2017.08.13

朝の記憶/ゼロ

8月8日に、ふいっと言葉が降ってきて、つきあってみはじめて、そこからちょっと続いています、断片化。

饒舌すぎる(自分でも後で読み返すのがつらいほど)長文のブログに、ストップをかけてみたかったのかもなあ。。それでも自分のことばを発しないと、職業柄困ってゆくので(人の言葉ばかり扱う仕事をしているので)、こういう折り合いの付け方が発見されて、お、となっているのかも。。

よりパーソナルに(好き勝手に)ことばを使えるぶん、今の自分のニーズに合っているのかもしれないです。記憶とか、自分にとって大切な事象や質感を、真空パックできてよいようです。

以下、8月9日のぶん。

+ + +

<朝の記憶>

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コーヒーを飲まなかった朝に思い出した
高校時代の制服は

水色のシャツに、みみず色のスカート

当時はイケテナイと思ってたけど
どうして今思うとなかなかいい

南の島だったからどこの学校の制服も
みんなはっきりした色だった

生徒たちの不人気があってか
制服が新しくなったときはちょっとうれしかった

洗練された(?)センスの
ストライプのシャツに、シティグレーのスカート

水とみみずはあっさり忘れられた

あれからしばらく荒れ地にいて
鈴の音を耳に沈めて
涼しく眠った

久しく日差しもなかったね……

目を覚ましたら、冥王星が降格していた

あきらかに
明るかったんだ

+ + +

<ゼロ>

内気でもなんでもない旧友に
打ち明け話をされて
心にのこる、個々のことばのさわやかさ

会って日が浅い友だちに
深い話をしたね今日はと言われて
不格好にポケットに手をつっこんだときの
ハテナの果ても

どれもかけがえない、崖からの景色

バライエティーとバランスの
楽しさと頼もしさ

みんな、星の冠をかぶってる
民主主義だ、たましいの

「中心は、外にはありません
中立は、中に立つということです」

ふふふ ふふふふ

ふがいなさが笑える
笑う藁しべ長者です

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2016.06.16

水の中の風

今夜はひさしぶりの、しずかな、ひとりの夜で、そとは雨。今日まで、ぎゅぎゅぎゅっと、いままでになくチャレンジなスケジュールで仕事がつまって、だいじょうぶかーと自分でも思うほどでした。でも、なんとか、ここまでこれた。。。よかった。

今朝は疲れていたのと、追われて逃げるときにうまく前に走れないという典型的な悪夢を見たのとで、少し家族にやつあたりしそうになったけど、そこまでひどい出方はしないですんで。。。がんばったし、つかれてるんだな、と気づけたのはよかったな。

濃密で大変だったけど、収穫やよろこびもいっぱいあった。海底の岩棚が少し動きだした、みたいな感覚もある。それはグッドニュースな感じもややする。。。

若かったころは、いつも、窓にかかっているカーテンをあけても形ばかりの窓枠があるだけで、枠の中はコンクリの壁がはまっているような、そういう感覚にとまどっていたっけ。「現実」に閉じ込められてしまっている感覚が常にあったというか。でもいつのまにかすっかりなじんで、「現実」のなかで楽しく過ごせるようになって、「大人になるってこういうことだったのかな」「大人になってラクになったなあ」と思うようになっていたので。。。このたびひさしぶりに、「現実」の向こうに世界があることを忘れてない人が訪ねてきて、「外はこんなですよ」と話を聞かせてくれたような、そんな日々でした。。。

いろんなことについて、考えが(思い込みが)動き出したなあと観察中。

ひさしぶりに、ほんものの未知と接点をちょっともっているようなふうだ。想定内の未知でない、ほんとうにどうなるかわからない未知。

そこの接点のとこから、ほそく、風が吹いてきてるような感じがある。

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2016.03.21

長いときの果てに

20160314_102338 昨日で、ここしばらくのぱたぱたデイズが一区切り。ぱたぱたしているあいだに、ずうっと前にまいた種がいつのまにか芽を出してました。すごいうれしい。でも、何の種だったか思い出せない(^_^;) 大きく育つまで、誰なのかわからないままです。。。

この2週間強のあいだ、家仕事の納品のために完徹夜・半徹夜を4度(もう徹夜はしないことにしていた近年だったのに)、外仕事の前夜にナーバスになってうまく眠れなかったことも2度あって、睡眠サイクルはめちゃめちゃで、そしてゆっくり座って出来事を消化したり、自分の気持ちをたどったりするひまがほとんどない日々で、こんなこと自分の生活上まれなんだけど、と思いつつ過ごしていました。

ただ、エネルギーをばんばん消耗しつつ、でもその渦中で同時にエネルギーがチャージされている(ときにはチャージが消耗をうわまわってたかもしれないくらい)というふうで、それもなんというか、あたらしかったです。

家仕事も、外仕事も、とてもチャレンジだったし、ときに苦しかったり怖かったりしたけど、でも自分にとってはうれしい学びとよろこびを伴う内容だったからかな。。。ありがたいことだな、と思います。

ただ、ふだんよりもたくさんの刺激をずっと受け取りまくっていた、ということでもあるので、やっぱり疲れや揺り返しがこれから出てくるかもしれないことも、心の片隅において、自分への接し方に工夫をしようとしている今日です。終わり方を工夫する、というのが最近のテーマなのでした。

まだ家仕事は未納のものが残っているし、家事もてんこもりにあるのだけど、今日はまずは少しゆっくりした自分を時間にあげることにしています。

* * *

そして、昨日は春分の日でした。おめでたいな!

チェロキーのネイティブアメリカンの方々も、春分の日にはお祭りをするそうなんだけど、そのお祭りで大事な役割を果たしてきたという、十字石という石が、数日前にわたしのもとに 突然やってきた、というのもあって、昨日はちょっと、地軸が太陽に向かって90度だということに想いを馳せていました。

Wc_equinox1920master_ipad_1920x0180 秋分~春分~秋分の地球を宇宙から見た動画をみつけました。「太陽にむかって地軸がいちばんふんぞり返っている時が冬至、いちばん深くお辞儀している時が夏至、直立の時が春分・秋分です。」という表現もみかけて、おもしろいな、と思った。

人間が長い進化の過程を経て二足歩行になった、そして手でいろんなことをするようになった、その進化のたまものである、わたしたちの中の直立性、垂直性について、アレクサンダー・テクニークの恩師、トミーが昨日までたくさん話をしてくれたのが、春分と地球と太陽とにつらなって、思い出されていました。

トミーにまだ面識がないときに、いきなりメールを書いて、突撃で彼の学校に教わりに行ったのがちょうど13年前の3月で、以後、間があいたりしながらもある程度コンスタントに会ってきて、これまで毎回いろんな複雑な気持ちになってきたけど、今回は本当にシンプルに、トミーから学びたいことがたくさんあるな、と思いました。というか、わたしが学びたいことは、こういうことなんだ、と腑に落ちたというか。

アレクサンダー・テクニークでは、レッスンの中で相手に手を触れる、という要素があって、それがどうしても自分には抵抗のある要素でありつづけてきたけれど、今回、はじめて、自分の奥のほうから、「その触れるというのを学びたいな」という気持ちが出てきた。それで、その気持ちを先生に表明して、教わるための実際の一歩を踏むこともできたのでした(でもその一歩の最中では「わー、できない、わからない、できない!」という激しい反応が出ちゃったけれど)。でも、自分の中では、ものすごく革命的なことだったのだし、この一歩は、自分にとっては、お祝いだなあ、と今、思っています。(そして「できない」という私にトミーが言ったのは、「誰でもできるんだよ、ただ慣れてないだけ。練習すればいいだけだよ」)

アレクサンダー・テクニークを仕事にしたいとか、教師になって人に教えられるようになりたい、とかそういう欲求とままったく無縁のところで、こういう「触れ方」を、ただそれ自体のために、身につけたい、と思ってもよかったんだ、と気づいたのは大きかったです。

わたしがアレクサンダー・テクニークをもっと深く学びたいと思った当時、レッスンをしている先生が東京にいなくて、それで教師養成校にいきなり入ったのだけど、そこでは「教師になるために」という前提がいつもついてまわっていました。自分も願わくば教師になれたら、いいなあ、と思ったりもしていたけれど、8年やってみて、自分は教師になりたくない、というか、ならなくてもいいんだ、そこは本当に自由に選んでいいんだ、と知ったときは、すごく自由を感じた。その後は、「人に教えるため」という前提のないなかで、ほんとうに自分自身のために(いったりきたりしつつ)学びを続けてきたのだけど、その「自分自身のために」という前提への切り変わりが、逆に「教えるために必要なこと」だとわたしが考えていた「手で触れる」という要素を自分からどんどん遠ざけたのでした。そうやって「自分自身のために」学び続けるなかで、思考に重きをおきまくっていました。

思考も、体も、まるごとのわたしの部分でしかない、その部分のひとつでしかない思考を、ずいぶん偏って使おうとしてたのかもしれないです。

あと、「自分自身のために」学び続けるなかで、自分をまわりの場や世界と切り離してとらえてもいました。このことは数年前から気づいていて、「かかわりの中にいるということ」についてもっと見て行きたいと思ってきてたのだけど、「かかわりの中にいること」の当時のわたしの定義の中には、「相手と物理的に触れあう」という部分は不思議と含まれてはいなかった。

やっぱりずっと、抵抗があったのでした。「触れること」へのこのおおきな抵抗感は、アレクサンダー・テクニークの教師養成校で学ぶなかで体験したことがベースになっていたのかな、とも思うけれど、実際はもっと根は深そうだな、とも今は思っています。

自分が物理的に触れられることが、好きではない。これはアレクサンダー・テクニークに出会うよりもずっと前に、わたしの体に深く刻まれていたことだったと思う。触れられることが、自分の尊厳や自由を損なうこととイコールだった体験が、あるからだと、思います。

アレクサンダー・テクニークの先生なり同級生なりに触れられるときは、もちろん、わたしの尊厳や自由を損なうのとは反対に、それらをより尊重したいがためだとわかっているし、そうだと伝わってもきます。それでも、それでも、、、わたしは自分が「受け身」になっているという状況のなかで、自分の自由がわずかに損なわれるのを、毎回感じていました。みずから選んで、そういう状況に入っていて、その体験から得られる学びのすてきさもわかっているのにもかかわらず、その「自由が損なわれる感じ」はかすかに、だけど根強く、残っていました。

今これを書いていて、おなかのそこのほうのかたまりが動く感じがしていて、泣きそうになってきた。。。

わたしは、その「自由が損なわれる感じ」に慣れているし、耐えるのも上手でした。ちょっとのことだから、がまんしていた。でも自分の側に、そんなふうな、かすかな「がまん」がある限り、わたしがすすんで、誰か他者に、手を触れたいと思えないのは、当然だったな、と今はわかります。(教師養成校に通い出した当初は、興味本位で、やみくもに触れてみたりすることもできてはいたけれど、でもそのときの関心は、単純に、自分が自分にワークしながら「触れる」と相手に何か変化が起こるのかなどうなのかな?というような好奇心で、「触れる」ための意図がめちゃくちゃでした。だから「レッスンをする」という状況の中で手を使う、というときには、まったくつかいものにならず、極力、手を使わずに、伝えられることを伝える、というほうへ向かうしかなかったし、なにより自分自身へのワークが十分でないから、そこをもっと見て行かないととずっと思ってきたのでした)。

わたしのなかにある、この、わだかまりが、とけてなかったことと、わたしが他者になにか働きかけをするとか教えるとかいうことをしたくなかったことは、つながっていたんだな、と今は思います。自分で実験して発見していくプロセスのほうに意義を見出してきつづけていたことも。

今でも、誰もが自分で実験して発見していくことが大事だと思うし、安心してそうできる場を提供するような学びの場がいちばん好きだけれど、そこのニュアンスが、ちょっと変わった気がしています。みんなが自力で独学でそれぞれにやってみる、ということのなかに、なにか「自」が「他」と切り離されているさみしさを感じるようになってきたかのような。。。

もうすこし、お互いにかかわりあって、支え合ってもいいんでないか、という感覚が来ています。なんでもできるだけ自力で、と思ってきたわたしには、相当あたらしい感覚です。「かかわりあうこと」には「相手の、自分の、自由や尊厳を損なうこと」が伴うと感じてきたのが、なんか、ほぐれてきたからかもしれないです。「かかわりあうこと」の意味が、「自由を尊重し合って、いまここにいるお互いの存在そのもののすてきさを味わいあうこと」や「ほんとうにお互いを支え合うこと」にもなり得ると、納得できたからかもしれないです。

言葉にすると、陳腐だけど。。。

でも、これがわたしが学びたいことだったんだな。。。お互いの自由と尊厳を踏みにじることなく、お互いになにかを押し付けたり期待したりすることなく、それぞれが、それぞれの、すっくと垂直したサポートの中に安心して居て、オープンマインドでいまここのお互いの存在のすてきさやありがたさを味わって、いっしょにいるということ。動物のみなさんや、植物のみなさんや、ひとのみなさんや、モノのみなさん、地球という惑星と、そうやってかかわりあうこと。。

それは意図や気持ちやこころざしだけでなくて、身体も含めた、まるごとのかかわりあいであっていいんだな、というか、まるごとであってこそコンプリートなんだな、と今、思っています。

そういうあり方が、可能だと、身をもって示してくれているトミーに、ありがとうと思う。トミー自身の体験談を話してくれる「おはなしの時間」や、科学的見地からの考察や、ポエティックなたとえや、身体での直接体験や、思い方での実験などなど、そのときどきでどこへ行くかもわからないものが飛び出す、まるでストラクチャーがないかのような多角的な教え方をする人だな、と思う。解剖学も脳神経科学も、物語もスピリチュアリティも、トミーの中には等しくあって、まるく(葛藤なく)統合されているのを感じる。74歳にしてあんなにすっきりとかろやかかつ、ごく自然な身のこなしをしていること自体、すごいなと思う。“白人”の人からはもう学びたくない、と思うことが多い自分もいるのだけど、「白人」というのも、うわべを見ているだけなんだな、とも思う。

うわべを通り越して、相手を見る/相手に触れる、ということのたとえに、トミーが「波じゃなくて、その下の海を見る/海に触れる」と言ってたのを思い出します。なるほどすてきなたとえだな、と最初思っていたけど、後から、これはたとえ話でなくて、トミーがカヤックにのって漕いでいたときの実体験から来ていたと知りました。パドルしていてもうまく進めなかった時、波じゃなくてその下の海に意識を至らせてパドルを握ったら、握り方が変わり、自分の背中で腕をささえてたのが、逆に腕が背中を支えるようなあり方に変わったこと。

「自分の体験から、伝えるんだよ」と何度も口にしていたけど、ほんとうにそれを実践しているのを知ると、毎回びっくりする。伝えてくれていることがらが、空気中に舞うだけの思考のかけらでなくて、ほんとうにすべて身をもって体験したことに根付いているって、シンプルだけど、パワーがあるなあ。。。

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2015.08.02

ラジオと天体と

20150726_120956 毎日暑くて、このところサラダばかし食べたい。最近のリピートメニューは、パンケーキのサラダのせです。マヤナッツを入れた甘くないパンケーキを焼いて、その上に手持ちの野菜を適当に盛る。粒マスタードとマヨネーズとメープルシロップを混ぜ合わせたソースをかけるのが、今年のマイブームです。お手軽でボリュームがあって、よいです。。

20150801_104518 さてはて。SONYのラジオが来ました。。!

おとといの深夜3時まで、7時間作業した分の仕事のデータが、なぜかフッと消え去り、昨日は切ない気持のままやり直しをして、なんとか約束した期日に間に合うようがんばっていたのだけど、そうこうしているときに、ラジオが届きました。

いろいろを終えた夜に、はじめてスイッチオンをしてみたら、思っていたよりクリアーな音が、小さなスピーカーから聞こえてきて、びっくり。

ラジオの番組表を持ってないので、適当にダイアルを回していくと、日本語、韓国語、英語、中国語、??語、さまざまな放送が聞こえてきた。灯台放送だけは周波数がわかっていたので、さっそく合わせてみたけれど、室内からではだめみたいでした(お外で今度ためしてみよう)。

いろいろ聞こえてくるなかで、とても奥ゆかしい女性の声の、日本語の放送があったので、興味をそそられてしばらく聴いていたら、それはFEBCというプロテスタント系キリスト教の放送局でした。毎晩1時間と少しだけ、やっているらしい。最後の最後に、お祈りがあって、そしてさらにそのあとに周波数やコールサインを言うのだけど、そのときにわかったのが、放送局が韓国の済州島にあるということ(不思議におもって後で調べたら、「日本の放送法では日本国内での宗教放送局の設置が認められていないため」済州島に移されたそうです)。

このラジオでの記念すべき初視聴は、プロテスタントの放送局。。。先日、プロテスタントに入信するには、「あかし」の体験がやってこないといけないのだ、だから自分が入りたいと思うだけで入れるものでないのだ、という話を聞いて興味をもったばかりだったので、若干ご縁を感じています。

しかしアンテナをひょいっとのばすだけで、室内のおふとんの上で(窓際でもないところで)きれいな音で受信できるとは、予想外でした。FEBCの後は、中国語の放送にダイアルを合わせて、直観的にこれはNHKの中国語講座!と思ったのを、しばらく聴いていました。久しぶりの中国語講座でしたが、解説者の方の舌たらずの話し方が懐かしかった。。。

今日の昼間は、英語の放送が出てきたのでしばらく聴いていました。ニュースなどを聴いてたのだけど、てっきりイギリスの放送局かと思ってたら、ニュージーランドの放送局でした。

20150801_123201 ラジオを聴いていると、久しぶりに手仕事をする気になり、ずっと懸案だったつくろいものをふたつ、やりました。やってみると簡単なことなのに、なかなかやる気力がでずにいたのだけど(このとこ全般的に何をするにも気力が足りない感じで)、でもやってみたら、そのあいだはちょっとほっこりと過ごせました。

* * *

遠く外国の地から出されている電波を、自室にいながらキャッチできることに、感慨をおぼえます。天王星は、占星術では水瓶座と結びついていて、その手前の山羊座の「ローカル性の縛り」を越える(空間を越える)性質が言われているけれど、ラジオが天王星的な機器だと言われるのもうなづけます。

もひとつ次の魚座(海王星)になると、空間だけでなくて時間も越えるわけなのだけど。そして海王星になると、もう機器はいらなくなるんだろな、という感じもするのだけど。。。(占星術的に、来年わたしはプログレスの月の新月を魚座で迎えることになっていて、次の30年サイクルはどんなふうになるのかなああと想いを馳せています)。

自分にとってラジオはひょっとして、p月新月を水瓶座で迎えたここまでの30年を、総まとめしつつ、次の魚座への道を案内をしてくれるデバイスなのかしらん?

* * *

時期をおなじくして、大好きな友人が、不思議なご縁があってホルストの『惑星』に合唱で出演したという話をききました。指揮者がフィンランド人女性だったこともあって、ぐっと興味がわいて、その演奏をBBCのラジオのネット再放送で聴きました。すごくいろいろにびっくりしましたが、特に、最終楽章の「海王星」は、からだに浸みいるようなふうで、その最終楽章の最後の最後に、友人が参加した女性の合唱(言葉のない声のみ)が入るのだけど、ふわあとまさに霧のように声がリピートしながらフェードアウトしていくとき、わたしの意識も飛びました。。。

http://www.bbc.co.uk/programmes/b063dgp0 (BBCラジオのネット再放送、期間限定なのですが)

この『惑星』のラストの女性の合唱隊は、ステージ外(見えないところ)に配置するよう作曲者のホルストは指示していたそうで、今回の演奏でも、友人たちElysian Singersのみなさんは、客席からは見えない天井桟敷で歌ったんだそうです。客席で聴いていると、天から降って来るかのように聞えたろうな。

ホルストが作曲した当時はまだ冥王星が発見されていなかったから、「冥王星」という楽章がない、というのも、ぐっときました。

冥王星が発見されるのは1930年になってから。そして2006年には惑星を「降格」して、今ではもう惑星のくくりには入らなくなっているので、今の時代はまた、ホルストの作曲したままの『惑星』がしっくりくるようになった、とも言えます。

冥王星の不在は、どんな意味なんだろうな。冥王星が担っていた役割は、今どうなっているんだろうな。。。

“戦争法案”は廃案を、と小さく声にしつつ、みんなの大きな声がひびきわたっているのを聴いている、この夏。「現実」という大粒の粒子と、星々の微細な波長、両方がお互いに浸透しあってそこにあることを思っています。

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2014.05.25

星々の運動

20140513_133648 ふだんの自分では考えられないような冒険をしつづけていたこの3カ月。

ここ何日かは、まつりの後って感じで、腑抜けています。

やる気さく裂しすぎというか。。。いや、本人のやる気はそこまでついていってないのに、事のめぐりがどんどん進んで、いろんなことが一気に押し寄せてくる感じでした。

自分にとって「3大やりたいこと」がだんごになってやってきたのには、ほんとうにびっくりしたし、「行きたいなあ、いつか」と夢の次元で思っていた場所に、あれよあれよと行けてしまったこともおどろきだった。

夢がすごい勢いで叶ってるのに、その渦中では神経が極限まで試されてるような感じで……うれしさを味わうヒマもないというか、なにがなんだかよくわからんようなふうでした。(でも立ち停まってふりかえると、やっぱり、楽しかったな、よかったな、と思ってもいるんだけど。)

同時に、人間関係でもいくつかパワフルな痛手を受けたりしていて、自分の感情との距離感も、すごく変わってしまったと感じられて、動揺したり。同時に仕事もめちゃくちゃたくさん押し寄せてきてた。。。

ここ数日で、怒涛の日々がようやっと、ひと息ついた感じで、ふと、占星術的なところへひさしぶりに目をむけたら、3月2日から火星が逆行していたのが、今月20日に巡行にもどったらしいことを発見。木星が3月7日に巡行に戻っていたらしいことも発見。

(ついでに、星の逆行は、逆行したあとすぐと、順行に戻るときが一番影響を受けやすく混乱しがち、なのだという説も見つけました。)

火星の逆行は、やる気の部分で過剰になったりから回りしたり、まったくやる気がうせたり、恋愛面で過剰な炎が上がるなどの出方をするらしかったし、今回の火星はてんびん座にいるので、1対1の関係性においてひともんちゃくあってもおかしくない、ということだったもよう。一方、木星はいわゆる幸運の贈り手。。。

なんだー。。。これを先に知っておきたかった。。。と、いまさらながら。

天秤座の火星、ということは、やぎ座の自分にとっては、角度的にも、特に影響を受けやすかったらしかった。

精神の天気予報として、星読み情報は定期的にチェックしておかないとだなあ。。。と改めて思った次第。

* * *

20140327_155528 で、ここ数日、しみじみと思う。。。過剰にどこかの極に傾いていく動きも、これ、自然の動きの一部。

傾きすぎたときに、そこにハマって固まってしまいさえしなければ(傾いたとこにいることが習慣化したりしなければ)、傾きはまたバランスよいところへ向かって修正され始めるはず。。。

一時的に大きく傾くことには、それなりの意味があるんだろう、ということ。。。季節がめぐるように。

アレクサンダー・テクニークも、野口整体も、どこかの極への過剰な傾き=こだわりを、ほどよいバランスのところへ戻すのにいいツールなんだと改めて思った。

「アクティブにやりすぎ」「働きかけすぎ」に気づいたら、もっと「しないこと」「ありのままを受け止めること」「ただ在ること」の方向を思っていってみる。

「自分」へのこだわりが強まりすぎてることに気づいたら、もっとまわりの空間や世界を意識に含めていってみる。

脊椎を縮めて自分を小さくする傾向に気づいたら、もっと長くのびのびと使うことを意識に含めてみる。

そうすることが、傾いていこうとする方向性をundoする、というだけのことで。過剰さ、傾きすぎをおさえるのために何を思うかの内容自体は、今どう傾きがちなのか、という気づきをベースに導き出されることで、誰にでもいつでも通用する普遍的ノウハウなんかではないということ。。。(広く他者と共通するものとか時間的歴史的に長いスパンであるがゆえに「普遍的」に見えるのものも、あるとは思うけれど)。

野口整体では風邪ひくことが偏り修正に一役買うことを承知の上で、風邪をウエルカムする。体調の変動があることを、問題視しないで、むしろウエルカムして、活用していくという発想。

望むらくは、そこからどこの極のほうへも軽やかに動き出せてさまざまな局面を体験していける「ニュートラルな場所」へ、戻っていくための動きが、しなやかであること。。。

その時々に、いろんな方向へ偏ったりこだわったりしつつ、常に動きがあって、その中でちょくちょくニュートラルな場所を通過していれたらいいな。どこか1つの”完成された”状態などがあるわけないのは(あったとしても一瞬でまた移り変わるのは)、星々の配置と同じ。

20140417_231211動きながら、さまざまな局面を体験していくことが、究極的には「自然」なのじゃないかな、と思われる。。。占星術のチャートでも、さまざまな局面を探索・体験していけるように、星々は12ある部屋をまんべんなく、くるくるとめぐりつづけるんじゃないだろか。

どこかの体験を「よい」と決めつけてそこに自分をフィックスしてしまうのは、たぶんよくやってること、わたし自身。渦中では気づきにくいし、「よい」と思ってるんだから疑いもしない。。。でも「よい」と思うことについてさえも、多少のゆとりをもたせておけるようでありたいな。

「よい」と思うものを他者にすすめようとするとき、広めようとするとき、もしくは求めようとするときは、特に。

「神さま」や「愛」や「平和」や「命」でさえも、なにごとにも、他者に平然と押し付けていいような「絶対」の価値はないと、思うこの頃。しなやかさ=動きの自由さ=自然の運動の中に、命や愛や平和いや神さまが宿ってるように、思えてる。物理的な動きも、目に見えない動きも、心の動きも含め。。。

まあ、運動も、自由も、行きすぎると自然から離れてしまうのだけど。。(自由が行き過ぎたら、一定の軸や骨組みのほうへ想いを向かわせていくフェーズへ。。。)

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2013.07.05

母のこと…大地のこと

20130520_120002 ひと月、ふた月くらい前のこと、ある朝起きて、思いました。

どんな人生も、ほかの人生とくらべて、「こういうほうがよい」「こういうほうがエライ」「こういうほうが素晴らしい」うんぬんはないんだな。

人の一生だけでなくて、ほかのものも(無機物も有機物も)、そうなのだな…。

* * *

20130622_185157 母を亡くして、世界がもう今までとは同じではないと、心底そう感じました。

こんなふうに感じるとは思ってなかったから、意外でした。

少し前から、もう旅立ちのときなのではないか、と覚悟はしていて、でもずっと最後まで、心の半分ではまた病状が回復に向かってすべてよくなって元気な母が戻ってくると思っていて、その両方がどちらもリアルに感じられて、どちらがほんとうの現実なのかわからなくて困っていました。

母が旅立つほんの2日前も、どちらが本当の現実なのかわからない、と泣いてた。

母が旅立つ前夜、私は母のもとに向かおうとしていたのに、体が地面の中に引きずり込まれるように重くなっていて、起き上がれませんでした…。この地面に引きずり込まれるような「引き」の感覚は、311の震災前日、渋谷にいた時に体験したものに近かった…。立っていられなくて、渋谷駅のホームでしゃがんでいた自分と重なります。

起き上がれず動けないまま、私はその晩、夢の中で、母の寝ているベッドのそばに行きました。すると母は、顔をこちらに向けて少し身を起こし、二言三言話をして(現実の母はこの頃はもう失語症状が出ていて話をしなくなっていました)、さらに体を起して、ベッドを出て、ソファのところまで歩きました(現実の母にはこれももう難しいことでした)。

ソファのところで、母は、嬉しそうにわたしに赤ちゃんを見せてくれました。赤ちゃんが「初めて寝がえりを打った」ことを喜んでた。私が見ている前で、赤ちゃんはゆっくりと寝がえりを打ったのでした。

夢の中では、母だったはずの人が亡き祖母になったりもしました。途中から2人ともがその場にいたりもした。とにかく、2人とも、赤ちゃんのことですごく喜んでいるふうでした。

この夢を見て、目覚めて、ほんわりと嬉しくて、これからすべてよくなる、大丈夫になる、と思ました。そうしたら、その直後、母は旅立ったのでした…。

今も、どちらが「本当の現実」なのか、わからないままでいます。あれからすべてよくなって、大丈夫になった母が、実際にいる、と思っているし、亡くなったとわかっている私もいる。

亡くなることで、すべてよくなって大丈夫になっている母がいる、というのが、たぶん大きな意味ではいちばん「ほんとうの現実」なんだと、思う。

お別れは、言葉にならないくらい、寂しいことだけれども、この事の運び自体は、悲しいことではないんだと、信じています。

* * *

母を見送ってからの数週間、感情の大波小波に翻弄されて、助けを求めて久しぶりに以前よくお世話になっていた占星術の先生のとこへ行きました。

いろいろお話を聞いて、おなかのあたりがほっこりとした。

帰宅して、自分の星のチャートを改めて見ていて、アセンダントの度数に目が行きました。サビアン占星術では「ズーニー族のインディアンが、太陽にむかって儀式をしている」という度数。

手元の本(松村潔さんの本)を開いてみたら、この度数の解説に目を見張りました。

自然のエネルギーの賛美へと回帰すること。現代人が長いあいだ否定してきた人類の根っこの力に対する回帰と、自分が崇拝するものへの自己同一化することで、生命を回復する技術を示す。

社会生活のなかでの一時的な逃走によるリラックスが、本格化して趣味のレベルではとどまらなくなり、自由な暮らしに自分の根拠をおくようになってきた。そして文明人が忘れてしまった、いにしえのインディアンのような、本能的な生活基準を本格的に取り戻す行為を模索しはじめる。

ここ数年の自分を文字通り表してる!

070 思い返せば……模索する中で、おととしの5月には、動植物との失われたコミュニケーション回路を回復しようとカリフォルニアへ「直観的コミュニケーション」を学びに行き、それが可能だという体験をしました。山の中の小さい小屋に一人で寝泊まりしながら1週間過ごす機会にもなって、夜、カーテンのない窓の向こうに木々と夜空を眺めて眠るのが好きでした。最初の晩は、山のふもとの管理人さんさえも訳あって不在になり、この山全体の中に人間は私だけ、という状況で過ごす機会もいただいたのでした。

Img_2421 去年の5月には、ネイティブアメリカンの教えを実践的に教えている先生の合宿に参加して、自然の中でのあり方(意識の使い方や目の使い方、大地との接し方)や、焚火の作法、木の葉のテントの作り方、火起こしを教わり、夜空の下、草原で寝袋だけで横たわり、今までにないほど心から安心して熟睡しました。目覚めて横を向けば、すぐそこに蟻や蜘蛛たちがいることの喜びをかみしめました。

Img_9083 去年7月には、グアテマラのマヤの祈祷師、ファビアナさんとペドロさんと一緒に、富士のふもとの地で大地に祈りをささげる儀式に参加させてもらうことができました。ファビアナさんとペドロさんが、すべて植物だけで、カラフルで美しい円形の祭壇を作ってくださり(私たちも少しお手伝いさせていただきながら)、円の中心で焚き火を焚いて、みんなで輪になって地面にひざまづいてお祈りしました。そのとき初めて、地面に口づけをしました。

20130504_174418 そして今年の5月は、アレクサンダー・テクニークの合宿に合わせて、合宿会場の近くの森の中で3日間テント泊をして、なにもない地面に、一から焚火を起こして、自炊しながら生活しました。地面に寝転がって木々を見上げていたら眠りに落ちて、しばし昼寝をしたとき、目覚めたら体中にエネルギーが満ちているのが具体的にわかりました。手のひらの真ん中、足の裏の真ん中を貫通して全身に気が通っていました。

20130504_224613_2 木々の間を風がとおる音を聞いて、無心で火のお世話をしているときの充実感。そこにある木々が落とした枝葉で火を焚いて、その火を通した食べ物や飲み物をいただくことで、その場のエネルギーを体の中にまでいただいたこと。

その場の木々と風と地面に支えられた火が、夜には明かりにもなり、暖にもなったこと。

20130506_123603あのときは、始終、あの場所に守られている感覚が、ありました。

* * *

あのアセンダントの度数を土星が通過したのが、ちょうどこのブログを始めた頃でした。

土星は「問題箇所をあぶりだし、修正して、全体を安定させ、確実にしていく」作用を持つといわれる天体。わたしのアセンダントも着実にそうやって土星に導かれていたのかな…。

あれから7年近く経って、今土星は、私のチャートのIC近くまで来ています。ぐるりの1周の4分の1くらい来たところ。

母を見送ったあと少しして、なにがなんだかわからなくなってしまっていたけれど、自分の中には「こちらへ」という方向が、流れとしてまだそこにある、と思い出せて、よかったです。。。

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2012.09.02

涼しい日のつれづれ

まだまだ暑さが続いていて、体がしんどいですが、今日はほんとうに久しぶりに雨が降って、涼しくなって、ほっとしています。涼しい窓辺に寝ころんで本を読んで、そのまま眠ったりして、至福の日曜日でした。

真夏の暑さのときは、とにかくただ存在する、ただ行動する、というふうだったけれど、涼しくなると、ぐんと落ち着いて「考える」とか「振り返る」とかができるようになりますね。勢いよく拡散するような獅子座のエネルギーから、まとまっていくような乙女座のようなエネルギーへの移行って、こういう感じなのかな、と思ったりしています。

夏の日Img_2918_2差しを浴びてできあがった今年の梅干し。今、夜のお茶タイムに、ほうじ茶といっしょに口に入れると、ちょっと落ち着きます。この感じも、獅子座から乙女座?

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少し前から、また、異種間コミュニケーションのワークを、もっと積極的にやっていきたい気持ちが頭をもたげていて(これ、周期的に来る)、でもまたい つものように、出る杭が打たれる感じで、「わたしには、できない」と書いたトンカチに、頭を打たれたようになっていました。

知人の知人の、「アニマル・コミュニケーター」のお仕事をされている方のブログを目にしてしまって、なおさら、自分には無理と思ったのでした。

というのも、その方のブログからわかるのは、動植物自然界とコミュニケートするのは、「その能力、そのお役目を授かった人がすること」という前提があること。子どもの頃からそういう子でした、というようなお話もあったりして、ふつうの子どもだった自分には、そんな能力やお役目があるはずもない、と思いました。

ただ、わたしが異種間コミュニケーションを学んだ先生は、口をすっぱくしてなんどもなんども、「コミュニケートする力は、万人にある」と言っていて、「そうなのだという確信を持つことで疑念に打ち勝つのを自分は手伝っているだけ」という人でした。

(でも、その先生にして、わたしは「固い殻(=疑念の殻)に閉じこまってるね、割るのが大変だわ」と言われてしまったんだけれど)。

先生のところの合宿で集中的に教わってから、あとは自分で練習を重ねていきなさいと言われて送りだされたのに、ぱったり練習できなくなって久しい…。

当たり前のように、「そうなのだ、これはそもそも、もともとの、昔ながらのコミュニケートの仕方なのだ」と思い出せればなぁ、と願う…。

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数日前、自然農で田畑を始めたともだちが家に遊びに来てくれて、おしゃべりしていて、その人が「肥料を入れなくて、なんで育つんだろうって、やっぱりいまだに不思議なんですよね」と言ったとき、自分の中には「それは、意外だな」というリアクションが出てきました。

それでわかったんだけれど、自分の中で、自然農については、「肥料をあげなくても、植物は育つ」のは、もう「当たり前」のこととして納得がいってること。だから それを「不思議」とは思っていないこと。人間の裁量で肥料を入れないで、自然の大きな裁量にまかせるほうが、全体としていいと得心しているのでした。

それでいくと、動植物自然界とコミュニケートすることについては、「生きものとして、それができるのは当たり前」というふうに納得するまでにはまだ至っていないのだな…。だから、自分にそれができたときは「不思議」だと思ってしまうし、当然のように「できます」という人に出会うと「すごいなー」と思ってしまう…。

野口整体の創始者、野口晴哉さんが、10代の頃、手を当てて(愉気して)人の病をどんどん治してしまったとき、まわりは驚いて、それで口コミでどんどん病 人が押し寄せてきたらしかったけれど、息子さんのひろすけ先生は、「野口晴哉がすごかったのは、この能力が『自分だけにある』と思いこまなかったところですね」といつもおっしゃる。「手をかざして人をいやすことは、歴史を通じて、徳を得たえらい人だけにできること、とされてきていた。それを、万人に返そう としたんですね。誰でもできる、と。それがよかったんだと今も思っています」と。

わたしは愉気については、「誰でもできる」と、頭では疑っていないのに、いざ実践する段になると、不思議だな、とか、自分にもほんとにできてるのかな、とか思うときもあったりする…。だからまだ中途半端な確信具合…。

異種間コミュニケーションは、まだ頭のレベルでさえも疑念があって、だからできたとき(コミュニケートできたことを実証出来るようなやり方で練習した時に成果が あっても)も、「偶然だよね」などと考えてしまいます。「偶然」と片づけるには具体性がありすぎるような場合であっても、「なかったこと」にしがち。

異種間コミュニケーションは、誰にでもできることとして教えたり実践したりしている人の数が、自然農や愉気に比べて、まだ身の回りに少ないっていうことも、関係しているのかな?

ただ、意外にも、最近関心を惹かれている世界各地の先住民の文化から、疑念をほどくきっかけをいくつもいただいています。科学的な方法(実験を通 して実証していくやり方の練習)で成果が出ても、やっぱり割りきれないわたしの「殻」が、遠回りだけれど、先住民の人たちの世界観と触れることで、開き始めてるような……。

それよりなにより、先住民のみなさんの、円い世界観に触れるたびに、いいようのないうれしさに包まれます。

Img_3045 昨日も、ブラジルのインディオ、アユトン・クレナックさんとの旅の記録を書いた長倉洋海さんの本『鳥のように、川のように』を読んでいて、なんども、なんども、うれしかった。

この本の扉にあった、アユトンさんの言葉です↓

「私たちは子供たちにこう教えるのです。『地上にやってくる時には物音をたてずに鳥のように静かに降りたち、やがて何の跡も残さずに空に旅立っていくのだ』と。『人は何かを成すために存在する』という西側の哲学は銅像を作り、人の偉業を記録に残そうとしてきた。だけど、”人は何もしないために存在してもいいじゃないか”と思うのです。生命を受け、生きていること自体が素晴らしいことなのですから」

本の中に載っていた、アマゾンの熱帯雨林の中にぽつんと見えるドーナツ型のヤノマミ族の家の写真も、心に残りました。20家族、100人あまりが暮らすこの家の中には、壁はなく、真ん中の大きな広場は「人間の根っこ」と呼ばれていて、村人たちのへその緒が埋めてあるそうです。自分たちがどこから来たのか、忘れないため、とのこと…。

西側諸国の、壁に囲まれた四角い家とは、あらゆる意味で対照的…。

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自然農を始めたともだちとおしゃべりしてる中で、もうひとつ、畑や田んぼをみんなでワイワイやるのことへの苦手意識についても、ヒントがありました。

わたしが農的なことに関わりたいいちばんの理由は、なくしたつながりをとりもどしたいからなんだ、ということ……虫や植物や動物や風や雨やそういうみんながめぐっている場に身をおいて、そこの一員にさせてもらいたい気持ちがあるからだということが、改めてわかりました。

自然のめぐりの場では、じっと静かにしていて初めてみんながそばに来て姿を見せてくれます。こちらが心身ともに、わさわさにぎやかにしていると、出会えない…。出会えなければ、仲間に入れてもらうことも叶いません。(人間社会だと、にぎにぎと華やかにしているほうが、みんな興味を持ってそばに来てくれる印象があるので、対照的ですね…。)

人間同士で楽しくワイワイというのも、好きだし、すてきなことだと思うけれど、農的なことに関わる場面では、そっちに引っ張られちゃうと、自分の今の望みからは離されてしまうんだな、ということがクリアーになりました。

社交的になれない自分にうしろめたさを感じていたけれど、そう感じなくてもいいんだな、と思った…。

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Perloyster 異種間コミュニケーションについては、「ほんとにわたしにできるの?」と、なかば叫ぶように問いかけて、ひさしぶりに動物たちのオラクルカードを引いたら、真珠貝のカードが逆位置で出ました。

このカードの逆位置の場合のメッセージは「出し惜しみしないで。真珠の美しさは、殻が開いてこそ。さあ殻を開いて」というもの。

できるよ、とか、できないよ、という答え方でなくて、「それはすでにあなたの中にあるよ、殻を開いて」という答え方をされたことが、うれしかった。

こういう答えなら、「それはすでにみんなの中にあるよ」と言われているのとも同じ…。

切り離されているところから、輪の中に戻ること。そうしたら、大いなる安心も戻ってくるんだということが、頭では、すでによくわかっています。あとは心でわかることだなぁ…。

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2011.12.01

月の道

Img_0949 これが最後かもしれない。と、うっすら思いつつ、普通にさよならを言って、遠方へ帰っていく友達と別れたのでした。今夜。

これが最後かもしれない、といううっすらした思いには、まるで根拠はないのだけれども。その根拠のない感覚のために、どうやら腹が据わっている、というヘンな状態。

そして、みぞおちに穴が開いてしまわないように、鉢植えにお水をあげるようにして自分に音楽をたくさん降り注いでおる。。。

「生きることの目的は?」の質問に、ダライ・ラマは即座に「幸せになること」と答えた、という話を今日聞いて、その幸せの質というのは、今のわたしのように、こんなに刹那的なものでもいいのかな?と疑問がよぎった、少し。

「記憶力ががた落ちして、いろんなことをすぐ忘れちゃうようになったし、難しいことをずうっと追って考えていくことができなくなった」と話したら、ぱちぱちぱち、と拍手されて「それはとってもいいことだよ」と言われた。ほんとかなぁ?と思った、少し。

わからないや。。。

わからなさの中に、いる。この頃。それでもって、そうしていると、わりとすぐ、わからないことがなんだったかも忘れる。。。

わからないことは、わかろうとするとか、深追いするとか、前ならもう少し、そういう衝動があったはずなんだけどなぁ。

こんなふうでいいのかなぁと、かすかな不安があるんだけれど、でも全体的にはかなりラクです。。

これは、月の道かな。。。?




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2011.08.09

指先から

Img_0300 夏真っ盛り。

1週間前に、庭で草むしりをした後、うっすら痛み出した右手の数本の指先が、とうとうパンパンに腫れ出して、ちょっと触れるだけでも痛いくらいになってしまい。。。 パソコンのキーを打つのがプチ大変になってきました。

なににも触れていないときも、ずきん、ずきん。

このところ、身近な人とのコミュニケーションのとり方に、主観的に、むむむ、という変化が出始めてるのを感じてて、省みてみたら、あ、3ハウスにトランジットの土星が入ったとこだ、と気づいたのだけれど。。。

この指事件を受けて、ひょっとしたら、人体の部位のうち、手指をつかさどるのも3ハウスだったりして。。。と思い立ち、調べてみたら、ビンゴでした。

この指先の痛みがもし、土星の洗礼だとしたら。。この指は、これからどんなふうに、生まれ変わるんだろうなー。。

ちょっと前に、遠方の友達が、「(な)に読ませたいと思っていたんだ」といって、ある漫画のお話全11巻を、どどーんと送ってきてくれたのだけれど、その中に出てくる、ネイチャー系カメラマン(一時はネーチャン系になっていたのが、またそこに背を向けてネイチャーに戻る)が、冬山で遭難するシーン。

手指も凍傷して、死後の世界へ足を突っ込むのだけれど、そこで、亡き師匠(南洋のネイチャーを撮っていた写真家)に会う。その師匠が、両手の指を「新しく」してくれる。この指で、これから、おまえは自分の写真を撮るんだ、みたいな(うろおぼえ。。)ことを言って。

で、昏睡から覚めるのです。新しい指とともに。

* * *

Img_6771 指先のほんのさきっぽだけのことなのに、こう痛くなってみると、仕事の翻訳や、こうやってブログを書くとき、言葉を繰り出す行為を、指先に頼っているんだな、と実感する。

翻訳の仕事、楽しくがんばってやっているけれど、じつは心のどこかで、もうこういうことは終わりにしたいと、ずっと思ってきていて。。そう思っていても一向にやめない、やめられない(金銭生活上)のが続いていて。

しかし、指先がこんなふうに痛くなったら、休み休みしかできへん。。

変わっていくことについていけるか、そのあたりがポイントかな、と思うこの頃。

頭も。。。記憶力がガタッと落ちたのを感じたのは、確か去年だったけど、今年は、さらに、考えの粘着成分がなくなってきてるようで、考えがなかなかまとまらない。。。バラ バラ と、すぐにばらけていってしまう。

困ったなー。。と思ってるうちに、だんだん慣れていくんだけれど。そうやって半歩後ろからしぶしぶ、ではなくて、おんなじ風にのっかる、というのはどうだろうな?

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2010.10.07

海から

Img_0225ひさしぶりに海、入りました。

海だいすきすぎて、心がぼよんと飛び出しそうでした。

相方が旅にカメラをもってっちゃってるので、LOMO風に写る、マッチ箱サイズのトイデジカメで撮った今日の海。まわりが暗く写っちゃう。。

この秋初のウェットのフルスーツ着用デイとなりました。レンタルものだけれど、手脚の先までカバーすると、アザラシなきぶんになります。

でもせっかくウェットを着てても、サーフボードの上にいると、全身で水に浸かれないのでつまらない。

なので、ボードから降りて、ボードを片手で押さえつつ、水中に仰向けに浮かんで、空を見上げる。

自分のしたいことはサーフィンなのか、それともサーフィンは海水浴シーズン以外にも海に入るためのいいわけなのか、よくわかりません。。

海からあがった後も、海に張り出した丘の上から海を眺める。。いつもこれがしたくてたまりません。この時間のために、サーフィン習いに行ってるともいえる。。。でも一緒にサーフィンを習っているほかの人たちは丘によらずに帰るみたいで、どうしてよらずに帰れるのか不思議です。

近年こんなに海だいすきになっちゃったのは、わたしのプログレスの太陽が魚座のドラゴンヘッドに合しだしからなのか。。プログレスの月が4室の海王星のスイッチを入れたからなのか。。こないだの皆既日食のときに浜で過ごしたからなのか。。

わからないけど、自分は海王星にスイッチが入ると、ほかがどんどん連動していくようなチャート持ちらしいので、これでいいのだ(byバカボンパパ)、たぶん。。

でもどこへ向かっているのか、自分ではよくわからず(あいまい、あやふや、霧の中。。これも海王星の質だけれど)なので不安になったりとまどったりがついてまわる。。

成長系か、循環系(別名「定常系」)か、はたまた別の系か、人それぞれだと思うけれど、

今の自分としては、安心して霧の中にいられるようなあり方を、身につけたい。

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