の中にときどき紛れているもんだ、と常々思っているのだけど、昨日初めて聴いたギタリストの鈴木茂さんは、本物の天使だなー、と思いました。音楽も(曲も詩も演奏も)、お人柄も(ご本人手づくりの物販も!)、ぐっときた。。。バンバンバザールのおふたりは、天使をちゃんとゲストに呼べるのもすごい。。

みの石滝キャンプ場のおじさんとおねえさんも、朝から晩まで影で大活躍されていて、頭が下がりました。ほかのミュージシャンのみなさん、スタッフさんたち、飲食のブースのみなさんも、なんかどの方も、心意気の美しさが、印象的でした。今回で終わりで残念。。4年に1回とかにして、続けばいいのになあなどと勝手な願いを持ちました。。そうならないかなあ。。もしくはさじフェスをこんなところでやれたらよいのになー音楽ライブも合体したようなやつを。。。

なにはともあれ、音楽好きな相方は帰宅してからも、「今日は楽しかったー」と何度も言っていて、今回のなぞの旅、喜んでもらえたみたい :) 

Img_5829 今回のフェス参加にあたって、新たにわが家の仲間になってもらった、モンベルのトレイルチェアーにもありがとう。すごく軽量で、2人分秘密裡に担いでいくのもなんの苦にもならなかったし、さっと出して快適に座れて、撤収も一瞬でできて。しかも色もぐりとぐらみたいなのが選べて。お値段も手ごろで。うれしかったです。

今年はスペシャルに、「なぞの旅・その2」もまだあって、そちらはまだこれから。その2も喜んでもらえるといいな。

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2018.08.18

自由の感覚/砂の虹

<自由の感覚>

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水の生きものだったときの自分は
今もちゃんとここに居る

その証拠に浜でしばらく過ごして
海に入ったり出たりして陽が傾いてきて
水面に金色の光の粒がこぼれだす頃には
その光の粒をかきわけて沖へ向かって泳いでいくのが
なにより なにより 気持ちいい

しばらく行ったら、片っぽの腕をぐーんと伸ばして
そのまま仰向けに反転して
空を眺めてひとやすみ
そよ風が顔の上をさらさら吹きぬけるあいだ
手足を投げ出してプカプカ波に体をあずけるのが
なにより なにより 心地いい

仰向けのまま方向転換して
浜に向かってこんどは背泳ぎの平泳ぎ
金色の光が目の中を浸して
流れる水が首の後ろをなでていくあいだ
ときおりぐーんと手足を好き勝手に伸ばしてみたりするのが
なにより なにより 自由だ

陸上生活に慣じんできた歴史が長いから
いつも思い出すのに少し時間がかかるけど
思い出せたときの たしかなよろこびは
れっきとした証拠だ

いくつもの層が重なり合ってできている自分
現れては消え
思い出しては忘れるのも
大事にしてみたり
うやむやにしてみたりするのも
みんな 自然で
みんな 自由だ
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+ + +

<砂の虹>

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昨日 砂浜に虹がかかったのを見た

あかく染まる夕空の下
波打ち際に
赤から黄色 黄緑 水色 青 紫と
あわい光の帯が伸びた

浜での夕暮れどきは
いつもいつも 違っていて
いつもいつも マジカル

こんなにきれいなものは見たことがないなー
と いつもおもう

海の中の生きもののみんな
水の粒子のみんな
空 砂つぶ 風 まわりの山々
夕日 月 一番星
居心地いい海の家を営んでくださってるみなさん
一緒に今日を過ごしてくれただいすきなひとに
ありがとう と
こころのなかでいいました

なににもかえがたいことを
海はいつも 思い出させてくれます

(2018・8・17 一式海岸 (ゆ)ちゃんと)

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2018.08.11

海と音楽

Img_5104 新月になりました。

短い夏休みはあっという間に終わってしまったけれど、その次に来た仕事を超特急で(別名”徹夜”で)やっつけて、金曜夕方から週末の自由時間を確保しました。うれしい。。。

で、金曜夕方から、相方が楽しみにしていた念願の海へ。今年はまだ1度しかこの浜へ泳ぎに行けてなくて、その日は朝から行って夕方に帰ってきたので、こんどは夕日をゆっくり眺めたいーとおもっていました。(午前中の海はまた格別なんだうけど。。写真はこないだ行ったときの、いやにおしゃれに撮れて笑えたランチと、昔ながらの海の家で借りた黄色いパラソル)。Img_5017_2Img_5022

今回は、台風一過+大潮で、波はざぶんざぶん。波打ち際で「洗濯機の中の洋服ごっこ」ができる日和でした。

でもあおむけに波間に浮かぶ「ウキウキ遊び」もやっぱりやりたくて、波のセットがおわった一瞬にちょっとだけ、無理やりあおむけに浮いてみたりしていました。3秒くらいで次の波をざぶーんとかぶるのだけど。。。でもそれはそれで楽しい! 

3かきくらいだけ(?)平泳ぎもできました。夕暮れ前の、かたむいた太陽の光が水面にキラキラするのに向かって平泳ぎするのが、いつもだいすきです。波がざぶんざぶんでなかったらゆっくり泳げるんだけどなーと思いつつ。徹夜明けなので、無理しないように気をつけました。

Img_5294 ひとしきり遊んで、海の家でお茶を飲んで、日記を書きました。そうこうしているうちに夕日がぐんぐん落ちていって。

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暗くなるころ、ピーター・バラカンさんの生DJが始まりました。

この海の家で今日やるとは知らずに来たのだけど、なんだか最近ピーターさんと遭遇率が高いような気がしたので(こないだホットハウスフラワーズのクアトロのライブでも、1メートル左前方にいらしたのを見かけたし、6月に帯広に行ったときたまたま泊まったホテルヌプカでも、ピーターさんはなにかイベントをされてたらしかって)、聴いてくことにしました。

そしたらこれが、かなりよかった。。。音響もよくなってた。前はひょうたんスピーカーをたくさんぶらさげてたけれど、今年は屋根の2か所にざるが据え付けられていて、その中にいいスピーカーが仕込んであるらしかった。ピーターさんの選曲が、かなりよくて、アフリカのミュージシャンの曲もたくさんかけてくれて、相方も喜んでいました。私はR+R=NOWの曲が気に入って。もっと聞きたいと思って家に帰ってから検索したら、今年デビューアルバムが出たばかりのユニットだった。

「R+R とは‘Reflect’(じっくり考える、自分と向き合うなどの意味)と ‘Respond’(応える、対応するなどの意味)」なんだそう。かつてニーナ・シモンが政治的発言をして批判を受けて、黙って歌っていれば良いのにと言われたときに「私は、時代と向き合うことがアーティストの使命だと思っている」と答えたという、その言葉に端を発しているネーミングとのことで、「自分の生きている時代と向き合い、応じると、その時代と深く関わる事になる。だから’R’ + ‘R’ = ‘NOW’(現在:いま)なんだ」(ロバート・グラスパー談)。ここのページから音源もちょっと聞けます。相当いい。どれもその場で作曲して一発録りしたらしい。。!

Rrnow 「バンドメンバー全員が6フィート(約183cm)を超える黒人男性で、決して裕福な家庭で育ったわけじゃない。だから、あの部屋に集まって音楽を作れるようになるまで、それぞれがそれなりの地獄を見てきたし、戦って、鎧を身にまとってやってきた。現実を曲げてでも、今の地位まで上り詰めてきた。皆、その状況を理解しているから、集まれた時は、とにかくお祝いだ!という気分なんだよ」(クリスチャン・スコット・アトゥンデ・アジュアー談)。

サッカーのベルギー代表チームのフォワード、ロメル・ルカク選手のことと重なった。。。

久しぶりにニーナ・シモンのアルバム出してきて聴きたくなったけど、処分してないはずなのに、見つからない。。。

***

ともだちが、海には「エキス」がある、というようなことを言っていて、おもしろいなーそうかなーと思ったのだけど、海にちょっとでも身を浸すと、確かに元気が出るような気がします。徹夜明けだったのに、不思議とぜんぜん元気で、なんだかいい気分でした。

波打ち際に立ってみると、新月前夜の夜空は星がいつもよりたくさん見えた。帰り際、少しだけ砂の上にあおむけにねっころがって星を眺めました。

新月の時期は波は高くなっちゃうけど、月がないぶん星はたくさん見えるので。。暑いとき、夕日と星を見て涼しい風に吹かれに行くのはおすすめです。。

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2018.01.29

雪と、めぐり

Img_3466 去年の真夏の暑いときに、こんなの書いてたのが出てきた。。。

* * *

寝る前のおふとんの中で、中谷宇吉郎さんの、昭和11年頃の随筆集を楽しく読んでいる、今回の水星逆行な日々です。雪の研究のお話とか、外の雪の中にものを置いておいたらまず濡れることはない(水分は凍るから)十勝岳でのお話とか、蒸し暑いときに読むと涼しくていいです。

なかでも十勝岳の山林監視人であるO老人のお話が、とても興味深かった。12月から2月いっぱいまで、犬の毛皮と塩一升と猟銃だけを身につけて、十勝連峰から日高山脈までを1人で歩き回った、というお話。

「この老人の話をきくと零下二十度の雪の中で二カ月も寝ることが何でもないことのようなのである」「雪の中で寝るのに一番大切なことはたき火をすることであるそうである」「鋸と手斧とマッチが食料品と同様に雪の山では必需品であることを実例で教えてくれたのはこの老人であった」

昭和初期の、日本の北の地にも、やっぱりブッシュクラフターがいたんだなああ。

* * *

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で、この冬はほんとうに、南関東のうちらへんでも雪がたくさん積もったし、このところ寒さがキビシイです。ヤシの木と雪のツーショット撮った。なんか不思議な景色。

寒いときは家の中であったかくしてるのも楽しいけど、思い切って外に出ちゃうのもいい、と身をもって学びました。

雪の翌朝、雪だるまつくった。Img_3458_7

その数日後は箱根へ、いつもの温泉へ入りに行ってから、足をのばして元箱根港へバスで出て。箱根神社のほうへ行くみちに入って、湖畔をずうーっと箱根園まで、歩いてみました。

Img_3519_2 Img_3522_2 雪だらけ。下り坂は滑りそうになるし、かなり、リアル・フィールドアスレチック状態でした。たのしかった!

箱根園って初めて行きました。そこからロープウェーで駒ケ岳山頂へ。

Img_3549Img_3540_2

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山頂はひろびろとしていて、相模湾も芦ノ湖も丹沢のほうも、富士山も見渡せて、雪も積もっていて、とっても爽快でした。つもった雪が風にふかれた跡もきれいだったし、木の枝につもった雪が風に吹かれた形で氷柱になってたのも、きれいでした。フェンスの柵にもおんなじようになってて、とりはずしたら、まっすぐきれいな剣みたいだった。

Img_3535 山頂の神社(箱根神社の元宮)へお参りして。かつてここにスケートリンクがあったという、昔の写真を見てたまげて。

Img_3529_2 それからロープウェーでまた降りてきたんだけれど、われわれと、もひとり、ここにしょっちゅう仕事でお客さんを連れてきているというバスガイドさん(お客さんたちより一足先に降りていくところだった)と、3人だけの貸し切りになったゴンドラ内で、「長く来てるけど、こんなに晴れ渡って遠くまで見はるかせたことは、初めて。いつも山頂あたりはガスが立ち込めてぜんぜん見えないんですよ、お客さんたち、もってますよー」と聞かされて、びっくり。ほんとにうつくしかったです。生き返る。

* * *

土星先生に弟子入りしている現在、なにか、しんとしている自分を見ています。

雪の野を見ているみたい。

Img_3583 まわりはいつもにぎやかだけど、今はノイズをなるべく減らして、静かにしてたい気持ちです。この雪の下から、なにかまた芽がでてきそうな気配が、すこし。

(写真の絵は、坂口恭平さんの絵。こないだまでまた東京で個展「アポロン」を開いてくださっていて、またお邪魔させていただいて。買わなくても写真撮っていいよーとおっしゃっていただいて、撮ってきた中の1枚。しみじみすき)。

伸びることと、めぐること。そのバランスだなーと。。ずっと伸び続けてなくていいし、ゆっくりめぐっていてもいいんだなって、おかげさまで思えています。

土星先生、植物先生、季節先生、みんなすき。




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2017.11.10

グリーンウッドワーク練習会@中津川とミルクスツールプロジェクト(1)

23283311_10212868466160504_99142318 23405920_10212889371243118_504471_2今月初めは、グリーンウッドワーク指導者養成講座でご一緒した(は)さんの高原のおうちで、GWW練習会に参加させていただいてきました。養成講座のお仲間のみなさんと再会して、木削り三昧でした :)

Img_2732_2 泊まりがけでの練習会は、おいしいものいただき三昧の日々でもありました。(は)さんが採ってこられたクリフウセンダケでスキヤキとか。。(は)さんが採ってこれらたマツタケ(!)で土瓶蒸しとか!自家製五平餅に手作りピザ。。(は)さんの奥さま(よ)さんはお料理上手で、盛り付けも美しくて、毎回歓声が上がる食卓でした。お外で食べた朝食は、空気もおいしくて。。しあわせでした。

(は)さんの高原のおうちは、この高原のひのきを骨組みにした木のおうち。(は)さんご自身が大方を手作りされたおうちです。なんと丸太の樹皮を手道具でむいて、製材するところから。。!

そして去年秋にはロケットストーブヒーターも手作りされていて、家じゅうがぽかぽかでした。あんなにあったかいとは思わなかった。。上の階で寝ていると暑いくらい。一晩寝て、朝起きて、まだ火入れをしてないときでも、ストーブからの温風が通るようになっているベンチの上はまだぽかぽか。煉瓦の保温性、はんぱないです。火が見えるように特別にデザインした扉もすてきでした(写真とりそびれたの、くやまれる。。)。

あんな大きなおうちでなくても、小さな小屋でいいから、つくってみたいなあ、そしてロケットストーブヒーターでぽかぽかの冬を過ごしてみたいなあ、と夢想してしまいます。

23232129_10212868467840546_53131849森もちょうどきれいに色づいていて、月もまんまるでした。

材にする木もよりどりみどり。大きなさくらの木から、板材を木取りまでしていただきました。とにかく贅沢すぎて、あわわわわ、な時間  (は)さん、(よ)さん、ほんとうにありがとうございました♡

グリーンウッドワークのお仲間と再会できると、いつもうれしい。。そして今回は新しく6歳の友だちができたこともうれしかった。。木削り仲間として、これからもつながりあっていけたらなあと思ってます。

23213432_10212889465805482_775243_223201927_10212868424959474_136722_2 Img_2760_2今回、スプーンやお皿(深い盛り皿や大皿も!)、お盆、木槌などの木工品から季節の植物のリースまで、みなさんそれぞれ好きなものをつくっていて、楽しかった。。!

23270583_10212889371283119_21876597わたしはまたしても恒例の筋肉痛になりつつ、さくらの板とひのきの脚のミルクスツールをつくりはじめました。

ひのきの脚は3本のうち1本は、6歳の(れ)くんが下削りをしてくれました。

いつもながら作業のおそいわたしが、まにあうかなーどうかなーと焦りつつ1本目2本目のひのきの枝の樹皮をはぐように削っていたら、彼もいつのまにか、別の削り馬で同じように樹皮を銑ではいでいたらしく、それをおもむろにわたしのところに持ってきて、ひとこと、「あげる」と、わたしの削り馬のわきに置いていってくれました。

助けてくれ方が、さりげなくて、かっこいいんですけど!と思いました :)

Img_2776おかげさまで、座面と脚3本のパーツをつくるところまでは、(は)さんのおうちでなんとか終えられました。

今回相方も風邪気味だったのを押して一緒に来てくれたのだけど、しんどかったみたいでひたすら休む日々になってしまって、ロケットストーブヒーターのベンチの上でよく寝ていました。。。

23283166_10214483000687730_15776190でも最終日には少し元気が出たみたいで、楽しそうにスプーンを削っていました。さじフェスのときに削り始めたスプーンの仕上げ削り。ぼくとつで、ほんとにかわいいスプーン。相方のつくるものにある、こういう味わいが、わたしはたまらなく好きです。

* * *

ミルクスツールのプランとしては、今回わりと乾燥したひのきの枝を(は)さんがくださったので、これを削った脚3本はこのままからからに乾かして。座面のほうは厚さ5センチ弱の生木のソメイヨシノの板なので、これを割れないようにゆっくりめに半乾きにさせて。そして穴を開けて、脚を木殺しして挿し、あとは座面が乾く過程でジョイントがしめつけられるのにまかせる、というものです。

脚を座面上まで貫通させてくさびを打つべきか、貫通させずにおくべきか、迷っています。あと、ホゾの断面は楕円になっているほうがいいのか、真円でもいいのか。。。

こういう生木の板に、乾燥した脚を組んで、スツール的なものをつくるやり方は、”slab and stick”と呼ばれるタイプ。これまで自分は座面を編むタイプのスツールしかつくったことがなくて(こちらは”post and rail”と呼ばれるらしい)、板材の座面に初挑戦です。

板の座面のスツール、つくってみたい、とあこがれてはいたのです。先日、さじフェスでお会いしたスウェーデンの木工家、ヨゲさんのスツールに興味が湧いていたのもあります。

ヨゲさんからは、さじフェスのときはスプーンづくりを教わったのだけど、彼はベンチやスツールなど大きなものも、やはり伝統工法でつくっておられていて。削り飾りや色付けもポップで楽しくて、そういうところへ目が行きがちなのだけど、その工法に地味に興味を惹かれていました(ヨゲさんの作品の数々、こちらで見られます。とってもすてきなものばかりです!)

さじフェスのあいだ、一瞬お話するチャンスがあったので、そのときに、ヨゲさんのつくられたハート型の座面のスツールについて、質問しました。工房でできたばかりのそのスツールを見た、当時9歳の娘さんとのやりとりのおかげで、ひとつ扉が開いて、ヨゲさんがもっと自由に独創的にものづくりにとりくむようになった、という特別なスツールです。

そのとき聞きたかったのは、そのスツールの座面がハート型になったきっかけが、その座面の材の特質にあったのかどうか、ということでした。材によってデザインが決まる、だから同じものは何ひとつない、ということを第一におっしゃっていたから、そういうことなのかなあ、と。でも聞いてみたら、答えはノーで、ハート型のデザインは自分で考えてドローイングを引いた、とのことでした。

「あ、そうだったのか」と拍子抜けしたわたしに、ヨゲさんが言ったのが、「でもあのスツールで特別なのは、座面というより、むしろ脚なんだよ。スライドでは脚は写ってなかったっけかな」。思い返すと、確かに脚はほとんど写ってなかったのだけど、ほかのスツールや椅子の作品スライドでは、全体が写っていて、それらの脚はどれも見事に有機的でユーモラスなカーブを描いていて、しかも脚には貫(横棒のパーツ)がない、という特徴が共通していました。

ヨゲさんは「あれはshrink-fit joint(※わたしの記憶が正しければ、こういう言い方だったと思うんだけど)で組んであるんだよ、簡単に見えるけど、すごく難しいんだ」とおっしゃいました。そして脚には、枝材を使っている、と。

枝材ということは、つまり芯持ち材??と後で考えて、がぜん興味が湧いてきました。もとから外広がりにカーブしている枝を、芯持ち材のまま脚にする、というのはすごく魅力的。と同時に難しさもあるだろうな、と。。。そしてそれを、shrink-fit(材が乾燥するときの収縮を利用してジョイントを締める方法)で座面と組むということは、座面が生木(半ナマ?)のときに乾いた脚を入れるはず。。。「ぼくは必ずクサビを打つよ」ともおっしゃってもいたっけ。

そういうスツールのつくり方の情報を、ネットで少し、リサーチしてみました。だれかが書いてるはず、と思ったのだけど、調べ方がわるいのか、なかなか見つからず。。

Img_2798 はっきりこれだ、とわかるようなのは2件だけ見つかりました。1つは1962年に出版された『Popular Science』という本の中の記述。「昔の家具職人は、糊を使うかわりに生木と乾燥材を組み合わせて使いました。生木の板に乾燥材の脚を挿すと、板が乾燥して縮むとき、脚がしっかりと固定されるのです」とありました。

もう1つは、生木で素朴なベンチをつくる、そのつくり方を説明した雑誌記事『Rustic Garden Bench』。シェーカーボックスをつくっておられる、John Wilsonさんという方の書かれたもの。

グリーンウッドワーカーのワークショップに行けば、実地で教えてもらえそうだなーと思うし、ヨゲさんに突撃で質問してもいいのかなーとも思ったけれど、今回のミルクスツールは、せっかく生木の板材をいただけたことだし、サイズもうんと小さいし、ミニミニプロジェクトとして、昔々の生木の木工のやり方を、手さぐりで実験してみようと思い立ちました。

John Wilsonさんの記事では、穴を座面の上まで貫通させてクサビをうつやり方と、貫通させずにおくやり方と、両方が紹介されていました。後者は「正確なホゾが必要」とあって、その場合は、真円のホゾを、それとぴったり同じ径のホゾ穴に挿す、ということでした。

今回、ひのきの枝(芯持ち材)の自然なカーブをそのまま生かして脚を削って、テノンカッターでホゾをつけたのだけど、ホゾの正確さはやや微妙。。ホゾの断面は14~14.5mmくらいの円になっています。手元には14mmのドリルがあるので、半乾きの座面にφ14mmの穴を、貫通させずに開けて、下から脚のホゾをそのまま挿してみて、様子を見てみようかなと思っています。

座面はかなり水分があるので、まず2週間、リビングで半乾きにさせてみることにしました。

小さい小さいミルクスツールです、もし失敗しても、学びだと思えばよし。。楽しく実験してみようと思っています。

23315942_10212882686796011_16411066 とりあえず、脚の角度は、ダミーの段ボール箱を座面に見立てて決めました。

このあと、この段ボールの穴をガイドに座面に穴開け位置を墨付けして、アングルガイドで角度をみながら斜めに手回しドリルで穴を開ける。。。分厚い板に決まった角度でまっすぐに穴を開けるのが。。たぶん最大のチャレンジです。どきどき。

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2017.09.20

音楽と

このあいだの激しい雨で、大家さんとシェアしてる中庭側のジャスミンが、ばさりと倒れてしまった。3号ポットに入ったひょろんとした苗を何年か前に取り寄せて、端のほうに植えたら、はじめはゆっくり、何年かしたらぐんぐん大きくなって、窓を覆って屋根にさしかかるように伸びてくれていたのに、倒れてしまって、気の毒でした。

でも幹が折れたわけではないから、そこまでダメージはない、と思いたい。。。だいぶ切って、軽くしてから、軒先に紐でつないで起こしてあげてみた。

Img_2103 つぼみがたくさんついてた枝先は、束にして活けて、あとは初めてつくってみたスワッグなるものにも少し加わってもらいました。ジャスミン以外は、「猫の額庭」のみなさん(センダン、ヒメヒマワリ、ローズマリー、ミズヒキ、ヒバみたいな木、アスパラガス、アイビー)と、前にいただいた花束に入ってた白のスターチス(ドライにしといたもの)。

Img_2110_2 朝起きてすぐ、花屋さんごっこみたいにして楽しくつくりました。

Img_2106初めてなので、みんながドライになってくとどうなるのか、日持ちはどうなのか、ぜんぜんわからないけど。。(ゆ)ちゃんのお誕生日ライブのお祝いに、譜面台と壁に下げさせてもらいました。けどなかなか楽しげな感じになってよろこんでもらえて、うれしかった。。 :)

21752071_197302397478063_38776172_2   Photo_3 会場の写真とりそびれてたのだけど、(や)ちゃんがすてきな写真撮ってくださっていました。載せてもいいとのことだったので、載せさせてもらいました♡ありがとう。

うたをきく体験が重なってうれしいこの頃です。

+ + +

<音楽と>

うたをきくときはなるべくからっぽでいたい
絵を見るときも

ややこしいものぜんぶ置き去りにして、呆けて
ただ出会う

ってなったときの至福の体験は

透明のミルフィーユみたいになって
からだの中に残ってる

これが礼儀だと思うのに
勇気が足りないことも多くていけないな
この勇気は出さなくちゃだよ。。。

振り切っていかなくちゃだよなあ。。

と思いつつ、ちゅうとはんぱにからっぽだって
それだっていいんだな、
受け取れるものを受け取って
それでいいんだ。。うん

自分にやさしく
よくばりとないものねだりはやんわりいなして
ほんわかと、いまここにいよう

このあいだの坂口恭平さん&寺尾紗穂さんライブ
坂口さんが即興でうたってくださったうたと
おふたりによる坂口さんの曲「霧」と
アントニオ・カルロス・ジョビンさんの曲「三月の水」が
今も心に残ってる

空中でなにかがはじけるような手触りとかも

時空のちょっとゆがんだすきまに
一瞬すべりこむような感じとかも。。。

築地の市場からすぐの、路地の奥、

2階に上がったら、
ちょっと教会みたいな白い空間でおどろいた

西岡恭蔵さんの曲「グローリーハレルヤ」のときは
涙が出てしかたなかった。。

空気の粒子がだんだんそろっていくようだったな
うたがうたわれていくうちに

しあわせでした

そしておとつい夜の(ゆ)ちゃんのライブは
山あいの虫たちの合唱がずっと聞えていて
そのなかにうたとギターが紛れ込むように響いて

風景みたいだったな

部屋の中にいるのに壁がないみたいで
(ゆ)ちゃんのうたごえはずっと風の音みたいで

(じゅ)ちゃんのうたも笛も
(あ)さんのギターも

風景にすべりこんでいくようで

やさしさがあって休まった。。

壁がまるでないみたいだった小さい食堂の
しっくいの白い壁と木の床と古いガラス窓とは
なんというかエーテル的に(?)
みんなをすっぽり包んでくれていた感じがしたな

あの場にあった、安心感みたいな、あの感じは
店主(じゅ)ちゃんの、
居合わせていたみなさんの、
うたいかなでてくださった3人の、
ぜんぶが合わさってのことだったのかな

みんなにありがとう

音楽にありがとう

(9月15日、築地パレットクラブ/9月18日、ふたこぶ食堂)

+ + +

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2017.09.11

耳を開いて眠る

忘れないうちに、書いておきたかった。。

Img_2055 こないだ(み)ちゃんに誘われて初めて行ったキャンプ場は、国定公園の中にあって、ちいさな湖とその向こうに山々があって、湖畔は草がきれいに刈ってあってふかふか。少し行くと森の中を歩ける遊歩道も整備してありました(写真は対岸から私たちのサイトを見たところ)。

大きなネムの木の下にテントを張らせてもらって、タープはネムの木と、反対側のモミ(?)の木に綱を渡して張らせてもらいました。

あたりに車道がないので、とても静かでした。車の音は、このキャンプ場にやってきた車からだけ。車は駐車場までしか入れなくて、サイトにはねこやリヤカーで荷物を運ぶようになっていて、それもよかった。

こんなに静かで車の音のしないキャンプ場は、大島のトウシキキャンプ場以来で、本土では初めてだったかも。

Img_2039 金曜夕方について、焚き火をゆっくりして、ごはんを食べて、ほぼまんまるのお月さんが空に上がった頃に、早めに寝袋に入りました。

眠りに落ちてから、ずうっと、あたりの鳥や虫たちの声や、風の音、木々の葉っぱがゆれる音、葉っぱが落ちる音が、ほんとうにほんとうに鮮明に聞こえていました。

でも、ずうっと聞こえていたってことは、寝てたんじゃなくて起きてたってことじゃないか?と、翌朝起き出してからハッとした。。。でも感覚としては、眠っていた感覚でした。すごく深くリラックスしていて、これはもう自分は眠っているのに間違いない、という感触なのに、まわりの音はずうっと聞いていた、という。。。

なんだか不思議な体験でした。とても、満たされていました。

明け方になって、テントの外に出たらタープの端に小鳥がとまっていて、そのむこうに猫がいて、ちょうど小鳥の背中の上に猫がのっているかのような構図になっていたので、おもしろくなって写真をぱちりと撮った、という夢をみました。これはあきらかに夢だった。小鳥がいやにアニメみたいな、イラストみたいな、輪郭をふちどりされた鳥だったから。

で、夢を見た、ということは、明け方は確実に眠ってたんだな、と思いました。すごくリラックスしていたとはいえ、徹夜したわけじゃなさそうで、よかった、と。

ふだん、たまに寝付けないときは「眠れないな」という自覚をもつし、なんとか寝ようとしたりいろいろすったもんだするのだけれど、そういったすったもんだは皆無だったし、だいたい「眠れないな」という意識もみじんもなくて、すっかり安らいでいました。眠っているのと同じくらい。。 そして同時にいろんなふしぎな鳥の声とか虫の声をじいっと聞いてもいたのです。

すてきな夜でした。

+ + +

翌朝はみんなより早起きして火を起こしてお湯を沸かしました。蚊がいたので、焚き火を蚊よけに。。

そのうち起きてきた相方は、ギターでアイルランドの古い曲をつまびいて。そしたら小鳥たちがにぎやかに歌いながら上空に集ってきて、そのうち一羽のハクセキレイはわたしたちのテントの脇のモミ(?)の木のてっぺんに止まった。

Img_2049_3 モミの木のてっぺんに止まる小鳥の姿って、まるで絵本に出てくるようにかわいかったです。ハクセキレイは声もかわいくて、たまりません。大好き。

湖は風の通り道に応じて水面に鑿で彫ったような波紋をつくっていて、その波紋が立っているところとそうでないところの分布が、やっぱり絵に描いたようにきれいな曲線で分かれていました。

鴨が朝から泳いでいたので、手を振ったら、ちょっとこちらに気を向けてくれたので、おはよう、とあいさつをして、ちょっと手招きしたら、なにげにこちらへ向かって泳いできて、そのまま岸に「よっこらしょ」と上がってきたので、ちょっとおどろきました。芝の間のなにかをひとつふたつついばんで、しばしぶきっちょに歩いてから、水の中へ帰って行きました。水の中ではまたスイスイと自由な動き。。。

Img_2040_2 Img_2041Img_2044ゆっくり朝ごはんの準備をしました。焚き火で沸かしたお湯でコーヒーを淹れて。カップ状に半切りにしたピーマンをあぶって、中にうずらの生たまご、プチトマトの切ったの、ニンニクのみじん切りを入れて焼きました。

このうずら卵 in ピーマンは、去年のキャンプでやってみてからおいしさに開眼したメニュー。手で持ってパクッと食べられるところも気に入っています。シンプルで簡単で、すごくおいしいです。

あとは昨夜、おゆうはんの後、相方がナスを焚き火でじっくり焼いて、割いておいたのだけど、それをニンニクとしそとお塩とオイルで和えて茄子のペーストにしてくれました。焚き火でトーストしたバゲットにこれをのせて、いただきました。美味でした!

朝食のピーマンも茄子も、昨夜のメニューの、スパイスから作った本格ベジカレー&サラダのジャガイモもトマトもタマネギも、(み)ちゃんの自然農の畑からダイレクトにやってきてくれた恵みです。(ゆ)ちゃん(み)ちゃんのおかげで、いつもキャンプごはんは、野で食べるにしては豪華すぎるすてきごはんをいただいています。。。ありがとう。

ほんとにバババッと荷造りをして、ごはんもおやつもメニューのアイデアないままに、あるもの、目についたものを持ち寄った今回だったけど、それでもこんなに豊かな食卓を、おいしい空気とお水といっしょに楽しませてもらって、しあわせでした。

おやつには、あまってたマシュマロを持参してたのを、道中で買ったチョココーヒービスケットと組み合わせて、スモアにしてみた。これもビスケットを買った時には考えてなかったけど、焚き火のそばでひらめいて。じっくりマシュマロを炙って、ビスケット二枚でパシッと挟んだら、ビスケットのチョコ部分がマシュマロの熱でとろけて、いい感じになりました。

Img_2052 湖の回りは1周歩けるようになっていて、湖畔の木々はひのきの植樹してある地帯と、広葉樹の地帯と両方ありました。釣り人が早朝から大勢来ていたっけ。おひとり、おじさんとお話したら、「2日に1度は来てる」とおっしゃっていてびっくりした。「家にいるよりここにいたほうが、涼しいんだよ」とにっこりされてた。

ここは魚を毎年放流しているそうで、釣ったらすぐにリリースする流儀だそうでした。

前回5月に4泊キャンプ場に泊まりつつ通いの仕事をした後で、体調をがたっとくずして、それ以来、どうもキャンプと体調の崩れをつなげて記憶してしまっていたみたいだったので、今回はそれをヘルシーに切り離して、またキャンプのすてきさを思いだしたい、という希望がありました。おかげさまで、それは十分に叶いました、ほんとによかった。

それにやっぱり野に眠る喜びが、はんぱないことを、思い出せてうれしかった。

次は虫の心配のない季節に、テントなしで寝たいなあ。。前に、寝袋ひとつでお空の下で眠ったときの、あの、なににもたとえようのない安らぎを、思い返しています。

でも最近はゲリラ豪雨とかもあるから、寝袋ひとつで野で眠るのは、やばいかなー。。タープとコットで、とかがよいかしら。地面の感触が好きなので、コットはちょびっと残念なんだけど。。。

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2017.08.13

すきとおる/海あそび

断片化シリーズ。8月11日のぶん。この日は降ってきた、というより、ちょっとふり落としたみたいなふうでした。。

+ + +

<すきとおる>

Img_1843_1_2

「行きたいのはただ
野生動物の視野の中」

と書いてたら蝉の鳴く庭から
野ねこが窓を叩いた、朝

いつも闇に紛れてやってくる彼女
今日は巻いてきたらしい、過去を

陽のあたる場所を通ってきたんだねえ
アンテナの精度はあいかわらずだねえ

感心して
安心して
すきとおる絆によりかかる

書くこともなくなって、黙る……

+ + +

<海あそび>

0025_xlarge_1_2

下を向いたら見えた、水底の夢
青いソラスズメの群れ
視野を埋める、光る青、揺らぐ瑠璃に
吸い込まれる、意識の息継ぎに

仰向いて波間によりかかって
空の深さを測って

降ってくる日差しと
まぶたのひさしを
絶妙にバランスさせて
視野に光を氾濫させて

波の上下動を感知しつつ
おおいなる平安に沈む…~~…

少ししたらまた

下向いてユラユラ
仰向いてプカプカ

0027_xlarge_1_2

(8月10日、胴網海岸、(ゆ)ちゃん、(み)ちゃんと)

+ + +

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2017.07.23

獅子座新月間際のわわわ

幸せすぎた昨日でした。。。

久しぶりに髪を切りに行きました。切っていただいてるあいだ、頭をかすめていたのは、きつかった2カ月間のこと。終わって「これだけ切りましたよ」と見せていただいた髪の束を見て、ああ、よかった、と思った。髪の中を風が通るさわやかさを体感しつつ歩きました。

そのあと寄った本屋さんで、以前から目にするたびに惹かれていたdesignsix Londonのピアスを見かけて。毎回、見かけるとときめくけど、必要ないし、いずれ用なしにしてしまうだろうし、地球にとってよくないしと結論していたのに、今回はホワイトのNovaピアスを衝動買い。その場でつけました。ピアスはここ20年近くは冠婚葬祭のときにしかつけることがなくなってたのに。どうしたこと。。。

そして夕方、相方と合流して坂口恭平さんの個展Nest of Thinkへ。もうこれがとんでもなく、幸せなひとときでした。

0003_xlarge 広いローテーブルに小さな立体作品が朴訥に並んでいる写真を、坂口さんのタイムラインで見て、あ、この立体たちの後ろ姿がきっとやばい、見たい、と思って行ったんだけど、わたしの想像を軽やかに上回り、あらゆる意味で「個展」の概念をふっとばす個展でした。

立体作品のほかに、窓や壁に数点貼ってあったけれど、そのほかに500枚の絵がそこここに束にして置いてあって、各自手袋をはめてその束を見ていくスタイル!

しかもその間、坂口さんはBGMと称して、ギターを弾いて歌ってくださっていて!そのうたが、BGMなんてとんでもないほどのマジうたで。

「休憩しまーす」とうたを中断すると、ご自身の選曲の音楽をスピーカーから結構な音量で流してくださって!

ずっと坂口さんがその場にいて、あれこれ話したり歌ったりして、曲かけたりしてくれていて、もう彼の存在感そのものを含むあの場全体を、どうぞ、してもらってる感じでした。

* *これから行こうかなって思ってる方は以下は読まずにどうぞ!30日までやってます* *

ビジュアルと音楽と立体とか、作家と作品とか、作家とオーディエンスとか、アートと生活とか、ぜんぜん切り分けらてなかった。

0013_xlarge大音量で音楽が流れてる個展、作家さんがライブしてくれてる中で原画の束をひたすら繰っていく個展って、体験したことないよ。。!

1枚1枚を手に取っているときに、「片づけの魔法」のこんまりさんが、本の整理をするときにとにかく本棚から全部出して、1冊1冊を(読まずに)手に取って、ときめくかどうかをチェックすること、と提唱してたこと、思い出しました。触角が感知することの正確さ。。

坂口さんは新しく誰かが入ってくると、元気に「いらっしゃいませ!」と言い、今日のクローズの時間が迫ってくると「そろそろタイムセールですよ!好きなの選んじゃって、もう言い値でいいよ、商談しましょう」と。まるで市場のようでした。。。

ああ、生ものを売っている、という意味では、まさしく市場だったのだなあ、とも思う。

作品はわたしには手の届かないお値段だったから、見るだけと思っていました(タダでこんなにいいおもいをしていいのかなとも思ったけど)。言い値でいいよ、と言われて、え、もしかして、とも思い始たけど、惹かれるもの、心がぴぴぴんと反応するものが、いっぱいありすぎて、選ぶとかとうていできなくて、結局どうしたらいいかわからなくなって終了。。。

音楽を聴きながら1点1点を見させていただいている時間は、ちょっとした変性意識状態だったもよう。後でおゆうはんを食べてたときに、通常の意識まで降りてきて、「あー、わたし緊張してたんだなー」と気付いたけど、正確にいうと、興奮していたもよう。

絵のかわりに、相方と一緒に画集を買いました。そしたらサインをしてくださって。そのときに、相方がほしがって、でも迷って決められなかった2枚の作品のモチーフを、ペンでさらりと描き添えてくださいました。やさしい。。

帰りの電車と、家についてからおふとんの中で、画集をめくっていました。この多産なワールド。。

坂口さんのドローイングを初めて見たとき、うわあ、過剰だー、とその過剰さに圧倒されたし惹かれました。今回の個展では、500枚の作品にはわりと余白がいっぱいあるものが多くて、予想外だったのだけど、これだけ余白を含んだものを描くと、今度は作品の点数が過剰になるんだなあ。。。彼はほんとうに、出し惜しみしない。。。というか惜しむどころか、出し切らないとバランスをとれないんだろうと想像する。

スタイルも画材も、モチーフも、自由で多彩で。坂口さんの歌声にそっくりだ、と思ったものもあった(当然か)。

芸術が絵画、彫刻、音楽、演劇、舞踊、などと分化する前の、大元のまとまりのエネルギーと一緒にいる人。自由度がめちゃくちゃ高い人。好きすぎる。同時代に生きていられてよかったって思う。

* * *

個展のタイトルはNest of Thinkだったけど、アレクサンダーテクニークでthinkする、ということについてこのとこぼんやり思ってたことが、なんだかばーんと示されたようでもありました。こういうthinkっていうか、これがthinkだ、ということ。そうだそうだ、と。

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