2017.07.23

獅子座新月間際のわわわ

幸せすぎた昨日でした。。。

久しぶりに髪を切りに行きました。切っていただいてるあいだ、頭をかすめていたのは、きつかった2カ月間のこと。終わって「これだけ切りましたよ」と見せていただいた髪の束を見て、ああ、よかった、と思った。髪の中を風が通るさわやかさを体感しつつ歩きました。

そのあと寄った本屋さんで、以前から目にするたびに惹かれていたdesignsix Londonのピアスを見かけて。毎回、見かけるとときめくけど、必要ないし、いずれ用なしにしてしまうだろうし、地球にとってよくないしと結論していたのに、今回はホワイトのNovaピアスを衝動買い。その場でつけました。ピアスはここ20年近くは冠婚葬祭のときにしかつけることがなくなってたのに。どうしたこと。。。

そして夕方、相方と合流して坂口恭平さんの個展Nest of Thinkへ。もうこれがとんでもなく、幸せなひとときでした。

0003_xlarge 広いローテーブルに小さな立体作品が朴訥に並んでいる写真を、坂口さんのタイムラインで見て、あ、この立体たちの後ろ姿がきっとやばい、見たい、と思って行ったんだけど、わたしの想像を軽やかに上回り、あらゆる意味で「個展」の概念をふっとばす個展でした。

立体作品のほかに、窓や壁に数点貼ってあったけれど、そのほかに500枚の絵がそこここに束にして置いてあって、各自手袋をはめてその束を見ていくスタイル!

しかもその間、坂口さんはBGMと称して、ギターを弾いて歌ってくださっていて!そのうたが、BGMなんてとんでもないほどのマジうたで。

「休憩しまーす」とうたを中断すると、ご自身の選曲の音楽をスピーカーから結構な音量で流してくださって!

ずっと坂口さんがその場にいて、あれこれ話したり歌ったりして、曲かけたりしてくれていて、もう彼の存在感そのものを含むあの場全体を、どうぞ、してもらってる感じでした。

* *これから行こうかなって思ってる方は以下は読まずにどうぞ!30日までやってます* *

ビジュアルと音楽と立体とか、作家と作品とか、作家とオーディエンスとか、アートと生活とか、ぜんぜん切り分けらてなかった。

0013_xlarge大音量で音楽が流れてる個展、作家さんがライブしてくれてる中で原画の束をひたすら繰っていく個展って、体験したことないよ。。!

1枚1枚を手に取っているときに、「片づけの魔法」のこんまりさんが、本の整理をするときにとにかく本棚から全部出して、1冊1冊を(読まずに)手に取って、ときめくかどうかをチェックすること、と提唱してたこと、思い出しました。触角が感知することの正確さ。。

坂口さんは新しく誰かが入ってくると、元気に「いらっしゃいませ!」と言い、今日のクローズの時間が迫ってくると「そろそろタイムセールですよ!好きなの選んじゃって、もう言い値でいいよ、商談しましょう」と。まるで市場のようでした。。。

ああ、生ものを売っている、という意味では、まさしく市場だったのだなあ、とも思う。

作品はわたしには手の届かないお値段だったから、見るだけと思っていました(タダでこんなにいいおもいをしていいのかなとも思ったけど)。言い値でいいよ、と言われて、え、もしかして、とも思い始たけど、惹かれるもの、心がぴぴぴんと反応するものが、いっぱいありすぎて、選ぶとかとうていできなくて、結局どうしたらいいかわからなくなって終了。。。

音楽を聴きながら1点1点を見させていただいている時間は、ちょっとした変性意識状態だったもよう。後でおゆうはんを食べてたときに、通常の意識まで降りてきて、「あー、わたし緊張してたんだなー」と気付いたけど、正確にいうと、興奮していたもよう。

絵のかわりに、相方と一緒に画集を買いました。そしたらサインをしてくださって。そのときに、相方がほしがって、でも迷って決められなかった2枚の作品のモチーフを、ペンでさらりと描き添えてくださいました。やさしい。。

帰りの電車と、家についてからおふとんの中で、画集をめくっていました。この多産なワールド。。

坂口さんのドローイングを初めて見たとき、うわあ、過剰だー、とその過剰さに圧倒されたし惹かれました。今回の個展では、500枚の作品にはわりと余白がいっぱいあるものが多くて、予想外だったのだけど、これだけ余白を含んだものを描くと、今度は作品の点数が過剰になるんだなあ。。。彼はほんとうに、出し惜しみしない。。。というか惜しむどころか、出し切らないとバランスをとれないんだろうと想像する。

スタイルも画材も、モチーフも、自由で多彩で。坂口さんの歌声にそっくりだ、と思ったものもあった(当然か)。

芸術が絵画、彫刻、音楽、演劇、舞踊、などと分化する前の、大元のまとまりのエネルギーと一緒にいる人。自由度がめちゃくちゃ高い人。好きすぎる。同時代に生きていられてよかったって思う。

* * *

個展のタイトルはNest of Thinkだったけど、アレクサンダーテクニークでthinkする、ということについてこのとこぼんやり思ってたことが、なんだかばーんと示されたようでもありました。こういうthinkっていうか、これがthinkだ、ということ。そうだそうだ、と。

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2017.07.10

運び運ばれていく旅:用の美・用のない美

Img_1666 突然の旅シリーズ、最後は、ついこないだまで行っていた鹿児島で、こちらは一件大事な用事があって行きました。急なことだったので、宿の住所と用事の場所の住所だけとりあえず把握して出かけけれど、なんかスルスルと運び(運ばれ?)ました。沖縄と北海道の旅で、だいぶんコントロールしすぎを手放して流れに身を任せることを覚えられたのかもです。

鹿児島空港について、例のごとく案内所のお姉さんに市内への行き方を聞こうと思ったら、係の女性ふたりはなんか雅やかにお茶をいれてカウンターの隅のお客さんに出していて、はて?と思ってよく見たらそこは霧島市のPRカウンターでした。で、ほんとの案内所は~?と数歩あるいたら、外への出口手前に鹿児島市内行きのバスの出発案内の小さな電光掲示板があって、そこに今夜の宿のHPに「最寄り」だと書いてあった「高速船ターミナル」に行くバスがあと5分で出る、とペカペカしていて。バスの券をどこで買うのか、わからんくて、とりあえず乗り場に行ってみたら、荷物係のお兄さんが「そこで買えば乗れすよ」とお外にある自動券売機を教えてくれて。言われた値段のを買って乗りました。

高速船ターミナル行きは本数が少なかったらしく、これを逃すと2時間くらい後になったらしかったから、助かりました。

Img_1513 バスを降りたら、そこは港でした。目の前にどーんと桜島が。でも桜島に行くことは今回はないかな、と思いつつ、椰子の葉が風でサラサラ言う音を、久しぶりに聞きました。港の脇の公園では、芝に座っておしゃべりするひとや、虫とり網で蝶を追う女の子。なんだか懐かしい光景でした。

宿までは歩いてほんの数分だったけど、歩いてるうちに汗だくになっちゃったので、宿のHPで紹介されてた近所の銭湯(鹿児島市内の銭湯はみんな温泉らしい)に行ってさっぱりしようと思ったけれど、名前だけ覚えてて、場所がわからず。宿には近隣のマップとかも見当たらず。宿の人もひっこんじゃっていて、うーん、どうしよう、と思ったら、宿泊者の男性がいらして、こんにちはとあいさつしたら、その人はたまたまこちらが地元という人で、「今日はどうするんですか?」と聞かれて温泉行きたいんですといったら、「ここは温泉の土地だからね、いっぱいありますよう」と。

で、泉質さえよければ、と言ったら、それなら桜島にフェリーで渡ってすぐの国民宿舎、あそこは泉質なら確実です、と。桜島にフェリーでってそんなに気軽に行けるものなの?と思ったけれど「地元の人間はふつうに行き来してますよ、24時間運航してるんですよ」と。プチたまげて、ならば行ってみようかな、と思いました。

Img_1537 Img_1533Img_1535フェリー乗り場まで歩けるけれど、暑いから自転車がいいですね、とその人に言われたので、言われたとおり、宿の自転車を借りて、自転車ごとフェリーに乗り込みました。こんなの初めてやったので、どきどきしました。ほかのみなさんは車か徒歩で、自転車はわたしだけ。。。車の列と一緒に乗り降りしたのでどきどきした。

Img_1538 そして言われたとおり、フェリーを降りてすぐのところにある国民宿舎の日帰り温泉へ。めちゃ鉄っぽいお湯で、地元の方が大勢いらしていて、「ここのお湯につかれば鉄瓶で沸かしたお湯を飲むのといっしょよ」と教えてくれました。そして「こっから車で10分行ったとこの白浜温泉もいいお湯だよー」と。「自転車でも行けますか?」と聞いたら「うん、行けるよ」と言われたので、次はそこ行ってみようと思いました。

* * *

翌朝は用事のある場所へ。待ち時間があってひまだったので、そこのロビーにあった雑誌やらの読み物の中から、木造住宅メーカーの冊子を出して見ていました。なんとなく手にとったけど、すごく快適そうなおうちばかり紹介されていて。よく見ると、夏至・冬至の日光の軌道を調べたうえで、冬の窓からの日射量を最大限にすべく「道路に対して斜めに」建てたり、窓際に落葉樹を植えて夏には日陰ができるようにしたり、壁の中に自然の空気を循環させて暖をとったり涼を実現するシステムを使っていて(10年前くらいに読んで感動した『まちに森をつくって住む』という本の中に、この空気循環システムも紹介されていたのを思い出しました)。で、その冊子の末尾に、この住宅メーカー、シンケンさんが鹿児島の中心街に北欧雑貨のカフェを運営していて、ランチを出しているとあったので、用事が終わったあと、行くあてもなかったので、そこへランチを食べに行ってみることにしました。マルヤガーデンズというビルの7F。

で、エスカレーターで上がっていくと、なにやら選び抜かれた感じの、とても佇まいの美しい生活品が並ぶお店があって、そこで鹿児島に伝わる民芸品などのコーナーも設けてあって、楽しくながめていたら、お店のお兄さんが声をかけてくれて、鹿児島に伝わる縁起物「おっのこんぼ」について教えてくれました。おきあがりこぼしです。家族の人数プラス1人分を、台所に並べておくといいそう。そして一度並べたら、ずうっと並べておいていいとのことだった。今でもお年寄りのお宅にいくと、まっくろになったおっのこんぼが台所に並んでいたりするんですよ、とのこと。

このお店には、今回もしかして行けたら行きたいとおもっていた、知的障がいのある方の支援施設、しょうぶ学園のみなさんによる手仕事の品々も並んでいて、うれしかった。

お店の名前を良く見たら、D&Departmentでした。関東でも見かけたことがある気がして、帰宅してからサイトをみたら「47都道府県に1カ所づつ広がる、食を含めた”その土地の個性を感じ伝え続ける仕組み”として現在国内8店舗が活動中」とあった。いい仕事しているなーと思いました。

Img_1554 で、D&Departmentのフロアからさらに7Fまで上がって行くと、シンケンさんのやってる雑貨カフェはこれかな?という場所がありました。緑いっぱいのルーフテラスもあって、ここでは養蜂もしていると書いてあった。そしてなんとミニシアター系映画館もありました。映画のラインナップをみたら、ちょっと気になる作品もあったけど、鹿児島まで来て映画でもないよね、とそのときは思った。

で、おいしくランチをいただいて。それから今日も暑くて汗だくだったので、またお風呂に行くことにしました。市内には温泉の銭湯が星の数ほどあるのだけど、宿のHPで名前だけ紹介されていたお風呂、湯乃山温泉の場所をネットでしらべて、街めぐりバスに乗って行きました。ここはおじさんが個人的に(?)経営されているような感じのこじんまりとしたお風呂。街からすぐなのに、別天地でした。

個人風呂と女性用のお風呂とどちらに入ってもいいですよ、と言われ、迷ったけど女性用の広いお風呂へ。なんせ気温が暑いし、お湯も熱かったけど、そのうちじわっと気持ちよさが来て、なんか知らんが、おかあさんに抱っこされてるみたいな感覚になりました。。。なんか泣けてきた。温泉に入ってこんなことになるの、初めてです。思えば、鹿児島に来て以来、どこにいってもクロアゲハ蝶やきれいな青い体の蛾がいて、もしかして一人旅がさみしくならないように母が一緒に旅してくれてるのかなあと思ったりしました。Img_1518

鹿児島は母が亡くなる直前まで療養に来ていた場所で、母がいた頃一度お見舞いに来たけど、そのときは父が道案内やらみんなしてくれたので、どこになにがあるやらわかってなかった。けど、日々治療に通ってた市内の病院の前も、母が泊まってたウィークリーマンションのある界隈も、今回通りがかったらすぐここだとわかって、懐かしくなりました。母と父と3人で入ったおそばやさんとか、うなぎやさんも見つかった。鹿児島にいるあいだじゅう、母のことをいつもよりいっぱい思い出していました。

湯乃山温泉でそうやって半泣きしつつひとりでお湯につかってたら、「毎日入りにくる」という地元の方がいらして、その方は「ここのお湯は市内で一番いいですよ、塩素も加水もなにもないそのままのかけ流しだからね」と教えてくれました(温泉のご主人は素朴なおじさんで、やさしい人で、「ここのお湯はぬるぬるしているから、すべりやすいから気をつけてね」としか言わなくて、泉質についての案内とかは目立つところに貼ったりしてなくて)。そのうち常連さんがさらにどどどっといらして、お風呂の中はいっきに団らんの場となりました。鹿児島弁のイントネーションが心地よかった。

Img_1568 脱衣所は窓が開いていて、扇風機。エアコンとかはなくて、どこも自然の風で涼むようになっていて。お外のお庭の池の横に、おおきな扇風機があるテーブルがあって、涼めるようになっていました。テーブルには穴が開いていて、そこからバナナが生えていました。飲泉用の蛇口が池の脇にあって、地元のおじさんがポリタンクに入れていて、近くにいたおばさんも「ここのお水は体にいいんだよ」と教えてくださったので、わたしも水筒にもらってきました。

夏なのでまだ陽は長くて、暑かったけど、お風呂に入って頭も洗って、濡れた髪に風が通ると涼しくて、そのまま街の中心方面へ歩きました。夕方は少し風も涼しかった。

それでもさすがにずっと宿まで歩くとなるとあづいなーと感じだして、途中にあった市営(?)のサイクルポートで自転車を借りました。市内のあちこちにサイクルポートがあって、200円の登録料を払うと30分以内なら無料で、どこのポートからも乗ったり、降りたりできるようになっています。なかなか便利でした。これでドルフィンポートまで行って乗り捨てて、ドルフィンポート内にある、薩摩の物産市に隣接する海鮮食堂でおゆうはんを食べました。

ここは窓から桜島を眺めながらごはんが食べられて愉快です。ドルフィンポートは、今回の鹿児島行きで初めて行きましたが、お気に入りの場所になりました。最初に空港からのバスを降りたらすぐにドルフィンポートだったので、ちょっと寄ってみたのだけど、なんかハワイみたいだった。ごく小さなショッピングモールなんだけど、各店舗だけが室内で、店舗をつなぐデッキはオープンエアで。そこに足湯やら、テーブルと椅子やら、小さな水場やらがあって、そのデッキのどこにいても目の前は錦江湾を望むのんびりした公園で、その向こうはどーんと桜島が見えるのでした。鹿児島の中心街の喧騒とはぜんぜん違う、のどかさがあって、わたしには天国のような場所でした。

毎晩、宿に帰る前にはドルフィンポートによって、地域物産市で売られているベーグルを1つ、翌朝の朝食用に買いました。

* * *

快晴で猛暑だった1日目、2日目を経て、3日目は目覚めたら大雨でした。わかってなかったけど、台風が来てたのでした。ポンチョと傘は持ってきてたけど、さすがにこの雨の中出かけるのはなあ、と思って、とりあえず、衣類の洗濯をして屋上のガス乾燥機に放り込み。朝食を食べて。今日は午後まで雨らしいので、こないだ見かけたミニシアターで映画を見ちゃおうか、と思い立ち、宿でご一緒した(の)さんにそう言うと、彼女は今は一時的にこの宿に長期滞在中だけど、そもそも鹿児島に住んでいる方で、いろいろお詳しくて、このミニシアターの支配人の女性がそれまで鹿児島で良質な映画を見れる場をつくろうと公民館とかを借りて地道にやってきたこと、それがマルヤガーデンズの上に常設のシアターを持てることになったこと、オープン前日のてんやわんやなど、いろんな興味深いエピソードを教えてくださいました。で、この映画館の支配人の方について「ご自身をまったくよく見せようというのがない人なんですよ」と(の)さんがおっしゃってたのが印象に残り、ときどき入口にいらっしゃることもあるというので、一瞬晴れ間がのぞいたすきに宿を出て歩いて、気になってた1本を見に行ってみました。

Img_1582 支配人の方は入口にいらっしゃって、ごあいさつできました。こんなすてきな場をつくってくださっていて、と言うと「見に来てくださる方あってこそです」と。ほんとうに素朴な感じの方でした。入口のカウンター下にあった「39席の映画館。いつもみんなで映画(ゆめ)を見て~」という手描きの貼り紙、すてきでした。

映画のあと、雨降りの予報だったのになんだか雨の気配がなくなっていて、少し中心街(天文館)あたりをぶらぶらしたのだけど、街にいるのはやっぱりくたびれるな、と思って、こないだ桜島の温泉でおすすめされた、もう1つの桜島の温泉を目指してみることにしました。いったん宿に帰って、宿の自転車を借りて、またフェリーに自転車ごと乗りこみました。

Img_1601 フェリーを降りてから時計周りに、島の1/4を自転車で走りました。すぐだと思ったら、これが意外と遠かった。。。7.5kmくらいあったみたい。50分近く、ママチャリで走りました。海沿いの道なのでアップダウンはほとんどなく、とにかく静かでのんびりした道で、車もほとんど通らずで、のどかに走りました。空は明るく曇っていて、カンカン照りよりも涼しくてよかった。それでも汗マックスになったけれど。走っていて左に海、目の前に緑の桜島御岳がどーんとあるこの道の感じは、またしてもハワイ・オアフ島の西側を走ったときの感じと似ていた。錦江湾には野生のイルカもいるというし、どうもここらへんはハワイ感がある。。。

Img_1591 白浜温泉センターもやはり地元の方御用達のお風呂でした。ここは露天風呂があって、台風一過の空にはまだ雲や風がだいぶ残っていたので、外で風に吹かれながら入るとちょうど気持ち良かったです。地元の方たちにとってはやっぱり団らんの場になってたみたい。よそものはおじゃまかなーと気にはなりました。ご迷惑かけないように、気をつけましたが。。

また50分近く自転車を走らせて港に戻りました。濡れた髪に風を通しながら。。。汗かかないようにのんびり走ったけれど、やっぱり暑くはなって、港の脇にあるローソンのィートインスペースで涼みました。ゆっくりしてたらどんどん黒雲が御岳の上に広がりはじめたので、いそいでフェリーに乗って戻りました。自転車でフェリーに乗り込むのは、何度やっても愉快です。

宿に帰って、明日、できたら行きたいと思ってたしょうぶ学園へのアクセスを、宿のパソコンで調べました。中心街からバスで30分、ということはわかったけど、バスが何時にどこから出るのかとかよくわからず、がんばって調べた。。。

* * *

翌朝は目覚めた時は晴れてたけれど、予報では午前中からまた雨になるとのことだったので、早めにチェックアウトして、しょうぶ学園を目指すことにしました。

Img_1613 宿でご一緒した(の)さんにさよならのご挨拶をしたら、河童の形をしたもなかをお別れにくださって。開けてみて、と言われて開けてみたら鼻がつぶれていので「ちょっと待って!」と走っていって「こっちのが状態がいいかも!」と別のと取り替えてくれました。昨日が誕生日だったから、お祝いにみんなに配っていたの、とのこと。そういうお祝いの仕方、いいなあ、と思った。(の)さんはいろいろにおやさしいし、興味深いお話をいろいろしてくれて、おかげさまで一人旅だったけど夜も寂しくならずに過ごせました。ほんとにありがとうでした。

そしてこの日も湿度マックスの中、街路樹や建物の日陰を渡り歩いて天文館バス停へ。ただ天文館バス停といっても数カ所あるし、バス会社もいくつもあるし、なかなかトリッキーでした。やっとしょうぶ学園まで行く路線のバス停を見つけた頃にはすでに汗だく。。。日なたをさけるようにしてバスを待ち。。。バスに乗った後、エアコンで涼みました。

中心街から20分くらい走ると、緑の山の中を行く感じになって、ぐっと幸せ度が上がりました。それからまた市街地に出ました。しょうぶ学園はバス停から徒歩1分とサイトに書いてあったので、バス停を降りた後のことは調べずに行ったら、バス停のまわりはただただおうちがあるばかり。東西南北どちらへ行ったらいいかもわからずでした。しかもカンカン照り。。。小さい日陰を見つけてうずくまって、対策を考えていたら、道路向こう側のバス停に、バスを待つ人が表れたので、いそいで行ってその人に尋ねました。

Img_1623 そしたらもうすぐそこですよ、と教えていただけて、歩いていったら、なるほどすぐでした。敷地へ通じる道は両側の並木が美しくて、そこを抜けると広い敷地内に工房やカフェやショップやギャラリーが点在していました。

Img_1641Img_1643 それらをつなぐ道を緑や木々が縁取っていて、広場の真ん中らへんにはロバと羊がいてのんびりしていた。住宅街の中の一角なのに、この敷地内は生物多様性が半端なかったです。ロバ・羊舎の脇に小川がしつらえてあって、その周囲にも草木が豊かに茂っていて、赤とんぼ、青トンボが飛び交っていて。小川の水の中をのぞくと、タニシ(?)がいっぱいいた。いったいこれはどうやってるんだろう?と思ったほど、人工の場に有機的な命の広がりが実現されていました。

しょうぶ学園は障がいのある方のための支援施設で、利用者の方はここで暮らしている方もあれば、通ってきている方もあるようでした。

まずSギャラリーという、利用者の方による作品を展示しているギャラリーへ。歩いてきて暑かったので涼みたくもあって入ったら、ぶっとんだ。nui projectという、縫うという行為から生まれた作品たちが並んでいたんだけども、どれも、目を見張る美しさでした。何人かの人がそれぞれに”縫った”作品が並んでいたけれど、そのすべてに、ここの敷地内の自然環境に通じる確かな有機性がありました。命の表現なんだな、ということを、実証している、と思いました、この有機性が。。発露、なんだと。。

Img_1624 それから、とりあえず一息つこうと、向かいのパスタカフェOtafukuへ。ここも、予想をはるかに超える居心地の良さで。妙なことだけど、鹿児島にきて今がいちばんほっとしているかも、と思ったくらいです。2階の、大きな窓いっぱいに桜の青々とした葉っぱが風で揺れるのを映画のように眺められる席で、ランチをいただきました。オーダーをとってくださった店員さん、ドリンクのチョイスを1つ1つ読みあげてくださるのがうれしかった。

Img_1629 松の実ソースの、コイン型の型押しパスタ。器もここの利用者の方の手仕事の品で、パスタを食べ進むと下から数字の列がが出てきました。

Img_1631 メニューを束ねてある革のような質感の和紙のカバーも、スープ皿の受け皿の木のお皿も、磁器のパスタ皿も、陶器のナプキン入れも、デザートが入ってきた朱塗りの木の器も、木のスプーンも、ここのみなさんの手仕事の品です(コーヒーカップとソーサーは、ここの方が選んだ、別の土地の作家さんの作品だそうでした)。壁のアート作品も、店内の内装のディテールにも、利用者の方の作品がそこここにありました。

Img_1644_2 別棟のショップの入口の床のタイルも、1枚1枚が作品でした。

Img_1632 カフェレストランのテーブルに置かれた伝票の裏にあった言葉が、ここの、この心地よさのわけをひとことで表してるように思えました。

しょうぶ学園とこれまで44年歩んでこられた施設長の福森さんは、民藝の心得のある方だということはどこかで耳にしていたけれど、民藝とアートとがこうも有機的に交わっている場になっているとは、予想以上でした。用の美と、用を目指さない美と、その両方が等しく大切にされている場の心地よさ、といったらいいのかな。この環境がまるごとひとつの表現というか。。

自分の中である種対極的だったものが、ここでは地に足ついて調和していたので、、、あ、この境地、と、、まだおぼろで頼りないけど、道案内をいただいたような、なんかひとつ通路?回路?が開いたような、そんな感じがしています。

ショップには利用者のみなさんと“コラボ”した作品がたくさん並んでいて、じっくり拝見しました。とっても気になるものはたくさんあったけど、荷物と予算の関係で連れ帰ってきたのは2点。小さな陶器の器と、段ボールで作ってあるおうち型のポストカード。

Img_1645 ペイント植木鉢も大変すてきで、見ているだけで楽しい気持ちになりました。

スタッフの方と利用者の方とが一緒にこの場をつくっているのが、伝わってくる場面にも出くわしました。わたしがショップを見てまわったあと入口へ戻ると、その脇のほうで、スタッフの方と、ショップまわりでのお仕事を受け持っているらしい利用者の方が、小さなミーティングをしていました。そうやってその場その場で、何を難しいと感じてるのか、など、お互いのありようを確認しあっていってるんだなあ、という印象を持ちました。

バスでまた天文館に戻って、最後に、母が療養中滞在していた一角を歩いて、そこにある温泉銭湯に入りました。4年前?に母のお見舞いに来たとき、ここの銭湯で、介護職をしている姪っ子さんが手造りしているというEM石鹸を2つ買って帰ったら、これが虫刺されにも効くし、すっかり愛用していたのだけど、そろそろ2つ目がちびて来ていて、もしまだ売っていたら、買えたらいいなと思っていました。今回、ないかなーと思ってたら、さほど目立たない感じで棚の上に、籠に入って並んでいたのを見たときは嬉しかったです。

ひと風呂あびて、手造り石鹸を買って、カンカン照りの中、また街路樹や建物の日陰を伝い歩きして空港行きバス停へ。帰路に就きました。

* * *

まったくの一人旅は、かなり久しぶりだったけれど、相方は豆に携帯にメールをくれて、きょうだいともラインができて、宿やお風呂でご一緒した方たちともお話できて、意外とぜんぜん寂しくなくて、むしろ、ちょうどよい感じでした。宿のグリーンゲストハウスもものすごく快適で、清潔で、何不自由なく過ごさせてもらえて、ありがたかったです。

LCCの飛行機も、手軽に券を買って、軽い手荷物だけもってポンと乗れて、ポンと降りれて、快適でした。前日に航空券を買って旅に出るのは、学生時代にしたきりだったけど、やっぱりいいな。思い立ったら吉日、です。今回は旅のメインの理由(用事)がそんなにノリノリに前向きなものではなかったので、そこまでノリノリに楽しい一人旅ではなかったけれど、こういうふうに遠くに出掛けられる可能性というのは、前回の北海道と合わせて、十分に体感できました。

Img_1520 Img_1656 連日あづくて汗だくになって歩く/自転車で走る→かきごおり(白くま)食べる→温泉に入る(鹿児島市は銭湯が全部温泉らしかった)の繰り返しで、なんだかシンプルにただ存在していたという感じの日々で、デトックス?されたような。。

相方と一緒に旅していたら3倍楽しかっただろうな、とは思うけれど、今回は自分の体調のせいもあるのか、ひとりでいることもちょうどよかったです。知らない土地にひとりでいるのって、独特の開放感があるもんだなーと思いました。

蝶やきれいな蛾やトンボにいっぱい会えたのも、うれしかった。暑さと湿度はほんとにやばかったけど、南国ってやっぱり好きだな、と思いました。鹿児島のみなさま、お世話になりました。。

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飛んでしまった

Img_1341 北海道に、相方が仕事で出かけるのに合わせて「一緒にきちゃえば」と冗談まじりに言われたので、まさかーと思いながらLCCのチケットをちょっと見てみたら、意外とお安いんだ、とわかって、相方が出発した翌朝にわたしも航空券を買って、そのまますぐ荷造りをして、仕事とパソコン持って空港へ向かってしまいました。LCCの初体験。急に決めたので、LCCに独特の、荷物の個数や重量制限のこととか、ぜんぜん知らずに行ってしまったけど、3月に軽い手荷物の旅をしてからそのスタイルになじんでたので、ふつうに荷造りして行っても手荷物の制限にひっかかったりせずに済んで幸いでした。。。

飛ぶこと自体に不安はなかったけど、ほんとに行っていいのか、不安だったし怖かった。とにかく、ここしばらくこころに乱気流がしょっちゅう起きて疲れ果ててたので、飛行機の中ではひたすら眠りました。

新千歳空港に着くまでのことだけ把握して家を出たので、空港に着いた後のことはまったく白紙でした。とりあえず空港の案内所のお姉さんにここからどこへどういったらいいかを教えてもらって、札幌駅へ。

日中の仕事の邪魔をしちゃいけないと思って、空港に着いた後に相方のケータイに「来ちゃった」と連絡。「おー」という返信が帰ってきました。迷惑になるようなら、一人旅をしよう、と心に決めていたのだけど、その夜から合流させてもらえました。札幌在住の相方の友人(み)さんと会って、お茶とおゆうはんをご一緒しました。彼女はわたしのお気に入りの人で(こういう言い方すると妙ですが)、相方を家で見送ったとき「(み)さんによろしくね」と言ってたのに、自分がご本人とこうしてお会いしているのが不思議でした。(み)さんには、つらいときは薬に頼ることも考えていい、と教わりました。彼女も経験者だったのでした。。

Img_1348 翌朝は、また相方は仕事だったので、私もどこかカフェで仕事しようとパソコン持って出かけたのだけど、カフェがみあたらず、とりあえずちょっと寄ってみた円山公園の公園事務所で、円山公園に"原始林"があると書いてあったので、パソコンはロッカーに入れて森へ歩きだしました。

公園らしく整えてある一角には、エゾザクラ((かわいい赤い実をいっぱいつけていました)や白樺やハルニレ、アカナラが。

Img_1349 Img_1354 Img_1379 でも森へ少し入ったら、カツラの巨木のオンパレードでびっくりしました。あっけにとられて立ち尽くしてたら、エゾシマリスとヒガラが1メートルくらいのとこまで走り(飛び)寄ってきた。なんかチェックされたみたいでした。

Img_1358 Img_1363 その少し先へ行くと倒木のうろに、ヤマガラとエゾシマリスがかわりばんこに入っていって、ごはん食べてるとこに出くわしました。

エゾシマリスはほっぺたパンパンに膨らまして食べていた。。。そしてエゾシマリスは尻尾がうさぎみたいだったのが意外でした。エゾシマリスはみんなうさぎ尻尾なんだろか?Img_1361

精神のコンディションはかなりあやうかったときだったので、森の生き物や草木のみなさんにはとても助けられました。

おひるごはんを、相方と合流して、関東から北海道へこの春引越しされたばかりの(な)さんとご一緒しました。久しぶりに会えて、お話聴けてうれしかった。お元気そうで、なによりでした。

午後は相方は仕事に戻り、わたしも今度はカフェで仕事。今回は小さい19リットルのキャリーケースにパソコンを入れてきたのだけど、それでも必要な荷物はみんな入って、不自由なかったです。3月にやってみた軽い手荷物の旅のおかげさまで、身軽に旅に出ること自体は楽になりました。

仕事が終わるころ、会場の(な)さんのおうちへ伺って、相方と合流したのだけど、この(な)さんは天使のような方で。初めてお会いするのに、なんだか心の奥がちょっとほどけました。不思議でした。

翌朝は、目ざめて顔を洗っていると、相方が「こちらに住んでる(か)さんが朝ごはんの時間なら会えるそうなんだけど、どう?」と。初対面の人に会うのがとーても苦手な自分だけれど、なんとなくこのときは、うん、と返事をしていて。朝早くからやっているというおしゃれなカフェに連れていっていただきました。ご縁あって、親子2世代で同じことをお勉強されているというお話など、興味深かったです。

この(か)さんは、円山公園の“原始林”とつらなっていてもっと広大な原始林が広がっているという藻岩山のほうにお住まいとのことで、そちらのほうにキャンプできるところやログキャビンに泊まれるところがあるんですよ、と言われたとき、少しこころがわくっとしました。

朝ごはんの後お別れして、相方と登別へ行きました。相方はいつも仕事のあと最終日に虎杖浜の温泉宿に泊まって体を休めることにしていて、今回もその予定だったのでした。虎杖浜に直行してもよいけど、その手前の白老というところにアイヌ民族博物館があると耳にしたので、ちょっと行ってみたい気もしました。

じゃ、とりあえず電車に乗って、白老の駅を見てから降りるかどうかきめよう、ということにして、電車に乗り込み、白老の駅について「どうする?どうする?」と少しまよってから「降りようか!」と降りてみました(電車は本数があまりないので、ここで降りるか降りないかで1日の計画がだいぶん左右されるのでした)。

Img_1400 Img_1397 19883520_10213451912831178_12756058 白老の駅のロッカーに荷物を預けて、さらに身軽になって、アイヌ民族博物館のあるポロトコタンまで歩きました。湖畔にカヤでできたアイヌの伝統家屋、チセが何軒も立ち並んでいました。白樺の木立が美しかった。

一軒一軒のチセは中が異なっていて、うたとおどりを披露していただけるようになっているチセや、草木から繊維を取り出して織る手仕事の展示があってお二人の女性が普通に(見せるためとかではない感じで)服を縫っているチセ、暮らしの道具が展示してあっていろりで鮭がいぶされているチセなどありましたが、どこのチセにいる係の方も、お互いに仲良しそうで、楽しそうに談笑されていて、ここのコタンのコミュニティの雰囲気を感じました。

しばらくゆっくり過ごしました。アイヌ民族博物館は見ごたえのある展示だったけれど、一番印象に残っているのは、昔の暮らしを再現した大きいサイズのジオラマのような展示です。手前に森、奥にチセがあって、そのまわりでアイヌの人たちが生活のさまざまなことをしているんだけど、その人形たちは比較的小さくて、手前側のほうには、人形たちよりもずっと大きいサイズでクマやテン(?)や、ウサギなどが躍動感みなぎる動きのあるポーズで配置されていました。動物たちの展示が本当に生き生きしていて動きを感じさせたし、大きかったのです。

アイヌの人の自然観が、この展示に表れているようにも思いました。自然の中で人の占める位置や割合を照らし出しているのかもしれない気がした。こんなふうに人の暮らしを立体展示しているものは、これまで見たことがなかったです。

Img_1410 博物館を出て、カフェに入って、野草茶とじゃがいもを凍らせたあと練って焼いたおもちをいただきました。おいしかったので、「これ冷凍庫でじゃがいもを凍らせたら、うちでもできるかなあ」とつぶやいたら、お店の方が「できますよ」と答えてくださって、作り方を教えてくださいました。北海道では冬場屋外で凍らせるそうなんですが、家庭の冷凍庫でもできるそう。

店内に、アイヌの伝統食についての本や、アイヌの方々が草木をどう利用してきたかについての本などが置いてあったので、興味深く読みました。そのうちの1冊が博物館の売店にあったので、買ってきました。野草をどんなときにどう利用してきたかを、複数の方々への聞き書きと、文献とから、抜粋している内容。わたしのいただいた野草茶のエントは日本語名ナギナタコウジュ。道端によく生えている草です。アイヌの方は風邪をひいたときや二日酔いのときによくお茶やお粥にして摂ったそうです。

19894118_10213451908591072_10444126 相方はここのコタンでつくっている、鮭の燻製をいたく気に入って大人買いしていました。サッチェプと呼ばれるもので、白老沖で獲れた鮭をひと冬のあいだ軒先に吊るして干して、そのあとチセの中のいろりの煙に毎日あてて2か月のあいだじっくり燻製にしたもの。サッチェプのアイヌの人たちにとっての意味合いや詳しい作り方はこのサイトに詳しいです。一番大切な保存食なんだそうです。

ポロト湖の奥には、ポロトの森キャンプ場というのがあるらしかく、看板を見かけました。北海道でキャンプ、してみたいな、とまたちょっと思った。

このポロトコタンのすぐ隣に大規模な造成工事が行われていたので、どうなるんだろう、と心配になったけれど、あとで駅で見かけたポスターで、わけがわかりました。「2020年、白老ポロト湖畔に. 国立アイヌ民族博物館・国立民族共生公園、誕生」とのことでした。「アイヌの尊厳を尊重し、アイヌの歴史・文化等を復興するナショナルセンターとして、. 北海道白老町に『民族共生象徴空間が整備されます」とありました。

* * *

Img_1425 夕方には登別駅へ行って、温泉宿へ。宿についたら目の前の木立の合間に鹿が1頭、立っていました。きれいだった。夕食後に、部屋から海をボーっと見ていたら、部屋の真下のミニゴルフコースに、ハクセキレイがずうっと遊んでいて、そのうちそこに鹿も来て、しばらくなにか食んでいました。

ここの虎杖浜のお宿は海を見下ろす露天風呂のお湯がすばらしくて、夕食前と、真夜中と、朝と、3度も入ってしまいました。昔ながらの温泉宿というふうでしたが、ロビーや廊下にはとてもすてきなアートが掛かっていて、調度品や家具も無垢の木製で、気持ちよかったです。

Img_1476 アート作品はどれもキャンバスでなく、板に描いてあった。国松希根太 さんという方の作品。後でググったら、宿と同じ白老町にある飛生アートコミュニティーを拠点に制作活動をされている方でした。どれもとても惹かれた。

* * *

Img_1448Img_1456 Img_1452_2翌朝、宿のまわりを散歩してみようと降りていくと、ミニゴルフをしていたおじさんたちが「遊歩道はあっちだよ」と教えてくれて、言われたとおりの方向へいくと草木のあいだにほそく踏みしだかれた道があったので、歩いて行ってみました。海をもっと近くで見下ろせるところまで歩いていけて。アカナラの木(かな?)や野草、きれいでした。

戻ってきた後、ここのミニゴルフの係の人らしきおじさんに、「あそこの道を行っちゃったの?今は閉鎖されているんだよ」と言われました。「え!ゴルフのおじさんたちに言われたとおりに行ったんですが」と言ったら、「今は危ないから閉鎖しているの、草も刈ってなかったでしょう」と。でも無事に帰ってこれてよかったと思いつついたら、おじさんは別に怒っていたわけでもなくて、いろいろとお話をしてくれました。

おじさんは登別の方ではなく、伊達の出身とのことでしたが、ここらへんは昔は馬で舟を引いて陸に上げていたこと、宿の敷地になっているこのあたりは馬が草を食べる場所だったこと、など教えてくださって。特にそういう質問をしたわけでないのに、教えてくださって興味深かったのと。。。

あとふいに、この虎杖浜は夏はキャンプ場になる、と話し出されました。夏には浜で水道も通るからテントを張ってキャンプできる、と。まるでキャンプ好きの私の脳内を読んでいるかのよう???でした。夏以外の季節も、そこの浜の手前に家が一軒見るでしょう、あそこの(ま)さんはやさしいから、水がない時期は(ま)さんからもらえる、とおっしゃっていました。後でネットで虎杖浜のキャンプ場について検索してみたけど、見当たらなかった。ローカル限定のキャンプじょうなんだろか?と思いつつ、いつかここでテント泊してみたいなあと夢想しています。

Img_1478 この日はこの後、バスで登別から空港へ。バスの出発時間までしばらくあったので、バス停の横の券売所のおばさんに荷物を預かってもらって、となりのスーパーでアスパラやしいたけなどをおみやげに買いこみました。この券売所にはきれいなディスプレーがあって、その真ん中には昔の大鋸(おが)に、森で過ごす子どもたちの絵を描いたものが、飾ってありました。

* * *

疲れ果てた精神状態で、毎日泣きすぎてまぶたがふくれたまんまの顔で飛んで行った北海道だったけど、お会いした動物や草木や人や、温泉のお湯や海の幸や、アートのおかげさまで、だいぶん持ち直せた感じでした。ほんとうに、みなさま、ありがとうございました。

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2017.07.09

どこかに参ってみた

Img_0737 6月中旬以降の日々は、だいぶんきつくて、それで追いつめられたようになって思い切った行動に出て、とっさに北海道に行き、鹿児島へも行きました。今、少し落ち着いてきたので、北海道と鹿児島のことを書こうとしたんだけれど。。。その前に行った旅のことも思い出されてきたので、順番に、書いてみることにしました。

だいぶん前のことなんだけれど。。。。たまっていたJALのマイレージが3月一杯で期限切れになるとのことだったので、「どこかにマイル」という6000マイルで国内航空券と引き換えられるプログラムに3月31日に申し込みました。そしたら那覇へのフライトが当たって。。。4月に急きょ沖縄へ小旅行へ行きました。

沖縄の旅は、相方が小島さちほさんのを教えてくれて、どんとさんと彼女が移住した南城市の玉城エリアに惹かれたので、そこへ行ってみることにしました。

那覇に夕方について、その日はエアービーエヌビーで見つけたお部屋に荷物を置いて、20分ほど歩いてcelloというカフェへ。相方の友人の(た)さんと落ち合って、お茶/おゆうはんをご一緒しました。celloは、こじんまりした、居心地のとてもいいカフェで、(た)さんのおともだちがやっています。(た)さんは関東から沖縄に7年前に越してこられたのだけど、移住のきっかけとなったのがこのカフェのオーナーだったそうで。店内には画家であるお父さまの作品がそここに飾ってあったのだけど、そのどれもが、こころに、うれしかった。

どうもここにいると気持ちがいい、ということを(た)さんに伝えると、「ここは神社みたいなところだって言われてるんですよ(笑)」と。なるほど、とうなづけました。

翌朝は、(た)さんに教わった金壺食堂に朝食を食べに行きました。台湾素食(ベジタリアン)のビュッフェ形式の朝食で、とてもおいしかった。お店を男女のきょうだいが営んでいらして、このおふたりはこちらのお生まれ。ご両親が台湾の方だそうでした。どれをたべても精進だというのは、ほんとにいい。。!

このあと、今夜の宿を予約した、那覇の南にある奥武島へ、バスで向かうことにしました。が、何時にどこからバスが出るのかわからず。。。とりあえず金壺食堂を出て大通りに出て見たら、バス停があったので、そこで腰掛けて、ネットで調べていたら、目の前にどうも目的地行きらしいバスが来ました。運転手さんに確認したら大丈夫とのこと。乗り込み、終点まで行きました。

終点の百名バスターミナルで降りるときに、運転手さんにみーばるビーチはどう行けばいいかを教えていただいて、歩いてビーチへ。道は坂をどんどん降りていくので、キャリーの手を離してかばんを転がしたりして遊びました。

Img_0674_2 ここのビーチは人工ビーチではない、自然の浜です。白砂が裸足に心地いい。。到着した時間は波がだいぶん引いていて。ぼんやりと見てたら、遠浅になった海の中にジープがどんどん入っていき、水の中を走って船のところまで行くのが見えました。びっくりした。

Img_0684 その後、グラスボートに乗ってみよう、ということになって、乗り場で待ってたら、さっきのジープに乗せられて、ずんずん海の中に入っていくことになって、わー、と思いました。

遠浅のときは船が船着き場までこれないために、こうしてジープで送迎するらしかった。腿くらいまで濡れてもよければ、水の中を歩いて船に行くこともできるけど、全員をてっとりばやく船にのせられるのがジープ送迎なのでした。

Img_0686 グラスボートはさらに沖のほうへとゆっくり進みながら、ポイントポイントで少し止まって海の中のお魚を見せてくれました。ごく浅いところから水深30メートル地点まで案内してもらいました。三ツ星クロスズメダイ、かわいかった。。

そのあと、浜でお昼を食べようと心づもりしていた浜辺のカレー屋さんが定休日で、ショックでしたが、まわりにはほかに何もなさそうだったので、宿のある奥武島に向かうしかないかな、とカレー屋さんの向かいの船着き場にいたおじさんに、奥武島まで歩いていけるかどうかを尋ねると「うん、行けるよ」とのこと。ついでにここらへんでお昼を食べられるところはあるでしょうか、と聞いたら、奥武島へ行く道の途中の「浜辺の茶屋」というのがあるよ、と教えてくださいました。

Img_0699 で、少し歩いたら、浜辺の茶屋があって。。。そこはなんと、今回の宿をどこにしようかネットサーフィンしてたとき、たまたま出てきた写真――窓を開け放ったすぐ向こうに青い海が広がっている写真――の、その場所でした。てっきりあの写真はどこかの宿なんだと思っていたし、その宿が見つからなくて残念だけどでもきっと高いよね、とも思ってたのだけど、まさにここがそこだったのでした。

浜辺の茶屋は小島さちほさんの本の中でも名前は聞いていて、奥武島の近くだから行きたいね、と思ってたけど、あの写真の場所だとは思っていなかったのでした。

窓沿いのカウンター席に通されて、真下の海を眺めながらお昼をいただきました。気持ちよさ半端ありません。しかし今は干潮で海は遠のいてるけど、こんな浜辺に建っていて、台風とか津波とか大丈夫なんだろか、と思いました。見ると、窓のひさしになっている木の板は、そのまま下に閉じると雨戸になるようなしくみになっていました。

あとから、浜辺の茶屋のこれまでをドキュメントした本を、関東に帰ってから読んだけど、なかなかすごかった。この地に生まれ育った稲福信吉さんが、なにもない原野だったこのあたりに、もともとの自然のありようが活きるような土地造成をして、「ゆっくり村」をつくる構想を持ったそうで、このカフェはその最初の一歩だったそうです。

Img_0730 こんな海のきわきわに建物を建てて、大丈夫なのかどうかは、これまで建てた人がいないから誰にもわからなかったそうで、わからないならやってみるしかない、と踏み切ったんだそう。手づくりで小屋を建てて、カフェをオープンして、何年ものあいだ、台風が来ても不思議とこの場所は無事だったそうです。ただ1度、台風で全壊したことがあって、そのときはまた建てなおしたそうで、これからも、「壊れたら、建てなおせばいい」というスタンスらしかった。「自然とともに暮らすとは、そういうこと」と、そう深く了解していらっしゃるところ、すごいなーと思いました。

このカフェ、今では沖縄のロケーションカフェブームの元祖として、連日にぎわっていますが、オープン当初はお客さんがほとんど来なくて、オーナー夫妻はだいぶん心配されたようでした。どうやったらお客さんが来てくれるか、四苦八苦するなかで、あるとき久高島の、ものが見える方から「あなたももっと遊びなさい」とアドバイスを受けて、お店の前の浜でカヤックに乗るようになったそうで、そうしたら、海からカヤックでお客さんの一団がやってきて、ここを気に入ってくれたそうです。そうしてだんだんとお客さんが増えていったそう。

このカフェから始まって、今は食事処や宿泊処、庭園など、”ゆっくり村構想”は現実化が進んでいるようです。でも新しく何かをつくるにあたっては、この地域の自然を壊さず、活かすことが、いの一番に大切にされていて。そのおかげさまでの、この居心地のよさなんだなあ、とありがたく思いました。これからもそういう場所として、育っていきますように。。

Img_0713 浜辺の茶屋から奥武島までは、浜沿いの遊歩道がずーっとあって、海を見ながらのんびり歩いていくことができました。橋を渡って奥武島へ行くと、すぐに「民宿おうじま」と書いたたてもののてっぺんが見えて、すぐたどりつけました。

Img_0749 瀬戸物のシーサーが座る門を通って、引き戸を開いて、こんにちはーと入ると、おばあちゃんが机に向かって書きものをしていました。写経かな? で、わたしたちを見てちょっとおどろいていらしたので、「少し前に予約したのですけど」と言ったら思い出したらしく、快く受け入れてくださいました。

海の見える小さなお部屋を案内していただいて、一息ついて。奥武島で有名なてんぷらを食べに行こうと、階下へ降りると、おばあちゃんがまた写経をしていました。が、写経だと思ったそれは、実は原稿でした。なんでも明日から、大阪の中学校の生徒さんたちを奥武島でのステイに受け入れるらしく、その開会式でのあいさつが、今回は自分に回ってきちゃったから原稿を書いている、とのことでした。

えんぴつで、たてがきで丁寧に書いていらした。で、「ちょっと読んでみるから、聞いてもらってもいい?変なとこがあったら教えて」と言われて、聞かせてもらいました。最初のほうにうちなーぐちでの言い回しが織りこまれていて、すてきなごあいさつでした。

Img_0751 「てんぷらを食べる予定ある?」と聞かれたので、「予定ある!」と答えると、「じゃあ、長命草をあげようね」と言って、建物のふちに生えている長命草(写真の)と、ういきょう(フェンネル)と、くわの葉をいっぱいくださいました。「これを巻いて天ぷらを食べると胃がもたれないのよ」と。

橋をわたったすぐのところのてんぷら屋さんは、今日は臨時休業だったので、別のてんぷらのお店に行こうと、あてもなく歩きだしました。すぐそこらへんにあるだろうと思ってたのだけど、なくて、島の逆側の浜辺に着いてしまい、そこから左回りに浜沿いを歩きました。何もない。。。

すると「竜宮神」という書いた立て札があったので、「行ってみようか?」と降りて行ってみました。海から、ハート形の岩が突き出ていました。それを眺めるのにほどよい距離にある手前の岩場に降りてみると、祈りの場のような跡がありました。お金が置かれていて、火を焚いた跡も。我々もそこでおじきをしました。

そこからさらに島の入口方向へ歩いていって、途中で相方がやおら右手の森へ足を踏み入れました。後でわかったのだけど、そこらへんも東之獄(アガリヌウタキ)という聖地があったらしかった。

Img_0775 島の入口、北側に来ると、てんぷらのお店が開いていたので、「さかな」「いか」「海ぶどう」のてんぷらを注文。揚がるまでのあいだ、向かいの船着き場でハーリー船を眺めました。立派な木舟。揚げたてのてんぷらに長命草の葉っぱを巻いて、港の端っこに座って食べました。おいしかった!

この日は橋を渡った本土側の海辺にある、もずくそば屋さんでおゆうはん。宿のおばあちゃんの義理の娘さんのご実家がやってるお店だそうで、「もずくそばのお店は沖縄全体でも3軒くらしかないのよ」と教えてくれたのもあって、ありがたくいただきました。

Img_0718もずくを練り込んだ麺の上に、生もずくと酢もずくをトッピングしていただきます。わたしの祖母は酢もずくが好物だったけど、わたしはそれほど好きだと思ったことがなかったので、あまり期待せずに食べたのだけど、ここのもずくはとってもおいしかった。。!後で宿のおばあちゃんに、この酢もずくがここらへんのみなさんのスタンダードなもずくの食べ方だと聞きました。ただの酢醤油ではなしに、だし汁とみりんと醤油に少しだけ酢を入れるんだそう(酢も強いのと弱いのと2種類あって、それを混ぜて使うんだそうです)。

Img_0732 夕食後、おなかいっぱいだったけど、また散歩がてら浜辺の茶屋へ。夕日がほんのり空に映える頃に到着。昼間は混んでたけど、夕方からは空いていて、そして潮がえらく満ちていて、まるで別の浜のようでした。

イソヒヨドリが、陽が暮れてもまだ眼下の浜のあたりにいたので、小鳥が夜に出歩いてて大丈夫なんだろか、と心配になりましたが、後で調べたら、イソヒヨドリはけっこう夜更かしすることのある小鳥なんだとわかって、おもしろかった。。たいへんうたが上手で見事でした。

浜辺の茶屋でまったりして、真っ暗な中を宿までナイトハイクしました。風が気持ちよくて、星も少し見えた。宿につくと、相方は沖縄のもずくについてひとしきりネット検索をして、沖縄のもずく生産量はぶっちぎりで全国トップだと教えてくれました。知らなかった。。もずくどころだったとは。。どおりでおいしいわけです。

翌朝は、母のお葬式の夢をみて目覚めました。昨日、奥武島でお葬式があったせいかな。。散歩に出ようと階下に降りたら、宿のおばあちゃんがバナナ牛乳をくれました。冷凍して半解凍した島バナナをマグカップに入れて、スプンでつぶしてから牛乳を混ぜたらできあがり。とってもおいしかった。しばしおばあちゃんとおしゃべり。昔の頃、おばあちゃんが20になるくらいまでの暮らしのお話を聞かせてくださいました。

Img_0767 Img_0772 そのあと散歩に出て、いまいゆ市場へ行って、その場でつくってくれる海鮮丼と、さかなのフライサンドを買って(おばあちゃんからもらった葉っぱを挟んで)、ブランチに。港の舟倉のベンチをお借りして食べました。ねこたちがやってきた。

Img_0786嵐の予報だったので覚悟してたのが、晴れてきたので、観音様のお参りに行きました。鳥居には月が刻んであった。この島のみなさん、この海域の生き物や自然のみなさんのすこやかさと幸せをお祈りしていますと、ごあいさつ。

Img_0788 Img_0787Img_0789 そのあとお堂の左奥へ向かう階段が見えたので行ってみたら、さっと気の感じが変わって、ここが聖地だとわかりました。大木が岩を抱くように立っているところ、岩と岩の間にすき間ができていて、シダや木の根がびっしりと生えているところ。。。見ると中之獄(ナカヌウタキ)と書いた看板がありました。木々が神々しいし、木漏れ日もめちゃ美しい。でも蚊もたくさんいて、2人とも4カ所くらいずつ刺されました。

鳥居の外に出ると、そこに島じゅうの聖地(ウタキ)の地図がありました。昨日行った竜宮神もそうでした。

Img_0792 蚊にさされて暑くもなってきたので、橋のたもとでひと泳ぎしよう、と思い立って、宿で水着に着替えさせてもらって、タオルだけもって裸足のまま浜へ。すきとおるエメラルドグリンの水に首までつかりました。海水につかると蚊にさされたところのかゆみがすぐに引きました。砂浜には大小のカニがたくさんいた。背中が薄紫色のかわいいカニも。

体を拭いて、あったまったアスファルトの堤防に腰掛けておしりをかわかして、宿へ戻って着替え。シャワーせずに着替えたら、「ほんとにシャワーしないの?かゆくならない?」とおばあちゃん。けどお肌はしっとりしてたし、その夜にはサラサラでした。

Img_0712 ちょっと水に入っただけだったけど、2人ともすごくさっぱりして、また荷物転がして浜辺の茶屋へ行きました。心配だった嵐は来なかったばかりかどんどん晴れてきて。お昼過ぎに茶屋について、お昼ごはんをいただきました。看板ねこちゃんは今日もぐっすりお昼寝。ゆっくり日記など書きました。後のほうで、昨夜遅番だったにいにが出勤してきて、「今日もありがとうございます」と声かけてくださいました。通い過ぎだので覚えられてしまいました。。。

この日はこのまま那覇へ出て空港へ、という日だったので、浜辺の茶屋から歩いて新原(みーばる)バス停へ。昨夜、茶屋のにいにに聞いて、そこまで歩けると教わっていたので、安心して行きました。バスで開南へ。

アーケードのエリアを歩いて、どこかおいしいコーヒー飲めるところは、と地図を見てみていると、自転車で通りすがったおじさんが「どっち行くの?」と声かけてくださって。「実はおいしいコーヒーが飲みたいだけなんですが、いいお店知っていますか?」と聞いたら、「ああ、知ってるよ、じゃ、一緒に行きましょう、こっちです」とどんどん歩きだしました。

歩きながらお話をきくと、生まれは奄美で今はこちらにお住まいだとかで、学生の頃は東京にいたそう。旅行が好きで、このあいだも「8000円でタイに行ける切符見つけて1カ月行ってきた」と楽しそうに話してくださいました。なんかさわやかでおだやかなおじさんでした。

案内してくださったのは、なんと台湾茶専門店。お店の前まで来て、「じゃ」とさっそうと自転車を走らせて去って行かれました。路地のうーんと奥まったところ。おやじさんにコーヒーを注文して「ここはどこでしょうか?」と地図を広げて印をつけてもらしました。相方が行きたがっていた牧志公設市場のうんと近くでした。

Img_0812 Img_0845 公設市場には、閉まる5時ぎりぎり手間に入ってみれました。カラフルなお魚がお刺身になるんだ!とびっくり。そのあと市場の外のアーケードをぶらついて、おみやげをちょこちょこ買いました。月桃の葉っぱに包んだムーチーは、月桃の殺菌作用で常温で4日持つんだそうで、南国なのにすごいと思った。

牧志駅からゆいレールで空港へ。空港でおゆはんを食べて飛行機に乗り込みました。2泊3日のあっという間の旅だったけれど、心配性・焦り症のわたしが少しだけ「ま、いっか」と意識の手綱を緩めてゆるく構えていられた瞬間があって、そのときにスルスルと物事が運んでいったのが印象に残りました。

Img_0729 そして玉城エリアはまたぜひ訪ねたい、、と思いました。行きそびれたところがいくつかあるし、わたしの大好きなミュージシャンの方も、ここにお住まいだったことがわかったしで。。。どんとさんもここでだいぶん幸せだったようで、浜辺の茶屋の前の海の上にステージをつくって、コンサートをしたりしていたと聞きました。お客さんは潮がみちてくるとひざまで水に浸かりつつ聴いていたそうで、それもまたいいなあ、と。。。浜辺の茶屋のオーナー夫妻の、自然とともに暮らすことの厳しさと喜びを全開で受け取っているところは、やっぱりすごいと思うのです(くわしくは、この本に。そして著者の方のブログも興味深いです)。そのエッセンスの端っこでもいいから、自分も欲しい。。

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2017.05.11

は~

昨夜あんなことやこんなことを思ったり書いたりして、一晩眠って、今朝起きぬけに思ったのは、ああ、ゴールデンウィークの合宿の日々を、オーガナイズ面で支えてくださってたスタッフのみなさまは、ほんとにすごい働きをしていたんだなあ、おかげさまだったなあ、ありがとうだったなあ、ということでした。

わたしは大変な思いをしている自分の体験に埋没していて、ほかのみなさんのことを振り返る余地もなかったのだなあ。ほんとうに深く埋没していたみたいです。

でも、出てこれたもよう。ようやっと。

まだ心の水面にはすぐ波風が立つ状態ではあるけれども、嵐はやり過ごしたのだと思う。

情けないけど、これが今の自分のありよう、力量、体質、気質、なのだなあ。。。

ありがたいことに、ゴールデンウィーク明けはまだお休みをいただけていて(翻訳仕事に切れ目ができたのは、もうほんとうにほんとうに久しぶりで。。!)、すごくゆっくり、休んでいます。家のことでやらなくちゃいけないことはいろいろあるけど、とりあえず、自分のリハビリを優先しています。

Img_0924 読みかけだった本を読了。『ユマニチュードという革命』。ユマニチュードは認知症の高齢者の方々のケアのためにフランスで考案されたメソッド。当事者の方々にとって、ほんとうに希望の光のようなメソッドだと思いました。

認知症の方は、認知の機能は欠けても、感情の機能は健やかに働いている、ということが、よくわかりました。怒ったりわめいたりすることがあるのは、感情の機能も損なわれているから、ではなくて、怒りたくなるまっとうな理由があるから。感情でわかることなら、伝えられるし、わかりあえる。そうやってわかりあえたときの、ご本人の喜びは、どんなに大きいだろう。。

コミュニケーションをするうえでの表現の仕方が、世間一般の人とは異なってしまうがために、人間以下のように見なされてしまうというのは、ほんとうに悲しいことです。

動物や虫に対してもそうだけれど。自分と同じ表現の仕方をしない相手の、存在のインテグリティと尊厳を、簡単に忘れないようにしたいです。忘れてしまいやすい状況であっても。。。違いはあっても橋をかけて、コミュニケートしたいし、少なくともお互いに平等な存在として、ただいっしょにいられれば、と願う。

自分が大事にしたいのは、そういうようなことなんだ、と改めて。上から目線でお世話したりかわいがったり指導したり、下から目線で従ったりあこがれたり教わったり、ということをしないですむ関係性の中に、身を置きたい気持ち。

そのためにはただ相手の存在の真実を見ることなんだろうけれど、それはなかなかにチャレンジだなあああ。。。

ユマニチュードのジネストさんが言っていた、奉仕の概念にはそもそもキリスト教的な影響があること、そこのところは、もうすこし自分の中でもよく見ていったほうがいいところだと思っているところ。相手のためになることをしているはず、という意識について。。

* * *

Img_0925 もう1冊、精神が大変なときに一番に手が伸びた本は、ホクレア号についての本、『星の航海術をもとめて』。再読。ページを開くだけで落ち着く。ナイノアさんの声を思い出すと、霞がかかった自分の思考がくっきりしてくる感覚が来ます。

自分が生きているなかで、関わっていきたいことが、どのあたりにあるのか、再検討してみているここ数日なんだけれど、ホクレア号が意味することは、たぶん、自分にとってすごくセントラルなのだろうな。

そこにどう取り組んでいったらいいのか、よくわからないけど、とりあえず、心のレーダーが反応していることは気に留めておく。

* * *

Img_0881 ゴールデンウィークの合宿でのお仕事には、会場から歩いて30分くらいのキャンプ場から通いました。それもチャレンジを増やした原因にもなってたけど(雨が降って地面がゆるんでペグがゆるんでテントが倒壊したらどうしよう、とか、会場に遅刻せずに行けるかな、とか)、でもチャレンジを上回る恩恵がやっぱりあった。

Img_0891 4泊したけれど、毎朝ろうろうとうたうオオルリの声で早くに目ざめました。今年は毎朝すっきり晴れて、ほんとにありがたかったです。朝日が木々のあいだから差し込むなかで、朝ごはん。1日目は慌ただしく食べて焦りながら出かけたけど、翌朝からは段取りも慣れて、早起きもできて、すこしゆっくりできました。持参したハワイコナのコーヒーをお外で。Img_0880

うちのテントのすぐ近くで毎朝うたってくれてたオオルリは、うたがほんとうに上手で、いい声で。しかもクリエイティブ。基本のフレーズがあって、そこにとてもさまざまに毎回違うバリエーションをつけてうたいついでいくスタイルです。ずうっと聴かせてもらえて、たいへんありがたかったです。

Img_0879 夜は早めにキャンプ場に戻って、キャンプ場となりのお風呂に入って早めに就寝する予定でいたけど、合宿会場を出るのが遅くなる日もあって、お風呂に入れなかったり、まっくらな夜道を歩いてもどってくることもありました。相方と別々に、ひとりで夜道を帰ってきた日は、膨らみつつある月明かりのもと、明かりなしでキャンプ場までずっと歩きました。いわゆるナイトハイク。

暗闇にまぎれて歩く自由を体感しました。暗さに慣れてくると、いろいろよく見えるし。闇にまぎれられるのは、安心感がありました。たまに車が通ってヘッドライトが近づくと身を固くした。つくづく、自分にとって怖いのは人間なんだなあ、と思いました。

とはいっても、キャンプ場でキャンプをしている他の家族連れなどは、怖くなかったです(あたりまえか)。テントの入口の扉を開け放って、木々を見上げながら寝ころんで、そのうち眠ったりしました。

キャンプ場のおじさんは、年に1度しか行かないけど、ほぼ毎年この時期に行っているせいか、わたしの顔と名前を覚えてくださっていて。。いつもちょうどいいタイミングでぽっと手を貸してくださるのだけど、今回も。撤収を始めて、事務所へ返しにいかなきゃいけないレンタル毛布をたたんでいたら、ふらっと「生きてる?」と言ってサイトに現れて、しばし立ち話。。そして「あ。じゃ、それ、もらっていくわ、ついでだから」と毛布3枚をかついで行ってくださいました。

あのさりげなさ、毎回不思議。どういうふうにしたらああなるのかな、と。

撤収をみんなおえて、事務所にあいさつに行って、「となりの温泉に入ってから帰りたいので、それまで荷物をサイト脇においておいていいですか、とられて困るものはないので」と言うと「いいですよ~、じゃ、おれがもらっとこう」。最後にお礼を言ってさよならを言うと、別れ際に一言、「じゃ、お風呂でおぼれないでね~」。まじめなのかふまじめなのかわからない抜け加減に、なんか救われました。

Image_xlarge3 Img_0894Img_0904 乙女の森の木々にも草花にも小川にも小鳥にもおじさんにも、ほんとうにお世話になっていて、ありがとうの気持ちです。Img_0898

今年は自分には大きめなチャレンジをして、神経がくたびれはててしまったけど、焚火のパチパチいう音や煙のにおいも心の鎮静剤になりました。Img_0912

あのキャンプ場が変わらずありつづけてくれていて、ほんとにうれしい。

あのキャンプ場も、やっぱり、皆が過ごしやすいように整備して、草を刈ったり枝を払ったり薪をつくったり(手で割っていました)、トイレや炊事場をお掃除してくださったりしている方々のおかげさまであんなに快適に過ごせるんだなあ。。。ありがとうございます。

さて、今度は、もうちょっとがっつり遊ぶキャンプに行きたいなあ。。



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2016.08.20

夏の記憶&ミニスツールづくり実験のつづき

20160805_203009 今年は、蝉の声を聞くと無性にうれしくなります。そして、びっくりなことに、おととい夜だったかな、早くも鈴虫の声がしました。

旧暦で秋の月に入ったら、風の湿度がぐっと下がって、白百合も咲きだして、季節のめぐりを感じました。台風が来始めて、今は雨の多い地域のことが気がかり。。。

この夏は、わりと近場で楽しく過ごしてました。最寄駅近くのブラジリアンバーに誘ってもらってライブを聞きに行ったり♫

初めて姪っ子と姉がうちに遊びにきてくれたり♡

相方と空いている浜に花火を見に行ったり!!20160805_204743

一緒に海水浴に行きたいと声かけてくれたともだちたちのおかげで、浜で朝から晩まで浜で過ごす、豪華版海水浴を2回もできたのもうれしかったです☆ 今年は例年以上に海水浴をまっとうに楽しみました。

20160730_101924_2 (り)さんと行った1度目は、あお向けに浮かんで空を眺めてたら、太陽のまわりにおおーきな丸い虹が。この日はおゆうはんを波打ち際で食べていたら、海の向こう、水平線のとこにちいーさく花火が幾度もあがりました。赤い星が明るく輝いているのも見ました。あれはさそり座のアンタレスか、それとも火星か、どっちだったろう。。いい夜でした。

20160812_084328シュノーケルをしてみたいという(ひ)さんの一言がきっかけで出かけた2度目は、いつも行く浜でシュノーケルもして、焼き魚にしたらおいしそうな大きなお魚や、黒いボーダーがお似合いのお魚、ほぼ砂に同化している保護色のお魚など、予想外にいろんなお魚を会えて、すごく楽しかった!体長30センチくらいの魚の群れが向こうから来て、わーっと両側をはさまれた瞬間もありました。迫力あった。。

ちょっと深いところでシュノーケルしすぎて体が冷えてしまって、波打ち際の平たい岩の上で、お湯のようにあったまった海水に浸ろうと、5人でならんで「寝湯」したのも楽しかったです。

お魚があまりいない場所でも、シュノーケルをつけてうつぶせて海に浮かんでいると、白砂の海底に光の波紋がゆらゆらゆれて、天国のようでした(この日は特に水がきれいで)。あの波紋を眺めているのは、相当幸せ感がある。十代の頃から、水に入っているとき一番好きなのはこれです。

太陽が傾き始めた遅い午後に、きらきら光る水面を水平線にむかってずーっと泳いでいくのも幸せ。。。

そんなにものすごくきれいな青い海!っていうわけではない、近場の海でも、こんなに楽しいってすごい。そして大人になっても、こんなふうに海を一緒に楽しめるともだちがいてくれること、うれしいです(海の達人の友だちには、海水浴のかっこいい終え方も教わることができました)。ありがとう♡

それからもひとつ、今年増えた近場の楽しみは、うちから都心とは逆方面にある、すごいパフェを食べさせてくれる喫茶店。わざわざ電車にのって食べに行きたいお店です。

20160806_174437 二宮にある山小屋という喫茶店。お店の雰囲気もすごく気持ちよくて、ほんとうに山小屋みたいで。

このパフェがどうすごいかというと、フルーツもアイスもソースもトッピングも何種類もあって、それを自由に(いくつでも)選んでオーダーできるのです。どの組み合わせも同じお値段。この組み合わせだとどんな味になるのかな!?とわくわくしながら考える楽しさ。。。組み合わせによって、まったく違う味の世界が広がります。そして、いずれも後味はさっぱりとしていて、変に甘かったりしないのです。すごい。

20160806_174441_2 相方は、ここのパフェづくりの達人おすすめの組み合わせの「桃とタピオカのパフェ」が大のお気に入り。わたしは自分で選んで組み合わせてみるのにはまっています。

* * *

さてはて。まとまった休みがなかなかなかったのだけど、20160817_131137 数日前、長いこと途中のままになっていたミニスツールをようやっと仕上げました。

最初に、剪定した庭木のセンダンを切ったり割ったり削ったりして部材をつくったのが、2月末。ゆっくり乾燥させて、フレームを組み上げたのが6月6日。脚の面取りとオイル処理をしてフレームの仕上げをしたのが7月22日。ようやく座編みをしました。

20160817_114609_2ひとつめのスツール(大きいほう)をつくったときに余った麻テープが9.8mあったので、これで編んでみたら、ほぼちょうどぴったりでした。編み終わったら50㎝ほど余っただけでした。

2mm厚、2.5㎝幅、長さ25mの麻テープ一巻きで、ちょうど大小2つのスツールにちょうどいいとは、計算してなかっただけに嬉しかった!

20160817_132310 そしてもひとつ嬉しかったのは、計算したわけではなかったけど、ミニスツールが大きい方のスツールの下にぴたっと収まること。使わないときば、場所を取らずにしまっておけます。

 今回は長さ50㎝のうすべったいヒノキ板がたまたま手元にあったので、これを編み棒に使いました。あとは太めの編み針(編むときの道を開く道具)、かまぼこ板(編み目を押して整える道具)、ミニピンチ1つ使いました。最後の1列は苦労しました。ビニールテープと細い平たい棒でやりくりしました。20160817_131248

次の実験段階は、使い心地と耐久性を見てみること。今のところ、しっかりしていていい感じです。

20160727_112714 使い始めてしばらく経つ、大きい方のスツールは、わずかに座面がゆるんだかな、というのはあるけれど、フレームそのものはしっかりしたまま、元気です。これに数時間腰掛けてスプーンを削ったり、椅子にすわったときのオットマンにしたり、パソコンのちょい置き場にしたり、日々愛用しています。

ひとつ気づいたのは、樹皮を剥いでいないほうの脚の、樹皮がぼこっと出ている場所が、乾燥すると細かな木くずを落とすこと。はじめ、虫くいでも起きたのかなと思ったけれど、穴もなにもないので、ただ表面が乾燥して落ちるらしいことがわかりました。

つるんとしたままの樹皮がついている部分には、何も起きていないし……。

ミニスツールは、フレームの仕上げのときに、樹皮付きのパーツも、剥いだパーツも、すべて同じようにオイル仕上げをしました。もしかしたら、これで乾燥が防げて木くず落下を防げるかもしれないので、様子を見てみよう。。

今木くずが落ちてる、大きいほうのスツールも、今からオイルを塗ってみるのも一案かもしれないな。

悠長な実験が続きます。。。

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2016.01.25

あわただしさと、鮮やかさと

0045_xlarge今年はお正月も自分の誕生日も例年以上に実感のわかないままやってきていて、日々のあわただしさが際立っているのだけど、でも瞬間瞬間の鮮やかさはなぜか増しているようで。。。不思議な感じです。

20160117_091341 お誕生日はいつになくお祝いをたくさんしてもらって。。。お誕生日になる前から、「もうすぐお誕生日だから」とともだちからかわいい青い生き物の木製しおりをいただきました。木製のしおりは、箱根の寄せ木細工のものと、フィンランドの白樺のものとが最近わがやに来たばかり。ひそかにブームになっていたので、このメキシコのしおりもとってもうれしかった!

20160121_102529 お誕生日当日は、相方と温泉へ行きました。いつも体調管理のためにお世話になっている、家からわりと行きやすいところにある日帰り温泉。そこがやっている小さな湯治宿の棟に泊まりました。 Oyuhan_2 湯治宿なので食事も体のことを考えたシンプルな玄米菜食で、しみじみ、おいしかった。。。

お風呂→おゆうはんのあとは、はやばやとぐっすりひとねむり。夜中に起き出してまた掛け流しの内湯につかり、また眠りました。朝食の前にもひと風呂。。。眠る、お風呂に入る、おいしいものを食べる、川の流れる音を聞く。ひたすらそうやって過ごせて、しあわせでした。

朝食後もまた露天風呂へ入りにいって、湯けむりが朝日に照らされて天使の梯子になってるのを眺めました。きれいだった。

ここの温泉に併設されているカフェが秀逸で、暖炉でパチパチ火がもえてるのと、足元には真鍮のパイプが渡してあって、中を温泉のお湯がながれているのとで、あったかくて、居心地もすごくよいのです。温泉水で淹れるコーヒーがまた美味。コーヒーを一杯飲んで、この日は沼津へ移動して、沼津アルプスを歩きました。

0043_xlarge 沼津アルプスは、高度は低いけど表情豊かなルートで、本によると日当たりも眺めもよくて「夏以外ならいつでも快適」とのこと。行ってみたら、なるほど、気軽に登れる高さでありながら、予想以上に楽しい山でした。

0050_xlarge_2 いったん稜線まで上がってしまうと、右手にはずうっと海が。香貫台というところから上がったのだけど、落葉広葉樹の多い明るいお山でした。おもしろかったのは、異なる樹種同士がとても仲良しなようすだったこと。

0027_xlargeこのクスノキとカゴノキは、もう一体化しているといっていいくらい。もっと若い木々も、違う樹種同士がお互いに腕をまわしながら成長していたりしました。歳のいった桜の幹に、青々としたつた植物が這って上がっているのも、初めて見た。0029_xlarge

沼津アルプスを案内してくれた本には、「山はいつも近くにあって、行こうと思えばいつでも行けて、行けば必ずいいことがあります」と書いてあったけれど、ほんとうだ。。。

林を抜けると相模湾を一望に見渡せる岩場があって、ひだまりであったまった岩に腰掛けてお昼を食べました。たのしかったな。Numazualps

下山するあいだも林は明るいままで、快適でした。急な下りのときにひざを少し痛めたかな、と思ったけれど、市街地に出てすぐのところに日帰り温泉があって、そこで一風呂浴びたらけろりと直ってしまいました(筋肉痛や神経痛にいいお湯だったそう)。

* * *

沼津は関東からわりと近いように思うのだけど、でも関東ではなくて東海なのでした。それを実感したのは、パスモとスイカが使えなかったときと、もうひとつ、地元のカフェで「小倉コーヒー」というメニューにでくわしたとき。

食べ物で一番すきなのがあんこといちご(ベリー類)なので、迷わず注文、人生初のあんこ入りコーヒーを味わいました。オリジナルなメニューを出すお店だなあ、と感心したのだけど、後で東海圏の友人から「小倉コーヒー」は東海では定番メニューだと教わりました。「しるこサンド」という、ビスケットのあいだにあんこ味のクリームがはさまっているお菓子も、先日岐阜で初めていただいて感激したのだけど、このお菓子もやはり、東海圏のみなさんのあいだでは知らない人はいないみたい。。。カフェでは必ず小倉トーストがある東海圏。この小倉文化はなんなのだろう。引っ越したくなってしまいます!

小田原とか熱海とか沼津とか、気候も温暖で、海と森とが両方すぐそばにあって、小倉文化もあってよいなあと、しみじみ思う。

20160122_093512 沼津の八百屋さんでは伊豆のいちごを見つけました。大好きな小粒タイプ。お値段も1パック200円台だったので、自分へのお誕生日プレゼントに迷わず買いました。消費税分の小銭が足りなかったのだけど、倍音のでる渋い声で「へい、いらっしゃい、いらっしゃい」と言っていたおじさんは、渋い声で「サービス」と一言いって、おまけしてくれました。かっこよかった。。。このいちご、甘さとすっぱさがちゃんと両方健在で、最高でした。

そんなこんなで、温泉に山に海、あんこにいちご、と大好きなものに囲まれて過ごせてしあわせでした。これだけでももうものすごいプレゼントなのに、相方はさらに、すごくおもしろそうな本(『森は考える』と『ムーミン谷の夏まつり』)と、わたしが中学生のときに聞きこんだ懐かしい音楽のアルバムを、プレゼントしてくれました。

中学生のとき以来聞いてなかった曲に、じいっと耳をすませていると、懐かしくて死にそうに。。。音楽は本当にタイムカプセルで、開けたとたんに当時の鮮明な記憶がぶわーとあたりに広がる。。。

しかし今聞いてもかっこいい。というか、今だからこの楽曲のすごさがわかる部分もあって。「昔のわたし」にとって懐かしいだけでなくて、これを今聴いている「今のわたし」にも響く音だってことが、すごいことに思えました。初めて聴くという相方も、しびれていたし。。。ほんものは時代超えるっていうことなんだろか。

* * *

旧暦(太陽太陰暦)の大晦日ももうあとすこし。新しい1年、オープンでいること、正直であること、しあわせをちゃんと望むこと、ご縁や世界とのつながりを大切にすることを基本に、和やかに過ごしていけたら、と思っています。こんな時代だけれども、というか、こんな時代だからこそ。。。

ご縁あっておつきいあいいただいているみなさま(ひとも、ひとじゃないみなさんも)、今後ともどうぞよろしくおねがいしますm(__)m

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2015.09.27

少しずつ

20150922_153101 栗の渋皮煮、初めてつくってみた。前に相方のお母さんがつくってくれたのが、おいしかったので。重曹入れて煮ると、濃い色になってびっくり。楽しくつくりました。

Dsc00561_3 この栗は、岐阜への旅のとちゅう、郡上八幡の神社の朝市で売っていた栗を衝動買いしたもの。重たいのにリュックに入れて旅の間しょって歩き、夜行バスで新宿に帰りついた日には、栗入りリュックをしょったまま、また国会前デモへ向かったのでした。。。そんなわけで、わたしとしばし共に歩んでくれた栗であります。

安保関連法案のことでは、国会前に通ったり、国会中継を連日深夜まで見守ったり、ぐっと力を込めて過ごす日々がしばし続きました。改めて、今まで以上に、地に足のついた希望を持って、あきらめずに、ひとりの人間として声をあげていく基礎体力と基礎知力が、自分のまわりのひとたちに、そして自分自身にも、ついたように感じています。目先の結果や報道の内容に一喜一憂するところには、もういないのだなあ、と。

一気にガラリと変わるとかでなく、こうやって少しずつ、経験を経てレベルアップしていくこと、尊いな、と思う。

Dsc00548 とはいえ、直後の連休はやっぱり寝不足でヘロヘロになってしまって、すっかりリハビリデイズとなりました。ともだちが会いにきてくれたおかげで、ほぼ毎日海に親しんで過ごした。

遠方から車で来てくれた(み)ちゃんと、浜で待ち合わせをして、お互い遅くなって、同じタイミングで到着。夕日は見逃したけど、明るい三日月を眺めて、波に映る月の道を眺めたところから。。。

翌日はまた夕焼けアワーに、遊びにきてくれた(よ)さんと、(ゆ)ちゃんと浜へ。波打ち際が夕日に金色に光るのを、きれ~ い!としばし眺めているうちに、(よ)さんが、さささ、と水着に着替えはじめ、あっという間に入水。。。つられてわたしも入ってみたら、海の中のほうが外 より温かいくらい。気持ちよかった。。しかしこの季節にまだ海に入るだなんて、自分史上初でした。。

その翌朝は、「海辺で過ごしたい」という(み)ちゃんと、(ゆ)ちゃんと朝から浜へ。海には入れるかなあどうかなあ、と言いつつ、念の為水着を着て行き、結局また入ってしまった。。波があんまりなくて、ぷかんとあお向けに浮かんで空の雲をながめていると、音も水の中できこえる波音しかしないし、見渡すかぎり空だし、自分の中にわーわーざーざーと続いていたいろんな想いが、しばし、止まった。

海から上がって、太陽と砂のあったかさで体を乾かすために、3人で浜に寝ころんでおやつ食べて過ごして、「お彼岸に海水浴って、人生初だよ!」と笑いころげ。

Dsc00547 そのあと1日おいた次の日には、海外から来日中の(ひ)さんと、また夕焼けを見に浜へ。さすがにこの日はもう水には入らなかったけれど。。。富士山がさきっぽだけ見えていて、きれいかったので、砂浜に腰をおろして、素足を砂のお山のなかにうずめていた。風はすずしかったけど、砂の中のほうはあったかだったな。

* * *

特に休まるのは、しばし、自分の中のいろんな想いが止まるときなんだけど、サウナに入ると、やはりそのようになる。

ちょうど1年前、フィンランドに行ってサウナに入ってからというもの、サウナ、しかもロウリュ(水をかけてジュワーと出る蒸気を浴びるサウナ)が大好きになっていたんだけれど、そのあと、タナカカツキさんの「サ道」という本を読んで、初めてサウナと水風呂を行き来することを覚えました。その圧倒的な気持ちよさといったら。。!思考回路に「強制終了」がかかって、自分がまるごと体だけになるような、ただの生きものになるような感じ。

水風呂は静かにそおーっと入るのがコツ。水の中でじっとしていると、皮膚の周辺に「羽衣」ができあがります。それができあがると、もう水は冷たくなくて、ずうっと入っていられそうなくらいになる。これがほんとうに気持ち良いのです。

水風呂のあと、またサウナに入ると、こんどはサウナがさっきよりまた一段と気持ち良くなり……、サウナ→水風呂→サウナを何回も繰り返していると、もう圧倒的な心地よさ。

20140908_203307そういえば、たまたま滞在したピスパラという町にあったフィンランド最古のサウナでは、水風呂がわりに、みんな外の風に当たっていました。風に当たって涼んでは、またサウナに入る、を何度も繰り返していた。老若男女が皆体にタオル一枚まいた姿で庭先にたむろして、おしゃべりしていた図はある意味衝撃的でした。

あのサウナは、薪であたためていたサウナで、電気やガスとはまた違ってやわらかい温かさでした。北鎌倉の常楽湯も、薪で沸かしたお湯がすごくやわらかかったけど、どうして木を燃やした熱であたためると、ああいうやわらかーいあたたかさになるんだろう?

有機物と無機物の違いかな???

木々のこと、知れば知るほど、もっと知りたくなる。

森で木々とただ一緒にいるのももちろんだけれど、こうして薪になってくれた木々のあたたかさを経験したり、切った木からグリーンウッドワークで椅子やスプーンやいろいろをつくらせてもらう体験をしたり、そういうなかでもっと木々のことを知っていけるように最近は感じています。

20758931824_e375eb2959_m 今回の岐阜行きでは、森の木を切る(間伐する)ことの大切さも、実感したのでした。美並というところで、汗をかきかきレンタサイクルで星宮神社まで走ったのだけど、その地域の、巨大な杉・檜がそびえたつ薄暗い森に、圧倒されました。。。しかも森の神は女性が森に入ることを嫌う、という言い伝えを知ったりもして、すっかり気後れというか、気落ちしてしまったのだけれど、その後、森林アカデミーの裏山で小径木の伐採を体験させてもらって、また全然違う森だなあと体感したのでした。そこの森は、さまざまな樹齢の広葉樹も多い明るい森で、まめに人の手が入っている森。

昨日参加した、湘南海岸林のお手入れボランティアでも、生命力あふれる蔓草たちに敬意を払いつつも、それらがクロマツの木やそのあしもとの広葉樹たちの成長を阻んでしまわないよう、お手入れしていくことが大切なのだと知りました。真っ赤に透き通るかわいい実20150926_111326 をつけた蔓(ヒヨドリジョウゴ)もあったりして、忍びないな、とも感じたけれど。

それにしても、ほんの数時間森に入っただけなのに、海に少し浸かった日と同じくらい全身が心地よくくたびれました。道のついてないもモフモフの森に分け入っていくのは、海に入るのに近いものがあるのかも。

海も、森も、どちらも好きで仕方ありません。。。少しずつ、もっと知り合っていきたいなと思う。

しかし最近ブログを書くと、話が二転三転してしまうな。。。わたしの思考回路がそのようになってきた証拠かな。。さいきんいろんなことがうまく言葉にならない。。

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2015.09.03

はいあん

20150902_154824 暑い夏があまりにも突然終わってしまって、しゅんとしてしまっていました。相方は今年の夏は海で十分に泳げなかったことを嘆いていた。。。

そんなわけで、もう近所の浜の海水浴シーズンは終わったのだけど(監視員さんが常駐してくださる期間はすぎたのだけど)、相方が久々に連休をとった昨日と今日、一瞬だけだけれど、海に入ってきました。

海水浴シーズンが終わったことをきっと喜んでいらっしゃるにちがいないサーファーのみなさんの横で、泳ぐ。。。結構勇気がいるし気を使う。。。もちろん、サーファーに人気のない、波の立ちにくいスポットをねらって入るのだけど。

20150902_155054 今朝は午前の1時間だけ晴れ間になる予報だったので、朝起きて、パジャマから水着に着替えて、朝ご飯前にひと泳ぎ!気持ちよくて、どうして今年は夏のあいだにもっとこれをしなかったんだろう、と思いました。

まあ、今年の夏は暑すぎたってことか。。。

* * *

安保法案のことはひきつづき、がんばりどころで。。。でも先日の国会前を埋め尽くしたデモは、わたしにとって、今までで一番おだやかな気持ちで参加できたデモでした。

20150829_102954 国会へ行くまでの地下鉄の構内の歩道から、外に出た道路から、どこもかしこも、人、人、人。手作りプラカードの人、さりげなく「No War]と書いた小さなバッジをかばんにつけている人、ちびっこと一緒に来ている人。。。いわゆる運動家という感じの人がむしろマイノリティに感じるほど、ふつうの町中のように、世代もさまざまな老若男女が集っていたのでした。

もちろん危機感があるからあの場に自分も足を運び、数の1人になろうとしたわけなのだけど、でも小雨ふる中これだけの人がここで一緒に意思表示をしていることに、ほっとしたというか、なんというか。311後にあった6万人集まった脱原発デモのときも、似た感覚をもったけど、今回はその何倍も。

高校生、大学生のみなさんが特に心強くて。。そしてこの方たちのコールはリズム感もよくて、音楽みたいで、つい踊ってしまいそうになるくらい。この日もやっぱりみんなをひっぱっていたなあ。。

20140701_172853 あべはやめろ、というコールだけは声を合わせられなかったけど(あべさんがやめることで解決することなのかどうか、わたしにはわからないのと、あべさんに伝えたいのは「やめろ」ということでなくて、「平和憲法を活かした外交・国づくりをしてほしいです」ということで。。去年7月につくった写真のプラカードを今回も持参したのでした)、でも「戦争法案今すぐ廃案!」「廃案!」「廃案!」というコールは声を合わせました。

はいあん、はいあん、とみんなでいっていると、だいすきな台湾のシンガー、スミンさんのうたを思い出したりした。

台湾原住民・阿美族のスミンさんのつくるうたには、歌詞に「はいあん、はいやん」がいっぱい出てくる。日本語に訳すなら「えいさーはいさー」みたいな感じのニュアンスの言葉だそうで、阿美族に伝わるうたは元来そのように、特定の意味を持った言葉でなくて、どんな意味も込められる、自由度の高い言葉でうたわれてきたらしい。

スミンさんが「はいあーん」とうたうと、そこには大海原が見えたり、風が通るのが見えたりする。ほんとうにすごいすき。。。生で聞かせていただく機会も数回あったけど、ほんとうにやばいです、あのうたごえは。

中国語の歌詞をつけたうたも発表してはいますが、わたしがいちばんすきなのは、やっぱり「はいあん」がいっぱいでてくる曲たちです。

20150830_152045 そんなわけで、国会前で「はいあん」とうたいつつ、近くにいた家族連れのちびっこたちがかっぱをきてシャボン玉遊びをしてるのを眺めていた今回のデモは、わたしにとってはいつになくおだやかな時間でした。

小雨交じりの空に、シャボン玉、きれいかった。

日弁連(日本中の弁護士さんが加入する、弁護士さんの団体)の会長さんも、あのデモでスピーチをされてましたが、今回の法案で自衛隊が他国軍に提供・輸送できるとしている「弾薬」の定義の中には、法律上は核兵器も化学兵器も入り得る、そういうものになってしまっている、時の政権が解釈次第で乱用できてしまうあいまいさのある法律(政権にとっては自由度のある法律)が成立してしまうことは絶対にいけない、とおっしゃっていました。弁護士さんたちがそうおっしゃってることの意味を、帰り道、考えていました。

このニュースにもなっていますが、中谷防衛相は「ミサイルや手りゅう弾、クラスター弾、劣化ウラン弾も弾薬にあたり、輸送を『法律上排除しない』と説明してきたが、五日の特別委では核兵器も加えた。化学兵器の輸送も条文上は排除されないとし、核兵器を搭載した戦闘機への給油も『法律上は可能』と述べた」とのこと。)

日本の自衛隊が、どこかほかの国(アメリカなど)が参加している戦争に加担していくことには、ほんとうに賛成できません。どんな形であっても。

アメリカやイギリスという国はさまざまな大儀で武力攻撃をするけれど、私の知っているイギリス人、アメリカ人は、「(他国の政府や組織に)人殺しをしてはいけない、と伝えるために、人殺しをするなんてわけわからない」といいます。

国がする意志決定と、国民の考えは一致しないのが常なのかもしれないけれども、でも。

武力は解決にならない。力で言うことをきかせるやり方は、しこりを残してしまう。それは歴史が証明してる。グループ間の対話について、ほんとうにさまざまな洗練されたやり方が今は存在していて、それらをフル活用していくことを世界のリーダーたちが選ぶのだって、今はもうごく現実的になってる。

世界のリーダーたちだけでなくて、わたしたち個人のレベルでも、力で凌駕することを本当に卒業して、相互尊重を基本にしてくことが、これから当たり前になっていくんだろうと、思う。

今は過渡期だから、チャレンジもあると思うけれど。でも、これはぐるりおおきな輪を描いて、もとの場所へとたどりつくようなことなんだと、なんとなくそう思っています。

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2015.08.26

つながりの中から拾い上げてく

20150826_184131 今夜は夕暮れ過ぎに川べりを自転車で走ってたら、お祭り囃子が聞こえてきて、そしたら橋の上にぼんぼりをいっぱいつけたおみこしがいた。子供たちが太鼓を打ち鳴らして、大人たちが山車を引いていた。夕空の蒼にぼんぼりの灯が映えていて、きれいだった。笛のひびきも。一瞬時空をさらわれるような感覚になる、こういうとき。

さて、昨日会った(ふ)ちゃんから、以前わたしが好きだと言ってたアン・モロー・リンドバーグの本を読んだけどうんぬん、と言われ、え、その人知らないし、読んだこともないよ、(ふ)ちゃんそれは(ふ)ちゃんの夢の中での話だよ!と力説したら、(ふ)ちゃんと、あと一緒にその場にいた相方の両方から、なぜか逆に、その本を読むよう「夢」から呼ばれてるのはわたしのほうだ、という結論を出され。。。その本のタイトルは確かLife from the Seaだったなあ、と今朝起きぬけに思い出していました。

で、おととい行った、だいすきな鎌倉のカフェのトイレの中に張ってあった、「LIFE Sea」という、最近うちの近所にオープンしたらしいレストランのチラシも同時に思い出され。似ているな、本のタイトルとレストランの名前、と思ったのでした。

ということは、レストランに呼ばれている可能性もある、と考えて、翻訳仕事がたまってなくて久々の3連休目となった今日、行ってみちゃうことにした。

そこはちょうど、ちょっと前から気になっていた蔦屋書店というところに去年できたレストランでした(そうだ、そして昨日(ふ)ちゃんからは、この蔦屋書店もおもしろいから行くとよい、と強く勧められたのだった、彼女はこの近所に住んでいるわけではないのに、なぜかそこのことを知っていて)。初めて行く場所だったけど、行ってみたらば、いつもよく行く近所の植物園からほんのちょと先で、思っていたよりもずっと自転車圏内。こんなところにこんなのができてたとは、と驚く。。。

本とそのほかの生活雑貨(食品から身の回りの雑貨や衣類やまで)が有機的に混ざり合ってディスプレーされているおもしろい空間で、しかも買う前の本もゆっくり読めるソファや椅子がそこここにたっぷりあって、大変よいところでした。

20150826_171733 結構目立つところに、LGBT関連本特集のテーブルディスプレーなんかもあって。。奥のほうにはワークショップスペースや手しごとの作り手さんを応援するスペースなどもあり。。。レストランやコンビニやドリンクのカウンターなどが、本や雑貨の合間からふいと突然表れる。

で、LIFE Seaというレストランに入ってみました。居心地よく、お味もよくて、いいところだった。ホットコーヒーを飲んだのだけど、後でお店の中にあった冊子を見ていたら、ここのコーヒー豆を焙煎しているのが、あの鎌倉のカフェのオーナーだったのでした。なるほどそういうつながりがあったのか。

鎌倉の、ディモンシュという、あのカフェもそうなのだけど、ここLIFE Seaも、代表者の顔と名前がちゃんとわかって、何が好きでどういうことを大事にしてやってこうとしてるのかとかも、ほんのりわかる。非直接的にだけど、そういうことがコミュニケートされてる。こういうふうなのは、好きだな、と思った。

でもそれ以上は、ここに呼ばれた(?)意味は不明で。。。帰宅してから、今度はアン・モロー・リンドバーグを検索してみた。

そうしたら、彼女が書いたという、とっても気になる文章が出てきた↓

For Sayonara, literally translated, 'Since it must be so,' of all the good-bys I have heard is the most beautiful. Unlike the Auf Wiedershens and Au revoirs, it does not try to cheat itself by any bravado 'Till we meet again,' any sedative to postpone the pain of separation. It does not evade the issue like the sturdy blinking Farewell. Farewell is a father's good-by. It is - 'Go out in the world and do well, my son.' It is encouragement and admonition. It is hope and faith. But it passes over the significance of the moment; of parting it says nothing. It hides its emotion. It says too little. While Good-by ('God be with you') and Adios say too much. They try to bridge the distance, almost to deny it. Good-by is a prayer, a ringing cry. 'You must not go - I cannot bear to have you go! But you shall not go alone, unwatched. God will be with you. God's hand will over you' and even - underneath, hidden, but it is there, incorrigible - 'I will be with you; I will watch you - always.' It is a mother's good-by. But Sayonara says neither too much nor too little. It is a simple acceptance of fact. All understanding of life lies in its limits. All emotion, smoldering, is banked up behind it. But it says nothing. It is really the unspoken good-by, the pressure of a hand, 'Sayonara.

日本で暮らす身でありながら、「さようなら」とは、「左様なら(ば、仕方ない)」という意味だったと、初めて知った。「Since it must be so」と文字通り訳してあったおかげで、ああ、そうか、と。

リンドバーグさんは、この日本語の別れの言葉は、自分が耳にした世界のさまざまな別れの挨拶の中でも一番美しい、と言っていて、他の言語の別れの挨拶と内容を比べているのだけど、こういう感性を持ったリンドバーグさんに、関心が湧いた。

Giftfromthesea じゃあ、やっぱり彼女の本を読んでみるべきなのか、と思ってもういちどよく見たら、タイトルはLife from the Seaではなくて、Gift from the Seaだった。。。あれれ。。 ちなみに上記の文章が出てくるのは、彼女の別の作品、North to the Orient。このタイトルも、きれいだな。

両方とも、いつか読んでみたい本リストに、ほんのり加えておくことにします。さまざまな伏線とご縁をありがとう、(ふ)ちゃん。

(蔦屋書店の中で、もうひとつ、気になったイベントがあったのだけど、そちらのことは、まだ考え中。)

最近、どんなインプットを入れるかに、どうも慎重になっているみたい。ぼんやりしているせいもあって。でもここ数日は天国みたいに涼しくなって、だいぶんマトモに考えられるようになってはきてるけども、なんだか気を抜くと、やっぱりぼんやりがはじまるのでした。

* * *

ただ、ずうっと、楽しいはずのことをしても心が動かず、なにかをしようという意欲も湧かずだったのが、ちょっと上向いてきてるようではあって、おととい、近場の低山にハイキングにいってみたらば、想像以上に楽しかった。。とってもおおきな楠もいたし、樹齢750年のビャクシンの 木もいた、もう神話のなかの木みたいでした。Img_4119

食事中のりすにも会って、細い枝の上で宙返りして実をもいだり、となりの杉の木にとびうつって、後ろ足で幹に ぶらさがり、前足は両ひじをついて手に持った実をかじったり(おなかはぺたりと幹についてて、ちょうど床にうつぶせに寝転んで両肘をたててる人みたいなの が、バーティカルになったふう)、わたしからみるとどれも離れ業ばかり。でもりすにとっては樹上こそがホームで、くつろいだ自由な身のこなしは見ていてほ んとにあこがれた。

汗もかいたけど嶺を吹き抜ける風は涼しくて、快適で、あんまりあせベタにならなかったけど、でもハイキングしたら最後はお風呂で締めないと、と下山したところから一番近い銭湯に行ったら、古いけどこざっぱりときれいなとこで、脱衣かごが銭湯ではみたことないようなおおらかですてきな藤製のかごで、ロッ カーはなくて、お風呂のなかにはどどーんと本栖湖の絵。お湯がやわらかいな、と思ったの20150824_183328 で番頭さんに聞いてみたら、薪で沸かしてるからですよ、ガスと違っ てやわらかくなるんですよ、と、常連のおばさんとふたりで嬉しそうに説明してくださり。すごいですね、というと、またいらっしゃい、と。

いろんなありがたいことがあったのでした。有難い、の文字通り。。。

そうだ、そして、おととい、あの銭湯で使った、他では見たことがなかったすてきな藤製の脱衣かご。あれとおんなじかごが、今日、LIFE Seaでコーヒーを飲んだ時「荷物置きにどうぞ」と差し出されたのだったっけ。お手洗いは昔ながらのぽっとんで、湯沸かしは薪(銭湯横にうずたかく積み上げられた廃材たち)という、昭和15年(戦前だ。。)創業のあの銭湯と、去年オープンしたばかりのおしゃれなイタリアンレストランが、藤のかごでつながっていたのでした。おもしろいな。

ハイキングしてたとき、こんなして歩くだけでおもしろいんだから、いいねえと思ったけれど、ハイキングでなくても、近所をふらふらするだけでも、おもしろいことはあるもんだなあ。。

でもやっぱり元気が出たのは、なにより、山道の木々や動植物のおかげだと確信しています。そうだ、それも、今日行ったレストラン、LIFE Seaの代表者の相場さんが、お店の冊子に書いていた文章の中に似たようなことがあって、「お」と思ったのだったっけ。

ロンドンのPetersham Nurseriesというところへ彼が行ったときのお話なんだけど、この植物の巨大温室をそのままカフェにしたような場にいて、「とにかく心地いい」と言い、「植物=エネルギーなので、食事からとるエネルギーだけでなく、こうしても植物からも感じられるのはすごく贅沢。」と書いてらした。相場さんはそもそも、「外で元気に花や緑が生い茂る中で食事ができるレストラン」を夢見ていたそうで、その実現に向けて「1歩が踏み出されたような気がしています」とも書いていらした。

木々を眺めては「森林浴だ、森林浴だ」、鈴虫の声を聞いては「リンリン浴だ、リンリン浴だ」、蝉の声を聞いては「ミンミン浴だ、ミンミン浴だ」と、なんども相方とそんなことを言いながら歩いた山道。冗談みたいにいってたけど、ほんとうに、浴していたんだな。ありがとう、と思う。。。

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